ミスジョル R18 モブレ要素有り


  同棲


「ちょっとミスタじゃあない!」
「やだ、久し振り!」
「おう久し振りだな」
 日の暮れた夜の歓楽街で派手な女性2人に声を掛けられミスタは立ち止まった。
 2人の顔は覚えているが、はて名前は何だっただろう。久々に会うのにこちらの名前をしっかり覚えているという事は名乗り合っている筈だが思い出せそうにない。ミスタにとっては『過去』の人だからだろうか。組織に属せず飲み歩いていたのはもう1年近く前になる。
 だから忘れていても仕方無いのだと、名前を呼ばなければ良いのだとミスタは笑顔を見せた。
「折角だから一緒に遊ばねーか?」
 今やギャング組織の幹部。若い女2人に酒を奢る事など造作も無い。
 どこで何をしているのかは知らないが――名前と違い忘れたのではなく当時も聞いていない気がする――2人の見た目は上の中と上の下。今日の仕事を終えて帰る前の「ちょっと一杯」の相手に丁度良い。
 あわよくばどちらか、もしくは2人纏めて自宅に持ち帰り――
「ゴメーン、今日はちょっと」
「この後の都合付けられないのよ」
 ミスタはがくりと肩を落とす。
「マジか」
 そして思い出した。
 彼女達の関係を。彼女達と自分ではなく、目の前の2人の間柄を。
「用事が有るなら仕方無いな。じゃあまた今度な」
 手をひらひらと振ってその場を後にする。
 背中にまた遊ぼうだの何だのと言われたが、こちらとしてはもう奢ってやる気も何も無い。今のように通りすがりに声を掛ける事も無いだろう。
 2人は恋人同士だった。
 女同士の交際を否定する程前時代的な人間ではないが、セックスの際に真ん中に挟んでくれても良いのではと考えていた事を少しずつ思い出す。
 異性を好きになれないのなら矯正しようなんて気持ちはさらさら無い。相思相愛ならめでたいではないか。
 そこで愛を育む行為に至った際に足りない棒の役として呼んでもらえれば、程度に考えていた事をどんどん思い出してきた。
 実際に言っては機嫌を損ねるだけだろうから黙っていた。自分に彼女が出来てイチャついてる所に男でも女でも割り込んできたら不愉快なんてものではない。彼女達もきっとそうだ。
 そして疎遠になった。そういう運命なのだろう。これから女2人でセックスでもするのかなと思いながら可愛い女の子が酒を提供してくれる店に1人で行く事に決める。
 元から明日は大きな仕事も無いので飲むつもりだった。飲み『明かす』つもりではない。共に飲む相手は隣に座った女の子ではなく接客してくれる店員で充分だ。
 適当な店で良いかと近道をすべくそれこそ適当な路地裏に入る。多国籍料理の店とアパートの間を抜けると、予想とは違い大きいが古臭いアパートの前に出た。
 近道ではなく遠回りになってしまった。人通りは無いし車通りも無い。アパートの真横に1台の車が止まっているのみ。
 可笑しく動いているので車の中には人が居るだろう。代わりに大きなアパートには人が居なさそうだ。気配云々は分からないがどの部屋も明かりが漏れていない。老人や子供でも寝静まるには未だ少し早い時間――
 変な動き?
 意識するとただの1台の車が急に不気味に思えてきた。エンジンを切ってガタガタと揺れているのは不審の一言で済ませきれない。
 過去に車に連れ込まれ強姦されている女を見付けてしまった事が有る。
 それも今日と同じようにピックアップ――ようはナンパ――が上手くいかず1人で歩いている夜中の事だった。
 知らない女がどうなろうと知った事ではないのに何故か助けていた。ただの気紛れなのか、逃れられない運命だったか。
 助けてやったのに逮捕されたのは解せない。確かに3人程撃ち殺したが、それも奪い取った銃に弾を詰めるという世間的には凶悪な事もやってのけたが、未だ納得はしていない。
 今幹部をしているギャング組織の前身に助けられたから良かったとはいえ。そこへ至る為の運命だ、と言ったのはジョルノだったか。
 一旦は別離したフーゴをジョルノがボスとなったこの新生組織に入れる少し前に、何故ギャングになったのかと互いの事を話し合った。ミスタは釈放される為に、ジョルノは恩人がギャングだから。
 小綺麗な顔をした15かそこらの子供を悪の道に進ませてしまうとは、恩人とやらは随分と罪深い。
 ジョルノは相当気は強いが信じてついていける、共に歩みたいと思える正義の心を持っている。
 なのに憧れはギャング。騙されやすいとは違うが、どこか流されやすい部分が有るのかもしれない。あれだけ勝気なのに? 負けず嫌いとはそういうものか。
 そしてジョルノならばこの明らかに不審な車の中で何が起きているか確かめようと言うだろう。また逮捕されたらどうしてくれるんだと訊けば、その先に待つのが運命だと答える。そしてどんな方法を使うかはわからないが釈放はしてくれるだろう。
 あの頃と違い銃を持ち歩いているから奪っただの弾を詰め直しただのと言われる心配だけは無い。
 今度はジョルノ位美人に属する女が助けてくれて有難うございますと何らかの形で謝礼をしてくるかもしれないし、等と思いながらその車に近付いた。
 ドアを開けられる程度のスペースだけを確保しアパートの壁に寄せて止まる車。そのスペース側、運転席の窓からその中を覗く。
 運転席に座る小柄そうな男が煙草に火を付ける所だった。
 目が合う。その目が見開かれる。運転席の男は慌てて後部座席へと振り向く。
 ミスタも窓に顔を近付け後部座席を見てみた。
 派手な金髪の美女が男2人――片方がかなりふくよかなので狭そうだ――に襲われている真っ最中だった。両の手首を掴まれ、服を脱がされている。
 挿入してねーからセーフだな。
 などと一瞬思ってしまった。気付くその時まで面倒だし見なかった事にしようかといった事が頭の中に未だ有った。
「……ジョルノ、か……?」
 金髪は金髪だし美形ではあるが女ではない。襲われているのはよく見慣れた、数時間前に自分より先にアジトを出たジョルノだ。
 唇を噛み締め小刻みに震えてすらいる姿は初めて見る。
 だからパッと見じゃあ気付かなかったのか――そう思いながらブーツから愛用の拳銃を取り出し、銃口を運転席の窓に付け発砲。
――ガシャン
 窓は割れたしそこに座る男は額から血を流して絶命した。
 防弾処理を施した窓だったらこうはいかなかった。だがもしそんな窓なら先に気付いていた。天性の才能と驕るつもりは無いが、そういう勘は非常によく働く。
 車内は当たり前ながら騒然とした。男2人は手を止めこちらを向き何か喚き始めた。
 ジョルノは剥がされた上着を体に寄せて、小動物か何かのように震えていた。涙を浮かべそうな程赤くした目がミスタの顔を捉え、敵か味方か伺うようにじっと見ている。
 俺はお前の味方だぜ、と笑い掛けて左の拳で穴が開きヒビの入った運転席の窓ガラスを割った。
 リボルバーを持つ右手を窓から中に入れ2発撃つ。
 先走って下半身を丸出しにしていた方は首の左、大柄というか随分と太っている方は首の右から頸動脈を撃ち抜かれ、映画の演出のように血飛沫を上げながら崩れ落ちた。
「あれ、残り何発だ?」
 ここ最近は物騒な任務が少ないので暫く振りの発砲だ。最後に弾を補充した時6つ未満しか手元に無く、4つだけは避けようと少なめに装填した気がする。
 3つならば今使い果たしてしまった。早く帰って装填しておかなければ。拳銃を戻し、運転席の内側から開錠してドアを開け、運転席の死体を引きずり出した。
 邪魔臭い死体2つも捨てるべく後部座席も開錠する。
「あ、そうだジョルノ、財布取っといてくれ」
 頼んでからミスタはその場に屈み、運転席に居た死体の服をごそごそと探った。
 長財布が1つ。他を探すのも中身の確認も面倒臭いのでこれだけで良い。運転席の椅子に置く。
 後部座席のドアを開ける。先の死体と違って大量に出血させた所為か血生臭い。死体2つを引きずり下ろす。デブ男の死体は腰を痛めるのではと思う程重たかった。
「ジョルノ、財布は?」
 見上げると泣き出しそうな顔ではなく、取り繕っているのかもしれないがいつもの真顔に近い表情で死体から盗んだ財布を2つ見せる。
「これで美味いもん食えるな。まあ俺は晩飯食った後だけど。お前は? もう食ったのか?」
 ジョルノは答えようと口を開く。しかし一向に声が聞こえてこない。
「……ジョルノ?」
 喋れなくなっちまったのか?
 物理的に喉を潰されたりはしていないが、激しいショックで一時的な失語症になってしまったのかもしれない。
 男が男達に犯されかけたのだから無理も無い。ミスタは慰めるべく、すぐにまた喋れるようになると励ますべく、左腕を伸ばし頭をぽんぽんと撫でてやった。
 安堵したのか微笑む。次いで左手の怪我――窓ガラスを割った際に負って血が出ている――に気付き、ミスタの左手を両手で優しく包む。
 スタンドで治療してくれる、と思ったのだが。
「……ゴールドエクスペリエンスは留守か?」
 ジョルノのスタンドは自我を持っているがミスタのそれ程自由気ままに離れて行動はしない。そもそもジョルノの場合は射程距離が余り無い様子なので1人――1体――でふらふらと遠くに行きはしないだろう。
 ショックで言葉と共にスタンド能力も失ってしまったか。殴る蹴るの出来るスタンド、3人の男を返り討ちに出来た筈だ。
「大丈夫カー!?」
「ジョルノ! 無事デ良カッタ!」
 スタンドを見る能力すら残っていないのではと思いピストルズを出した。
 ちゃんと見えているらしく指先で頭を撫でてやったり、擦り寄られた頬を傾けたりしている。声もスタンドも一時的に出せなくなっているだけかならば最悪の事態ではない。
「んー、喋れないと不便だよな。取り敢えずうち来るか?」
 最も安全な場所は組織の事務所だがそこへ至るまでに誰に会うかわからないし、執務室に入る事を許可している数少ない上層部の人間にもこの状況は話せない。
 既に理由を知っているミスタが次に安全な自宅に匿ってやるのが1番だ。
 この提案にジョルノはピストルズと戯れながら頷く。
 そうと決まれば飲みになんて出ている暇は無い。落ちている運転席に有った死体をまさぐり車の鍵を探す。すぐに見付かったのでミスタは運転席に乗り込んだ。
 運転した事の無い車種だが何とかなるだろう。エンジンはすぐに掛かり、アクセルを踏むとちゃんと前へ動き出した。この辺りから自宅に帰るにはどこを通るのが1番近いかわからないがそれも何とかなるだろう。遠回りしてもジョルノに気付かれなければ良い。
 ミスタ自身は運転に集中した。後部座席でピストルズがジョルノにあれこれと話し掛けている。ジョルノも声は出せないが頷いたり指を動かしたりと返事をしている。
 そうだ、死体片付けてもらわねーとな。
 ミスタは携帯電話を取り出し運転しながら操作して耳に当てた。
「ああ俺、今大丈夫か?」
 電話の向こう側で部下が大丈夫ですと答える。
「飲み屋街抜けた所にデカいけど人気(ひとけ)の無いアパートが有って、そこに死体が3つ有るから回収してくれ。男3人、身元とかは知らねー。レイプグループだから現行犯射殺しておいた」
 見るからにチンピラといった様子ではなかったが、どこぞのギャング組織に所属しているかもしれない。
 但し自分達の組織ではない。ギャングにとって女は犯すものだった過去は否定しないが今は違う。女は『売り物』だ。仕入れた女を売って手にした金で抱きたい女を買う。今は誰かに抱かれてでも金を手にしたい女だけが裏の世界へ入る時代。
 欲のままのドラッグも性欲のままのレイプも御法度のギャング組織だが、暴力や殺人は禁止していない。ボスは死すべき悪人を殺す事に一切抵抗が無く、幹部には拳銃使いも猛毒使いも居る。リンチは極力しないが出来ないわけではなかった。
 ジョルノを車に連れ込み脱がしていた事実を知らない者からすれば、ミスタが金目当てに路上で通り魔殺人をしたように思われかねない。
 バックミラーを見るとジョルノは衣服や髪型をすっかり整えている。
「そんなわけで頼んだ。明日連絡入れるまでにやっといてくれるよな?」
 部下から苦笑気味の了承を得られた――無理に取り付けたわけではない――ので電話を切った。
 さて死体は処理出来るから良いとして次はこの車だ。どこかに売り付けるのが1番だがミスタにも直属の部下にも伝(つて)が無い。
 きちんと動く普通の車なだけに廃棄するのは勿体無いので『換金』が得意そうなチームにプレゼントするか、一層事務所の皆で使いましょうと置いておくか。
 そうこうしている間にミスタの住むアパートに着く。
 今日明日で殺人犯として追われる事にはならないだろうと車はアパートのすぐ前に停めた。
 降りて中に入り自室へ向かう。若い独り身ばかりが住んでいるので廊下を通るとこの時間でも生活音が聞こえる。
 鍵を開け自宅に入る。癖でそのままドアを閉め掛けたが、後ろからついてきているジョルノを思い出して手を止めた。
「まあゆっくりしていけ」
 先に行くよう促し、玄関ドアを閉めて鍵を掛ける。
 鍵の音に合わせるようにジョルノが振り向いた。
「……ミスタ」
「ん?」
「……有難う」
「どう致しまして」
 返礼をしてから気付いた。今、ジョルノが声を出した。喋れるように戻ったのだ。思いの外早く声を出せるようになって、何日も続くような事が無くて良かった。つい顔がニヤケる。
 短い廊下の先のリビングダイニングに入るとジョルノが足を止めた。
「遠慮しないで寛げ寛げ。何も無いけどな」
「何も無い、という事は有りませんが……」
 一人暮らしだがダイニングテーブルに向かう椅子は――買った時に付いてきたので――2つ有る。どちらかが立ちっ放しにならなくて良いだろうと思ったが、普段座らない方には脱ぎ捨てた服が積み重なっている。
 何も無いのではなく要らない物が有り過ぎる。テレビの前には貰い物のワインやら何やらを床に直置きしているし、反対側のキッチンを見るともっと悲惨だ。
 取り敢えず椅子の上の服を洗濯機の有る洗面所へ――洗って干して取り込んだ分だっただろうか、と思いながらも――運ぶ。何とか空けた椅子に座るよう促し、ミスタ自身も普段使っている椅子に座った。
「有難うございます……」
 気まずさが溢れて押し出されたような言葉は立ったまま言われた。先程の必死に声にしたそれとはトーンが違う。
「あー……っと、何か飲むか? シャンパン有るぜ、ちょっぴり重ためのやつ」
 要らないの意で「いいです」と小声で返された。
 確かにシャンパンは祝いの席で開けるもの。酷い目に遭い掛けた――あくまで未遂。勿論殺人を目の当たりにした事ではなく――のにシャンパンは無いだろう。
 参った、こういう場合何をしてやれば良いのかさっぱり見当が付かない。
 デリバリー中華の空箱の隣に置いてあるリモコンでテレビを付けた。大して人の入らなかったであろう知らない映画が放送されている。
「ミスタ」未だ少し掠れ気味の声で「頼みが、有るんですが」
「何だ?」
「……風呂を貸して下さい」
「風呂?」
 言われて風呂場の方へ目を向けた。
 余り広いアパートではないが風呂はトイレと別に有る。
「シャワーを浴びたいんです。体を洗いたい」
「良いぜ、シャワーは遠慮せずに使え」
 ろくに掃除をしていないので浴槽は貸せないが。
 脱衣場兼洗面所へ案内する。洗濯機の上には先程運んだ服が畳まれもせず乱暴に置かれている。単身者向けのアパートなので洗面所も風呂場も余り広くなく、ジョルノと2人で居ると妙に落ち着かなかった。
「シャンプーもボディソープも好きに使え。バスタオルは――」
 洗濯機のすぐ側の物干し竿に掛けてある派手な柄のバスタオルは昨日使ってかけ直した物。
 綺麗に洗った体を拭いただけだから自分で繰り返し使う分には問題を一切感じないが、他人が1度使った洗う前のタオルと考えると喜んで受け入れられないだろう。
「お前が入ってる間に持ってくる」
 洗い替えは持っている。探せばきっと出てくる。
「有難うございます」
 返礼を受けて脱衣場を出た。
 そのまま寝室に向かう。複数有るタンスの中からタオル類を入れてある場所を開ける。
 バスタオルは趣味で派手な色や柄の物ばかりで、人に貸すにはどれにしたら良いか頭を悩ませた。
 まして相手はジョルノだ。出来る事ならセンスが良いと思われたい。
 何故良く見せたいのだろう。ボスだから、相棒同然の仲間だから、あんな目に遭っているのを見てしまったから。
 悩んでいる間に風呂を上がられバスタオルが間に合わず裸の相手と鉢合わせるわけにはいかないので1番上のバスタオルに決めて脱衣場へ戻る。
 閉じたドアの向こうでシャワーの音がする。ボイラーも音を立て始めた。流石に磨りガラス越しにシルエットが見えたりはしないが、何だか覗きでもしているような罪悪感が胸に込み上げてきた。
 竿にバスタオルを掛けた所でジョルノの服が置いてある事に気付く。
 置き場に迷ったのか洗濯機の蓋の上。先に置かれているミスタの服の横に軽く畳んで乗せられていた。
 服の汚れにも気付いた。決して疚しい(やましい)気持ちは無いのだと胸中で自分に言い聞かせながらジョルノの服を、1番上に有る上着を手に取る。
 裾が酷く汚れている。色が付いているのではなく透明な液体でぐしょりと濡れている。触れてみるとべたついていた。
 上着の下に隠すように置かれていた下着こそ透明の液体でかなり汚れている。
「悪い」
 一言謝って下着を手に取った。
 ローションか?
 結構な量を含んでいて下着1枚なのに重たい。その下に畳み置かれているパンツも尻の部分を中心にローションがかなり付いている。
 あの強姦魔達は最初から『男』に狙いを定めていた。
 狙いがジョルノ個人かどうかはわからないが、遠目に女と間違って車に引きずり込んだわけではない。女であればああいった状況では防衛の為に粘液を大量に分泌し入れやすくなる。
 後回しにしても良いローションを真っ先に、上着を脱がせる前から使っている。卑劣な奴らだから殺しておいて良かった。
 そしてジョルノがシャワーを貸してくれと言った理由もわかった。臀部を中心に粘液で汚れていれば誰だって洗い流したい。
 ダイニングチェアーから移した自分の服も合わせて洗ってしまおう。人も服も汚れたのなら綺麗に洗えば良い。
 ジョルノの服から財布と鍵と、それから余り使っている所を見ない携帯電話を取り出した。これらは濡らしては困るので洗剤等のストックを置いている場所へ除けておく事にする。
 色物だとか下着だとかを気にせず、2人の服を至って適当に洗濯機にぶち込んだ。洗剤を直接掛けて水を注いでボタンを押して、洗濯機を稼働させて脱衣場を出る。やはり1度洗った服を椅子に置いていたような気がした。

