ミスジョル 全年齢


  contento


──ピピピピピ
 小さな電子音。携帯電話のアラーム機能にジョルノは目を覚ます。
「ん……」
 起きられた。
 先ず携帯電話を操作して音を止める。次にベッドから出るのだが、布団と隣で眠る恋人の温もりがそれをさせてくれない。
 早く出なくては。ミスタまで起きてしまう。
 適度な重みの腕を持ち上げ除けた。
「……んー……朝?」
 案の定ミスタが起きてしまった。というより今の動きの所為で起こしてしまった。目を開けるより先に「違います」と早口で言った。こちらを向けている寝顔が首を傾げる。
「トイレに行くだけです。ミスタは寝ていて下さい」
「おう……でもお前の携帯、鳴ったよな……」
「鳴ったけど切れました」
 適当な嘘を吐いて体を起こす。しかしベッドから出させないとミスタに腕を掴まれた。
「こんな時間に誰だよ……」
 寝惚け声だし手に力も入っていない。だがそれでも答えるまでは放してくれないだろう。
「……母です。僕が早起きが苦手なのを思い出して切ったみたいです。後で僕の方から掛け直します」
 何の用だ掛け間違いかと言って切れば良い。
「『事』の後にィー?」
 しまった。
 目は閉じたままだが掴んでくる手にやや力が入り、ぐいと引っ張られる。
「ちょ、止めて下さい」
「昨日しないで寝た」
 ミスタはジョルノの腕を這いずるように体を起こした。
「駄目です、寝てて下さい。ああ別にしたくないとかじゃあなくて。トイレが終わったら僕ももう少し寝直したいんです」
 こんなにハキハキと喋っているのだから寝直せるわけが無いが。
「……じゃあ後で」
 腕を離したミスタはするすると掛け布団の中へ戻ってゆく。
 昨日は面倒な任務に就いているから大変だろうと思っていたがその通り本当に疲れきったようだ。
 何とかベッドから出る事が出来たジョルノは実際にトイレに行って、それからベッドへ戻らずキッチンへ。
 冷蔵庫を開け入れさせてもらった物を取り出す。
 当然「何それ?」と聞かれたが「明日一緒に食べましょう」と誤魔化した。外で食事をした後だったし食欲──というより興味──よりも眠気が勝っていたらしく会話はそこで終わってくれて助かった。
 粉が半分程詰まった小さなボトル。最新のパンケーキミックス。
 ボトルに直接水を入れ、よく振り混ぜ合わせるだけでパンケーキの生地が出来上がる。
 これなら出来ると思った。
 要領が良く手先も器用だからほぼ未経験の料理も出来るだろう。だが過信は禁物だ。詰めの甘さで自滅する人間は数知れない。
 練習は必要だが食材を無駄にするのは心苦しい。失敗から学ぶ事は多いが、それでも捨てるより食べて片付けられる方が良い。なので失敗しなさそうな『最新簡単パンケーキキット』を買ってきた。出来上がりが不味くても蜂蜜とバターをぶっ掛ければ食べられる。
 ジョルノは早速ボトルのラベルに書かれた量の水を計量カップ──調理器具は事後承諾で借りる──に入れてボトルに入れる。小さなパンケーキ数枚分という事は大きなパンケーキ1枚分になるだろうと思っていたが結構重たい。落とさないよう両手で持って振った。
 よく混ざり合うとどろりとしてボトルの内側に付着し中が見えなくなる。
 頃合いだろうとガスコンロに置いたフライパンの上に出す、時に気付いた。
「温めておかないと」
 油は不要との事だったのですぐに何滴か垂らしてしまった。取り敢えずボトルを置いてフライパンを火に掛ける。
 垂らしてしまったパンケーキの生地が早速ふつふつと焼けたので温めておくという工程はもう充分だろう。そこに残りの生地を流し込んだ。
 ジュウ、と音はした。とろみの有る生地はボトルの中で振っただけにしては滑らかでダマも無い。それに甘い香りも感じられる。
 パンケーキを蜂蜜やフルーツソースで食べるのも良いが、これはミスタに朝食として出す物なので少し栄養価を考えた物と共を添えたい。
 そう考えて買って入れさせてもらっておいたベーコンを冷蔵庫から出した。
