背徳の空1,000Hit記念リクエスト小説です。
リクエストして下さった袈或李那様のみお持ち帰り可能です。有難うございました。
尚、当作品には男性同士の軽度の性描写が含まれます。
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  溶融の星


 ふと顔を上げると、本の背表紙が赤く染まって見える。
 もうこんな時間か。
 近くに時計が無いから正確に何時かは判らない。しかし地元では唯一にしてかなり立派な国立図書館が西日で赤く染まっているのだから、そろそろ帰宅して夕食の準備を始めても良い時刻。窓を背にしていたので気付かなかった。
 ……ま、いっか。
 手の中で開きっ放しの本。借りる程ではないが、ここで読むのを中断するのも惜しい。棚に戻す前に栞を挟められるのがエドワード・エルリックの理想だったが、生憎図書館の本にそんな事は出来ない。
 取り敢えず一緒に来たアルフォンス・ハイデリヒが呼びに来るまでに読める範囲を読んで、覚えられる範囲を覚えておく事に決め、視線を夕焼けに染まった館内から手元の本に戻す。
 しっかしアイツも真剣だよな。
 すっかり空の色が変わったのに帰ろうとも先に帰るとも言ってこない。恐らくエドワードと同じ様に、手にした本が有った場所の前に立ったまま読み耽っているのだろう。
 そう考えると笑みが零れそうになる。……しかし同時に文字が頭に入らなくなるのは厄介。
「エドワードさん」
 声のした方に顔を向けると、案の定アルフォンスが居る。左手に分厚い本を1冊、厚みは無いが妙に大きい本を1冊持っている。
「やっぱり座らずにここで読んでたんですね」
 人好きのする笑顔を浮かべて近寄るアルフォンスも右の窓から差し込む夕日で赤く見える。
「貸し出し時間、そろそろ終わりますよ。借りるなら早くしないと」
「あー……別に借りる程じゃないからな」
 今読み終わると続ける代わりに再び本に目を向けるエドワード。
 1行読み終わる前に再度顔を上げる。
「もうそんな時間なのか?」
 本を閉じてキョロキョロと辺りを見回す。どうにも時計が見当たらない。貸し出し終了時間間近となると、エドワードが何と無く考えた時間より1時間は遅い。
「日没って時間を考えるのには余り当てにならないからね。星の位置の方が余程頼れる位だよ」
「星の位置……か」
 真後ろを、窓の外へ向くと、朱に混じって一番星が見えた。
「そろそろ帰るか」
 同じく真剣だったが、自分以上に時間をしっかりと気に掛けていたのかと思うと少し悔しい気がしなくもない。閉じた本を乱暴に、元有った場所の保証は無いが戻す。
「本当に借りないんですか?」
「ちょっとは参考になるけど勉強にはならないからな。わざわざ荷物増やす必要無ぇし、また来た時に読むから良い。未だ読んでない本有るし」
 自分達と同じくロケットを学んでいた知人の1人が、無関係の職に就くと学ぶ事を辞めるとの事で大量に本を譲り受けた。まさしく膨大な量で手を付けていない物が沢山残っている。
「……じゃあ、僕が借りようかな」
 戻した矢先に再び本が取り出される。背表紙が色褪せているが、表紙は綺麗な青色。夕日の色の所為で紫色にも見える。
「一気に3冊も借りてどうすんだよ」
「良いじゃないですか。部屋に有ればエドワードさんも読むでしょう?」
「俺の為なら借りなくて良いからな」
「僕が読みたいだけだから」
 内容も知らないで読みたいのかよ。
 口をついて出そうになった言葉を飲み込んだエドワードに背を向けて、アルフォンスは司書の元へと歩いていく。
 強く言えば止めるだろう相手に強く言わなくなった気がする。昔と比べると、の条件付きで。
 それともアルフォンスが、意外に芯がしっかりしている……悪く言えば頑固な事を知っていて言わなかっただけだろうか。
 益々背表紙が日焼けしていく本棚をエドワードも後にした。
 結局アルフォンスが借りた青色の表紙の本はエドワードの左手に持たれていた。夕日の中急ぐでもなく、寄り道をするでもなく2人は肩を並べて歩く。
