ミスジョル 全年齢


  Gentlemanly Birthday


 カーテンの隙間から差し込む朝日で既に意識は浮上していたが、布団の中が余りにも心地良くてジョルノ・ジョバァーナは目覚めていない事にしておいた。
――ピピピピピピピ……
 嗚呼何て事だ。無慈悲な目覚まし時計の電子音が鳴ってしまった。起きて学校へ向かう準備をしなくては。
 しかし寝坊しても遅刻しても欠席しても許されるような日が有っても良いのではないか。
 将来の為の学業を疎かにしてはならないのは重々承知しているが、自分はギャング・スターという、謂わば『職』に既に就いている。
 そうだそうだ、今日は1日のんびり寝て過ごそう。それでもアラームは止めないと煩い。2度寝をするべくジョルノは目覚まし時計へと手を伸ばした。
「イテッ」
 時計の上部に有るボタンを押したつもりだったし、ちゃんと音も止まった。代わりに変な声がした。まして手の平に当たった感触も可笑しい。
「ん……?」
 もぞと時計の方へ体を向け起こし、ずっと瞑っていたかった目蓋を開く。
 目覚まし時計にはスタンド、セックス・ピストルズが1人座っていた。
 銃弾サイズの小人。顔や手足の作りは人間に近いが、色や質感なんかはまさしく弾丸のような6人1組のスタンド。その中の1人。顔に数字で書いてある通り、彼はその中のNo.1。
「……おはようございます、No.1」
「オハヨウ、ジョルノ」潰されかけた事を意に介せずに笑顔で「ソシテ誕生日オメデトウ!」
「誕生日……そうだ、今日は」
 4月16日は、自分の生まれた日。
「有難う、No.1。わざわざそれを言う為に、朝からここへ?」
「ソレダケジャアネーケド、デモ俺ガ1番乗リダヨナ?」
「今年1番最初に言ってくれた。いや、何年遡ってもこんなに早く誕生日におめでとうと言われた事は無い」
 No.1が満足そうに得意気に笑う。この表情は本体によく似ている。
「じゃあ、No.1」
 手を伸ばすとふよふよとこちらへ来る。ジョルノはその小人を捕らえるように軽く手で包んだ。
「一緒に寝ましょうか」
「エッ!?」
「おやすみなさい」
 引き摺り込むようにもぞもぞと掛け布団に潜る。
 つい数秒前まで自分が入っていた布団なので温もりはしっかり残っておりすぐにも寝付けそうだ。
「マ、待ッテクレ、ジョルノ! 起キテクレ!」
 No.1がするりと手の中から抜け出て、顔の前で大きく身振り手振りし始めた。
「紙ヲ見テクレヨ、ジョルノ!」
「……紙?」
「チャント持ッテキタンダ、落トシチャッテタケド」
 No.1は再びふよふよと目覚まし時計の元へ戻り、その下に落ちている小さく畳まれた紙切れを両手拾い渡してくる。
「何ですか? これ」
 言いながら開いてゆくと1行の文章。

 
No.2は鍵と共に居る
 

 お世辞にも綺麗とは言い難い書き文字は大きさからしてピストルズが書いた物ではないだろう。
 となると書いたのは、書いてNo.1に持たせて朝っぱらからこの部屋に入り込ませたのは『あいつ』か。
「……鍵?」
 一体何の鍵の事だろう。1番身近な鍵はこの――寮の――部屋の鍵か、はたまたギャングチームの根城の鍵か。
 どちらにしろ学習机の上に置いてある。一人部屋なので誰かに盗まれる心配はしていない。
 ベッドから降りてNo.1を引き連れて数歩先の机に向かった。
 机の上には寮の鍵と根城の鍵と、もう1つ見覚えの無いどこぞの家の鍵。その鍵の上に紙切れ1枚を持ったピストルズが居る。
「No.2、本当に鍵と一緒に居ましたね」
「ジョルノ! 誕生日オメデトウ!」
 ぴょんと飛び上がり、まるで抱き着くかのように頬へ口付けてきた。
 否、頭突きをされたのかもしれない。
「有難うございます」
「No.1ハ狡イヨナァー。俺ダッテジョルノと一緒ニ寝タイノニ」
「一緒に寝ましょうか」
「オウ!」
「コラッ! オウジャアナイ、No.2モソレをジョルノに渡スンダ!」
 はいはい、と顔から離れたNo.2は手にしていた紙切れを開き見せ付けてくる。

