ディオジョナ 全年齢


  実力以上の事をする比喩


 寝起きの紅茶に映る自分の冴えない表情を見ながらジョナサンは溜め息を吐いた。
 朝が苦手なわけでも毎日が憂鬱なタイプでもないが、それでもここ暫く目覚めが悪い。起きた時に既に体が疲れている。
 残りを飲み干して使用人に下げるよう伝えてからベッドを出る。学生服への着替えに従者は不要だ。
 1人きりになった部屋は窓から朝日が燦々と射し込み気分を爽快にしてくれる。いつもなら。
 ディオがこの屋敷の来てから2年と少しが経った。
 彼が来たばかりの頃、色々と有って殴り合いをして愛犬を失って、その頃は流石に毎朝辛かった。朝に限らず、昼も夕方も夜も深夜にふと目覚めてしまった瞬間も、どこを切り取っても気分は優れなかった。表面上仲良くなってから暫くもそれは続いた。
 今はそれこそ表面上は割り切っているので、この陰鬱とした気分はまた少し違う物であり、ディオが原因ではないと分かっている。
 それに昼前には、登校した位には消える。友人と話せば消えるのかと思ったが休日も同じなのでそれだけが理由ではなさそうだ。
 覇気の無いまま着替え終えてジョナサンは足取り重たく食堂へと向かった。
 食堂には既にディオが席についていた。当然しっかりと着替えも済ませている。
「おはよう、ジョジョ」
「ああ、おはよう」
「どうかしたのか?」わざとらしく驚き顔で「元気が無さそうだ、どこか痛むのか?」
 ディオは心配等していない。腹の中では不調そうに見える事を楽しんでいるかもしれない位の男、給仕係の前で義兄弟の仲の良さを演じているだけだ。
「……足が、ちょっとね」
「何か踏ん付けでもしたか?」
「足というより膝かな。ぶつけたりはしていないんだけど」
 引かれた椅子に座る時、本当に膝が痛んだ。
 骨と骨の間に何か挟まっているような、関節が錆び付いているような痛み。
 そうだ、これだ。この痛みが毎朝有るから、朝日を浴びても気分が塞いだままなんだ!
 世の中言葉にして初めて理解出来る事象は多々有る。
 この憂鬱さもその1つ。からかいたかったであろうディオの意思に反して解決してしまった。
 否、解決ではない。膝の痛みが消えない限り毎朝気持ちは落ちたままだ。
 それこそぶつけたわけでもないのに何故痛むのか。大きな病だったら、と考え始めるとまた気が沈みかねないのでジョナサンは向かいに座るディオに「父さんは?」と尋ねた。いつもなら父はジョナサンの左、ディオの右に当たる所謂お誕生日席に座っている。
「カップの1つも無いな」ディオは給仕に来た下僕に「今朝は2人だけなのか?」
「はい、旦那様の朝食は不要だと申し付かっております。昨晩とても遅かったご様子です」
 2人のグラスに冷えたオレンジジュースを、ティーカップに紅茶を注いでから立ち去る。今朝は余り寒くないのでジョナサンはオレンジジュースから手に取った。
 父は、貴族は忙しい。それを知らずに貴族──の息子──だからと嫌われる事も有る。
 未だ将来については模索中だがこの家を、名前と土地を受け継ぐ事は決まっている。妻を娶り子を成し受け継いでもらう事も。
 クラスメイト達はなりたいものになれるのに、と妬んだりはしない。こうして起きれば朝食が用意されている生活は恵まれている。スクランブルエッグとベイクドビーンズとロールパンを1つ乗せた大きめの皿、次いで小さな器に入ったコーンがメインのサラダが運ばれてきた。
「『成長痛』じゃあないか?」
 サラダの皿にフォークを刺してディオが短く言った。言葉を続ける事無くサラダを口に運ぶ。
 食事は家の主人の妻が食べ始めてからという決まりが有るようだがジョナサンの母親は亡くなって久しい。父も居ない時は自由に食べ始める。ディオが口の中の物を飲み込んだタイミングで「成長痛?」と繰り返して聞いてみた。
「寝ている間に骨が伸びる。それ以外はついてこられない速さだから軋みが起こる」頬杖を付き「髪の毛と違って骨は周りの組織と繋がっているからな」
「つまり……背が伸びてるから痛む?」
「そういう事だ。恐らくだが」
 勿論何かしらの病の可能性は有るし、それこそ骨に異常が有るのかもしれない。だがこの年で他に可笑しな所も無く、更に起きてから暫くすれば痛みが消えているのだから、これは。
「背が伸びてる感じ、全然しないけどなあ」
 反して内心そうかもしれないと思っている。だから声に安堵が混ざる。
「一晩で何cmも伸びるもんじゃあない。そんなのは化け物だ。1mm伸びてたって痛いじゃあ済まないぜ」
 誰もがそうしてほんの少しすつ成長し大人に近付く。ジョナサンはそれが他の人々より早く速いようだ。
「ディオも膝が痛かったりする?」
「……ああ」
 一応イエスのようだが、少し曖昧な返事だった。互いに物を食べながらだから、が理由ではない。
「どうすれば、痛く感じないんだろうね」
 成長の度合いには個人差が有る。
 背の伸び方でジョナサンに遅れを取っている。プライドの高いディオがそう感じていても不思議は無い。
「縦にばかり伸びているから痛むと仮定して、横にも伸ばせば良いんじゃあないのか」
 ディオは手を挙げて給仕係を呼んだ。
 給仕係は小さなバスケットから新たなロールパンを1つ取りディオの皿に乗せる。