「ミスタ」
 風呂上がりのジョルノから声が掛かった。テレビに向けていた顔を風呂場に続く廊下へ向ける。
 先程出したバスタオルを腰に巻いただけの、無表情というより不満気な顔をしたジョルノが立っていた。
「どうした? ドライヤー使って良いぜ」
 タオルドライもそこその髪は雫を滴らせている。
「……服が、無いんですが」
 一瞬何を言われたかわからなかった。
 少しの間を置いてからジョルノの服一式を洗濯機に突っ込んだ事を思い出した。他の洗濯物の量を考えれば今は未だ脱水している頃だろう。
「何か貸すからちょっぴり待ってろ」
 立ち上がり寝室へ。適当なシャツとパンツを引っ張り出した。体格はほぼ同じなのでサイズという意味では恐らく何とかなる。
 リビングダイニングに入らず立ち尽くしているジョルノに服上下を手渡した。
「有難うございます」
 服を受け取った手がミスタの左手首も掴む。
「怪我、治っているみたいですね」
「ああ……まあ」
 言われて思い出した。深い傷ではなく出血はとうの昔に止まっており、点々とかさぶたのようになっていた。
「見た目にもわからないようにしておきましょうか」
 言ったジョルノのすぐ隣に彼のスタンド、ゴールドエクスペリエンスが姿を現した。
 シルエットがマスターによく似たスタンドがその能力でかさぶたが剥がす。すぐにいつもの皮膚に変わる。
「痛いんだけど」
「2〜3日手の甲にかさぶたの有る違和感や掻痒感を抱えたまま過ごすよりマシでしょう」
 その通りだ。それより。
「スタンド、出せるんだな」
「はい」
 声も出るしスタンド能力も使える。いつも通りに戻った。
「良かった……」
「ミスタのお陰です、有難うございます。もう1つ頼まれてもらえませんか」
「用件による」
「一晩泊めて下さい」
 お願いします、と目を伏せられる。
「それは勿論、良いけど」
 寧ろ泊まっていくものだと思っていた。
 戦闘力の有るスタンドが再び使えるようになったとはいえ夜道は危険だ。ギャングがギャングに言う事ではないが、それでも先程の事を思えば1人で歩かせられないし、車で送るにしても今日ばかりは帰宅後1人きりにさせられない。
「ベット1つしか無いから並んで寝る事になるぜ」
「良いんですか? 一緒に使って。何から何まで有難うございます」
 からかってみたのだが素直に礼を言われてしまった。床で寝ろと命じられるか、辛い事が有ったばかりで気落ちしているから自分が床で寝ると言い出すかと思っていたのに。
「この貸しはデカいぜ」

 テーブルを挟んでダイニングチェアーに向かい合って座り、しかし互いに顔はテレビの方へ向けている。
 ランキング形式の音楽番組は見ながらあれやこれやと話をするのに丁度良い。
 一般的には夜遅いとされる時間帯。視界の端でジョルノが「ふわあ」と大きな欠伸(あくび)をした。
「寝るか?」
「そうですね」
 空の容器をゴミ箱に捨て広くなったテーブルの上のリモコンを取りテレビを消す。
「ミスタも寝るんですか?」
 こちらを見て尋ねてくる。ベッドは1つなので場所は同じだが、時間は同じでなくとも良い事に今気付いた。
「いやあほら、ベッドルームに人を入れるとなったら、ちゃんと片付けなくっちゃあならねーだろ? ちょっと待っててくれ」
 適当な言い訳をして立ち上がり寝室へ向かう。
 バスタオルや貸す服を探す為にあれこれと出したわけではいないが、その前から脱いだ服――こちらは洗っていないと断言出来る――が落ちている。足の踏み場は有るが女1人連れ込むのも躊躇われる程度には散らかしていた。
 取り敢えず服は拾い上げて一ヶ所に纏めてみる。読み捨てた雑誌達はその近くに重ねて置いた。開けても閉めてもいない中途半端なカーテンをぴしゃりと閉め、暫く使っていない倒れた掃除機も立てておく。
 さて他に何をすれば片付けた事になるだろう。枕と掛け布団を整えてみる。ホテルのような綺麗な仕上がりにならないのでベッドメイクの仕事は向いていない事がわかった。
「終わったぜ」
 ダイニングテーブルに突っ伏していたジョルノに声を掛ける。
 心身共に疲れきったのだろう。あんな目に遭う前にギャングのボスとして仕事もしている。ジョルノはむくと疲労に染まった顔を上げて素直に寝室に来た。
「……片付いていますね」
 明らかな世辞。
 ジョルノを先にベッドに上げて奥へ行かせてからミスタも上り横になる。男2人で寝るにはやはり狭く、女と寝るならば枕にと貸してやる腕が余る。
「あ、お前真っ暗だと眠れないとか言わねーよな?」
「言いません。暗い方が眠れます」
「そいつは良かった」
 普段は使わないからとベッド近くの床に置かれているリモコンで部屋の照明を消す。また床に置くと何か言われそうな気がしたので、ナイトテーブルの上へ置いてから横になった。
「暗くて眠れない事は有りませんが」
 真っ暗闇で何も見えない中、ジョルノの静かな声がすぐ隣から聞こえる。
「夜中に目が覚めて暗いのは少し苦手です」
「へえ、子供みたいな所有るんだな」
 これだけ実年齢よりもずっと大人びているのに。
 つまり実年齢は未だ子供か。先に背が伸びた発達途中の肉体、ミドルティーンらしい中性的な顔立ち。強い信念とそれに従い真っ直ぐに進める行動力が有るから忘れがちだが、本来なら未だ呑気に学生をやっている年だ。
「本当、子供みたいで恥ずかしい。誰にも言わないで下さい……今日の事も」
「言わねーよ」
 誰に何を聞かれたって言うものか。2人だけの秘密の共有という甘美な『ネタ』に落とし込んでやる。掛け布団の中で微妙に触れ合ってしまう手を出し、それこそ幼い子供にやるように頭を撫でておいた。
「僕は未だ子供なのでくっ付いて寝ても良いですか?」
「何お前、そういう趣味?」
 軽口に少しだけ間を置いて、
「暗い中で目を覚ましても誰かが近くに居てくれたら怖くない」
「ママが恋しい年頃か」
「母と枕を並べて寝た事は有りません」
「……よし、特別に抱っこしててやろう!」
 片腕をジョルノの頭の下に無理に突っ込んで枕にし、もう片方の腕で抱き寄せる。
「有難うございます」
 腕の中で抱き付いてきた。
 今日何度目になるかわからない感謝の言葉。自分は何とボスに忠実な幹部なのだろう。或いは仲間想いなギャングか。
「あんまり母親と仲良くなかったのか?」
 返事が来ない。
「寝た? 早過ぎねーか?」
 やはり返事は無く、代わりに微かな寝息が聞こえる。
 人間は何かに抱き付くと安心する生き物らしい。抱き付くという時点で対象は安全だから、脳がそのまま安堵して良いと認識するのだろう。
 ミスタもいつもの何倍も早く眠れる筈だ。

 薄明かりを感じてミスタは目を開ける。遮光性の弱いカーテンが外の光を寝室に入れている。夜が明けたというよりもう昼に近い。
 寝返りを打って寝直そうと思ったが隣に何か有る。そうだ、ジョルノを泊めたのだった。
 先に寝付いたのに未だぐっすり眠っている。
 閉じた目を覆う長い睫毛が印象的で、通った鼻梁の下で規則的な呼吸音が聞こえる。形良く膨らんだ唇はしっかり閉じられて寝言の1つも無い。
 相当な美人と寝床を共にしているのは誇らしいが、手を出していないのは男として虚しいし、相手もまた男なのだから胸中は色々と複雑だ。自身が眠る前の最後の記憶にある寝姿と変わっていない。夜中に目覚める事が無かったなら、それで怯える事が無かったなら良かった。
 寝顔を見ていたら眠気がすっかり覚めてしまった。2度寝は諦めて起きるとしよう。今日はボスのジョルノにはこれといって仕事が無いが、幹部のミスタには昼の内に簡単な仕事が有る。
 ジョルノの枕にしている腕をそっと抜いてミスタは体を起こした。
「んぐ」
 静かに動かしたのにジョルノには充分な衝撃だったらしく、眉間に皺を作りゆっくりと目を開ける。
「悪い、起こしちまった」
「……おはようございます」
 寝起きらしく掠れた声。顔もまた不機嫌そうだ。
「もう朝ですか」
 欠伸混じりに言ってジョルノも体を起こし、光の漏れるカーテンの方へ目を向けた。
「俺は仕事が有るからアジトに行くけど、お前はどうする?」
 日中であっても別々に行くのは、ジョルノを1人にするのは危険だし本人も不安だろう。顔を出すなら一緒に行くし、行かないのならミスタが仕事を終えて戻るまで部屋に居てもらおう。
「どうしたものか……」
「お前今日しなくちゃあならない用事無いよな? だったらここに居ろって。パスタなら有るし冷蔵庫にも色々入ってるから飯の心配は要らないぜ」
 1人で外に出るのはジョルノ自身が絶対に大丈夫だと思えるようになってからで遅くない。喋れてもスタンドが使えても、ああいった事に巻き込まれないとは限らないしその不安は続く。
 件の事を唯一知っているのがこうして匿える自分で良かった。一人暮らしだし、口は軽いが仲間が傷付く事を言い振らしたりはしない。
「有難うございます。ただ僕が言いたいのは、その……アジトに行こうにも自宅に帰ろうにも、服が無い」
「服?」
 今貸している上下は完全に寝間着なので外には出られないが、外出着位別途幾らでも貸す。趣味ではないとは言わせない。
「僕の服です。昨日を風呂を借りた時に脱いだ」
「ああ、洗濯した――」
 続く言葉が出ない。
 洗濯した、厳密には自分の物と一緒に洗濯機に入れたジョルノの服。干した記憶が無い。取り出した記憶も無い。洗濯機は操作通りに洗濯し脱水しているだろう。そして汚れは落ちたがしわくちゃになった服達を槽の中で絡ませているだろう。
「ジョルノ、世の中には一宿一飯の恩義という概念が有る。ここで言う飯は朝か昼かわからんが後で食う飯だ。因みに俺は朝は食わずに出て途中で何か買ってアジトで食う。悪いが1人で食ってくれ」
「それは構いませんが」
「食った後にお前は俺への感謝として洗濯をしろ。いや、して下さい。お願いします。洗濯機に入れっ放しになってる俺とお前の服をもう1度洗って下さい」
「随分と下手に出ましたね」呆れ顔で溜め息を吐き「わかりました」
「お礼にケーキでも買ってくるから」
 洗濯の恩義にケーキの恩義とどんどん連鎖していきそうだ。

 外出の準備を全て終えてミスタは玄関に向かう。当然鍵は持っているが、ジョルノが閉めると言ったので御言葉に甘える事にした。
「じゃあ行ってくる」
 玄関扉を開いてから振り向き、一人暮らしが長いので新鮮な挨拶をする。
「今日は夜に回る所も無ぇし終わったらすぐ帰ってくるから。あとプリンだっけ?」
 土産ならプリンが良いと言い出した。夜中に起きるのを怖がった後でプリンを強請られるとは。ミスタも甘い物は好きだがプリンとなるとどうにも子供っぽい。だが人間誰しもそんな一面を持っている方が面白いので良い。
「有ったらお願いします。行ってらっしゃい」
 肩を掴まれた。顔が近付いてきて、左の頬に唇を押し当てられた。
 親子で交わすような触れるだけの頬への口付けはほんの一瞬で終わった。混乱しきったミスタはしどろもどろになりながら、もう1度「行ってくる」と言って外へ出る。
 ふらつきそうになりながら歩みを進める。後ろでドアの閉まる音と鍵の掛かる音がした。
 まるで恋人の家で夜を明かしてから帰る時のような――否、そんな甘ったるい物ではない。その場合は唇にする。
 頬に唇が触れだけに過ぎない。嗚呼だがジョルノから頬に口付けされた。彼との間に有るキスは忠誠を近い跪いて手の甲にする物だけだと思っていたのに。行ってらっしゃいのキスをされてしまった。
 こちらからも行ってきますのキスをすれば良かった。今更ながらに思いながらミスタは車に乗り込む。
 昨日撃ち殺した3人が使っていた車。もし盗まれていたり壊されていれば歩いて行こうと思っていたが、昨晩停めたままになっていた。
 鍵は自分が持っているから盗むのは無理か。運転席に乗り込んだミスタはその鍵でエンジンを掛けて発車する。
 売り払うのが1番だと思っていたが持ち主はもう居ないも同然だから自分の物として乗り回すのも悪くない。
 だが例えば組織の所有物にしたとして、ボスのジョルノはもうこの車に乗らないかもしれない。子供っぽい部分を強がりで隠していた彼の事だから、決して言わないが見たくもないかもしれない。
 それよりもトランクに更に別の被害者が詰め込まれていないかといった心配をするべきか。生きた人間が乗っていれば未だマシだが、死体だったら色々と厄介だ。持ち運ぶ為にバラバラにした死体だったらどうしてくれよう。
 より困るのは麻薬だ。ギャング組織だが麻薬は御法度。処理に困る。捌くわけにはいかないし埋めて終わりも怒られる。当然自分で使う気はさらさら無い。
 車なのであっという間に目的地の根城に着いた。駐車スペース――駐車場として整備されているわけではない――に停めて、ミスタは急いでトランクを開けた。
 中は空だった。安堵に胸を撫で下ろす。
 しかし全く物を積んでいない、というのも可笑しいのではないか。塵1つ無く掃除をされているというわけではなく、埃っぽさが鼻についた。
 3人の内の誰かの車だとして清掃道具なり毛布なり食べ散らかしたゴミの1つ位は有るのが普通だろう。ミスタも自分の車ならばそうする。
 組織の車ならば私物は置けないのでこのように本当に空(から)の状態にしておくが――
「3人で金を出し合って買った車? いや、もっと大勢での、共用の車かもしれねぇな」
 指で顎を押さえ考え込む。企業が車を所有している事はよく有るだろうし、ギャング組織の自分達ですら何台か購入している。ボスがボス――と呼ぶには若過ぎる年齢――なので購入時の名義なんかは少々違法だが、どれも盗んだ物や無理に作らせた物ではない。
 この車もそういった類の物かもしれない。生真面目な会社の物をあの3人が盗んだか、あの3人が実は同じ所で働く同僚グループか、それとも。
「ギャングか……」
 ネアポリスのギャングと言えば自分達の組織で他の追随を許さないが、近隣の地域にも当然ギャングは居るし組織を築いてもいる。
 友好的で半ば協力関係にある組織や敵対同然の組織、それから人数が増える等してこの組織から分家のように新たな組織を作るチームも幾つか居た。
 これが宗教ならば異端だと詰られた(なじられた)かもしれないが、大きなギャング組織の派生の組織は企業グループの子会社のようなもの。目の上のたんこぶと出過ぎた杭ではあるが表面上は『仲良く』やっている。
 そういった所の車であれば処分も私物化も出来ない。そもそも乗っていた3人も殺してしまった。
 否、こちらのボスに強姦未遂を働いたのだ。決別する巨大な理由が有る。
 表社会の立派な企業様であってもぶっ潰すしかねぇな。
 トランクを閉めて睨み付ける。車に罪は無いがあの3人は万死に値する罪人だ。