 
No.3はカフェのコーヒーに居る
 

 カップを満たすコーヒーに溺れている姿が頭に浮かんだ。
「どこのカフェでしょうか」
「俺ニハワカンネーヨ。デモドウセスグ近クダッテ」
 あいつが考える事なのだから。
「だからジョルノ、顔洗ッテ着替エテ近クのカフェに突撃シヨウゼ!」
「そうですね」
「オット、コノ鍵忘レルナヨ」
 どこの物とも知れない鍵だが大人しく手に取る。
 二度寝したい気持ちは無きにしも非ずだが、学校で授業を受けようという気持ちは既にさらさら無かった。

 取り敢えず学校――或いは学生寮――の最寄りのカフェに来てみたジョルノはテラス席へと通された。
 晴れ上がった空の下、気分も健やかに晴れ上がる。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
「コーヒーを」
「どのようなコーヒーに致しましょう」
 No.2の持っていた紙にはコーヒーとしか書いていない。
 ちらと向かいの空席――スタンド使いの目にしか映らないピストルズが2人居る――へ目を向けると、2人揃って首を左右にぶんぶんと振った。
「……モカチーノ」
「畏まりました」
 どのコーヒーに居るのかわからないのだから、もっとメニューの1番上に載っているような物を注文した方が良かったのだろうか。
 店員が去ってからメニューを改めて見た。1番上にはエスプレッソと書いてある。
「モカチーノにNo.3が居なければこれも頼むか」
 朝から優雅にコーヒーを2杯も飲むというのも、誕生日ならまぁ許されるだろう。
 しかしそれは杞憂に終わった。
「お待たせしました」
 ウェイターが置いたソーサーの上にNo.3が2枚の畳まれた紙を手に座っている。
「ジョルノ! 誕生日オメデトウ!」
「有難うございます、No.3」2枚の紙を指し「それはもしかしてプレゼントですか?」
「プレゼントとはチット違ウケドナ」
 先に色の付いている方を差し出してきた。
 かなり小さく折り畳まれているので指先で慎重に開いてゆく。
「紙幣……」
「コーヒー代」
「成る程」
 プレゼントに現金というわけではなかったらしい。
「そっちの紙は?」
「コンナノハ後デ良イダロ。早くコーヒー飲モウゼ」
「飲みたかったんですか?」
 相変わらずだ、と笑いながらスプーンにモカチーノをすくいNo.3の前へ差し出した。
 No.3は大喜びで顔を突っ込むように飲み始める。
「俺モ飲ンデ良イ!?」
「どうぞ」
「俺モ! 俺モッ!」
「良いですよ。スプーンは1つしか有りませんけど」
 No.1もNo.2も、No.3を押し退けるようにスプーンへ飛び付いた。
「零れてしまうから、喧嘩はしないで下さい」
 いかにも本体が言いそうな事を言ってしまった自分にジョルノは溜め息を吐く。
 No.3がコーヒーに夢中になっている隙にもう1枚の紙を取り開いてみた。

 
No.5は公園のトイレに居る
 

 予想通りにNo.5の居場所が書かれている。
「幻のNo.4、ではなかったか」
 一体どこの公園なのやら。このカフェと同じように近い場所なら良いが。
 しかし公園の『トイレ』とは、園内を探し回らなくて済むのは助かるが随分とまた奇特な場所だ。
 あのNo.5の事だから泣いているのでは――と心配する気持ちは、カップに口を付けると「折角だからモーニングを頼めば良かった」という考えに押し潰され消えた。

