ジョルナラ 全年齢


  Erba


 ジョルノは自分をギャングだと思っているが、リーダーのブチャラティに言わせると「学生がギャングをやっている」になるらしい。ギャングに専念するのは卒業してから、今は未だ見習いのような物だと。
 皆で死闘を潜り抜けたがチーム最年少なので未だ見習いに思われていても仕方無い。
 だがメインが『学生』だと思われているのは余り嬉しくない。
 リーダーを筆頭にアバッキオを除いて学校をきちんと卒業した者が居ないチームなので自分が浮いて思えてしまう。学校なんてかなぐり捨ててギャング活動に専念したいのに。
 同時に卒業出来なかった彼らの分まで、と思う気持ちも有る。
 だから今日も学校で授業を終えてからアジトに来た。
 留守番を1人残し皆出払っている筈だ。これと言って請け負っている任務は無いので留守番が1人増えるだけだが、それでもいざという時に片方が飛び出せるのは心強い筈だ。
 階段を上がり「失礼します」と事務所のドアを開ける。
 と、子猫が1匹、膝に飛び付いてきた。
「驚いた……君か」
 屈んで床に下ろす。みゃあみゃあと鳴きながら頭を脛に擦り付けてくる。
 いつからかこの敷地に住み着いてしまった野良猫。未だ子猫と呼べる小ささだが母猫は見当たらない。
 人懐っこいというか懐き過ぎて野生を忘れているというか、自分達ギャングチームにも臆する事無く甘えてくる。特にブチャラティがお気に入りのようだ。ナランチャに玩具で遊んでもらっている姿も何度か見た。
 余り積極的に接しないジョルノにも充分懐いているのは嫌な時に触ってこない人物と思われているからかもしれない。
 早くしろという猛アピールに応えて優しく撫でる。
 未だメカニズムの解明されていないゴロゴロ音を立てて満足気にしている。野良猫だが野良らしさはどこにも無い。
「どこから入ったんですか?」
 窓が開けっ放しならば閉めなくては。
「オレが入れた」
 猫が返事をした。
 などという事は無く、不機嫌そうに仁王立ちしているナランチャだった。彼が今日の――今日も――留守番役らしい。
 その肩にぽつぽつと赤い切り傷というか刺し傷というかが有る。
「入れてって言ってるみたいだから入れてやってさ、しゃがんでたら肩に飛び乗ったんだぜ、そいつ」
 未だ小さいのでそこまで重たくはないだろう。
「で、急に勢い良く飛び降りやがってさ、爪食い込んだ」
 それが理由で怪我をし機嫌も悪いらしい。
 ジョルノの階段を上る音が聞こえて別の人間にも甘やかしてもらおうと飛び降りたのだろう。猫は耳が良いし、人間以上に好きな物を好きと全力で表現出来る。それはもう羨ましい位に。
「お前なー! ちょっとは考えろよッ!」
 ナランチャが叱りながら猫を持ち上げた。
 猫は先程まで乗っていたらしい肩に顔を近付け鼻をすんすんと鳴らす。
 怪我をさせてしまいすまないと謝っているのか、傷を直そうと舌を伸ばした。
「危ないッ!」
 ジョルノは慌てて猫を取り上げる。
 大声と物凄いスピードに猫もナランチャも驚き目を丸くする。ジョルノも余りの勢いで後ろに倒れ込む所だった。
「……び、びっくりした……猫って人間の血舐めたらヤベーのか?」
「いえ、猫より……猫の舌はザラザラしているので、傷口を舐められると相当痛いかと」
「そうなのか? えっと、有難う」
 勝手にみゃあと短く返事をした猫を下ろす。
「爪も舌も、それから牙も。猫は危険なんです」
「こんなに小さいのに?」
 確かに未だ幼いこの子猫ならそこまで驚異ではない、という油断が危ない。
 ナランチャもかなり小柄で童顔なのに喧嘩の腕が弱いわけではない。
 と指摘すると2つ年上だからと主張されるだろう。それがまた実年齢にそぐわない幼さなのだが。
「お前実は凶暴なのか、可愛いのにな」
 見下ろして話し掛けるナランチャの様子こそ可愛い。そして時に凶暴に近い物が有った。
「傷、塞ぎます」
 怪我の箇所に手を翳す。ジョルノのスタンドが姿を現し生命を作る能力で皮膚や皮下組織を生み出す。
「痛てッ」
「菌が入って化膿したら困ります」
 だから我慢して、まで言うと子供扱いするなと暴れられかねない。
