DIOとヴァニラ 性的描写有り


  切り落とした髪束の主は誰か


 DIOは『今日の餌』の女の胎にたっぷりと吐き出した。
 100年の眠りに就いていた吸血鬼だが首から下は20代の若い男。数日放たないだけで「溜まっている」と自覚出来る程に生産している。
 涙でも小便でも、人間の体は体液を出す事で快楽を得るように出来ている。性欲なんて物は幻想、実際に食欲と睡眠欲とに並んでいるのは排泄欲だ。人間を辞めたのに人間の肉体に踊らされている。尤も、人間のそれと全く同じではなかった。
 数日水を飲めないだけで死ぬ事は無いし、数分息が出来ないだけで死ぬ事も無い。人間の食事とDIOの食事は意味が違うし排泄もまた同様だ。
 日光を必要としないどころか忌避する所も違う。体を離したこの女は間接照明のみで薄暗い部屋の中、汗が引き肌寒く感じ始めた頃だろう。
「DIO様……」
 女の気だるげな甘い声に。
「……帰ると良い」
「え?」
 事が終われば追い返されるなんて娼婦のようだ、という驚きではない。
 女は喰われるとわかってこの部屋に来ていた。性的な意味ではなくもっと物理的な、血を吸い尽くされ死ぬ事を知りそれを望んできた筈なのに。
 無理矢理連れ去ってきたのではない。彼女達は自らその身を捧げに来たのだ。どこからか噂を聞き付けて、あるいは夜に館の外に出たDIOの姿を見て。
「聞こえなかったのか?」
「い、いえ」
「帰ると良い。同じ事を2度言わせるな」
「申し訳有りません!」
 事を終えて服も着ていない体を慌てて起こす。
 薄いシーツ1枚を体に纏わせ、脱ぎ落とした服と靴を拾い、深く頭を下げた後に女はそのまま小走りで、裸に裸足のまま部屋の外へ出た。
 開き放しのドアに向かって。
「ヴァニラ・アイス」
 やや大きめの声で名前を呼ぶ。
 人間が1人近付いてきている気配がする。吸血鬼は耳も良いのでそれが足早だが決して走ってはいない事がわかった。
「お呼びでしょうか、DIO様」
 近くの部屋で何かをしていたらしいヴァニラ・アイスが堂々過ぎる体格に反した恭しさで開いたままのドアの向こう側に立つ。
「ああ、呼んだ。中に入れ」
 会釈してから1歩部屋へと踏み込む。DIOが命じなくてもドアを閉め鍵も掛けた。
「ヴァニラ・アイス、私の服を拾ってくれるか」
「畏まりました」
 自分でしろとも、そんな雑用を何故とも言わない。DIOに命じられる事は喜びなのだから。
 衣服を拾い上げてベッドの上に置く。
「有難う。履かせてくれるか?」
「……畏まりました」
 これには流石に躊躇いを見せた。
 主人の着替えを手伝うのは100年前のイギリスの貴族ならば当然の事だが──今の時代も残る貴族ならば従者に着替えさせているかもしれない──ヴァニラ・アイスにこんな事をさせるのは初めてだ。誰かに服を着させるよう命じるのも久し振りだ。
 ズボンを足を入れられるように広げて差し出してきたので、半ば毟り取るように奪い自分で履く。
「お靴は」
「いい」
 寝そべるように枕に背を預けてベッドの上に素足を投げ出す。普段は靴に隠れて見えないその足に視線が向けられているのがわかった。
「ヴァニラ・アイス」
「申し訳ございません」
「私の足が左右で違うのがわかるか?」
「足が……」
 咎められる所か違いを『見ろ』と言われ眉を寄せつつ注視する。
「……人間は、人体は皆左右非対称です。代表的な物は心臓。また手だけではなく足にも利き足という物が有ります」
 利き手の方がよく使うので指が太くなりやすい。同様の現象が足にも起きるのかもしれない。靴の大きさが左右で違うケースは耳にした事が有った。
「だが人間は左右対称を美しいと思う」DIOは伸ばした脚を大袈裟に組み「正確には『完璧』と思う」
 何という皮肉。こうして片方の脚をもう片方の脚の上に重ねる事で、下になった脚が潰れてゆく。
「私もお前も顔が歪んだりはしていないが──」
「DIO様、私を同列にしてはなりません」
「否定するのか?」
「いえ」
「目の大きさも唇の端も左右で大きな違いは無い。そう、『大きな』違いは無いが同じではない。僅かながらに違っている。私の耳の位置や形は左右変わらないが、片方にだけホクロが有る。それも3つ。横から見ればホクロの無い人間でありながら、反対側から見ればホクロの多い人間だ」
「その非対称さ、『ブレ』がまた貴方様の美しさです」
「顔も心臓も手も、そして足も」上にした方の爪先を向け「爪の長さが違うのは切り方や削り方の問題だが、形が違うのは左右が非対称だからだ。見比べてくれるか、ヴァニラ・アイス」
 名前まで呼ばれては逆らえない。元よりDIOの言葉に従う以外の事をヴァニラ・アイスは出来ない。ベッドのすぐ側まで歩み寄り、鍛え上げられた腕からは考えられない程静かに繊細に手を伸ばし、上に組んでいる足の踵をその手に乗せた。
「お美しい形です」
「足の形に美醜が有ると? 嗚呼、有るな。これは私の失言だ」
 讃えるように足を持ったまま首を左右に振る。
「美しく『見える』だけか?」
「と、仰いますと?」
「見た目は良くても肌の触りが悪いとか、悪臭がするとかは無いだろうか」
「ございません」
 嗅ぐように鼻を近付ける。何時間も靴も何も履いていなかったので蒸れてはいないが、人間の体には体臭という物が有る。より馴染めば、首から下も正しく吸血鬼となれば代謝も変わるが、今は未だ人間のそれと同じ筈だ。
