ディオジョナ 全年齢 5部読了後の閲覧推奨


  ]V


 ディオ・ブランドーは常にジョナサン・ジョースターと共に下校する。帰る先が、家が同じなのだから当然だ。
 今は自分もジョースター家の一員。3年程前に養子として引き取られたという経緯が有ろうと『今』は金持ち貴族の息子。となると兄弟でアフタヌーンティーをする事が有っても可笑しくない。ただ父を交えず2人きりは勿論、友人を交えてというのもした事が無いだけで。
「この3人で、茶を飲むと?」
 通行人の居ない田舎を思わせる帰路で、ディオは不愉快さを隠さずに繰り返した。ジョナサンと、ジョナサンが彼も招いてと言ったクラスメイトに尋ねた。
 彼も貴族階級の人間で、今日ジョースター家で行われる夕食会に家族――彼の父母と、居るらしい妹――が招かれている。
 あくまで夕食会であり晩餐会ではない。全員ある程度の正装はするが祝い事が有るわけではないし、何より始まる時間が不確定で正式な物と比べると予定時刻もやや遅い。
 腹を空かせないようにとアフタヌーンティーをするのは寧ろ良い事だろう。ディオは紅茶も茶菓子も嫌いではない。
 嫌いなのはただ1人。
「俺は遠慮しておく」
 辺り一帯で最も大きなジョースター邸が見えてきた。
 足早に駆け込まなくてもこのままディオの不参加で会話は終わる。
「そう……?」
 貴族だから良い物をたらふく食べてきたんだろうと言いたくなる程度に丸々と太った少年が縋るような目で見てきた。
 仲良くなりたいのだろう。取り入りたいのではなく、好意を持っているから好意を持たれたいのだろう。成績が良く見た目も良い貴族となった自分と『お友達』になりたがる人間が多い事はわかっている。
 面倒臭いが嫌いとまでは言わないでやる。そう、嫌いなのは彼ではない。ディオは数歩前へ出て並び歩く2人を振り返った。
「ジョジョと2人で過ごしたかったな」
 わざとらしく肩と眉を下げる。
 たった一言でも相当な阿呆でなければ伝わるだろう。ディオはジョナサンと2人きりになりたいと。2人の友情は固く、お前に付け入る隙は無いのだと。
「……僕達ならいつでもアフタヌーンティー位出来るじゃあないか」
 その通りだ。そしてした事は1度も無い。したいと思った事も無い。
「ジョジョの言う通りだ。だけど今日は遅くなるだろうから夕食会の後に話す時間が取れないだろう?」
 普段だってこれといって『会話』の場を持たないのに何を。そう問われる前にディオは続けた。
「夕食会でだって俺達は席を離されるだろうし、それまで2人で話をしたかったな。でもそうはいかないみたいだ。別に喉が渇いているわけでも腹が減っているわけでもないし、俺は1人で本でも読んで過ごすさ。じゃあな、お2人さん。夕食会で」
 わざとらしく首を横に振ってから前を向き駆け出す。
 背中に待ってくれと声を掛けたのはジョナサンの方ではなかった。
 それでも良い。これで「ジョナサンが居るから誘える」が「ジョナサンが居るから断られた」に変わった筈だ。
 ジョナサンだってそれを、あの平均体重を大幅に上回った少年がジョナサンに対して気まずさを覚えたという事実とジョナサン自身の気まずさとを理解した筈だ。そんな相手とアフタヌーンティーをするとは。前方に誰も居ないのを良い事に顔に盛大に笑みを乗せる。
 嫌いなのはジョナサンだけだ。
 否、他にも嫌いな人間は大勢居る。好感を覚える人間の方が少ない位に。だが『それ』らは有象無象に過ぎない。
 ディオが嫌いという感情を向けるにも値しない石ころ達だがジョナサンにとっては並べ置けばそれなりに見える綺麗な小石。それらの目がこちらに向いている内に取り上げてしまおう。
 そうして全てに見放され独りとなったジョナサンは果たしてどうするだろう。惨めに頭を地に付けて自分に縋ってくるだろうか。

 宣言通りにディオは本を読んでいた。
 部屋でひそりとではなく、これ見よがしに広い庭のガゼボの中で。
 尤も、ジョジョが横に大きい友人とアフタヌーンティーをしている1階のサロンからは見えない。真上の窓からでもガゼボの白い屋根が邪魔をしてディオの読書姿は見えまい。
 但し本を持ち庭へと向かう姿は見ている筈だ。今頃サンドイッチを食べながら庭のどこで読むのだろうとか、読んでいる本は何だろうとか話しているかもしれない。
 自分の事を気に掛けさせるのは気分が良い。
 そうして考えている自分こそジョナサンを気に掛けているのではないか、と思い当たったのでディオは一旦目を離していた本を再び読み始める。
