露康 全年齢 The Book設定


  Instead


 筆が止まったので散歩がてら夕食の買い出しでも、と岸辺露伴が外に出たタイミングだった。
「康一君!」
 あの後ろ姿はと思い大きな声で呼び掛けると驚いた顔がこちらを向く。
 駆け足で近付くと広瀬康一は「こんにちは」と挨拶をしてきた。
 学生服だが学校鞄は持っていない。財布と鍵とをポケットに入れているだけで学校帰りではないようだ。
「どこに行くんだい?」
「ちょっと病院へ」
「病院?」
 見た所怪我の類は無い。かといって咳をしたり熱っぽかったりする様子も無い。歯科なら病院ではなく歯医者と言うだろう。
 内臓に疾患が? とてもそうは見えないのに、と露伴は康一を頭頂から爪先までまじまじと眺める。
「あのぉ……僕じゃあなくて仗助君の」
「何だ見舞いか」
 それも東方仗助の。
 ならば別に心配する事は無い。あのガタイの良さと性格の腹立たしさは殺しても死にやしない。
 だがこの冬に大怪我をして入院して以来、未だ退院していなかったのか。
 去年の夏にも殺人鬼との一件で怪我をし入院していた。あの時はそれこそ復帰が早いと聞いた気がする。見舞いに行ったり退院を祝ったりしていないので詳しくはわからないし興味も無いが。
「露伴先生も行きませんか?」
「僕が? 僕はあいつが大嫌いだ」
 でしょうね、とだけ返してくる辺り康一は返事を予想しきっていた。
 そうなると正反対の事を言うなりして驚かせてみたくなる。
「大嫌いだけど、行かないとは言っていない」
「……それって?」
「僕は『仗助の見舞い』に行くつもりは無いが『君の見舞い』について行きたいと思っているんだ」
「来るんですか」
「怪我で弱っている所のスケッチでもしておくかな」
「先生……そんな理由で来るんですか……」
 げんなりした顔に見えるが誘ったのは康一の方だ。
「でも仗助君、本当に……その、凄く弱っているんですよ」
「そりゃあ良い。この目で見てやるとするか。ぶどうが丘病院かい?」
 つい声が弾んでしまった。
 決して怪我だらけの姿を嘲笑おうというのではなく――全く無いとは言い切れないが――康一と行動出来るのが嬉しいだけで。
 放課後と言う家で寛いでいても可笑しくない時間帯に友人の見舞いに行く彼は、親友である事が本当に誇らしい程素晴らしい人間だ。

 病院のエレベーターを降りて廊下をずっと歩く。康一曰く端の個室。詰所の近くではないので容態の悪化がどうこうの心配は無いのだろう。
 『仗』が読みにくいからか病室の扉には東方の文字だけが掲げられている。
 コンコン、とノックをした康一は返事が来るより先にドアを開けた。
「仗助君、お邪魔します」
 それでも未だ返事が無いが、露伴も続いて病室に入る。
 ベッドに横たわる姿を見て息を呑んだ。
 頭部にぐるぐると巻いた包帯。ギプスで固定された右足。左腕は吊っているし右腕には点滴がされている。
 これはとんだ重体だ。そんな簡単な単語で片付けられない程に。
 漸くこちらを向いた顔の唇が「よう」とだけ動く。見えなかった方の目は眼帯で結局見えないまま。
「……露伴?」
 掠れそうな声で名前を呼ばれると気まずい。
「そうだよ、露伴先生が来てくれたんだ。良かったね」
「ああ……どうだか、な」
 口を動かすのが辛いのか言葉を考える事すら疲労に繋がるのか、軽口の筈なのに絞り出したような響きだった。
 とある事件に巻き込まれて擬似的に交通事故に遭わされた仗助だが、それは即死はしない攻撃でもあった。だからこれから回復に向かうばかりの筈。
 しかし不意に逸らされた目を見る限り回復へはちっとも向かっていない。
 体だけではなく心が。元気になろう、という意思が見えない。寧ろずっとこのまま、痛く苦しいままでありたいとでも言い出しそうな雰囲気すら有る。
「お見舞いに何も持ってこれなくてゴメンね」
「いい……未だ、食えねぇから……」
「そっか。じゃあ漫画か何か持ってこようか? 右手は動かせるんだよね」
 包帯が巻かれフランケンシュタイン宜しく縫い跡の有りそうな首が頷く。
「そうだ! これを機に『ピンクダークの少年』読んでみる?」
「……露伴の、漫画?」
「ハラハラしちゃうから怪我してる時には向いていないかなぁ」
 どうしようか悩んでいるのか、どう断ろうと頭を巡らせているのか、仗助の片目はこちらを捉えていた。
「……『ヘブンズ・ドアー』」
 呟くように自分のスタンドを呼び出す。
 今し方話をしていた漫画の主人公を連想させるヴィジョンが仗助の意識を奪い彼の顔を本にした。
「ちょっ、ちょっと露伴先生! 何してるんですかッ!」
「いやあ……つい」
「ついじゃあないですよ、ついじゃあ!」
 試しにやってみただけだが本当に抵抗無く本に出来てしまうとは。あの強力なだけではなく素早さもしっかりと有るクレイジーダイヤモンドで阻止されれば一堪りも無いのに、それをしないのか出来ないのか。
 覗き込めばきちんと読める文字が書いてある。
 
