フーナラ 全年齢 ミスジョル要素有り


  ネアポリスのポルターガイスト


「フーゴがナランチャの部屋に泊まりに行く事も有るんですか?」
 ジョルノからの突然の質問にフーゴは戸惑った。
 この言い方、ジョルノはナランチャがフーゴの部屋によく泊まりに来ている事を知っている。
「答えたくなければそれで構いません」
「いや、そんな事は! その……有る、偶に」
 偶によりも更に少ない頻度だ。ナランチャが来る回数を考えれば。
「そうですか」
 根城にしているビルの階段を上りながらの雑談。
 何故急にそんな事を? それこそ今晩、2人共明日の予定が遅くからだからナランチャが泊まりに来るだろうと漠然と考えていた。
 それを見抜いているのか、ナランチャが行く予定だと話してしまったのか。後者かもしれない。ジョルノがチームに入って日は浅い方だが、ナランチャはよく懐いている。
「……何か、有った?」
「ナランチャとは何も有りませんが、よく泊めてもらっている人を逆に部屋に招こうと思って。そういう場合ここは気を付けた方が良いとか有ったら聞きたいんですが」
 そうは言われても。普通泊める側に聞くか、普段泊める際の注意点は、といった聞き方をするのではないか。
「気兼ねしないようホテルを取った方が良いでしょうか?」
 ジョルノが部屋に入れたくないのならそれも1つの手だ。しかし人を呼びたくないといったわけではなさそうだし、何と答えれば良いやら。
「難しい話だな……いや難しく考える事じゃあないか」
「呼んでしまえば何とかなる?」
 声の端に笑いを含ませながらジョルノは言った。
 きっとそうなのだろう。臨機応変な対応力の有るジョルノはその方が良い。フーゴの考え過ぎを移さない方が良い。
「泊めるのは──」
 事務所のドアを開けながら誰か聞くつもりだったのだが。
「はァー? それ幽霊かァー?」
 聞き慣れたナランチャの声で聞き慣れない言葉が、会議室とは名ばかりの休憩スペースで話されている。
「幽霊がどうかしたんですか?」
 休憩室ではナランチャと彼に幽霊と言わせた張本人らしいミスタが、チームメンバー6人全員でも使える大きさのテーブルに向かい合って座っていた。
「フーゴ、ジョルノも! お帰り」
「お疲れさん」
 ミスタがヒラヒラと手を振り、次いで甲を向けて手招きする。
 ジョルノを。ジョルノはテーブルの横を通りミスタの隣の椅子に座った。
 1人立っているのも何なのでフーゴも仕事道具の軽いが無駄に大きな鞄を持ったままナランチャの隣に座る。
「フーゴもジョルノもさ、ミスタん家(ち)に出るのが幽霊だって思うか?」
 どうやらミスタの家に出る、という話で盛り上がっていたらしい。
「マジで幽霊なんだって! 昼間は何とも無いけど夜になるとガタガタ煩くって、あーでも基本俺の部屋じゃあなくて隣の部屋な」
「隣の部屋? 幽霊が出るんじゃあなく、隣の部屋の人間が夜型にでもなったんじゃあないんですか、それ」
 確か前にミスタは隣人の生活音だか何だかが煩いといった事を愚痴っていた。
「反対隣がこの前引っ越してったんだよ。で、それからそこに幽霊が出るようになっちまった」
「新しく人が入ったんじゃあなく?」
「未だ空き部屋。お前幽霊が出る部屋に9万リラも払って住みたいか?」
 入居する時点では幽霊の有無はわからないのでは。
「えーオレ住んでみたい! いや、住むのはちょっと嫌だし家賃もそんなに払いたくねーけど、見てみたい!」
「ナランチャ……君はそんな非科学的な物に興味が有ったんですか……」
「だって見た事無ぇし! な、ジョルノも見てみたいよな?」
 ナランチャに至って明るく話し掛けられたジョルノは、しかし無表情のまま視線を外している。
「……僕は、遠慮しておきます」
「そうなんだよ、コイツそう言って俺ん家(ち)来なくなっちまったんだよ」
「え、ジョルノはもう幽霊見たのか?」
「見てはいませんが……」
 言葉を途中で止める。幽霊が苦手とは意外だ。
「何だよ、そんなに怖いやつなのかよ、ミスタん家の幽霊」