 本来は厚切りのベーコンや細切れにした物の方が好きかもしれないが、パンケーキに乗せるなら薄切りでも大きい、横に長い物の方が見映えする。
 その他には、と考えている間にそろそろパンケーキを引っくり返す頃合いだ。
 フライ返し──ミスタが持っていて良かった。しかし使用頻度はかなり低そうだ──を拝借して引っくり返した。
「焦げてるな」
 思わず声に出す程に真っ黒に。
 皿に乗せる時にはこの黒い方を下にしよう。それに小麦粉はよく火を通さないと危険だからこの位が丁度良い、という事にしておこう。
 急いで皿にパンケーキを移す。
 黒焦げ面を下にしたので一見綺麗な焼き上がりだ。ボトルに入っていた時の色とよく似ている。というか生焼けではなかろうか。
 液状ではないからセーフという事にして。
 次はベーコンを焼こう。これこそカリカリに焼いた方が良い。パンケーキを焼いたフライパンに続けて買ってきたベーコンを入れた。
 いきなりバチバチと凄い音を立てる。火を止めていなかった。油も引いていない。
 何より横に長過ぎるベーコンなのでフライパンから左右にはみ出ている。
 これでは上手く焼けないのでは。フライ返しで折り畳んでフライパンの中に入れてみる。これでは中央しか焼けない気がする。あとベーコンから出た油が物凄い勢いで跳ねている。料理をしている筈が掃除の仕事を増やしてしまった。
 焦げ臭い気がしたのでそろそろ良いだろう。店で見掛けるベーコンとはかなり違うが、それでも食用だし加熱したので食べられないという事は無い。
 今度は火を止めてからベーコンをパンケーキの上へ。広げて乗せると皿からはみ出そうなので折り畳んだ形のまま。思い描いていた図からかなりかけ離れている。
 最後に焼くのは卵だ。1番上に乗せる目玉焼きさえ見た目を良く作れれば『終わり良ければ全て良し』というやつだ。
 フライパンに卵を割り入れる際に殻が入らず黄身を割らなければ目玉焼きとしては合格。白身が円形に広がり黄身がその中央であれば高得点。
 先日半熟卵のピザを2人で食べた際に美味いを連呼していたので半熟を目標に。油──今度は忘れず拝借する──をフライパンに少量垂らした。
 卵は油を吸うので多めにした方が良いだろうか。しかしフライパンを回すと余熱で油が綺麗に広がったので充分だろう。寧ろこの余熱で卵が焼け過ぎてしまうのでは。試しに火を付ける前に卵を割り入れてみる。
「よし」
 声が出る程成功した。フライパンの真ん中に卵が、それもその真ん中に濃いオレンジ色の黄身がこんもり高く崩れずに落とせた。
 チリチリと音がして白身が文字通り白くなった。本当に余熱で焼けた。焦がしたくないし崩したくないのでこれで完成にしてしまおう。
 フライ返しでフライパンから剥がすように取り、そっとベーコンの上に乗せる。
 目玉焼きだけ食品サンプルのような綺麗過ぎる仕上がり。全て不味そうよりはいい。さぁ残るは仕上げにサラダを添えるだけだ。
 様々な葉物野菜を買って切ってドレッシングを用意して、というのは所謂初めての朝食作りにはハードルが高いのでレタスだけのシンプルな物にしようと決めて4分の1にカットされた物を買ってきてこれも冷蔵庫に入れてあった。
 上から4枚葉を剥がした所で。
「おはよう」
 寝室へと繋がるドアの前にミスタが立っている。
 眠たそうに頭を掻いているがじっとこちらを見る目には眠気が浮かんでいない。
「随分長いトイレだと思ったら、朝飯作り?」
「……はい。起こしてしまいましたか?」
 ガスコンロを使い冷蔵庫を開閉しただけなのでそんなに煩くしてはいないつもりだが。
「美味そうな匂いがするからな。っつーか腹減ったなら言ってくれりゃあ良かったのに。温める(あっためる)だけで食えるもんとか一応有るぜ」
「これは僕が食べたいんじゃあなく……ミスタが起きてから食べる用です」
 簡潔に纏め過ぎたのかミスタは2度瞬きした後首を傾げた。
「……俺の為に作ってくれたと」
「そう、です」
 頼まれてもいないのに、自分の作った物を食べてもらいたいというだけの理由で。
「お前そんな可愛い事する奴なのか!?」
 可愛い?
