ミスジョル R18


  


 一周して何度言ったらわかるんだ、と逆上したくなってきた。
 ジョルノ・ジョバァーナがグイード・ミスタにそう言わないのは何故か。単語を繋げ文章にして話す余裕が無いからか、この性行為も彼という存在も満足のゆくものだからか。
「……あ、もう、ンっ……もう」
「もう?」
 一層の事「もう終わりにしろ」位言ってやろうか。
 今日先に仕掛けたのは自分の方だ。招かれたミスタの部屋で、寝るのには未だ随分と早い時間から「そろそろ寝ないか」と擦り寄った。物理的に擦り寄った。腕を絡め取って頬擦りをして。
 寝室へ行きベッドに乗り上げそのまま寝かせる筈が無いと言わんばかりに覆い被さったのも自分。
 互いに服を脱がせて肌を重ね、潤滑油を用いてジョルノが跨る形で挿入。無性に欲しかった物を与えてくれた礼にイカせてやろうと思ったのだが。
 だが、どうにも上手くいかない。緩く前後に動いても、激しく上下に動いても、密着して口付けしながら締め付けても、こちらばかりが気持ち良くなっている気がする。
 抱き付いたまま耳元でどうすれば、どうされれば気持ち良いかを淫靡に尋ねてみた。
 それから何故かこちらがイカされ続けている。
 仰向けの体にしがみ付いて突き上げられるがまま。繰り返し射精を伴わない絶頂を迎えさせられて思考回路がぶちぶちと途切れ始めた。
「もう、ん、めっ……」
 頭は辛うじて回転しているが既に言葉にする能力は失われている。
「何? もう駄目って?」
 だから何度もそう言っているだろう!
 勿論そんな『言葉』は言えなくなっている。喘がされ続けて喉も痛くなってきた。
「じゃあそろそろイッちまおうっと」
 嗚呼何て事だ、いつでも射精出来るのに「未だ良いや」と腸壁を味わい続けていたとでも言うのか。
 宣言の通りに射精を決め込んだミスタは腰を強い力で掴み、今までの半ば強制的に絶頂させられる箇所を中心としたピストンを止め、最奥を嘔吐く(えずく)位に乱暴に叩き付けてくる。
「あ、アっ、んッ」
 遂には「もう駄目だ」のどの単語にも掠らない喘ぎだけが口から漏れる。自分の声で掻き消されているが、ベッドの軋みも隣から苦情が来るのではと思う程に煩い。
 ミスタが「ン」と低く呻いた。
 同時に腰の動きが止まり、腸壁を犯していた物が一気に膨らむ。
 腸内でドクン、ドクンとまるで脈打つように射精された。極端に薄いコンドーム――勿論結構な値がする――は熱伝導率も高い。熱い。男根よりも直腸の方が熱くても、直腸よりも精液の方が熱いのか。
 抱き寄せられて密着している胸が大きく深く呼吸をしている。その動きと汗ばむ肌の感触と、体というより心の奥から込み上げてくる愛しいという感情の所為で、軽くだがまた足先まで痙攣した。
「抜く」
「はい」
「このままもっと動いてほしいって?」
「止めろッ」
 思わず体を強張らせた。体の下にある体がくつくつと笑う。
 流石にそこまでの意地悪はしませんよ、と性器がズルリと汚い水音を立てて抜かれる。余韻を味わう間も無く引き離される事こそ意地悪だと思ったが口にはしなかった。
 このまま抱き締め合っていたい。といった射精後には鬱陶しく思われそうな想いを知られないように、ジョルノは疲れ果てて重たい体を起こす。
「暑い……」
「お前は寝てろ」
 すぐに下に居たミスタの体がベッドからするりと抜け出した。
 ジョルノは行為で散々汗を吸ったであろう掛け布団の上に仰向けになる。天井の様子はもうすっかり見慣れている。
「……寒い」
 大量にかいた汗で体が一気に冷えてきた。
 動きたくないが風邪を引くのも嫌なので背に敷いていた掛け布団の中へ入る。
「マジか」
 ベッドのすぐ横に立つミスタはティッシュペーパーを何枚か取り手渡してくれた。
 布団の中でもぞもぞと局部――というより尻――を拭く。横目に見るとミスタはコンドームを取り外し、口を縛ってからティッシュペーパーに包み、ゴミ箱へと捨てている。
「俺未だ暑い」
 左手でぱたぱたと首筋を仰ぎ、右手でナイトテーブルの引き出しを引いた。
 嗚呼、嫌だな。
 ジョルノの不満に気付かず『それ』が取り出される。
 片手サイズの箱から1本取り出し、口に銜え、共に引き出しに入れてあるライターで先端に火を付けた。
 室内はすっかり静かになったのでチリチリと煙草の焼ける音が聞こえる。
「本当暑い」
 暗がりでも額に汗が浮かんでいるのが見える。額は、髪は普段帽子に隠しているので見る機会が少ない。
 それ以上に少ないのがこの喫煙している姿。但し全く見たいと思わない。煙草は臭いし有害だし、まして肺に取り込んだ後鼻から出すので見てくれが悪い。
