仗露 全年齢


  ほうき星とながれ星


 夏休みでも部活動等が有るので学校に誰も居ないという事は無い。昼間に限り。日付がもうすぐ変わるという頃合いになれば夏休みだろうが何だろうが人は居ないし、どこもかしこも施錠されきっている。
 スタンドでドアを壊して中に入り、それを『元に戻す』能力で正門と正面玄関と屋上へ続くドアを突破してきた。
 万が一人に会ったらどうしよう。それは岸辺露伴の方のスタンドが何とかする。
 その約束が無ければ東方仗助だって了承しなかった。寧ろそれだけの条件で飲むなんてと階段を上りながら若干の後悔をしていた。
 ドアを開け夏の夜特有の暑くも寒くもなく地域柄未だ乾いている部類の風を浴びた時にその考えは吹き飛んだ。案外に悪くないとまで思いながら屋上のフェンスに手を掛けて眼下を眺める。
 夜景と呼ぶには流石に質素だが、この時間でも未だ起きている家庭や営業している店が有るので『町明かり』はとても綺麗だった。
「何故下を見ているんだ?」
 後ろから露伴の声がしたので振り向く。彼は屋上の丁度中央に当たるであろう場所で腕組みをしている。
「星を見に来たのだから空を見ろ」
「ああ、そういう」
 気持ちが下向きになっているとかそういった説教を喰らうのかと思った。
 2人きりになった途端に自分の方が偉いと思い込み学生に説教をしてくる大人は格好悪い。
 尤も露伴の場合は自分と2人だろうと他に誰が居ようと態度に変わりは無い。大きいの部類の態度ではあるが、ぶれなさという意味だけではまぁ気に入っている。
 言われた通りにするつもりは無いが仗助は空を仰ぎ見た。
 曇り空と呼ぶ程ではないがぼんやりとした雲が幾つも浮かんでいるので満天の星空とは言えない。
「……いや、ただの星じゃあなくて流れ星を見に来たんだよ。未だ時間じゃあねーし」
 向き直ると露伴は腕を組んだまま空を見上げている。
「流れ星を見たがるなんて露伴センセーらしくないよなあ」
「おい仗助、流れ星じゃあなくて流星群だ」こちらを見向きもせずに「まあ群じゃあなくても、単独でも流れ星が見られるなら僕は構わないが」
 流星群は降る日時も方角が予想されてテレビでも大々的に報じられるが、流れ星はいつどこで見られるか予想も出来ない。流星群よりも流星1つの方が見るのが難しく、希少価値が高いかもしれない。
 どちらにしろ星を見たがるとは露伴にもロマンチストな一面が有るようだ。
「しっかし流星群を一緒に見るなら何で康一を呼ばねーんだ? オメー康一大好きだろ。それともあれか? 俺の事も好きになったか?」
「康一君には恋人が居るからな」
 お前は恋人も居ないし康一の予備という補欠枠だ。ダメージ2倍に換算される一言。
「山岸由花子は少々激し過ぎるタイプだが、言い換えれば情熱的だ。きっと康一君と2人で今日の流星群を見るべく計画してきただろう」
「してそうだな」
 少々では済まない過激さだがあれだけ美人の彼女に誘われていれば、自分達野郎数人が後から声を掛けた所で何も響くまい。
「そこで俺ねえ……お前オトモダチ居ねーのかよ」
「居ない」
 先程から即答が続いている気がした。
「友達なんてものは不要だろう。康一君は信頼の出来る親友だから別として、世間一般で言う友達とは何だ? 暇な時間を潰す相手だ。お前と億泰を見ているとそれがよくわかる。僕には暇な時間という物が無いから友達もまた要らない。まあ友達は面倒臭いだけの親戚と違って増やさなくて済む、切り捨てる事だって出来る辺りは優れているな。僕に必要なのは友達じゃあない、読者だ。あとはその読者に僕の漫画を届ける編集や出版社、本屋なんかの人間も必要だ。今なら電子書籍化する為の人間も必要だが、フルカラー化と称して勝手に僕の原稿に色を付ける奴は気に食わないな。通常の2色原稿とカラー原稿では描き方が変わってくる。最初からカラーにする原稿を、と言えば相応しい物を用意してやるのに。寧ろ僕自身が塗ったって構わない」
「へーへー、仕事熱心な事で」
 確かに最近漫画をパソコンで読む事が出来るらしいが仗助としてはよくわからない。
 ただ友人が少ない事実を認めている事、本当に負け惜しみではなく純粋に友達を欲していない事はわかった。親戚に至っては面倒臭いとまで思っている事も。
「その仕事に活かす為に流星群を見に来たってわけか」
「ああそうだ。流れ星を確定で見られる流星群、絶対にこの目で見てやる。星が地球の大気圏に突入し燃え尽きる瞬間だ。つまり星々が大量にその生を終える姿が空に溢れる。見ないわけにはいかない」
 言い方1つで流星群も不謹慎な物に変わる。
「確かに星が燃える瞬間だけどよォ。俺この前流れ星見たけど、そのまんま消えちまったし」