「怖いも怖いぜ、一昨日は寝てる時に電気がバチッて言ったし」
 それは幽霊でなくても問題が有るのでは。
「なぁナランチャ、お前のスタンドでババーッと一掃しちまってくれ」
「幽霊を物理的に解決しようとするのは――いや、スタンドはスタンドでしか倒せないように、物理攻撃の効かない幽霊にはスタンドで攻撃するのが正しいのか……?」
 非科学的な物に非科学的な物をぶつけるのは間違っていない気がしてきた。
 しかしそれならアパートメントごと破壊し尽くしそうなナランチャのスタンドより、直接殴れて応用も利くジョルノのスタンドの方が良い。が、ジョルノにその気は全く無いらしく、会話から1人抜け出たような雰囲気を醸し出している。
「ええとミスタ、夜になると煩いのも電気が異音を立てたのも、隣の部屋なんですか?」
「基本的には隣の部屋に居て、寝る頃になると俺の部屋にもちょっぴり入ってくる感じだな。音とあと気配がそんな感じだ」
 一晩中電気を付けておく事で幽霊を部屋に入れないという睡眠の質を下げる方法しか取れないようだ。
「フーゴ、ナランチャ、お前ら2人で幽霊退治してくれ」
「どうして僕が──」
「いいぜ」
 明るく朗らかな幽霊とは対極に居そうな声でナランチャが承諾してしまった。
「ぶっ倒してやる!」
「おう、今晩早速頼むぜ。泊まってってくれ。電気を消して幽霊を俺の部屋に呼ぶんだ。幾ら人が住んでないからって、勝手に隣の部屋には入れないからな」
「ミスタん家ってオレとフーゴとミスタの3人寝れる?」
「俺は今晩」親指で指し「ジョルノの部屋に泊まるから」
「僕の部屋には何も出ませんから」
 良いのか。
 人を泊めるにはどうすればと相談をしてきたジョルノも、家主不在で2人を泊める気のミスタも。
「幽霊怖いもんなー! 俺が一緒に寝てやるからなッ!」
 調子良くミスタがジョルノにがばと抱き付く。
 明るく振る舞う事で本当に耐えられない自分を誤魔化していたり、抱き付かれても顔を曇らせたまま何も言わなかったり、幽霊の出現はこの2人にとっては死活問題なのかもしれない。
「わかりました」
 相手の部屋に行くでも自分の部屋に呼ぶでもないが、取り敢えず今晩ナランチャと2人で過ごせる事は喜んでおこう。

 アジトから車で送った事、迎えに行った事も有るのでミスタのアパートの場所は知っている。
 今晩はアバッキオが任務で車を使うので歩く事になったが大した距離ではないし迷わずに辿り着けた。
 道中小綺麗そうな店で夕食を取った。2人で食事をする事は珍しくないが、全く知らない店というのは久し振りだ。初めてかもしれない。どちらかが知っている店が2人共知っている店、次第に馴染みの店と変わっていたのだと思うと感慨深い。
 そして全く知らないアパートというのもまた不思議な感じがした。家主に案内されているわけでも、中で待っているわけでもない。
「ここはミスタの隣の部屋。で、ここがミスタの部屋だな」
 隣の部屋と言っても幽霊が出る部屋ではなく、反対隣の人の住んでいる部屋。隣人とは挨拶程度の仲なので反対隣まで幽霊が出るのかどうかは聞いていないらしい。
 借りた鍵で早速入る。玄関は至って普通でそのままリビングへ。入ってすぐのスイッチで電気を付けるがここもまた『普通』だった。
 足の踏み場も無い程散らかっていてくれれば笑いのネタになるがそんな事は無く、かといってミスタらしさに欠ける程整頓されているわけでもない。
「……ん? 隣から物音がしますね。でもそっちは」微かに音の聞こえる壁を指し「人の居る部屋だ」
「じゃあ普通に隣の奴が立ててる音だろ」
 1人で暮らすには広い部屋だが壁が特別厚いというわけではないようだ。
「反対の、幽霊出る方からは音とかしない感じだな」
 だから大丈夫だろうと根拠の無い言い草でナランチャはテレビに向かうカウチに腰を下ろす。
 手にしたリモコンでテレビも付ける。壊さなければ有る物は自由に使って良いと言われてはいるが、流石に寛ぎ過ぎではないだろうか。
 初めて入る部屋――ナランチャは来た事が有るかもしれないが――で家主は不在で夜には隣から幽霊が入ってくる。この状況で緊張しないのは羨ましい。