 先程よりも夕日の朱が濃くなった……と言うより暗くなった。先程見た星以外にも幾つか星が見えてきている。
「エドワードさんは星座とか好きですか?」
「せいざ?」
 突然の言葉に左横を見ると、アルフォンスは空を見上げている。
「誕生日で分かれるヤツか?」
「……それも星座ですね」
「空の星座だろ? そんなに詳しくないからなぁ……」
 右手で1つに縛った髪を梳かすエドワード。白い手袋で知られない様にしているがキシッと小さな音がする辺り義手の事実を消しきれていない。
「好きなのか? 星座」
「そんなに詳しくはないんだけど……昨日少し考えたんです。もしロケットを完成させる事が出来たらって考えた時に、宇宙まで出て星を見るのも良いなぁと。宇宙まで出たら星の並びは見えなくなるんですけどね。……やっぱりエドワードさんは余り興味無いですよね」
「ンな事無ぇよ」
 こちらを向いて眉を下げる寂しそうな表情に負けて否定したものの、正直な所興味はそれ程無い。
 星座に興味が無いと言うよりは、ロケットの使い道として星座が一切出てこないだけで、もしも元居た世界で旅を続けているとすれば、見上げた空の星が気になったりもしただろう。
「……偶にはじっくり見るのも面白いかもしれねぇし。でも意外だな、お前が星好きなんて。まぁ似合うっちゃ似合うけどな」
「そうかな?」
 極自然と笑顔になったアルフォンス。
「昔は今よりも星座の神話の本とかも読んでたんですけど、最近はめっきり縁が無くて。でも昨日天気が良いから窓を開けて空を見て……そして思ったんです」
「お前の部屋からそんなに星見えるのか?」
 自分の部屋から見えるかどうかを考えると……窓を開けて星を眺めた事が無かった。
「そんなに沢山は見えませんけどね。多分エドワードさんの部屋の方がよく見えると思いますよ。特に、見せたい星は」
「見せたい星?」
「星座じゃないんですけど、そんなに遅くなくても見える、南の空に出る星で……やっぱり興味無いですか?」
「いや、見たい」
 殆ど即答に近い速さで返事をしたのは何故だか判らない。
 家に向かう足取りもほんの少し速くなっているらしく、気付けばアルフォンスを追い抜かして1歩分前を歩いている。
「それって、どんな星なんだ?」
「アレです」
 長い腕を伸ばして指差した夜空には、星々が多過ぎる程に輝いている。だがどれを指しているのかはすぐに判った。
「アレか? 何か低い所に有るな」
 自分の身長を揶揄して見せたいと言ったのならどうしてくれようかと思ったが、続くアルフォンスの言葉は全く別の物だった。
「竜骨座の、カノープスって言います。周りの3つの星座と合わせると船の形に見えて……4つに分けた時にこの部分が竜骨部分に似ているから竜骨座と名付けられたそうです」
「ふーん……竜骨って、船の下の部分だったよな?」
「はい。他の星座は『帆』と名付けられていたりしますよ」
 随分詳しいじゃん。
 夕暮れ時には謙虚に余り詳しくないと言っていた割には、すぐに見付けられたり、周りの星を説明出来たりと充分詳しく知っている様だ。
「星だけ見ると、余り見えませんよね」
 2人で決して大きくはない窓から身を乗り出して夜空を眺めるのは、まるで興奮して寝付けない子供の様で。そしてアルフォンスの楽しげな口調はまさにそれに酷似している。
 そう言や小さい頃、寝付けなくってアルと星見たっけ。
 翌日は学校が休みで寝坊しても良くて。そんな日だからかなかなか寝付けなかった。当時は元気で笑顔の耐えなかった母ももう寝ているだろう時間に、2人でガタガタと窓を開けて空を見た。
「カノープスは東の国で『長寿星』と呼ばれているそうです。見る事が出来たら長生き出来るって」
「こっから更に東の国だったら、見付けにくそうだよな」
 大好きな母と大切な弟と暮らしていたのは東と呼ばれていたが、国を出れば住んでいた所よりも東の地等山程有ったのだろう。
 色々と旅はしたが国自体は出た事が無かった。考えてみれば未だ小さな旅立ったのかもしれない。
