シージョセ 全年齢


  幸せは無い


 日差しがどんどん夏に近付いている。そんな中『透明な赤ちゃん』を外へ連れ出すのは良くなかっただろうか。
「でも、喜んでおるようじゃしのぅ……」
 ジョセフ・ジョスターは滞在するホテルの近くの公園の、辛うじて木陰になっているベンチに座り、1人呟いた。
 傍から見ればボケ老人の独り言だろう。
 しかし両手の中には見えないながらも赤子が居る。
 スタンド能力でその姿を見せない赤子は、それでも暑さの間を抜ける風に喜びきゃっきゃと声を上げていた。
 少し離れた滑り台には何人かの子供が居る。
 はしゃぎながら交代で滑る姿は見ていて微笑ましく、もう何年もしないでこの手の中の子供もその輪に加わる事を思うと――不安だった。
「早くスタンドをコントロール出来るようになると良いんじゃが……」
 この言葉も伝わっているのかわからない。
 それでもジョセフの物言いが心配気なそれだと気付いたのか、赤子ははしゃぐのを止める。
 ピタと止まり何かを眺めているような雰囲気。肌に悪いからと化粧をさせてこなかった事を悔いた。
 これだけ日光が眩しいなら、サングラス位は掛けさせてくるべきだったかもしれない。
 バスタオルで急遽作り上げたおくるみ1つ。その方が涼しそうだ、と言い訳をして。
「それにしても暑いのぅ」
「だったらその厚着、止めた方が良いんじゃないんスか?」
 急な声に驚き慌てて――といっても老人特有の緩慢な動きで――振り向くと、そこには東方仗助が居る。
「やぁ、元気にしとったか?」
「待ち合わせしてんのにその返事は可笑しいだろ……元気っスよ、遅れてすんません。いや充分早く着いたつもりなんスけど」
 片手にコンビニ袋を提げた仗助は、そのままどっかとジョセフの隣へ座った。
「で、暑いなら脱げば良いと思うんスけど」
 自分こそ休みの日にも学ランじゃないかと言いかけたが。
「年を刻んだ肌は人には見せられんよ」
 皺だらけにシミだらけ、日光浴も程々にしなくてはその紫外線で肌が更に死ぬ。
 折角身に付けた波紋の呼吸を全く活かさなくなったのは、果たしていつからだったろうか。
「名誉の負傷でもしてるんスか」
「そりゃわしも若い頃は聞いて驚く冒険活劇をしたもんじゃよ」
「はいはい、エジプトの話」
「更に前の話も有るぞ。わしがお前位の……もうちょっと後じゃったかな? 何せまぁ左手も吹き飛ぶ程の激しいバトルじゃった」
「そりゃあ凄ぇ壮絶な作り話っスね」
「おいおい本当に吹っ飛んだんじゃぞ? これは義手じゃ」
 仗助が目を丸くした。
「義手……」
 指差してきたので義手である左手をわきわきと動かして見せる。
 流石世界最先端最高峰の技術、こうして手袋を嵌めていれば誰も義手と気付けない。
「……治して、みますか? そんな昔のまで治せるか、自信無ぇけど」
 仗助の目線の落ち着かなさに『反省』の感情が混ざっているので、ジョセフはにこやかに笑った。
「こっちの手の方が付き合いが長いんじゃ。3倍位かの? 今更普通の手には戻りたくないわい」
「そうっスか……まぁでも、義手が壊れたら直せる範囲で直してやっから、すぐ言って下さいっス」
 照れる様子が可笑しい。
 流石自分の子だと誇らしくも思う。

