柱の男中心 全年齢


  柱の男達


 この地球上において最も頒布の多い生命種を人類と呼ぶのであれば『彼ら』こそが人類であり『我ら』は彼らと違い闇の中に生きる種族なので『闇の一族』とでも呼ばれるべきなのだろう。
 彼らは我らと違い光の中でしか生きられない。昼間に日の光を浴びて狩猟や農耕に従事し、日が沈むと次の日の出まで就寝する。日光が無ければ活動出来ない彼らは太陽を神のように崇めている。
 一方我らは日の光を必要としない。太陽という物は体温を上昇させ活動を鈍らせ、直接浴びれば肌を焼く物だ。
 哺乳類の一種でしかない彼ら。しかし生物種としての在り方は我らとよく似ていた。
 だが我らと彼らは太陽との関りを除いても違いは多々有る。
 最たる物はやはり頒布領域。太陽を避けなければならない我らと違い、日光を浴びる必要は有るが浴び続けなくても生き永らえられる彼らは地球上の至る所に頒布している。故に肌の色や髪の色が違う。文字という概念を持っていない彼らだが、いずれその地によって違う文字を使うようになるだろう。
 それでも我らは彼らに親近感を覚えている。勿論中には否定的な考えを持つ者も居るが、我らの殆どは彼らの進化を見守ろうと考えていた。

 今日は我らにとって最も喜ばしい日となった。
 15年もしないで子を成せるようになり、宿して1年も立たずにその子を産み落とせる彼らと違い、我らは個として完成に近いので非常に繁殖率が低い。
 だが今日、新たな生命が誕生した。
 我らは眠りの時に重なりさえしなければ生まれてすぐに音を聞いて目を開き、数分の内に言葉を話すようにもなる。
 そして成人の儀で『流法(モード)』を身に付ける。
 太陽に焼かれずにこの地に飛来した石を用いて幾つかの眠っている細胞を目覚めさせてきた。
 この石は我ら以外にも全ての動物――もしくは植物も含まれるかもしれない――に用いる事が出来るが、目覚めた細胞が暴走してその生命を終わらせてしまう事も有る。
 生まれた時から自分と共に居る能力(スタンド)でありながら耐えられた者だけが手に入れる事の出来る贈り物(ギフト)は成人の儀を執り行うと決めてからの概念なので我らにとっては比較的新しい。
 自らを大きく変えたくはないという理由で成人の儀を拒む者も居る。それにもっと強く深く石を使わなくては流法を使いこなせない事も有る。
 だが『カーズ』と名付けた新たな子は早く身に付けたいと望み、そして難無く光の流法を身に付けた。
 生きとし生ける者全て光が無くてはならない。盲いていようと日光の届かない海底深くに生まれようと、光の存在を知らないわけではない。
 かつて光子(こうし、光の粒子)はこの惑星以外の全てをも支配していた。またその時代が訪れるかもしれない。
 我らは皆そんな光の流法を持ったカーズを愛した。

 カーズは彼らを毛嫌いしていた。
 毛嫌いというのは些か違う表現かもしれない。彼らを見下している、辺りが正しいのかもしれない。
 確かに彼らは体格が我らの半分程しか無く、故に脳味噌も小さく我らと比較すると知能はとても乏しい。
 今の人類は滅び、新たな人類が進化し益々我らに近くなるだろうと踏んでいるのはカーズだけではないが、そんな彼らを『家畜』とする事まで提案してきた。
 愛玩するには値せず、奴隷として使役出来る程の能力も無い。
 だから我らは彼らと接点を持たず一方的に眺めるのみに留めていた。彼らは我らを認識していない。
 日の差す場へ出ない我らが姿を見せる事も無い。
 彼らの営みの邪魔をしたくない。彼らをただ見守り続けたい――と考える事が既に家畜化を目論むのと同等の驕りかもしれない。