  人を殺した
 
 露伴は再び息を呑んだ。
 何を言って――書いて――いるんだ? こいつは。
 
  何も死ぬ必要なんて無かったのに
  俺は先輩を殺してしまった 人殺しになった
 
 意図して殺したわけではないのか。と、妙に安堵した。幾ら調子に乗った高校生でもそう易々と人を殺しはしないとわかってはいる。
 ページを捲る度に色々な情報が書かれているが露伴の目には『自分は人殺しである』といった類の文字ばかりが飛び込んでくる。目を閉じてしまいたい。それよりも本を閉じるべきなのだろう。
 一層破ってやるべきだろうか。人を殺した経験を奪えばすぐにも元気になるのではないか。そう思って捲るのではなく破る為にページを掴む指に力を入れた。
「露伴先生」いつもより神経質な声音で「仗助君を破ったら怒りますよ」
 既に「怒っている」をアピールすべく眉を寄せている康一の顔を見て指先の力が抜ける。
「……別に僕がこれを欲しいわけじゃあない」
 破っておいた方がこいつの為だろう?
 それは読んでいない康一に言える言葉ではない。
 第一仗助の為に奪い取りたいとは露とも思っていない。勿論人殺しの経験等ほしくないから自分の為でもない。
 ただ『人殺し』の文字を見て「康一の友達に人殺しが居ては良くない」と思っただけの事。
 殺人犯と違うとはいえ、人を殺した人間と仲良くやっていけるものだろうか。自分ならば仲良くしたい相手が人を殺していようが生かしていようが気にならないが、康一は普通の高校生だからそうとは限らない。
「いや……違うな」
 自らの考えを声に出して否定した。
「露伴先生?」
「康一君、君は辛い事が有った時どうする?」
「何ですかそのアバウトな質問は……どうするって言われても、乗り越えるしか無いんじゃあないですか?」
「もう乗り越えた後の話だよ」
 より意図が掴めなくなったと言わんばかりに康一は首を傾げる。
「なら良かったじゃあないですか」
「良かった? 君は辛い思いをしたのに?」
「辛い事を乗り越えられたなら、良かったと思いますけど。それも『経験』になるんでしょう?」
 生きていく上で経験は何より大事だ。何故なら生きるという事は経験を積み重ねるという事。そして友とそれを分かち合うのが、きっと友情なのだろう。友情についてはよくわからないが。
 1度はページを破り取る為に伸ばした手で、持参した鞄の中のペンを1本取り出した。
 友が人殺しだと知って、広瀬康一が罵倒するだけの人間である筈が無い。康一ならばきっと何故殺してしまったのかを親身に聞いて、それが罪無き理由ならば寄り添って励ましてやるだろう。
 きっとこうして、自分に出来る事の範囲で。
「ちょっと露伴先生! 仗助君に何書いたんですか」
 康一には話をしながら関係無い行動を取っているように見えたのか声が硬い。疑問系なのに語尾が上がらない。
「大した事は書いていないよ」ペンを鞄に戻し「ちょっと『代謝が良くなる』と書いておいただけさ」
「代謝?」
「僕と仗助は相性が悪いし良くなりたくもないから、怪我を完治させると書いた所で効果は無さそうだからね」
 だからせめて本人のやる気が戻ればすぐにでも回復に向かうように。
「露伴先生……」
 康一の頬が上がる。
 何と喜ばしい事だろう。友が笑ってくれた。
 友達の幸せが自分の幸せ。友達の為に動いていると思われる良い響きかもしれないが、所詮は自分の幸福の為の独善的な行動に過ぎない。だがそれの何が悪い。皆が幸せになるのだから良い事だ。
「だから早く治せよ」
 そう言って本――仗助の顔――を閉じたので、仗助の事を心配して取った行動に見えたかもしれない。
「有難うございます、露伴先生」
 なのに康一に礼を言われるのだから『誰かの為』という因果は難しい。

