unfair


 蔵馬は机に向かって本を読んでいた。かなり熱中しているらしかったが、窓の開く音――或いは窓から入り込む風で気が付いて、首から上だけでこちらを見た。多少驚いているような顔をしているが、もう突然の訪問者にもだいぶ慣れたように見える。訪問者とはオレのことだ。
「飛影」
 椅子を回して身体毎こちらを向く。
「オレの部屋の窓は来客用の出入り口ではないんだけど?」
 半分諦めたような口調で言う。
「大体ね、行き成り来られたってオレが出かけてないとも限らないんだから。家族に見付かったら言い訳にも困るし。その辺もう少し考えてくれる?」
「心配は無用だ。お前がいない時は来ないし、誰かがいる時も来ない」
「……?」
「確認はしてる」
 蔵馬は少し考えるような顔をしてから、
「飛影、邪眼で覗いたな?」
 溜め息をついた。
「プライバシーの侵害」
「別におかしなことはしていなかった。本に噛り付いていただけだ」
「そういう問題じゃあない」
 「まあいいけど」と、再度溜め息をつくと、「座れば?」と促してきた。
 オレは窓の縁に腰掛けた。この位置だと、椅子に座っている蔵馬の方が若干低い場所にいることになる。普段はあまりない光景だ。
「それで? 今日はどのような用件で?」
「別に」
「……怪我の手当てとか……、また欲しい花があるとかではなく……?」
「別に」
 蔵馬は首を傾げた。
「別に用はない。暇潰しに来ただけだ」
「……暇が潰れてるようには見えないけど。充分暇そうだ」
「煩いな。少し黙ってろ」
 蔵馬はやれやれと三度目の溜め息をついて、机に伏せてあった本を手に取った。
 そうしている姿は、ただの人間にしか見えない。だが妖気は確かに感じられる。
(お前は――)
 最初に会った時と比べると、蔵馬は髪も伸びたが背も伸びた。オレは妖気こそはでかくなったが、外見は然程変わってはいない。それは、人間と妖怪では成長の速度が違うからなのだろう。
 つまり、蔵馬は人間の速度で時を刻んでいる……?
(お前は――)
「何なんだ」
「はい?」
 蔵馬が顔を上げてこちらを見る。
「なんて?」
「お前は何なんだと聞いた」
「随分失礼な質問に聞こえるけど」
 蔵馬は再び本を伏せ、椅子をこちらへ向けた。
「質問の意味は?」
「お前は妖怪なのか、人間なのか」
 何故そんなことを聞きたがるのかというように、蔵馬は首を傾げた。
 嘗ての妖狐・蔵馬は、傷を負って生き延びるために誕生間近の人間と融合した。本来ならば元の姿に戻ることは出来ないはずだったらしい。が、とある切欠でこいつはそれが可能になった。つまりそれは、こいつが人間等ではなく、やはり妖怪であることの証なのだろう。だが、オレはこいつの――正確には妖狐の口から「人間の肉体では吹っ飛んでいた」というような言葉を聞いたことがある。妖狐ではない方の肉体は、やはり人間程度の強度しか持ち合わせてなく、妖怪と比べると脆いのだろう。やはり、こちらの姿のこいつは人間なのか。そして普段は妖狐の姿にはならない。『通常』は人間の姿の方らしい。妖狐の姿は、一時的に妖化しているだけにすぎないのか。
 どっちなんだ。妖狐蔵馬なのか、ミナミノシュウイチとかいう人間なのか。
「例えば、お前にあるのは核なのか? 心臓なのか?」
「心音がなかったら健康診断で大騒ぎ。でも気も肉体も妖化してるから、心臓のフリをした核って感じなのかな」
「よくわからん話だ。結局どっちだ」
「人間と妖怪、どちらでもあるって感じかな。ハーフ……に近い。幽助のように混血という意味ではないけど」
 蔵馬は答えた。
「或いは、どちらでもない」
「……属さない?」
 忌み子と呼ばれた、オレのように?
「でもオレはオレ。それだけは確かだから、それでいいんだ」
「……」
「飛影、何かあった?」
「別に」
 人間と妖怪の大きな違いはなんだ。おそらくそれは力。妖怪の方が遥かに強い。物理的な力にも、時間の力にも……。おそらく人間は、時間の強い波に勝てずに早々と老いて死んでいくのだろう。
 ではお前は? お前の時間と、オレの時間は違うのか?
 そうでなくても、蔵馬はオレよりも先に生まれている。千年――いや、それ以上。妖怪はその種類によって寿命が違うものだが、普通に生きれば蔵馬の方が、先に……。
 シュウイチとかいう人間の寿命がきたら、妖狐としてのお前も死ぬのか? それとも妖怪に戻って生きるのか? 妖怪の寿命まで生きるのか? 人間よりは長く生きるが、妖怪よりは短いという可能性もある。普通の人間よりもずっと短いという可能性も。人間の力と妖怪の力が、お互いを削りあっているのかも知れない。
「蔵馬、お前は――」
「なに?」
「…………」
 何を言えばいい? 何が言いたいのか、何をしたいのか、自分でも分からない。
 結局、オレは何かを言うのをやめて顔を背けた。
「飛影、言いかけてやめるのはずるいな」
「ずるい?」
 勝手に寄って来て、勝手にいなくなるのはずるくないのか。オレは望んでなどいなかったのに、勝手に仲間みたいに扱って……。
「帰る」
 オレは立ち上がった。
「自分勝手だなぁ」
 どっちが。
 人間界で人間として生きていくことを選んだくせに。ヒトの事情に首を突っ込んで、振り回して、結局は先に行くくせに。
 それなのに窓の鍵はいつも開いている。オレが気付かないとでも思ったか? 勝手に窓から入るなと文句を言いながら、お前が勝手にそうしているくせに。
 お前だ。
 自分勝手なのは。
 お前の方だ。
 ずるい。


2005,11,27


あったかほのぼのが好きなのに、なぜか蔵×飛はラブラブに書けません。
お題のページにアップした蔵×飛はなんか蔵馬のいっつーみたいになってしまったので、違うのよということで今回は飛影視点で書きました。
でも失敗。
飛影ってこんなにうじうじしてないだろう。
むずかしいなぁ、こんちくしょう。
やっぱりわたしにはバカップルの方が向いているようで(笑)。
なんかわたしの書くこの2人って、両想いではなく「お互いに一方通行」って感じがします(汗)。
むずかしい……。
っていうかこのカップリング、わたしは読み専門のようです。
読むのは好きなんだけど、書くのは向いてないんですね、このカップリング。
<利鳴>
何だかセツの所為の封印発言みたいで申し訳無いです…
書きたい物は書いた方が良いですよ。
セツも書きたい事を書きます。
飛影羨ましいぃーッ!!
↑書きたい事。
<雪架>

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