「飲み物買ってくれば良かったなあ」
「そうですね、流石に勝手に飲み物まで飲むわけにはいきません」
「でもってこう暑いとアイス食いたいよなァー冷凍庫に入ってないかな?」
「勝手に食う気ですか」
「明日買って返すか金払うかするって」ぐっと伸びをして「シャワーどっち先に入る?」
 シャワーを浴びると湯だけでなくシャンプーその他も借りる事になるが、しかし暑い日中に外に出たので今日は入らないという選択肢を取りたくない。
「オレ先入って良い? あーそれとも一緒に入る?」
「なッ!?」
「いっぺんに入った方が水道代節約になるだろ? 多分」
「ああ……そういう……」
 何を考えたのだとニヤついてくれれば良いものの、本当に「そういう事」でしか考えていなかったらしくナランチャは「どうする?」と聞くばかり。
「……先に入って良いですよ」
「あータオルどうしよう? 借りて、洗う?」
「洗えば洗濯機まで借りる事になりますよ」
「じゃあ明日借りたって言えば良いか。何だか難しいなあ、ミスタが居ないのにミスタの家に泊まるのって」
「そうですね」
 寝室は見ていないが恐らくベッドは1つ――2つ以上有るのは可笑しい――でカウチもナランチャが使っている物1つ。3人以上で『寝る』事が出来ないので、2人に泊まってもらいたいなら自分が部屋を出なくてはならない。
 2人と言わず大勢を招いたのなら飲んで騒いでベッドもカウチも取れなかった者達で床に寝転がるのも有りかもしれないが。自分達に泊まってくれと言う位なのだから、そういった「友人の招き方」をしていそうだ。
「じゃあオレ先に入っちまうから」
 1度うんと伸びをしてからカウチを下り、ナランチャは物珍しそうに辺りを見回しながらもバスルームへと向かった。
 フーゴは取り敢えず自分は見る気が無いのでテレビを消す。次いでナランチャのように辺りを見回す。
 壁は汚れていない。しかし念入りに掃除をされているわけでもない。時計やカレンダーで生活感が有る。気に入った絵画を飾る趣味は無さそうだ。そうしている間にバスルームからボイラーと水音が聞こえてきた。
 キッチンダイニングを見てみる。洗い物を溜め込まない主義か丁度洗った後なのかシンクの中には何も無く清潔で、しかしダイニングテーブルには空のコップが1つ置かれている。
 中身は入っていない。飲んだ後なのか、何か注ごうと思って出しただけなのか。冷蔵庫の中身を見れば推測出来そうだが、そこまでする必要は無い。
 これだけ生活感が有ると旅先の宿には思えない。自分の家とは違うしナランチャの家とも違う他人の家。嗚呼だがもし、2人で暮らしたら? 案外こんな形に落ち着いたりするのでは――
 何を考えているのだろうとフーゴは首を左右に振った。
 自分達は親しい。仲間を超えた関係。だが『恋人』とは違う、と思う。
 恋人が交際の申し込みと受諾を経てなるなら違う。肉体的な関係が有るならば、という定義でも違う。想い合っているという点は恋人に近くとも、未だその関係ではない。
 いずれそうなりたい。
 だがそれは今ではない。何せここはミスタの部屋だ。どちらかの部屋でも2人にとって記念の場所でも女性なら喜びそうな景色の良い飲食店でも何でもない。しかも訪れた目的は幽霊の調査。
 どちらかが借りる事になる寝室も見ておく。閉まっていたドアを開けるのは何と無く気まずかった。
「これは……」
 またコメントのし辛い部屋だな。
 至って普通の寝室。今朝も寝て起きた跡が有りつつ、今まさに人が居たという感じは無い。当然のようにベッドは1つ。クローゼットは閉じられている。
 窓の位置とベッドの配置からして朝日が差し込むとさぞ眩しいだろうなと思ったが、リビングのそれよりも高価な遮光カーテンを使っているようだ。質も色柄も良いな、と触ってみた。
「……ん?」
 ナイトテーブルの上に本が置かれている。聖書だろうと思った――熱心なタイプには見えないが、縁起の良し悪しで置く事位はしそうだ――が、よく見ると違う。
 超常現象の本……?