 氷河の時代が終わろうとしている。
 カーズが誕生してから3度目のこの氷河の時代が終わると、次は恐らく7万年程先だろう。
 それまで一時的な寒冷化こそ有れど、我らが生活を営むには不快な気候が続く。太陽の影響を受け気温と湿度の高い日々。我らは生活の場を更に削られる。彼らのように地球全体に頒布する事は先ず出来ない。
 思えば彼らと一括りにしているが、居住地によって彼ら個体にはかなりの差が有った。
 ある大陸に上陸した彼らは地続きであるにも関わらず200種以上の違う言語を使っている。この中で10万年先まで彼らが使う言語は10分の1にも満たないだろう。何故なら彼らは未だ文字を持たない。こうして書き残す事が出来ない以上、後世へ継ぐ事は難しい。
 言語以外の文化や習慣等は稚拙な絵画で残す事が出来る。但し次代が理解出来るかは分からない。
 氷河の時代が終われば草原は森林となり、今生息する大型の動物達は種を滅ぶ。我らは流法を用いて適する時代まで生き抜けるが、他の動物達は違う。
 彼らは狩猟や採取の対象を変えて生き延びるだろう。しかし彼らの子孫は彼らにとっては混血、あるいは新人類とすら呼べる形をしているかもしれない。

 我らに新たな生命が誕生した。
 『エシディシ』と名付けられたよく泣く赤子はよく笑う男児に育ち、炎の流法を得たよく怒る男児は感情豊な男となった。流法のような激情家とも言える。
 数多の動物は炎に恐怖する。炎の持つ熱は我らにとっても脅威になる。太陽という地上に無い物しか天敵でない我らを脅かす流法の持ち主であるエシディシを、カーズは非常に気に入っていた。
 流法だけでなくその性質もカーズの好む物が有るらしい。気が合う、話が合うといった様子で2人で居る所をよく見掛ける。エシディシも光の流法やカーズ自身の常に堂々とした態度を好んでいるようだ。
 もしもどちらかが女であれば2人を番(つがい)として子が成せるようにはかったのだが。否、男同士だからこその仲に見える。性別という違いが無いからこそ上手くいく2人なのだろう。
 二千年の眠りについても話していた。
 彼らを含む動物の多くは睡眠時にはとても無防備になる。だが我らは一切の攻撃が出来ない代わりに究極の防御体勢となる。
 地球上に存在するどの物質でも、それにどれだけ熱や速度を加えようとも、破壊される事の無い眠り。
 目が覚めれば二千年と過ぎているので情勢は多々変わっている。動植物の在り方も変わり、絶滅してしまっていたり全く新しい生命体が在ったりする。
 そんな中崩れる事無く眠り続ける鉱物のような姿は――我らは全て同じく眠りに就くので見た事は無いが――まるで『柱』のように見えるだろう。

 家畜という概念を得た彼らが犬を飼い始めた。
 それを知りカーズが再び彼らを家畜にするのはどうだと言い出した。
 我らも再び反対したが、我らの中で1人だけカーズに賛同する者が居た。
 エシディシだ。
 彼らが狩りに犬を同行させるように、我らも彼らを使役する? そんな馬鹿な。
 カーズは大笑いした。嗚呼そうだ、それは馬鹿な事だと言った。
 彼らを集めて育て繁殖させ、喰うのだと言った。
 エシディシも笑っていた。だがエシディシは彼らは味は分からないが栄養価は低そうだという理由で笑っていた。
 当面の課題は彼らの栄養価を底上げする事に有る。そう言って2人は笑い合っていた。