「……終わった後にしか吸いませんよね」
 ミスタは同じく引き出しから出して置いた灰皿に1度灰を落としてから、布団から顔だけ出しているこちらを向いた。
「まあな」
「理由とか、有るんですか? 余所で吸わない理由」
「有るぜー吸わない理由」親指・人差し指・中指で持つ煙草をまた1口吸い「殴られた」
「誰に」
「アバッキオ」
 彼は確かに比較的怒りの沸点は低いタイプだが、目の前で煙草を吸われたからと殴る事まで有るのか。
「寧ろアバッキオこそ吸っていそうですが」
 言いたくはないが似合う。
「チーム入ってすぐの頃、さあて一服って銜えた瞬間にアバッキオに後頭部バシーンって叩かれた。滅茶苦茶痛かった」
 恐らく銜えていた煙草も飛んで行っただろう。
「何すんだーって言ったら、近くに居たナランチャが「うちのチームは禁煙、ブチャラティが決めた」って言いやがってよ。まあリーダー命令なら従うしか無いっつーか、多分それでアバッキオも止めたんじゃあねーか?」
 自分が我慢しているのに同じチームの人間に目の前で吸われては腹も立つだろう。
 ジョルノにとって煙草は必要性の無い悪なので理解は出来ないが苛立ち位は予想が出来た。
「……でもそれならどうして終わった後にしか吸わないんですか? 例えば僕は、チームが禁煙である事を知らなかった」
 偶然煙草を吸う人間が居ない程度に思っていた。寧ろ煙草という概念自体そっくりと欠落していた。初めて体を重ねた後に初めて吸っている所を見て、それを切っ掛けに喫煙者だと知った。しかし行為の後以外で吸っている所は未だに見ていない。
 そもそもこのミスタのアパートに灰皿が1つしか無い。しかも普段は引き出しの中に隠されている。
 部屋が黄ばむのが嫌ならキッチンの換気扇の下で吸うなり窓を開けて身を乗り出して吸うなりすれば良い。だがそれらをしてる様子は無い。
 行為を終えてからジョルノが寝付くまでの間、最大で2本吸うのみ。
「吸わなくても大丈夫だから。ブチャラティは煙草も薬物の一種で依存性がどうとか思って禁止にしたんだろうけど、案外すぐ止められたぜ」
 嗚呼、そうか。僕が嫌なのは多分、後戯が無い事だ。
 あれだけ丁寧に前戯を施しておいて、終わった後がヘビースモーカーでもないのに煙草を優先する。不愉快極まりない。
「寝た後じゃあ駄目なんですか?」
「何が?」
「煙草を吸うの、僕が寝てから何本でも吸えば良いでしょう」
 だから寝付くまでの間、髪に触れて甘い言葉を囁いてもらいたい。どうせ疲労困憊で頭を撫でられただけでもそのまますぐに眠ってしまう。今だってそれなりに眠たい。煙草の半分近くを灰にするこの短い時間こそ自分を優先してほしい。
「それは無理」
「何故」
 射精した後に興味を失う男の本質の話でもしてくるだろうか。
 生物として当たり前の事。まして男には狩猟の本能が備わっている。行為を終えた後もいつ外敵が襲い来るかもしれないと精神が『平常時』に戻るのは至極当然。
 こんなにも疲れ果てているのは可笑しいのだ。メスに堕とされたと言われても否定出来ない。
 それでもジョルノはこんなに『好き』だというのに。男のままでいるミスタの方からの『好き』はその程度の物なのか。
「家が火事になった時に、人間って燃えて死ぬよりも煙吸って死ぬ方が多いらしいぜ」
 急に関係ない話を始められた。
 煙草は小さな音を立てて先端から灰に変わってゆく。暗い部屋の中でその火が妙に眩しく見えた。立ち上る白い煙を照らしている。
「一酸化炭素だっけ? 脳味噌は酸素の代わりに違う物しか入ってこないから考える事が出来なくなって死んじまうんだと」
 だから火事にならないよう寝煙草をしない。その為にベッドから降りて、事を終えたジョルノから離れて吸うという話がしたいのかと思った。
「巨乳ってヤッた後「贅肉じゃん」って思っちまうよな」
「知りません。それよりも吸わなくて大丈夫と言いながら何故今、終わった後に僕を放って吸うんですか? 僕はそこを聞きたい」
「まあ待て物は順序だ。抱くって事はある程度は好きって事だろ? 相手から言い寄ってきた場合は別として、例えばエロい体付きしてるなあって思って口説いてセックスに漕ぎ付ける。が、いざ終わると「コイツデブか?」ってなる。でもお前の場合は別だ」
「男なので胸有りませんからね」
 鍛えれば動かせる位の筋肉を付けられるだろうか。
「おっぱいの大きさの話じゃあない!」
「じゃあ一体何の話をしているんですか」
「だから……ああもう、上手く言えねー」
 一際強く吸い口から盛大に吐き出してミスタはその煙草を吸い終えた。灰皿にごしごしと押し付ける。