「なあ、ジョルノって猫の怪我も治せるのか?」
「治すのではなく塞いでいるだけですが、猫でも犬でもうさぎでも出来ます」手当てを終えて、猫の前にしゃがみ「怪我でもしたんですか」
 ナランチャも猫を挟み向かい合う形でしゃがんだ。
「コイツ野良猫じゃん?」
 こうして事務所の中で寛いでいるが誰かが飼っているわけではない。首輪も無いし夜に決まった家に行く様子も見られない。
「普段どこで何してるかわからねーし、うっかり怪我とかしてたら今一緒に治してやれば良いなって。危ない所とか行ってないかな」
 肯定とも否定とも取れる短い鳴き声を上げて子猫はぴょんとナランチャの左肩に乗る。
 首の後ろをくるりと通って右肩に腹を乗せて足を伸ばした。
「もう爪立てるなよ!」
 頬を猫の頭に押し付ける。猫は遊んでもらえて嬉しそうに喉をゴロゴロと鳴らす。
 ジョルノも手を伸ばし猫の顎を撫でた。
「何でオレの肩にばっかり乗るんだろうな。ブチャラティの肩に乗ってる所とか見た事無いぜ。アバッキオとか肩デカくて乗りやすそうなのにさ」
 猫にはナランチャの服の方が「肩に乗りやすい」のでは。
「見える所に怪我は無いようです」
 内部疾患まではわからないので飼わずとも1度は獣医に診せた方が良いかもしれない。しかしそんな事をしては情が湧いてしまう。
 ただでさえ猫らしく愛らしい顔をしているのに。ナランチャと遊んでいる様子は実に微笑ましい。
 余りにもナランチャが顔を顔に押し付けてくるからか猫が不意に肩から飛び降りた。今度は爪を立てなかったらしくナランチャの肩に怪我は無い。先程はジョルノの出迎えという目的が有ったから興奮状態だったのだろう。猫は出入口の方を向いたが、誰かが来たわけではなく立ち止まっている。
 大好きなブチャラティが入ってくるのだとしたらナランチャは更に深い傷を負っていたかもしれない。
 子猫はこちらを振り向きみゃあと短く鳴いた。
「何だよ、猫語はわかんねーぞ」
 ちらりと視線が向けられたがジョルノも猫の言語はわからない。
 鳴き声で機嫌の良し悪し位はわかるが何を伝えたいかまではわかる筈も無く。ただ機嫌は良いのだろう。尻尾を真上に立てている。
 出入り口のドアに頭を擦り付け始めた。
「開けてほしいのか?」
 ナランチャがドアを開けてやる。礼に「みゃあ」と鳴いて外へ出て行く。
 出払っている皆が戻るのは未だかなり先だが、アバッキオ辺りが戻ってきて「事務所に猫を入れるな」と文句を言う可能性が無くなって良かった。
 入れたのはナランチャだとジョルノが言っても、ナランチャ自身がそう言っても、恐らく謎の敵対心を抱かれているらしいジョルノばかりが文句を付けられる。
 ドアを閉め直すより先に猫が顔を覗かせた。
「何だよ」
 返事ではなく呼び掛けているのか少し長く鳴く。
「来いって言ってんのか?」
 ナランチャも外に出た。もしや猫語がわかるようになったのか。
 出てきてくれたナランチャの足に顔を擦り付け、次いでお前も出てこいとジョルノの方を向いて長く鳴いた。
「ジョルノ、呼ばれてるみたいだぜ」
 やはり猫語がわかるのかもしれない。
 わかりましたと答えてドアを抜けると猫はジョルノの足にも擦り寄ってきた。頭を撫でさせてから階段を下りる。
 子猫の足には1段1段が大きいのでスピードが出てしまい一気に駆け降りる形となった。踊り場で何とか立ち止まってからこちらを見上げて再び長く鳴いた。
「どこ行くんだよ」
 ナランチャが下りる。ジョルノも下りる。2人が踊り場に着くと案の定猫は階下まで走るように下りる。
 外へ出た猫を追い掛けて2人も屋外へ。日の高い時間なので陽射しが暑く眩しかった。
 全身が毛皮の猫だがこの陽射しが気にならないのかてくてくと歩き進む。
「追い掛ける?」
 ナランチャの問いにジョルノは手で日光から顔を守りつつ頷く。暑いから、あるいは事務所を空(から)に出来ないからとジョルノが戻っても、ナランチャは1人で猫を追い掛けていくだろう。猫も猫で階段の時のように早く来いと鳴きそうだ。
