承太郎中心 全年齢 億仗助要素有り


  深い雪


 雪は降り止み空は寧ろ晴れている位だというのに、夕食にも早いこの時間でも辺りは真っ暗で街灯は欠かせない。
 閑静な住宅街を地で行く杜王町を走るタクシーの中で、承太郎は久々に『静けさ』を堪能していた。
 この運転手は余り話し掛けてくるタイプではないが、代わりにラジオがずっと流れている。
 パーソナリティの軽快なお喋りと今流行っているらしい日本の歌曲。静かとは言い難いだろうが、もうずっと住んでいるアメリカから比べるとやかましくなくて良い。半年近く前にこの町に初めて来た時にも思った。
 アメリカが合わないと言ってしまえばそれまでだが母の生まれた地、母方の祖父母の愛する地だ。妻も娘を得た地でもあるし、承太郎もちゃんと愛着が有る。
「着きましたよ」
「……ああ、すまない」タクシー運転手の声に、腕を組んだまま俯いていた顔を上げ「早かったな」
 比喩無しに一瞬だった。
「目の前ですからね」
 東方家から虹村家まで。仗助が「すぐそこ」と言っていたし、念の為に聞いてメモしておいた住所も数字が少し違うだけなのである意味予想はしていたが、車では考え事をする間も無かった。流石に近過ぎる。
「すぐに戻る。少し待っていてくれ」
「はい」
 返事の後にすぐにドアが開いた。日本のタクシーはサービスが過ぎる程に快適だ。
 タクシーから1歩踏み出すと、その足がさくと音を立てて雪に飲まれた。
 かなり積もっているな……
 吐く息が白く、肌寒いのがよくわかる。
 雪は積もりきった方が寒さを感じない筈だが、曇り空より晴れている方が寒いとも聞く。科学的な根拠が有るし、今身を持って学んだ。
 見上げると暗い中に点々と星が瞬いている。
 立ち入り禁止を意味していそうな物々しい門を抜けて虹村家の屋敷へ。インターフォンを押すが鳴ったかどうかわからないので、強めにドンドンドンとドアをノックした。
 やや間を置いてからドアがほんの少し開く。
「何だァ?」
 暗く雪が積もり寒い不気味な洋館から酷くガラの悪い男が顔を覗かせ睨み付けてくるのは悪趣味な映画のようだ。
「……んん? 承太郎さん?」
「ああ」
「承太郎さん? 何で? 何で承太郎さん? 承太郎さんはアメリカ人だよなあ?」
 アメリカ人と言うと激しい語弊が有るが、それを説明した所で賢さに数値を割り振っていない億泰には理解出来ないだろうし、よく考えれば理解してもらいたいわけでもない。承太郎は短く「ああ」と同意しておいた。
「日本での仕事が有るから来た」
 この辺りで、ではない。空港からならば杜王町より近い所での仕事だ。
「仗助の家に行ったが誰も居なかった」
 となると居るのは億泰の家だろう。
 その位に2人は仲が良い。承太郎がアメリカに戻ってからも良い友人関係が続いている事は知っている。
「仗助なら家(うち)に居ますよ」ドアを大きく開け後ろを振り向き大きな声で「おおい! 仗助ェ!」
 遠くから約半年振りに聞く懐かしい声で「何だ?」返事が有った。
 足音が近付いてくる。姿が見える。
「何だよ、新聞屋でも来たのか?」
 両のポケットに手を突っ込んで如何にも不良といった歩き方。嗚呼、学生の頃は自分もしていた。
「あれ? 承太郎さん?」
「久し振りだな、仗助」
「……承太郎さんッ!?」
 理想的な驚き方がをしてくれる。
「な、何でここに? いやこれは何で億泰の家にって意味と何で日本にって両方の意味っす!」
「仕事の関係で日本に来た。お前の家に行ったが誰も居なかった」
「お袋は未だ仕事っスから」
「それでこれを渡しに、お前の居そうなここに来た」
 隠していたわけではないが手提げのビニール袋を見せる。
「何スか? これ」
「缶詰めのクッキー」
「土産っスか!?」
「ずりーぞ仗助!」
「1つじゃあないから億泰にも――康一君は?」
 袋を覗き缶を手に取り盛り上がる2人が同時にこちらを向き同時に眉を下げた。
「『彼女』っスよ、彼女」
「本当にずりーのは仗助じゃあなくて康一の方だぜ」
「まあ彼女は彼女でも山岸由花子だから羨ましいとは」
「ちょっと違うんだよなあ」
 2人は向き合ってうんうんと頷いた。別の話でも同じ調子で盛り上がる。
 これが現代の高校生らしいのかはわからない。どちらかと言えば小学生男児のやり取りのようにも見える。だが、これが良いと思えた。高校生とはこうあるべきだと思えた。
