全年齢 創作キャラ・スタンド要素多め


  ファビュラス女神


 ジョースター一行は砂漠をひたすらに歩いていた。今はそれ以外にDIOに近付く術(すべ)が無い。
 徒歩で辿り着く筈は無いがそれでも前に進むしか無いのだ。空条承太郎の母、ホリィはその体を自身のスタンドに蝕ばまれ続けている。
 戦友を失った過去が有るからこそジョセフ・ジョースターも娘の為にただひたすら進んだ。
 彼の財力を含めた才能を持ってすれば容易にエジプトの首都カイロまで着く筈なのに。それなのに未だ砂漠のただ中なのは、それだけDIOの守りが強いからだろう。襲い来る刺客の強さにはそろそろ滅入りそうだ。
 だが気持ちで負けてはならない。スタンドは精神力で動く魂のヴィジョン。あるいは「病は気から」でも良い。敵にも自分にも負けなければ何でも良い。
 高校生にしては充分背の高い花京院典明だが、前を歩く4人の方が体格が良い。4人の方がよりこの暑過ぎる温度と湿度を受けているのではと思った。しかし代わってやる事は出来ない。それに朝昼歩き夜眠るを繰り返しているのは花京院もまた同じ。
「なあアヴドゥル、砂漠には『オアシス』ってやつが付き物だろう?」
 ムードメーカー――あるいはトラブルメーカー――のJ・P・ポルナレフが、彼らしくない疲れを溜め込んだ声で尋ねる。
「実際に在る場合と、在るだろうという考えで幻覚を見てしまう場合が有る。蜃気楼と呼ばれる幻だな」
「じゃああれはどっちだ」
 指した方をモハメド・アヴドゥルも見た。
 ヤシの木がぐるりと囲むように生えている場所が有る。屋根は無いが門が1つ有り、そこから以外は出入り出来なさそうな雰囲気が漂っている。
 何も気にせず木々の合間を縫って入れそうなのに?
 体力が万全であれば木によじ登って上から入る事だって出来る。なのにその空間はそれを許さないだろう。そう思わせるという事は。
「ワシにも見えるが、はて蜃気楼は皆いっぺんに見えるもんじゃったかのう」
「俺にも見えるぜ」
「僕も見えています」
 5人が5人共見えている蜃気楼。全員が同じ熱気に晒されているので同じ症状を発する事も有るだろう。
 有るだろうか。それよりも別の可能性が高いのではないか。
「ふむ……ちと見てみるか?」
 一応進行方向に有るのだから。元来た道を戻るわけではない。それにこうして話しながら歩いていれば近付いてもくる。
 ジョセフの提案を誰も拒まず5人はその仮称オアシス蜃気楼モドキへと向かった。
 結果、蜃気楼ではなかった。ぼんやりと見えていつまでも辿り着かないオアシスではなく、思ったより近かったと言える程早く着いた。手を伸ばして触れたポルナレフが「門もヤシの樹も実在しているぜ」と言った。していなかったらどうする気なのか。
「門から覗いてみるか」
 扉ではなく門、顔を入れれば中を見る事が出来る。
 だからこの離れた場所からも少し位は中の様子が伺える筈だが、それこそ蜃気楼が立ち込めているかのようにぼやけてよくわからない。砂が続いているようにも、ヤシの木が林を作っているようにも見えてしまう。
 なので意を決した、あるいは好奇心が駄々漏れたポルナレフは門の中に顔だけを突っ込む形木々に囲まれた空間を見た。
「何だ、こりゃあ……?」
 危険は無いので首を引っ込めない。しかしどうなっていると説明出来る物でもない。
 残る4人も――ポルナレフとは違い慎重に――門の中を覗き込む。異空間に繋がっているわけではないので頭上から降り注ぐ陽射しの強さは変わらない。しかし受け止める地面が砂ではないからか暑さが和らいで感じる。
 どうやって持ち運び設置したのかわからないタイル張りの床。そのタイルに囲まれた中央に、どうやって掘ったのかわからないがプールが有った。
 これまたどうやって注いだのかわからないが大量の水が張られており、日光を受けて輝いている。
 どう見ても私設プールだが何故こんな砂漠のド真ん中に。これはプールサイドに居る女性2人に尋ねるしか知る方法は無いのか。
 プールサイドには2つのパラソルが並んでおり、その下の椅子で美女が2人寛いでいた。
 美女も美女、揃って極上の美女。
 大きなサングラスを掛けているが輪郭から美しさがわかる。鼻筋や顎のラインが美しく、化粧をしているだろうがまさに薔薇色の頬で目が奪われる。
「暑いわねえ」
「そうですわね、お姉様」
 唇から奏でられる声もまた魅惑的だった。
 姉と呼ばれた金髪を華やかに巻いた方はぽてりと厚い肉感的な唇、妹であろう赤毛を潤わせたまま長く伸ばした方は上下が黄金比のような唇。
 椅子に預けている体は水着のみと露出が高く、肌はキラキラと輝いて見える。
 そして体型もまた素晴らしい。女優やモデルといった括りに納められない。巨大過ぎるのに垂れる事を知らない胸、それを持つとは思えない程に括れた腹、さらには無限に広がっていそうなのにやはり垂れずにピンと上がった尻。手足も長く、並の男よりも背が高そうだ。
 DIOを実際に見た事の有るアヴドゥル、花京院、ポルナレフは彼を、彼の相手を畏怖させる程の美貌を思い出していた。
 となると彼女達もまた人ならざる者か――
「美香さん、喉が渇きませんこと?」
「大変、恭子お姉様の喉を潤さなくてはなりませんわ」
 2人共のんびりとした口調で渇きや焦りは感じられない。
 しかしその言葉を受けてどこからか黒服の男が現れる。
 男は黒い上下のスーツに白いワイシャツと手袋、そして黒の蝶ネクタイをしている。190cm以上は有るだろう長身の美形。但し目の前の恭子と美香という名前らしい姉妹やDIOのような人間離れはしておらず、ハリウッドスターを思わせる、「キャー! イケメンよ!」と騒がれそうな種類の美形だった。
 彼は片手にトレイを持っており、その上にカラフルなドリンクの入ったグラスが2つ。青いブルーハワイドリンクを恭子へ、黄色いトロピカルドリンクを美香へと渡す。
 2人の唇がストローを咥える。性的であり、聖女的でもあった。
「所で美香さん」
 サングラスを外す。かなりカーブの強い眉や大きく鋭さのある瞳は男性的な要素も含んだ絶世の美女。
「何でしょう、恭子お姉様」
 同じくサングラスを外した顔は正反対に穏やかそうで女性的な、丸い目が甘く媚を感じる絶世の美女。
 年齢も国籍も見当が付かないが、それをもミステリアスとして彼女達の美を高めている。
 20〜30代にしては落ち着き過ぎているが、40代以降に見られる『衰え』の類いが一切無い。
 ジョセフは物心付く前に生き別れとなってしまった母と再会した際に、母親を実質初めて見た時に、50を過ぎているのにとてつもなく若々しく美しかった事を思い出した。雰囲気としても2人とあの頃の母とは似ている。
 自らはすっかりサボってこの『なり』だが、かつて習得し今も尚意識さえすれば使える波紋の呼吸を用いれられれば、彼女達のように美しい若さを保った50歳や60歳が居ても可笑しくない。
 波紋の呼吸は太陽の力。それを忌避する吸血鬼もまた美しい若さを永劫に保てる。彼女達の人を惑わしそうな種類の美しさを考えれば吸血鬼の方が近い気もするが、吸血鬼は日の下を生きられない。人外を思わせる美しさだが、少なくとも吸血鬼ではない筈だ。
「先刻から私(わたくし)達を覗いている殿方達」
「ええ、5人居らっしゃいますわね」
 こちらを見ないで話している。とうに気付かれていた。
 名前は日本人だが体型は日本人らしさが無く、それでいて顔立ちは日本人を連想させる美女2人が椅子から立ち上がる。
 そこに先程の男と同じ服を着た背の高い美形が2人来た。綺麗な布をそれぞれに手渡して、赤いビロードのような布を広げてこちらから2人を見えないように隠してしまった。
 ぱたと音がする。2人が水着を脱ぎ捨てた音だ。そして耳を澄ませばファスナーを上げる音もした。男達が持ってきた布は着替えだったのか。
「宜しくてよ」
 姉妹の声が重なり、掲げられていた赤く重たそうな布が下にドサと落とされる。
 右の恭子は左手、左の美香は右手を腰に当て、こちらに見せ付けるように立っている。2人共見られている事も、相対者により良く見せる立ち居振舞いも知っていた。
 恭子はゴージャスでセクシーなゴールドのロングドレスで、細いストラップが下着を身に着けていない事の分かる谷間を強調したデザイン。
 一方美香はピンクゴールドで華やかさと愛らしさの有るロングドレス。ストラップレスのベアドレスなので胸から腰に掛けての曲線が眩しい。
「私達に何か御用?」
「恭子お姉様と私(わたくし)と皆様でお話でも致しましょう」
 入場を許可する。あるいは掛かって来いの挑発。
「どうする?」
 4人に問い掛ける承太郎だが、3文字で表すならば超強気が最適であろう負けず嫌いの彼が様子見を選ばせるわけがない。
「俺が見付けたも同然だし、俺から行くぜ」
 美女が相手だからかやる気を見せたポルナレフが1歩踏み入る。
