東方親子 全年齢


  LIFE


「悪ぃ、醤油取ってくれ」
「はいどーぞ」
「サンキュ」
 差し出された昆布醤油を受け取り東方仗助は短く『感謝の言葉』を言った。
 息子はきちんと礼を言える大人になったのだ。
 否、未だ高校生。大人とは呼べない。世間が自分の子供はいつまでも子供と言っている理由が最近になり、仗助の身長が180cmを越えた辺りから特によくわかる。
 図体だけは立派になって、とからかうのが良いか悪いかわからない。父親に似ればもっと背は伸びる。アメリカ人――なのか? アメリカから来たと聞いたが――との混血だからというだけではない。
 東方朋子が唯一愛した男であるジョセフ・ジョースターは非常に背が高かった。
 背は2m近かったし体格自体も目を見張る物が有った。朋子も決して背が低い方ではない。仗助が未だこれから更に伸びるのは必定。
 それに顔も似ている、と思う。
 首の後ろという見えにくい箇所に特徴的な形のアザが有るのは似ているのではなく『同じ』なので置いておいて。
 特に瞳の色なんかはとても似て見える。色も形も日本人らしくない目の所為で幼い頃は色々言われた事も有ったようだ。
 まして父親の居ない子供。今でも色々と言う人間が居る位なのだから、当時の息子はさぞ辛い思いをしただろう。自分だって投げられるのは嫌な言葉ばかりだった。
 死別したのなら早く父親を作ってやれ。離別したのなら何故そんな男を選んだのか。未婚の母と知られたら最後言いたい放題。そういった輩はただ見下したいだけで、彼ら彼女らの言う『可哀想な子供』を救う様子は一切無い。
「使う?」
「ン……有難う」
 今渡した醤油を手渡される。
「どう致しまして」
 特に感情の込められていない返事。だが礼には礼を返す。それも自然に。仗助は可哀想な子ではなく良い子に育ったのだ。
 生真面目な方ではないし素行も手本にはさせられないから良い子とは違うかもしれない。嗚呼そうだ、見た目なら良い子ではなく良い男だ。
「掛け過ぎじゃあねーか?」
「えっ?」
 見れば白さを残していない大根おろしから醤油が滲み出ていた。
「やっちゃったわ……」
 魚に直接掛け続けなかっただけマシか。
 今日のメインは大根おろしを添えた焼き魚。副菜にキャベツとモヤシとベーコンの『冷蔵庫に有った』炒め物。味噌汁の具はじゃがいもとワカメ。食べ盛りには足りないかもしれないが、仕事後の急拵えなので許してほしい。
「今日の魚、かなり脂乗ってるぜ。美味い」
 真向かいでもりもりと白飯を食べる様子に勝手に安心した。
「明日の晩ご飯は何にしようかしら」
「食い終わる前に考える事か?」
「だって食べ終わったらお腹いっぱいで考えられないでしょ。今日が和食だから明日は洋食? あーでも明日は……麺類でも良い?」
「明日忙しいのか?」
「まあそんなとこ」
 実際は明日だけではなく今日も仕事を持ち帰ってきている。
 家で出来る事だから未だ良い。職員室や準備室で学校備品の資料を片手にする仕事は持ち帰れない。
 それ以上に学校でなくては出来ない授業の関係で明日は時間を取られるだろうと踏んでいる。教職は好きだが時間の無さだけはやはり辛い。
 1人で留守番をさせられない年ではない。だが親子の時間がもう少し位有っても良い。
 …っていうか、1人で留守番は別の意味で心配なのよね。
 思春期を過ぎて高校生となった男子が何をしでかすかわからない。品行方正ではないし、見た目にはガラが悪いし、同じく見た目だけだがやはりガラの悪い友人とつるんでばかり。
「どうしたんだよ、ボ―ッとして」
「え? 別に、何でもないわよ」
「醤油は掛け過ぎるし、先刻は味噌汁を爆発させちまうし」
「味噌はうっかりしただけ」
「疲れてんのか?」
 からかっているのではなく心配してくれている。嗚呼やはり、自慢の息子だ。
「……そんな事無いわよ。何でアンタに彼女が出来ないのかなーって思ってただけ」
 こんなにイケメンなのに! って思うのは親の贔屓目?
 父親に似ているとは思うが、自分とジョセフとを足して2で割ったというよりも、ジョセフのような魅力的な外国人男性に日本人女性の良い要素――自分に有るとは言わないが控えめ、大和撫子といった雰囲気の――を少しばかりプラスしたような。
「アンタいっつも億泰と遊んでばっかりで女っ気全然無いんだもの。億泰に彼女が居ないのも問題なのかしら? 康一君はほら何て言ったっけ? 彼女が居るじゃあない」
「由花子」
「そうそう、由花子ちゃん。何回か見ただけだけど美人よね。背も高いし、アンタもあんな感じの彼女作ったりしないの?」
 170cmまではいかないだろうが日本の女子高生にしては随分背が高い。あの位の背丈が有れば仗助と並んでも見映えが良いだろう。
「いやあ由花子は見た目は美人だけどよォーアイツが彼女っつーのはなァー……アイツと付き合うのは康一以外無理だぜ」
