DIO中心 全年齢


  館の主


 100年の時を経ても読書が好きな事に変わりは無い。
 見る、聞く、触れる、嗅ぐ、食べる等を実際にする事は難しくとも、知識を得る事は本を読むだけで簡単に出来る。
 生まれも10辺りまでの育ちも酷く卑しいが文字が読めるのは父母に感謝出来る唯一の事柄だとDIOは思っていた。
 日光を避けられ要人を集められるエジプトはカイロの館。その書庫にしている1室。清掃させているがどこかカビ臭さの消えないそこで、吸血鬼という夜目の利く特性を活かし照明を付けずに読書に勤しむ。
 広い部屋唯一のドアがノック音の後に躊躇いがちに開けられた。
「どうした、エンヤ婆」
 振り向かなくとも気配で誰が訪ねてきたのかすぐに、部屋に入ってくる前からわかる。
 ドアを開ける前に聞こえた――DIOだから聞き取れた――足音は背が極端に低く若々しさも無かった。
 そして老獪さを煮詰めたような匂いをさせるのは魔女・エンヤ婆しか居ない。
「DIO様……」1歩だけ入りドアを閉めたエンヤ婆は躊躇しつつも「女が1人、この館から出て行きました」
 さ行が上手く発音出来ない老婆だが人間の女を早々逃がしてしまう事は無い。どうすれば良いかと伺っているのではなく、企みが完了した報告をしている。
「そうか」
 座り心地の抜群に良い椅子に足を組み座ったまま。
「……あの女はいい」
 本から目を離さず独り言のように呟いた。
「『いい』と仰られますと?」
 エンヤ婆は会話に付き合ってくれるらしい。
「あの女は私の求める物を産み出すかもしれない。だから良い女だ」ページをぱらと捲り「否、女としては良くなかったな」
 下衆な話にDIOは口元を歪ませた。エンヤ婆は気遣い相槌を打つ。
「体格の良い女でございました。きっとDIO様の望む御子を産み育てる事でしょう」
 そう、子供が欲しい。
 この血を継ぐ子供。出来れば男子が良い。女子でも良いし、どれだけ必要となるか正確にはわからないので多ければ多い方が良い。
「最初に種を付けて放たれました女、日本の小娘でしたか? 上手く産んでおればもう1つにはなった頃でございましょうか」
「そうかもしれんな……あの女は良かった」
「左様でございますか」
 椅子に座ったままなので真後ろに立つエンヤ婆の顔は見えない。狡猾さを知らぬ者からは柔和な『おばあちゃん』にでも見える笑みを浮かべているのだろう。
 この年老いた魔女はそうして他者を騙し生きてきた。
「今でもよく覚えている。あの女は誰よりも美しく、他の誰でもない自分の事しか考えていない」
 まさに理想と言えた。外見の美しさと内面の醜さを持っていた。どちらもDIOには及ばないが、彼女が自分との間に子を成せば。
 ようは優生学だ。それも積極的優生学。麗しい父母の間には麗しい子が、悪しき父母の間には悪しき子が生まれる。
 清く正しく真面目に生きると言い出すような阿呆でなければ多少外見が劣っていても恐らく問題は無い。部下にした者達も、顔や声が良い者は居るがそれ以上に能力の高さと性格を重視した。
 エンヤ婆はその典型だ。見ての通りの老婆だが、それも若い頃は美しかったとも限らないし息子もまたわかりやすく醜男だが、親子揃って自身の欲にしか従わず、他者の犠牲を厭わない卑劣な性格をしている。
 ましてエンヤ婆は正義(ジャスティス)の名が泣くようなスタンド能力も持っている。未だ干上がっていなければ息子のJ・ガイルに弟か妹を作ってやりたい。
「今抜けた女の代わりを希望する女は沢山居ます」
「そうだな……貢げる女が居れば通せ。顔はどうでも良い」
 今必要なのは放ったばかりの丈夫な子を産みそうな女でも顔の良い子を産みそうな女でもない。金に目を眩ませそうな女が欲しい。
 頭は悪くないのに性格は悪い女を得る為に金銀財宝を見せ付ける、その為の金銭が欲しい。今すぐ子を孕ませるのではなく、より計画的に未来を見据えて。
「そう言えばあの男は金になりそうだったな。惜しい事をした」