 いつの間にか付いた通り名は『拳銃使いのミスタ』。確かに使うのは好きだし上手いと自負していた。
 だが得意としているのは射撃であり、売買に関しては専門外だと思っている。
 なのに拳銃の買い付けなり売り付けなりの総括を担当している。収支の計算なんかは部下に任せるにしても、その指示を出したり直接交渉の場に出向いたりはミスタの仕事。そういった仕事ばかりが重なり続けると、やがて「これが正しい使い方だ!」と乱射してしまわないか自分の事ながら不安になった。
 事務所の幹部クラスしか立ち入れない執務室でその仕事の1つを終えたミスタは、通話終了した携帯電話を足を組み腰掛けるソファの横にぽいと置いた。
 自身の携帯電話で拳銃の販売が無事に成功したという報告を受けて続く指示を出す。拳銃使いなのに使っているのは携帯電話。何だか物足りない。偶には暴れるような『仕事』をしたい。
 いや昨日発砲したばっかりだったっけ。
「お疲れ様です」
 無感情なフーゴの声。今この部屋にはミスタとフーゴしか居ない。この2人とボスのジョルノと、後は数名の人間しかこの執務室には立ち入れない。
 末端の人間には――勿論年の都合で――ボスだと明かさないジョルノも、上納金や働きぶり等で幹部同等の評価を与える事が有る。だがそういった者に対してもミスタと同列の扱いは絶対にしない。ミスタが同じ『チーム』の人間だからだ。
 再びこの組織に、この半数になってしまったチームに戻ってきたフーゴだけがミスタと同等の、親衛隊とも呼べる地位に居る。
 彼はいつも通りギャングらしくなく、また見た目の通りに生真面目に事務仕事をしている。金庫番といった所か。
「全然疲れちゃあいないぜ、こっから1歩も動いていないからな」
「ミスタにとっては走り回るより何倍も疲れる事じゃあないんですか?」
「ああ確かに頭は滅茶苦茶疲れた。甘い物が食いてーな。プリンでも買って帰るか」
 机の上の書類と睨めっこをしたり、導入したパソコンのキーボードを叩いたりしてばかりのフーゴこそ疲れているだろう。
 しかしフーゴの性質を考えればミスタには向いていない事務仕事こそが向いているのかもしれない。キレやすい性格とキレたら最後のスタンドは切り札となるが、ミスタが適性を持つ荒事の軽い物にはそれこそ向いていない。これが適材適所、そして個性の違い。
「帰る前に少し話を聞いてもらえますか?」
「あ? 未だ帰らないぜ?」
「今の電話で終わりじゃあないんですか?」
 手を止めてこちらを見た。
「仕事は終わったんだが、もう1個やる事っつーか考える事が出来ちまったんでな」
 今朝乗ってきた車をどうするか決めなくてはならない。それが終われば日の高い内だろうと早々に帰る。
「考える事、ですか。手伝いましょうか?」
「……って事は、話ってのは面倒な頼み事だな」
「その通りです。ミスタの考え事から先に聞きますよ」
 フーゴの話を聞かなくてはならない流れになってしまったが、元から聞くつもりだったので良しとする。ミスタはソファの背凭れに腕を広げ置いた。
「死体3つの話有るだろ?」
「昨日出たやつですね。身元不明の男が3人。銃殺遺体との事だから」
「俺がやった。で、そいつらの車そのまま持ってきたんだけどよ、3人のうちの誰かのって感じがしねーんだよ。そこそこデカい車で乗り心地もまずまずなんだが、手放しといた方が良いかなあとも思うわけだ」
「車を調べて問題無ければ自分の物に?」
「組織(うち)の物に」
「わかりました、調べさせます」
「出来るのか?」
「但し車は置いていってもらいますよ。あと死んだ3人の内の誰か1人でも、貴方が殺す前に名乗ったりしていませんでしたか?」
「決闘したわけじゃあないんだ、聞いてねーよ」聞いていても恐らく覚えていないし「3人まとめてレイプの現行犯射殺だからな」
「初犯を極刑ですか。助けた女性、そんなに美人だったんですか? わざわざ人を殺してでも助けたいと思う程に」
「ああ、まあ……美人ではあるな……すぐに逃がしたからどんな女かとか全然わかんねーんだけどな」
 半分本当で半分嘘。だが逃がしたという嘘の方も半分位は事実だ。
 過去に似たような事をして逮捕された際、助けた女はいつの間にか逃げていた。礼の1つでも言ってくれと今更ながらに思う。
 助け出したくなる程美人のジョルノは、昨日何度も「有難う」と言っていたのに。
「身元の手掛かり一切無しとなると調べ上げるまでに数日は掛かるかもしれません」
 手掛かりになりそうな物なら有る。1つは今持っている。この中身で昼を食べたし土産も買うつもりだ。
「……家にそいつらの財布有るから明日持ってくる」
「アンタが掻っ払っていたんですか」
 肩を落としてから手元――ミスタからは見えないが恐らく小さなメモ帳――に書き込んだ。
「明日ちゃんと3つ共持ってくるって」中身は抜き取るが「で、フーゴの方は何の話だ?」
「……ジョルノがボスになってから初めて別組織になったチーム、覚えていますか?」
「覚えてる。と言っても顔とか名前とかは元から知らねー。確か15人位だったよな」
 大抵は5人前後で1つのチームとなり活動する。どこのチームにも入れず自分のチームも作れないようであればこの組織に、繋がりを重要視するギャングという生き方に向いていない。
 膨れ上がり9人近くになってもリーダーシップが有り結束が強く上納を怠らなければチームとしては成立する。
 10人を過ぎれば2つに分かれる事が多い。チームという概念は幾つ有っても困らない。多くても少なくても。
 そんな中で15人近い人数で活動していたチームがこの組織を抜け新たな組織を作ると言い出した。
 ここを潰しネアポリスの頂点を取りたいのだとしたら勿論、ここでは取り扱えない麻薬に手を出す為であっても敵対組織として見なす。
 ボスのジョルノの言葉に幹部の地位にあったリーダーはそのつもりは無いと、別の会社を設立するのではなく支社を出すような物だと言った。
 小さな店でも良いから店長になりたいという希望をジョルノは承諾した。上納の義務は無くなったが巨大組織特有の支援も受けられない。但し『協力』はし合おうとにこやかに送り出した、そんなチーム改めて傘下の組織が有る。
「そこがどうかしたのか? まさか、最近車に連れ込んで集団レイプしてるとかじゃあないよな?」
 もしや昨日殺した3人がその組織の人間だとしたら――死んで当然だし死んだ者は生き返らないのだからどうもしない。
「違うと思いますよ。あそこはリーダー以外ちょっと変わった人ばかりで構成されていますから」
「変わった人?」
「女性に乱暴を働く事に興味が無い、寧ろ嫌悪しそうな人ばかりだった筈です。リーダーも、ミスタは話した事は有りませんでしたか? 僕は結構会う事が多かった。世間話をした時に、女が好き過ぎて特定の恋人は作れないと言っていました」
「好き過ぎるのに? ああ、浮気しちまうって事か」
「恐らくそういう意味でしょうね」
 他に考えられるのは男のくせに愛が重いと言ってすぐフラれるか。それは新興ギャング組織のボスとしては恥ずかしい。
「そこの組織が……最近人をかなり増やしています」
「困んのか?」
 こちらの組織から何人も引き抜かれているのなら問題だが、そうでなければ気にする必要は無いだろう。こちらを超える程になれば危険因子となりかねないが、こちらが抱えているのは『最近』で超えられる人数ではない。
「女性ばかりなんです」
 どういう事かと聞き返す所だった。
 言葉の通り女の構成員がどんどん増えているのだろう。
 自分達にとって女はやがて妻として迎える家族か花を売る商品。あとは一切の関りの無い表の人間であり、仲間にしたり部下にする事は滅多に無い。
 女は子を孕む。腹に子が居る――かもしれない――から危険な任務を割り当てないという事は出来ない。任務を引き受けられない者は組織には不要だ。
 傘下の組織はそう考えない、だからこの組織を抜けて新たに設立した、という流れにでもなるのかと思ったが。
「それも……既婚者ばかり」
「何だそりゃあ?」
 こちらは聞き返してしまった。何度も瞬きをしてフーゴの返答を待つ。
「共通点は夫が居るというだけで年齢や容姿等は様々です。ただもうずっと既婚女性しか入団していない……偶然で片付けられる人数・割合じゃあないんです。だから何だと、何とも無いと言われればそれまでですが」
「うーん……変な気はするが、なあ……」
 目を閉じ腕を組み唸った。
 女好きのボスは取り分け人妻が大好き、というだけの話なのか。古き良きギャングは仲間は家族だから仲間の妻に手を出してはならないという決まりが有るには有る。
 若者は気にしないという事か。否、確かリーダー改めボスは確か自分より20以上は年上だ。そもそも好みを片っ端から組織に入れている、とはならないだろう。気に入らないから入団を認めない事は有ったとしても。
 こんな時、ボスであるジョルノならば何を気にするか。
「……旦那の方には共通点とか有んのか?」
「夫の方も少し調べてみますか。今わかっている範囲では新たに入団した女性もその夫も国籍は同じ、という共通点位しか有りません。1人うちの組織の人間も居ますよ」
「マジか」
「彼から聞いて知った事なので。妻がギャング稼業に手を染めたがここの傘下だ、と」
 情報が少な過ぎるのでどうするべきかの見当が全く付かない。
「ボスは女好きだけど連れてったチームの奴らは別にそうでもないんだよな? そいつらが今幹部になってるわけだろ? ボスのワンマン組織じゃあ不満が出たりしねーのか?」
 こちらも表も巻き込まない内部抗争が勃発するだけならば構わないが。
「彼らは女嫌いというわけじゃあありませんよ。まあそこも含めて調べさせてみます」
「俺も今聞いた所までジョルノに話しておく」
「この時間になっても来ないという事は、今日は顔を出さないでしょうね」
 フーゴは落胆した様子で言った。
 ジョルノが来たら直接話すつもりだったのだろう。仕事が一切無い日でも気に掛けて見に来る事が有る。
 今日は絶対に来られない理由が有るが、例えフーゴであってもこれは言えない。キレやすいフーゴだからこそ言えないのも有るし、何よりジョルノと誰にも言わないと約束した。
「ジョルノって明日は予定有るのか? 忙しくしてるから俺が代われる事は代わろうと思うんだが」
「明日ですか、ちょっと待って下さい」
 腕を伸ばしてシステム手帳を取る。
「明日の午前中に『飲食店』の話を聞きに行く予定が有りますね」
 どうやらフーゴは自分しか見ないであろうメモであっても娼館やそれとわかる書き方はしないらしい。
「話聞くだけ? しかも、午前中に?」
「『店長』が住み込み同然ですから午前中でも大丈夫なんじゃあないでしょうか。明日はそれだけのようですが、明後日は……」
「明後日は俺じゃあ代われない仕事が入っているのか?」
 例えば面倒臭い帳簿記入のような。
 もしもそうならフーゴに頼もう。恐らく無いだろうがカチコミに行くのであればそれこそ自分の出番だ。
 今日だけではなく明日・明後日と暫くジョルノを休ませてやりたい。ミスタの部屋のような安全な所で心を安らいでもらいたかった。
「……今話したボスと会食です」
 何とタイムリーな。
 否、会食予定が有るから調べたのだろう。不安に思いジョルノに話したいが今日は来ないようだから先にミスタの耳にだけでも入れておこうと切り出したに違い無い。
「組織のトップ同士仲良く飯食うだけなら良いんだけど、まあそんな事は無いだろうな」
「一応立場としてはうちの方が、ジョルノの方が上にはなりますが……向こうからの招待です」
「人妻好きのおっさんのお誘いとか滅茶苦茶怖ぇー」
 茶化して言ったが本当に恐ろしい。そんな場へあんな目に遭ったジョルノを送り出せるわけがない。
「そいつや回りの事を入念に調べておいてくれ。会食までに、情報は多い方が良いからな。あの車は後回しでいい」
「車の件は手癖悪く盗んだ財布を持ってきてから調べ始めようと思います」
「明日持ってくるって」
 中身は別として外側は絶対に。
 足を上げて大袈裟な動きでソファーから立ち上がる。
「本当に明日ミスタが『飲食店』に行くならボスの代理になると連絡しておきますよ」
「そこも任せて良いなら助かるぜ。じゃあ俺の仕事は終わったから、お先に」
 車の調査を頼めるのは良かったが帰りの足が無くなったので急がねば。
 未だ外は充分明るいが土産を買って帰らねばならない。ジョルノのお眼鏡に叶う甘味を果たしてすぐに見付けられるだろうか。

 日暮れは遅くのんびりと歩いて帰宅しても頭上は未だ青空と呼べる色をしていた。
 ミスタは自宅アパートの前で空を見上げる。よく晴れた青い空の手前にはためく『洗濯物』が見える。
 この時間まで出したままなのは余り見ないが、家族の多い家なんかではよくやっている天日干し。自分の衣服がそんな天日干しをされているのを見るのは初めてだ。
 外に出すのも取り込むのも面倒臭いから室内に干してしまうし、もしも外に干しても外出する前には取り込むので、こうして外から見る事が無い。そもそもこれだけ沢山干せる竿自体持っていなかったような。
 目を凝らして見ると衣類が掛かっているのは蔓(つる)のような物で、ジョルノがスタンド能力を使ったのだとわかった。
 それより服の他に掛かっている物がタオルにしては異様に大きく見えるのだが。
 アパートに入り自室へ。鍵を開けて中へ入る。いつもと変わらず誰も居ない気がする。
 リビングダイニングに入るとジョルノが出迎えようとしてくれたのか椅子から立ち上がる所だった。
「お帰りなさい」
「ただいま」
 ミスタは片手でジョルノの肩を掴んで頬に口付けた。すぐに顔を離し反対の手に持つ取っ手付きの箱を見せる。
「ほーら土産のプリンだぜ!」
 可愛らしい看板の小さな乳製品専門店を見付けたのでそこで買ってきた。
 初めて利用する店で人の入りも疎らだったが、陳列されていたプリンやチーズケーキは綺麗でいかにも美味しそうだったので見ればジョルノも喜ぶだろう。
「……どうした?」
 中を見たがるでも違う物を食べたくなったと我が儘を言うでもなく、ジョルノは呆然としている。
「……あ、キスされると思わなかったので」
「単なる挨拶で驚くなよ。そもそも朝はお前の方からしてきたじゃあねーか」
 別にただいまのキスをすればお帰りのキスを貰えると思ったわけではない。断じて。
「される側ってこんな気持ちになるんですね」
「どんな気持ち?」
「上手く言葉に出来ません。する側も」
 今朝した際にも何ら思う事が有ったのか。
「ええと、土産のプリン、本当に買ってきてくれたんですね」
「俺の分も買ってきたから早速食おうぜ! と言いたい所だが、今食ったら晩飯何時にするって話だよな」
「そうですね、僕明日は午前中から『飲食店』に出向く仕事が有るので夕食が余り遅くなるのも、流れで就寝が遅くなり過ぎるのも、ちょっと」
「ああその仕事は俺が代わりに行く」
「え?」
「だからお前の言う通り晩飯遅くしたくねーんだよなあ。食後のデザートまでとっておいた方が無難だな」
 今すぐ食べたいと騒がれなかったので土産は箱ごと冷蔵庫に入れた。
「晩飯もどうしたもんかなあ、思ったより物無いな……ちょっと買ってくる。何食いたい?」
「食材の買い出しなら一緒に行きます」
 持てる量は2倍になるし、買い忘れも防げる。
 しかし未だジョルノを外に出すわけにはいかない。
「いや俺1人で行く」
 幾ら自分が隣に居るにしても、急用でないのならせめて後1日位は他人と接しない方が良い。24時間でフラッシュバックの心配が無くなるとは限らないがそれでも。
「お前はほら、洗濯物取り込んでおいてくれ」
「そうですね、そろそろ入れないとベッドシーツが冷たくなってしまう」
「あれベッドシーツか!」
「洗濯機に入っていた物はすぐ洗い終わったので、他にする事も無いし色々と洗ってしまおうかと。寝室に固めて置いてあった服も洗っておきました」
 先に洗った自身の服がしっかり乾いたから早速着ているようだ。
 似合っているし本人も落ち着くだろう。自分の服を着ている姿を見るのも悪くないが、本人が着たい服を着ている方が良い。
 寝間着も『自分の物』であった方がきっと良い。幾らでも貸すしそれだけの数は持っているが、そこに1つ位ジョルノの寝間着が置いてあっても邪魔にはならない。
「それに買いに行くのは食材じゃあない。帰ってきてから作る時間なんて無いからな、すぐ食える物を買ってくる。食材は明日一緒に買いに行くか」
「一緒に?」
「娼館で話を聞いてくるだけだってフーゴから聞いた。そんなに時間掛からねぇだろうし、色々買い出しの日にしようぜ」
「一緒に行くのなら娼館――飲食店も一緒に行きませんか? いや、明日の午前の仕事に同行してもらいたい。危険の無い任務です。引き受けてもらえますか?」
 ミスタはパチパチと瞬きをしてジョルノの顔を覗き込んだ。
 目も鼻も口も大変にお綺麗な顔だから昨日のような目に遭ったのだ。娼婦やその客が居る場所を歩かせられるわけがない。
「娼館は俺1人で行くって。お前は今日みたいに洗濯して、いやもう粗方洗濯してくれてるから掃除かな。兎に角ここで待ってろ。お前はボスなんだぜ? ちっこい仕事は部下に流せ流せ」
「彼女は所属する娼婦達を纏める、謂わば幹部クラスの人間です。小さな仕事で終わるとは限らない」
 譲るまいとジョルノもじっと見返してくる。傍から見たら睨み合っている。
「なら尚更俺を頼れって。お前は今病み上がりっつーか本調子じゃあないっつーか、兎に角元気じゃあないんだ。元気になるまで仕事を代わったり外に出る時も一緒だったりする奴が居た方が良い」
「それは……否定しません」
 ここで初めてジョルノの方から目を逸らした。
 長い付き合いではないがそれなりに深い付き合いをしてきた仲で、こんなにしおらしい態度を見るのは初めてだ。なまじ組織のトップに立ちその組織を動かせる程頭が回るので、いつもの強気さが有ればとっくに言い負かされている。
 誰かに代わってもらったり頼ったりする事だけを肯定しているのではなく、自身が「落ち込んでいる」のも認めていた。
「……それに貴方しか頼れない」
 何が起きたか、何をされそうになったかを知っているのはミスタだけ。そこから助け出したのもミスタだ。
「俺はちゃんと頼りになるぜ」
 視界の端にしか入っていないかもしれないがミスタは胸を張る。
 ギャングをやっているのでもっと厚い胸板を何人分も見てきているだろうが、それでも頼りなくは映らない筈だ。
「ミスタ……明日の仕事、僕の代わりに行って下さい」
「ああ」
「恐らく危険は無い、けれど報酬も出ないかもしれない『任務』です」
「任せとけ」
 お願いします、と弱りきったような声で言った。
 いつもの強く逞しい様子こそが彼なのに。そこに儚さが加わるといつものようには跪けない。だが危うさが魅力的ではある。
 植え付けられた苦しみを取り除いてやる事は出来なくても、立ち上がる為に手を差し出したり歩けるようになるまで支える事は出来るし、してやりたい。それが良い事か悪い事かもわからないままミスタは両腕で引き寄せ抱き締めた。
「っ……」
 ジョルノは驚きに息を呑んだ。だが続いて両手をミスタの背に回し体を預けてくる。
 安全なミスタの部屋なら1人きりでも大丈夫だし、ミスタが運転するなら車に乗るのも問題無い。立ち直れる日は近い。
「今日この後は洗濯物を取り込む、明日は掃除か何かと食材の買い出し、明後日の事を考えるのは今度。それで良いだろ? 俺がお前の仕事を代わる分、お前は俺の家の中の仕事をしてくれ、頼む」
 頼られもしたら頼りやすくなるだろう駄目押しの言葉を掛けた。
 そこいらの女と比べれば背が高いので腕の中にすぽりと収まっているわけではない。顔は顔のすぐ横に有る。
 だから表情は見えない。代わりに息遣いが聞こえる。甘酸っぱいような良い匂いもする。愛しいとか恋しいとか名前を知っていただけの感情の意味が理解出来た。
 不意に体が離れる。
 先程逸らした目が臆さずにこちらを見てくる。強い目力に全て見抜かれてしまいそうだ。嗚呼、この目で見詰めてもらいたかった。
「……行ってくる」
 先程とは反対の頬へ口付ける。
「行ってらっしゃい」
 朝のような頬への口付けが返ってきた。
 今朝抱いた幸福感がまた込み上がってくる。夕食に何を買うかは決めていないが足取り軽く買い物に出掛けられる。