「いやあどうも、美しいお嬢さん……達……」
 世辞でも何でもなく、ただひたすら美しいのでポルナレフは早速口籠った。
「……貴女達はこんな所で何をしているのかなあ?」
 あのポルナレフが物怖じし過ぎた様子で必死に話し掛けた。今にも目を逸らしてしまいそうなのを何とか耐えて、2人の美貌を見ながら無理矢理笑みを作る。
「私(わたくし)は叶恭子。妹の美香さんと涼んでおりましたの。この砂漠は茹だる(うだる)ような暑さですもの」
「そ、そうですか……あ、いやあ、私め(わたしめ)はJPポルナレフです」
「ポルナレフさん、貴方は何をしにこちらへ居らしたのでしょう? 後ろに4人もお連れになって、まさか姉のマーベラスな水着姿を盗み見したかった、なんて事ではないのでしょう?」
「滅相も無い!」
「まあ美香さんったら、虐めては駄目よ」
「ですがお姉様、お姿をお見せするのと覗き見されるのとでは違いますわ」
「美香さんは本当に心配性ですわね」
「心配しますわ、恭子お姉様の事ですもの。お姉様は私の事となると何でもして下さいますが、私の目が無いとうっかりその慈悲を良からぬ者にまで向けてしまいます」
 元より微笑みを張り付けたような表情に欠いている顔の2人だが、ポルナレフを見て敵意は有りませんよと言わんばかりに恭子は口元に手をやり美香は髪を靡かせた。
「この通り美香さんに悪気は無いんですのよ」
「申し訳ございません。お姉様の事となるとつい……それに素敵な殿方を前に緊張してしまいましたわ」
「ポルナレフさん、ご出身はフランスかしら?」
 たじろぎつつポルナレフは頷く。
「まあやっぱり! フランスは良い所ですわ。貴方のような素敵な殿方も居らっしゃるし」
「パリはその名に違わぬ花の都でしたわね、お姉様」
「エッフェル塔の芸術性の高さは堪りませんでしたわ」
「俺の――あ、いやあ、私めの出身は田舎なので」
「お姉様聞きまして? フランス郊外のご出身ですって」
「まあ素晴らしい。野に咲く花々は清楚で美しく、家庭料理は素朴でありながら美味しい。ねえ美香さん、今度ポルナレフさんの故郷へ行ってみましょう? ポルナレフさんと共に」
「それは楽しみですわ」
「いやあすまんがお嬢さん達、ちょっと良いかの?」
 楽しげに話す姉妹をジョセフが止めた。
「お2人さんは涼みに来たと言うたが、つまりこの誰かさんの私物に見えるプールは『はな』からここに在ったのか?」
 自分には、自分達にはこのプールを目的に叶姉妹がここに来たようは思えない。可能不可能を別として、2人がこのプールを用意したように思えてならない。
「難しい質問ですわね、お姉様」
「ですが美香さん、折角年の甲を重ねて貫禄有る魅力的な殿方が、私達の事を尋ねてきましたのよ」
「お答えして差し上げたいですわ」
 困った素振りを見せる妹と、彼女の1歩前に出る姉。
「私達がここに用意させた、が正しいですわ」
 恭子がしれと言ったが当然常人に出来る事ではない。ジョセフも狼狽えていたポルナレフも息を飲む。
「友人にちょっとした頼まれ事をしましたの。ですがここで待つとなると暑くて暑くて……私も美香さんも参ってしまいますでしょう? なので用意させましたのよ」
「ですから本来は立入禁止にすべきなのでしょうけれど」
「素敵な方々でしたらご一緒するのも良いかと思いまして」未だ門より奥の3人を見て「さあ皆様も居らっしゃって」
「アイスドリンクをお出ししますわ」
「学生服のお2人にはきちんとノンアルコールでしてよ」
「そちらの中東ご出身の方はアルコールは飲まれます? 雄々しく逞しく、それでいて聡明な御方。お酒もお強そうですわね」
 名指し同然に呼ばれたアヴドゥルも意を決して門をくぐった。
 日光の降り注ぐ量は変わらないのに木々に囲まれているからかプールという大量の水が有るからか体感としてはかなり涼しい。
「どのような頼まれ事ですか?」
 アヴドゥルが問う。
「砂漠の往来で何を待っていろと言われたのか、我々としては非常に気になります」
 姉妹の答えより先に黒いスーツの男達2人――先程とはまた別の男――がトレイにドリンクを乗せてこちらへ来た。
 ジョセフとポルナレフの方には2つ、アヴドゥルの方には後ろの承太郎と花京院の分も含めて3つ。
 皆砂漠を歩いてきたのだから喉は渇いている。しかしこれを受け取っても良いのだろうか。何が入っているかわからない。
 もしかしたら黄泉の飲食物で数年ここから離れられなくなるかもしれない。そんな時間の余裕は無い。今苦しんで見えるのはホリィ1人だが世界のどこかにも苦しんでいる人間は居るかもしれない。時が過ぎれば過ぎる程世界中の人間が救いを求めるようになるかもしれない。そんな未来の彼ら彼女らを救う為に旅をしているのだ。
「その友人には会いたくない方々が居らっしゃるそうですわ。その方々にエジプトの首都カイロに入られたくない……ようは足止めですわね」
「お姉様、言葉が悪いですわ。でも実際その通り、私達は友人の為に一肌脱いでいる所です。その方々がカイロには向かわないと、そのまま帰ると仰って下されば私達も友人もその方々にも最良なのですけれど」
「そいつは何故近付かれたくない?」
 1歩踏み出した承太郎の問いに姉妹は顔を見合わせる。
「何故かは聞いてませんでしたわね、美香さん」2人は改めて一行の方を向き「恩人とも呼べる友人の願いは叶えて差し上げたい、というだけの事ですので」
「彼も皆様と同じようにとても魅力的な殿方ですもの。日本人の学生さんお2人に似ていますわ。背の高い貴方と同じ位に身長がお有りになり、前髪の長い貴方のような中性的な雰囲気もお有りになります」
 DIOの事だ。直接会った事の有る3人は勿論、ジョセフも承太郎も確信した。
 否、もうとうに気付いていた。こんな所にこんな物を用意するこんな美人姉妹が、悪徳による世界の支配を目論む男と無関係の筈が無い。
「お姉様、お帰り頂くにはどうしたら良いのでしょう?」
「帰る手段をこちらで用意して差し上げるのは如何かしら」
「名案ですわ」
「皆様お住まいは相当離れていらっしゃるようですし」
「様々な国からお集まりになられていますわね」
「一体どういったご関係なのかしら」
 楽しそうだが落ち着きを忘れない声音で話し合う姉妹も誰をDIOに近付けさせてはならないのか、その対象のジョースター一行がこの5人だと気付いている。
 最初から気付いていて茶番を見せられたのかもしれない。自分達ならば先ず使わない手法に腹が立ってきた。
 冷静さは手放さなくとも気長という性分ではない承太郎が真っ先に自身のスタンドのヴィジョンを出す。
「まあ! お姉様、ご覧になって」
「やはりスタンドはその使い手に似るものですわね」
「精悍さは背の高い学生さんと同じですわ」
 スタンドが見えているし概念も理解している。そしてそれだけではない。
「彼のスタンドを『彼ら』の中に加えたいと思いませんこと?」
「お姉様ったらまた無茶を。すみません、恭子お姉様には美しいものは全て愛でたいという気持ちが有るだけなのです。そしてそちらのスタンドはとても美しく……お名前は何と仰るのかしら? ああ、名前を尋ねる時は自分から、でしたわね」
「私達の能力の名前、それは『見目麗しい男達(グッドルッキングガイ)』!」
 彼女達やこちらにドリンクを寄越そうとしたり着替えを隠したりした、どこに控えていたのか分からない黒服の男達がずらりと並んだ。
 その数は10。皆同じような背格好だが顔や髪は勿論違う。それぞれ別の人間――否、スタンド。
 どうやらこのゴージャスな姉妹は群体型の、しかし人型――それも極めて人間に近い――スタンドを使うらしい。戦闘向きには見えないが、果たしてその実力は。

「マジシャンズレッド!」
 小手調べ、と称してアヴドゥルが自身のスタンドを出す。
 鳥の顔を持ち成人男性の肉体を持つスタンド。炎に包まれたそれを見て姉妹は再び「まあ」と声を上げた。
「猛禽類特有の鋭さがお有りで素敵……ですが美香さんを困らせるわけには参りませんので、欲しがりは致しませんわ」
 くすと笑い姉の恭子が右腕を優雅に伸ばす。
「そのお姿、炎を使われるようですわね」
 西洋人男性にしか見えない群体型のスタンドはどのような技を繰り出してくるのか、今が見極める時。
「クロスファイヤーハリケーン!」
 上部が丸くなっている古代エジプト特有の十字架の形に炎が吹き上がった。
 しかしそこに勢い良く水が掛けられる。
「何故……」
 スタンドで生み出した炎は本来のそれとは違う。スタンドで生み出した水を用いなくては消火出来ない筈なのに。ましてこの水、一体どこから。
 炎のアンクを消し去った水が全てタイルの床に落ちてみればすぐにわかった。
「プールの水、だと?」