 本は文字を追うだけではなくそれぞれの言葉の意味を考える事に意味が有るという持論を持っていた。
 例えば本の中で得意気に書かれている事に「それは違う」と思っても良い。何故違うのか考える場を得られた事になる。知識とは本から直接与えられる物も有れば、思考して自分で得られる物も有る。
 方法に貴賤は無い。得られる知識の方には有るが――
「……ん?」
 物音がした。風の通る音よりも小鳥の飛び立つ音よりも大きい。
 使用人――庭師――がこの辺りで作業を始めるのだとしたら、先ずは誰も居ないか確認するので違うだろう。剪定作業中に主人と出くわせばろくな挨拶が出来ず失礼に当たる。それを避ける為に先に挨拶を。そもそも主人の前で了承も得ずに物音を立てる等言語道断だ。
 余り大きくはないガゼボには向かい合ったベンチが2つのみでテーブルは無い。本は栞を挟んで隣に置いた。
 ガゼボの2段しか無い階段を降りて物音がした、そして人の気配のする背の低い木々の合間を覗き見る。
 人が居た。
 見慣れないが学生を思わせる服装を着た少年。同じか1つ下位なのでそれこそ学生だろう。
 地面に両手を付いて座り込み、愕然とした表情でこちらを見上げている。
 泥棒か?
 しかし「誰だ、貴様は」の言葉が出てこない。少年の容姿の所為だ。
 特徴的な前髪で女々しく伸ばした後ろ髪はみつあみにしており、その色が自分とよく似た金髪だという事は別として。美貌と言って差し支えない整った『顔』にばかり目が行った。
 ジョナサンに似ている。
 髪が全く違うし、服装だけでなく体型も違う。肌の色も少し違い、白いが黄色(おうしょく)も混ざっていそうだ。だが似ている。作りというよりも雰囲気なのか。
 そんな少年がジョナサンに似た顔を苦々しく歪めて唇を開いた。
「……死神?」
 死神だって? この俺が?
 確かに父の死因は紛れも無く自分に有るし、母の死因だって直接ではないにしろ自分が一役買っている。
 昼間に学校に通ようになったのはここ数年なので肌の色が不気味に白いのは否定出来ないし、貴族らしく学生らしく畏まった服装をしているのも死を招く仕事をしていそうに見えても可笑しくない。
 美形だ何だと持て囃された顔も人間離れしている部類なのだろう。それでいて天使のような、と形容されるのは自分には相応しくないとディオは思っていた。
 死神に手招かれたら、このジョナサンに似た少年はどうするだろう。ディオは少年に近付き屈む。
「ごきげんよう、お嬢さん」口の端に笑みを乗せ、右手の平を上にして差し出し「調子は如何(いかが)? さあ行こうか」
 険しい表情のまま少年は自身の右手をディオの手にそっと乗せる。そして手に力を入れて立ち上がった。
「僕は男だ、お嬢さんじゃあない」
 すぐに手を離した少年の性別は見ればわかるし、声を聞いてもわかる。しかしディオは「俺は人間だ、死神じゃあない」と否定しないでおく。
「ここは庭のようですが、貴方の家の敷地?」
「見たらわかるだろう」
 そう答えてから、少年は本当は「貴方はこの庭の所有者、もしくはその息子か」と問いたかったのではと思い付き「そうだ」とだけ付け足した。
「……勝手に立ち入ってすみません、すぐに出て行きます」
「本当にすぐ出て行くと言うのなら何故入ってきたかは訊かないでやる。だがどこから、どうやって入ってきた?」
 少年は言葉を探しているのか2回瞬きをした。それでも意地になったかのように目は逸らさない。
「塀をよじ上って入りました。僕は花とか虫とかが好きなので、立派な庭に入ってみたくなって。でもそんな理由じゃあ正門から入れてもらえないだろうから塀を上ったんです」
「その言い訳、道理は通っているな」
 本当によじ登って侵入したのに低い木々の横で転び膝を付いた所を見付かったと言うのなら運動神経に矛盾が有る気もするが指摘する程でもない。
「それで入ってみたかった庭に無理をして入った貴様は、もう出ていくのか? 主人にもう少し見せてくれと頭を下げずに」
「余り長い時間ここには居られないので。それに用事が有るんです。人を探しています」
「誰を?」
 覚えている使用人の名前を言えば案内してやっても良い。勝手に庭に入ってきた人間に対してディオは何故か好感を抱いている。
「ディオ・ブランドーという男です」
「……何だって?」
「年齢はわかりません。多分30代後半から40代前半だと思います。とても体格が良くて、髪は貴方のように金髪で……顔も、貴方に似ている……」