 去る者追わずの精神で放置した人間は何人も居る。来る者拒まずでいれば勝手に勢力が膨らむだけの『魅力』をDIOは持っている。美貌も金銭も、裏に限れば地位も名誉も。
 何と楽しい人生だろう。未だ100年足らずしか堪能していない。否、100年の眠りから漸く覚めて今まさに我が人生を謳歌し始めた所だ。
 誰にも邪魔をさせはしない。例えばジョナサン・ジョースターにも。彼の血族には決してこの歩みを止めさせはしない――
「DIO様、男に子を産ませる術が無いわけじゃあありませんぞ」
 全く予想していなかった言葉にDIOは本を閉じてエンヤ婆の方を振り向いた。
「どういう意味だ?」
「言葉通りですじゃ。貴方様の遺伝子を男に植え付け、その男の遺伝子と掛け合わせた子を産ませる技術がございます」
「ほお……」
 相槌は打ったがDIOは再び向き直り本を広げる。
「母親にはなれないが苗床にはなる、か。その技術ならぬ魔術は面白そうではあるな、エンヤ婆」
 この魔女にならば出来るだろう。
 あるいは弓と矢の別の使い方かもしれない。スタンド能力を目覚めさせられる弓と矢はまさに未知数の存在だ。
「1度試してみますか?」
 男を抱く等笑止千万。しかしそう言えばこの魔女ならば指1本触れずに成せると胸を張り、事実そうして見せるだろう。
 その位出来る、と踏んでいる。それだけ信用している。このDIOの信用を得られたのだと誇りに生き永らえてもらいたいものだ。
 見た目だけは今にも朽ちそうなこの老婆に。
「……止めておこう」
「左様でございますか」
「私が子を産ませたいと思うだけの強く美しく賢い悪の男を、失いたくはないからな」
 どうせ子を産まされた男は死ぬ。良くて廃人となり以後は使えない子供を産まされ続けるのが精々だろう。
「あの神父をしている黒人の男でございますか?」
「神父? ああ……あの男は違う。それに『黒人』とも違う」
 唯一の友を指していると気付きDIOは笑った。鼻で嘲笑った。
「神父を職にしていらっしゃるので神を崇める男ではありますが、それ以外は申し分無いと思っておりました」
「その通りだ。寧ろ彼の信心深さこそ私の求める性質に、その理想に近い物が有る」
 神の為であれば自分をも捨てられる。神と同様に愛した者の為であれば自分を含めた全てをも捨てられる。
「だが彼は、私の友なのだ」
「友、でございますか」
「そうだ。友との間に子供を設ける奴は居ない。彼に似た子供ならば欲しくはあるが……似た女が居たら通せ」
 言ってDIOは自身の言葉にくつくつと笑った。
 背が高く精悍な顔立ちをした、その顔にまで生真面目さの滲み出た男によく似た女が居る筈が無い。
 否、運命とは奇妙なものなので存外巡り会うかもしれない。
 彼と彼に似た子供とで、目指す果てへ辿り着けるかもしれない。
「エンヤ婆、このDIOは文字の読み書きが出来る」
 老婆もまた出来るだろう。魔術とは書物によって伝えられてゆく。
 もしかするとDIO以上に出来るかもしれない。他国の言葉や今は使われていない言語も理解しているかもしれない。その知識が羨ましく妬ましい。もっと、もっと本を読み吸収したい。
「日本の文字を読みたい。そういった本は用意出来るか?」
「畏まりました」
「すぐにだ」
 もう1度承ったと返してエンヤ婆は部屋を出た。
 何故日本を想ったのだろう。アメリカでもイタリアでも構わないのだが。イギリスより始まった奇妙な運命が捩れ曲がって日本にでも迷い込んでいるのだろうか。


2019,11,14


別ジャンルコラボのリアル脱出ゲーで大好きな主人公の扱いが最悪なので2度と此の会社の企画には参加しないし連想出来る話も書きたくない私と、
其れでも以前コラボしたDIO様の館(の手紙でリアル脱出する企画)に罪は無いから決別の証として書くなら許されるのではと思う私が争った結果、
繋がりが判らない程度に薄まった小噺が出来ました。これ多分繋がってないね…?
<雪架>

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