「明るい星なんですけどね。その証拠に南半球じゃかなり高い位置に見えるそうですよ」
「それじゃ南の人間は皆長生きって事になっちまうな」
「あはは、それもそうですね」
 ロケットを造り、元の世界に戻れたら探して見るのも良いかもしれない。
 アルに見せて、ウィンリィにも見せて、ばっちゃんは……見せなくても長生きしそうだから良っか。それから大佐には絶対見せてやらねぇ! でもこれ覚えられるかな……やっぱ星座覚えるのは難しいかもな。
 構造を練る事以上に実際に設計する事が得意なアルフォンスは、脳内で星座の表す絵を想像し、それを線にして星と星を繋げるのも得意なのかもしれない。実際に『造る』事に関してはイマイチ才能を発揮しきれないエドワードには出来ない事が出来ているのだろう。
「昨日と違って少しだけど雲が出てるから不安だったけれど……良かった、エドワードさんに見せる事が出来て」
「そんなに見せたかったのか?」
「だって、長生きしてもらいたいから」
 アルフォンスの真っ直ぐな言葉が意外で、エドワードは夜空ではなく彼の横顔を見た。意識すると随分近くに寄り添っているのが判り、妙に気恥ずかしくなる。
「な、何だよ、俺を年寄り扱いしてる様な言い方しやがって」
「そんなつもり無いですよ! 色んな物を見て、色んな事を学んで……そうして成長していってもらいたいなぁって」
「今度は子供扱いかよ」
「違いますって!」
 互いに冗談だと判っているからこそ笑い合い、星ではなくて互いの顔を見る。
 エドワードの方へ振り向いたアルフォンスは、図書館内の夕暮れの赤い色でもなく、夕食時の人工照明のほんのりと黄色い白でもなく、夜空の下で薄暗いが何にも染められていない彼の色をしていた。
「間違っても、いきなり死んだりしないで欲しいって。物騒かもしれないけれど、このご時勢だからいつどうなるか判らないし……だけど、エドワードさんにはちゃんと生きてもらいたいから……って、何言ってるんでしょうね、僕」
 途中で曖昧な笑顔を見せたアルフォンスの頬が少しだけ図書館に居た時の色に近付く。
「……お前も、長寿星見たんだから長生きしろよ?」
「そう……ですね」
 同意したのか何か言いたかったのか、エドワードには判らないままアルフォンスは再び夜空を見上げた。
 エドワードも横顔ばかり見ているワケにもいかないので満天の星空を見上げる。
 夜中でも並べば眩しいと感じさせる程明るい金髪をした2人に見上げられた空は、気遣ってか夜に不釣合いな冷たくはない風を吹かせて雲を追いやった。
 雲に隠されていた月が出て、空が少しずつ明るくなっていく。電気を消して暫く経ったから2人の目が闇になれてきただけかもしれない。しかし2人は風の流れに胸の奥で感謝していた。
「長生きして、ちゃんとロケットを完成させてみせますよ。勿論、そんなに遠い未来じゃなくて、少しでも早く造りますけど」
「あぁ」
 遅い時間ではないので当然だが、一向に眠気は来ない。いつまでも星空を眺めていられるかもしれないとエドワードは思った。
 眠気が来ないのは便利かもしれないが、もしも毎日続いたらそれは酷く恐ろしい事なのだろう。疲れても休む事が出来ない。疲れを知らないのもまた便利であり恐ろしそうだ。
 そんな状態で生きている人物を知っている。離れ離れになっている弟こそがそうだった。今は恐らく鎧の姿をしていないだろうが、旅をしていた頃は毎日こうして星空を眺めて時間を潰すしか無かったかもしれない。
 それに比べると自分は何と呑気なのだろうとエドワードは胸を痛めた。こうして同居人と星座の話をしながら、次第には自分達の目標のロケットの話題を肴に、星空を楽しんでいる。
「エドワードさんより先に造らなきゃならないし」
「どうしてだ?」
「だって、エドワードさんが先に完成させたら、そのロケットで元の世界って所に帰っちゃうんでしょう?」
「まぁ、な」
 言い方から察すると日頃している元の世界の話を余り信じていなさそうに思えたが、疑われていようとその世界に帰る為にロケットを造っている。
「エドワードさんが帰るのが先だったら、僕の造ったロケットを見てもらえないし」