 トイレの有る公園となるとそれなりの広さの、国や市で管理しているタイプを指すだろう。カフェから見て寮とは正反対の方角にやや歩くがそれなりに広い公園が有る。
「最寄り、と言えばここだけど」
 ピストルズ3人を引き連れその公園に足を踏み入れたジョルノは溜め息を吐いた。
「No.3がくれたコーヒー代の残りで何とかなるとはいえ、公園のトイレは使いたくないな」
「先刻店のトイレ行ッチマッタモンナ」
「使ワナイノニ金ヲ払ウノハナァ」
「シカモ今カラ使ウノカッテ目デ見ラレルンダゼ」
「それに首吊り自殺をした奴が居る、なんて噂がされていたりする。暗くて汚くて臭くて不気味で、公園という華やかな場の闇を一手に引き受けているような感じだ」
 トイレ1つにそこまで悪い感情を向けなくても、と自ら思いつつジョルノはトイレ番として佇む年齢以上に住所がわからなさそうな老婆に金を渡し中へと入る。
 一体どの個室に居るのだろうか。
 手前から順に開けてみるかとドアへ手を掛けると同時に。
「ジョルノぉーッ!!」
 絶叫に振り向くと何かが「ごちん」と音を立てて顔面に激突してきた。
「いっ……たぁ……」
 骨が折れてしまったのではないかという位の衝撃に鼻を撫でながら目を開ける。
 眼前では予想通りNo.5が、これまた予想通り号泣していた。
「モウヤダー! ココヤダァー! ヤダァーッ!」
「はいはい、もう出ますから」
「暗クテ汚クテ臭クテ不気味デ、今4番目ノ個室デ首吊リ死体ガ見付カッタッテ話シテイル奴ラガ来タッ!」
 噂は事実か、と声にしては余計に泣かせるだろう。
 ジョルノは何も言わずに手の平を上に両手を前へ出す。
 その手の上へグズグズと鼻――何故彼にだけ鼻が有るのだろう――を鳴らしながらもNo.5は乗った。
「No.5、No.6の居場所を書いた紙は持っていないんですか?」
「紙……ソウダ、紙持ッテタンダ。置キッ放シニシチマッタ! デモ……1人デ行キタクナイ……」
「どこに置きっ放しに?」
 あっち、とNo.5が指したのは日光を取り入れる為だけに付けられた窓。高い位置に有るのでピストルズが座っていても誰も気付かないだろう。尤もスタンドはスタンド使いにしか見えないが。
 より狭い所に1人きりで恐ろしい噂話を耳にしてさぞ心細かっただろう。ジョルノは人差し指で頭頂を撫でてやる。
 しかし残念ながら高い所に有る小さな窓へは一緒には行けない。その真下まで歩み、背伸びをしてNo.5を乗せた手を伸ばした。
 無言の「取りなさい」の命令に従ってNo.5は何度もこちらを振り返りながらも窓の枠に置いたらしい紙を取る。
「今ノ内ニ外出テヨウゼ」
「駄目です」
 小声でNo.3を牽制すると、No.5が猛スピードで戻ってきた。
 きちんと折り畳まれた紙を持っている。
 受け取り開くとやはりNo.6の居場所が書かれていた。

 
No.6は南の1番大きな木に登っている
 

 南、とはまた随分抽象的だ。ここから見て南にある木なのか、それとも世界規模で考えなくてはならないのか。
「彼の事だからこの公園で、と付きそうですね。No.5、どう思いますか?」
「ワカンナイケドNo.6トハ朝コノ公園ノ入リ口マデ一緒ニ来タカラ……多分コノ近クダト思ウ……」
「有益な情報を有難うございます。自信を持って下さい」
「ジョルノ……」
「ほら泣かないで。一緒に行きましょう」
 さもなくば再びこのトイレで1人きりになる。
 頭を、今度は後頭部の辺りを人差し指で撫でて促す。常時泣き顔に近いNo.5だが今は笑顔に見えない事も無い。
「しかし、朝からずっとここに居るんですか?」
 それぞれが同時に配置についたとは限らないが、No.1が目覚まし時計の上に乗るのと同じ時間から居るとしたら流石に疲弊しているだろう。
「何時カラ来テタッケ……怖クテ眠気モ飛ンダシ腹モ空イテナイ……ア、ソウダ、誕生日オメデトウ、オメデトウッ!」
「はい、有難うございます」
 紙に書いてあるのは居場所のみで、ジョルノに行けという指示は無い。迎えに来ないかもしれない、とは考えないのだろうか。ピストルズも、本体も。
 きっと考えないだろうな。
 何だかんだで世界は『彼』に都合良く回っている。今もジョルノは1人増えたピストルズ達を引き連れて、トイレを出てすぐ南側へと歩き出した。