 手に取り表紙を見てみると小説ではなく、小説や映画等のフィクション作品で起きるポルターガイストやサイキックを考察する本だった。
 何とも似つかわしくない。こういった本を読んでいるから身近な所で心霊現象が起こると錯覚してしまったのではないか。
 栞の挟まっている箇所を開きざっと目を通した。栞はステンレス製で子猫のシルエットをしている可愛らしい物で、この栞がまた似つかわしくない。アジトの敷地内に住み着いている野良に似ている気がする。
 ……意外に面白いかもしれない。
 非科学的だと言いながら起こす為にはどうすれば良いか、実際に起きたらどうなるかを検証する本。実験と称して筆者チーム――複数人で書いている――で行ってみたりと、架空の話を馬鹿にするつもりは無いらしい。
「フーゴ?」
 突然名を呼ばれ驚いて振り向いた。
「居た居た」
 空耳ではなく実際にナランチャに呼ばれていた。風呂上がりのナランチャは腰にタオルを巻きスリッパを借りただけの姿で、ざっと拭いただけらしく未だ雫を滴らせている。
「幽霊に連れてかれたとかじゃあなくて良かったぜ」
「そんな非科学的な事有るわけないでしょう」
 非科学的な事に対して無理矢理科学を向けようとしている本を元の位置に戻した。
「幽霊って連れてけないもんなのか?」
「体1つ引っ張って何処へ運ぶんだ、という話になります。肉体から霊魂を引き離す、殺すという事なら幽霊にも出来るかもしれませんが」
「そっかー死んでなくて良かった! で、幽霊居た?」
 コイツ、よく分かってないまま返事をしているな……
「寝室には居ないようです。ただ夜中は寝室でも物音が聞こえ気配を感じるそうだから、未だ出てきていないというだけかもしれませんね」
 もう夜と呼ぶのに充分な時間だが、それでも心霊現象らしい事は一切起きていない。電気を付けて明るいから、だろう。
 2人以上居る場合には出ないのではとも思ったが、ジョルノが来ていた――幽霊を境に来たがらなくなった――事を考えれば違う。
「風呂場にも居なかったぜ。だから安心して入ってこいよな」
「わかりました。ドライヤーは? 僕が風呂に入っている間に使いますか?」
「そうする。あー、何か水の流れって言うのか? 排水あんまり早くないから出し過ぎない方が良い。この辺皆そうだろうけどさ、フーゴん家(ち)はよく流れるから、同じように使わない方が良いぜ」
「気を付けます。でも君も、それを他の人に言うのは気を付けて」
 何故に、と首を傾げているので互いに泊め合う仲だとナランチャの方からジョルノに話したに違い無い。

 風呂もまた至って普通だった。
 普通と違う点を挙げるなら、ナランチャが使ったバスタオルの他にもう1枚、すぐに使えるようになっていた事位か。
 シャンプーが2種類有るのも普通とは違う。コンディショナーが有るのは帽子に収まる位の短髪でも使うからだとして、そんな短髪が使い分ける物なのだろうか。そしてどちらを借りて良いのだろうか。
 頭を洗っていると背後に気配を感じる、というのはよく有る。誰にでも有る。
 だから気にしないでいた。というより気配等感じなかった。
 確かにナランチャの言う通り排水が余り良くないのでパイプ洗浄を怠っているなとか、その割には風呂自体は綺麗に洗ってあるなとかを考えながら浴室を出た。ここにもやはり気配等は無い。
 バスタオルで体を拭き、寝間着になる物を持ってきていないしそれを借りるのも躊躇いが有るので取り敢えず着てきた服を持ち、バスタオルを巻いてリビングへ向かう。
 ナランチャが心配だった。幽霊に連れ去られる事は無いだろう。しかし幽霊に怯えて精神的に疲弊しているかもしれない。
「上がりまし――」
 言葉は途切れる。
 ナランチャはリビングのカウチに寝転がり、すやすやと寝息を立てていた。
 下はいつもの服だが上は着ていない。カウチに素肌を付けるのは、と思ったのか否か一応下にバスタオルを敷いている。
 やれやれと肩を落としてフーゴは寝姿を晒すナランチャへ歩み寄った。
 起こして良いのか?
 声を掛けるなら「風邪を引くぞ」一択だ。この格好では本当に風邪を引きかねない。
 しかしいつも以上に幼く見える寝顔に声を掛けるのは至難の業だ。寝かせておいてやりたい、という気持ちが他の何よりも勝る。
 泊まりに来た時にも行った時にも見る顔なのに。否、余り『見る』事は無い。どちらが先に寝るかは置いといて、朝は大抵ナランチャの方が早い。
 いつもこんな寝顔を自分の方が晒しているのかと思うと恥ずかしくなってきた。
「ナランチャ、起きて下さい。ナランチャ!」
 大きめの声で呼ぶ。
 起きなければ体を揺さぶろうと思ったが、すぐに呻き声が返ってきた。
「んー、フーゴか……幽霊はぁ?」
 寝惚け眼と間延びした声だが寝起きですぐ現状は理解出来ている。
「出てきていませんね」
「未だかー」体を起こしうんと伸びをして「電気付いてて明るいと出てこねーのかな」
「そんな風に言っていましたね」
「試しに電気消してみようぜ」
「僕は未だ髪も乾かしていません」
「いきなり全部の部屋の電気消してどこに出るかわからなくなるより、1箇所だけ電気消す方が幽霊って出てきやすいかな?」
「さあどうでしょう。……それなら、今寝室に幽霊が居るかもしれませんね」
 仕組みというか法則というかが全くわからないが、ミスタが気付いていないだけで夜になると寝室におり、寝室に入るとリビングに入れ替わりで出て来て、部屋全ての電気が消えると音を立て始める習性が有るかもしれない。
 現実的じゃあないな……そもそも幽霊が現実的じゃあないんだが。
「ちょっと見てみる」
 フーゴがどうしたものかと顎を押さえている間にナランチャはカウチを下りて寝室のドアを開けた。
「変わんねーか」