「その位待っててやるよ。……ロケットが出来たからって、本当に帰れんのか判んねぇしな」
 言い終えてから短く溜息まで漏れてしまった。気付いたらしいアルフォンスが横目でエドワードを見てきた。が、すぐに視線は空へと戻った。
 今気付いた事ではないが、最近特に不安だった。宇宙へ飛び立てるロケットが有ればこの世界を抜け出して元の世界に帰る事も出来る筈だ。
 しかし、その元の世界への入り口が無い。人体練成をした時に現れる門は、錬金術が使えないこの世界では現れる事が無い。
「それはそれで良いのかもしれねぇけど」
「エドワードさん……」
 今度は目線だけではなく顔をこちらへ向けてきたのが判った。しかしエドワードは空を見上げたまま続ける。
「帰るって事は、お前とも会えなくなるって事だし」
 自分の体と等価交換して弟がしっかりと幸せな人生を送っているなら、別に戻らなくても良いかもしれない。問題は本当に弟が健康な体を、平穏な生活を取り戻しているかどうか。
 もしも弟のアルが幸福に包まれて生きているなら、自分が戻る事でその幸福を壊してしまう可能性だって有る。それなら一層の事戻らない方が良い。
「案外これが……」
 窓の枠に腕を組み、そのまま顔を両腕へと沈める。
「……俺の本音なのかもしれない」
 エドワードが目を伏せると星は全く見えなくなった。
 弟が自分の事等すっかり忘れて日常を謳歌し、そして自分は全く違う世界で弟に良く似た同居人と日常を謳歌する。酷く自己中心的だが、それが何よりの願いかもしれない。
「俺、お前に甘えてるよな」
 本当は赤の他人なのに、まるで互いに助け合い、愛し合って生きてきた兄弟の様に。こうして漏らす言葉に怒りもしない所へと漬け込む様に。
 頭に何かが触れる感触がした。驚いて目を開けると、アルフォンスがエドワードの頭を、髪を撫でている。
「良いですよ、甘えても。もっと甘えてもらいたい」
「甘やかすなって」
 両手で窓枠を掴んで上半身を起こしたエドワードの体がガクンと右側に倒れ込む。
「……アルフォンス?」
 抱き寄せられた、と言うには少し不格好にアルフォンスの腕の中に居る。左肩にアルフォンスの手が置かれている事に気付き、漸く無理矢理引き寄せられたのが判った。
 名前を呼んでも返事が無く、そのまま強く抱き締められた。どう対応して良いのか判らず、取り敢えず自分もアルフォンスの背に腕を回してみる。
「どうした?」
 甘えているのか甘えられているのか。左手でアルフォンスの背を軽く、子供をあやす様に叩いてみるものの反応が無い。
 抱き締めてくる腕に力が入っているので苦しくないと言えば嘘になるが、誰かが見ているワケでもないので、現状維持を決め込んだエドワードは左手と作り物の右手でしっかりとアルフォンスの服を掴んだ。
 星々に見られながらの抱擁が3分程続き、漸くゆっくりと2人の体が離れた。
「なぁ、どうかしたのか?」
「……僕は貴方とこうして生活をしているのが凄く幸せなんです。一緒に暮らして、一緒に勉強をして……ずっとこのままが続けば良いと思う位。でも、エドワードさんが帰りたいならそれを邪魔するのは嫌なんです」
「優しいな」
 例え、僕を誰かに重ねて側に居るだけでも良いんです。
 アルフォンスの言葉は声ではなく顔に表れた。そして次に、行動に表れた。
「ッ!?」
 再び肩を掴まれて引き寄せられたかと思うと、唇がアルフォンスのそれで塞がれた。
 口付けと言うよりもまさに塞がれたと言った感じで、柔らかい感触よりもただ押し付けられているだけに近い。
 元より大きな目を更に大きく見開いたまま、エドワードは体を硬直させた。
 星が輝いているとは言え薄暗い夜中に電気を付けない部屋。しかしここまで近い距離に居る相手の顔はよく見える。自分とは違い目を閉じているアルフォンスは髪と睫毛が綺麗な金色で、少し中央に寄せられている眉も同色の金色。唯一彼に有った青色が姿を消している。
 ヌルり、と。
 不思議な感触にエドワードの体は更に硬くなる。
 今の……舌か?
