承仗 全年齢


  つぎにあうやくそく


 承太郎は母がアメリカ国籍でイギリスとイタリアのハーフだが父は日本人で生まれ育ったのも日本。なので仕事で日本に来た時には和食を食べる。
 半日以上の空きが有ればM県S市まで、杜王町まで来て年下の叔父の仗助と共に。
 先の殺人鬼を追う夏の大冒険の後、もう会う事は無いと思っていた。だが仕事で日本に行く事が増え、それならばと自宅の電話に連絡して仗助と顔を合わせる事にしていた。
 女子供ではないので土産を用意するより、学生同士では入れない高級飲食店へ連れて行く方が喜ばれると踏んで。
 ホテル内に有る、和食と言えば首都よりも更に日本らしい料理を出しそうなイメージの有る京都の老舗がプロデュースしているレストラン。
 繊細過ぎる前菜の盛り合わせ、透明な色に反してしっかり旨味の有る澄まし汁、見事な3種類の御造りも食べ終え、次の主菜が運ばれてくるのを待ちながら。
「いや本当美味いっスね」
 仗助は実に美味そうに食べる。見ていて気分が良い程に。まして食べ方が綺麗だ。箸の使い方は正しいし、口に入れている時は喋らない。店員への態度も理想の客と呼べそうな程。
 あの若い母親の教育が良いのか、亡き祖父母の愛か。
 運ばれてきたメイン料理は蟹。果たしてこれも綺麗に食べられるのか、と挑まれているようだ。
「承太郎さんって和食好きなんスね。パンとか食わないんスか?」
「向こうに居る時は常に食っている」
「あ、そっか。やっぱり本場のパンって美味いんスか? いや、アメリカが本場なのはパンじゃあなくてハンバーガーか。パンはフランス? ドイツ?」
「発祥はポルトガルらしい」
「へェー」
「……パン、好きなのか?」
「んー、手軽に食えんのが良いっスね。買ったらその場で食えるし、菓子パンでも調理パンでも、食パンだってそのまま食っても良いし。やっぱり米の方が好きっスけど」
 食べ盛りで育ちざかり――高校生にしては充分大きいが、孫にまで遺伝する実父の背の高さを考えると未だ伸びしろが有るだろう――としては『食べやすさ』は重要なようだ。
「コンビニのパンは持ち歩けるし、パン屋のパンは本当美味いし。おにぎり屋ってもっと街ん中まで行かないと無いんスけど、パン屋なら商店街とかに結構有って、学校からの帰り道にも有ったっス」
 学校帰りに友人と買い食いして歩く姿が目に浮かぶ。
「……過去形?」
 それも言葉尻がどこか寂しさを含んで聞こえた。
「過去形っスね、すっげー気に入ってたパン屋、長期休業ってやつなんで」
 休みが明けるのが待ち遠しいというよりも。
「一層閉店って言ってくれちまった方が諦めもつくんスけどねぇ」
「何だ、そんなに長い期間休むのか」
「それが……分からないんス」箸置きにそっと箸を置いて肩を落とし「張り紙には『長期休業します、ゴメンなさい!』って、女子が描く顔文字みたいのと一緒に書いてあっただけなんで」
 何ヶ月も、何年も待った挙句に閉店してしまったら悲しい。そのやきもきしながら待つ分が最初から無い方が、飛行機に乗らなければ行けないようなうんと遠くに移転する方がどれだけマシか。
 店長の病気が理由ならそれが治るのを、原料が入手困難なら不作が過ぎるのを待つが、期間も理由も分からなければやがて何もを待っているのかも分からなくなってしまう。
「はぁー……あのパン屋を思い出すと、切ない恋心みたいな気分になっちまうんス」
 何を言っているんだと笑い飛ばす事は出来ない。
 想い人に恋人が居れば叶わぬ恋だが、遠方に越して年数回は会えるのなら、それは玉砕覚悟で交際を申し込める余地が有る。しかし次に会えるのがいつか分からないとその覚悟は宙ぶらりんになってしまう。
 手紙や電話で愛を伝えて届くのだろうか。それよりも顔を合わせて恋愛に関係無い事でも同じ体験を共有する方が、精神的にもぐっと近づく。
 嗚呼、だからこうして日本に来る度に和食を堪能しようと、それを言い訳にして仗助と会っているのだ。
「どんなパン屋なんだ?」
「去年、いや一昨年? その位に出来たわりと新しいパン屋っス。1個1個が結構デカくて、パン生地自体が美味いんスよ。量り売りでちっこいやつも売ってて。高級な食パンとかサンドイッチとかはやってないんでサンジェルメンのが強いっつーか」
 だから買い支えていたのに、と悔しそうな口振り。それ程に、嫉妬心を抱きそうな位にパン屋は気に入られていた。
「あと遅い時間に行くと福袋やってたっス」
「福袋? パンのか?」
「ようは売り切りたい詰め合わせなんスけど、見えない紙袋に沢山入ってて何が出んのか分かんねーやつ。量的には絶対損しない、そもそもあの店どのパンも美味いから俺としちゃあ大当たり、名前通りの福の入ってる福袋だったんス」
「今度土産に買ってくる」
「へ?」
「生地の美味いパン屋を探して、美味そうなやつを幾つか見えない紙袋に入れて。アメリカにもパン屋は幾つも有る。俺はあんまり行かないが、探してくる」
「それって、また来るって事っスよね?」
 こちらを見て2度瞬きをした仗助が、会ってすぐの時のような輝きに満ちた目を見せた。
「ああ」
「日本に、杜王町に」
「ああ」
「前以て電話くれて、何日に来るからって教えてくれて」
「それ以外に何の意味が――」
「また俺と会ってくれるって事っスよね!?」
 会えるのが楽しみなのは相手も同じ。
 そんな喜ばしい事が他に有るだろうか。
「仕事の進捗にもよるから次はいつとは約束出来んが」
「理由の分からねーパン屋と違って待てるっス!」
「パン屋と違って今月は無いのと、1番遅くても来年の3月までには1回以上来るって事も約束出来るぜ」
「よっしゃ!」
 本当は生まれ育った祖国なのだから里帰りと称してまとまった休みに家族を連れて遊びに来ても良いのだが。
 だが妻や娘に仗助の事を何と言おう。祖父が異国にこさえた認知外の私生児と何故親しくしているのかと問われると答えようが無い。
 スタンド使いの後輩だから、といった話をするわけにもいかないし、仗助以外のスタンド使いにはわざわざ会っていない。
 国に戻ってからパン屋を探す事だって、好きな相手でもなければわざわざしないだろう。


2023,11,26


承太郎さんだって仗助の事好きなんだよ!って小噺を書きたかった筈が、和食を食べながらパンの話をするちぐはぐ感を出したい小噺に。
活動休止であって解散じゃないもんって言い張ってたバンドが重要なお知らせを打ち出してくるの辛いよね、という話ではないです。
<雪架>

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