「でしょうね」
 恐らく物の位置も変わってはいまい。但し変わっていても小さな事なら気付けない。
 それにもし真っ暗な中でしか出てこないのなら、ドアが開いてリビングの光が入ったので姿を消している。
「でもこの大きさのベッドなら一緒に寝られそうだよな」
「……一緒に?」
「フーゴ、寝ないで見張る気?」
「いやそうじゃなくて。寝るのは……その、同じベッドで?」
「ベッド1つしか無いぜ」
 どちらかがカウチで寝る、という考えは無いのだろうか。この言い方、全く以て無さそうだ。
 体のサイズとしてはナランチャが、ただえさえ今昼寝していたのだからカウチで寝てくれても良いのにと思ったが、自分はベッドでお前はカウチでと言うわけにはいかない。かと言って自分がカウチで寝ると言い出すと「カウチが好きなんだな!」と解釈されそうで嫌だ。
 そう、カウチで寝るのは睡眠の質が下がり体力が回復しきらないので出来れば避けたい。自分自身も、ナランチャだって。
「寝る時は電気を全部消して幽霊が出やすい環境を作りましょうか」
「そんでもって出たらすぐにとっ捕まえられるようにしておこうぜ」
 寝間着を貸してくれと言っていないのだから、着てきた服のまま寝るのだから丁度良い。

 フーゴがベッドの奥、ナランチャが手前で寝る事にした。
 どちらが良いと話し合ったのではなくフーゴが先にベッドに上がったから。
 セミダブルサイズなのか2人並んでもゆとりが有る。睡眠を大事にしているのか、ナイトテーブルに本を置く程なのでベッドの上で読書をする事が多いのか。
 電気を消すと真っ暗になった。カーテンは遮光性だけでなく遮音性も高く外を走る車の音は相当耳を済ませないと聞こえない。
 リビングに居た時には聞こえていた隣の住人の物音も聞こえない。広い寝具の上で暗く静か。こんなにも睡眠に向いている状況下で未だに眠気は来ない。
「フーゴさあ、幽霊って信じる?」
 隣から自分と同じ位に眠気の全く無さそうな声。
「僕はこれと言って信じていませんが、君は?」
「見たり聞いたりしたら信じるかもしれないけどさあ、オレ見た事も聞いた事も無くって」
「それなのに幽霊退治を引き受けたんですか?」お前こそ、と返されては困るので咳払いを1つして「ミスタは音を聞いた、あと気配を感じたと言っていましたね」
「見えないかもしれない、か」
 もしかするとミスタ――とジョルノ――にしか聞こえないかもしれない。自分達の前には現れないかもしれない。
「何かこうやって2人で寝てるとさあ」
「はい」
「オレ達ってどういう関係なんだろう、とか思っちまうよなあ」
「……そうですね」
 否定が出来ない。フーゴも考えていた。同じベッドに並んで寝るのに何もしない、腕に顔を付けて快眠を得るわけでもない自分達は何なのか。
 友達以上恋人未満。だがこの言葉は友達には含まれるが恋人には含まれない。
 嗚呼そうか、恋人になりたいのか。
 薄々気付いていた自分の感情を認めた所で今はどうしようも無い。まさか恋人として交際してくれとこの状況で申し出るわけにはいかない。夜にベッドで、しかし他人の部屋で。恋しいと思う相手とよくわからない事に陥っている。
――カタン
「ッ!?」ナランチャががばと体を起こし「フーゴ! 今の聞いたかッ!?」
 小さな物音は確かに聞こえた。
「隣人じゃあないんですか」
「引っ越してってから幽霊が出るんだろッ!」
「反対隣、普通に人が住んでいるでしょう」
「それは……音聞こえなくなったし、そうかも」
 幽霊であってもその声に驚いて隠れてしまったのでは、とは言わないでおく。
 ナランチャが納得して再び体を横たえた時。
――カタン
「……今のも、隣? 居る方の」
 否定も肯定も出来ずフーゴは大きめの息を吐いた。
 小さな音は先程よりも近い位置から聞こえた気がした。そしてそれは、今のも先程のも、住人が居る方の隣からではない。
 引っ越して無人となった隣から聞こえたかと言われるとこれもまた答えられない。離れているから、壁を隔てているから小さくしか聞こえなかったのではなく、元から大きな音ではなさそうだからだ。
 何かにぶつかってしまったとでも表現したくなる物音。ポルターガイストだと怯えるよりも、何だ気の所為かと寝直してしまいたくなるような。
「幽霊じゃあなく泥棒かもしれませんね」
 気付かれたがらない、となると泥棒が妥当だ。尤も自分達と同じ位の大きさの人間の気配が無いので違うだろう。流石に人が1人――以上――入ってくれば分かる。
「何だってッ!?」
 しかしそこまで言わなかったのでそこまで考えられなかったナランチャは再び勢い良く体を起こした。
「泥棒なんてブッ飛ばしてやるッ! エアロ・スミスっ!」
 ベッドから飛び降りてスタンドを出現させる。
「待て待て待て」
 フーゴも体を起こして手を伸ばし、ナランチャの肩を掴んで引き止める。本当はこの手で痛む頭を押さえたい。
「恐らく泥棒じゃあない、人間の気配が無いでしょう? アンタのスタンドは泥棒1人だけじゃあなくこのアパートごと吹き飛ばしかねないんだから、少し落ち着いて下さい」
 掴んでいる肩ががくりと下がり、暗闇の中でもナランチャが戦意を手放したのがわかった。
「……なあ、フーゴ」
「何ですか」
「幽霊って息すんの?」
 難しい質問だ。何を持って幽霊と定義するかによる。だから質問に質問で返したくないが。
「何でそんな事を訊くんですか」
 ナランチャが彼らしくなく息を呑む。
 剥き出しの二の腕に鳥肌も見えた。
「……居る」
「ナランチャ?」
「人間じゃあない、人間よりずっと、小さくて……でも息してる、4つ……動いてるぜ、オレ達の10分の1も無い、小さな二酸化炭素の量……細かく、散り散りに!」
――ガコン!
