ミスジョル 15歳以上推奨


  Guerra
   愛するものは穢させない


 ジョルノ・ジョバァーナの図書室へ向かう廊下を歩く速度がいつもより遅いのは隣を歩く男子生徒の話をちゃんと聞いているから。
 図書室に着いてしまうまでに話を聞き終えたい。図書室でも話をする人間という目では見られたくない。だが大して親しくもない男子生徒の話だが無下に出来ない。
「聞く限りクラブと言うよりバーのようだけど」
 男子生徒はジョルノからの返事に喜んで「俺もそう思う!」と声を弾ませる。
「クラブって名前でクラブミュージックの流れてるバーなのかもしれないな」
「そう」
 聞きたいのはお前の感想じゃあない。
 そのクラブで麻薬が手に入るという噂についてだ。
 昨日噂を耳にしてチームリーダーのブローノ・ブチャラティに相談した所、詳しく聞いてきてほしいと頼まれた。
 今朝クラスで――今隣を歩く――男子生徒こそが噂の発信源だと聞き声を掛けた。誰かに話したかったのか店名や場所、ドリンクメニューや雰囲気なんかをすぐに教えてくれて今に至る。
 調子がどうにも「一緒に行こう」になりそうだったので図書室で本を読むのが日課のフリをした。
 仲良くしたくないとは言わないがジョルノにはクラブで遊ぶ趣味は無い。調査の為ならば乗り込むが、それこそ男子生徒を巻き込めない。
「料金が時間制な所は未だクラブっぽいかな」
「バーでも時間制で飲み放題の店だって有る」
「そうなのか?」
 特殊な接客が付くナイトバー等が該当する。
「詳しいなあ。俺前にお前が空港の辺りを縄張りにして小銭稼ぎしてるって噂聞いた事有るけど、本当だったりするのか?」
「昔はちょっとしていたけど今はやっていない」
 嘘ではない。春先まではしていたし、今は違う事――より宜しくない事――をしているからスリの類はしていない。
「じゃあ益々あのクラブ向きかもな。クラブの中で何も買わなきゃ予定より高くつくなんて事無いし」
 そこだけ聞けばまるで優良な店だが。
「誰から買えるんだろう」
 麻薬を。
「さあ、俺も知らない」
 使えない奴だ。
「店の入り方は知ってても、そこまではなあ」
「入り方?」
「紹介制だから合い言葉と、あと人数も条件が有ってさ」
 前言撤回。
「誰に教えてもらったかも言う必要が有る?」
「俺の時はそこまで聞かれなかったぜ」
「そうか……その合い言葉は教えてもらえる?」
「今日行くなら――」
「いや今すぐに行くわけじゃあない。ただそういう秘密の合い言葉を君から教えてもらった、君と僕だけが知っているなんて楽しいなと思っただけだ。入る時に君が言ってくれれば僕が覚えておく必要は無いけれど」
 ここで初めてジョルノは顔を男子生徒の方へと向けた。
 彼は既にこちらを見ていたので目が合う。
 ジョルノは可愛い子犬が跳び跳ねる様を思い浮かべて笑顔を作る。微笑みを向けられて男子生徒はわかりやすく舞い上がった。
「俺は誰にも言わない条件で聞いたから、お前も言わないって約束してくれるよな?」
「勿論」
 チームメンバー位にしか話さない。
「まあお前と2人じゃあ入れないから最悪もう1人連れてかなくちゃあなんねーけど」
「もう1人? 3人居ないと入れないのか?」
 人数を減らすならわかるが。ジョルノは笑みを消しじっと見詰める。
「男だけじゃあ入れないんだよ。女を連れてかなくちゃあならない」
「そうなのか……」
「紹介してくれたの元カノでさ。新しい彼女が出来るまではどっちにしろ行けない。でもさ、お前が女の子をナンパしたら入れるんだよな。お前格好良いから一声掛ければついてきてくれそうだよな!」
「初対面の女を連れ込むなんて紹介制の意味が無くなりそうだけど」
「何だよ、行きたくねーのかよ」