 歩道を歩いて行く猫と、それについていく10代の少年2人。通行人から生暖かい目で見られている気がする。2人共ギャングなのだが猫への悪戯を企んでは見えないようだ。
 下町情緒溢れ過ぎている通りを抜け、噴水の有る大きな公園と人のかなり多い地下鉄駅を横切り、世界に名を轟かせるブランドショップの立ち並ぶ通りを進んだ。
「結構歩くな」
「疲れましたか?」
「オレは平気だけど」
 猫の方が疲労しないのか気に掛かるようだ。
 走ってこそいないが猫の大きさ――寧ろ小ささと言うべきだろう――からすると結構な速さで歩いている。
 ジョルノは目的地を知らないままこれ程長い距離を歩き続けたのは初めてかもしれないと思った。幼い頃は余り活発ではなかった。ナランチャはどうだろう。今と同じように『元気いっぱい』といった幼少期だったのだろうか。
 一体どんな少年時代を過ごしたのだろう。最もナランチャの容姿は今も未だ『少年』だし、実年齢も17歳なので少年の括りに入れて良いだろう。子供の頃は、とは聞けない。
 それに「そっちはどうだったんだ」と聞かれたくない。ギャングに助けられ生活が一変してからの話なら幾らでもするが、それ以前は余り良い生活を送っていなかった。
 もしもその頃にナランチャのような同世代の『友達』が居たら。色々と違ったかもしれないし、近所に住んでいても友達にならなかったかもしれない。今も仲間であって友達とは少し違う。
「ジョルノこそバテてるんじゃあねーの?」
 2歩分程前を歩いているナランチャが足を止めずに振り返った。
「大丈夫ですよ、全速力で走っているわけでもないし」
「でも暑いの苦手だろ?」
 辛うじて語尾が上がっていたが、問い掛けにしては確信しきっている。
「……そう見えますか?」
 暑いのは好きではないが寒いのも好きではない。今日のようにカラカラに乾燥し過ぎているのも、雨降りの湿り気が強いのも好きではない。だがこれは誰だってそうだろう。
「あんまりお日様の下に居ないじゃん。夜には外に出るけど」
「そう……ですね、日焼けをすると痛いので」
「痛い? 日に焼けると赤くなるタイプ? オレ黒くなるだけだから余り痛いって思った事無いんだよなぁ」
「余り日焼けして見えませんが」
「気付いたら皮剥けてる」
 正反対とまでは言わないが体質も違う。そんな自分達を仲間にしてくれたブチャラティに改めて感謝をしたいと思った。
 猫がアジト近くに住み着いている事もリーダーであるブチャラティが黙認している――というよりそこそこ可愛がっている――からだ。
「あ!」
「どうしました――って、猫」
 居ない。ほんの少し目を離した隙に見失ってしまったのか。
「そこ曲がったと思う」
 広い敷地に大きな屋敷ばかりの住宅街の中で、車は通れないような少し細い道が右手に有る。
 駆け足で曲がれば追い付けるからとナランチャがジョルノの手を握った。
 引っ張られるような形で小走りに曲がる。すぐそこに猫は居た。2人が曲がらなかった事に気付き立ち止まって待っていたようで、遅れを叱るように長めに鳴く。
 また背を向けて、それでいて尻尾をぴんと立てて歩き出した。
 はぐれないよう道を一緒に曲がったのに、猫を見付けて再び追い掛け歩き出したのに、それでも手が離れない。
 すぐに日に焼けると言っていたのに白い手。しかしジョルノと違いもう少し健康そうな色。
 ネコ科の動物は赤ん坊の頃から手が大きければ大きい程、将来その体が大きくなると聞いた事が有る。
 ナランチャの手はお世辞にも大きいとは言えない。指が短いのではなく、手の平の面積が小さいといった印象。余り大きくならなさそうだなと、その方がナランチャらしいなと思った。
 それにしても温かな手だ。生きている証だなんて大げさな事は言わないが、幼い頃にはこの温かさを凄く欲していた気がする。
 皆みたいに、僕もお友達が欲しいな。
 生まれた国では同年代の『子供』に会う事が無かったし、この国へ来てすぐは言葉がよくわからなかった。言語はすぐに覚えたが、第一印象の所為か学校を逃げ場のように――家に居ると義父の機嫌を伺わなくてはならない――思っていた所為か、とあるギャングと接触するまでは友達は出来なかった。