 硬い物を壁にぶつけたような一際大きな音。
「隣の部屋じゃあない、ミスタの部屋に! リビングに居るッ!」
 ナランチャが駆け出すのとほぼ同時にフーゴもベッドから飛び出した。2人で我先にとリビングへ向かう。
 バンと大きな音を立ててドアを開けた。
 暗闇に慣れた目でも人の姿は見付けられなかった。しかしカサカサというような、極小さな音は聞こえる。
 とても不気味に思えて背筋が薄ら寒かった。恐ろしいというより気持ち悪い、恐怖というより嫌悪。生きている人間は幽霊を受け付けない証なのか。
「幽霊……電気付けたら逃げちまうかな……」
「どうでしょう……電気を付けていると出てこないというだけで、出てきた所に電気を付けたらどうなるかはわかりません……」
 付けてみますか、と聞く勇気が出ない。
 一体どんなおぞましい姿をしているのだろう。案外子猫のように愛らしい見た目かもしれないが、それならそれで気色が悪い。
 こちらを認識されるのも不味い気がする。ただ音を立てて入ってきたのだから、耳の不自由な幽霊でもない限り自分達2人が近くに居る事には気付いている筈だ。
「……ナランチャ、僕達は幽霊『退治』を頼まれました」
「電気付けて逃げられたら困るよな」
「ですが追い払うという形にはなります。再び電気を消せば戻ってくるかもしれませんが、それでも逃げる時に姿を見る事が出来る。弱点を知る事が出来るかもしれない」
「そっか……じゃあ、電気付けた方が良いな!」
 自分が付けるとナランチャは右手拳を握り締めた。
 姿を持たない幽霊なら、科学的に光を透過しない物体であれば、電気を付けても何も変わらないかもしれない。だがこのまま寝室に戻って眠れるわけがない。
 顔を見てフーゴが頷くと、ナランチャは電気のスイッチの有る方へ足音を立てないよう慎重に進んだ。
 スイッチに手を掛けこちらを見る。再び頷く。
――カチ
 電気が付いて一瞬目が眩んだ。
 瞑り掛けた目をよく開いてカサカサと音のする内の1つを見る。
「これ、は……」
「嘘だ……」
 そして2人同時に叫んだ。
「ネズミだーッ!!」
 明かりに反応して動きを止めた4つの個体。どれも皆似たような薄汚い色で丸い耳、ややとがった鼻、毛に覆われていない細長い尾を持っている。
 しかし人気キャラクターのように可愛くはない。髪の毛は生えていないし服だって着ていない。二足歩行も出来ないだろうし人間の言葉も話さないだろう。愛らしさの1ミクロンも無い害獣だ。この汚ならしさは人類にとって間違い無く害を運んでくる。
 原因不明のポルターガイスト等最初から無かった。テーブルに居る1匹のネズミが中に餌等入っていないのにコップを落としたから大きな音がしただけだった。
 気持ち悪いな……
 独特の小刻みな動きは見せないが、ピタリと止まっているのもそれはそれで不気味だ。目を見詰められているような気すらしてくる。
「うぅ……」
 ナランチャも同じように気味悪がっている。何かを決意し、電気を付けた手でテーブルの上のネズミをビシと指した。
「エアロ・スミスっ!」
 突撃命令を受けてナランチャのスタンドは旋回しダイニングテーブルの真上へ。バリバリバリと激しい音を立てながら機銃を乱れ撃ち、ネズミ共々テーブルを穴だらけにする。
 人間にとっては小さな戦闘機だが、あのサイズのネズミにとってはひとたまりも無いだろう。そもそもあれだけ撃ち込まれれば人間だってひとたまりも無い。
「やってやったぜ……」
 ぜぇはぁと肩で息をするナランチャに言うべきか否か。
 悩んでいる間に他のネズミ達の方が行動を開始した。
──カサカサカサ
 姿を見れば間違い無くネズミの足音だとわかるそれをたてて残る3匹は床ではなく壁を走る。
「げっ、何だコイツらッ!?」
 壁に足を刺して支えているのではなく、落ちるより早く走る事で垂直な壁をも走り回れる。下手をすれば天井に逃げられるし、向きを変える為に足を止めればそのまま落ちてくる。フーゴの危惧を見抜いているように1匹が天井まで上り切ってしまった。
「こうなったら、パープルヘイ──」