 口を閉じきらずに2回では済まない回数瞬きをして、少年は困惑した表情を見せた。
「もしかして貴方もディオ・ブランドーの息子?」
「息子? 俺がディオ・ブランドーだが」
「え……あの、年は幾つですか?」
「15」
 もし30代後半から40代前半に見えているのだとしたら目玉をくり抜いて洗浄してやる。
「僕と同じか……」
「そうなのか?」
「1つか2つ上だとばかり」
 同じくてっきり下だと思っていた。
「父親の名前は?」
「ダリオ・ブランドー」
「2世というわけじゃあないんですね」
「当たり前だ。あともう2度と俺に父親の名前を尋ねるな。そのツラに免じて答えてやったが2度目は無い」
 上昇志向以外の全てが底辺以下の男の事は名前の1つも思い出したくない。変えようも消しようも無い、15年の人生の中で最大の汚点。
 彼(父親)のお陰で今この家の子供をやっているのだが、だからといって尊敬に類する感情を抱くつもりは無い。
「同じ年……そうか……わかりました。貴方に会えて良かった」
「おい待て、何帰ろうとしている。俺は未だ貴様の名前も聞いていないぞ」
「ジョルノ・ジョバァーナです」
 ディオは眉を寄せた。名前からすると少年はどうやらイギリス人ではないらしい。
 ジョナサンの遠縁か何かなのだろうか。ジョースター家の女が海外に嫁ぎ産まれた子供。そこにディオという同い年の養子を取ったとジョースター卿が手紙を送り遠路遥々訪ねて来た。何も持たずに1人で? 先程相当上の年を言っていたのに? この考え方には無理が有りそうだ。
「目的は果たせました。代わりに時間が出来たので庭を見ても良いですか?」
 少年改めてジョルノは本当にこの庭を、雑草やら昆虫やらを見て回りたいのだろうか。もしもそうなら邪魔をする理由も必要も無い。だがそうではなく単に言い訳の延長に過ぎないのなら、他にしたい・させたい事が有る。
「時間はどれだけ有る?」
「恐らくですが、後50分位は」
「庭を見るなら家の主人に挨拶位するべきだ。俺だけじゃあなく、ジョナサンにもな」
 主人であるジョースター卿が留守の今、息子『達』に挨拶をするのが、庭を見せてくれと頭を下げるのが礼儀。
「……わかりました」
「聞き分けが良い、気に入った」
 ジョナサンに似た顔でどこからかはわからないが自分に会いに来る程従順そうな態度。これは対ジョナサンに『使える』と思った。

 物怖じしない性格なのか自分もそれだけの家に住んでいるのか、屋敷の中に入ってもジョルノは不躾に辺りを見回したりせずに黙ってついてきた。玄関ホールを抜けて慈愛の女神像を横切りサロンへ。
 ドアを開けると1人立っているキッチンメイドに見守られる形でジョナサンが友人とアフタヌーンティーをしていた。友人が背を向けている窓から夕暮れにも未だ早い陽射しが入り込み、2人の談笑をより温かな物にしている。
「ディオ」
 と、誰だろう。そう言いたげな視線を向けてくるジョナサンを余所に。
「来てくれたんだね!」
 友人の方は心底嬉しそうに、今にも席を立ち上がりそうな程に喜んで見せた。
 メイドがこちらを見て、しかし声を掛けるわけにはいかず――余程の緊急時でもない限り、女の使用人が男性の主人に声を掛けるのは無礼に当たる、という面倒臭い仕来りが有る――口元を手で隠す。
「椅子を1つ用意しろ」
「畏まりました」漸く命じられて安堵しつつも「お1つ、でございますね?」
「そうだ。皿も1つ、いや皿は替えを含めて2つだ。紅茶も2つ」
 今お茶をしているのは2人。新たに入ってきたのは2人。ならば椅子も2つ必要なのでは。
「……畏まりました」
 主人の命令を更に訊き返す事は流石に許されない。メイドは疑問を胸に抱いたままディオの指示に従い厨房の方へと向かった。
「ジョジョ、ジョルノが遊びに来てくれたぜ」
 右腕でジョルノの肩をぐいと抱き寄せる。
「ジョルノ……?」
 2人は互いにまじまじと顔を見詰め合った。面識は無さそうだ。親戚筋ではないのだろうか。
「これだけ顔が似ているのにな」
 そのまま右手でジョルノの顎を持ち上げ、椅子に座る2人に見せ付けた。
 メイドが椅子1脚を持って戻ってきた。ディオは顎で丸いテーブルのジョナサンの右、友人の左になる辺りを指す。
「俺達はこれから親族一同で話をしようと思う」
 ジョナサンと、彼の義兄弟のディオと、彼と親戚であろう顔のジョルノ。
 そこに『お友達』は要らない。