 承太郎の呟いた通り、泳ぐ為ではなく涼む為に用意されたであろう、しかしどうやって運んだのかはわからないプールの水を、清掃に用いられる円柱型の市販されていそうな道具で吸い込み組み上げ、繋いだホースから噴射させているだけだった。いつ置いた、どこから出したを気にしなければ何とも呆気無い。
 しかしそれでは普通の水だ。スタンドではない水がスタンドの炎を消す筈が無い。
「簡単な事ですわ」
 こちらの思考を見抜いたのか、妹の美香が口元に手を当て静かに語る。
「ご覧の通りグッドルッキングガイ達はそのマジシャンズレッドさんと同じくスタンド。このプールはスタンドである彼らが用意したもの。そしてそのホースも。スタンドを通したのでスタンドの水、という扱いに変化されたのです」
 そんな都合の良い事が。嗚呼しかし有るのだろう、現に炎は全て掻き消えてしまった。
「じゃあ水に負けないスタンドを食らわせてやるぜっ! シルバーチャリオッツ!」
 西洋の甲冑を身に纏った御伽噺に出てくる騎士のようなスタンドもまた姉妹の御眼鏡に叶うらしく感嘆の声が上がる。
 しかし喜びながらも姉妹が用意したのは、グッドルッキングガイ達に用意させたのは。
「素晴らしいですわよね、騎士道精神」
 騎士には騎士を、だった。
 ホースを持っていた男達が下がり、新たに頭部と胸部をプレートアーマーで覆った――しかしその下の服は同じように黒いスーツの――男達がシルバー・チャリオッツと同じようなレイピアを手に前へと出てくる。
「こっちは1人でそっちは3人、騎士道に反しているんじゃあないか?」
「騎士の十戒に人数を同じくするという項目はございませんわよ」
 そうして3人が息を合わせてシルバーチャリオッツへと襲い掛かる。スタンド対スタンドだが金属のぶつかり合う音が響いた。
「貴方達はどうなさいます?」
 妹の美香の言葉は未だ門の近くに居る承太郎と花京院に向いている。
 その門から逃げ出してくれればと思っているのだろう。DIOの為にカイロに近付けたくないだけであり、戦い打ちのめしたいわけではない。まして承太郎のスタンドのスタープラチナは見るからに屈強で戦闘に特化したタイプだ。
「彼女達は2人で1種類のスタンドを使っているのか」
 花京院が小声で呟いた。姉妹に尋ねているのでも、承太郎に相談したいのでもない独り言のような声。
 スタンドは1人につき1つ。こうした群体型も存在するので1体と呼ぶより1種類と呼ぶ方が適切だろう。
 群体型は1体のスタンドと比べると攻撃力も防御力も劣るが、フィードバックのダメージもその分大きくない。黒服の男を1人倒した所で姉妹が戦闘不能に陥ってくれる事は無いだろう。
 2人で1種類なので本来想定される群体型のスタンドよりも1体1体が強いのか。
 それとも姉妹どちらかのスタンドであり片方は未だ明かしていない、切り札としてまた別のスタンドを繰り出せるのか。
 男5人に対し女が2人だからと甘く見て良い相手ではない。手の内は見せない方が良いだろうと、花京院は遠距離攻撃を得意とするスタンドの持ち主だが未だそれを出せない。
「ふむ……恐らくじゃがわかったぞ、この『からくり』が。承太郎、いや花京院、ちと手を貸してくれ」
「僕ですか?」
 ジョセフが頷くので渋々といった様子で花京院が隠していたかったスタンドを出した。どうやら姉妹の好みとは違うらしくこれといった反応は見せない。
 代わりにジョセフの「からくりがわかった」という言葉には妹の美香の方が若干眉を動かした。
 姉の恭子の方が無反応な辺り、仕組みを知られた所で自分達に打ち勝つ事は出来ないと踏んでいるのかもしれない。大した自信だし、実際にアヴドゥルもポルナレフも押され気味ではある。
「エメラルドスプラッシュ!」
 花京院の声に合わせてハイエロファントグリーンが円を作った手の平から緑色の『石』を高速で打ち出す。
 姉の恭子が顎を動かし、また新たなグッドルッキングガイが3体、彼女達を守るように立ち塞がった。
 今度は手に何も持っていない丸腰。両手を大きく広げて彼女達に石ころの1つもぶつからないようにただ立ち尽くす。
 そこへエメラルドスプラッシュと名付けられたスタンドの技が激しくぶつかってゆく。まるで3人は石打ちの刑に遭ったかのように、ただただ投石をその身に受けた。
 皮膚が破れ血飛沫(ちしぶき)を上げ、肉や骨が見えてしまっても崇拝する女神達を守るべく耐える彼らの体は人間と同じ構造のようで、人間と同じように限界を迎えて文字通り膝を折る。
 スタンドが3体崩れ落ちてもその奥で本体2人は平然と佇んでいた。もうエメラルドスプラッシュが打ち尽くされた後だと分かっているのか逃げも隠れもしない。追い打ちを掛けるように更に放つ事は出来ない。花京院の体力も一気に限界まで達していた。
 守備を終えて今度はこちらが攻撃する側。そんな姉妹2人の、姉の恭子の微笑みが悪い意味での驚愕に変わる。
「何ですって!?」
 スタンド能力で生み出した棘だらけの植物の茎が姉の恭子1人を目掛けて伸び襲い掛かった。
 姉の恭子の豊満過ぎる肉体がぐるぐるに巻き付く茨に拘束され身動きが取れなくなった。そこへ殴り掛かったのは。
「先程の――」
 その続きの言葉を、スタープラチナは言わせなかった。右手の拳で姉の恭子の頬を力いっぱい殴り抜く。
 スタープラチナの力はジョセフのスタンドの拘束能力を軽く凌駕しており、姉の恭子の体はそのままプールサイドの奥の方へと吹き飛ばされた。
 本体が倒れたからか20近い数のグッドルッキングガイ達が一様にしてその場にぼろぼろと『崩壊』した。
 途中までは内部もしっかりと人間だったが、消え去る直前には細かい砂のような物になった。灰、それも遺灰なのかもしれない。
「お姉様ッ!」
 20体潰された所でフィードバックは左頬程度なのか、そこを少し赤くしただけの妹の美香が起き上がれずにいる姉の元へと駆け寄る。
「お姉様、お姉様ッ! 目を開けて下さいッ!」
 妹は屈んで姉の頭部を膝の上に乗せ必死に呼び掛けた。
「……う」
 パワーもスピードも最強を謳えるスタープラチナに頬を殴られ吹き飛ばされた姉の恭子だが左頬を赤くしただけで、ゆっくりとだが目も開ける。
「美香さん……」
 姉の恭子はリングとブレスレットで飾り、爪の先は綺麗にネイルされた手を弱々しく上げた。
「嗚呼お姉様! 何て事!」
 その手を取り妹の美香は自分の頬――赤くなっていない右の頬――へ当てた。ここです、ここですお姉様。私はここにいます。大きな目に涙を浮かべている。
「……大丈夫ですわ、私ならこの通り」
「何を仰っているのですか! お姉様が、お姉様の尊き薔薇色の頬が、あのような野蛮な存在にぶたれたのですよ!?」
「まあ……失礼ですわよ」
 くすくすと笑いながらも姉は妹の膝から降りるようにその体を起こす。言葉通り、本当に大丈夫らしい。妹の方は未だだが、姉の方は頬の『崩れ』がもう治っていた。
 あのスタープラチナに殴られて、何故。
「お姉様にこの仕打ち……絶対に許せませんわ、ジョースター一行!」
 妹の美香が立ち上がる。
「テメーのスタンドはもうあの能力が使えねーようだが、それでも未だ『足止め』とやらをしようって言うのか?」
 流石に無尽蔵にグッドルッキングガイを生成出来るわけではないだろうと踏んでの言葉、ではなく。
「何故、わかりましたの?」
「日本じゃあ『亀の甲より年の劫』と言うてな。と、お前さん達も一応は日本人か」
 妹が睨み付けた先の承太郎ではなく、彼に「殴らせた」ジョセフが得意気に言った。
「日本人の僕からすれば、彼女達は余り日本人らしく見えません。ですが、名前は間違い無く日本人」
「そこでわしはより日本人「らしくない」方と踏んだ」
 姉妹揃って日本人離れしたプロポーションの持ち主だが、顔立ちが柔らかいのは妹の方。どちらか片方が日本人だとしたら妹の方だろう。
 辛うじて和名を持つだけの姉は日本人ではないかもしれない。人間ではないかもしれない。
 スタンドかもしれない。
「一か八かだったが、どうやら本当に姉貴の方がスタンドだったみてーだな。尤も違っていたら、妹の方もスタープラチナで殴っていたまでだぜ」
 本体を殴るよりもスタンドをスタンドで殴る方が効率が良い。ダメージ量は別として――非常に頑丈なスタンドなら、やはり本体を殴った方が早い――スタンドがダメージを受ければフィードバック云々の前にその能力を封じられる。
「ほう、漸く私にもわかったぞ」アヴドゥルが肩を回しながら「妹は人間で姉はスタンド、そしてあの男達は」
「あくまでスタンド能力、ってわけか」
 ポルナレフも続ける。全員が1人1種のスタンドで何故、という疑問を払拭出来た所で姉妹は、叶美香を名乗るスタンド使いはどうするのか。
 それでも未だ戦うのなら厄介な『能力』であるグッドルッキングガイとやらを無視して叶恭子と名乗るスタンドを5人のスタンドで叩き潰すが、降参しましたと白旗を振るのならば見逃しても良い。
