承花 全年齢
「来てくれて有難う」
炎天下にいつもの学ランでは暑い。わざわざ長袖を着ている自分の気が知れない。
だがやはり自分はこの格好で会いに行かなくては、と空条承太郎は歩く。
「凄い背ぇ高い……格好良い……」
「花束持ってるなんて素敵……ねぇ、声掛けてみる?」
もし本当に話し掛けてきたら厄介なので承太郎はやや早歩きになった。
やかましい女は苦手だ。花束を差し出しただけでキャーキャーと喚かれては堪らない。
この花は静かに受け取り淑やかに微笑むような相手に渡す。
微笑む? あいつがか?
確かに照れてはにかみはするだろうが、喜び笑うかはわからない。
それでも花束と紙袋とを手に黙々と歩く。目的地が近付けば人が減ってきた。
「静かな、良い所だ」
陳腐ではあるが閑静な住宅街と呼べそうな空気が流れており、遠くに1組の老夫婦が見える。
若者からは物足りないと言われそうだが、自分達は他の高校生では考えられない程の刺激の中で過ごしてきたので、今はこれ位が丁度良い。
しかしそこまで広くはないが数が数なので、初めて訪れた承太郎はひたすらに探し歩いた。
額に汗が滲んでつい舌打ちをする。
端でも中央でもない、目印に大きな木が生えているでもない、水汲み場からもゴミ箱からも遠い。そんな見付けにくい場所に彼は居た。
「花京院」
承太郎は花京院典明の眠る『花京院家之墓』と掘られた墓石に声を掛ける。
返事は無い。蝉の煩くやかましい鳴き声しか聞こえない。
元気になり過ぎた母が選んだ菊の花束を大体半分に分けて、左右の萎れた花が入っている花瓶に上から差した。
抜いたり、水を足したり、そういった事はわからない。1人で墓参りに来たのは初めてだ。
「菓子だ」
何と言って供えるのが最適かもわからない。ただ花京院がサクランボを好んでいた事は知っている。
だから果物の入ったゼリーにした。紙袋から包装紙に包まれたそれを取り出し供えた。
普通の菓子店ではなく贈答用の専門店で買ってきたので手痛い出費だった。これでこういう物より加工されていない果物の方が、と言われては腹が立っただろう。
しかし彼の声はもう聞けない。
承太郎は墓の前にしゃがみ込む。
190cmを超えているので墓ですら見下ろす形だった。恐らくマナーに欠けた不味い状況だろうと、しゃがんで墓石を見上げた。
「静かだが、暑い」
触れれば墓石は冷たいだろうか。
一層自宅から近い納骨堂にでも入ってくれれば良かったのに。近く涼しく供え物も悪戯されない。
だが墓とは家の事。納骨堂はマンションであり等級によってはアパートだ。そんな生活は花京院には似合わない。
墓地の主が清掃をしてくれて綺麗な、盆を除けば日に数組しか人の来ないような、そんなここの方がきっと似合っている。
ゼリーの入っていた紙袋に再び手を入れた。
掴み、目を閉じ見ないように取り出し、墓前へ供える。
木目調の写真立ては、写真を墓側に向けて置かれた。
「……未だ、見られねぇからな」
実家の仏壇にも手を合わせられなかった。当たり前だが仏壇には写真が飾られている。
こんな状況でなければ花京院の写真など見たくて仕方が無いのに。
幼少期からあの性格らしいので恐らく写真自体余り無いだろう。そして本人に頼んでも決して見せたがらないだろう。
承太郎も別段写真が好きなわけではない。見知らぬ女に勝手に撮られるのは嫌いな位だ。
だが砂漠を背景に5人と1匹で撮ったこの写真は宝物だ。
なのに今は未だこの目で見る事が出来ない。
もしかするとエジプトの砂漠の最果てに、世界の裏側かどこかに居るのではないかと思ってしまう。
居るのなら、会いに行く。
だがこの世の隅々まで探した所で会える筈も無い。それを知る承太郎は煙草を1本取り出して銜えた。
ライターで火を付ける。睨み付けてくる奴はもう居ない。1本やるかと尋ねると「僕達は未成年だ」と返す奴も。
口内を占める煙の苦味が肺の中を汚してゆく。
想いが溢れないようにぐっと歯を食い縛り、煙は鼻から出した。
「お前が『大人』になったら、1本くれてやったんだが」
あと数年後には花と菓子ではなく、酒と煙草を供えてみよう。勿論嫌がらせに。
これから生活環境が変わり忙しくなりそうだが年に1度位なら意地でも来てやると、承太郎は蝋燭も線香も用意していなかった墓に向かい誓う。
紫煙は彼の居る綺麗な天に召していった。
2016,07,30
アニメからハマりましてDIO様崇拝者なんですが、腐るとなるとこの2人だなぁと…もっと旅路を見たかったなぁ…
短いですが時期も時期ですし。攻めによる受けのお墓参り、性癖です。
<雪架>