「別にそういうわけじゃあない。僕の恋人の都合が付いたら行こうか。女1人に男は何人なんて決まりが有るなら別だけど」
「そういう決まりは聞いた事無いけど……恋人?」
「僕に恋人が居たら可笑しい?」
「いやいかにも居そうだけど、お前うちのクラスの女子の告白に「男が好きだから」って断ったんだろ? 男の恋人と行ってどっちかが女役ですって言ったって入れないと思うぜ」
 まさか適当に言いあしらったのがこんな所で仇になるとは。ジョルノは短く溜め息を吐いた。
 確かに言った。どのクラスの女子かはわからない――覚えていない、ではなく――が、同じ学年の女子に交際を申し込まれ、つい数日前にも別の女子生徒から似たような事を言われていたので面倒臭さばかりが頭を占め、女に興味が無いと他の女子生徒達の耳にも入れば良いなと思い言った記憶が有る。
「女に目覚めた?」
「いや……恋人には妹が居る。彼女結構遊んでいるみたいだから、紹介が無いと入れないクラブと聞いたら喜んで一緒に行くと言うだろうと思って」
 面倒臭い女を避ける為に嘘に嘘を重ねたが、この所為で面倒臭い男に絡まれてしまうのではと少し後悔した。
「恋人を置いて妹だけってわけにはいかないし、4人全員で時間が取れる日が有ると良いけど」
「俺いつでも開けるぜ! 恋人もその妹も違う学校だよな? 名門で忙しい?」
「恋人は年上で大学生だ。最近忙しくしているみたいで読書が捗る」
 図書室に着いてしまった。ドアの前で足を止めて再度男子生徒の顔を見る。
「本を借りる前に重たい本をここで読んでいくけど君は?」
「ああ俺はそろそろ帰るよ」
「別のクラブに飲みに?」
「明日休みだからそうしようかな。じゃあまた。おっと! 合い言葉だけど」
 1つの言葉を伝え男子生徒は再び「じゃあまた」と言って手を振り立ち去った。
 予想の通り本に興味の無い人間で良かった。それでいて合い言葉を含めた入る条件もしっかり教えてくれた。後日何かしら礼をしよう。
 しっかり背を見送ってから、ドアを潜らず端に寄り携帯電話を取り出す。
「ブチャラティ、今大丈夫ですか? 昨日話したクラブの件です。……ええ、今日早速行きます」
 架空の恋人と架空の恋人の妹の準備をして。

「別にフーゴでも良いだろ」
 後部座席から投げられる不満気なナランチャの声を聞き流そうと思った。
 こうして文句を聞かされると思いわざわざタクシーの助手席に座ったのだ。乗り込む際にミスタは不思議そうにしていたが今は納得しているだろう。自分こそ助手席に座ればと思っているだろう。隣でずっと不平を垂れ流されている。
「フーゴの容姿はクラブ遊びといった感じじゃあないので」
「ジョルノだってそうだろ!」
「誰の紹介だとなった時に僕が居ないと困ると思います」
「それは、そうだけどさあ」
 漸く収まる――言い返せなくなる――かと思ったが。
「じゃあミスタにやらせれば良いだろ、この格好!」
「おい俺を巻き込むな」
 ミスタがげんなりとした様子で言った。
 喚くナランチャと諭す――聞き流すではない、多分――ジョルノと呆れるミスタの組み合わせに、無関係の運転手は何が何やらわからないまま苦笑している。
 秘密裏に麻薬を買えるという噂の有るクラブへは紹介と女性の同伴が必要と聞いたジョルノは早速ブチャラティへ伝えた。
 彼は自分が行きたいが明日早い時間からどうしても外せない用事が有る、なので別の日にしないかと言った。だがジョルノが早めに行動した方が良いと、その方が少しでも出回らないのではと言うと別案を立ててくれた。誰よりもブチャラティ自身が麻薬を憎んでいる。
 万が一噂の元凶たる男子生徒と鉢合わせても良いように、ジョルノと男の恋人とその妹という組み合わせで向かう事になった。