「それは駄目だろッ!」
 ナランチャにネクタイを掴まれる。
 首が絞まり苦しかった。だがそのお陰で姿を現した、ネズミだけでなく自分達をもそのウィルスで殺しかねないスタンドは、何をすべきかわからないし何も考えてはいない様子で突っ立っていた。
「まあオレのスタンドでも」ネクタイから手を離し「駄目っちゃあ駄目だけど……」
 らしくなくしょんぼりとした言い方。
 確かに『駄目』だ。幽霊もといネズミを1匹退治出来たが、しかし死骸はそのままだ。
 他の3匹も仕留める事が出来たとして、蜂の巣となったネズミをそのままにはしておけない。拾わなければならないし、拾いたくない。しかもテーブルも一緒に蜂の巣になっている。
 ミスタが撃ち抜きジョルノが死骸を草花にでも変えればあっという間に片付くのに。もし自分の部屋にネズミが出たら2人を呼ぼう。
 尤も普通に生活をしていれば、地下に収納が有る等の条件でも揃わない限り早々入り込まない筈だが。
 では今回は何故。隣が引っ越したからだろう。無人となり入りやすく暮らしやすくなった部屋に住み着き、しかしエサが無いので日光も照明も無い暗い時に限りミスタの部屋まで行動範囲を広げた、というわけか。
「……君がスタンドで退治して、僕が……拾うしかない」
 とてつもなく嫌だけど……それしか無い。
 ナランチャに生き物を殺させておいて自分は何もしないわけにはいかない。嗚呼、自分も殺す側が良かった。
「取り敢えず君は極力家を壊さないようにネズミを仕留めて下さい」
「それ結構難しい」
 スタンドの性質上辺り一面を焼け野原にする方が簡単だ。
 1人の人間を殺すのもまた容易だが、ネズミは人間と比べれば随分と小さい。ダイニングテーブルのボロボロ具合を見ればナランチャのスタンドの得手不得手がすぐにわかる。
「テレビとか冷蔵庫とか、弁償出来ねー所のネズミは後回しだな。洗濯機とか」
「あとキッチンコンロの近くも避けて下さい。爆発しかねない」
「爆発ってなったらトイレも駄目だな。水溢れたらヤベーし」
「本当は壁も良くない。空き部屋の方は兎も角隣人の居る方に穴が開くのは不味い」
「じゃあどこに居るやつ狙えってんだよ。天井かあ?」
 言って2人でリビングの天井を見上げた。
 今まさに1匹のネズミが仲間同様殺されないようにと天井を縦横無尽に走り回っている。
「でもコイツをエアロ・スミスで撃ったら」
「屋根が吹き飛ぶしネズミ自身も──」
 自分の事を話していると気付いたか、ネズミが立ち止まる。
 落ちるより先に走っていたネズミが足を止めたので、重力に従い――

 根城の事務所の休憩室で座るなり、フーゴもナランチャも打ち合わせておいたかのように同時に盛大な溜め息を吐く。
 一睡も出来なかった、という程ではない。しかしあの惨劇──ネズミにとっても自分達にとっても──の後で高いびきをかいてぐっすりと眠れる程神経は図太くない。
 2人でベッドに、という甘い状況の筈なのに、ネズミと知るまではドキマギもした筈なのに、互いに互いの息なり布団との擦れなりの音でビクついていた。
 カーテンの隙間から明かりが入り込む頃にはどちらからでもなく「もう起きて事務所に行こう」とベッドを出てミスタの部屋を出て朝早くから営業しているパン屋の開店を待って、朝食用のパンを手にアジトまで来た。当然ながら未だ誰も居ない。
「今日の仕事、何だっけ?」
 疲労の色が混じるナランチャの問い掛けに答える前に。
──ガチャ
「あっ……驚いた。おはようございます」
 ドアが開きジョルノが入ってくる。
「ジョルノ、早いですね」
「2人の方こそ。仕事の前に別件でも入ったんですか?」
「そういうんじゃあありませんよ」
 他人の寝具では落ち着かない、ましてそこに2人で寝ては──否、普通は男2人でベッドに並んで寝るとは思うまい。どちらかがカウチで寝たと思ってもらえるように何も言わないでおいた。
「ネズミは出ましたか?」
「出た出た、全部退治してやったぜ」
「全部って、4匹共? 凄いじゃあないですか」
