億仗 全年齢


  1999年ケーキの日


「幾ら雪がそんなに降らねーって言っても、今12月だぜ? 普通に寒いじゃあねーか」
 仗助の言う通りだ。M県は億泰の出身地である東京と違い雪が積もる地方。S市は比較的少ないと聞いているし、実際にテレビ等で見る雪国と比べれば少ないと言える。しかしそれでも寒い。
 毎年12月24日に行われる2学期の終業式後の学校の屋上は一面が雪という事こそないが、給水塔で日陰になる場所には溶け掛けて小汚い雪が残っている。
 雲1つ無い――嘘。見上げれば白い雲がちらほら有る――青空の下、日光は暖かいが風は冷たい。今にも身震いしそうだ。
「仕方無いじゃあないか、誰かの家に集まるなんて出来ないし」
 仗助だけでなく康一の言う通りでもあった。自分の家に3人を呼ぶ事は出来ない。父は未だに2人以上の客人を招くとパニックを起こして奇声を発してしまう。ここは寒いながらも晴れて良かったと思っておくべきだろう。
 康一の家には常に母が居る。姉も終業式を終えて帰宅しているかもしれない。仗助の家も教師である母が何時に帰ってくるかわからない。そしてミキタカの家は論外。自称宇宙人だから、というより1度会った彼の母は逆に常識人のようだった。
 可笑しな組み合わせだな、と思う。億泰・仗助・康一、或いは億泰・仗助・ミキタカの3人で集うなら稀に有るのだが。
 先日仗助を介して康一とミキタカとが面識を持ち――ミキタカは相変わらず宇宙人を自称したそうだが、康一は人付き合いが様々な意味で良く――超小規模のクリスマスパーティーを開く際には呼ぶ仲となったらしい。
「外でケーキを食べるなんて初めてです」
 それは宇宙人に限らず大抵の人間が当てはまる。
 海外のホームパーティなんかは別として。アメリカ人なら庭でバーベキューの流れからケーキも食べているかもしれない。
 それでも教室から机を2つ屋上へ持ち込んで並べて、中央にホールケーキを置き、4等分にするのは珍しい事だろう。
 囲んでいる机と同じく教室から4つ持ってきた椅子に座り、億泰は頼まれたので自身が持ってきた4枚の皿に取り分け乗せられたケーキへフォークを刺した。
 ふわふわのスポンジに白っぽいクリームが塗られた、苺の沢山乗った王道のケーキは仗助が用意した。バタークリームだけど、と言っていたがバタークリームのケーキは食べた事が無い。
 一体どんな味がするのだろう、と口に含む。
「うん、んまい」
 バターの味がするとまでは言わないが、ホイップクリームと違い微かにだが塩気が感じられた。
 かといってくどくはない。甘いだけの物より「幾らでも食べられそうだ」と思える。
「おい億泰! オメー何1人で先に食っちまってんだよ!」
「あ? ああ……悪ぃ」
 そうか、全員で同時に食べ始めるものなのか。
 人とケーキを食べる、という事が早々に無いのですっかり失念していた。
 クリスマスと言えばケーキの日だ。家族でケーキを食べた、気がする。
 幼い頃の事で余り覚えていない。母が居なくなり父が変貌してからクリスマスであってもケーキを食べていなかった。では何故ケーキの日だ等と思っていたのだろう。
「じゃあ皆で食べようよ、クリスマスケーキ」
「それもそうだな。頂きます」
 康一のフォローのお陰で口々に皆――億泰も含め――頂きますと言ってケーキを食べ始めた。
 美味しいと笑う康一や黙々と食べ続けるミキタカ。嗚呼やはりクリスマスはケーキの日だ。皆美味しそうに、楽しそうにしている。
 仗助もそうだ。生クリームの方が良いと不貞腐れているが手は止めない。楽しい、何と楽しいのだろう。何より大事な友とケーキの日改めクリスマスという記念日を過ごせるとは。
 何か有ればすぐに仗助の事が頭に浮かんだ。
 ピンチの時に助けてほしいのではなく、例えばこうして美味しい物を食べた時。
 良い夢を見たのかスッキリと目覚めた時や、明日は休みだからと夜更かししていて面白いテレビ番組を見付けた時。
 日々の『ちょっと良い事』を、分け合いたい相手。
 幸福を分けては自分の取り分が減ってしまう。自分の不幸を望む位なら卑しいと思われた方が未だマシだ。
 誰かの幸福は願えるが自分の不幸は認めない――筈だったのに。
「億泰君、どうかした? 手が止まってるけど」
「……北海道みたいな雪の降る所は冬休み長いって聞いてたけどよォ、東京と変わんねーのは何でなんだ?」
「うーん、北海道よりも雪が少ないからじゃあないかな? あと夏休みが普通に有るから冬休みを長く出来ないんだと思うよ」
 にこやかに答えた康一に不審に思われないように億泰は再びフォークを持つ手を動かした。