 ギャングを助け、ギャングに助けられ、同級生から嫌がらせをされなくなり、話し掛けてくる者も居た。寮の有る学校に入ってからは友好的な人間が多く、特に女子からは極端な好意を抱かれたりもする。
 猫が不意に曲がった。高い所を好む習性の有る猫ならこの上を歩きそうな、立派な家の太いが低めの塀の横だった。
 ナランチャに手を引かれたまま曲がる。
 通ってきた街並みからは想像の付かない、草原のような緑が一面に広がっていた。
「わあ、すげーッ!」
 立ち止まったナランチャに先に言われてしまった。手を繋いだまま隣に並び草原を眺める。
 かなりの広さで他に何も無いから草原のように見えたが実際は空き地、建設予定地ですらなくただひたすらに何も無い、持ち主も居ないかもしれない土地。
 生い茂るのもようは単なる雑草だ。
 色にばらつきが無いのでまるで背の高い芝生。虫の類いが1匹も居ないから余計に手入れされているように見えた。
 動物は居ないが植物は、緑の葉達には生命が満ち溢れている。
「すげーな! な、ジョルノ!」
「あ、はい……」
 どれだけ素晴らしいかを言葉にしたかったが出てこない。色んな形容する言葉が存在するのに。
 案内し終えた猫は草原――雑草だらけの空き地なんて言葉はやはり似合わない――の中程で高めにぴょんぴょんと跳び跳ねてから倒れるように地面に寝転がった。
 はしゃぎ疲れた犬のような仕草を笑いそうになった所でナランチャの手が離れる。
「お前、面白い所知ってるんだな」
 猫の近くまで行ってしゃがみ、野生を忘れ俯せで足を伸ばしている猫の頭を撫でた。
「オレも寝っ転がってみようっと!」
 汚れるのではと指摘するより先に、飛び込むように仰向けに倒れてどしんと寝た。
 頭をぶつけなかったか、尻をぶつけて痛いのではないかと心配するジョルノを余所(よそ)に。
「気持ち良い」
「地面なのに?」
「寝心地が良いんじゃあなくて風が気持ち良い。っつーか寝心地は悪い。背中とか頭とか痛い」
 やっぱり。
「でも最高だぜ! 太陽が真上に無いから目が痛くなったりしねーし、葉っぱの匂いもするし」
「葉の匂い、ですか? 土の匂いじゃあなく」
「土はもっと土っぽい匂いがするだろ? 雨が降った時とかにさ」
 今ジョルノが思い浮かべているのが草は草でも朝露に濡れたそれの匂いだ。ナランチャが言っているのは恐らく違う。
「ジョルノも来いよ」
 一瞬顔だけ上げて言って、また太陽を見上げる形に戻った。
 寝そべったままの猫もにゃーと鳴いてジョルノを招く。
 草の色と日の光と、猫と猫のような仲間の誘いは断れない。草原のような原っぱへ足を踏み入れ、ナランチャと反対の猫の隣へ腰を下ろして仰向けになった。
 空が高い。よく晴れていて幾つかの白い雲と抜けるような青い空のコントラストが美しい。
 ナランチャの言う通り太陽が直接視界に入らないので安心して見上げていられる。
 目を閉じると色や明るさはわからなくなるが、光が降り注いでいるのはわかる。そして草の匂いも。
「これは確かに気持ち良い」
「だろー?」
 猫を挟んだ隣からナランチャの声が聞こえるのもまた気分が弾んだ。
 微かな風が吹く音と、その風が運ぶ緑色の匂い。
 目を閉じて大きく息を吸い込むと胸いっぱいに緑色が広がる。
 ゆっくりと息を吐き出すと取り込んだ草の香りがそのまま自分から抜け出るような、自分自身が緑色に染まったような錯覚に陥れて面白かった。
 スタンドで植物を生み出す事は出来る。だがこの陽射しや風、案内してくれる猫、共に歩む仲間は生み出せない。
 こんなに穏やかな時間を過ごすのはギャングらしくないと言われるだろうか。その時は初めて「自分は学生がギャングをしている」と言い訳してやろう。


2020,09,10


あみだくじで「部は5」「色は緑」「部位は肩」を引いたので出来上がった1作。
実際のナポリで考えるとジョルナラ結構な距離歩いてるけどまぁ気にするな。帰りはタクシーよ。
<雪架>

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