「ああ、ぶっ殺してやった! エアロ・スミスのレーダーに引っ掛からねーネズミが居なけりゃあ全部な。気持ち悪かったあ……うう、思い出したくねー……」
「すみません、聞いてしまって」
「ちょっと待った」
 テーブルを軽く叩いてこちらを向かせる。
「ジョルノ、今、ネズミと言った?」
「言いました」
 それが何かと真顔を向けてくる。金の髪に碧の眼はわかりやすく美形で、フーゴは自分達ギャングのように意志が強くなければ「何でもない」とでも言って詰め寄れないだろうと思った。
「ジョルノ、お前……ミスタの部屋にネズミが出ると、ポルターガイストは幽霊じゃあなくネズミの仕業だと知っていた……?」
 返事を聞くまで、真実を話させるまで目を逸らさない。そう気合いを入れる必要は無かったようでジョルノはすぐにこくりと頷く。
「はい」
「はい!?」
「知っていました。正確には隣人が引っ越してからネズミが住み着いたらしい事、夜になると活発になり、電気を消す頃にはミスタの部屋の方にまで来る事、隣の部屋の電線か何かを齧ってアースになってしまい5匹中最低でも1匹は死んだ事は知っています。ミスタが騒いでいる幽霊に関しては何も知りません」
「なっ……お、お前……ッ!」
 バン、と今度は大きく音を立てて、憤怒や威嚇の意を込めてテーブルを叩いた。
「んー? フーゴ、何で怒ってるんだあ?」
「さあ、何故でしょうね」
「何故でしょうね、じゃあないッ!」
 遂には立ち上がる。
 このまま助走を付けて頬を殴り抜いてやりたい。昨日しっかりと睡眠が取れていれば何発か殴っていた。
「何故はこっちだ! 何故言わなかった!?」
「僕がネズミを嫌いな事を?」
「ジョルノ、ネズミが嫌いなのか?」
「そこいらのドブネズミは嫌いです。菌を運んで汚いじゃあないですか。ハツカネズミとかも別に好きじゃあありません。ハダカデバネズミの生態は興味深いですが」
「何だその、ハダカ……ネズミ?」
「ハダカデバネズミ。名前の通りの見た目をしています。前に読んだ事が有るんですが、彼らは個ではなく群で生きています。女王1匹に繁殖係が──」
「もういい……」
 今度はガタンと音を立てて座る。
「ネズミ嫌いなんて意外だなあ。ジョルノ、ちっちゃい生き物とか好きだろ? まあ昨日のアレを見たら嫌いにもなるだろうけど……」
 小動物が好きというより、そういった方面に特化したスタンド能力を持っているから詳しいだけなのだと思っていたが、本を読んだりする辺りその通り好きなのかもしれない。
 好きな物、興味が有ったり自分の性質と捉えている物がスタンド能力として目覚めるのは有り得る。ただジョルノは組織の弓と矢で身に付けたのではなく生まれ持った物らしいが。
「退治した4匹の事ですか? それとも一昨日死んだネズミ?」
 ジョルノは極平然と目を見て話してくる。そこまでわかっていながら「汚くて嫌い」という理由で幽霊ではないの一言も言わないでいるとは。
「……もしかしてそのネズミも僕達が処理するのか?」
「ええー面倒臭ぇっつーか気持ち悪ぃーミスタの部屋じゃあなくて隣の部屋なんだから放っとこうぜ」
 嗚呼、ミスタもそう言いそうだ。そしてその死骸に別の生き物が呼び寄せられ、またポルターガイストが起きたと騒ぎそうだ。
 ミスタもネズミ嫌いのジョルノもやりたがらない。気持ち悪いだの面倒臭いだの言っているナランチャが1番説得出来る。正しくは頼みを聞いてくれる。死者よりも生きている人間の方が余程厄介だ。
 そもそも何故自分がネズミの死骸の処理をしなくては、1人では難しいかもしれないので一緒にやろうと頼まなくてはならないのかと、フーゴは物理的にも頭を抱えた。
「やれやれだ」


2021,08,30


利鳴ちゃんお誕生日おめでとうございます。御所望の『フーナラで心霊現象の有る話』をお贈りします。
折角の夏なのに全然ホラーじゃない話に仕上がりました。心霊現象も実際無い(笑)
でもある意味ホラーですよ。幽霊より人間が、人間より大きい虫が怖いように…
<雪架>

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