 DIOの手下、姉妹の言葉の通りならば友人なので本当は戦闘不能に追い込みたいが、細腕の女2人は戦う意志さえ持たなければ生かしておいて何も問題は生じまい。これは決して彼女達の美貌を穢すのが勿体無い、といった類の感情ではなく。
「DIOに協力するのには理由が有るのじゃろう。お主達はDIOを妄信してはおらん。友達なぞと言うからには金銭関係でもないようじゃが……わしらに話してみんか?」
 敵に回せば厄介を地でいくグッドルッキングガイというスタンド能力を味方に出来れば。
「協力するのは友人だから。申し上げましたでしょう? 私もお姉様も友情を大事にしたいのです」
「DIOとの間に有るのは本当に友情だと思っておるのか?」
 奴がどういう人間――ではない――か、理解しているのか。
「友達になろうと仰って下さいましたわ」
「それは僕も言われた」
「ですが貴方は断られた。貴方とDIO様との間に友情は無くとも私達とDIO様との間には友情が有ります。DIO様が友情を以てして下さった事により、私と美香さんはこうして姉妹として在る事が出来るのですから」
 スタンドを信用するのではなく極度に信頼しているのは珍しいが決して無いとは言えない。
 しかしその逆が、しっかりと自我を持つタイプのスタンドが本体をここまで信頼しきる事が有るのだろうか。
 人間に擬態するスタンドも居るだろう。だが娘でも妹でもなく『姉』として振る舞うなんて。本体を信頼しているだけではなく、本体に信頼されそれに応えているかのような。
 幼少の頃からスタンドと共に在った花京院ですら疑問符を浮かべているのだから、後天的に身に付け認識出来るようになったのもついこの間の事の承太郎としては理解が及ばない。
 姉もといスタンドの恭子の口振りからすると、DIOのお陰で姉妹になれたという事は恐らくDIOによってスタンド使いになったという事。妹もとい本体の美香は後天的にスタンドを身に付けたようだ。
 ジョセフは帽子を直しながら言葉を探した。
「生まれながらに持っているタイプじゃあないスタンドはその性質と本体の性格、つまり相性によって本体に害を及ぼしてしまったりもするのじゃが、お主達はその心配が全く無さそうじゃな」
「ええ、勿論ですわ」
「DIOなんかよりも、自分の姉・妹の方が大事じゃろう?」
「難しい質問ですわね。私は美香さんの事がとても大事ですし、美香さんも私を大事にして下さいますが、だからと言って2人の絆を強めて下さったDIO様を蔑ろに出来るのかと言ったら、それは違いますわ」
「お姉様の言う通り、私達にとって、特に私にとってDIO様は――お話した所で貴方達には理解出来ないかもしれません。ですが、お聞き頂けるかしら。特に、空条承太郎」睨み付けているのかと思う程真っ直ぐに目を向け「学生生活は楽しめていて?」
「何だって?」
 睨み返すと自分の表情に今気付いたと言わんばかりに美香は穏やかだが人を近付けない高嶺の微笑を見せる。
「貴方はとても魅力的。ですからすぐにわかりますわ、他者からはみ出す程の美がその持ち主の生きる道をどう捻じ曲げるのかを」

 私(わたし)は所謂、可愛い女の子だった。
 幼い子供は白く丸く柔らかく、誰にとっても可愛らしく見えるもの。私もそんな1人だった。
 まして他より年を重ねた両親の元に漸く生まれた一人娘だから、親や祖父母や親戚一同が大いに私の誕生を喜び祝い、そして私を可愛がってくれた。
「美香、良い子にしていたか?」
「今日も美香は元気いっぱいね」
 叶家は決して裕福ではなかったけれど、でも私は優しい両親に愛されすくすくと育った。
 可笑しいと気付いたのは小学校に上がった頃。
「叶さんはお父さん似? それともお母さん似?」
「美香ちゃんはお顔がとっても可愛いね」
「叶! 美人だからって調子に乗るなよ!」
 父も母も良い人だけど、別にとても顔が良いとかスタイルが良いとかは無かった。だけど私は、顔もスタイルも、とても良かった。
 2人の良い所を取ったと思いたかったけど違う。祖父母にも親戚筋にも似ている人なんて居ない。驕りに思われそうだけど、私は本当にズバ抜けて『美人』だった。
 1クラスは大体40人。その中の誰よりも可愛らしかった。1学年には幾つも学級が有るけれどその中でも1番だし、それが6学年分であってもやはり1番だった。
 自分が浮いている事はわかっていたけれど、だけどこれは個性の1つ。それも良い方の。勉強が出来るとか運動が出来るとか、歌が上手いとか視力が良いとか、そういった良い個性の中で私は「とても綺麗」を生まれ付き持っていただけ。
 きちんとお風呂に入って身綺麗にしていたし、服だって洗濯してもらったり成長するにつれて新しい物を買ってもらったり、身なりに気を使うけれど小学生の子供としては別段『美容』にまでは気を配っていなかった。
 中学校に上がると、もしかしたら小学校の高学年の頃からだったかもしれないけれど、良い方の個性とだけ呼べる物ではなくなっていった。
 優劣が付くようになり、私は見た目だけで優の中でも上の位に居て、だから一部の女子達――不細工ではなく、それなりに可愛いからこそ『叶美香の下』を意識させられる辺りの子――がやっかみによって嫌がらせに近い事をしてきたり、逆に男子達は私を友達ではなく恋人にしようと躍起になったり。
 私の体はとても早熟ですぐに大人にも引けを取らない身長にまで伸びて、そこへ1歩だけ遅れて胸も尻もどんどん丸みを帯びて、それらが思春期の男子の性を意識させるのに何役もかってしまって、なのに私の心は普通あるいは晩熟だったものだからとても、とても困った。
 ええ、それはもう迷惑だったわ。普通の高校に進学したけれど、女子校にすれば良かったと切実に思った。でも余り裕福ではなかったから私立高校には入れない。その頃は私立の学校はとてつもなくお金が掛かる物で受験するだけでも公立高校の倍近くて、だけど女子が高校に上がるのはもう普通の時代だから進学したけれど。
 今思えば女子校に行ってもそれはそれで大変だったかもしれない。同性に恋する女の子とか、同性に恋をして同性に嫉妬する女の子とか居るかもしれないから。私の美しさは10代半ばを過ぎるとそれはもう性別を超越してしまっていた。
 きっと今のように女性も社会に進出する時代なら、父や父方の親戚は母に誰の子供だと罵ったかもしれない。それこそ私はそんな時代の子供じゃなかったから、母はその時代のよくある専業主婦だったからそういった疑いは余り持たれていなかったみたいだけど。
 そんな時代だから女子が大学に行く事はとても稀で、先に言った通り特別お金持ちなわけではないし、私もまた顔は美しいけれど頭は賢いといったわけではなく学びたい物も思い付かなかったし就職したの。今の時代では考えられない、寿退社までの腰掛けの入社だった。
 私はどちらかというと真面目な、不良のような事はしない人間だったから――そういう事は私を嫌う女子達がしていたから――きちんとコツコツ働きはしたのだけど、でも結局そこでも『美しさ』が問題になった。
 事務職で入社したのに営業の仕事も秘書の仕事もさせられるし、女性社員には嫌な目で見られるし、男性社員にも別の意味の嫌な目でも見られるし、仕事が評価される事は無いし。
 今でいうセクハラが横行し過ぎて、私は疲れて会社を辞めてしまったの。
 そんな所で素敵な旦那様が見付かるわけがないし、寧ろその頃には結婚なんてしたくないと思ってた。
 だって私が結婚をして家庭に入って、誰が得するの? 夫は綺麗な奥さんを捕まえてと仲間外れにされてしまうだろうし、産まれてくる子供が夫に似たらお母さんはあんなに美人なのにって仲間外れにされてしまう。何と無く予感がしていたの、子供は私に似ないんだろうって。誰も私に似ないんだろうって。そして姑こそどこの男との子供なんだとか言い出すに決まってる。ほら、私の結婚に得は無い。
 綺麗ならそれを売りにして働けば良いのよ。でも……私は綺麗なだけで歌もお芝居も出来ないから、綺麗が武器になる歌手や女優にはなれそうにもない。
 ナイトワーク位しか無い。
 お酒が好きでもないのに毎日、いいえ、毎晩飲むような生活を送るなんて。
 でも昼夜が逆転して体調が常に「良くはない」という状態であっても、肌が汚くなったりはしなかった。それどころか白い肌に赤味が差すのが良いと多くのお客さんが付いた。お酒やご馳走になる美味しい物で胸も尻も益々魅力的に膨らみ、休みの日には家の中の事を纏めてするから――ナイトワークを始めた時に、生活のリズムが違って親に申し訳無いから実家を出たわ。新たに決まった勤め先に近い所で一人暮らしをしたい、今度はその位に稼げる仕事だと言って――腰は括れ、益々女として魅力的になった。