 気持ち悪い云々の前に驚いた。唇の上に他人の舌の感触が訪れたのは初めてで、買った本にも借りた本にも読んだだけの本にもこの後どうすれば良いかは当然書いていない。
 唇の上を2往復した舌の感触が消え、押し当ててくる唇の感触も消えた。薄暗い視界に青い色が2つ見えた。
「目、開けてたんですか?」
「え? あ、あぁ……」
 エドワードは自分でも間抜けだと思う程甲高い声が出た。
「閉じてもらえますか?」
「わ……判った」
 1度大きく頷いたエドワードは強く両目を閉じた。誰にでも判りそうな程緊張して肩が上がっている。
 その肩を掴んでいたアルフォンスの手は力を少し抜いて、優しく添えられるだけになった。
 再び唇が重ねられた。今度はゆっくりと降りてきたので、柔らかい物だと実感出来た。
 そして息が暖かい物だと言う事も判った。匂いが判る程に近くに居るアルフォンスの息が鼻の辺りに掛かってくすぐったく、妙に心臓が高鳴ってくる。
 また粘液に包まれた、生温かくて柔らかくも硬くもある感触が唇をなぞる。
「……ンッ……」
 エドワードは思わず殺しきれなかった声を漏らす。舌の感触は気持ち悪い所か、自分が望んでいた感触の気がしてならない。
 アルフォンスの手が肩から離れた。彼の右手はエドワードの胸元をなぞって、ワイシャツのボタンに掛かる。
 左手も加わって1つ、2つとボタンが外される。下から3番目までを残してボタンが外されると、窓の外から入ってきた風が胸元を冷やす。
 微かな寒さ故に硬さを帯びた左胸の先端をアルフォンスの親指がグイと押してきた。右胸は手の平で弄られている。
 胸をこんな風に撫でられるのはエドワードにとって初めてだったが、アルフォンスにとってもまたこんな胸をこんな風に撫でるのは初めての事だった。
 異性の胸と違って柔らかな膨らみは無いし、逆に鍛え上げられた筋肉が有る。男の自分よりも更にエドワードの胸は男で、想像の中で何度も触れたエドワードの胸とは違う。よりエドワードらしい気がする。
 それでも左の胸は素直に触れられている事実を受け入れ、硬さを増して日常には見せない反応をアルフォンスの指に伝えている。
「ふ……ん……」
 口を塞がれているので声にはならないが、声帯が勝手に震えて固く閉ざしているエドワードの唇でも遮れきれない。
「……ん」
 声変わりを済ませた割には余り低くないアルフォンスの声が聞こえた。同時に唇から舌が離れ、下唇を温かい何かで包まれる。
 何が起きているか見たいけれど、目を開けるのは失礼。そう思ってエドワードは更に強く目も、そして口も閉じる。
 その閉じた口を、下唇を強く引っ張られる様な感触。唇を唇で挟まれて器用に吸われている。
 いつどこでこんな事を覚えてきたのだろう。自分の知らない間に……
 違う、知らなくて当たり前だ……コイツは、アルフォンスで、アルじゃない。
 キシッ
「っ!?」
 当たり前の事を今更思い出したエドワードが目と口だけでは足らず両手も強く握り締めて拳を作ると、右手が作り物である証明の音を立てた。
 同時に唇や胸に有った熱が一瞬で消えた。エドワードが恐れる事無く目を開くと、1歩分の距離を置いた位置に驚いた表情のアルフォンスが居る。
「目は閉じても、口は開いてもらいたかったかな」
 表情を驚愕から微笑に変えて、そして申し訳無さそうに眉を下げてアルフォンスが謝ってきた。
「スミマセン……いきなり変な事して」
 少し俯きがちに両手を伸ばすアルフォンス。エドワードのワイシャツを掴んで上から1つ1つボタンを締めていく。
「いや……別に。お前も、その……若いし」