 ジョナサンも手を挙げ「僕にも」と言いロールパンを1つ置かせた。こんがりと焼き上げられた小麦の香り。手に取ると表面がサクサクしている。
「横に大きくなるって、身長と同じだけ体重も増やすって事かな」
「身長は遺伝だが体重は生活だ。それに身長の何倍も早く違いが出る」
 互いにパンを食べながら。
「食べれば太るし食べなければ痩せる、だね」
「身長が伸びなくなった大人、縮むようになった年寄りだって体重は容易に変動する。そして食って動けば俺達の年ならすぐに筋肉になる」
 ジョナサンに教えてやっているというより、自分自身に言い聞かせているように聞こえた。
 身長で敵わないのなら体格で。
 遺伝というならディオのお父さんの身長は?
 そう尋ねたかったが、小柄だったらコンプレックスをより刺激する事になるし、朝から故人を思い出し──これ以上──気分を沈ませるのは良くない。
 パンは栄養価がとても高いというわけではないがエネルギー、つまりはカロリーは良く取れる。
 たんぱく質が取れる事も含めて、縦だけではなく横に大きくなる為には必要な物。体格の向上を目指し食べた。ディオも今日はよく食べていた。
 同じ家で暮らし同じ学校に通っているのだから登下校は当然同じ所から同じ所へ行く。
 下校は用事が有るとか友人と話したいとか、逆に早くに帰りたいから等と言って別々にする事が出来る。しかし登校はそうはいかない。
 家に来たばかりの頃と違い嫌がらせはしてこないが、他人が近くに居ないと取り繕った笑顔を見せる事も無い。これこそが『素』なのだろう。
 眩しい程に明るい金髪や日の下なのに真っ白い肌、わざとこちらを見ない切れ長の目や意地でも話し掛けないと真一文字に結んだ唇。耳に複数有るホクロですら毎日見ているのですっかり見慣れてしまった。
「……あ、れ?」
「何だ」
 ギロリと睨み付けられた。家を出て比較的すぐなので誰も居ない。嗚呼、やはりこれがディオの本来の姿。ジョナサンに対して嫌悪を募らせ、ジロジロ見て何のようだと皮肉を言いたいのを堪えて日々を過ごしている。
「毎日少しずつ背が伸びているなら昨日と比べても変化は分からないよね」
「そりゃあそうだろう」
「だから去年と比べたら、と思ったんだけど」
 丁度1年前の事を思い出すのは難しいが、去年のこの時期はどう過ごしていたか位なら思い出せる。この位の季節の頃は何を見ていたか。
 同じようにディオの隣を歩き登校していた。これは来年以降も続くだろう。恐らく大学を卒業するまで。
「1日で少しなら1年でうんと伸びている筈だけど」
「伸びているだろう」
「うん。周りの物が小さく見えるようになった。使用人も小さくなってるように思うのは、僕が大きくなったからだね」
 話の途中だがディオは視線を合わせていたくないからと前を向いた。
 但し話は聞いている。だから言ってみる。
「でもディオだけは小さくなってない」
 ディオが顔は前を向いたまま視線だけこちらに向け、すぐに前へ戻した。
「同じように大きくなっているんだな、って思ったんだ」
 ディオはと聞こえるように舌打ちをする。
「俺はお前の方がデカくなってると思うぜ、ジョジョ」
「去年と違って見えてる?」
「ああ。背だけじゃあなく……いや、父親の背を考えればデカくなるだろうなという先入観が有るだけかもしれない」
 まるでそう自分に言い聞かせているような口調。
「朝起きた時に痛むのは夜寝ている間に成長するからだ。手足に限らず脳も寝ている間に成長、つまりは『記憶』する。寝不足が続けばきっと膝は痛いじゃあ済まなくなる」
 子供ばかりが夜更かしを咎められるのはそういう理由も有るのかもしれない。
「沢山食べて沢山動いて沢山寝たら、膝も痛くなくなるかもしれない、という事?」
「理論上はな」だから、と少し穏やかな顔を見せ「運動部にでも入るか」
 体を動かす事は好きだしルールの有るスポーツも好きだ。だが運動部には『1人』では入れないと思っていた。
 ディオと一緒でなくてはならない。同じ家に住んでいるのに1人だけ部活を始めるなんて避けているのか、といったあらぬ──本当は心当たりの有り過ぎる──噂が立つ。
 だがディオに一緒に部活動を始めようなんて声を掛ける事も出来ず。2人きりの時に言えば断られるし、誰かが居る時に言えば仲が良いと冷やかされる。友人にからかわれればどんなにディオも部活動に入りたくても絶対に入らないと言い張ってしまう。
 賢いディオの事だから運動部に入れば背が伸びるのではなく、背が高い者だけが運動部で活躍出来る事は分かっているだろう。それでもジョナサンに負けない体を作る為にと思っているなら。
「どの部が良いかな」
「少し考えてみるか」
 大いに悩みたい。一生付き合うスポーツになるのかもしれないのだから。


2022,07,30


小学生の頃の健康診断、3ヶ月で4cm伸びたけれど体重が1kg減ってたので呼び出されました。単なる成長期でした。
マジで膝が痛いので祖母と一緒にグルコサミン?みたいな乳飲料飲んでましたが成長痛には意味が無かった。
<雪架>

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