「お前はセックスしてもしなくても、してくれねー日がちょっと続いても、滅茶苦茶好きなままなんだよ」
「そうですか。そう……なんですか?」
「お前した後まで完璧だからな。汗かいて息荒くて声掠れてて、あと目が何か色っぽい。普段良い匂いなのに汗の匂いになってんだけど、それも何か色っぽい」
 語彙が少ないからか口説かれているというより淡々と説明を受けている気がした。
 そもそも先の本能の話からすれば今更口説く必要が無い。もう種付けた体に用は無い筈だ。射精を終えてさぞ気分は爽快、早く帰ってもらい好きなテレビ番組を1人で見ようと思っている方が自然だ。
「男なのに何でそんな色っぽいんだろうって思うし、男だからって無茶はさせられねーし」
「無茶?」
 思えば余り無理の有る体勢ではしてこなかった。体は硬い方ではないので、もう少しアクロバットな体位に挑戦したいと言われれば応えられる。
「だから、お前のそういう所見てるともう1回ヤりたくなるんだよ。でも休まずにってのはお前の負担がデカい。だから煙吸ってヤニクラ起こして、勃たないようにしてる」
 つまり、本能を凌駕する愛情が有るとでも言いたいのだろうか。そんな素敵な感情を向けられているのだとしたら何と喜ばしい事か。
 嬉しさで2回戦だろうと3回戦だろうと、ミスタは避けるだろうが4回戦だろうと出来そうだ。やらなければ男が廃る。ジョルノは体を起こした。
 折角「女のようだから」ではなく「男であっても」そんなに好きだと言ってくれたのだから、男でなければ持つのが難しい体力を発揮してやらねば。
 布団を除けたジョルノの姿――体――を見てミスタは1度置いた煙草の箱からもう1本取り出す。
「今この瞬間から、僕のライバルは煙草だ」
「ライバルぅ?」
 へらへらと笑いながら恋敵(ライバル)を唇で挟むミスタへ見せるように髪を掻き上げて首筋を晒した。
「僕の肌より煙草の方が『吸いたい』ですか?」
 ミスタは険しい表情を見せて火を付ける前の煙草を灰皿へ置く。
「貴方が吐き出したいのが煙なら、それは煙草にも出来る事だ。だけど本当に吐き出したいのは、別の物だったりするんじゃあないですか?」
 女性のような曲線は出せないが艶の有る表情で目一杯『美しいボディライン』を演出し『それを自由に出来る』と見せ付けた。
「僕は煙草と違って『それ』を手なり口なりで引き出して、出したい所に出させてあげられます」
「お前が先刻「もう駄目」って何度も言った所にも?」
 挑発に負けたくないらしく口の端を上げ言い返してくる。
「『そこ』に『直接』出したいんですか? 悪い人だ……だけど貴方はギャングだから悪い人であるべきだ」
 そこまでは言っていないと一瞬焦った表情を浮かべたミスタだが、すぐにまた口の端を上げる。そしてやや屈みナイトテーブルの引き出しを開けた。
 煙草・灰皿・ライターをしまい、代わりに別の箱を取り出す。
「どうやら僕の勝ちのようですね」
「対煙草はな」
 まるで俺との勝負は別と言いたげに箱の中身を確認している。先程取り出した際に最後の1つとは言っていなかったが、もしや残り4つだから困っているのだろうか。
 ミスタは4つから1つを選ぶ事をとても苦手にしている。何も怖い事等無いのに、小さい頃の話に未だに怯えているとは18歳のギャングが情けない。嗚呼でも彼のそんな所も好きだ。情けない所の無いグイード・ミスタはきっと自分の愛する人ではない。
「そこに直接、は興味無いんですか? 使わなくて済みます」
「だからお前に負担掛けたくねーんだって」
「じゃあ2個使えば良い。勿論重ねて着けろという意味じゃあありません」
「それこそお前の負担になるだろう」
「3回目もきっちり搾り取ってやります」
 どうしてこうも喧嘩腰のような言葉が出てくるのだろう。
 ましてミスタはすぐに受けて立ってくれる。箱の中から2つのそれを取り出した。
「気絶しちまったら明日の朝起きてから使うから安心しろ」
「寝込みを襲わない紳士ですか。いやそれとも、貴方がすっかり果てて寝てしまったらの話?」
「煽ったのはテメーだからな!」
 嗚呼困った、どうやら怒らせてしまったらしい。これはどれだけ激しく貪られるかわからない。
 だが恐らくこれで今後の口付けに苦味を感じる事は無いだろう。


2020,02,16


フーゴ辺りは童貞であってほしいけど、ミスタはまぁ違うだろうなぁって。
なので過去作と対になるようにしてみました。不満を持つ受け視点繋がりか。
<雪架>

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