 中身に難が有るのだろうか。いかにも上品そうな、清楚な印象だったのだが。
「俺は彼女作るより友達と遊んでる方が楽しいから良いんだよ」
「そういう考え方は中学生で卒業するもんじゃあないの?」
 寧ろ今なら中学生で初めて彼女が出来たりするのでは。未来には小学生でも恋人が居ますとなったりするのでは。
 そう考えると自分が大恋愛をしたのが10年以上前の時代で良かった。
「私は高校の頃からモテたけど」
「そうなのか?」
「何その疑いの眼差しは! モテモテだったわよー中身も何も無い誘い文句に乗るような女じゃあなかったけどね。男女交際なんてのは大学に入ってからでも遅くはないのよ」
 嗚呼そうだ、今でも鮮明に思い出せる。教師を目指して大学に進み、そこで劇的な出会いが有った。まさに運命、世界で1番燃え盛った大恋愛。
 大学で生き甲斐の職も愛する我が子も手に入れた。仗助に受験の話をするのは未だ早いかもしれないがとても大事な事。雪が降り始める頃にでも真剣に話し合おう。
 仗助はもうそんな年なのか。あれからもうそんなに年月が経過しているのか。ジョセフにさよならと別れを告げられてから。
 「また会おう」ではなく「さようなら」と言われたあの日から。
 だから本当はわかっていた。もう2度と会えないという事を。それでも良い、なんて思った事は無い。誰よりも愛していたし、今だって深く愛している。
 もう彼に会う事は無いのに彼以上に愛する人に巡り会えるとも思えない。仗助を可哀想な子供だと見下していた人々は今なら自分を可哀想な女だと思うのだろう。
 青臭い女子大生の頃ならば未だしも、今も未だ再会の抱擁と愛の言葉を夢見ているなんて正気の沙汰ではない。早く目を覚ませと、悪い魔法から解かれるんだと直接言われないのが可笑しな位だ。
「大学楽しかったのか?」
「え? 何よ突然」
「突然でも何でもねーだろ、大学に入ってからって言ったのはそっちだぜ。で、どうだったんだよ」
「楽しい楽しくないで決める所じゃあないわよ、大学は。将来何になりたいかで行く学校が変わるんだから」
 高校のように入れる所の中で最も通いやすい所、というのは宜しくない。
 何故なら今は母子家庭。稼ぎ手は朋子1人。父の遺産や保険で貧しい思いはしないし大学にも入れてやれるが、しかしそこで学ぶ物が無いというのは許されない。
「将来何になりたいか、なあ……」
「未だわかんないか」
 小学校低学年の児童が思い描く将来の夢ではないのだから。
「取り敢えず大学生にはなりてーな」
「それは大事ね」
「でもって……うーん……」
「何よ、何か有んの?」
「どうせなら億泰と康一と同じ所通いたいなって。ただ億泰はあんまし頭良くねーから大学入れないかも。で、康一は多分由花子と同じ大学に行こうとするだろ? 正しく言うと由花子が康一と同じ所に進学したがる。でも由花子の性格だから康一が適当に入る偏差値低い大学じゃあなく、自分が入れる頭良い所に康一を、ってお勉強が始まるわけだ。そこに億泰は行けなさそーだし、俺だって行けないかもしれねーし、どうしたもんかなあって」
「アンタねぇ、友達で進学先決めるんじゃあないわよ」
 仗助はムッと唇を尖らせてから味噌汁を飲んだ。はいもいいえも言わない為に、味噌汁椀で口元を隠した。
「勘違いすんじゃあないわよ」
 友達なんて大学でも出来る、という意味では決してなく。
「違う大学に進学したって、誰かが進学しないで就職したって、アンタ達はちゃんと『友達』やっていけるでしょ?」
「……ン」
 言われて嬉しいがその通りだと言うのは恥ずかしい、といった謎の相槌。
「誰かが凄い良い大学に行ったり就職したり、アンタがうっかり落第するかもしれない」
 留年は経済的な意味で勘弁してほしいが。
「でも、そういう事も有るもんなのよ。人生ってのは思い通りにいかないもんなの。それでも不貞腐れちゃあ駄目」
 恐らくこれは自分に、大学生の頃の自分に言っている。
 愛し合ったと思っているのは自分だけ、手酷くフラれたわけでもないのにもう会えない、父親の居ない子供の母親になる――何もかもが信じられなくなる事が多々有って、それを思えば大学生活は楽しかった等とは言えない。だがやはり人生は捨てたものではない。
 そんな事を息子と話し合う、平日の夕食。


2020,06,10


ヒッキー合わせしようぜ!とカラオケの履歴を見てFlavor Of Lifeで書いてみる事に。
利鳴ちゃんお好きな曲との事ですが何故かこんな仕上がりに。すまねぇ。
もっと好きなBLカプで青春物を書きたかった筈なのに…直訳すると生活臭か?とか思ってしまったばかりに…
<雪架>

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