露康 全年齢


  カムアウト


「由花子さんが男だったら、ですか?」
 康一は凄く困りましたといった顔で露伴の言葉を繰り返した。
「そうだよ、君達付き合ってるんだろう?」
「ええ、まあ」
 照れた様子を見せないのは先の質問が唐突過ぎたからだろう。
「山岸由花子が、じゃあなく『君の彼女』がもし男だったら、付き合い始めて暫くして「実は私男なの」と言って服を脱いだら本当に胸が無かった」
「うぅーん……」
 腕を組んで唸り込む。
「山岸由花子は顔も体付きも、声や仕草もフェミニンな女性らしい女性だから想像が付かないか」
「ですね」
 康一は肩を落として苦笑し、露伴のおごりのココアフロートのストローに口を付けた。
 下校時珍しく1人だった――大抵恋人か友人達と居る――康一を捕まえ、描き進めている漫画の協力をしてほしいと頼んだ。近くのカフェ・ドゥ・マゴでコーヒーでもケーキでも何でも奢るからと言うと渋々席に座ってくれた。それでいて飲み物1杯しか頼まないのだから謙虚だ。
「だがそういう女らしい女が男だったら、あるいは逆でもいい」
「逆? 僕が女だったら?」
「いいや君よりもっと男臭い奴が良い。アホの億泰やクソッタレの仗助みたいな男が実は女だったら。恋人じゃあないが君達は仲が良いし丁度良い。友人と風呂に行ったら、とかで良い。どう思う? どう反応する?」
「えぇっと、それも難しいですね……これ、漫画を描くための質問なんですか?」
「そういうキャラクターが居るんだ。物語上絶対に必要だし、もう伏線も張ってある。だが困った事にそのキャラクターに打ち明けられた、実は異性だったと発覚した時に相対する側のキャラクターがどう反応しどう動くのか……僕には分からない……」
 らしくないと言われそうだが額を押さえた。目の前のアイスティーの氷がカランと音を立てる。
 対象を本にして読む事が出来るという素晴らしい能力を持っているが、そこには本にされた『主』が体感した事しか書かれていない。偶然「異性だと思っていた交際相手が同性だった」なんて事を経験した者が目の前を通ってくれる程の幸運は持ち合わせていない。
「例えばなんですけど」
 ぽつりとつぶやく康一の声に顔を上げる。
「由花子さんが男だったらっていうのは想像付かないんですけど、もし僕が女で由花子さんがそれを知ったら、多分怒ると思うんです。女だった事じゃなくて、男だって嘘を言ってたとか勘違いさせたって事に」
「確かに」
 怒り狂う姿が目に浮かぶ。黙っていれば清楚なのだが。
「で、落ち着いたら女同士も運命ねって、こう、女の子同士でしか行かないようなお店に行ったり、服とかお揃いにしたり、それまでとは違う付き合い方になりそうだなって」
 恋は盲目を地でいく彼女はヒステリックに騒ぎ立てた後冷静になり、もとい冷静だと思い込んだ状態で今のような熱愛やら溺愛やらといった感情をぶつけ続けても可笑しくない。彼女の前では性別は障害にならない。寧ろ共通点が1つ増えたと言い張りそうだ。
「逆に億泰君だったら、彼女がもし男だって知ったら、別れてもう2度と会わないって、友達とかにもなれないタイプかな」
「女より可愛い男であっても、男の時点で駄目そうだな」
 端的に言って馬鹿だが胸の無い女も居るもんだと呑気に捉える事は無さそうだ。
「それと恋人じゃなくて友達が、僕や仗助君が女の子だったら、理由が有って男のフリをしてるんだって思って、大変だったなぁって言ってくれそうというか」
「泣き出しかねない」
 あの見た目で涙脆いのだから面白い。人間味が有るという、良い意味で。
 痛くても苦しくても泣かないのに、という点では仗助もそうだろう。似た者同士の親友。
「で、仗助君は」康一は露伴の心を読んだわけではなく友達の片割れも挙げるといった様子で、ココアフロートのグラスの縁を指でつつきながら「彼女でも友達でもすっごく驚くけど、そうだったのかって言って何も変わらないかもしれないなって」