 スタンド能力を解除してすぐ仗助は目を覚ましたが、今日はもう眠たいと言い出し目を閉じてしまったので康一と2人で病室を後にした。
 外科病棟の廊下はリハビリがてら歩く患者や見回る看護師等でそれなりに賑わっている。
「露伴先生、さっきの話ですけど」
「ん?」
「辛い事が有ったらどうする、って話。忘れてしまった方が良い事だって有るとは思うんですけど、でもそういうのって本当に忘れちゃうと思うんです」
 えぇっと、上手く言えないな、うーんと。言葉にして伝えきれないのがもどかしいらしく康一は頭を掻いた。
「忘れないって事は、忘れちゃあ駄目って事っていうか。覚えているならそんな辛い過去も含めて自分だったりその人だったりするんじゃあないかな、って。だからさっき仗助君には仗助君が忘れたがっている辛い事が書いてあったのかもしれないけれど、それを破らない露伴先生の判断は正しいって僕は思います。有難う……って僕が言うのも変ですけど」
「どう致しまして」
 ここで礼を返すのも可笑しな話かもしれない。
 一言返しただけで安堵したように微笑まれては、今度はこちらが妙に気恥ずかしい。
「……そうだ康一君、晩飯を一緒に食べに行かないか?」
「え? 今日の晩ご飯ですか?」
「勿論奢るよ。何が食べたい?」
「いや急に言われてもお母さんがもう用意しているかもしれないし――」
 別に断られても良いと思っていた。断られたくない場合は断られないように立ち振る舞えば良いだけで、今はただ思い付いたから言ってみただけに過ぎない。
 しかし康一は露伴の予想に反してズボンポケットから携帯電話を取り出す。
「ちょっと聞いてみますね」
 すっかり慣れた手付きで携帯電話を操作して耳に当てる。病院では通話可能場所が限られているのだがその指摘は控えておいた。
「もしもし、お母さん? うん。あのさ、突然だけど今日の晩ご飯要らないって言ったら困るかな? 露伴先生が一緒に食べに行こうって。うん、本当に突然なんだけど。え? そうだよ、仗助君のお見舞いに一緒に来てるんだ」
 当然ながら通話相手の声は聞こえてこない。何と言われているのだろう。康一の母親に自分はどんな風に思われているのだろう。
 康一自身にもどんな風に思われているのやら。電話を相手に少し困ったような顔をしているのだから、と珍しく弱気になってみようとした時に。
「もうちょっと露伴先生と話していたいんだ。あ、違うよ、露伴先生から誘ってくれたんだ、僕が無理を言ったんじゃあなくて!」
 その通りだ。康一が共に過ごそうと申し出たら断る筈が無い。それは絶対に『無理』にはならない。
 カーディガンを着て恰幅の良いいかにも婦長さん然とした女性の視線が痛いから、もしくは今すぐ喜びたいから、早く電話を終わらせると書き込みたい。


2018,02,22


露伴×康一がジョジョ腐の原点(入り口)かなと思って書いたんですが、手癖で仗助×露伴っぽい。
ジョジョの二次書くとつい病院出しちゃうの何故なのかしら。
<雪架>

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