ディオジョナ要素有り 全年齢


  ミス・ペンドルトンの敗北


 近くに戦場も工場も無い病院は平和な物だ。
 勿論この病院にも大勢の病人や怪我人は居る。そもそも片田舎の診療所ではなく、手術や入院も行われる大きな病院だ。
 それでも医者の父と共に行ったインドの病院はこんな物ではなかった。
 エリナは働き者だとよく言われた。否定はしないが皆が怠けているとも思わない。大きな事故も慢性的な感染症も無いので淡々と働けているだけに過ぎない。
 成程、だから中流以上の階級の夫人方が看護師になるのか。
 爵位を持つ貴族のように医師を派遣する事は出来ないが、使用人は雇えるので家事に追われる事が無く、慈善事業として医療行為に携わる。
「ミス・ペンドルトン」
「はい」
 呼ばれて振り向く。金の髪の揺れる様を病室の患者達は満足に眺めていた。
「そろそろ休憩に入って下さい。休んでいませんよね?」
「……有難う」
 別に休み無く働きたいわけではない。
 エリナは素直に礼を言い、簡単な引継ぎをして休憩室へと向かう。
 看護師の休憩室は充分な広さと椅子、大型のテーブルが有り、先輩女性看護師が1人寛いでいた。
「ミス・ペンドルトン、お疲れ様」
「お疲れ様です」
 向かいへどうぞと示されたのでそこへ座る。
「お茶淹れるわ」
「そんな」
「良いのよ、私は充分に休めてるから、ミス・ペンドルトンは座ってて」
 先輩看護師は立ち上がり、湯を沸かし始める。彼女や先の看護師仲間には『ミス・ペンドルトン』と呼ばれていた。
 最初は父親が医者で看護師を始めたと思われているからと考えていた。しかし実際は、恐らくだが、エリナが独身だからだろう。
 彼女達は、この時代・この国の病院では、ミセスという言葉を使わない女性が物珍しいのだ。
 先輩看護師もまた既婚者。貴族の出で貴族に嫁いだと噂に聞いた。優雅な仕草が噂は事実だろうと思わせる。
 未だ若く子供は居ない。嫁入り後に看護の仕事を始めたらしいが充分な手際の良さ。元来器用なのか紅茶を淹れる姿も様になっていた。
 そんな彼女から見ても。
「ミス・ペンドルトンは働き過ぎよ」
 紅茶を置きながら言われてしまう。
 いいえと言いエリナは目の前に用意された紅茶に砂糖を入れてかき混ぜる。
 口を付けてその香りと甘味に安堵した。
 働き過ぎとは思わないが、仕事による疲労の蓄積は確かに有る。今なら甘味の強い物だけでなく酸味の強い物も美味しく感じるだろう。
「もしかして結婚する予定が出来た?」
「えっ!?」
 予想外過ぎる問いに変な声が出てしまい、その声に互いに顔を見合わせ静かに笑う。
「ミス・ペンドルトンは真面目なだけだったわね」
 家庭に入る予定が出来たのでそれまでに出来るだけ働いておこうと全力を出して見えていたらしい。
 嗚呼確かに自分はもうそういった年頃だ。
「美人だしお家もお医者様でしょ? 求婚されて当然、漸くお眼鏡にかなう人が現れたんじゃあ、なんて思っちゃった」
「ふふ、そんな事有りません」
「結婚願望無い? 子供が苦手とか?」
 女は皆生まれながらに母性本能を持っていて誰もが自分の子を産み育てたがっているというのは違うと看護師をして痛感させられた。
 子供の時分には裕福だから見えなかった望まれない子供の存在を、病院であれば産婦人科医でなくても繰り返し目にする。
 だがそれでも、エリナは他の多くの女性と同じく。
「子供は、欲しいです。絶対じゃあないし今すぐでもないけれど……」
 言いかけて目の前の女性が子供が居ないからこそ看護師を続けている事を思い出し言葉を濁らせた。
 同じように今は未だと思っているなら良いが、もし授からないばかりに家に居場所が無いと感じ病院という職場に来ているとしたら。
「そうなんだ。結婚の方はあんまり? 愛する人と家族になるって良いものよ」
 どうやら夫婦仲は良いようだ。
「私両親の事は好きだし、2つ上の姉だって余り気が合わないけれど嫌いじゃあない。でも自分で選ぶ、選んでもらえる家族っていうのも凄く良いわ」
 確かに結婚は自分の意志で家族になる事だ。
 王族は勿論爵位の有るような貴族となれば家の為に望まぬ結婚をさせられる事も有るだろうが自分は違う。
 それに父はきっと「エリナの望む相手と」と言ってくれる。そんな親子仲なのだから。
「結婚をしたくないってわけじゃあないんです。私も本当は好きな人と結婚して、その人の子供を産みたいんです。でも……」
 でも。