「どうせ1度帰って着替えるんだろう? まさかこのジョースター家の夕食会に、その服装で出るつもりじゃあないよな?」
 友人は学生らしい生真面目そうな服装をしてはいるが、体格の問題であちこちのボタンを外していた。
 留めようと思えば留められるだろう。だが多少の苦しさを我慢して長い時間共に居るよりも、認められる服装で「出直して」きた方がディオの好感を得られる。
 正しく言えば、このままここに居てはディオからの好感が下がる一方。それを理解して友人は苦々しい笑みを見せる。
「それじゃあまた後で」椅子から立ち上がり「お邪魔しました」
 大人しくサロンの出口へ向かう友人の肩に手を掛けディオは引き止めた。
「夕食会では話をしようぜ。ジョジョと話した事を、俺にも教えてくれないか?」
「……うん!」
 やや小声での申し出に勢い良く返事をして、1度ジョルノの顔を見て、再びディオの顔を見て頷き、気分良さげにサロンを出る。
 追い出されたという現実をもう忘れたのなら見た目は豚なのに頭は鳥か。
 ディオはそのままメイドが置いた椅子へ座り「お前も座れ」とジョルノを今まで友人が座っていた椅子へと座らせた。
 円いテーブルなので誰が誰と向かい合うのではなく3人全員が隣り合う形にる。
 テーブルの中央には3段組みのケーキスタンドが置かれている。下の皿は何も残っていなく、真ん中の皿にはスコーンが1つ、上の皿には何枚ものクッキーが有る。
「……ジョルノ、と言うそうだね。初めまして、僕はジョナサン・ジョースター」
「ジョルノ・ジョバァーナです」
「僕の事はジョジョで良いよ。と言っても、君もそう呼べる名前をしているんだね。宜しく」
 ジョナサンが右手を差し出し、一種の間を置いてからジョルノはその手を取り握手した。
 やはり初対面なのかと思っている所へメイドがティーワゴンを押して戻ってくる。
 先ず真っ先にジョルノの前に置かれている、友人が使った取り皿等を下げる。そこに真新しい取り皿を、次いでディオの前にも取り皿を置いた。
 続いてソーサーとティーカップをセットしてそこへ紅茶を注ぐ。ジョナサンが合図をしたのでジョナサンの空になっていたカップにも紅茶を注いだ。真っ白いシュガーポットと、その隣に小さなベルを置いてティーワゴンを押して厨房へと戻っていく。
 上から叩くと音の鳴るベルはいつでも呼び出してくれという証。親族一同で話すというディオの言葉を聞いていたのかサロンには残らないようだ。
「あのデブはスコーンも食ったのか」
「ディオ」
 咎める声音。本人の前ではそう呼ばないのだから寧ろ誉められても良い筈だ。
「折角1つ残っているからジョルノに食わせてやりたかったんだが、ジョジョの分なら仕方無いな」
「それは構わないよ。ジョルノ、どうぞ」
「どうも」
 短く答えたがジョルノは先に紅茶を飲むらしくシュガーポットを開けた。
 砂糖を付属の小さなスプーンに1杯、2杯と入れた。甘党なのかもしれない。美味いのか不味いのか無表情のまま飲む。
 ディオは何も入れていない紅茶を啜り視線を上の皿へと移した。
「キッチンメイドの奴2人で食うには随分な数を焼いたんだな」
 後からディオも来ると踏んでいたのか優に10枚は有る。
「スコーン、嫌いだった?」
 心配そうなジョナサンの声。再びジョルノに目を向ける。未だにスコーンに手を伸ばしてもいない。
「嫌いというわけでは……」無表情を困惑寄りに崩し「……食べ方が、わからない」
「お前はスコーンを食った事も無いのか?」
「有りません。どんな物かは知っています。学校で女子に作ったからと渡されそうになったし」
 言いぶりからすると受け取らなかったらしい。
 学校に通っているし身なりもちゃんとしている。紅茶だって品良く飲めている。どう見てもスコーンを食べる事の出来ない貧困層ではない。
「どうせ零さずに食う事が出来る奴なんて居ないんだから気にするな。ジャムもクリームも好きなだけ付けろ。それともあれか? 手で取って食え、と言われないと食えないのか?」
「頂きます」
 元の無表情――というより仏頂面――に戻ったジョルノは漸く真ん中の皿へと手を伸ばした。
 まじまじと見た後に皿の上で齧り付く。もぐもぐと咀嚼し飲み込む。左手に持ち替えて、右手で木苺のジャムに添えられているジャムナイフを取る。
 好きなだけ付けろと言われたからかかなりの量をすくい、塗る前に顔を上げた。
「……後から付けるのはマナー違反ですか?」
 真顔で尋ねてくる。
「好きに食えと言った」