 今度はジョルノが首を傾げる番だったが、その隙を許さないミスタが大股で歩み寄ってそのまま頭を抱き締めてくる。
「すげー! 起こさずベッドを出て朝飯作って待ってるとか! 好き!」
「それは、どうも」
 喜んでもらいたかったので目論見通りと言えば目論見通り。未だ食べてもいないのに「グラッツェ」と頬にキスまでされた。
「もう完成ですから、座ってて下さい」
「はーい」
 普段以上に機嫌の良さげな返事をしてミスタはダイニングチェアーを引いてそこに座る。
 足を組み、肘をついて手の甲に頬を乗せ、ニヤニヤとした顔でこちらを見てくる。ネアポリスでも一般的なキッチンとダイニングが繋がっているアパートメントだから避けようが無い。
 気恥ずかしいのでレタスを数回千切って皿の端に乗せて完成という事にした。
「お待たせしました」
 パンケーキをミスタの前に置く。
「うわー、美味……そうだな!」
 そうでもない出来映えなのは作り手の自分が1番よく分かっているのでジョルノは世辞に「どうも」と返事をしてナイフフォークを持ってきて皿の横に置いた。
「コーヒー淹れますか?」
「いや、先ずは頂きます」
 焦げ臭いのに表面は生焼けに見えるパンケーキ。その上で折り畳まれているベーコン。更にその上で綺麗なのは殆ど焼けていない証の目玉焼き。横には大き過ぎるレタスの束。これを美味そうに食べるという至難の技をミスタはやってのける。
「うん、美味い!」
 市販品を焼いただけで味付けの類いは一切していない。もしこれで美味いなら素材が優秀なだけだ。
 パンケーキとベーコン、それから器用にフォークで千切り直したレタスを満足気に口に運んでゆく。嗚呼、嬉しい。ジョルノも口角を上げた。
「卵は苦手、じゃあないですよね?」
「もうちょっと食ったら味変に崩す」
 フォークで黄身をつつく。
 それだけで卵の黄身は崩壊し白身の上を濃いオレンジ色に染めた。
 目玉焼きというより卵液のそれをパンケーキに塗りたくり口に運んでは美味そうに目を細める。
「下の方、焦げてるので食べない方が良いです」
「多少の焦げ位気にしねー」しかし刺したフォークが皿まで届かず「まあ焦げには発がん性物質が有るとか言うしな。お勧めしないもんを無理に食うのもな。折角他の部分は美味いんだし」
「いや美味くはないでしょう」
 つい声に出していた。
 美味しいと喜ばせたいのであって、世辞を言われたいのではない。
 焦げていたり生焼けだったり大き過ぎたりで美味そうな要素はとても少ない。食べられない程不味くないのは市販品だからであってジョルノの手柄ではない。
 ミスタは腰を上げて椅子を横へ動かし座り直す。
「こっち」
 短い言葉でも意図は分かる。ジョルノは椅子を持ってミスタの横に置き座った。
 横に長いテーブルだが2人で並ぶと少し狭い。腕が触れ合いそうで、それが少し嬉しい。
「はい、あーん」
 パンケーキ上部と目玉焼きの白身とを刺したフォークを口元に向けてくる。
「……お前、びっくりする程嫌そうな顔出来るんだな……あ、黄身派? 黄身固焼き派?」
「いえ……」
「俺の為に作ったんだから俺に全部食べてもらいたいとか?」
 首を横に振る。不味いのが分かっているので気が進まないだけだ。
「頂きます」
 いつまでもひっこめないのでそのフォークを咥えた。
 何の変哲も無いパンケーキと、それらしく特に味のしない卵の白身。
「な、美味いだろ?」
 これが?
 確かに予想よりは不味くない。美味い気もする。だが美味いのだとしたら、それはミスタが口に運んでくれたからだ。
「しっかし何でまた急に料理に目覚めたんだ?」
「貴方の欲求を満たしたいから」
 首を傾げられた。省き過ぎて伝わらなかったらしい。
「食事中にアレですが、人間の三大欲求は――」
「食欲、睡眠欲、性欲」
「そうです。でも実際は性欲じゃあなく排泄欲です」
 性欲は持たない人間も居る。しかし排泄は寝る事・食べる事と同じく、生まれたての赤子から老人まで生きる為に必要だ。
「睡眠と排泄は安心して行える環境を作る事しか出来ませんが、食事は料理という段階も有るなと気付いたんです」
 側に居たいという気持ちが、いつしか離れられなくしたいという欲望に変わってしまった。
 美味い店に一緒に食べに行く、という方が良いのかもしれない。だが作る事が出来るのだと、2人きりで何処にも行かない朝の過ごし方も有るのだと思われたい。
「何かお前難しい事考えてんな」続きをもりもりと食べながら「ようは一緒に食って一緒に寝よう、だろ?」
 好きだから。
「そうです、その通りです」
 ミスタに言わせればその位、単純と言える程に簡単で。
「僕は貴方のそういう所が好きです」
 告白にミスタの手が止まる。
 口の中の物を飲み込みフォークでベーコンを切ろうとした。中々切れないので漸くナイフの出番になった。
「俺もお前の難しい事を考えて、まあ直感の時も有るだろうけど、ちゃんと答えを出してそこに進む所が好きだぜ」
 嗚呼良かった、相思相愛だ。
「相思相愛ってな」
 思考回路は違うのに、自分達は違う人間なのに、同じ事を考えている。
「もう一口下さい」
 愛する人が作ってくれたから。愛する人が口に運んでくれるから。理由は違えど2人同じようにこのパンケーキを美味しいと思うのだろう。


2022,07,20


仕事関係でゴタついて凹んでいる頃に「推しカプ話欲しいな、甘い物食べたいな」と思いながら細々と書いた話。
近くにパンケーキの美味しいハワイアンカフェが出来たお祝いでもあります。
書き上げてから買った推しゴールデンレトリバーの卓上カレンダーが「パンケーキ作るよ」で始まり「出来上がり〜」で終わるデザインでびっくりした。
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system