 夕食にピザを2つ買って帰ってきた。マルゲリータが好きらしく喜ばれたしもう1つのマリナーラも美味いと食べてくれた。
 美味そうに、ではない。もっと口周りを汚してでも好きに食べれば良いのに。
 洗濯物は全て取り込まれ綺麗に畳まれているので広く清潔になった気のする部屋で、平らげた後に土産のプリンを出して2人で食べ始める。
「……そうだ、フーゴから聞いた話なんだが」
「はい」
「どこから話すかな……明後日会食する奴の話」
「彼がどうしたんですか? それとも彼の組織?」
「どっちも、だな。そこの組織が最近沢山人妻を入団させているんだってよ」
 スプーンを咥えたまま何の事だと眉を寄せた。
「まあそれだけなんだが……普通結婚している女ばかり入れるなんてしねーだろ? だから変なんじゃあないかってフーゴが言ってきた」
「確かに変な話ですね。新しく男性は一切入れていない、女性も若ければ入れていないという事ですか?」
「前者はイエスで後者はノー。うちと比べりゃあ小さい所だから入りたがる男がそもそも少ないだろうって事でそこは別に可笑しくないと思うぜ」
 自分達をファミリーと呼びたがるタイプのギャングも居る。そういった場合ただ大きくしたいだけではないし、同じ大きくするにも新しく入れる人間を選ぶ。
 そう、選ぶのだ。夫の居る女ばかりを選んでいるのだ。やはり可笑しいのではと疑ってしまう。
「女であれば若くても入れている?」
「ああ、結婚しているならな。年とか子供とか、そういうのはまちまち」
「夫に共通点は?」
 やはりそこを気にするか。
「今わかっている範囲では特に無いらしいぜ。皆イタリア人、って事位だったかな」
 予想してフーゴに尋ねておいた事を誇らしく思った。
「明後日の会食は向こうからの招待なんですが、どんな話をしたいという事は一切言っていなかった。頼み事が有るのか、何かをするから金が欲しいのか、見当が付かない」
「ジョルノが人妻に見えて勧誘しようと目論んでいる可能性は?」
「0です」
 有って堪るかと吐き捨てるように言われる。
「妙齢の女を囲い疑似ハーレムを作った気になっているんでしょうか」
「チームのメンバーがそのまんま幹部になっているんだろ? フーゴから聞いた話じゃあ女嫌いの集まりみてーだし、愛人は外に作れって言われるんじゃあないか?」
「女嫌い? ああ、そう言えばそんな話を聞いたな……僕は組織の人間であっても顔を知られたくないので直接会わないようにしていて、あの組織に移った者の顔はボスになった男以外誰も知りません。ボスは腕力も有るし、何より狡猾な手段を思い付けるタイプなのである意味上に立つのに向いています」
「へえ」
 このまま明後日ジョルノと会わせたくないな、と思った。
 万が一、昨日の出来事を嗅ぎ付けて脅迫なり何なりをしてきては困る。
「説得力が有る、とでも言うんでしょうか。しかし幹部となった彼の部下達がそのボスに忠実かどうかはわからない」
「あ、じゃあもしかして、人妻集めてたら幹部が文句を言ってきてウゼーとか?」
「組織を一新するべく旧幹部をこちらの組織に引き取ってもらおうという考えの可能性は有るかもしれません」
「成る程なあ……やっぱり明日だけじゃあなく明後日も俺が行くわ」
「組織を率いるボス同士の会食です。娼婦のお悩み相談じゃあありません。それに……」
 急に言い淀む。言いにくい内容というより、言葉を選んでいるように見えた。
 例えばこのプリンは上にキャラメルソースとホイップクリームが掛かり、更に上にブルーベリーまで乗っている。
 見た目にも華やかだが、純粋にプリンの味だけを考えると、果たして「美味い」のだろうか。そんな本質の話をするには何から言い出せば良いか考えている為に生まれた間に思えた。
「……明日、ミスタが帰ってきてから一緒に買い物に行くんですよね」
「おう。食い物だけじゃあなく必要な物を色々とな」
 食器も買った方が良いだろう。今ジョルノが使っているのは何故か家に有った買った記憶も使った記憶も無いティースプーンで、プリンを食べるには余り適していない。しかし小さめのスプーンはミスタが使っている物しか無い。
「明日の夕食と、明後日の朝食の分」
「会食は明後日の夜だから、明後日の昼の分もな。っていうか傷まない程度にあれこれ買っておこうぜ」
 買い物時は倍持てるのに比例して食べる物は倍消費する。ジョルノが昼――ギャングとしての。実際は夜――に家に居るなら電気代も今まで以上に掛かってくるだろう。
 代わりに余りにも溜め込んだからとクリーニングに出す事は無くなりそうだ。頼まなかった分まできっちり洗濯してくれている。
「明日、いや、今日もですが、泊めてもらって良いんですか?」
「駄目なわけねーだろ」
「そう、ですか……」
「泊まった分だけ礼をしろってのは今日以外は適用されねーから安心しろ。俺はお前が怖い思いをしないで、安心して笑顔を見せてくれればそれで良いんだからよ」
 なんて、流石にクサかったか?
 そこまで言って初めて軽口が成立するというのに、そんな照れ隠しを言う必要は無いのではと思ってしまった。
「……僕はそんなにニコニコしているタイプじゃあない自覚が有るんですが」
「まあそうだな。キャラが違うな」
 ニコリというよりニヤリという笑い方が似合う顔をしている。
「それと泊まるという事は、またベッドもシャワーも借りますが」
「毎日貸すって」
 汗をかく度にシャワーを浴びるタイプなら日に何度だって貸す。服を脱ぎ頭から湯を浴びる事が出来るのは安全だと思っている証なのだから喜んで差し出したい。
 ジョルノは髪が長いのでシャンプーにも拘りが有るかもしれない。綺麗な金の髪をしっかりトリートメントしているかもしれない。となればそのシャンプー・コンディショナーも買わなくては。
「美味しかったです、とても」
 ジョルノは空にした容器の中へスプーンを置いた。
「甘い物の組み合わせにベリーの酸味が良かった。美味しい物を売る店を知っているんですね」
「知ってるっつーか見付けたっつーか。プリンを土産にって言われなかったら入らなかった店だからジョルノのお陰で知った。明日行ってみるか?」
「……見付けた、という事は……余り人通りの無い道に有ったりするんですか……?」
「まあそれなりに……そうだよな、そんな所行きたくねーよな。俺は絶対にお前を守り抜くって神に誓えるが、お前が嫌がるような事はしない。したくない」
 行けるかな、行ってみようかなと思ったらその時に初めて一緒に行けば良い。それまではミスタが1人で店に行き、安全な家で待つジョルノに土産として渡せば良いのだ。
 ミスタも食べ終わったのでスプーンを置く。向かい合って座っているジョルノを見ると、空の容器を両手で大事そうに包んでいた。
「プリン以外にも――」
「昨日は早くにアジトを出て」
 話し始めが重なった。ほんの僅かジョルノの方が遅かった気がしたがミスタは口を閉じ話を聞く。
「そんなに腹は空いてなかったのでカフェテリアでフォカッチャとサラダのセットで夕食を済ませました」
 向かい合っていると思ったがジョルノの視線はミスタの顔ではなくミスタの食べ終えた容器に向いている。顔は逸らさないが目は見ないようにしていた。
「それから帰ろうと歩いていたら、可笑しな車が目の前で止まりました」
「可笑しな車?」
「『見た事が有る』んです。それも極最近見たばかりの車。今考えれば1度僕と擦れ違ったのにUターンをしてもう1度前からやってきたから違和感を覚えたんだと思う。そこまでは気が付かなかった。その車が窓を開けて道を聞きたいと言ってきました。今は誰もやらない位に古臭く手垢のベタベタに付いた典型的な誘拐方法過ぎて気付けなかった――言い訳ですね」
 そこまで言ったジョルノはゆっくりと、だが深く息を吸って吐く。
「後部座席から伸びてきた太い腕に乗せられました。車は低速で走り出して、その間卑猥な類いの言葉を掛けられて、止まったタイミングでスタンドでドアを壊すなりして出ようと思ったら、容器を出して服の上から……服も掴まれた……」
「辛いなら無理に話すな」
 どうせ聞いて楽しい内容でもない。
「3人共ブッ殺しちまったんだからな。話したい気分だったらそのまま話せ」
「……脱がされた後はどうなるかは僕でも想像が付く。そういった事をされたくないと思った。そして、そこに……ミスタ、貴方が来てくれたんです」
 顔が、視線が上がる。目が合った。
 ほんの少し細められた。可愛らしい仔犬を見掛けた時のそれに近いが違う。
「幼い頃、義父を含め周囲から余り良い扱いを受けていなかった。だけどある日助けてもらいました。名前も知らないギャングの男に。彼は僕にとってのヒーローで……ミスタもです。貴方も僕のヒーローです」
 熱っぽい視線と声の所為で愛の告白を受けているような気がした。
「すぐに『良い』生活を送れるようになってその人は居なくなってしまった。ミスタ、貴方は僕が大丈夫になっても居なくはならないで下さい。勿論無理に守ったり、仕事を代わったりはしなくていい。消えてしまわないでくれれば、ミスタが困った時に僕に助けさせてくれれば良い。ミスタとは助け合える関係になりたいんです。少しだけで良い、特別な関係に」
 嗚呼、やはりこれは愛の告白ではないだろうか。
 そんな風に想われている事の喜びと同等の更なる期待とで胸がいっぱいでミスタは「ああ」と答えるしか出来ない。
「明日の昼は言葉に甘えて仕事を頼みますが、それが最後です。僕はもう大丈夫です」
 強がりは聞き流す。
 ジョルノが外へ出る際には危険の無いよう共に、と思っていた。だが今の言葉を受けて「特別な関係だから」共に、に変わった。

 携帯電話の音が煩い。これは誰かからの着信ではなく目覚ましのアラーム音だ。止めて寝直そう。ミスタは目を開けないままベッドから腕を伸ばした。
 ナイトテーブルに触れた。その上の携帯電話まで、きっとあと少し。
「ミスタ……」
 眠たげなジョルノの声。
「けいたい、うるさいです」
「いまとめる……」
 自分の返事も眠たそうだと思いながら体をずりと布団の中で僅かに動かす。
 こんな時ジョルノのスタンドならマスターの為に止めてくれたりするのだろうか。ピストルズは全員時間外労働はしないだの何だのと言うから可愛くない。
 携帯電話に手が触れた。側面のボタンを押して取り敢えず音を止める。しんとした静寂が戻ってきた。
「ほら、とめた」
「えらい」
 寝言同士のようなやり取り。
 目覚ましが鳴ったのだから起きる時間だ。ミスタはゆっくりと、そしてうっすらと目を開ける。
 カーテンから日光が薄明かりのように漏れている部屋の中の様子は眠気を誘う。カーテンを開けきって眩しい日光を浴びなければ。
 その意思を邪魔するようにジョルノが腕にしがみ付いてきた。
「お早うございます」
「起きる気無いだろ」
 幾分ハッキリした口調になったが肩に付けた金髪は起き上がる気配を見せない。ジョルノは特に『仕事』が無いので未だ寝かせておいても構わないだろう。
 本来予定していた仕事はミスタが代わった。昼前に娼館へ行き話を聞く。そうだ、その為に目覚ましをセットしておいたのだ。
「起きねぇと」
 一瞬で目が覚めた。掴まれている腕をするりと抜いて体を起こす。
「ん……あと5分」
「お前は寝てて良いぜ」
 やはり顔を上げないので見えるのは癖の強い金の髪のみ。それを優しくぽんぽんと撫でてやった。
「……もう少し、一緒に寝ていましょう」
 漸く顔が上がる。
「魅力的過ぎる誘惑だな」
 半分目の閉じ掛かっている眠たげな顔。すぐにでも夢の世界に戻れそうだ。
「ミスタが隣に居る方がよく眠れます。眠りの質も向上する」
 そんなわけ有るかとデコピンの1つでもしてやろうかと思ったが留まった。
 1人で歩いている所を、という事が有ったばかりだし夜中に目覚めるのが怖いとも言っていた。本当に誰かが近くに居る方が安心出来るだろう。
 ましてそれが昨晩特別な関係になりたいと言った相手ならば尚の事。親指と中指で作った円を額に向けず、唇を唇に近付けた。そのまま静かに重ねる。
 唇同士が触れ合っているなと思いながら、それ以上の事は一切せず――あるいは出来ず――顔を離すとジョルノの目はしっかりと開いていた。
 キスをする時は目を閉じるように、ではなく。
「眠り姫は王子様のキスで起こさないとな!」
 とても王子という柄ではないが、それでも男は皆愛する者を守る王子になれるものだ。
 守り抜くのだから王子ではなく騎士かもしれない。しかし姫と騎士では結ばれなさそうな響きだからやはり王子が良い。
「お早うのキスは唇にするもんじゃあないでしょう」
 呆れ口調で言ってのそりと体を起こす。
 夜明けにベットの上で座り合って見詰め合っているのに昨晩何もしていないなんてこの人生において初めてだ。
 ジョルノの手が伸びてきて服の胸元を掴まれた。断じて胸倉を掴まれたのではない。
 目を閉じた顔が近付き、そのまま唇へと口付けられた。
 柔らかな感触はすぐに離れる。
「起こしてくれた感謝のキスです」
 その接吻もまた口にする物ではないだろう。
「お姫様じゃあなく女王様だったか」
「最終目標は国の統治にします。さあ、早く準備して下さい」
 先程までの微睡みはどこへやら、ジョルノは先にベッドから降りた。
「はいはい、お前の代理は重大な任務だからな」
 これから危険の伴う物、というよりジョルノが恐怖を覚えそうな物は片っ端から引き受けるつもりなので、ミスタの『責任有る仕事』は倍増する。
 収入も倍増すると良いのだが。取り敢えず3つの財布の中身という臨時収入が有ったので良しとしよう。
 財布は忘れずにフーゴに渡さなければ。あの車をどう扱うにしても、昨日したばかりの約束を忘れるような人間にはなりたくない。
 そして中身は重大任務を終えてから早速ジョルノと使うのだ。食材と必需品と、それから口付けを交わした相手から贈られたい物を買ってやりたい。