「登っている、という事は」
 公園の南側の並木道の、一際大きな樹木の前に佇みジョルノは呟いた。
 首が痛くなる程見上げても1番上は見えない。
「ジョルノ、登ルノカ?」
「そうしないといけないんでしょうね」
 ピストルズ達は誰も「登るべきだ」とも「登らなくて良い」とも言ってこない。己の持ち場以外は特に何も聞かされていないのだろう。
 或いはテレパシーのような物で連携が取れているか。ゴールド・エクスペリエンスは声に出して指示しなくてもジョルノが思い描くだけでその通りに動く。
 ピストルズもそうなのだろうか。これだけ個性の強い6人が一斉に意思表示をしてきたらさぞ煩そうだ。
「しかし……公園の木は基本的に登ってはならない。まして小さな子供でもあるまいし、昼前から学校をサボって木登りなんて先ずしない」
 誰か1人ないし全員でも、ピストルズが行けば良いのではないか。
「デモNo.6モきっとジョルノが来ルノヲ楽シミニ待ッテルゼ」
「そうでしょうか」
「No.6ノ奴、クールぶってるけどジョルノの事ガ大好キダカラナ」
「やっぱり僕が行かなくちゃあならないですね。それに差別や贔屓をしたくはない」
 通りから見えないように木の裏側へ回り、土を確かめるべくぎゅ、ぎゅっと踏み付けた。
 よし、これならいける。ゴールド・エクスペリエンス、頼む。
 こうして声に出さなくても、ジョルノのスタンドはそのヴィジョンを現す。
 スタンドはジョルノの足下から1本の小さな木を生やした。
 苗木は通常の何万倍もの速度で成長し、ジョルノを葉を集めた土台に座らせたまま、並ぶ「南の1番大きな木」と同じ高さになる。
 勿論比べ物にならない程細いので大きく動いては危険だ。ジョルノは両手で座面にしている葉達を掴んだまま声を掛けた。
「No.6、居ますか?」
 隣接する大きく太い木の、葉の1つが小さく揺れ動く。
 右手を精一杯に伸ばしてその葉を付ける枝を掴んだ。
――パキッ
「しまった」
 ろくに力も入れていないのに折れてしまった。公園の木は枝1本折っても器物損壊だ。しかし不幸中の幸にもその葉にはしっかりとNo.6が居る。
「ようジョルノ、誕生日オメデトウ」
「有難うございます。お祝いはもうちょっと地面に近い所で聞きたかった」
「デモコノ高サカラ見ル街ハナカナカ良イゼ」
 言われて更に南へ、公園の外側へ目を向ける。確かに見応えの有る景色が広がっていた。
 並ぶ屋根達の色や形は日光を浴びて眩しく美しい。青空を往く鳥も地を主人と歩く犬も、皆が皆幸福そうで。
「良い景色ですね」
「ダロウ? 待ッテイル間ズット眺メテイタガ、全ク飽キガ来ナイゼ」
「もしかしてこれが」貴方達と彼からの「誕生日プレゼント?」
「おっとジョルノ、No.7ヲ除ケ者ニシチャアイケナイゼ」
 No.6は腹の上に乗せ置いていた折り畳まれた紙を差し出してくる。
「そうですね。No.7は一体どこに居るんでしょう」
 慣れた調子で紙を開いた。