 我ながら変な言葉を持ち出したなぁと思うと、案の定ボタンを留める手を震わせながらアルフォンスは笑いを堪えている。今さっきまでとは別の、正確に言えば今までの日常ではよく有った意味で顔が赤らんでしまう。
 漸く1番上のボタンを閉め終えたのに、アルフォンスはワイシャツから手を離そうとしない。
「アルフォンス?」
 声を掛けて手元ではなく彼の顔を見ると、何とも言いがたい表情をしていた。
 辛そうな、嬉しそうな、寂しそうな、恥ずかしそうな。どれにも当てはまりそうな表情を浮かべた顔は、長寿星と周りの星々とで作られた船に照らされてとても綺麗に見える。
「綺麗、でしたか?」
 見事思っていた事を言われたエドワードは言葉が出ない。
「……星」
「あ、あぁ。うん」
 間を置いた倒置法で話すのを止めて欲しいと思ったのはこれが初めてだった。ホッと胸を撫で下ろすと同時にアルフォンスの手が離れる。
「良かった」
 今度の表情は判りやすい。大袈裟ではないけれど心から嬉しそうな笑みを浮かべている。
「見てもらえて、綺麗だと思ってもらえて。綺麗な物を、一緒に見る事が出来て。流石に宇宙まで一緒に行って星を見ようとは言えませんけど、こうして綺麗な星を見る事が出来て良かった……きっと僕、今日が忘れられないと思います。……窓、閉めましょうか。冷えてきましたし」
 仰々しさは無いが新品の真新しさも無い窓はギィと小さく錆び付いた音を立てて外と家を遮断した。
「明日に響くから、もう寝ましょうか。お休みなさい」
 気の所為なのかいつもよりほんの少し早口に言い終えたアルフォンスは大股で歩いて扉のノブに手を掛けた。
「俺も!」
 扉が開く前に背に声を掛けると、すぐに振り向いてくれる。
「俺も、綺麗だったと思うし、その……長寿星だっけ? 忘れない」
 今振り向いて窓を開けても自分1人じゃその星は見付けられないと思いながらも、口からそんな言葉が出ていた。
「……ありがとう」
 返事としてエドワードがどういたしましてと言う前に、アルフォンスは笑顔を残して部屋を出てしまった。
 1人になって初めて部屋に有る時計がきちんと音を立てて秒針を動かしているのに気付く。2人の時は音が全く無い静かな部屋だと思っていたのに。
 振り返って扉と反対に有る窓を見ると、ガラス越しに先程よりも雲が掛かって隠れているけれど、星が沢山有るのが見える。
 とても綺麗なこの星々をもし今初めて見たとしたら、一体誰に見せたいと自分は思うのだろうか。
 答えは机に上の沢山の本の1番上に置かれている背表紙だけ薄い色になってしまった青い表紙の本にも書かれていないだろう。


2006,01,31


前回個人的に書いた小説から丁度1ヶ月です。’06初小説。
そして書き終わってから気付いた。
上記で出てくる長寿星ことカノープスは多分ミュンヘンじゃ見られません!!
日本でも一部でしか見られないそうです。当然当方見た事有りません。
しかも間取りが良く判らないと言うか明らかに間違っていますし…
模様替えしたとか引っ越したとか、脳内で補正して下さい。スミマセン。
未だハイデリヒ君が元気そうですね。何時位なのやら。
取り敢えず皆様のお陰で1,000hit達成出来ました、有難うございます。
<雪架>
もしもエドの手が義手じゃあなかったらどこまでいってたんだろう、とか思いました(笑)。
リクエストはすっかり相方に任せてしまいました。
わたしはなーんにもしてません。
せめて挿絵でも描けたらよかったんですけどね……。
鋼錬分からなくて……。
こんなやつが相方でごめんなさい。
なにはともあれ1,000番ゲットおめでとうございます。
<利鳴>

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