「ここって本当に飲み食い出来るんだな」
「一応『飲食店』ですから」
 館主の言う通り、誰にとっても娼館であっても国に見せる姿は飲食店。なのでミスタの目の前に座る女性も館主ではなく店長が正しいのだろう。
 昼前ではやはり客は少ない。出勤している『ウェイトレス』の数もまた少ない。それでも0ではない。
 1階は一応飲食店として幾つかのテーブルが有るし、その上にメニュー表も置いてある。
 取り敢えずで頼んだカフェラテは予想よりは不味くないがやはり美味くもない。奥に有る厨房とされている方から運ばれてきた。
 2階は幾つかの個室が有りウェイトレスの給仕付き、という謳い文句。上がった事は無いがどうせ食卓より寝具の方が大きい個室なのだろう。
「……うちのボスも話す時はここで食いながらなのか?」
 だとしたら仕事を代わって、ジョルノを連れて来なくて良かった。今はこういった空気の漂う場に入れたくもない。
 本題を聞き出したいが先ずは世間話から。ここはミスタの管轄の外に有るので女主人改めて女店長と話すのは初めてだ。本人もこの仕事をしているであろう美貌なのでゆっくり話をしていたい気持ちも有ると言えば有る。
 髪とか伸ばさねーのかな。
 明るい色のふわふわの猫毛はショートボブと呼ばれる髪型。よく似合っているが『今』のミスタにはロングヘアの方が魅力的に思えた。
「いえ、通りの向こうのカフェに行きます。とてもお若いので店で話すのはちょっと……」
「だよな」
「それに大抵別の方が来ます。ミスタ様のような幹部ではなく、もっと私達に近い方が」
 近いというより稼ぎや上納の額は下の、組織の末端構成員だろう。
 この店は見た所高級路線なので可笑しな客は少なそうだ。場末の飲み屋の方が余程暴れる客が来る。
「食事にだけ来る方は居ませんが、お目当ての女の子が出勤する時間より早くに来て食事を済ませるというお客様は居ます」
 今日は偶々居なかった、あるいはこの時間には居ない。
「そういった女の子達の相談なので、寧ろミスタ様に来てもらえて助かりました」
「ボスには直接言いにくい?」
「そんな事は。ただミスタ様の方がわかるかな、と……うちで働く女の子達、年齢は様々なんです。私よりずっとお姉さんの子も居ます」
 見た所20代の終わり頃、若く見えるだけで案外30代かもしれない彼女より年上とは、『子』という呼び方は相応しくないのだろうなと思った。
「そんなお姉さん組の子達が、あと若い子も何人か……その、ギャング組織に入ってしまったんです……」
「……うち?」
「ではない所に」
 だから今度からはその別の組織にケツ持ちしてもらいますので、という取引終了のお願いかと思った。館主が話しにくそうにしているから尚の事。
 貴重な収入源をおいそれと手放すわけは無く、このままその組織とぶつかり合いになったとして、やはり勝つのはこちらだから本人はこちらに付きたい……と妄想を繰り広げている間にその組織名を告げられる。
 それはまさに昨日フーゴから聞きジョルノに話した、傘下同然のあの組織の名前だった。
「ここの店員だけで作ったストグループがギャングに成り果てたとか、そういうのじゃあないのか」
「そういうのなら逆に良かったんですが……うちはこういった店ですから出勤状況は極力希望を叶えてあげるし、辞めたくなったら突然飛びさえしなければ無理な引き留めだってしません」
 随分良心的な『企業』だな……
 話を聞きながら肘をついたミスタは「抜けるなら落とし前を付けてから」という世界に居る。
「ミスタ様のような方も居らっしゃいますしギャング組織に所属するのが悪いとは言わないんです。いえ、悪い事をするのがお仕事なんですけど、組織に入った方が1人で何かするより守ってもらえるでしょう?」
「気遣いどうも。取り敢えずそこはうちの下の組織だし気に病む事無いぜ」
「あらそうなんですか? でも……」
 どうやら組織の名前ではない所に問題が有るらしい。
「あれだな、ここ働きやすいんだな。店員がちゃんと店長にギャング組織に入りましたって言ってくるんだろ?」
 話を促すように誉めてみた。
「有難うございます……それで、ギャング活動を始めた子達が皆、出勤を増やしてくれと言ってくるんです」
 仕事に目覚めたか、上納金の確保が厳しいか。
「勿論出てくれる子は多ければ多い程良くはあるんですが、旦那さんに秘密の子も居るんです。そんなにここに来て、それからギャング組織の事務所にも行って、旦那さんに全部知られちゃうんじゃあないかって」
「それは……ん? この店、結婚してる奴も居るのか」
 客が熱心に金を払って抱いてる相手が既婚者だと知ったらどう思うのか。
 それよりも自分の妻が体を売っている方が問題だ。気にしない人間も居るだろうが、旦那に知られるのではと心配されるのは話していないからだろう。
「ギャング組織に加入したって言ってきた子達、全員結婚してます」
 既婚女性ばかりを入団させている、という話だった事を思い出した。偶然でもフーゴの気にし過ぎでも館主の思い込みでもなさそうだ。
「結婚してる奴が全員入った、ってわけじゃあないんだな」
「そんなに沢山の子が結婚してるわけじゃあありません。ここで何をして働いているかを旦那さんに話している子でギャング組織には入っていない子も居ます。逆に旦那さんに仕事もギャングも秘密って子も居て……その子によく懐いてる子なんて結婚したばかりでこの仕事を辞めた方が良いかなって言ってたなのに、ギャングになって金が必要だから出勤を増やしてくれって……懐かれてる子の方も心配するんじゃあなく2人一緒で良いから仕事をって言ってきたし、ギャングってそんなにお金が必要なんですか?」
 取り乱し始めた館主に金が大好きなのがギャングだよと話しても火に油だろう。
「すみません、ミスタ様……こういう仕事ですから無理をしたらそのまま体を壊してしまいかねないし……殿方だからわかると思いますが、同じ子や似たような子ばかりを出勤させるわけにはいかないんです。うちは他人の妻を抱けるとか熟した女に甘やかされるとか、そういった店じゃあありません。枠全部ギャング始めた子の毎日じゃあ商売上がったりなんです」
 漸く本音が漏れ出てきた。ずっと猫を被っていられては話が進まない。
「店辞めさせたい? ギャング辞めさせたい? 女全部始末したいは別料金だがそれは思ってなさそうだな」
「話が早くて助かります、ミスタ様に来てもらえて本当に良かった」
 ジョルノも同じように尋ねたと思う。
「その組織を始末してほしい、なんて言ってみるつもりでしたが、下に当たる組織ならそこまでしなくても良さそうですね。組織が有っても、店の子達が所属したままでも構わないんです」
「上納金の額を下げさせれば解決って事か」
「はい」
 それはそれは綺麗な顔でにこりと笑った。
 この笑顔と大きな胸とよく回る頭とで娼婦達を纏めて男達から効率良く搾取しギャングの幹部とも渡り合っている。
「確かにうちのボスなら呼び出して「そこまで上納させているなら」とか脅せそうっちゃあ脅せそうだ……あ、明日会うのか」
「明日?」
「向こうからの誘いで会食する予定なんだよ、その人妻大好きボスと」
「人妻好き?」
「俺が勝手にそう呼んでるだけだけどな。最近入団させてんのが人妻ばっかりって話だから」
「人の物を取るのが好きなのかしら……そう言えば昔ちょっと悪さをしていた子がギャングになった子達の話を聞いて自分も入りたいって連絡を取ったのだけど、門前払い同然だったらしいんです」
「結婚してない?」
「はい。可愛い子なんですけどね」
 昨日フーゴは夫が居る以外に共通点は無いと言っていた。
 夫の居る娼婦のみであればそう言うだろうし、職業もばらばらだとすら言っていた。娼婦以外の女も入団させている筈だ。
 どれだけ上納額を高くつり上げても夫の金を持ち出して納めてくれる、死んで逃げる事を選ばないように夫が支えてくれると考え、既婚者のみ入団させているのか――
「その組織のボスに、うちの子達に余り無理をさせないよう言って下さらないかしら……」
「ちょっと強めに言ってみるか」
「明日もミスタ様がボスの代わりをされるのですか?」
「ああ、当面俺が全部代理をやる」
 人妻から大金を集めるのは同じギャングでも何だか卑屈に感じられる。
 ジョルノをそんな男と食事させられない。そもそもここの娼婦は自分達の組織の収入源の1つも同然。組織の末端に手を出す輩には忠告位はしておくべきだ。
「ボスから頼りにされているんですね」テーブルに放り置いているミスタの手に手を伸ばし「流石ですわ」
 触れられる前にほぼ空のカップを取って逃げた。
「向こうのボスだけじゃあなく、うちのボスに伝言有ったら言ってくれて良いぜ」
「有難うございます。ボス、未だお若いのにお忙しくされているのね」
 館主は笑顔を崩さずすぐに手を戻す。
「お体に気を付けて、とお伝え下さい」
「伝えておく」
 こういった優しい言葉ならジョルノの耳に入れても問題無い。ましてや美女からの言葉だ。
 本題も聞いたし伝言も出来たのでそろそろ引き上げよう。早く帰りたいが一旦事務所に寄らなくてはならない。
「なあ、突然だけど、この辺りで美味いプリンを売ってる店知らないか?」
 フーゴにもこの事を伝えた方が良い。となると帰宅は益々遅くなる。先に土産を用意しておいた方が良い筈だ。

 事務所では今日も元気にフーゴが仕事をしていた。
「お帰りなさい、お疲れ様です」
 ノック無く入ってきたミスタを見て手を止める。
「色々話す事は有るんだが」小型の冷蔵庫を開け土産を一旦しまい「先ず明日のあの組織の会食、俺が行く事にしてくれ」
「……ジョルノが、ミスタに代わるようにと?」
「まあそんなとこ」
「何か事件に巻き込まれているわけじゃあないんですね?」
「ジョルノが? まさか」
 集団強姦事件の被害者になりかけはしたが、間に合ったし守り抜いた。
 今はミスタの部屋で安心安全に過ごしている筈だ。出掛けに行ってきます・行ってらっしゃいとキスもした。思い出すと顔がにやける。
「ミスタが代わりに行ったからこっちに来るかと思ったんですが」
「ああ……今日は来ないと思うぜ。明日も。だから明日俺が行く」
「中止に、いや延期するよう話しても構いませんよ」
「会食予定が無くてもあの組織のボスさんとは話さなくっちゃあならない理由が娼館で出来ちまってな」
 詳しく聞かせろと言うより先に。
「昨日も今日も来ていないのに、明日も来られないんですか?」
 上品そうな顔の通りにクールぶったり反対にすぐキレたりするフーゴが酷く心配そうな顔をしていた。
「3日も事務所に顔を出さないなんて、今までには有りませんでした。先刻携帯に電話しましたが電源が切られていました」
 初めて出来た年下の後輩だったし、今は誰よりも敬うボスだ。数日連絡が取れないだけでも心配になる。
 フーゴは頼りになるしジョルノ自身も頼りにしている。約束をしていなければ自宅に置いていると、理由としてジョルノの身に起きかけた事を話していた。
「……って、携帯繋がらないのか?」
 使いこなしているかどうかは別として、名前の通りにきちんと携帯している筈なのに。
 ジョルノの携帯電話は彼の服を洗濯する時に取り出した。どこに置いたと伝えてこそいないが、洗濯をした時に財布と一緒に洗剤類の近くに置いてある事に気付いた筈だ。
 ローションが掛かって壊れてしまったのだろうか。それとも恐ろしい着信が有ったらと怯えて電源を入れられないのだろうか。
「のんびり電話出来ない位忙しいから電源入れてないのかもな。だから俺に今日とか明日の仕事も頼んできたってわけだ」
「ミスタはジョルノに直接会ったんですか?」
「ああ、まあその、今日も一瞬会う予定だぜ。忙しいから一瞬だけど、何か伝えておく事有るか?」
「……何も問題は無いと伝えて下さい」
 何だそりゃあ。
 とは言わないでおいた。色々と聞きたい事は有るが、それよりも組織の無事を聞かせて安心させたいという心遣い。やはりフーゴは信頼出来る。
「そうだ、財布で思い出した」
「財布の話なんかしていませんよ」
 ジョルノの携帯電話と財布を一緒に置いてある、なんて事は話せない。ミスタはわざと咳払いをしてから財布を3つ、見てもよくわからなさそうな書類だらけのフーゴのデスクに置いた。
「昨日話した財布」
「身元のわかりそうな物は入っていましたか?」
「わかんねー」
 現金を抜いただけで他には何も見ていない。クレジットカードは使うのにちょっとした手順を踏まなければならなくミスタの得意分野ではない。
「急ぎなら明日のオフを返上して調べますが……」
「そこは休めよ、疲れちまうだろ」
「有難うございます。1人でですが出掛けるつもりだったので助かります」
 少ない休日にも外出とは。自分がそれだけ忙しくしているからジョルノも、と考えたのか。
「明日の夜には帰るし明後日は出てきます。もし急ぎの用が有ったら僕の携帯に掛けて下さい。と、ジョルノにも伝えられたら伝えて下さい」
「了解、じゃあ明日に備えて帰るぜ」
「会食は夕食ですよ」
 笑いの含まれた声を受けながら冷蔵庫に入れたばかりの土産の箱を取り出す。
 昨日とは違う店の、だが他に何が好きかわからないのでプリン。やたらに保冷剤を付けられた。
 フーゴも甘い物が好きならもう1つ買ってきたのだが。しかしここで開いて「もう1つは誰の分?」と聞かれでもしたら誤魔化しきれない。
 本当はフーゴにだけは話してしまいたい。ジョルノは無事だが辛い思いをしたので暫く外には出られない事と、そんな彼と自分は晴れて特別な関係になった事を。

 昼食には遅い時間になってしまったので帰るなり出迎えてくれたジョルノの手を引いて市街地へ向かう事にした。
 他人の居る屋外へ出る事を躊躇う暇を与えなければ簡単に外へ連れ出せる、という考えも有った。外の空気を吸いたいから言っているであろうもう大丈夫だという強がりは自分の前では不要だ。
 日光が眩しく一瞬目を閉じ、その目を開けて風を受ける姿の方がミスタには眩しかった。繋いだ手を放したくなくなる。
 先ずは昼食。そこでこの外出は食材の買い出しがメインだが重たくなるので後回し、先に生活用品を揃えようという事を話した。
 ジョルノの食器だけでなく調理器具も見たかったので食後すぐキッチン用品店に入った。1人分の食事なら買ってくる方が安くて早いが2人分なら自炊も混ぜた方がきっと良い。
 買い揃えるには金が掛かるのではと言われたので財布の中身を見せる。
「随分、大金を持ち歩いていますね……」
 若干引かれた。
「『飲食店』以外にも行ったんですか? それともあの店の女主人から何か頼まれたとか?」
「そうか、成功報酬の約束位しておくべきだったな……娼婦のおねーさんのお願いは後で話すわ。あとこれは悪い奴が落としていった泡銭だからとっとと使いきる方が良いんだよ」
 財布を取るのに加担したジョルノはすぐに出所(でどころ)に気付いたらしく、話を切り上げて食器の並ぶ方へ向かった。ジョルノ好みのフォークやスプーンが有れば良いのだが。
 早速立ち止まり何かを手にしているので後ろから覗く。
「コップ、欲しいのか?」
 しげしげと眺めていたのはタンブラーグラス。
 グラス・カップ関係は貰い物等で幾つも余っているのだから新たに買う必要は無いのだが。
「可愛いな、と思って」
 幾つかの四つ葉のクローバーと1匹の天道虫の描かれたタンブラーグラス。葉が4枚となるとミスタにとっては縁起が悪いが世間的には幸運の象徴。そしてジョルノはブローチを身に付ける程に天道虫が好きだ。
 幸運を運びそうな天道虫はわかるが、それ以外の虫もスタンドで出す。大きなクワガタ辺りを出す。爬虫類も出す。美しい薔薇の花は出さない。好きな食べ物はプリンで夜中に目覚めるのが怖い。見た目に反して好みは年相応というか、実年齢以上に幼いというか。
「これ買うか」
 好きな物は1つでも多い方が良いし、グラスなら有れば使うだろう。
「ミスタの部屋、グラスは幾つも有りますよね。引き続き貸してもらえませんか?」
「いいけど……要らないのか?」
「自分で買います。ミスタの部屋じゃあなく、僕の自室に置こうと思って」
 暫くして自室で1人で過ごすようになった時に、思い出して怯えそうになった時に好きな物を見て気を強く持つのは良いかもしれない。
 それがどれだけ先になるかはわからないし、帰れるまではずっと一緒に居る。怯える事は無い方が良いのだから。
「って、お前金持ってねーだろ」
「有ります。財布を持ってきています。服と一緒に洗濯されていなくて良かった」
「携帯は?」
「持ってきています。ただ充電が切れているので使えません」
 曰く昨日の1回目の洗濯中に財布と一緒に見付けた携帯を開いたら電池残量が少なく、少し操作しただけで電源が切れてしまった。
 事後承諾で充電器を借りようとしたら機種が違うからか合わない。
 仕事の電話は大抵事務所の固定電話でするし、仕事以外では基本的に電話をする事が無いのでそのままにしている。
 フーゴが電源を切っていると言っていたのはこの事か。
「時間が余ったらショップに寄ってみるか?」
「いえ、帰って充電します。すぐに使いたいわけじゃあないし、恐らく誰からも掛かってきていません」
「じゃあまた今度だな」
 フーゴが掛けた事は言わなくても良いだろう。後で大丈夫だという伝言だけすれば良い。
 それよりも。ミスタはジョルノの手からグラスを取り上げた。
「あとこれは俺が買ってやる。泡銭じゃあなく俺の金でな」
 ジョルノは落ち着くまで、暫くの間は仕事をさせられない。つまり自由になる金が入ってこない。今手元に有る金は大事にしなくては。
 勿論ミスタが得た金から『お小遣い』を渡しても良いし、何を買いに出掛けるにもこうして一緒に行くのなら支払いはミスタがすれば良いだけの事だが、人間は手元に金が無いと不安や焦燥をすぐに抱く。
「誕生日プレゼントって事で。俺お前の誕生日いつか知らねーけど」
「4月です」
「過ぎちまったな……」
「因みにミスタの誕生日は?」
「12月」
「随分先ですね。何か欲しい物は有りますか?」
「あー、何が欲しいかなあ」
 ミスタが欲しくてジョルノに用意出来て誕生月まで我慢出来る物。
 最後の1項目を除けば思い付いた。
「やっぱりこれ誕生日じゃあないプレゼントにするわ」
「何でもない日のプレゼント?」
 そうだと言うと瞬きで返された。見返りを求めているから贈り物というより貢ぎ物だとでも言うべきだろうか。
 天道虫のグラスと、他にも「これどうだ」「いいですね」のやり取りをした幾つかの食器の会計を済ませて店を出る。
 次は衣料品店。流石に下着は貸せないので何点か。他にも気に入った服は何でも買ってやるつもりだったが、寝間着2つとスリッパ1足を選ぶだけで終わった。
 勝負にしか使えなさそうな下着だったり肌寒い位の寝間着だったりも着せるべく買おうとしたが、不機嫌を顔に張り付けられたので断念。ジョルノの機嫌を戻すべく休憩を兼ねてカフェに入る。
 そこでギャング入りした娼婦達の話、合わせてもう1度フーゴから聞いたギャング組織が人妻ばかり入団させている話、それらを聞くべく明日の会食にはミスタが行く話をした。
 ジョルノの返事を聞くより先にミスタの携帯電話が鳴った。どこからか見ていたのか話に出したフーゴからの着信。ジョルノに「悪い」とだけ言って出る。
[今大丈夫ですか?]
「大丈夫だぜ、何か有ったのか?」
[明日の会食の件です。ボスじゃあなく幹部が行くと話を付けました]
「良いって?」
[ボスが来ないのはと渋りましたが、ミスタの名前を出したら直接話した事が無いので良い機会だと寧ろ喜んでいました]
「なら良かった」
 交流を他方面に広げたいとは思っていないが、傘下の組織の事を知らないよりは知っている方が良いので心底思った。
[時間と場所の確認ですが、今書き留められますか?]
「あー……覚えるから言ってくれ」
 通話終了後に携帯電話のメモ帳機能に打ち込もう。
 この通話を録音するのも良いかもしれないが、どうやってするのかわからない。そういった機能が付いている筈だが使った事が無い。
「……わかった。お高い店だな」
[アレルギーが有る場合のみ連絡をと言っていました]
 中止や変更は受け付けないようだ。
「特に無いから連絡しなくて良い。色々有難う。じゃあまたな」
 掛けてきた方からというマナーを知らないので先に切り、すぐにメモ帳機能を出して時間と場所とを打ち込んだ。
「仕事の電話のようですね」
「ああ」
 打ち込み終えて顔を上げる。
 ブラウンの木目調で統一された小洒落た店内を背景にティーカップで紅茶を飲む姿は絵になる。無表情にじっとこちらを見ていた。
 ミスタの仕事はジョルノがボスとして統べる組織の仕事。幹部が何をしているのか気にするのは当然だ。話そうと口を開き、しかし止まる。
 フーゴと通話させてやれば良かったんじゃあないか……?
 ジョルノの声を聞けば暫く顔を見ていないと心配していたフーゴは安心するし、フーゴから仕事の進捗状況を聞けばジョルノもまた安心する。フーゴの事だから事務仕事はバリバリにこなしてくれているだろう。
「良かった、わかった、と言っていたから事は良い方に運んでいるんですね」
 ほんの少し、他者にはわからない程度にジョルノは微笑んだ。
「……明日傘下の組織のボスと会食だからその確認の電話」
「もしかして僕が行く会食の事を言っているんですか?」
「お前は明日休み」
「いいえ、僕が行きます」
 一転して形相が険しくなる。
「もう俺が行く事に決まったから変更は出来ないぜ」
「何故勝手に変えた」
 苛々が滲み出ている。他者から見ればそれ程でもないが、ジョルノがギャングの世界に足を踏み入れてから最も近くに、最も長く共に居るミスタには変化が怖い程わかった。
「今日行った娼館で聞かされた相談事がそいつっていうかその組織に関わる事だからだよ」
「聞かせて下さい」
「話すのは良いがもう変えられないぜ」
 先程までは見詰めるという言葉の相応しかった眼差しがすっかり睨み付けるに変わっている。
「まあ話したら納得するかもしれねーしな。あそこで働く娼婦の内、結婚してる奴だけが次々とその組織に入ってる。で、上納金が必要だから出勤させてくれって言ってくる。常識的に考えると可笑しい額だから体を壊したりする前に、っつーか年増ばっかり働かせるわけにはいかねーから何とかしてくれって頼まれた」
「そう、ですか……それでも僕が行っても何の問題も無い筈です」
 しかし口振りからして内心ではミスタの方が適しているかもしれないと思っているようだ。
 誰にも止められない強気さと頭の回転の速さを持ってはいるが年齢がネックだ。ジョルノは学生にしか見えない。
 急に襲い掛かられてもスタンドで応戦出来ると言えば出来るが、応用力が高いだけで――ミスタが言う事ではないが――特別な破壊力を持っているわけではない。
 まして3人がかりで『襲われた』日には滅入ってしまったか一時的にスタンドを出す事すら出来なくなっていた。
「向こうからの誘いって事は向こうも何か思う事が有るんだろ。この件に関して関わらないでくれとか、全く関係無い頼み事をしたいとか」
「その類の商談、ミスタは別に得意でも何でもないでしょう」
「出来るって」
「拳銃を突き付けて脅しそうですが」
「それは最終手段」
 切り札として使う気なのかと呆れられる。
 それでいい。やれやれと溜め息を吐いてくれていい。
「俺を信じて任せてみろって。上手くこなした暁にはその財布の中身でショートケーキの1つでも奢ってくれりゃあ良いんだからよ」
 こうして軽口を叩いて。
「失敗したら?」
「絶対に失敗しない」
「誰に誓う?」
「偉大なるボスのお前に、俺の勝利と愛を誓う」