「見えないけど連れてきてるんスよね?」
 仗助が手元のバスタオルの塊、もとい即席おくるみの中の透明な存在へと目を向けた。
「ちゃんと連れてきとるぞ」
 何せ透明な赤ちゃんと共に外に来てほしいと仗助から電話が有ったのだ。
 素直に嬉しかった。こんな複雑な事情を飛び越えて会いたいと思ってくれるなんて。
 自分ではなく透明な赤ちゃんに会いたいだけだとしても構わない。彼女も見えないながらも笑っているに違い無い。
「俺が小さい頃に遊んでたっつーか遊んでもらってた物が有った……ちと出てきたんスよ」
 それを入れてきたコンビニ袋を高く掲げ、仗助は自分の膝に置き中身を取り出した。
「シャボン玉……じゃな?」
 派手なピンク色のボトル、そして緑色のストロー。典型的な子供向けのシャボン玉キット。
 アメリカにもシャボン玉は有るのか、その年で知っているのか、とからかいながらボトルのキャップを開ける。
「この子には未だちと早そうじゃが……間違って飲み込んでしまったら大変じゃし」
「だから俺が吹くんスよ。ボケたじーさんにも吹かせねぇからな」
 自分は飲み込んだりしない、と自信を持って言えないのでジョセフは見守る事にした。
 仗助の成人同然の手にシャボン玉の容器はかなり小さく見える。
 アンバランスで面白い。日本のコミックに出てくる不良そのものの格好をしておきながら、玩具で赤ん坊をあやそうとしているのだから。
 ストローへふぅ、と息が吹き込まれた。
 吹き口から大量の小さなシャボン玉達が飛び出してくる。
「おぉ……!」
 ジョセフの口から感嘆の声が漏れた。
 何がどう起こるか、わかりきっていた筈なのに。
 小さな泡の玉は目の前を横切り、角度を緩やかに変えて上へ。
 大した風も無いのに大半は空を目指すより先に割れてゆく。
「あ、ぶ、きゃ」
「おぉお! 見ろ、喜んでおるぞ!」
「見えねぇよ」
「しかしもう少し優しく吹く事は出来んかのぅ。小さいしすぐに割れてしまっとるじゃあないか」
「こっちは10年振りだっつーの! やべ……10年前のシャボン液って腐ってたりすんのかも……シャボンっつー位だから平気だよな……」
 片目を瞑りピンク色の容器の中を覗き見た。
「赤ちゃんが早くまた吹けと急かしておるぞ」
「はいはい、わーったよ!」
 ジョセフには怒るが赤子には怒らない。
 再び勢い良く、今度は赤子の顔辺りを目掛けてシャボン玉を吹き掛ける。
「うぅーむ……喜んでおるが、10年も前のシャボン液を触って大丈夫なもんかのぅ……」
 シャボン玉がすぐ割れてゆくので恐らく赤子が触っているのだろう。
「文句ばっかの偏屈じーさんだな……良いんスよ、シャボン玉ってのは、そうやって遊ぶもんだからよ」
「確かに小さい子は皆シャボン玉が好きじゃからのう。ホリィも幼い頃はよくシャボン玉で遊んでくれとねだってきたもんじゃ」
「へぇ……もしかして、承太郎さんも?」
「勿論じゃ、大喜びしておったぞ。割れないシャボン玉で遊ばせたら、ずっと頭にハテナマークを浮かべてたもんじゃよ」
 どんな想像したのか顔をニヤつかせている仗助が可笑しい。

「しかし何で皆、こんなにシャボン玉を好きなん――」
――嗚呼、答えは1つしか無かった。
「……わしがシャボン玉を好きじゃから、じゃろうなぁ」
 儚く強く美しく、そして誇らしい。
 ジョセフにとっては何よりも大切な友情。
 加齢に任せて悲しい別れを忘れてしまおうと思った事も有った。しかし共に過ごした短い日々を忘れられる筈が無い。
「へぇ、シャボン玉好きなんスか。俺も何か知らねーけど昔っから好きで。10年振りに遊ぶってのに、何だか楽しかったりして」
 容器の中でカチャカチャと泡立て、今度は静かにゆっくりと息を吹き込む。
 手の中で赤子は喜びの声を上げている。姿は見えないし日本人なので全く違う容姿をしている筈だが、半世紀以上前の事なのに子育て当時の記憶は鮮明に蘇った。
「生まれたてのホリィを見せたら、何と言ってくれたかのぅ……」
 可愛いのはスージーQに似ているからだとか、逆に生まれたてなら猿のようでお前に似ていると笑うのか。
 それこそシャボン玉を見せて遊んでくれただろう。
 ジョセフは有りもしない過去に目蓋を伏せる。
「じ……ジョースター、さんよぉ」
「何じゃ?」
「そんなに好きなら、ちっと位なら吹いても良いっスよ」
 万が一飲み込んでも、隣に居るから吐き出させられる。中毒はスタンドでは治せないかもしれないが、そうならないように隣で見張っているから。
 優しい子に育った仗助に、ジョセフは首を左右に振った。
「わしは近くで、人に吹いてもらうシャボン玉が好きなんじゃ」
「そうっスか」視線を落とし「アンタは未だ駄目。今は見て触るだけな」
「友達の、お……何と言ったかの? お、お……?」
「億泰か?」
「そうじゃ、億泰君じゃ。友達じゃろ?」
「友達っつーか親友っつーか仲間っつーか相棒? 最初会った時はヤバい奴かと思ったけど、馬鹿だし気は合うし面白ぇ奴っスよ」
「仲良くするんじゃよ」
 すぐ横で仗助は何を今更、という顔をしているだろう。それを見ずにジョセフはまるで眠るように深く目を閉じたまま。
「出会いは最悪でも、年や体格が近くて同じような能力(ちから)を持っておって、背中を預け合えるような、肩を組んで笑い合えるような……そんな『友達』は大事にしとくもんじゃ」
 空を仰いでから目を開ける。遥か遠くの空の彼方へ、日光に照らされキラキラ輝くシャボン玉は昇ってゆく。
 追悼なんて湿っぽい物ではない。空の上の友に、如何に自分が今幸福であるか見せていた。
 誰のお陰だ、なんて感謝の言葉を口にしたら「らしくない」と笑われてしまうだろう。
 自分の子供の隣に座り、その命を賭してまで自分を生かしてくれた『友達』を想う。
「きっと、これ以上の幸せは無いんじゃろうなぁ」


2017,04,02


何という二番煎じ。しかも好きなカプを色々詰め込もうとしたらカオスになった。
しかし此の流れ、6部(未読)はエルメェス×除倫にハマったりするのでしょうか。
<雪架>

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