 一応気にしてか口を付けていない所にたっぷりとジャムを塗りかじり付く。気に入ったのかジョルノは満足気に目を伏せた。
「仲が良いんだね、ディオとジョルノは」
 ジョナサンもまた満足気な顔をしている。
「昔の家に住んでいた頃の友人?」
「違う」
 あの土地に暮らす同年代の人間がこんなに品良い見た目を保てるわけがない。
 ジョースター家に来た当時のディオは奇跡に近い物が有る。全身を洗える場が有って、あの一張羅が有って良かった。
「僕は初めて会うけれど……」
 こちらに来てからディオに出来た友人ならばジョナサンが知らない筈が無い。兄弟として、親友として常に一緒に居る。
「……でも、見た事は有る気がする。最近引っ越してきたのかい?」
 口の中にスコーンが残るジョルノは黙ったまま首を横に振った。
「毎日見ているだろう? 鏡の中で」
「鏡?」
「お前達はよく似ている。髪型が全然違うし、全く同じ顔だとは言わない。作りと言うより雰囲気が似ている」
「そうでしょうか」
 飲み込み終えたジョルノが無感情に言う。
「僕は寧ろ、ジョルノはディオに似ていると思うけど。綺麗な金髪をしているし」
 金髪なんてどこにでも居ると言うより先に、ジョルノの金髪は確かに自分の金髪に似ていると気付いた。
 学校にも金髪の生徒なら居る。但しここまで明るい色となると少ない。舞台役者に憧れて塩素で髪を洗って脱色していると話していたクラスメイトよりも明るいゴージャスブロンド。
 後ろに編み束ねているのでわかりにくいが、恐らく自分と同程度の癖も有る。
「それは僕も思います。僕の髪は、僕はディオに似ていると」
 ジョルノは「ディオが僕に似ている」とは言わなかった。まるで自分に焦がれ真似をする下級生か何かのようだ。
「スコーンを食い終わったならクッキーも食うと良い。これだけの枚数、あのデブならいざ知れず、俺とジョジョの2人じゃあ食いきれない。クッキーの食い方はわかるな?」
「はい」
 それなら良かった。流石に説明のしようが無い。
 ディオもジョースター家の養子になるまで、あの家に住んでいた頃にはスコーンを食べた事は無かった。
 母に強請れば粗末なそれを焼いてくれたかもしれないが、毎日の食事にも苦労をしていて間食を取る事が無かった。本を読みながら紅茶を飲む事すら無かったのだから、最初のアフタヌーンティーの一口目はまさに猿真似だったので思い出したくない。
 それにわざわざそんな話をジョルノに聞かせてやる必要も無い。ジョナサンに似ているが彼と面識の無かったジョルノは早急に『お友達』になりたい相手ではない。
「チョコチップクッキーだ」
 初めてジョルノが表情らしい表情を見せた。控えめだが少年の顔に相応しい笑み。
「チョコレートが好きなの?」
「はい」
 声も弾んでいる。
「それなら良かった。うちのキッチンメイドは偶にこうして、溶けにくいチョコレートを細かく刻んで生地に混ぜて焼いてくれるんだ」
「市販のチョコチップじゃあないんですね」
 ディオはジョナサンと顔を見合わせた。こうしたクッキーの作り方は珍しく他の家ではしていないし、キッチンメイドが秘伝のレシピだと胸を張っていたので飲食店で出される事も無い。
 だがジョルノの住んでいる辺りではチョコチップと呼ばれる市販品が有るらしい。
「美味い」
 早々に1枚食べ終えたジョルノにジョナサンが「沢山どうぞ」と笑顔で言った。
「確か13枚だったかな、焼いてあったのは」
「2人で分け切れない挙句縁起が悪いな」
 尤も先の友人が居れば彼が7枚と言わず全部食べきっただろう。想像しただけでその意地汚さに呆れる。
「確かに縁起が悪いですね。映画だと殺人鬼も来てしまう」
 2枚目を食べ始めたジョルノの言葉にまたジョナサンと顔を見合わせる事になった。
「ああ……貴方が15歳という事は未だ上映していないか。何でも有りません独り言です。ここでも13は縁起が悪い数字なんですね」
「そう言えば髪の色はそっくりだけど、肌の色や瞳の色は違うね。ジョルノ、もしかして異国の血が入っているのかい? ジョバンナ……じゃあない、ジョバァーナだっけ。この辺りじゃあ聞かない変わった名字だし」
「母が日本人です。ジョバァーナという名字は母の旧姓で、正しくは汐華と発音します」
「日本……東の小さな島国か。そこに住んでいて、わざわざここまで来たのか?」
 自分と同じディオ・ブランドーという名前の男に会いに。
「日本は10年位前に出ました」
「じゃあ貴様は一体どこから来たんだ?」
「僕は『未来』から来ました」
 ミライ?