 その晩セックスをした。
 あれこれ買い物をして遅くなったので外食で済ませ、帰宅し荷物を片付けつつ交代で風呂に入り、忘れかけていたプリンを冷蔵庫から出して食べ――昨日よりシンプルな物だがジョルノはこちらの方が好みらしい――それから昨日・一昨日と同じように1つのベッドに2人で入る。
 余り会話は無かった。身を寄せてきたので暗闇が怖いのだろうと抱き締めたら唇にキスをされた。調子に乗り舌を入れたが拒まれなかった。セックスをしようという合図だと思った。
 上から覆い被さり、脱がせながら唇以外にも色々と口付けた。下着まで剥がした時に「ミスタも脱いでほしい」と言われたので全部脱ぎ捨てた。服が掃除機を掛けてくれた床に落ちる。
 拒まれなかった。嫌だとか止めろといった事は一切言われなかった。ただ何度か「恥ずかしい」とは言われた。
 何とか挿入し、体が硬く――難無く仰向けで大股を広げたので硬いのは体ではなく排泄・消化器官といった内臓の方――拒まれているような気がする所にがしりと抱き付かれ、許されているのだと安堵した所へまた「恥ずかしい」と言われてこちらも恥ずかしくなる。
 どうやら体をぴたりと付けているのが好きらしい。顔は見えないし動きにくいが、体を離している時と違い喘ぎ声が上がった。
 男女で体の作りが違う、そもそも突っ込んでいる所が違うので正直に言えばもっと気持ち良いセックスは有った。だが、これ程「愛おしい」気持ちで体を重ねたのは初めてだ。最初のセックスの何倍も何十倍も知る事や得る物が有る。
「……もう、出したい」
 直球過ぎてロマンティックさの欠片も無いと思ったがもう遅い。
 体の下で必死にしがみ付いてくる体に精の全てを吐き出す事しか考えられない。
「ん、いい、出して、ッ」
 キュウキュウと締め付けながらジョルノが下半身を小さく痙攣させる。恐らく入れられる側の男がする絶頂なのだろう。先程から何回か有った。
 別の相手には抱かない「感じさせたい」「悦ばせたい」という気持ちが射精感に飲み込まれる。
 だがいつも頭を埋め尽くす「より気持ち良く射精したい」は無い。全く無いわけではないが、ぞれよりも「孕ませたい」というこれもまた初めて抱く下卑た願望が有った。
 自分の子を孕ませ、産ませ、ずっと自分から離れられなくしたい。
 閉じ込めて自分だけが愛し続けたい。
 1番奥まで突き入れてそのまま射精した。ドクン、ドクンと心臓の高鳴りのように1度では足りず3回程吐き出す。
「……苦しい……」
 ジョルノの口から初めて恥ずかしい以外の否定的な言葉が出た。
「わ、悪い」
 仰向けの体に圧し掛かっているのだから当然だ。だがジョルノは両腕をミスタの背に回し離れるなと言わんばかりに抱き付いている。
「抜かなくて良い……苦しくて、良いんです……このままが良い」
 喘ぎ疲れて掠れた声で甘えられては逆らえない。
 本当は顔が見たいのにすぐ真横に有っては近過ぎて見えない。どんな表情をしているかわからないが、頬に頬が当てられた。
「初めてで、よくわからなくて、上手くは出来なかったかもしれない……」
 でも出来た。しっかりと結ばれた。
「それは俺の台詞だな」
「初めて? ああ、男相手には初めてですか」
 そして吐き出し終えても未だ気持ちが全く冷めないのも。とても言えないので代わりに髪を揉むように撫でながら頬を押し付け返す。
「ミスタは充分、上手でしょう?」
「え? そう? もう1回言って良いぜ」
「とてつもなく上手い」くすくすと笑い「だから他の誰かと練習したりしないで下さい」
 ヤキモチ?
 吐精後に嫉妬をされれば面倒臭いとしか思いそうにないのに、何故か冷める所か熱い物が胸いっぱいに広がった。
「ジョルノが練習に付き合ってくれるならな」
「練習なんて必要有りません」
「いいや有る。もっともっとよがらせたい!」
「……これ以上良くされたら可笑しくなってしまう」
 嗚呼、可愛いなんて言葉では足りない。
 体を起こして離し、どこか惚けた顔をしていたジョルノに触れるだけの口付けをする。
 すぐに離して「抜くぞ」と言い、出す物を出して萎んだ性器を引き抜いた。
「んっ……これで、終わりか……」
「もう1回?」
「出来るんですか?」
「……ちょっぴり休めば」
 ジョルノが汗ばんだ赤ら顔で噴き出すように笑う。
「また今度、お願いします」
 早ければ明日にでも『今度』が頼まれてやろう。嬉しくて跳び跳ねるようにジョルノの横に入り仰向けになった。
 ミスタが願望を言う前に、ジョルノは腕にしがみつき頭を寄せてくる。
 昨日も一昨日もこうして寝たが、素肌が直接触れるとやはり違う。そもそも『事の後』だ。抱く想いが違うのは当然だ。
「ミスタのお陰で、こういった事に嫌悪感を持たずに済んだ。気持ち良くなれる事すらわかりました。勿論相手がミスタだから、ミスタが僕を想い良くしてくれるからというのが大前提です」
「……嫌悪感?」
 男同士で良くないとか、痛かったからもうしないとか、そういった事を考えずに済むという意味合いかと思った。
「もう大丈夫です」
 その言葉を受けて、一昨日男達に襲われかけて性的な物全般を嫌悪しかねなかった、という意味だとわかった。それを救ったのが自分だと思うと誇らしい。
「ミスタが居てくれるから、助けに来てくれるから、何も心配は要らない」
「ああ、絶対に守り抜く。不安な目になんて遭わせない。傍に居るからな」
 体をジョルノの方に向けて空いている方の手で抱き寄せる。
「いつも傍に、は無理でしょう。明日の会食を代わりに出てもらうという事は離れ離れです」
 抱き着き返してくれるのは嬉しいが揚げ足を取られたのは悔しいので、手を下へ伸ばし尻を揉んだ。
「わっ!? ちょっと、ん、止めて下さい!」
「何感じてんの」
「終わった後に触られると……ゾクゾクするッ…」
 刺激に体を震わせながら言われてはこちらも興奮してくる。
「話を、聞いて下さい」
「聞いてる聞いてる」
「明日事務所に行きます」
「事務所? うちのアジトの?」
「一緒に行きましょう」女とは全く違う平たい胸を腕に押し付け「ついてきて下さい」
 片時も離れたくないと甘えられているなら嬉しい。
 幾ら安全なこの部屋であっても1人きりでは心細かったのかもしれない。ミスタの物に溢れミスタの匂いが染み付いていようと、本人が見えて本人の声が聞こえるに越した事は無い。こうして触れ合う事が最も安らぎを覚えるものだろう。
「僕は貴方に抱かれていようとギャング組織のボスです。自分のアジトに3日も顔を出さない、なんてわけにはいきません」
「それはそうかもしれないが、心配する事は無いぜ。面倒臭い仕事はフーゴがやってくれてるしな」
「明日そのフーゴが休みを取っています」
 そう言えばそうだった。
「本当はミスタに留守番を頼むつもりだったんですが、ミスタが会食に行くのなら代わりに僕が留守番をするしかない。丸一日空(から)にしたくない。僕も貴方もフーゴも居ない執務室に別の人間が入ってくるなんて事が有ったらと思うと寒気すらします」
「まあその気持ちはわかるが……」
 いやでもそこまで言うか?
「朝から晩まで居るなんて言いません。昼を過ぎてから一緒に部屋を出て、事務所に寄ってくれれば良い。貴方は会食に行き、帰りに事務所に迎えに来て下さい。一緒にこの部屋に帰りましょう。外を歩く時は常に「傍に居る」のなら良いでしょう?」
 これがジョルノの計画する明日の過ごし方らしい。
「……大丈夫かよ、事務所に1人で。会食はコーヒー1杯飲んで帰るのとは違うぜ」
 自宅に誰か訪ねてくる事は先ず無い――通信販売の類は余り利用しない――が事務所ならば誰かが来る事が有り得る。
 居留守を使い続けられるだろうか。1人だが話を聞こうとドアを開けてしまわないだろうか。電話で誰かと話をするのでさえ本当は許し難いのに。
「大丈夫です。もう何度も言っている。1人で事務所に行くのもそこで仕事をするのも、1人でここじゃあなく自分の家に帰るのだって……その、大丈夫ですが、明日は一緒に行って下さい。今日みたいに一緒に外を歩きましょう」
 一緒に買い物をしたのが楽しかっただけではなく、手を繋ぎ共に外を歩くのが楽しかった、という事か。
 大丈夫を繰り返して強がるのに、特別な関係の自分には甘えてくる。可愛いの言葉では足りなくて額にちゅ、と口付けた。
「じゃあ明日は一緒に早めに出て事務所に行くか」
「はい!」
「らしくなく嬉しそうだな。じゃあ寝坊しないよう、そろそろ寝ようぜ。って言っても、そんなに朝早くから行くつもりは無いけどな」
「僕だって明日早くに起きられる気がしません、凄く体が……疲れているから……」
 声にまで睡魔が混ざっている。
「朝昼兼用飯食って、それから風呂入って綺麗にしてから行くんだからな。途中でお前の晩飯買って……」寝息の相槌が聞こえたので「……お休み」
 一旦体を離して足元に追いやっていた掛け布団を手繰り寄せた。
 2人の体に掛けてミスタも目を閉じた。密着出来るのは嬉しいがやはり狭い。一層ダブルベッドを新調するのも視野に入れよう。

 単身者向けのアパートなので風呂は当然広くなく、浴槽に2人で入るとやはり狭い。
 だがこの狭さが良い。ジョルノの体を後ろから抱き締められる。
「同じシャンプーなのに良い匂いがするな」
 頬を後頭部にぺたりと付ける。洗い終えた顔がまた濡れようと気にならない。
「髪が長い分使う量が多いからだと思います」
 現実的な意見だが声は弾んでいた。
 真後ろに居ると顔は見えない。だから実は笑っているのだと思っておく。
「でも良いのか? 俺の使ってるやつで。金髪用のシャンプーとか有ったのに」
「良いんです、ミスタと同じ方が」
 同じ匂いに包まれたいとかそういった意図だったりするだろうか。
「それに髪の色に合わせるよりも、髪質に合わせた方が良いと思います。色によって質は違いますが、質が同じなら色も同じとは限らない。例えば僕もフーゴも明るい髪の色をしているけれど……」
「……どうした? 急に黙り込んで」
「暫くフーゴに会っていないような気がしました。今日も会わないし」
 3日前には会っている。が、今は3日会わないという事の無い関係。どうしているか気にするのは当たり前だ。
 ただの部下ではなく大事な仲間。にこにこと笑い合っている所は見ないが、それでも互いに信頼し合っているのは知っている。だから一層、話してしまおうかと思ったりもした。
 辛い目に遭ったジョルノを共に支えようと、ミスタが傍に居られない時に代わりに守ってやってくれと。だがその辛い目の内容を話すのはやはり躊躇われる。
 昨晩抱かなければ『特別な関係』はもっと浅い物で、フーゴも共有出来た。だが自分達は昨日までとは比べ物にならない程深い『特別な関係』だ。
 ミスタが1人で背負わなくてはならない。秘密にもしなくてはならない。大変だが、この腕の中にして足の間に居る愛しい相手を守れるのならば良い。再度抱き締めた。
「僕もミスタを抱き締めたいのに、後ろからじゃあ叶わない」
 腕を緩めるとその場でくるりと回りこちらを向いた。2人で入るならこんなに要らなかったと話した湯が波打ち溢れる。
 抱き着き唇を重ねてきた。
 唇は洗い立てで湯の味に感じたが、舌は昨日から何度と無くしている味だ。
 守られるだけのお姫様と見せ掛けて自らも剣を手に戦う姫。否、こちらを意のままに弄ぶ女王様。
 唇が離れたので昨晩のように頬を頬に当てる。
「未だ行くまで時間有るなあ」
「出来ません」
「返事早い」
 両手を下へ回しジョルノの尻を掴む。指先を中央へ、掠めはするが触れない。これで意識させられれば。
「早めに出て家に携帯電話の充電器を取りに行きたいから駄目です」
「充電器?」
「やっぱり携帯電話が無いと不便だ。充電器を買っても良いけれど、家に有る物が使えないわけじゃあない。自宅よりもここに居る事が増えるなら、ここに置いておいた方が良いでしょう?」
 頬が離れ再び口付けられる。まるでここに居てやるから電話を使わせろという女王様からの御命令のようだ。
「お前そんなに電話するのか? プライベートで俺に掛けてきた事無かっただろ」
「ミスタには声が聞きたいという理由だけで電話をしても良くなった。やはり携帯電話を使いたいです」
 声が聞きたいならいつでもこうして顔を付き合わせて甘く囁く、と言いたいが今日この後のように離れ離れになる時間はどうしても有る。昨日だって娼婦の話を聞いてきただけとはいえ数時間は離れていた。
「携帯電話、有った方が良いか」
「はい」
 嬉しそうに胸に飛び込む。
「でも今日は我慢出来ねーか? 事務所に行く前にお前の家に行くのは微妙」
「反対方向だから?」
「そう」
 事務所に行く前に事務所で1人で食べられるジョルノの夕食を買わなければならない。
 それを踏まえて更に早くこのアパートを出るのは厳しい。ミスタは体も頭もざっと拭いて終わりだが、ジョルノは髪を乾かすのに時間が掛かる。急いで疎かにして風邪を引いた、なんて事が有ってはならない。
「大体昨日話した「もう1回」はいつになるんだ」
「だから今は無理です。僕の体力が保たない」
 離れた手でかなり嵩の減った湯をばしゃりとミスタの体へ掛けてきた。
 今日は事務所で誰にも会わず事務仕事をする――有れば。フーゴの事だから休みが明けてから、と後回しにした仕事は恐らく無い――だけだからそんなに体力は使わない。寧ろ回復するかもしれない。もう1回が今晩訪れるかもしれない。
 何せ昨日の買い物の方が歩いたり物を持ったりと疲れさせた筈だ。終わってすぐに寝たのがその証拠。
「一緒に風呂に入るのは、一緒のベッドで寝るのと同じ位に「良いですよ」って事だと俺は思うんだが」
「それは……確かにそう受け取られても可笑しくは……」
 らしくなく口籠るので腰やら太股やらを指先で撫でる。
「駄目?」
 ぷいと顔を逸らされた。初めて拒まれた。
 だがジョルノなら本当に駄目ならキッパリと『駄目だ』と言う筈だ。殴るなり蹴るなりしてこの場を出ていくし、スタンド能力を用いればミスタ1人位簡単に退けられる。
 それをしないという事は駄目なのは今だけ、仕事を終えて帰ってきて寝る時ならば、という事の筈で――
「ああそうだ、スタンドだ」
「スタンドがどうかしたんですか?」
 こちらを向き直した顔に、その額に軽く口付けた。
「ピストルズを事務所でお前と留守番させりゃあ良いんだよ」
「僕とピストルズが留守番、ですか?」
「そうそう、会食の店はそんなに離れていねーから多分射程距離範囲内だ。1人位離しても大丈夫だろ」
 執務室に変な奴が入ってきたり、事務所に可笑しな電話が掛かってきたらすぐわかる。すぐに駆け付けられる。
「出せるんですね、スタンド」
「当たり前だろ」
「一昨日からピストルズの姿が見えないから、出せなくなってしまったのかと」
「邪魔されたくないから出してねーだけだ」
 偶にこちらの意思に反して、正しくは意識の外で姿を現し好き勝手する事も有るが、絶対に出ろと思えば出てくるし絶対に出るなと思えば出てこない。
「何番が良い?」
「と言うと?」
「ピストルズ、何番と留守番する? 全員お前を気に入ってるから誰でも良いぜ。貸すのは1人で大丈夫だよな?」
「大丈夫も何も、僕が1人で大丈夫です」
 少し不満そうな言い方だった。
「何言ってるんだよ」
 改めて抱き締め直す。膝を立てて高い所から包み込むような抱擁。もうすっかり湯は温くなっているので若干肩が寒い。
「俺もピストルズもお前が滅茶苦茶心配なんだ」
「今日の会食相手は僕の組織を抜けて新たな組織を作り統括しているような男です。万が一の事が有るとしたら僕じゃあなくミスタだ。ピストルズを1人も欠けさせない方が良いと思います」
 両手で湯をすくってミスタの肩を濡らしてくる。
「お前を1人きりにする方が気掛かりでヘマをやらかしかねないぜ」
 ジョルノの湯に濡れた手がそのまま肩を掴んだ。
「じゃあ……No.2で」
 1番仕事の邪魔をしそうなお調子者を選んだのは意外だった。ジョルノもフーゴは仕事を残していないと、だから話し相手になる方がと思ったのかもしれない。
「事務所とリストランテは近いから今日だけ、ですよね」
「どういう事だ?」
「ミスタがオフで僕が仕事の有る日とか、逆にミスタが事務所に居て僕が自宅で過ごす日とか、そういう時にまでピストルズを分散させないでほしい、という意味です」
「了解」
 ジョルノだけが仕事の日等今後絶対に作らないし、ミスタの仕事の日には安全なミスタの部屋に居るのだからピストルズを付ける必要は無い。