「なあミキタカ、正月は何とか星雲の家に帰るとかしないのか?」
 仗助はクリームの付いたフォークを向ける。
「宇宙船は故障していますので。それに実家に帰省という習慣は有りません」
 帰省、という自分なら余り使わない言葉が平然と出てくる辺り――と深く考えると頭痛がするので止めた。
「じゃあ皆クリスマスイブはここ、明日のクリスマスも年越しも家族と一緒か」
「康一さんは違うんじゃあないですか?」
「ねぇ皆! そろそろプレゼント交換しようよ!」
「未だ食ってる最中じゃあねーか」
 仗助の正しい指摘を聞かなかった事にして康一は集まるなり回収したプレゼントを押し込めた大きなポリ物袋をどんとテーブル――代わりの机――に置く。
 事前に渡された箱に各自プレゼントを入れて誰が誰の物かわからない形で交換しようと言い出したのは果たして誰だったのか。
 人にわざわざ物をくれてやる趣味は無いが、折角だからケーキ以外にもクリスマスらしい事をしておきたかったので億泰も賛同した。
 自分には贈り物等似合わない事はわかっている。好意を抱く相手に何かを渡して喜ばれようなんて真似は不釣り合いだ。そもそも『彼』が何を手にすれば喜ぶかもわからない。
 誰に当たるとも誰の物が当たるとも知れないのに。
「全員いっぺんに手を入れる事は出来ないから、僕が配っちゃっても良いかな」
「サンタ・クロースですね」
 マゼラン星雲とやらにも居るのだろうか。
「自分のに当たっちゃった場合はどうしようか」
「その時はその時だろ」
「じゃあそういう事で。はい、仗助君はこれ」
 ディスカウントストア特有の大きなポリ袋から1つの箱を出す。
 自分が袋に入れた物だと思った。しかしすぐに箱は全員同じ物だと思い出した。
「億泰君はこれ」
「おう」
 受け取った箱も自分が袋に入れた物と同じ。
 だが重さは違うので自分の物ではない。というか重い。ずしりと重いのではなく中央に重さが偏っているような、箱の大きさに対して小さいのにやたらと質量の有る物が入っているらしい。
 箱を振ってみたいが爆発しては困る。尤も爆発物を入れて寄越す奴は居ないだろうが。
 ミキタカにも手渡し、最後に残った1つを康一は自分の物として交換は終わる。
「じゃあせーので開けるぜ!」いつの間にか音頭を取る仗助は箱の蓋に手をやり「せーの!」
 蓋を開けるとそこには。
「……石?」
 そうとしか言いようの無い物がゴロンと入っている箱の中を見て億泰は首を傾げた。
 爆発物ではなさそうなので箱に手を入れ暫定石を取り出す。
 滑らかさの無い球体、が1番近い形容だろう。歪と呼ぶ前にでこぼこしている。片手の平に乗るサイズで、刺さるとまでは言わないが重たさの所為も有り手の平が少し痛い。
「お、カレンダーだ」
 億泰は慌てて声の主の仗助を見た。
 その手には箱に丁度入る大きさの卓上カレンダー。億泰がクリスマスプレゼントとして用意した物。
 まさか願った通りに仗助に当たるとは。嗚呼、神に感謝しなくては。明日はクリスマスで確か神の誕生日か何かの筈だ。
「部屋の机にでも置くかな」
 それが狙いだった。いつでも見える所に置いてもらえれば。そうして自分が側にいない時分にもカレンダーを見る事で思い出してもらえれば。
 違う人の手に渡った時は「有っても困らないだろう」と言える。
 まるで自分の気持ちが届いたかのような。
「これ、仗助君からの?」
 康一が言いながら箱から出したのは赤い布。
 否、赤いマフラー。首に巻くのに適した長さでストールやスヌードと呼ぶのかもしれない。幅は無いのでショールとは呼ばない筈だ。
 相当綺麗に畳まなければ箱に入らない程の大きさをしているそれは12月の贈り物としては最適だろう。
「何で俺だってわかったんだ?」
「うーん、センス? 仗助君っぽい感じがするなぁと思って」
 康一自身ならば選ばなさそうだ、というのはわかる。単刀直入に言えば色が、赤さが妙に派手だ。
「少ないったって雪は降るし、何より外は寒いからな」
 本日2度目の言葉の通りずっと屋外に居る所為でいよいよ体が冷えてきた。
 この町で生まれ育ち寒さに慣れている康一よりも自分の方がそれを受け取るべきではないか。自分ならば取り出すと同時に首に巻いている。
 その位寒い。
 贈り物のように自分の気持ちも一方通行のようで、心が酷く寒い。
「カレンダーは誰からの何だ?」
「私のこれも誰からの何でしょう?」
 ミキタカが箱の中から取り出し見せたのは、写真のようにリアルな林檎の果実が描かれている小さな箱。