 我らは太陽を忌み嫌うが、彼らは太陽が無ければ生きられない。
 炎を用いて暖や明かりとするだけでは、やがて肉体を構築する上で必要な物質が体内で作りきれず最悪の場合死へと至る病を患う。
 故に太陽を敬愛する。それは王を崇めるよりも、親や祖先を慕う様子に似て見えた。
 但し中には健康な人体から心臓を取り出して捧げるような過激さで崇拝する者も居た。
 彼らは作物を自ら育て収穫するという概念を未だ持たない。もしも持てば、太陽だけが『生』と勘違いする事は無いのに。
 否、彼らの中の野蛮な人種は雨乞いと称して贄を用意しかねない。
 そうでなくただ太陽を尊ぶ彼らの中に、太陽の力を自らの呼吸で再現して外から取り込むのみではなく、内から発して怪我の治癒や植物の成長を促進させようと試みる者達も居た。
 流法を持たない彼らがただ息を吸って吐く行為で自然の摂理を超越する。
 未だ一部の地域の一部の彼らしか使えないようだが、子から子へと、そしてまたその子や望む若き者達へ脈々と受け継がれてゆくだろう。
 太陽の力なので我らにとっては忌むべき物だ。しかし根絶やしにしてまで奪い取るような真似はしない。我らが忌避するのは太陽であって彼らではないのだから。
 彼らを嫌うカーズもそうするつもりは無いと言っていた。「今の所は」「脅威ではない」といった不穏な言葉も吐いていたが気に病む必要は無い。
 自分達とは違う種族に恐れを抱く事は恥ずべき事、カーズのような者がする筈は無いのだから。

 天より飛来した石を不気味に思い用いなかった者は流法を持っていない。
 本人が拒めば、というより望まなければそれを無理に使う事は無い。流法が無くても生きてゆけるし、必ずしも良い流法が身に付くとも限らない。
 我らは皆適正を持っていたが他の動物は違い、特に彼らの殆どは不適合で石に耐えられず死んでしまうようだ。
 眠っている細胞を目覚めさせる事を作り替えると捉えて拒む者も居た。
 自分が自分でなくなる事は大抵喜びではない。進化と変化は違う。退化ともなれば誰もが拒絶する。
 流法を早く身に付けたいと言ったのはカーズ位のものだ。
 カーズは自他ともに認める天才で、尊大な態度は驕っているように見えるがそれは実力に見合った自信の表れ。
 だから我らは9万と数年経っても皆カーズを愛している。だが同時にカーズは恐ろしい。恐ろしい程の天才だった。
 流法を得る為の石を加工し仮面の形に変えた。頭部がこの大きさである我らにしか被れないように『石仮面』にした。我らは選ばれた種族なのだと思っている証に。
 憎き太陽を克服するべく石の力を最大に得る為に作り上げたと言っていた。しかし石仮面はそれだけの力を与えはしない。我らが流法を得られる事に変わりは無いが、例えば彼らに被せると今までのように精神力が具現化する事は無くなり、代わりに細胞の全てを変えて別の生き物にしてしまうようになった。
 石仮面を被った彼らは我らのように日光を避ける生き物となる。日の光で体が灰になってしまうのだ。
 身体能力は大きく向上し、他者の血液を摂取すると能力だけでなく見た目もまた全盛期――彼らの年齢では20歳前後――に戻る。
 老いたり元より弱い彼らには良い事だとカーズは言いエシディシも賛同した。
 思想は個々によって違う。我らの中にもそれを良いと思う者も悪いと思う者も居る。
 エシディシ曰く仮面を被った後の彼らは非常に高いカロリーを保持した状態になっているそうだ。何故我らにそう言ったのか。石仮面は良い物だと、カーズの才能は素晴らしいと思わせたいのか。それとも。