 敵対視する女の子は居たけれど、お客さんを取れる人こそ偉い制度だからどうとでもなったわ。私を嫌う女の子より私の方がお客さんを取っていれば、お店は私の味方。勿論お客さんも私の味方。それにこういった道に進む女の子は「自分だって」と思う負けず嫌いの子が多いし、そういう子は自分を高める事に専念してくれる。あとは私と一緒に行動して自分もお客さんを得ようとする賢い子も多かった。
 私にはそれだけお客さんがついていて、お客さんが私を選ぶんじゃあなく私がお客さんを選ぶ位になった。まるで昔の花魁みたい。
 嗚呼でも、私は花魁じゃあ、遊女じゃあない。体は絶対に売らなかった。
 私の肉体には莫大な価値が有るから、と人は思うかもしれない。でも本当は、単に嫌だったから。
 男が嫌いなわけじゃあないわ。ただ私は私が好きになった男性じゃあないと駄目なの。これって普通の女性は皆思っている事でしょう? 私がそう思っちゃあいけないなんて可笑しな話。
 そんな私が選ぶ客は勿論金払いの良い客。見た目や言葉遣いなんかは私に選ばれるべく気を遣うから必然的に良い物になっていくので、私はただその中から沢山お金を払ってくれる人の接客ばかりをした。
 出勤前後に一緒に食事をするのは『お小遣い』をくれるお客さんのみ。ご馳走してくれるというだけじゃあ一緒に食事は出来ない。
 お店で売り上げを立ててお小遣いも得て、私はどんどんお金持ちになっていった。
 沢山稼げるように転職したと言い張った両親への仕送りは続けていたけれど、金遣いが荒くなるような事は無かった。1つの目的の為にしっかりと貯蓄した。
 その目的とは、海外旅行をする事。
 美し過ぎるだけで生きていくのが困難な日本じゃあない所に骨を埋めたかったの。
 スイスでは安楽死が合法化されていて、30万も有ればそれが叶うらしい。
 尤も、ただ漠然と死にたいと思っている若い女に安楽死を与えてはくれない。不治の病に苦しむ人を助ける為の制度なのだから。
 ましてやきっと、世界は私を死なせてはくれない。私の美貌は時代が時代なら死ぬより先に皇帝へ献上するのに使われているタイプの物。
 行き先は全く違うエジプトを考えるようになった。別に今すぐ死にたいわけじゃあないし、お店の子からエジプトでとても魅力的な男性とワンナイトラブを楽しんだ話を聞いたから。
 そこまで素敵な男性なら私も、なんて。結婚は本当に嫌になってしまったけど決して「男嫌い」じゃあない。魅力的な男性に囲まれてちやほやされるのは気分が良いし。
 向こうでずっと暮らす事を考えて兎に角お金を貯めた。生活を切り詰めるつもりは無かったし、貧相さが見た目に表れるのは避けたかったから――仕事の都合も有るし、私個人やっぱり身綺麗にはしていたいし――時間が掛かった。
 年を取った分だけ若々しさは失われる。ナイトワークには、女性の美しさには若さが欠かせない。けれど私の美貌は若さだけに頼った物じゃあないからそこは問題が無かった。店の女の子達は皆お姉さんとして頼ってくれるし、お客さんはより偉い身分の人が「自分に釣り合う」と良くしてくれた。
 漸くお金が貯まり日本を出て降り立ったエジプトの地でも私は美人だからと持て囃されて、だけど目新しい物だらけだからか悪い気はしなかった。そもそも見た目を誉められるだけなら悪い気はしないし。
 でもそれは旅行しているからであって、ここで暮らすとなればまた……そんな嫌な気持ちに包まれた夜、1人のお婆さんが声を掛けてきた。
「異国のお嬢さん、もう夕食は済まされましたか? もしも未だなら、いいや食った後なら食後の1杯をお出ししますから、あちらの館に来てはくれませんかの」
 とても背の低いそのお婆さんは『さ行』が『しゃ行』に聞こえるような喋り方で、にこにこしてはいるけど年配者に抱きがちな穏和さがどうにも感じられなくて、もしかしたら人浚いの類いかもしれない。
 そう疑う私にお婆さんは続けた。
「お代は結構、館の主人がお嬢さんと話をしたくてしゃーないのでございます」
 異国の美女と話をしたい館主?
 地元の名家で高齢の男性が昔から雇っているこのお婆さんに連れてきてほしいとお願いしたとか?
「お酒が駄目なら美味しいケーキでもお出ししましょう。主人も一緒に食えば何も悪い物が入っていないとわかりますじゃ」
「……そうね、それなら良いわよ。私甘い物が食べたい気分だったの」
 美しさを憂鬱に思っていた所だから、甘い物を食べてストレスを発散したい。それが美しさ故に声を掛けてきた相手と一緒となると何だか変な感じがするけど。
 そうして向かったのは首都カイロでも1位2位を争う大豪邸。館じゃなくて一層お城と呼びたい位の建物。
 しかも待ち受けていたのは金に物を言わせる強面(こわもて)のお爺さんでも、中世ヨーロッパが大好きで傲慢な男爵モドキでも、調子に乗ったスケベ爺でもなかった。
「よく来てくれた」
 耳からするりと入り込んで人の心を惑わす声の持ち主は『DIO』と名乗った。
 私はその美に圧倒された。
 この時代の人間だから西洋人には憧れが有って、DIOは私達の憧れる金髪をしていた。後に聞いた話だけど、どうやらイギリスの出身らしい。
 部屋の中は薄暗い――電気位付けてほしかったけれど、間接照明で付いていると言えば付いているし、この薄暗さは彼や彼の住まいにはピッタリだった――から瞳の色まではよく見えない。ただ赤いような『人間』には有り得ない色のような。
 人間離れした美形だから、と思う事にした。人を惑わせる悪魔のような瞳。でもここエジプトや西洋なんかで言われている悪魔とは全く違う。そんな物と一緒にしちゃあ駄目。
「君の噂を耳にして、是非に話をしてみたかった」
 普段ならばどんな噂か尋ねる。私を誉め讃える言葉を言われたら、そんな私と会話出来る私に選ばれた貴方は凄いと返す。
 でもこの時は訊く事が、何も言う事が出来なかった。DIOを前にどうする事も出来なかった。
 美女だ女神だと持て囃され続けてそれなりの年になった私はこの時、ただ呆然と立ち尽くす日本の小娘に過ぎなかった。
 そんな私と、話してみたかった?
 自分の『売り方』をそのままされているだけなのに、やはり胸が高鳴った。私の働き方は間違っていなかったのだと、後にして思えるようになった。
「噂に違わぬ人間の頂点に立てる程の美しさ。しかし君はそれに苦しんできた」
 人にそれを言っては贅沢な悩みだと怒られてしまう。
 私だって別に醜くなりたいわけじゃあない。醜くなるのは簡単だもの。美しくなるのとは違って。そう、誰しもが美しくなれるわけじゃあないから、美しさには美の価値と併せて希少価値も有る。
 でもきっと彼なら苦しみをわかってくれる――そんな期待の目を向けていた。
「君は君の美しさを捨てるべきじゃあない。君もわかっているんだろう? だがそれでもどうしようも無い時が有る。どうすればわからない時が有る。なあ君、友達になろうじゃあないか。そうすれば私は君を助けてあげられる」
「友達……?」
 女学生時代以来の言葉を復唱した。夜に働くようになってから、ううん、学校を卒業してから、私には友達が居なかった。
 友達なんて必要無いって顔をしていたけれど友達が欲しかった。自分と同じような『レベル』の、同じ高さから物を見られる友達が。思えば学生時代だって友達と称して何かを狙い1歩引いて話すだけの知人しか居なかった。
「それを君に貸そう。友情の証だ」
 いつの間にか見知らぬ男がすぐ近くに立っていた。正しくは片膝を付いて布の上に物を置きそれを差し出していた。
 恭しく差し出されているのは1本の矢。私は矢という物を見るのが初めてで、それでもこれが他の矢よりは細いように思えた。私には無理でもこれを運んできたこの屋敷のお手伝いさんらしき男性なら容易く折ってしまいそう。
 鏃(やじり)は装飾が施されている、と言いたくなる位綺麗な石――暫定。石じゃあないのかもしれない――で、私は触れてみたくなり手を伸ばした。
 でもその手を止めた。噂を聞いて呼び寄せて、すぐに友達になるなんて有る?
 これをどうしても私に握らせたいから――それが妥当だし、じゃあ何故? という疑問が浮かぶ。
 触れた者を隷属させる、なんて事が有るかもしれない。そこまでいかなくても、惚れ薬が仕込んであって『美しい女』を片っ端から妾にしているのかもしれない。
「毒など塗っていない」
 私の心の中を覗き込んだような言葉。
 そもそもその声が私の心の中まで入り込んでくる。
「鏃は鋭く危険が有るが、その細い柄(え)は折りでもしなければ怪我のしようが無い」
「……そうね」
 もし危険が有ったとしても。
 彼に負わされる怪我なら悪くない。
 手を伸ばし、指先で柄に触れた。何の変哲も無い矢の1本。当然毒も無いし、熱くも氷のように冷たくもない。
 握り目の前に近付ける。匂いだってこれといってしない。
「これは、どう使う物なの?」
「『迷った時』に使う物」
「迷った時?」
 道に迷った時にこの矢を倒して指した方へ進めとか、そういった使い方をする物?