「あー! オメーそれ紅茶だぜ紅茶! 高いやつ!」
 億泰でもなく仗助でもなくミキタカ自身でもない。という事は康一からの贈り物。
 つまり億泰が手にしている暫定石はミキタカが出した物だ。
「億泰君のそれ、宝石じゃあないの?」
 身を乗り出す形で近付き康一が声を潜めて尋ねた。
「宝石ぃ?」
 語尾を上げて繰り返したが、言われてみれば河原に転がっているような石とは違う気がする。
 自体は白っぽいが反射する光は様々な色に見える。黄色にも緑にも淡いピンクにも。
 虹色に輝く、と言えば単なる石ころではなく宝石を思わせる。綺麗な球体に削ったり指輪に加工すれば宝石その物ではなかろうか。
「オパール、かなあ?」
 聞いた事の有る響き。国の名前? それはネパールか?
「やるか?」
 要らねーし。
 言わなかったのはミキタカに聞かれるからではなく、自分も要らないと断られそうだから。
「うーん……僕が貰ってもなあ……高価な物に見えるしネックレスになっていたらお母さんが喜びそうだけど」
「どっかの誰かにネックレスにしてもらえば良いじゃあねーか」
 この大きさで首周りを飾れば相当華やかになるだろうが男が身に付ける物ではない。
「やっぱりいいや。それよりこれ、億泰君にあげるよ」
 ざくりと断って康一は赤いマフラーを差し出してきた。
「……あ?」
「交換じゃあなくて良いから」
「な、何でだよ」
 言いながらも貰える物は貰う主義が災いしてつい手に取る。
 見た目の通りに柔らかい。
「貰い物のマフラーなんて巻いていたら由花子さんに何て言われるかわからないし」
「それもそうだな。あの女おっかねーからな」
 私が手編みのマフラーを用意したのにと怒り狂い、辺り一面を破壊し尽くしかねない。
 美人で頭が良く手先も器用。良い女の代名詞にして康一の彼女の山岸由花子ならば、マフラーのみならずセーターも靴下も手編みで用意してきそうだ。
 自分達学生にとってクリスマスはケーキの日だが、もう少し大人になれば恋人同士で過ごす日に思うかもしれない。恋人同士の康一と由花子は今日ではなく明日に逢瀬をするつもりだろうか。それとも今晩、学生ながら背伸びをして出掛けたりするのだろうか。
「仗助君も多分、億泰君にあげたくて選んだんだと思うし」
「あ? 俺に?」
 仗助の前でマフラーが欲しいと言った事は――思った事も――無いし、取り分け華やかな赤が似合うわけでもない。
「東京の冬って杜王町(こっち)より寒くならないんでしょう? 億泰君がちゃんと冬を越せるように、って選んだんじゃあないかな」
 誰の手に渡るとも知れないのに。
 相手に贈りたい物を。
「……こんなよォー、マフラー1本でよォー、冬も年も越せんのかよォー」
 言いながらも手放すつもりは無い。
「コートとかブーツとかじゃあ箱に入らないからね」
 来年は箱を大きくするのはどうだろう。卓上ではなく壁掛けのカレンダーでも入れてお茶を濁せる。それよりも来年は直接渡せられれば良い。これはお前へのクリスマスプレゼントだ、と。
 カレンダーのように誰に渡っても言い訳が出来る物を選ばなくても済むし、康一が持ち寄った高価らしい紅茶と交換される心配も無い。
 仗助とミキタカの2人に目を向ける。今にも仗助が自分はそっちが良いと言い出すのではとハラハラしながら。折角、折角想いのままに仗助の手元に行ったのに。
 ミキタカが早速紅茶の箱を開けた。
 茶葉ではなくティーバッグで、その1つを摘まみ上げる。
 開封済みだから。既に人が手にしたから。色んな仗助が『欲しがらない』理由を必死に頭に浮かべた。
 そんな自分の心中(しんちゅう)を察してか気付かないのか康一はにこにこと笑う。
「兎に角それは仗助君から億泰君のクリスマスプレゼントって事で」
 康一にも改めて何か贈った方が良いだろうか。何を思ったのか――希望の石言葉を持つ――オパールらしき石をくれたミキタカにも。
 やはり外は寒いから、を言い訳にして億泰は自分には少し短そうなマフラーを首に巻いた。


2018,12,23


10月の誕生石のオパールはマゼラン星雲にはいっぱい転がってるのかもしれません。
クリスマスは神様の誕生日でもサンタさんの誕生日でもないんだよ、という話を思い付いて何処かで使いたかったのです。
そんな中全く違う方面の話を利鳴ちゃんが分け与えてくれました。なので混ぜてみました。
有難う利鳴ちゃん、平成最後のクリスマスを迎えられるよ。
<雪架>

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