 嗚呼言ってしまおうか。仕事仲間で業務以外の話はこの休憩室でしかしない相手に、何年も秘めてきた想いを。
「……私、好きな人が居るんです」
「まあ!」
「で、でも、恋人じゃあないんです。それ所か、もうずっと会っていないんです」
「あら……海外にでも? あ、貴方が海外に行っていたんだったわね」
「ええ。彼の家はかなりの名士なので旅行以外じゃあ海外に行く事は無いと思います」
 そんな彼を本当は近くで応援したい。叶わぬ願いは紅茶で飲み込む。先程よりも冷めて温いからか渋みを感じた。
 会いに行かないのかと聞いてこないのは、貴族であれば『今』は何をしているのか等すぐに調べられるからだろう。それをしないのはエリナの側に都合が有ると考えたのだろう。
 仕事が忙しいから、は言い訳。
 忘れられているかもしれない、素敵な恋人が居るかもしれない、そう思うと勇気が出ない。
「もしかしたらこのイギリスでスポーツに打ち込んでいるかもしれません。出会った時はそうでもなかったけれど、体を動かす事自体は昔から嫌いじゃなかったし、『アレ』以来体もぐんぐんと……なんて、彼の事ばかり考えてしまうんです。素敵な男性を紹介してもらっても結局私は彼を想ってしまって。そんな不誠実さじゃあ結婚は勿論お付き合いだってとても出来なくて。『夫』を助けられない分、目の前の人を助け続けたいんです。折角看護の仕事が出来るんだし」
「強いのね、ミス・ペンドルトン」
 弱いのではなく、弱い部分を認め受け入れる事の出来る強さ。
「所で……『アレ』って、何が有ったの? 聞いても大丈夫なら、ちょっぴり気になるなあって」
 心配ではなく噂好きの顔をしている。ならば話しても良いだろう。
 苦しんでいると思われないのなら、とエリナは笑みを見せた。
「彼には同い年の兄弟が居るんです。彼のお父様の命の恩人の息子で、両親が亡くなったから義理の息子として家に迎え入れたそうです」
「凄いお父様ね」
「そうなんです。あ、お母様は随分と前に亡くなっているそうです。それで、その人と彼は相性が悪いみたいで……いえ、その人と仲良くなれる人自体早々居ない……勉強が出来て運動が出来て見た目も良くて人気者だった。でも独りだった。友人と遊ぶのではなく人を従えているというか……その人は1番だったんです。上には勿論、隣にも誰も居ない人。彼の全てを奪い頂点に君臨したがった人」
「全てを奪い……って事はもしかして、横恋慕されちゃった?」
「概ねそんな所です」ふふと笑い「私は彼一筋ですけど」
 そう、他の人間に心揺れた事は無い。
 エリナにとって初恋であり今も尚恋しいのはジョナサン・ジョースターただ一人。
「義兄弟でミス・ペンドルトンの取り合いになって、距離を置いてそのまま?」
「そんな感じです」
「義理の兄弟なら今も同じ家に住んでるんだろうし、気軽に会いに行けないか」
「あ……そう、かも」
 言われて気付いた。
 エリナはディオ・ブランドーを避けている。
 ディオに会わずしてジョナサンには会えない。
 嫌いだからディオに会いたくないのは有る。怖いとか汚いとかではなく。
 そして嫌悪だけでもない。
「私、あの人には敵わないから」
 先輩は口説かれてノッてしまうとでも解釈したのか「そっかそっか」と言って頷いた。
 だがこの『敵わない』は。
 あの人こそが彼の、ジョジョの……運命の人。
 エリナの抱く愛とは全く違う運命。だがその重さは恐らく。
「さてと、私はそろそろ戻らないとね。いつまで休んでるだって言われちゃう」
 思えばこの先輩は暫く前から見ていなかった。かなり長めの休みを取っている事になる。
「ミス・ペンドルトンの話も聞けたし。貴方いつも聞き役だから、偶には話せてスッキリしたんじゃあない?」
「そうですね」
「聞き上手さんにはつい話しちゃうのよね」
 そんなエリナに話させる彼女もまた聞き上手。或いは特大の噂好き。
 後者だとしても、この話が院内の看護師から医師から患者にまで広まったとしても、構わない。
 初恋の人を今も想う気持ちに嘘は無い。


2024,02,12


当て馬じゃないんだけど、寧ろ結婚して子供も宿してるからエリナの大勝利なんだけど。
ディオジョナみたいに好き合ってない同士なのにその関係に嫉妬するって事、女の子なら意外と有ったりするかなぁって。
<雪架>

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