 
No.7はタクシーに居る
 

 まさか走っているタクシーには居ないだろうと5人のピストルズと話しながら公園最寄りのタクシー乗り場まで来た。
 何台も停まる内の一体どれに居るのか。もしかするとこの乗り場のタクシーではないかもしれない。
 ジョルノはあたかもタクシーには乗りません、といった風を装いつつ助手席にちらちらと目を通して歩く。
 4台目のタクシーが不意に助手席の窓を開けた。
「よう小っちゃいお兄ちゃん、乗って行くかい?」
 小さいとは失礼な、と屈んで助手席の窓から運転席に座る運転手を精一杯睨み付ける。
 見覚えの有る顔。三十路かもう少し上か。体格も運転手にしておくには勿体無い程すこぶる良い。
「あんたは……」
 そうだ、この男は組織の人間だ。
 昼間はこうしてタクシードライバーを、夜に喧嘩が起こると駆け付けて殴り合いをする、もう何年も前からのギャング。
「……貴方、スタンド使いですよね?」
 ピストルズが見えるのなら。
「ジョルノ!」
 ぶつけ合う2人の視線の丁度間にNo.7が飛び出してきた。
「このタクシーでしたか」
「やっぱり乗って行くんだろう? 1人と1匹とそっちの5匹で」
 その数え方は怒られると笑いながらジョルノは後部座席へ乗り込んだ。ドアが閉まると行き先を告げるより先に走り出す。
 ふよふよとNo.7が2枚の折り畳まれた紙を両小脇に抱えてジョルノの目の前に来た。
「ジョルノー! 誕生日オメデトウ! コレハ俺達カラのプレゼント」
 2枚の紙の内、色の付いている方は開く前からの予想通りの紙幣。
「現金のプレゼントなんて味ノ無イ事ハシネーゼ! ソッチはタクシー代ダ」
「気が利きますね」
 つまりもう1つの紙が6人からの贈り物。代表してNo.7がジョルノに手渡す。
 恐らく「No.1は目覚まし時計に座っている」とでも書いてあるのだろう。
 自室に戻るまでが遠足、もとい誕生日祝いというわけか。2度寝よりも楽しい時間を有難うと言おうと思った矢先にその文字が目に入った。

 
グイード・ミスタは自宅でお前を待っている
 

「……もしかしてこの車、ミスタのアパートに向かっているんですか?」
「聞いているのは住所だけなんで、家なのか何なのかはわからないっすね」
「行き先を学生寮に変えてもらえませんか?」
「え?」
 運転手が躊躇っている間にジョルノの視界が6人のピストルズで埋め尽くされる。
「ジョルノ!」
「何言ッテンダヨ!」
「帰ルナヨッ!」
「一緒ニ家ニ行コウ?」
「ソリャア無イゼ」
「未だプレゼント渡セテイナイ!」
 わらわらと群がってくる様子に思わず笑いも漏れる。何も本気で言ったわけではない。
 冗談だと伝えると6人は「なんだ」「そうか」等と言いながら思い思いに後部座席でだれ始める。運転手も目的地を変える必要が無い事に安堵していた。
「ちゃんとミスタにも会いに行きますよ。ここで差別や贔屓をするわけにはいきませんから」

