承&花  全年齢 他部要素有り


  身涯ぬ夢


 エジプトを目指す旅はまともな宿に泊まる割合が低かった。
 ベッドを使えないのは譲歩出来るがシャワーを浴びられないのは辛い。本音としては浴槽に湯を溜めて入りたい。尤もホテル個室のユニットバスでは空条承太郎の体に小さ過ぎる。
 仕方無しに熱いシャワーを少し長めに浴びた。今日同室の花京院典明が先に入っていたので浴室は温められていて気持ちが良かった。
 上がって体を拭いた直後に服を着ると熱が逃げない気がするので、だらしないと言われるかもしれないが下着だけを穿いて洗面所から出た。ベッドに腰掛けていた花京院が軽い挨拶のように片手を上げる。
 花京院はしっかりと持参した寝間着を着ているし髪も乾かし終えていた。
「長かったな」
「ああ」
「このまま出てこなかったらと心配したよ」
 思ってもいない事を。
 花京院はいつでもスタンドを浴室へ忍ばせる事が出来るし、可笑しいと思えばすぐ行動に移す。
「そのアザ、随分古いようだけど」
「アザ?」花京院の視線の先に気付き「あれか」
 首筋とも背とも呼べる箇所に星の形をしたアザが有る。母にも祖父にもその父や曾祖父にまでも。自分からは見えないのでいつから有るかはわからない。物心付く前なのか、生まれ付きなのか。
「痛いとか痒いとかは無さそうだね」
「触ってもわからねぇ位だな」
「へぇ……僕も触ってみても良いかな? そのヒトデ型のアザ」
 ヒトデ?
「駄目だった?」
「いや……」
「首なんて他人には触られたくないか」
「そうじゃあねぇ。これが……ヒトデの形か、と言いたいんだ」
 確かにヒトデは星の形をしているが。
「ヒトデ嫌いだったのか?」
「だからそういう事じゃあなくてだな」
 承太郎はもう1つの、自分が今晩寝る側のベッドへと腰掛けた。
「この形を見て星じゃあなくヒトデと言う奴を俺は初めて見た。花京院、お前はそんなにヒトデが好きなのか?」
 立っていた時と違い座り合うと見下ろしたり見上げられたりが無くなる。
「僕達の向かうエジプトでは、夜空にヒトデが有ると思われていたんだ。それが輝いていると。だから星を『絵』として残す時にヒトデの形を描いた」
 ヒトデが星の形をしているのではなく、星がヒトデの形をしている。そもそも星は記号としての形を持たない。夜空に手の届かなかった時代にはわからなかった事だが、現代科学では星は『丸い』事は広く知られていた。
「家族でエジプト旅行をした時に聞いたんだ」
「ヒトデは「海の星」と書くんじゃあなかったか?」
「確かそうだった筈だ。起源と逆転しているようで面白い」
 花京院は頷きにこりと微笑む。
 一刻も早く向かわなければ母の命が危うい地の話をしているというのに、この穏やかな時間は何なのだろう。ずっとこのままで在りたいと願ってしまうような。
「僕がヒトデを好きなのか、という話だけど」1度深い瞬きをし「今、好きになった」
「好きに、なった?」
「ヒトデのお陰で面白い物を見る事が出来たから。承太郎、君のそうした、驚いたり笑ったりする顔の事だ」
 そんなに驚いたり笑ったりしていたか、と問う前に花京院は再び笑みを見せた。
「ヒトデの形と言われて驚いたり、漢字の組み合わせに笑ったり。周りはきっと君の事を無表情な男だと思っているだろう。確かに表情は少ないけれど、ちゃんと有る」
 無口で無表情で取っ付き難い男だと思われている自覚は有ったが、それを変えようとは思わない。面白い時には笑うが、そうでないならわざわざ笑顔を作らない。
「あと間違っても無感情ではない。新たな発見に胸を打ち、知識を得た事に喜ぶ。そんな君を見られるからヒトデが好きだよ」
「そうか」
 特に表情筋を動かしたつもりは無かった。
 だが今自分は、この時間を楽しんで笑っている。

「うぉっ、気持ち悪ぃ……こんなんもヒトデの仲間なんスね」
 プリントアウトした写真を見せると案の定東方仗助は驚き顔を見せた。
「確かに星の形っつーか長い部分5つ有りますけど」
「ヒトデは全てが五芒星をしているわけじゃあない」
 だが連想するのはやはり五芒星、『星』の形だろう。
 日曜の昼下がりにカフェのテラス席で通り掛かった仗助に奢るからと声を掛け、座らせ仕事の資料を見せてふと仗助との視線の位置に気付く。
「180cm以上は有るな」
「え? あ、俺っスか? ここん所測って無いんで何とも……いやでも前測った時は180cm有ったんで超えてるとは思うっす」
 こうして座り合っていると『彼』の目を見て話していた時よりもほんの僅か視線の位置が高い。自分が縮んだ、という事は未だ考えなくて良いだろう。
「それにしても承太郎さんってクールっスよね」
「クール?」
「渋くて格好良いっつーか、ポーカーフェイスっつーか。ポーカー強いんじゃあないっスか?」
 確かに表情を読ませないという戦法は得意だ。あとは若干のイカサマも。
「引きは弱い」
 運すら味方しそうなのになぁ、と仗助は笑いながら奢りの水出しアイスコーヒーに口を付けた。
「ヒトデ好きだから研究してるんスよね?」
「一応な」
「だったらもっとニッコニコ笑ったりしそう……いや、承太郎さんのイメージに合わねぇか」
 発見に驚いたり、それが良い事ならば笑ったりもする。
 それが意図せず外に出る事を仗助のような普通の人間には気付けないのだろう。別に気付かれたいとも思わないが。自分の些細な違いに気付ける繊細過ぎる人間は彼1人で充分だ。
 彼がもし生きて未だ側に居たとしたら、すぐに表情を変える年下の叔父と似ていると思ったりするのだろうか。そんな事を午後の陽気の中で夢見ていた。


2017,09,17


自分にとってジョジョの原点は3部かなぁと思うと1度は没にした話だけど完成させてあげたくなった。
因みに好きなヒトデはカワテブクロです。
<雪架>

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