「君が「死ぬべきか」と迷った時に、その体に刺し使う物だ」
「それって……」
 私に死ねと言う事!? と、声を荒げる余裕も無く呆然とし続ける私にDIOはもう少し詳しく話した。
「死んでしまいたい、と思った時に使うと良い。その通り死ぬべきであれば君は死ぬ。しかし君が道を違え(たがえ)ているだけだったら、この弓と矢は君に相応しい道へ正してくれる、導いてくれるのだ」
 DIOはこの細い矢を常に弓と矢と呼んでいた。
 弓を使わずこの矢だけを自分に突き立てるだけで良いのか聞きたかったけれど、弓を構えてはどうやったって自分を射てない。
「数が限られているから使い終えたら返してもらう。それはあくまで君に『貸す』だけだ」
「そう……貸してくれて、有難う」
 礼に金銭なり肉体なりを求められる事は無かった。それどころかDIOとの会話はそこで終わった。
 そろそろ就寝時間だろうと言われ案内されたゲストルームは端ではないからか窓は無いけれどとても広くて、中央のベッドも私1人で寝るのには勿体無い程に大きくて、乗り上げると当然ふかふか。
 綺麗に掃除されているみたいだけど、でも誰もこの部屋に入った事が無いんじゃあ、という雰囲気が有った。人だけじゃなくネズミとかの動物が1匹も入ってこないような。蜘蛛の巣が張られていないのは蜘蛛の棲める場所じゃあないから、といったような。
 それでも決して悪い気分じゃあない。布団の中に入り目を閉じ、このまま死んでしまえば良い人生だったと締め括れるのでは、なんて思ってしまう位に。
 嗚呼、私はやっぱり、死にたいのかもしれない。
 目を開けて布団を剥がして、体を起こしてベッドから降りた。
 ナイトテーブルに置かせてもらった借り物の矢を手に取る。細身の矢は軽くて手からするりと滑り落ちてしまいそうで、大事に大事に握り締めた。
 DIOが親切な人かどうかはわからないけれど、こんな立派なお屋敷に住んでいるんだからお金が有って見栄も張るタイプだとして、そんな人が初めて泊めた人間が翌朝客室で死んでいたらどうするだろう。
 隠蔽するのかしら。バレやしないかしら。知られて殺人犯、まではいかなくても死なせてしまうなんてと近隣の人々に指差されたりしたらどうしよう。
 でもきっと、そんな事にはならないと思う。
 それ所か部屋をうんと冷やして腐敗が進まないようにして、それでいてベッドの上に花弁を散らしてくれるかもしれない。
 私はそれで完成するのもかもしれない――そう思いながら矢を自分の胸に突き刺していた。
 こんなやり方じゃあ他人を刺したって殺せないだろうに自分を刺して死ねるわけが無い。ただ痛い思いをするだけだと、その時の私には思い当たらなかった。
 死にたいでも生きていたくないでもないのに、でも今しなくっちゃあならない気がしていた。今しなくっちゃあ、今より先が無いような気がしていた。
 今の私は迷っていた。『未来』が見えない。
 死ぬべき時であればこのまま死ぬ。でももし未来が見えていないだけだとしたら。死ではなく見えない未来が正しいのだとしたら。
 胸にぽかりと開いた穴から何かが抜けて出ていく感触が有った。立っていられなくなり、そのままばたりと倒れ込んだ。右腕が体の下になってすぐに痺れてきた。
 矢に身を委ねるように目を閉じたけれど、すぐに人の気配を感じてその目を開けた。
 そう、死ななかった。致命傷所か怪我1つしていなかった。矢は確かに刺さったけれど、皮膚を貫いて血を噴き出させはしたけれど、そこから何かがぷしゅうーっと出た後に傷口は完全に、何も無かったように塞がった。
 誰かが私を見下ろしている。
 目を開けただけでは広がる床しか見えない。だからゆっくりと体を起こした。貧血の症状も無くただ毎日の寝起きのような感じがした。
「漸くお会い出来ましたわね、美香さん」
 とても、とても美しい女性が1人立っていた。
 私を見下ろし微笑んでいる。無様に倒れた姿を嘲笑っているんじゃあなく、その姿までも愛してくれる慈悲のような物を感じる神々しい顔。
 ゴージャスブロンドを大きく巻いていて、よく似合う黄金色のロングドレス1枚に包まれた体はどこもかしこも、ずうっと誉められ続けてきた私よりも更に魅力的な丸みを帯びている。
 肌もとても綺麗。ピンと張りが有って、デコルテの辺りはキラキラと輝いていて。ラメ入りのパウダーを細いストラップしか無いデコルテにまで叩いているのかもしれない。ファンデーションの『よれ』も無いし、睫毛は作り物のように長く太く上を向いて、肉感的過ぎる唇のツヤに至っては恐ろしい位。
 女の私が、美女だと謳われ続けてきた私が、見惚れてしまった。
 その人は声も綺麗だった。ううん、声だけじゃあない、話し方が綺麗だった。
 みすぼらしい人間が使えば馬鹿丁寧な勘違い口調も、身形(みなり)を整えた人間が使えば本人をより引き立てる。私の名前を呼んだ女性は所作まで美しいから高貴な身分を連想させた。
「貴女は誰……いいえ、何方(どなた)?」
 尋ね方に満足したらしく微笑んだ。
 微笑を貼り付けたような顔をしていたけれどそれは本当は笑っていなくて、でもこの時は確かに「にっこり」と笑った。作り笑いじゃあなくて、嬉しくて漏れ出るような笑い方。
「私は貴女を導く者。そうですわね、姉のような者ですわ」
「姉……名前、は?」
「名前? そうですわねえ、何と呼んで下さいます?」
「貴女名前は無いの?」
 人間にはそんな筈が無いけれど、例えば何らかの理由が有って出生届が出されず戸籍を取得出来ていなかったとしても、親――勿論産んだ親とは限らない、育ての親――は子を呼ぶ為に名前を付ける。
 だから人間である以上、それも目の前の『姉』のように大人である以上、名前が無いなんて事は有り得ない。だけど……姉はとても人間にはしておけない程の美貌の持ち主。名前が無くても可笑しくないし、名前よりも大切な物を充分に持っているように見えた。
「……『恭子』と呼んでも良い?」
「あら素敵な名前ですわね。それを私に?」
「ええ、とても似合うと思う」
「私の事を『恭子お姉様』と呼んで下さるのね」
 そんな事一言も言っていない! と言えば良かったのかもしれない。だけど私は、ですが私(わたくし)は恭子お姉様の言葉に「はい、そうお呼びしたいのです」と答えていました。
「美香さん、私のように丁寧な言葉をお使いなさい。何方も見下してはならないのです。悪い事は悪いと仰るべきですが、相手を貶すような物言いをしてはなりません。誰かが下がった所で私達が上がる事は有りません。誰かを上げ、私達はその方々の上になる。その1つに言葉遣い。誰に対しても丁寧な言葉を心掛けましょう。言葉の美しい、身も心も言葉までも美しい人間になれます」
 そして恭子お姉様は私に「ずっとそれをお伝えしたかった」と言いました。
 彼女は私の中にずっと眠っていた、私を導いてくれる私の姉。DIOと名乗った男より借りた弓と矢により姿形を得る事が漸く出来たのです。
 その弓と矢は私と姉の2人ですぐに返しに行きました。応接間とも呼べる部屋でDIO様――如何なる相手もさん付けで呼ぶのが良いとお姉様は仰いますが、同時に「DIO様は世界を統べる御方。様をお付けして差し支え無いでしょう。幾ら私達であれど国の王は陛下とお呼びするのですから」とも仰いました――は夜遅い時分というのに喜んでお話して下さいました。
 あくまで借りた物ではありますが、用途は自死です。刺した際に死んでしまっていたら回収出来なかったのでは、と尋ねてみました。
 するとDIO様はお姉様のように微笑を張り付けた御顔を横に振りました。
「君がこの弓と矢で死ぬ筈が無い。確信が有ったから君に貸したんだ。勿論返しに来てくれるとも思っていた。借りっ放し、なんて下品な事を君達がする筈が無いじゃあないか」
 DIO様は『君達』と仰って下さいました。君のように美しい人が、ではありません。私個人を見て下さった。そして私と姉を2人で1人のように考えて下さっている。とても嬉しくなりました。
 美しい事は誇らしい事。ですがもしも全く同じ見た目の人が現れても私は私の方が美しいと、あの時から胸を張れるようになっていました。そう、恭子お姉様と言葉を交わしたあの瞬間から。
 DIO様への感謝は尽きません。私はこれからお姉様と2人、お姉様の能力で旅行等をして見識を広めていくつもりです。もしも何か心配事がございましたら、すぐにでもお呼び下さい。そう言うとDIO様はやはり、微笑んでいました。
「有難う、君達の能力はこのDIOの困難すら打ち砕ける物なのだろう」
 私の能力は恭子お姉様を具現化――という表現は少し違う気もしますが――する事。そしてお姉様の能力は私をより高みへと導けるもの。前者はスタンドと呼ぶそうですが、後者には私達で『見目麗しい男達(グッドルッキングガイ)』という名前を付けました。