 呼び鈴を押したが応答が無い。というより呼び鈴自体の音が鳴らなかった。電池切れなのか意図的に音を切っているのかはわからない。
 仕方無しにドアを直接ノックした。コンコン、コンコン、ドンドン。間を置いて大きくしても反応が無い。
「自宅で待っている、と書いておきながら留守にするとは良い度胸だ」
 スタンド能力でドアを蹴破り開けて中を散らかし遊ぶという誕生日を過ごしてやろうか。
「開ケテ入ッチマエヨ」
「良いんですか?」
「ジョルノなら良イニ決マッテイル!」
「アレハソノ為ノ鍵ナンダカラナ」
「鍵……そういえばNo.2の座っていた鍵を持ってきているけれど」ポケットから飾り気の全く無い鍵を取り出し「これはこの部屋の鍵なんですか?」
「ソウナンジャアネーノ?」
「確カソンナ形ダッタ気ガスルゼ」
「俺達ハ使ワナイカラナァ」
 もし違ったとしても誰にも迷惑は掛からない。取り敢えず鍵穴に差し込んでみる。
――カチャリ
 何の躊躇いも無く鍵を飲み込んでシリンダーは開錠の音を立てた。
「誕生日プレゼントは合鍵なんでしょうか。それとも返すんでしょうかね、これ」
 本人に尋ねてみるに限る。確か昨晩は早々と帰っていった筈だから未だに寝ているという事は無いだろう。第一寝ていれば叩き起こすのみだ。ジョルノ・ジョバァーナに自宅の鍵を持たせてしまったお前が悪いとでも言って。
 ノブを捻りドアを開けるとパァンと銃声のような音が響いた。心臓が飛び跳ねたが、すぐに銃声にしては軽過ぎると気付く。
 音の発信源はすぐ目の前。見据えるまでもない近距離にミスタが、今まさにコルクを開けたばかりのワインをこちらに向けて立っていた。
「誕生日おめでとう」
「あ……有難う、ございます」
「まあ上がれ」
 くるりと背を向けて部屋の奥へと歩き出す。
 らしくなく抑揚の無い口調は気になるが、ジョルノは足元に落とされたコルクを拾いその背に付いて部屋の中へと続いた。
「……って、何ですか、これ」
 部屋の中の光景に何とか搾り出した言葉はそれのみで、後は口をぽかんと開けるしか出来ない。
 窓を除いた壁一面に飾られた花、花、花。風船と絡み合って天井まで埋め尽くし、男の一人暮らしの部屋とは思えない幻想的な空間を作り上げている。
「改めて、おめでとうッ!」
 言いながらミスタは中央のテーブルに2つ並んで置かれたグラスに、持っていたワインを高い位置から注いだ。
 芳しい花の香りは一層噎せ返りそうな程だった。様々な色の風船と同じように1番目立つ花である薔薇は色取り取りで美しく、それ以外はピンクの百合とガーベラ、白いカスミソウが特に可愛らしい。
「この花は……アルストロメリア?」
「そういう名前なのか? 薔薇以外はお任せっつったら入ってた花だから正直名前知らねーんだよ」
 ジョルノ自身も詳しくはない。偶々本で読んだか何かで覚えていただけでに過ぎないその花を指先でなぞる。
「生花だ」
「おい指に花粉付くぞ。ケーキ作りながら飾り付ける予定だったのに、手を洗ったりなんなりで全然進まなくて焦ったぜ。でも造花混ぜたらダサくなっちまうだろ? 誕生日の今日だけ保ちゃあ良いんだし」
「自分で飾ったんですか?」
「こういう風にしたい! って口で言っても上手く伝わんねーし、ケーキ作ってる所他人に見られたくねーからな」
「つまりそれも貴方の手作りだと」
 指こそ差ささなかったが、2つのワイングラスの奥にチョコレートケーキと思しき物体が鎮座していた。
 ホールケーキにしては随分と歪で、垂れたチョコレートソースで殆ど隠れてはいる側面だが、幾つもの層で作られて見える。
 底はココアクッキー、順にガトーショコラ、生チョコレート、チョコレートムースが乗っているのか。1番上はもしや単なるチョコレートソースではなくグラサージュショコラかもしれない。
「……凄い、ですね」
 余りの「まさか」っぷりに賞賛の言葉も感謝の言葉も上手く出てこない。
「本買う所から始めたけどな」
 手にしているワインボトルのラベルにも1985――生まれ年――の文字が有った。
「ここまでしたんだから家に来い、と一言電話をくれれば良かったのに」
 嬉しくて、しかしそれ以上に気恥ずかしくて視線を合わせられない。
「朝早くにお前を足止めしておかないと、学校終わるまで行けないとか言うかもしれねーだろ。それじゃあ駄目なんだよ、学校の奴らに散々祝われた後じゃあ。俺が1番先に、1番盛大に祝いたいの。かと言ってすぐ来られても困る」
 主賓が訪れる直前まで準備をしていたから、という事は簡単にわかる。
「お前達よくやったな」
 簡潔に誉められてピストルズ6人は部屋中に散らばった。
 花々や風船に触れ楽しんでいる。自分も素直にはしゃげれば良いのに、と羨ましく思う。
「僕はそこまで植物に詳しいわけじゃあない。けれど僕のスタンドは草花を生み出す能力が有る。きっと金や時間を掛けずにこの部屋を飾れたと思う。第一この部屋、僕の部屋じゃあなくてミスタ、貴方自身の部屋だ。花粉、床に落ちているだろうし、きっと壁にも付いている」
 掃除が大変だ。それ以前に片付けが大変だ。部屋を埋め尽くした花と風船とを外して分別しなくてはならない。
「ケーキだって本や材料を買って時間を掛けるより、そこいらの店で適当に選んできた方がずっと早い。そうすれば大体の時間の目安だって付くからその時間に来いと言うだけで済む」
 これだけ言っても尚不快そうな表情1つ見せないミスタの顔を、きっとこちらの心の内を見透かしているのだろうと思いながら見詰めた。
「僕は無駄な事が好きじゃあない。だから……有難う」
 生まれてきて良かった。


2018,04,16


わーいジョルノお誕生日おめでとー!
ジョルノはピストルズそれぞれを一個人として見てるだろうなぁと思うのですが。
結果ミスタの事もピストルズのNo.4位に思ってそう。「ほらあの、ピストルズの1番デカい奴」みたいな。
<雪架>

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