 滅多な事が無ければ足を運ばない高級寄りの商店街の中に指定されたリストランテは有る。
 広さに反するようにテーブルの数の少ないフロア。カーテンで仕切られる奥の席へ案内される。早めに来たので未だ相手は居ない。
 事務所にジョルノとピストルズのNo.2を残し1つだけ買い物をしてから来たがそんなにも遅れなかったようだ。
 携帯電話を取り出し時間を確認した。未だ余裕が有る。ジョルノも携帯電話が有ればこういった時に声を聞く事が出来るのに、と思った。
 そこへ人の気配。
「お待たせしました」
 顔を向けると同時にカーテンが開かれ1人の男が入ってくる。
 ミスタからすると倍近い年齢の男。彼が今日の会食相手。人妻であれば娼婦ですら入団させる可笑しな組織のボス。
「いやあ申し訳有りません。初めましてミスタ様、お早いですね」
「初めまして。そっちも随分早いじゃあねーか」
「遅れるわけにはいきません」
 時間にルーズで得をする事は1つも無い。ボスは空いている椅子に腰を掛けた。
 ジョルノの母親はかなり若いと聞いた事が有る。予定通りに彼がここに居たら親より年上の相手との会食になっていたかもしれない。
「しかし何でまた組織のトップ2人で会食なんて言い出したんだ? 俺でも良いって事は個人に用件が有ったわけじゃあないんだろ?」
 いきなり本題を尋ねても気を悪くした様子は無く、呼び付けたウェイターに料理を運ぶよう伝えてからテーブルの上で指を組む。
「私も元居たそちらの組織、女性は余り入団させていませんね」
 厳つい顔を少しでもに柔和に見せようと必死に笑みを浮かべながら。
「0じゃあないがな。使える奴なら女でも男でも年寄りでも入れる」
「子供も、ですね」
 何も知らない子供を入れたりはしないと否定したかったが、この男から見ればボスも幹部も子供で出来ている組織だ。
 それに組織の一員として充分な役割を果たせるのなら年が若くても『子供』とは呼ばない。使えない子供こそ入団させないが年齢は上にも下にも関係無い。
「見た目の良い若い女性なら居るだけで役に立つんじゃあないですか?」
「お飾りは要らねーよ」
 ハニートラップ要因にするならば賢さも必要だ。
 うちはボスが誰よりも美人だからな、とも言ってしまいたい。
「そちらの組織はかなり大きいので末端の人員が増えても余り影響が無かったりするんじゃあありませんか? 勿論無能な人間は別として。こちらは枝分かれした葉っぱに過ぎないので、人を持て余していましてねえ。きちんと上納金の用意を出来る子達でも纏めきれないんですよ。まして幹部が2人行方不明になってしまいましたし」
「行方不明?」
「一昨々日から消息が全くわからなくなっていましてね」
 その相談ではない。一昨々日ならばジョルノに会食の約束を取り付けた後になる。ミスタは左手で頬杖をついて「何をした後から?」と話を促した。
「別にこれと言って何も。前日の夜に終わらせてきた仕事の成果を聞いて、それから新入りの話をして、まあその位で昼過ぎに帰らせました。その日は他に仕事も無かった事ですし」
「案件の最中に、じゃあないわけか」
 ギャングであれば危険な任務も有るし怨みをかって私生活にまで影響が及ぶ事も有る。今回は後者の可能性が高そうだ。
「うちでも探してみるか?」
 ただ2人で飲み明かして未だ戻らないだけかもしれないが、そこを敵対組織だったり被害に遭った素人に雇われたヒットマンだったりに襲われたかもしれない。
 山に埋められていればどうしようも無いが、指なり腕なりを切られているだけならばジョルノのスタンドで「生やして」から返してやれる。
「いいえそこまでお手数をお掛けするわけには。うちの、組織の車を使って帰っていったのですぐに割れると思います。が、今日も未だ連絡は無いし、海に浮かんでいるかもしれませんね」
「幹部2人がそんな目に遭わされてその反応か」
 ジョルノならばミスタとフーゴが消息を絶てば直ぐ様探し出すだろうに。
「ちょっと悪さの過ぎる2人だったので、こんな事になるのではと思っていたんですよ。最近どうにも特に悪い遊びを覚えたようで」
「まあ俺達はギャングだから悪い事を――なあ、その車に何か積んでいたか?」
 ミスタからの唐突過ぎる質問に男は目を丸くする。
「いえ……うちも薬物は禁止のままですし、特に何も。帰宅に使わせた時もいつも通りトランクは空の状態でした。私物を乗せないように言っていますが、それを守っているかどうかまでは把握出来ていませんがね」
「そうか。そもそも2人だったな、3人じゃあなく」
 だがもしかしたら。
 ジョルノを襲おうとした3人組の内2人がその行方不明の幹部だったりするのではないか。
「お前の所の組織、レイプに関しては何か取り決め有るのか? 例えばうちなら基本的に禁止。何も知らねー女を苦しめるのは宜しくないからな。まあ建前はそんな所で、実際は足がつきやすいから。だから報復目的なら目を瞑る。お前が居た時から変わっちゃあいないぜ」
「そういえばそんな決まりが有りましたね。うちは基本的にそういう気を起こす奴が居ないので決まりは有りません」
「言い切るのか」
「そういうチームだったんですよ。そういう人間が1つの組織を作る程に集まりました」
「ああ、女に興味が無いんだっけ?」
「私以外はね。私は言っちゃあ悪いが女は大好きですよ。魅力的な女は全てを喜ばせてやりたいと思っています」
 それはまた極端な。
「喜ばせたい、悲しませたくない。だから強姦は先ずしません、私個人は。同意の無いセックスなんてつまらない。痛み苦しみ泣き叫ぶ姿なんて見たくない」
 随分出来た人間だと思った次の瞬間。
「幹部はどうかわかりませんがね」
「女憎しでやらかしそうなのか?」
「男が好きな奴らばかりなんです」
「……は?」
「男として男が好きな男も世には居るんですよ」
 それは分かるが。
 但し分かるだけで自分は当てはまらない。偶々男であるジョルノを好きになってしまっただけでどう考えても男より女の方が良い。
「一般の男の子に手を出している奴が居まして」
「止めないのか」
「生憎私は男に興味が無いので」
 どうなろうと知った事ではない。
 ギャングなので無関係な物の切り捨て方をよく知っているのは評価出来る。同時に1人の人間としてはどうかと思うので続く言葉が出ない。
 最近ジョルノを狙っている様子は有ったか、と聞いた所でボスにはわからないだろう。だがやはりあの3人――の内の2人――が幹部でゲイでジョルノを襲おうとして殺されたのでは。
 車を調べているフーゴにどうだったか聞くべく電話をしたい。嗚呼、しかし彼は今日休みか。未だ何もわかっていないかもしれない。それならば調査は中止して車を廃棄してしまった方が良いかもしれない。
「ミスタ様? 苦手でしたか?」
「……いや、平気」
 目の前にはいつの間にか運ばれていた前菜のカプレーゼ。嫌い所か好物も同然なのですぐにフォークを刺し口に運んだ。
「それで、何だっけ? 女の好みの話だっけ?」
 絶対違うがこの流れでなら聞ける。
「俺は美人が好きだぜ。ド派手なブロンドくるっくるに巻いてるような足の長い美人。そっちは? 組織に入れるのも顔採用だったりするのか? 逆に自分の物じゃあないのを奪う方が燃え上がるタチ?」
 だから人妻ばかり掻き集めているのか。
「私は女性であれば好きですね」
「そう来たか。いや揺りかごから棺桶まではストライクゾーン広過ぎだろ。コールドゲームに持ち込む気かよ」
「棺桶か……良いですね、熟しきった女性には『アレ』が無い。ああミスタ様には少し早いかもしれません」
「少しじゃあねーよ」
「それと揺りかごの方は、ちょっと」
「あれ、ロリ系駄目?」
「背が低かったり童顔だったり胸がささやかだったりする女の子は大好きですよ。だけど実年齢が若過ぎるのは」
「『子供』に見えて駄目とか?」
 目の前のボスは結婚をしていない、つまり子供も居ないから当て嵌まらないかもしれないが、先日二回り近く年上の部下と世間話をした際に「子供の方が年が近い女優のポルノが見られなくなった」と聞いた。
「いえいえ、単に性交渉が出来ない子は『女』にカウントしないだけですよ。初潮前の体は流石に抱けないでしょう?」
 初潮を迎えた後なら可とは。ミスタの想像よりも揺りかご寄りだ。
「私は女を抱くのが好きなんですよ。一方私の部下は男を抱くのが好きでしてね。尻の穴を差し出せば簡単に繋ぎ止められる、やりようによっては崇拝までしてくる。女と違って取り合いにならない」
「男も女も恋人に手を出されたらキレるが、セフレ止まりなら男はそんなに気にしないっつーか……何だ、その、お前、部下の幹部とそういう関係なのか?」
「部下『達』と、ね。最近は時間も取れないし相手をしていませんが。失踪状態にある2人と最後にしたのも随分前です」
 随分とあっけらかんと話す。
 ボスが部下に掘られているのに組織は崩壊を起こさない。寧ろそうする事で取り持っている、トップに君臨しているとは。
 部下に抱かれるボス、だけならジョルノも該当する。昼間は結局共に風呂に入るだけだったが昨晩はしっかりと結ばれた。
 尤も自分達は恋人同士だからそこに至っただけで、組織やチームの為というわけではない。
 ジョルノはそんな事の為に『体』を使わない。そんな安い人間ではない。ベッドの上で物品をねだる事すらしない。
 目の前の男とジョルノは違う。引き合わせなくて良かった。同じ種類の人間だと思い会食を持ち掛けたと言い出したら今すぐに撃ち抜いてやる。
「男の、女を好きな男のミスタ様、性交渉はやはり子作りに他ならないと思いませんか?」
「あ? ああ、まあ……」
 子供を作る為にセックスをした事は無いので言葉を濁した。
 過去はそうだったし、これから先唯一の相手になるジョルノは同性なのでどれだけ中に注ごうが子供が出来る事は無い。
 法律上の結婚が出来ないから養子を取る事も出来ない。生命を作り出せるスタンドとはいえ人間は無理だろう。
 ミスタとしてはこれから先ずっと2人きりで充分なのだが、もしジョルノが家族という物を求めたら――犬か猫でも飼おう。
「……思った、産ませてやるって。子供なんて未だ早過ぎるから今は要らないのに」
 だが昨日は孕ませてやりたいと思いながら絶頂し注ぎ込んだ。恐らくその所為で今朝ジョルノは起きるなりトイレへ駆け込んでいる。
「あれだ、避妊はちゃんとしなくっちゃあならねーな」
 次からは。早くてこの後の就寝前だ。買い物のついでにコンドームも買ってくれば良かった。
「お推めのゴムとか有る? あんまりガサガサしねーやつ」
 服や靴や帽子はファッショナブルな物で溢れているイタリアなのに、同じ身に付ける物でもコンドームに関してはどうしてこうも作りが悪いのだろう。
「しないのが1番ですよ」
「そうだな、それが1番気持ち良い。でもデキちまったら困るからな」
「デキても良い女とするんです」
「子供欲しがってる女? 1人で育てるからって言ってたって、いざデキたら父親がショットガン構えるやつだろ」
 しかし先程初潮前の子供とはセックスは出来ないと言っていたが、妊娠しないからセックスではないとして手を出していたとしたら。人としては気持ち悪いが話は上手く繋がる。
「いけませんよミスタ様、独り身の女なんて失う物が無いからとどこまでも追い掛けてきます」
「恋人が居る女と火遊びなら、ってか?」
「他の男に抱かれるという事は恋人に不満が有る可能性が高いので別れてこちらに来るかもしれないからお勧めしかねますね。やはり夫の居る女が1番ですよ」
 遠回りをして更に回り道に入ってしまったと思った所で、何と目的地に着いてしまった。
「……人の女を寝取るのが好きで、自分の組織に組み込んで『ハーレム』を作ってる、ってか」
「ハーレムは妻を召し抱える所ですよ、自分のね。女に対しての責任を持てる男じゃあなくてはハーレムは持てません」
 いつの間にか空にした前菜の皿を横に追いやり男は続ける。
「夫が居る女が妊娠するのは極当たり前の事じゃあないですか。誰の子種で作っていても、子供の親は産んだ女とその夫になります」
「だから安心して中に出せる。倫理観捨ててきたな」
「かなり昔にね。長い事ギャングをやっていますから」
「いつでも手を出せるように囲ってんのか? そういうのはハーレムじゃあなく何て言うんだろうな」
「囲うだなんてそんな、私は別に気に入った女性を無理に組織に置いているわけじゃあないですよ。先ずは本人の希望、それから適性が有れば共に活動しようと言うだけです」
「その適性が夫が居るから中出し放題、って事か」
「簡潔に言えばそうです」
 取り繕うのを止めてやや下品な笑みを見せた。
「夫が居る、以外には? その夫の金が目的とか」
「もし子供を妊娠した時に父親が居れば良い、ただそれだけです。夫が貧乏人だろうと外国人だろうと何だろうと構いません」
 生まれてきた子供が父親と肌の色が違った時はどうするのだろう。どうもしないか。
 人妻ばかり入団させている理由はわかった。夫が居るのに貞淑さの無い女にも罪は有る。
 無理矢理に、でなければ。
 最初の希望の段階で例えば表向きには禁じているドラッグに浸けていたりはしないだろうか。ジョルノは恐らくそこを気にする。ミスタはボスのジョルノの代理だ。
「女の方から来させるコツ、みたいのが有るのか?」
「向こうから、というのはミスタ様の方が得意でしょう。若くて格好良くてスタイルも良くて。羨ましい限りです」
 このボスも見てくれが悪いわけではないが、年相応には老け始めているし元の顔が険しい。
 そういった男がタイプだと言う女性も居るだろう。上手くそれを嗅ぎ取れるスタンド能力でも身に付けたか。
「私は来た女性を逃がさないだけです。機会が有ればその都度彼女達を満足させる、そう心掛けているだけですよ」
「具体的には?」
「道具を使います」
 一体どんな。フォークを持つ手に可笑しな汗が滲んだ。
「ミスタ様はお若いから道具を使う事に抵抗が有るかもしれません。自分の『モノ』よりも『こっち』が良いと言われたらどうしよう、と」
「って事は、道具ってーのは玩具(おもちゃ)とかそういう……?」
「ジョークグッズですよ、あくまでジョークです」
 変な薬が塗り込まれているといった事も無く、どうやら本気で冗談(ジョーク)と言っているようだ。安心して気が抜けた。元より食べるのは遅い方ではないのでミスタは前菜を一気に口に入れ飲み込む。
「やはり道具には抵抗が有りますか。女の方は案外そうでもないもんですよ。他の女に使った物じゃあなければ意外に食い付きます。興味を持っていたり、実は既に自分で愛用していたり」
「虚しくなんねーの?」
「やはりそこを気にされるんですね。お若い内は皆そういうものでしょう。私は虚しくはなりませんよ。女の悦ぶ姿を見られれば満足、道具で盛り上がった女の体に求められて極楽というものです」
 最終的に求められるのなら悪くない。女は男と違って達したら終わりではないから今度は玩具ではなく、という事も有るのかもしれない。
 マンネリ打破に用いるのは案外有りかもしれない。尤も昨日初めて結ばれたばかりなのだから導入するとしてもかなり先だろう。
 否、男は1度の射精で満足する作りになっているから玩具はジョルノには向かないか。乱れる姿は見たかったが――否々、射精を伴わない絶頂を繰り返していたから案外使えるのではないか?
「夫では満足しきれない、あるいは夫に開発された体を持て余している女を沢山イカせてやれば、金を払ってでもまた私に会いたいと言い出します。私の小遣いにしてしまっても構わないんですがね、やはり私は自分の組織が大事なんですよ。妻も子供も持たない私には組織は家族同然です」
 10代の身では親は口煩い程度にしか思わないし、妻も子供も未だ早い。組織の仲間はそんな家族以上に家族と思う事が有るので抱く気持ちは理解出来た。
「私と共に居るには組織に入るのが1番だと考える。払ってでもと言っていた金は上納金として組織に納めさせる。女に興味の無い幹部達も組織の構成員はきちんと守ります。私達の組織は新しい形なんですよ」
 メインとなる肉料理が運ばれてきた。牛肉を焼いて塩と胡椒を軽く振っただけの、素材に自信が無ければ出せない1品。
 ウェイターが去ってすぐに斬新な組織のボスは話を再開する。
「ただ世の中には新しい物よりも伝統有る物の方が向いている人間も居ます。別に私はそういった女性を古臭いと批難するつもりは有りませんよ。ただ向いていないのに金を納めて在籍し続けるのは組織にとっても個人にとっても良い事が無い」
「上納額釣り上げて追い出せば?」
 1度入った組織を辞めるには指を差し出すなんて話は古い。滞納していれば落とし前なり何なりが必要だが、そうでないのならネアポリスから引っ越しますとでも言えば良い。もうネアポリスの町が歩けなくなるだけで終わる。
「私と親しくしている女性の方が多めに納めてもらうようにしているんですよ。納めたのだから、と言われては困ってしまいます。私の体は1つだし、うちの組織よりもそちらの組織に向いている女性ですからね」
「ああ、引き取ってくれとってわけか」
 ギャング社会に詳しくなくともこのイタリア第三の都市で最も大きな組織に差し出せと言われたら小さな組織のボスが逆らえない事位わかるだろう。
 移籍後は上納金を大いに釣り上げて追い出すなり、払うならそのまま使うなりすれば良い。
「使える子達ですよ、見た目も良いし」
「じゃあ何で持て余してんだよ。引き続き可愛がってやれば良いじゃあね―か」
「……1人はそれも考えましたが、ちょっと嘘を吐いていた子が居ましてね」
 初めて見るギャングのボスらしい冷徹な表情。この男とは初対面だと今思い出した。
「離婚した女性、彼女は仕方無い。不貞に溺れてギャングに手を染めたのだから、カタギの男は妻にしておけないでしょう。もし離婚の直前まで夫婦の営みが有り元夫の子供を妊娠していたとしても1人で産み育てなくてはいけない」
 ギャング活動をしている場合ではない、と続く程慈愛に満ちてはいない。ボスにまで上り詰められないし、恐らく今夢中になっている女性陣もワイルドさが無い云々と離れる。
 貴方の子だと迫られるのが嫌なのだろう。実際に自分の子供であれば養育の義務が生まれるし、父親は別でも体の関係が有ったから可能性も有るのだと言い掛かりを付けられ面倒臭い。
 それだけではない。これから先その女性が――別の誰かと――再婚するまで『膣内射精が出来なくなる』。それだけが目的の目の前の男が避妊具を用いてまで女体に奉仕するわけがない。
「その女性は嘘を吐いたわけじゃあないから穏便に進めたいのです。他の女性達は私に偽りを話し騙した。男であれば野球の素振りの練習台になってもらうわけですが、見た目が良く股の緩い女ならば使い道も豊富だしそちらに献上しようかと。夫と離別し独り身になってしまった可哀想な女性を引き取ってくれるならその礼に」
「もし要らないと言ったら?」
「裏社会ですら生きられない可哀想な女性が1人。他の女達からはどれだけ臓器が取れるのか計算します」
「ボスや幹部に嘘を吐くって事はそういう事だからな。だが一体どんな嘘を吐かれたって言うんだ?」
 僅かに赤味の残る牛肉を切り、フォークに刺して眺めながら「夫が居なかったんですよ」と短く纏めた。
「1人は既婚者だと嘘を吐いていたが独身だった。私の子を懐妊する前に思う所の有った幹部が探りを入れ気付けました。別の年増は子供が居るのに大層美人で、老いた両親が子供を見るから自分の美容に時間が割けると言っていた。夫の為にも美しくしていたなんて言うから危うく信じてしまう所でしたよ」
「そっちも夫は居なかったのか?」
「シングルマザーでした。私が直接聞いた時には役所に届けを出さなかったが事実婚をしていた、子供が生まれてすぐに別れたと言いましたが確証が有りません」
 嘘に嘘を重ねるのは悪手だ。特にインテリぶっているが根っからのギャングらしいこの男には。
「もう1人は若く、結婚を前提に婚約者と同棲をしていると言っていた。親に反対でもされているのかと、私の種で子供が出来れば晴れて結婚に至れるのだろうと思っていたが、どうにも『婚約』はしていないらしい。経口避妊薬を常用しているから妊娠する事は、結婚の切っ掛けは無いとの話を幹部が聞いてきてくれました」
「ならゴム付けなくても中に出せるじゃあねーか」
 妊娠するかというスリルが必要なのか。託卵したいというのが本音なのか。自分が気持ち良くなりたいのなら万人がそうだから止めないが、他人を苦しめる事を重視しているのならば黙ってはおけない。
「飲み忘れるかもしれない。意図的に飲まないかもしれない。飲んだ直後に嘔吐するかもしれない。体が取り込む前に下痢をするかもしれない。そして妊娠したらルームシェアをしているだけの男は逃げ出すかもしれない。となると貴方の子供だからと私にすがり付いてくるかもしれない。私の組織の暗殺を得意とする幹部に作らせたチームを、組織の内部に使うのは気が引けます。知るまではかなりの額を指定していましたが滞納した事は無いのでそちらの組織ならば活躍を見せるかもしれません」
 あるいは見返りに抱かれないならと簡単に抜けるかもしれない。それならそれで良いのでミスタならば全員引き受ける。4人では縁起が悪いのでもう1人引き抜かせろと言いたい位だ。
 だがジョルノならどうするのか。上手く使おうと試みるだろうか、それとも早々に昼の世界に返すだろうか。
「……今までボスに見初められていた人間が俺の、暗殺特化の幹部の管轄下になるのって『降格』になるんじゃあねーか?」
「それは、つまり」
「俺個人が引き抜いたって事にしてくれて良いぜ、この肉の美味さに免じてな」
 添えられたフォカッチャもシナモンシュガーが独特で美味しい。断じて女を入れ食いに出来るからではない。
 自分が未だ若い、というより幼いに分類される事を知っているジョルノはボスとして人前に出る事は滅多に無い。女数人が新たに入団するのは構わないが彼女達に顔を見せたがらないだろう。
 自分の下に直接付ける。ジョルノには新しく人を入れた事だけを伝える。あとは人妻ばかり集めていたのはそういう趣味で薬物等は――今の所――一切関与していない事も話そう。余り具の入っていないトマトのスープの味も良いし。
「好きな男とヤれなくなる挙げ句暗殺任務が全部回ってくるチームの末端になる、なんて嘘吐きには丁度良いよな?」
 上納金はどうやって工面してきたのかわからないが殺人で金を作ってきた者も居るのだろうか。
「彼女達もミスタ様のような若さ溢れる『精』を喜ぶかもしれませんよ」
「止めろ、抱かねーよ。いや俺はお前ん所の幹部みたいに男が好きとかじゃあねーぞ? 今は特別な相手が居るってだけだ」
「ご結婚なさっていましたか?」
「してねーよ。まあ将来的には、するかもしれねーけど。俺はしたいし。あ、デキたら結婚するとかじゃあないから狙うなよ。触ったら殺すからな。まあ1人で外歩かせたりしねぇけど」
「という事は既に同棲なさっているのですか? ミスタ様の選ばれる女性なら魅力的でしょうが、私も他の人間も手を出しませんよ」
 何故なら殺されるから。人を殺すのに慣れているミスタならば躊躇い無く、寧ろ気紛れか何かの要領で簡単に引き金を引く。初めて会ったが噂を聞き情報も集めさせていただろう目の前の男はそれをわかっているのでニコニコと作り笑顔を見せた。
「女達いつ寄越す? 全員纏めてだと楽なんだが出来るか?」
 可能であれば自分と、それからフーゴの居る時に。
 ジョルノは顔を隠すが実質金庫番のフーゴは組織全員に顔を見せる。連絡先や誰の管轄下に居るか等をパソコンに纏めてくれる。
 実力行使のミスタと金銭管理のフーゴ。ボスのジョルノの交渉を円滑に進める為には欠かせない。
「ああそれと、娼館の女達の事なんだけど」
「娼館の……こちらに4人所属していますね」
「縁起悪いな!」
「え?」
「あーいや、取り敢えずそいつらの上納金の額、下げられねーか? 手を出すなとは言わねえけど、その店はうちでケツ持ってるから商売偏ると困るんだよ」
「そうでしたか」
「今幹部2人居ないんだから、お前も構ってる場合じゃあないだろ?」
 2人が戻らなかったらこの先どうするのだろうか。死んでいるかもしれない。ミスタが殺した3人の内の2人かもしれない。
 そうだとしても知った事ではない。それよりも最後に出てくるであろうデザートの方が重要だ。
 もしもカスタードクリームをメインにしていたりカタラーナだったりしたら、プリンが好きなジョルノを連れたてこようと思った。