「そうかあ?」
「純粋っていうか純情っていうか、友達が女の子だったらドキドキするようになっちゃうかもしれないけど、彼女が男だった! ってなっても、好きになった人だからって大事にしそうっていうか。元の性別を否定するような事は無いんじゃないかな」
 買い被り過ぎじゃあないのか、と言いたかった。だが言えなかった。
 確かに東方仗助はそういう男だろう。
 大切な存在はどこまでも大切だから守り切る。そしてその大切は八方美人とは違うが多くの人間に向いている。
 自分はその調子の良さを好まないが、そういう男は多くの人間から好かれる。嗚呼、仗助が大勢から好かれている事は知っている。見た目も良い事だし。
「それで露伴先生なんですけど」
「僕?」
「露伴先生は最初から知っていそうだなって思います」
「最初から、知っている?」
 ついしてしまった鸚鵡返しを馬鹿にする事無く康一は「はい」と頷いた。
「ああ、僕が恋人なり友達なりを本にして読むから性別は知っている、と」
「それも有りますけど、それはどっちかって言うと方法っていうか。露伴先生の前じゃあ隠し事は出来ないですね」
 はははと笑ってココアフロートを飲む。
 知る方法は有る。知りたいと思えば調べられる。だから知った上でそう接している。相手の性別を知りたいと思った。偽りを知った上で仲良くしたいと思っていた。
 実は男だった女の恋人、実は女だった男の友達。全く驚かず「何を今更」と返しそうなのは康一が思う仗助に近いようで正反対。
「そうだな、そうしてみよう。おっと、誰彼構わず性別を読もうという意味じゃあない、漫画の話だよ」
「知っていた事にするんですか?」
「細かい事は秘密にしておくよ。詳しく話してしまったら読んだ時の驚きが無くなってしまうからな」
 初めて読んだ時の驚き、そして購入した者だけが得られる2度目以降に読んだ時の納得と新たな発見をここで潰すわけにはいかない。
「康一君は誰が性別が違うか、誰にカミングアウトするかも知らないだろう?」
「そうか、伏線って言うからにはもう出てるキャラクターか! いやでも先生の事だから名前が出ているだけ、とかかもしれない……うーん、誰だろう……」
 ぶつぶつと呟く姿。楽しみにしている読者を直接見られる機会は少ない。
 ましてサイン会に来た、作者と話しに来た読者ではなく、漫画という作品の事を考えているのだ。毎週全国で発売される、単行本も毎月のように全国の書店に並ぶ漫画家だからこそ立ち会えない。
 嗚呼、今この瞬間を描き留めておきたい。
「康一君、聞いてほしい」
「はい?」
「僕は誰か1人の為に漫画を描いているわけじゃあない。それは康一君や毎週のようにファンレターを送ってくる奴や担当編集者だけじゃあなく、僕自身も含まれる」
「はあ」
「勿論描きたいから描いているが……いや、この言いたい事こそ漫画にするか」
 目の前の康一は未だに疑問符を浮かべている。
 だがきっと今日これから描く分を読めば伝わるだろう。性別を偽っていたキャラクターの心理、それを聞かされたキャラクターの言動。そしてそれを描く自分の、自分でも見えていなかった部分。
 自分を見詰める――見詰めた事が無いので見詰め「直せる」ではない――なんて思ってもみなかった。
 だから康一の事が好きで必要なのだ。


2022,07,10


果たしてピンクダークの少年に男の娘が居るのか。
露伴先生にはGL描きたかったから女の子を出したのに編集部ストップで次の週から男に描き変えさせられたりしてもらいたいですね。
<雪架>

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