 現在から見て過去の対になる単語に、そういった名前の国やら島やら都市やらが有るのではと頭をフル回転させた。
 自分が知らないだけでどこかの地方では住人に未来と呼ばれている村が有るのかもしれない――そうではない事はわかっている。
 知り合って数十分しか経過していないが、出会い頭によくわからない事を言ってのけたジョルノだが、それでも誤解させては楽しむような人間には思えない。
「つまりお前は自分が未来の人間で、何らかの方法で過去のイギリスに来たと、そう言いたいのか」
「イギリスか……まあエジプトじゃあないのは見てわかりましたが」
 日本からエジプトに移住して、それから時間を移動したようだ。エジプト人らしさを一切持たない容姿なので恐らく父親の出身地という事ではなく親の仕事の都合か何かだろう。
「先刻のは本場のスコーンだったのか。本当に午後に紅茶を飲む習慣が有るんですね」
「随分平然と話すな。俺達がお前を未来人だと信じると思っているのか? 信じたとして、見世物小屋に売り飛ばされたらどうする」
「後者の心配は有りません。もう数十分程で元の国……じゃあない、時間? 時代か? 兎に角僕は元居た場所に帰ります。どんなにここを気に入っても強制的に帰らされる、そういう能力です」
 クッキーをもう1枚取り口に運ぶ。口に含んだ分を飲み込んでからジョルノは話を続けた。
「未来では一部の超能力が可視化されています。例えば僕の場合、植物や小動物といった新たな生命を生み出す事が出来て、人に近い形をしている」
「だから植物が好きで庭に来たのか」
「……それも有ります」
 返事に一瞬の間が有った。それ『も』と言ったが他の理由を話そうとしない。
 問い詰めるまでも無いとディオもクッキーを取り齧り付く。
 砕いたチョコレート――ジョルノに言わせれば未来の呼び名はチョコチップ――が甘ったるい。
「未来って……どういう事?」
 ジョナサンだけが腑に落ちないといった様子で、その質問も何とか言葉として捻り出したようだった。
「今言ったように可視化された超能力で未来からこの時代に来ました。何年先かはわかりません。スタンドは出せないし携帯電話も消えているから思ったよりも過去のようです。ええと、僕の居る未来は2〜3年先といった近さではないようです。尤も車が空を走ったりはしないので何百年も先といった事も有りません」
 スタンドは超能力の呼び名だろう。車の話も例えだから置いておいて、問題は携帯電話だ。まさか近い未来に電話交換手が付いて回る時代が訪れるとでも言うのか。
「難しくてよくわからないけど……ジョルノは僕達に、その未来で大変な事になっているから救いを求めてやって来たとか、そういう事じゃあないんだよね?」
 ジョルノはクッキーを含んだ直後だったので口を閉じたまま静かに首を振った。
「……そういった事は有りません」
 ジョナサンの言葉が面白かったのか、クッキーを食べた時のような笑みを見せる。
「僕は人に会いに来ただけです。使ったスタンド能力も本当は人に会いに行くという物だった。ただその人が死んでいる場合はどこに行くのかわからなくて、じゃあ試してみようと。僕はその人が生きていたら、といったパラレルワールドにでも飛ぶと思っていた。まさか死後の世界に行く事は無いだろうし。だけど実際はその人が自分と同じ年齢の時代に時間を遡るという事がわかった。戻ったらスタンド能力の持ち主にすぐ伝えなくちゃあ……すみません、関係無い話を長々としてしまった」
「ジョナサンには関係が無い話なのか」
 クッキーを食べ終えたジョルノが体を強張らせた。
「俺には有るんだろう? お前は俺の名前を出して人を探していると言った。つまり、俺に会う為にその超能力とやらを使った」
「……クッキー、もう残り4枚ですね」感情を削ぎ落とした声で話題を変え「知人に『4』が苦手な人が居ます。4をとても縁起が悪いと思っている」
「13より?」
「彼にとってはそうです。何でも小さい頃に4匹の猫の内1匹を選んだら目を引っ掻かれた、だったかな。トラウマが有るそうです」
「それは災難だったね」
「本人の話じゃあなかったかもしれません、元気にしてますから。僕は気にならないのでもう1枚クッキーを食べようと思います」
 宣言通り更に1枚手に取った。しかしすぐには食べず、取り皿の上へと置く。