 会食を終えたミスタはタクシーでアジトへ向かった。ボスの執務室へと続く階段を上る。
「お疲れさん」
 ノック無しにドアを開けた。
「お疲れ様です」
 一瞥してすぐにジョルノの視線は手元へと戻る。
 文庫サイズの本を読んでいる。表紙は極普通の大衆小説に見えた。
 誰も居ない部屋で1人、音楽も掛けず静かに本を読む姿は絵になる。
 今は1人だがミスタが帰ってくるまでに訪ねてきた者が居るかどうかはわからない。それを聞くべくジョルノの右肘に乗り時折気紛れに頭を撫でられているピストルズのNo.2に「どうだった?」と声を掛けた。
「フーゴがジョルノに電話シテホシイ所ヲ書いたメモを置イテッテタンダ」
「僕が来ると踏んで準備してから休みに入ったんでしょうね」
 ジョルノの中のフーゴの評価が更に高くなったようだ。
「用件もわかりやすくメモされていた。それでいて僕が来なかった場合は明日自分で進められるようにしていた」
「凄イヨナア、フーゴ」
「ええ」
 お陰で仕事はすぐに終わり、こうしてのんびり読書に勤しんでいる。
 それ程頻繁ではないが本を読んでいる所は見掛けるので本が好きなのだろう。
 ミスタは余り本に縁が無いので部屋にこれと言って置いていない。ジョルノが退屈しないように土産として買ってきてみようか。否、どんな本が良いかわからないので共に買いに行った方が良さそうだ。
「今度本屋にデートに行こうぜ」
「え?」
 顔がこちらに向いた。
「俺本とか読まねーし」
「でしょうね。なのに何故急に本屋へ行こうなんて? ピストルズは部屋から出させてもくれないのに」
 言って肘に居るNo.2の頬を軽くつつく。
「聞イテクレヨ、ジョルノ1人デ電話シタ先ノ何トカッテ玩具屋ニ行コウトシタンダゼ!」
「玩具?」
「みかじめ料をきっちり納める、店長がそもそもこちらの気質の有る男のあの店です。揉め事とまではいきませんが今日の営業を終えた後なので直接見ながら話を聞いた方が良いかと思いました。なのにこうしてピストルズは僕の仕事の邪魔をする」
 えいえいと腹をつつく。お調子者のNo.2は体を捩り笑っていた。
 なんだ、そっちの玩具か。
「ピストルズが一緒に来てくれれば1人じゃあないのに」
「ソリャア一緒ニ行クケド! デモ……乗ッタリ蹴ッタリスル銃弾ガ無イト、ジョルノを守ッテヤレナイ……」
「それにあの店なら射程範囲を出るかもしれねーからな」
「ソウダソウダ!」
「大丈夫ですよ、僕にはゴールド・エクスペリエンスも居ますから」
「駄目ダ駄目ダ!」
 相変わらずの言い方を続けるNo.2が遂に摘ままれ肘から下ろされる。
「次の機会に、なんて適当な扱いにしてしまった。向こうは子供の居る家庭を相手にする商売だから昼に働き夜に寝るのに」
「子連れも来るだろうから真っ昼間にギャング2人が連れ立って行くのもな」
「ミスタがついてきてくれるんですか?」
「当たり前だろ。お前1人じゃあ行かせられねーが、俺とピストルズ6人が居れば何の問題も無いぜ。今から電話していつ行くか話すか? 昼より夜時間作らせた方が良さそうだな」
 ジョルノが小さな声で「考えておく」「今はしない」と言う中、No.2はふよふよとこちらに来てそのまま姿を隠した。
「そうだ、電話と言えば、ほらこれ」
 手にしていた紙製の袋をジョルノの目の前に、先程No.2が下ろされたデスクの上にとんと置く。
「土産ですか? いや、この袋は……」
「そうか、土産買ってくれば良かったな。帰り未だ開いている店が有ったら一緒に寄るか? ナイトバーの差し入れ用に開けている店なら有るよな」
「会食で最後に甘い物が出てきたんじゃあないですか?」
「俺が食ってお前が食わないのは可笑しい」
「可笑しい?」
 くすと微笑み、すぐに真顔に戻り紙袋を睨み付ける勢いで見た。
「これ……」
「土産とはちょっぴり違うけど、お前にやるぜ」
 だから早く出してみろと言いたいが、特別喜ばれる物ではないので急かすに急かせない。
「有難う、ございます」
 中身が大喜びする物ではないとわかっているのか困惑した面持ちで紙袋に手を入れて中の箱を取り出す。
「これは……携帯電話?」
 予想が外れたのか、携帯電話直営店の袋から出した箱を見てジョルノは瞬きを繰り返した。
「てっきり充電器を買ってきたのかと思いました」
「お前が前に使っていた携帯が対応してる充電器ってどれかわかんなくて買えなかった」
「だからってわざわざ携帯電話を? 壊れたわけじゃあないんだから、充電するだけでまた使えるんだから無駄遣いに思えますが」
「前の携帯は明後日持ってって解約する」
「え?」
「明日は任務が有るから明後日。一緒に行くか? 解約するだけだから、その後本屋にデートしに行くのも有りだよな」
「待って下さいミスタ、こうして機種が有るという事は新規契約ですよね? データの移行を頼まないと……いや、そもそもどうやって契約したんですか? 今は空き名義が無い筈だ」
 他人や架空の名義で携帯電話をはじめとした契約もギャングの稼ぐ方法の1つ。それを利用すれば新たに契約も出来るが。
「それプリペイド式だぜ。面倒な手続きとか要らねーから会食行く前にさっと買ってきた。その会食で色々と話してきたんだが、まあこれは家に帰ってから話すか」
 ベッドの上で色気の無い仕事の話はしたくないが、流れで玩具――ジョルノが行こうとした店に有るような物ではない方――に興味が有るか否かを聞く事位なら出来るだろう。
 あのボスの言うように悦ぶ姿を見られて尚且つ自分を求め、しかも夢中になるのなら幾つでも玩具を買ってくる。
「ミスタ……じゃあこれは充電が切れた時に使わせてもらいます。早速明日帰って充電するまでの間に使います、有難うございます」
「いやいや解約するって話付けてきたんだよ。違約金なんてちょっと脅せばどうとでもなるもんだな。それともあの携帯電話で俺に秘密の相手と電話したりしてんのかよ。お前仕事の電話はここで全部済ませてるよな? 今日だってその為に来たんだよな?」
 もしもミスタの知らない所でテレフォンセックスをしていたら、等という最悪のケースが頭を過り(よぎり)口調が荒々しくなってしまった。
「そんな相手は居ませんが、その……解約するにしてもアドレス帳位は移さないと。先ず最初にミスタの電話番号を入れて、それから……家の、親の番号を入れないと」
「お前親に電話する事有るのか? 父親は死んだって話してたじゃあねーか」
「母親も義父も健在です。一応縁だって切っていません」
「そんなもん調べ上げればすぐに連絡取れるだろ。ネアポリスに住んでいる限り電話番号も住所も何だってわかる。それに俺の電話番号ならもう入っているぜ」
 新品同様に見えるが実は箱は開けてある。
 ミスタの携帯電話番号の登録だけをして戻した。新品を開ける楽しみが無くなり申し訳無いが無駄を嫌うジョルノの為に直営店でしておいた。
「……じゃあ、フーゴの――」
「そうだ、フーゴに電話してみるか? 何の用事かは知らねーがもう帰ってきてる頃だろうし。いやもう寝ちまったか? フーゴとか組織の上の奴らの番号なら俺の携帯に入っているからな、俺言った番号をそのまま発信すれば良いだけだ」
 ジョルノが携帯電話を使うのはミスタ相手かミスタの前だけに限れば良いのだ。
 間違って変な奴に掛ける心配が無くなる。可笑しな輩に番号を知られなくも出来る。それでいて自分とは楽しく電話が出来るので完璧だ。
「いや、やっぱり今は止めとくか」
「そうですね……電話をするには遅い時間だ」
 何だか気落ちして見える。
 暫く顔を合わせていないフーゴとの会話の機会が遠退いて辛いのだろう。これは自分の携帯を貸して少し話させよう。その為にも。
「そろそろ帰るか」
「ミスタの家に?」
「ん? やっぱりプリンか何か買うのに店に寄るか?」
「いえ」
 溜め息の混ざった返事をしてジョルノは立ち上がった。
「その電話、俺が開けて登録もしちまったけど、未だ『通話』はしていない。だから、その、ちょっと恥ずかしいけどよー」
「何ですか」
「最初にそれで電話する相手、俺が良いなーって」
「そういう事なら」ジョルノは子供の小さな悪戯を笑うように口の端を上げて箱から電話を出し「今、電話してみましょうか」
「良いのか?」
「僕もどうせなら最初はミスタが、なんて……少し恥ずかしいけれど」
 向かい合い顔を赤らめ合う。そんな好き同士の証が益々照れとなり頭の回転を鈍らせる。
「……あーいや、明日だ。俺は顔を見ながらじゃあなく、会えないから声を聞くやつがやりたいんだ」
「わかりました」
 置いておいた本の隣にプリペイド携帯を置き、空いた両手で抱き着いてきた。
 嬉しい、可愛い、温かい、くすぐったい、少しだけ苦しい、そんな色んな感情が込み上げる。
「明日何時でも良いから、フーゴに電話する前に俺に掛けてくれ。絶対に出るから」
 抱き締め返す。ジョルノの「はい」という短い返事に、ミスタが抱く感情とよく似た物が混ざって聞こえた。
「俺からは帰る時に電話する。何時になるか見当付かないが終わり次第すぐ帰るから、晩飯食いに行こうぜ」
「僕も仕事を早く終わらておきます。明日は誰かと直接会う予定等有りませんから」
「だったら俺の部屋から出なくて済むな」
「……部屋から出ないとは? 洗濯と掃除の次は料理をしていろとでも言うつもりですか?」
「一緒に食いに行くつもりだったが、ジョルノの手料理ってのもアリだな。一緒に作る時間が有るのが1番だが明日は厳しいし……取り敢えず事務所(ここ)でする仕事ならフーゴに任せちまえるからじっくり料理に挑めるぜ。玩具屋みたいにどうしてもお前が人に会わなくちゃあならない仕事は俺が同行するから俺の仕事が入ってる日には入れないようにしてくれ。勿論こっちでもある程度調節する」
 抱き締めていると顔は見えない。照明という人工の光を受けて太陽のように輝く金の髪しか見えない。
「ミスタ、僕は貴方と対等でありたい」
「対等?」
 年齢もギャング組織に所属している年月もミスタが上だがボスはジョルノ。成る程、様々な要素を足して2で割れば対等になる。
「守られるだけじゃあなく貴方を守りたいとか、そういった意味も有ります」
 自分は強いのだと胸を張っていそうな言葉。ジョルノが鋭いが脆い事は知っている。他人を守れる強さで塗り固めた奥には、ミスタが守ってやならくてはならない弱さが有った。
「お前はそんな自分を守れば良いんだ。俺もお前を守る。お前は『ボス』なんだからな」
「ミスタにとってボスとは、閉じ込めておくものなんですか?」
 腕の中の声がどこか寂しげだった。
 まるで外の世界に怯える小鳥だ。鳥籠の中で綺麗な羽根を広げて囀ずってさえいれば良いとは言わない。晴れ渡る空を羽ばたいてこそだ。
「閉じ込めたりなんかしねーよ」
 足に紐を結び付けて、それを離さなければ野良猫に悪戯されたりしない。
 紐の色は赤が良いだろう。恋人達を繋ぐ糸は赤と相場が決まっているのだから。
 ジョルノの腕が抱擁を止めてだらりと落ちる。
 強がる事を諦めたように身を寄せてきた。自分がこの体と心をずっと隣で支える。愛を持って守り抜く。ミスタは誓うように強く抱き締め直した。


2020,10,30


お疲れ様でした。読み終えただけで誇れそうな1ページに5万8千文字です。
監禁話は監禁の終わり方が決まらないと書けない…ので軟禁話にしておきました。
本当は視点交互にして「監禁だと思っていない愛しか無い攻め×愛は有るけれど監禁は望まない受け」というネタ晴らしを仕込みたかったけれど文字数倍じゃすまなさそうなので断念。
長かった所為か書き終えてから暫く抜け殻でした。
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system