 どういった能力なのかDIO様はご存知無いようでしたから、至極簡単に説明させて頂きました。その時は未だ朝日が昇るまでにかなり時間が有りましたから。DIO様は日光アレルギーをお持ちで日中行動が出来ないそうです。なのに肌荒れ1つ起こす事の無い美しく強靭な肉体。どの『見目麗しい男達』よりも美しくありました。
 お姉様は身長190cm以上で端正な顔立ちの西洋人男性の肉体を幾つも作り出す事が出来ます。彼らが今まさに使おうと手に持っている物を含めて、です。
 生み出せるのはすぐ近くにのみですが、4km程なら離れても肉体が崩壊したりはしません。またお姉様の負担さえ考えなければ同時に20人位は生み出せるでしょう。
 作り出せるのは肉体のみ。魂まではありませんから人間を生み出せるわけではございません。
 ですが魂を入れる事は出来ます。別の肉体から引き抜く事も出来ます。そうして私達の指示通りに動く、戦闘からマッサージから何から何まで出来る『見目麗しい男達』は完成します。
 引き抜ける魂には条件が有ります。スタンド使い『ではない』人間のみです。人間以外の動物や植物は対象ではありませんし、スタンドもスタンド使いも対象ではありません。
 間違って私やお姉様自身の魂が抜かれないのは良い事ですわね。何せ1度抜いた魂は戻せないのですから。
 戻そうと思えば戻せるのかもしれませんが、作り上げた肉体は時間経過により崩壊してしまいます。個体差が有り1時間程度で呆気無く崩れてしまう場合から、2日近く保った場合もございます。これは未だにどういう条件で違ってくるのか解明出来ておりません。拾い上げる魂の違いでしょうか。
 魂を取り上げられた方の肉体は、魂が無いのですから死んだも同然。そう、私達は『見目麗しい男達』を使う度に人を殺しているのです。
 何と恐ろしい、おぞましい話。そう思われた事でしょう。ですがお姉様は慈愛に富んだマーベラスな御方。無差別殺人をするような事はございません。
 おおよそですが肉体から抜き取り肉体へ入れる魂を選ぶ事が出来ます。そしてお姉様は常に「今にも死にそうな虫の息」であったり「2度と社会に出てはならない犯罪者」であったりを選びます。
 それでも生を奪うのだから悪い事だと仰る方も居らっしゃるでしょう。苦しまずに死なせたり極刑を執行しているのだから良い事だと誇りに思ってはいますが、それでも私達は罪科(つみとが)を背負っているとお考えになる方も居らっしゃるでしょう。ですが私達は私達を非難する方を非難する事は有りません。
 私達は他者を嫌悪する人間にはなりません。私達が目指しているのは全ての罪無き方々を平等に愛し見守る、アメージングな愛と美の女神だからです。

「テメーのスタンドは、いや『グッドルッキングガイ』と呼んでいるスタンド能力の方だ。1つ1つの力は――」
「1人1人、と仰って頂けませんこと? 彼らはスタンドではありますが、同時に人間でもあります。ねえ美香さん」
 いちいち面倒臭いな、と承太郎は舌打ちしてから続けた。
「1人1人の力は大した事は無い。厄介なのはその持っている『物』の方だ」
「一体どこまでの物を持たせて出現させる事が出来るんじゃ?」
 敵に手の内を明かすのは愚かな事だとでも言いそうな姉の恭子だったが、しかし人間そのものにしか見えない仕草で頷いて答える。
「私達の知り得る物、でご理解頂けるかしら」
「知り得る物ですか」
「例えば日本人で未だ学生の貴方ならクレジットカードとは余り縁が無いと思いますが……いえ、こうして海外を旅しているのだからご存知ですわね。困りましたわね、例えようがございませんわ」
「クレジットカードを持ったスタンドは生成出来る……もしや現金自体も?」
 アヴドゥルが珍しく怯えるような表情を浮かべた。
「可能ですわ。エジプトの通貨はエジプトポンド、インドの通貨はインドルピー。こうして知っている物ならば持たせられます」
 長い目で見れば無限に近い数のスタンドを生み出せる。つまり彼女達は無限に近い金を生み出せる。現代の錬金術師と言えば聞こえは良いが、知っている金という事は製造番号が一致している物が存在する。つまりは通貨偽造だ。
「ただ私達が知らない国の通貨は持たせられません」
「私達南極は未だ旅行した事がございませんの。予定もございませんから南極ではどのような通貨が使われているか存じません。なので南極の通貨を持ったグッドルッキングガイは存在し得ません」
「実際に目にした物は勿論の事、実物を手にした事が無くても色や形、重さや匂いを思い浮かべられる物でしたら大丈夫ですけれど。「持つ」ではなくグッドルッキングガイ達複数で「触れている」物も出す事は出来ますわね」
「少々体力を使いますが……あとお姉様、生物も持たせられませんわ」
 動物は勿論植物も。スタンド能力自体もまた魂を間借りし使い潰す事で発動しているので、新たな命を生み出すといった事は全く出来ない。
「ならば我々を殺すのは随分と簡単な筈。何故すぐしない?」
「DIO様が殺せとは仰っていないから……もとい、私達は別に貴方達に恨みが有るわけでは有りませんことよ。殺人犯にはなりたくありませんし」
「美香さんの仰る通りですわ。ただお帰り願いたいだけ。これ以上エジプトに近付こうとせず故郷にでも……あらでも貴方はエジプトのご出身のようね」
「困りましたわね、お姉様。お帰りのヘリコプターはすぐに用意が出来ますが、帰る場所というのはそれこそグッドルッキングガイには持たせられませんわ」
「おいちょっと待て、それってつまり、ヘリコプターなら出せるのか?」
 にこりと笑って姉妹は同時に頷く。
 スタンド能力で出した複数人の男達が全員ヘリコプターに触れているという状況下であれば、ヘリコプターその物を出せるという仕組み。
「流石に大型旅客機を出すとなると何人必要かわかりませんから難しくはありますが、プライベートジェットでしたら容易です」
「私達がそれで来ましたものね」
 それはまた随分と優雅に来たものだ。
「お帰り頂く際にはご用意致しましてよ」
「ヨットもご用意出来ますが、この辺りは海がございませんから」
「でしたら美香さん、港まではプライベートジェット、そこから先はプライベートヨットにしません事? 折角ですから皆さんには旅を満喫して頂きましょう」
「あら、それは素敵ですわ! 流石お姉様」
「私達もここ最近は船旅をしておりませんわね」
 スタンドである姉だが調子を取り戻したのか呑気とも悠長とも取れる様子で話し込んでいた。
「それじゃあお主達は自家用ジェットで海へ行って自家用ヨットでアメリカ、日本、フランスと旅を楽しんでくると良い」
 ジョセフがスタンドも出さず丸腰で姉妹に近付く。
 尤もジョセフのスタンドは『攻撃力』を殆ど持たない。それも有ってか姉妹も警戒せずに微笑みを返すばかり。
「貴方達をご自宅まで送り届けた後にそうさせて頂きますわ」
「いいや、今すぐにじゃ。わしらはそれぞれ、自分達の足で帰れるぞ」
 ジョセフの言葉に姉妹は、そして味方である4人も違和感を覚えた。
 確かにアメリカの不動産王たるジョセフの財力が有ればジェットもヨットも用意されずとも帰る事は出来る。
 だが今帰るつもりは無い。DIOを目前にして、DIOをこのままにして、帰っている場合ではない。
「ですが、未だお帰りになるつもりは無いのでしょう?」
 となれば一行をDIOから遠ざける為に砂漠の真ん中まで訪れた姉妹もまた呑気に旅に出るわけにはいかない。
「わしらは帰る」
「何ィッ!?」
 ジョセフの言葉に姉妹よりも先にポルナレフが反応した。
「どうじゃ、これでお主達はゆっくりと自分達の時間を過ごせるぞ」
「……仰る通りですわね」
「おい待てジョースターさんよォ、帰るってどういう事だッ!」
「わしの妻はイタリアの生まれでな、お主達イタリアには行った事が有るか? 世界を股に掛けるのであればローマ位は見ておかんと話にならんぞ」
「あら私達ローマならもう参りましてよ。ねえ美香さん」
「ミラノも素晴らしい都市でしたわ」
「何と、お前さん達は旅行という物をよくわかっておる!」
 うんうんと頷き話を弾ませる様子はジョセフを孫と趣味が合致した好々爺に見せる。
 姉妹2人も争い合うより話を盛り上げる方が楽しいようだ。それもそうだろう、スタンドである姉は兎も角、人間である妹の方はそういった仕事に就くのがよく似合う。煌びやかな夜の世界で自分の美貌を活かし会話をする事で生計を立てる。彼女達はそうあるべきだ。悪のカリスマの手先なんてしている場合ではないのだ。
「しかし未だナポリには行ってないようじゃな」
「南部の港町ですわね」
「陽気な雰囲気が有りそうですわ」
「でも……」
「ねぇ……」
 顔を見合わせ姉は首を左右に振り、妹は肩を落とした。