「……流れ星、見た事が有るのか?」
「有るぜ?」
 露伴は仗助の顔を見て、先程まで星を探していた目を丸くした。
「先月億泰とオーソン向かってる時に「あーオーソンの看板だなー」って思って見てたら丁度その上を流れ星がヒューッて流れていった」
 擬音を使って話したが、見た目はまさにそんな感じだったと今も思い出せる。
「消える時? 消え方? そういうのは確かに燃え尽きる! って感じだったな」
 見た者に鮮烈な印象を残す死にゆく姿。
「俺も億泰も初めて見た。本当に一瞬で願い事は出来なかったぜ」
「友達と居た意味が無いな」
 流れ星にその感想を抱けるのはある意味凄い。
「今日の流星群にテレビで見た尻尾出してるみたいにずーっと消えない星も有るかもしれねーから、そいつに願い事をしてやるから良いんだよ」
「尻尾を出している星? 彗星の事か?」
「水星?」
「俗に言う『ホウキ星』だ。あれは流れ星じゃあないし流星群に混ざる事は先ず無い。簡単に言えば流星は消える瞬間で彗星はそういう形の星だ」
「へえー……」
 星についての知識が増えた事に対する感嘆ではなく、露伴が星に詳しい事に対して驚愕と感心をした。
 リアリストを体現したような言動ばかりだというのに。否、漫画という世界を創る人間らしいとは言える。
 夏らしい涼しげな服装で腕を組んでいる姿は夜空に映えているので、彼の望む星空であれば尚良いのにと惜しくすら思った。
「ホウキ星はホウキ星で珍しいよな?」
「願い事をしても叶わない程度にはな」
 前言を撤回しこのまま曇りに曇って雨でも降ってしまえと思っておく。
「肉眼でホウキ星を見る事は先ず無理だろう。それに僕が見たいのは流れ星だ。星の最期だ。流れているように見えれば良いってもんじゃあない。死ぬ星の生きていた所を見たい」
 死んだ者は蘇らないように、消えた星はもう見られない。
 まして星は遠く離れた所で輝き、自分達地球に立つ人間が見られるのは気の遠くなるような時間を掛けた先だ。漸く1つ見えた気がしなくもない星――流れ星ではない――も今はもう滅びてしまっているかもしれない。
 確かに存在した星の光をこの目に焼き付けたい、と言えばもっとずっと聞こえが良いのに。
「少し離れているからも有るが、マンションの高さは気にならないな」露伴は視線を町でも1番高いとされるマンション、それからその近くのカメユーデパートに向け「ここにして良かった」
 ほんの少し、気の所為かもしれない程度に微笑んだ。
「……あ、デパートの屋上ならお前のスタンドだけで入れたんじゃあねーの?」
 適当な従業員を捕まえさえすれば露伴のスタンド能力で鍵を開けておかせる事が出来る筈だ。
「なのにわざわざ俺に学校の屋上に上がらせろって頼むって事はやっぱり……いや何でもない」
 そろそろ否定され続けるのも虚しい。
「何せ俺はお前の友達じゃあないみたいだし」
「お前もしかして僕を自分の友達だと思っていたのか?」
「いや……そりゃあなんか違うな」
 友達という括りではない。それは康一や億泰に当てはまる。露伴の言葉を借りれば親友と呼んでも過言ではない。となると彼ら程近くはないがよく話をするクラスメイト辺りが友達と呼べる。
 自分にとって岸辺露伴は友達以上に近い存在で、しかし友達と違って仲良く話していたいとは思えない。ようは好きではないのだ。だが不運な目に遭わないでくれとは思うし何か有ったら必ず助けるとも思っているだけに厄介だ。
「腐れ縁?」
 声にしてみたが違う気がする。未だそれ程長い付き合いでもないし、偶然が重なって何か有ったわけでもない。
「僕はお前を仲間だと思っている」
 一体どういう関係だろうかと手をこまねく前に露伴がピシャリと言った。
 だから大事だ等とは続かない。向こうも好意的には思っていないのだろう。だが、それで良い。
「じゃあ今後は俺もそう思う事にするぜ」
 親戚と違いいつでも切り捨てられるようで、友人と違い好感を持てなくなってもすぐには離れられない。嗚呼、何と丁度良い言葉だ。
 本来ならば仲間同士の絆がどうこう有るのだろう。それでも1度きりの人生、好きでもないのに流星群を共に見る仲間が1人位居ても良い。


2020,01,10


「次はカラオケの履歴1番上の話書こうぜ」と言って履歴を見たらまさかの三代目JSB(好きなアーティストです)
実は発売当初に別の箇所・別ジャンルで書いたんですが、全く違う話に仕上がったのでそのままWebに上げる事にしました。
仗助ならランニングマン踊れるんだろうなぁ…あれ意外に大変よ…私運痴なんで…
<雪架>

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