「僕は4より13が怖い。13番目の使徒は裏切るし、大アルカナも13は死神だ。13という数は死と結び付いているように思いませんか」
 直結しているとまでは言わないが、確かに死を連想させる数字ではある。だからといってディオにとって13は単なる数字、避けようとも思わない。
「そういえば夕食会も13人にならないようにしているし、13日にはしないね」
「ジョジョ、お前も13が、たかが数字が怖いのか? 俺は気にならん。13枚目に当たる最後の1枚は俺が食う」
「貴方は13が怖くないんですね」
「怯える必要がどこに有る?」
「例えば僕が「貴方が死んでから13年後の世界から来た」と言ってもですか?」
「何?」
 ディオは眉を寄せ睨み付けた。
 何を言われようと数字を恐ろしく思うわけがない。しかし庭での会話と今した会話とを組み合わせると。
 ディオ・ブランドーという男、年齢は30代後半から40代前半、生きているのはパラレルワールド。まるで20代やそこらで死んだ自分に会うべくジョルノは未知の能力を使って過去へ遡ったという話になる。
 非現実的だと一蹴してしまおうか。それとも。
「だからどうした、人間誰だって死ぬ。生きている限り、死という運命からは逃げも隠れも出来ない。死こそが確実な結末だ」
 考えようによっては死なない事の方が死ぬ事よりも恐ろしい。
 長く苦しいだけの闘病生活を送る者や手足や目玉を欠いて生きねばならない者からすれば死も安楽に思えるだろう。そういう人間にとって死神というのは優しく手招いて見えるのだろう。
「そうですか」
 話を聞いていなかったとか望んだ答えではなかったから不貞腐れているのとは違う、安堵したような声音で相槌を打ってジョルノは取り皿に置いておいたクッキーを小さく齧る。
「ディオは強いね。僕はそうは思えない。13という数字が怖いわけじゃあない。けれどやっぱり、死ぬ事は怖いと思う」
「弱者の考えだな」
 ふんと鼻を鳴らして笑ってやった。
「ジョジョの言う恐怖が痛みや苦しみを指しているなら僕にもわかります。ディオ、多分貴方にもわかる筈だ。神経が正常な人間は苦痛を恐れる。それは何も可笑しい事じゃあありません」
「確かに痛覚の無い人間は怪我を理解せず無茶をする。お前の言葉は一理有るな。だがジョジョは『死』を知らないからいやに怖がっているだけだ」
 ディオとジョナサンが同じタイミングでクッキーを取った。ケーキスタンドの皿の上に残ったのは1枚の、13枚目のクッキーのみとなる。
「死を知らない、か……ディオはお父さんが病気で亡くなる所を看取っているんだったね。僕よりも死を知っている」
 それ所か父に死をもたらしたのはディオ自身。尤もこれは誰も知らない事だし、ジョナサンが勘付く筈も無い。
「お母さんだって亡くしているし」
「それはお前も同じだろう、ジョジョ」
「僕は産まれてすぐの、物心付く前だったから。ああゴメンねジョルノ、暗い話をしてしまって」
 元を正せばジョルノが振ってきた話題だ。
「僕達は大きな病気でもしない限り、自分や自分の大切な人が死ぬって事を忘れている。怖いから怯えて忘れたフリをしている。今日も、今この瞬間もどこか遠い国で人は亡くなっているのに。綺麗な空とか巡る季節とか、そういった物が途切れてしまう瞬間なんて、考えただけで泣きたくなってしまう」
「少なくとも俺の父親はそんな人生を送ってはいなかった」
「母親は?」食べ終えたクッキーを持っていた指を舐め「早世された母親はどんな人だったんですか?」
 死に際にジョナサンが言ったような事を思う人だったのか。
 自分の母は自分の父と結婚する程度に頭がイカレていた――とは言えない。ジョルノに聞かせられないのではなく、ジョナサンにそう思っている事を知られたくないから。そう、それだけでしかない。誰かへの気遣いなんて物は無く、この家での生活を順風満帆に送る為に黙秘を選んだに過ぎない。
「俺の母親は……金髪だった」
 ディオのような、ジョルノのような。その位しか言える事は無い。
「……時間だ」
 ジョルノが胸元――開いているのでその下の部分、腹に近い――をきゅっと掴み呟く。
「何の?」
「帰る……時間です」
 妙に苦しそうな声だった。
 見れば眉を寄せた顔は青褪めて脂汗まで滲ませている。
「どうした? 食中り(あたり)でもしたのか?」