 数千年振りに新たな子が生まれる。それも2人。同時期に2人誕生するのはこの10万年の間には無かった事だ。
 但し少しの差が有り、その期間に丁度眠りの周期が訪れる。
 先に生まれる方には『ワムウ』と名付ける予定だ。二千年後に物心付く方には何と名付けよう。
 ワムウは男児なので後に生まれる子は女児だと良い。
 今の我らには女が少ない。我らは生物として完全に近いが、それでも男女が揃わなくては子を成せない。この一点に関してだけは分裂で増殖出来る単細胞の方が優れていると言える。
 彼らの繁殖力の高さもまた素晴らしい。万年発情期ではあるが受精率は3割程度、にも関わらず子を持たない夫婦は殆ど居ない。婚外に子を成し種か畑の違う兄弟姉妹で更に子を成す場合すら有った。
 我らは悠久を生きるが永久を生きはしない。
 悠久を永久に変えるべく我らは子を成す。だから彼らが一瞬を数瞬に変えるべく多くの繁栄を願う事が理解出来る。
 しかしカーズは違った。
 カーズだけは自分が『完全』となり永遠を生きる事を考えている。
 それも有り我らの長と一部の者はその思想を、カーズを強く危険視している。
 長という言葉は使うが身分制度は設けていない。王も居ないし臣下も下僕も奴隷も居ない。例えば彼らがこのまま個体数を増やし続ければカーストも生まれてくるだろうが、我らのように出生率が低い場合は何ら意味を持たない。
 我らの長はその時最も長く生きている者を指す。
 『今』は1人の女。所謂寿命が近く、最近では専ら体温を調節出来なくなっている。
 そんな長も10万年前にカーズの誕生を、光の流法を、あんなに喜んだのに。我らは皆カーズという天才を愛していた筈なのに。
 嗚呼、だがしかし、果たしてカーズは我らを愛した事が有っただろうか。

 我らに終焉の時が訪れた。
 もう多くを記す事は出来ない。だがそれでも最後まで、最期まで我らの事を書きたい。書き残したい。
 事の発端は長を含めた一派のカーズ殺害の提案。
 カーズの過激な思想は彼らを含む数多の動物や、果てには我らまで滅ぼしかねない。だが他者の思想はそう容易には変えられない。
 止めるには殺すしか無い。
 早計だと言う者も居た。しかしそういう者もカーズの危険性は理解していたし、かと言って止める術を持ってはいなかった。
 苦しむ事無く生を終わらせられる薬が有る。
 数千年後に長も服用する予定のそれは、無尽蔵ではないが幾つも作る事が出来る。他者に無理矢理飲ませた事は無いが恐らく我らだけではなく彼らにも効果が有るだろう。
 その薬をカーズに飲むように勧めた。
 拒まれるのは予想出来ていたし、下手をすれば逆に飲まされ殺されるかもしれないとも思っていた。
 それでも我らや彼らの未来の為に。この惑星の為に。
 当然カーズは一蹴した。
 直接薬を渡した者を、その薬ではなく光の流法で斬り殺した。
 その者の親と子をエシディシが炎の流法で殺した。
 カーズはワムウを、エシディシは今し方生まれたばかりの赤子をその手に奪った。
 そして手当たり次第に我らを殺し始めた。
 こうして記していられるのは偶々2人から離れた所に居たから。それももう時間の問題だ。2人が迫っているのを肌で感じる。
 命乞いをした所で無駄だろう。カーズを知らない者であれば自分を殺そうとしたから殺し始めたと思うだろうが、実際は我らが不要だから切り捨てているだけに過ぎない。
 カーズの考える完全体になる方法において我らは必要ではない。否、邪魔ですらある。
 頂点で永遠を生きるのに居ても良いのは自分に同意するエシディシと未だ意見・自らの意思を持たない赤子だけ。
 殺される前に言ってみよう。別の生き物である彼らは頂点や同じ位置には立たない。だから彼らに仮面を被せて餌として喰わないでくれと。
 彼らを殺した所でカーズを含む我らが超生命体になれるわけではない。
 太陽すら克服出来る超生命体となるには恐らく――


2022,12,22


ある日からすっかり小説が書けなくなってしまってここまで引き摺りましたが、柱の男の話はどうしても欲しかった。なので書いた。
いつもの書き方と全然違うけれど、クオリティが低い自覚は有るけれど、それでも最期に完成させられて良かった…
だって柱の男あんなにパッタリ終わるの勿体無くね?スタンドばりに色々物語作れるよね??
<雪架>

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