「私達には余り合いそうにありませんわ」
「見所が有るのはわかるのですけれど」
 対しジョセフが腰に手を当てて胸を張る。
「何を言っておる! お前さん達に似合わぬ土地等無いではないか!」
 ハキハキとした喋り方に敵も味方も耳を傾け聞き入っている。伊達にアメリカでも有数の不動産王をやっているわけではない。
「確かにお前さん達の生まれの日本は小さな島国、お前さん達には色んな意味で小さ過ぎた。じゃが日本建築の城の前に着物を着たお前さん達が立てば相当絵になるぞ。隣の中国もそうじゃ。チャイナドレスというのは体のラインを兎に角美しく見せる。尤もあの国は未だにハニートラップが盛んと言うから勘違いされてしまうかもしれんがな」
 これだけ綺麗な姉妹がベッドの上に居るとしたら、それはもう情報を尻の毛まで引き抜くぞという合図だろう。
「しかしどこの国も似合うのう。行った事が無いと言っておったが南極ですら似合うじゃろう。毛皮のコート位持っておるんじゃろう? お前さん達だったらスラム街ですら似合う。女神様が施しに現れたと大勢が喜ぶじゃろう。そうじゃ、まさに女神様じゃ」
「ジョースターさん、あの……僕達は日本に、それぞれの国に帰ると言い出したのは何故なのかをそろそろ……」
「そう慌てるな花京院。わしらは帰る。帰ると知った美女2人組は安心して旅に出る。それだけの事じゃ」立てた右手の人差し指を顔の横で振り「皆で2人を見送るとしよう」
 旅立つ2人へ餞別は用意出来なかったけれど、花束を贈るつもりで手を振り見送りその後で自分達も旅立てば良い――エジプトへ。
「流石ですね、ジョースターさん」アヴドゥルが苦笑しながら「しかし2人はそれを見逃してくれるでしょうか」
「何を心配しておる。美人さん達はDIOに報告の義務も無いし、DIOもまた強くは言えんじゃろう。今までの刺客と違い、金に困っちゃあいないし洗脳されている様子も無い。友達と言っておるからな」
 『抹殺』を『命じられ』ていない、だからするつもりが無いと言い出したのがその何よりの証。
 もしも帰ると言ったのをそのまま信じたのかとDIOに尋ねられたら。その時は「はいそうです」と答えれば良い。
「なあお前さん達、出発は早い方が良いぞ」
「そうですわね、日本には『善は急げ』という言葉が有りますもの」
「お姉様!」
「どうかなさって? もしかして美香さんは『急がば回れ』を心配してらっしゃるの?」
 承太郎と花京院にはどちらも馴染みの深い言葉。良い事は早くした方がより良い。急ぐのであれば遠回りであろうとも確実な道を。さて姉妹はどちらを選ぶのだろう。
 姉か妹か、スタンドかマスターか。複雑な、頭ではわかるが心ではついていくのが難しい関係の2人は、どちらが決定権を握っているのか。今までは意見が食い違う事が無かったのか。
「ねえ美香さん、DIO様は海の底で100年も眠っていたそうでしてよ」
「100年も?」
「お顔やその肉体は20代の物なのに、あの超越した雰囲気……100年前から生きているから、と言われれば」
「納得出来ますわね、お姉様」
 美人女優といった容姿や仕草をしているからなのか内容の所為か、2人共芝居掛かった口調に聞こえる。特に姉の恭子は妹の美香を使いこちらに何かを説明したがっているかのようだ。
「ですから私、DIO様が仰る事には深い重みが有ると思っておりましたの。100年分の歴史が。ですが100年眠っていただけであれば」
「あら……実際は20歳の若造も同然ですわね」
「子供は子供の視点で物を見ますから独自の発見が有り素晴らしいですわ。ですがどちらを信じるかと問われると、やはり年長者の言葉を信じてしまいがちですわね」
「盲目的に信じてしまったり、最初から子供の意見は聞かないとなると宜しくないですが、お姉様の仰る通り言葉の重みは違ってきますわね」
「美香さんは聡明ですから先程ジョセフ・ジョースター氏の仰った『亀の甲より年の功』という諺もご存知でしょう?」
「彼の方がDIO様よりも事象を見てきた時間は長い……その通りですわ」
 つまりこれはジョセフの提案を、帰ると言わせたから足止めは成功とする事を決めたのか。
「それに、そう」
「私達も」
「DIO様は意外とお若いわね」
 くすくすと笑い合う。
 肝心な事は言わないが、ただ彼女達2人は簡単に纏めると『年齢不詳』なので、もしかするのではと思った。
 そんな一行への説明を終えたのか姉妹は向かい合い、手を取り合い、目を閉じた。改めてどちらも人間にしか見えないし、どちらも人間離れした美貌でスタンドだと言われたら信じる。
「グッドルッキングガイ」
 スタンド名でなく技名を揃って唱えた。
 一行全員は寒気を感じた。こんな暑い陽射しの下で何故。姉妹の言ったように今にも途切れそうな人間の魂を引き寄せたからだろうか。自分達も人を殺した事が無いとは言わない。しかし罪無き人の魂が吸い上げられているのなら、それが悪寒の理由だろう。
 人間の体がむくむくと出来上がる。
 作られた西洋人の成人男性3人は皆背が高く細身ながら筋肉質で顔立ちも整っている。姉妹の後ろに並ぶ横を向いた美しい顔。彼らは3人共両手を前に出していた。
 人間の肉体が完全に出来上がると同時に彼ら全員が触れている『物』も出来上がる。
 先程話題に出したヘリコプター。
「コイツは凄ぇな……」
 声に出したのはポルナレフのみだが一行全員同じ事を思っていた。
 造られたヘリコプターは小さく見えた。実際に一般的に使われているヘリコプターより小さいのだろう。何より自家用ジェットすら出せるという話を聞いた後だ。ただそれでも、やはり男数人とヘリコプターとを生み出す能力に皆驚きに目を丸くしたり口を閉じ忘れたりしている。
 これだけの物質を無から作り出せるのだ。神の妻の女神というより、世を創造した神そのものの力の一端を見せられているようだ。
「美香さん、たっぷりと日光浴をした事ですし、今度は少し北の方へ行きませんこと?」
「そうですわね。雪の積もる地方ならではの空も見たいですわ」
 中に既に人――スタンド――が居るらしく内側からドアが開き、降りてきた男達によってタラップが設置された。
「先程話題にも出ましたし、北極か南極が良いかしら」
「シロクマをとるかペンギンをとるか、悩めますわね」
 楽しそうに談笑しながらヘリコプターに乗り込む2人。
 余りにも自然体でヘリコプターが実物に見えてきた。否、実物と言って良いのだろう。ヘリコプターも操縦席に着く男も、何より姉も。
 人間にしか見えない、しかし人間離れした美貌2つがこちらを向く。
「早くお帰り下さいましね」
「私達は貴方達がエジプトに行くとは露とも思っておりませんので」
「わかっている」
 珍しく承太郎が言った。
 口数の少ない、余計な事を言わないばかりか必要な事も足りていない位の承太郎が、やがて同じような苦しみを味わうと忠告してきた叶美香に向かって。
「私達は旅をしますわ。アメリカにもエジプトにもフランスにも行く事でしょう。そして日本にも」
「美香さん、日本にも『行く』おつもり?」
「違いましたわ、お姉様」再び承太郎を見詰め「旅と旅の合間、日本に帰ります」
「ああ」
「貴方にお土産を用意しますわ。私が多くのお客様方にされてきたように」
「……ああ」
 弓と矢のような物騒な物でなければ歓迎だ。
 土産話も聞いてやろう。話を聞く仕事を、相手の望む事だけを話す仕事をしてきた彼女にはそれが良い。
 どんなに美しいと讃えられていようと、彼女にも姉に甘えるように話したい事を話す時間や相手が必要なのだ。幾つになっても、幾つであっても。
 姉妹と男達とがヘリコプターに乗り込むとタラップは回収されドアが閉まり、数秒の間を置いてすぐにプロペラが回り出す。
 激しい風が、そして音が一行を襲う。小型ヘリコプターは宙に浮きそのまま飛び立った。
 吹き飛ばされそうな風も鼓膜の破れそうな音も高い空へと遠ざかった。見上げると彼女達が浴びていた夏の陽射しが目に眩しい。
 いつの間にやらプールが、それを囲んでいた木々が無くなっている。
 だから余計に暑く感じるのか。それぞれの故郷(国)に戻った事にして、急いでエジプトに居るDIOの元へと向かう旅路を再開せねば。
「やれやれだぜ」


2020,06,30


打倒DIOを目指し砂漠を行くジョースター一行の目の前に立ち塞がる美人姉妹、ファビュラス女神(じょしん)!
という叶姉妹とジョジョ3部のクロスオーバーです。クロスオーバー言わないか。
叶姉妹が承太郎大好きだって聞いたんで書きたくなった。時間軸の都合でイギーは居ません。
<雪架>
この物語はフィクションです。実在の人物とは関係有りません。

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