「味は?」
 主人の命令は絶対と躊躇い1つ無く口を拓開いて舌を伸ばし、足の指へと這わせてきた。
 親指の付け根に舌の先端──舌の中でも最も味覚の優れている箇所──を当て、そのまま親指を口に含む。
 熱い粘膜に足の親指だけが包まれている。足の甲には鼻息が当たった。
 味わうように口の中で舌が動く。
 舌が指の最も太い所をべろべろと舐め尽くした後、親指と人差し指の間へ移る。一際強く吸い付いた後に唾液を垂らしながら唇が離れた。
「DIO様は味も素晴らしい。貴方は余す所無く素晴らしい御方です」
 こちらが望めば全ての指と反対の足にも唾液を塗り付けてきそうな口振りの後、更に反芻するかのように目を閉じる。
「……だが、この足は果たして本当に私の足なのだろうか」
 意図が汲み取れずヴァニラ・アイスは目を開けDIOの顔を見た。
 餌となる予定だった女の為に辛うじて間接照明は有るものの常人の目には暗過ぎるこの部屋で、果たして美しいと誉めちぎったDIOの顔がどこまで見えているのか。
「はい。この足はDIO様の足でございます」
「断言したな」
 くつくつと笑う。DIOではない者の足を舐めたとなると良い気分ではないだろうから否定するのは当たり前だ。
「何故ならDIO様のご意志で動かしているからです」
 続く言葉に眉を寄せたDIOは、更に先を促すべく顎を軽く上げた。
「DIO様に繋がっているのだからDIO様の物、と言っては些か乱暴でしょうか」
「その理屈でいけばお前も私の物か? 私の意志で動き、私と繋がっている」
 からかいを否定されず、逆にそうだと頷かれる。
「心臓は血液を放ち肺は酸素を取り込む。これはDIO様が望もうとも拒もうとも変わりません。誰の首から下になっても変わらず動く事でしょう。しかし足が歩くのは貴方の意思。立ち止まる事も全力で走り抜ける事もDIO様のご意思。DIO様が動かしているのだからDIO様のお体という事になります。いえ、なると私は思います」
「貴重な意見だ」
 もしDIOが違う考えを持っていたとしたらそちらに従う。その為に言い直したのだとすぐにわかった。
 DIOは自らの手の平を見た。指を開いては閉じ、閉じては開く。
「この手で触れれば私がお前に触れた事になるな」
 望むのならそうしない事も無い。流石に今しがた抱いた女のようには扱えないが──
「……ヴァニラ・アイス」
「はい」
「今部屋を出した女がもし子供を孕んだとしたら、それは私の子供と言えるだろうか」
 精巣はジョナサン・ジョースターの物。となればそこで作られる精子はジョナサンのそれであり、持っている遺伝子情報もジョナサンの物だと推測出来る。それを女に入れ注ぐ陰茎もまたジョナサンの物だ。腰を振るのはDIOの意思でも、吐き出した物の中に『DIO』は含まれていない。
 今すぐではないが子供は必要だった。
 欲しいのではなく、手元に置くつもりも無い。だが人間を超越し、世界の頂点に君臨するのに用意しなくてはならない物の中に『子供』も有る。
「より馴染めばこのDIOの体であり子供であると言えるが、今のこの状態で出来た子供の父親は、真に私であると言えるのだろうか」
 声に少しばかり憂いを混ぜてしまった。
 子供を作るのは時期尚早だった、と後悔する等馬鹿らしい。このDIOに有って良い事ではない。
「……私はDIO様の御子に当たると思います。今は未だ身体的な特徴はその肉体の元と似るのかもしれませんが、それでも射精は脳で行うもの。DIO様の意思により作られた子供はDIO様の御子でしょう」
「そうか……」
 ならば今後ジョナサンの子が生まれる事は無く──と続けるのは止めた。意識のし過ぎだ。それも対抗意識という矮小な物。
 DIOはベッドの上に体を起こし、とくと眺めた手で髪を掻き上げた。
「お前を最も近くに置いているのは私の意思だ、ヴァニラ・アイス」
 餌たる女は向こうから来る。その中で帰した女が孕んだ子を産み育てるとしたら、それも向こうの意思だ。
 だが従える者達は違う。優れたスタンド能力の持ち主達はこのDIOが選んだ。何者かから奪って取り付けたのではない、持って生まれたこの脳で。
「有難うございます」
「突然呼び出してすまなかったな」
 もう帰れの遠回しな言葉を受けたヴァニラ・アイスは一礼して部屋を出る。
 ばたんと扉を閉めたので部屋は廊下からの明かりは入らない。間接照明だけの薄暗く音の無い空間のまま。
 もうすぐ夜が明ける。このまま寝るとしよう。あの女が我が子を孕んでいるか否か、無事に家なり何なりに帰れるかを考えるような事はせず。
 そして起きたらまた本を読もう。この100年の間に医学は一段と進歩した。子の成り立ちについての本も有るかもしれない。


2021,06,06


曜日と時間を決めて毎週見始めたジョジョが第3部に入り、影DIO様もっと見たい見たい!となったのでこんな話を書いていた。
微妙にBLらしくないのは私が日頃は腐女子なのにDIO様に対しては夢女子だからなんでしょうね。とんだ悪夢だ。
<雪架>

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