「違います、帰る時間が来ただけ……スタンド能力を使った時、この時代のこの場所に来る時、起き上がったままでいられない程体調を崩しました。だからこれが帰る……合図……」
 出会った時に膝を付き座り込んでいたのは不調だったからか。
 時間と場所の跳躍をするのだから体調が追い付かないのは理解出来る。理解出来ないのはその仕組みの方だ。一体どうやってここに来たのか、元の場所に帰るのか。ピカと光って消えてしまうのか。
「水を飲むかい? 氷水を、いや常温の水を今用意するよ」
 慌ててベルを叩いたジョナサンの腕をジョルノが弱々しく掴んだ。
「少し休ませてもらえれば、それで……トイレ、トイレで良い……1人に、なりたい」
 これがジョナサンならば食事中に何を言うのだとからかうが。
「客人をトイレまで連れて行け」
 静かに歩いてきたメイドにやや口早に告げる。
 胸を押さえ苦しむ姿を見てメイドは急いでジョルノに近寄り、肩を貸して静かに立ち上がらせる。大丈夫だ、平気だと繰り返しているが辛そうな顔をしていた。
「ジョルノ」呼ばれて振り向いた顔に「思い描いた通りだったか?」
 俺は。俺と過ごしたこの短い時間は。
「……楽しめました」
「俺もだ」
 間髪入れない返事にジョナサンのそれと似た淡い色の目を細める。
 遠くない未来の死の宣告をされたも同然だったとしても、それでも会えて良かった。会いたいと思ってくれて、ジョルノのその願いが叶って良かった。
「ジョジョにも、会えて良かったです」
「今日は夕食会だから、調子が戻ったら皆で一緒に食べない? 服なら貸すから。無理そうだったら僕の部屋で休んでいて」
「……有難うございます。それじゃあ」
 ジョナサンはジョルノがこのまま未来へ帰るとは思っていないのだろう。勿論それを想像も付かないメイドはジョナサンの指示――服を用意しろ、あるいは部屋で休ませろ――に「畏まりました」と返事をする。
 そのまま2人はサロンを出た。慈愛の女神像の横を通りトイレに行くのだろう。
 メイドはドアの外でどれだけ待つだろうか。ジョルノが未来に帰った、姿を消した事に気付くのはどれだけ先になるだろうか。底抜けのお人好しならば困惑させないよう呼びつけるなりしてトイレから離しておくが、生憎ながらディオはそういった性質を持っていないし持ちたくもない。

 厨房に控えていたのは1人だったのか、ジョルノを連れて行ったキッチンメイドが居なくなると人の気配というものが無くなった。
 ジョナサンと2人きりになる事は日に何度も有る。だが2人きりでアフタヌーンティーをするのは初めてだ。
「初めてだよね、僕とディオの2人でアフタヌーンティーをするなんて」
「ああ」
 同じ事を考えている。
 ジョルノは顔や雰囲気がジョナサンに似ていると思ったし、ジョナサンの方は髪がディオに似ていると言った。
 自分達は正反対とも言える程対照的だが、ジョルノはそんな2人に似ていたのだ。
「ディオには……不思議な友達が居るんだね」
「……ああ」
 友達ではないが説明するのも面倒臭い。
 だが上手く話を繋げないと会話が無くなってしまう。静かに13枚目に当たるクッキーを食べるのも癪だ。
「死神のような奴だがな」
 金髪に白い肌で小綺麗で、誰かが死んだ世界から来た等と言い出して。
 嗚呼しかし、ジョルノもディオを初めて見た際に『死神』かと言ってきたような。
「だがあのデブよりも余程良い。先ず見てくれが気分を害さない。夕食会で相手をするのが面倒臭いな。なあジョジョ、執事に言って俺とお前の席を近付けさせよう。そしてあいつを遠ざけるんだ」
 苦笑気味のジョナサンこそを離し、ぽつねんと独りにさせるつもりだったのに何故こんな提案をしているのだろう。
「そんな事をしたら可哀想だよ。嫌がらせをされたとか、喧嘩をしたとかでもないのに」
「嫌がらせをする程相手を気に掛けて、喧嘩をする程に仲が良い場合も有るだろう」
 自分達が、とは言わない。


2020,04,10


13番目の運命という楽曲をモチーフにした話を書こうという事で。
視点が違って段落分かれてる長ったらしいのを書き上げたんですが、やっぱりこっちが良い!と全面書き直し。
4より13の方が縁起悪いよと言わせる為だけに話題に出されたミスタは今頃死神に手招かれているかもしれない。
<雪架>

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