 自分が高校生の頃、ここまで親しい友達は居なかった。素行の悪さで遠巻きに見られるばかりだった。それでも良いと思っていた。彼らのような親しい友達が出来るまで、そして失うまでは。
「お洒落な缶っスね」
「止めろ仗助、振らない方が良い。個包装されていない」
「えっ」
 ぴたと手を止める。
 日本の菓子は大きな缶の土産品ともなれば1つ1つビニールに包まれていたりするので蓋を開けたら驚くだろう。
「日持ちするし割れても食えるし税関でも止められないからそれにした」
 甘い物が苦手でなければ良いのだが。
「じゃあ、俺は帰る」
「え!? もう!?」
 顔が見られたから充分だ。まして2人で楽しそうにはしゃぎ笑う顔。
「まさかこれから、こんな時間から仕事ってわけじゃあないでしょう?」
「ああ。だが明日早いしタクシーを待たせている」
「そんなもんまた呼べば良いじゃあないですか。折角来たんだから一緒に飯でも食いましょうよ。お袋ももうすぐ帰ってくるし」
「うちなら椅子いっぱい有るからよ、5人で鍋でも食おうぜ」
「お、良いな! 鍋なら材料切るだけだから俺達でも用意しておけるな」
 承太郎、仗助、仗助の母親、億泰、億泰の父親の5人で夕食を?
 祖父の不倫相手や肉の芽の対処より先にDIOを倒してしまった所為で人の姿をしていない者と?
 嗚呼それは、きっと楽しいかもしれない。5人で食事をするのは楽しかったし、そこに犬が1匹居れば最高だ。
 あの旅ではかけがえのない絆を手に入れた。
「……いや、止めておく」
「ええーッ!?」
「何で!?」
 別にこの家が余りにも不気味だからではない。
 昭和の遺産では済まない程古めかしくても、人が住み人が訪ねてくるので温もりは感じられる。
「離れ難くなっちまうからだ」
 その本音に2人はわいわいと騒ぐのを止めた。
 長い時間共に居て共に食事までしてしまったら、自分も高校生に戻りたくなってしまう。
 2人と同じ目線で物を見たいとか、高校の中にやり残した事が有るわけではなく。
 高校生の頃に出会った高校生の親友を思い出してしまう。また会いたくなってしまう。何か言えよと小突き合う2人のように、自分も親友に触れたくなってしまう。
 もう叶わない事なのに。
「……まあ、ジジイに何か有ったとかじゃあなくて良かったっス」
「ジジイは無駄に元気にやっている。お前の妹もな。お前が、お前達が元気そうだったと伝えておく。じゃあまたな」
 本当に帰るのかと縋られるより先に背を向ける。
 きっとまた会える。スタンド使いは惹かれ合うというのだから、生きていればきっと。
 外へ出て、しょんぼりとした顔の2人に苦笑を向けてドアを閉め、鍵の音を確認せずに門の外へ。降り止んで久しい筈なのに雪は踏む度にさくさくと音を立てた。
 律儀に待っていてくれたタクシーがドアを開けたので乗り込み後部座席から今日の宿の名前を告げると車はすぐに走り出す。
 相変わらず寡黙な運転手は何も話さず、車内には静かなエンジン音とそれと重なるラジオの、耳慣れない音楽だけが聞こえている。
 目の前には助手席のシート。その向こう側にも自分の隣にも誰も座っていない。後ろに座席は無いし、運転席も知人ではない。もう旅をしていた頃ではないのだ。
 高校生と話して高校生だった頃を思い出すのは自分が高校生ではない証。彼らを見守る立場となった。
 だが今は、今だけは。
「少し寄り道を頼めるか?」
「構いませんよ。コンビニですか?」
 コンビニエンスストアの菓子やら揚げ物やらの方があの2人は喜んだかもしれない。
 だが『彼』なら――
「……いや、やはりいい。このまま向かってくれ」
 疑問符を浮かべながらも「はい」とだけ答えてタクシーは帰宅ラッシュを終えても未だ車通りの多い道へと出る。
 小雪がはらはらと舞い始めた。
 未だ見上げれば星が見えるので通り雨ならぬ通り雪だろう。
 この雪が彼からの何かしらの返事であれば良いのに。


2021,01,10


好きなバンドの同じ意味のタイトルの楽曲合わせ。しんみりしたメロディにつられてしんみりした話に。
まぁ億泰・仗助コンビは承花というより承太郎とポルナレフのコンビに近いわけですが。
<雪架>

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