 配役は本人、ミスタ、ナランチャ。パンナコッタ・フーゴにはどれも合わない。レオーネ・アバッキオには嫌われているので合いそうな恋人役を頼めない。
 だから妥当だし、だからと女装させられたナランチャの不満もわかる。
「想像してみて下さい、ナランチャ。ミスタが今君の着ている服を着た姿を」
 肩に目が行くからこそ胸が詰め物とわからないだろう黒いノースリーブのトップスと、パニエでも仕込んだようにむヒラヒラと広がる鮮やかなオレンジ色のミニスカート。
「キモい」
「失礼な奴だな」
「でしょう?」
「お前もか、失礼な」
「それにミスタは僕の、ゲイの恋人役です。ミスタの方がゲイにウケそうな顔だと思いませんか」
「ジョルノ、お前失礼が過ぎるぞ」
「確かに」
「4回目は言わねーからなッ!」
 折角ナランチャが落ち着いたのに今度はミスタがキレてしまった。
「フリとは言え格好良い彼氏が出来るなんて幸運だ」
「格好良い?」
「第一に顔が良い。それに足も長いしファッショナブルだ。あと声も良い」
「そうだよなあ、これは俺にしか出来ないってやつだよなあ」
 ナランチャ以上に単純で良かった。この単純さこそがミスタの良い所だと思っているがそれは言わないでおこう。
 タクシーの運転手は一体自分達3人を何だと思っているのやら。まして端とはいえハイブランドのショップが並ぶ通りのビルの1つに向かっている。
「時間制の飲み放題ですが飲み過ぎないで下さい」
「何だよ、オレより年下の癖に」
 本来は飲めない、この夜遅い時間では入れないかもしれない年だが。
「ジョルノこそ気を張り過ぎて悪酔いすんなよ。まあ恋人の俺が介抱してやるけど」
「酒を飲む余裕が有る事を祈っておいて下さい」

 受付で合い言葉を伝えるとすぐに入場時間を記した紙が貰えた。
 帰る時にこれを見せて滞在した時間分の金を支払うシステム。
 となると酒の質は期待出来そうにない。また食べ物は置いていないという話だ。持ち込みについては何も言われていないので推奨はしていないが禁じてもいないのだろう。
「これ女が居なくても入れるんじゃあねーか?」
 短い廊下を曲がりメインフロアに入ってすぐにナランチャがぼやく。
 目蓋にキラキラと光るアイシャドウ――箱にラメがどうとか書いていたが興味の無いジョルノはよくわかっていない――を塗り、リップグロス――ルージュとはまた違うらしいがこちらもわからない――もたっぷりと乗せはしたが、ウィッグを被ったり付け睫毛をしたりはしていない。それでも完全に女性に見えるから通れただけで、と説明しては嫌な顔をされそうなので黙っておいた。
 それよりもっと女性らしい言動を取ってくれと言うべきだろうか。だが変に意識しない方がボーイッシュな女の子に見えそうだ。
 照明は煌々としているが床も天井も窓の無い壁も真っ黒のメインフロア。一等地なのに広々としているし結構な数の客が居る。
 クラブらしく踊り回れるように中央には何も無いが、人が多いからかダンスバトルが繰り広げられたりはしていない。
 向かって右の壁際にはテーブルと椅子とが等間隔で並んでおり静かに飲む事も出来る。左にはバーカウンターが有り中には2人のバーテンダーが居る。片方はカクテルを作り、片方はカウンターから身を乗り出して客と話をしていた。
 その奥にトイレ、更に奥にはスタッフオンリーの文字が見える。
 奥と言えばフロアの奥はステージのように高くなっている。誰も居ないが上れないようにもしていない。一方でその左右に天井と繋がるポールが有り両方に露出の高い女性が絡み付いていた。
「オレポールダンスって初めて見た」
「あれじゃあ未だダンスの練習中って感じだけどな」
 確かに衣装のようだが下着のようでもあるし、音楽に合わせている様子も大技を披露する様子も無い。1人は髪飾りを付けているがもう1人はボサボサ頭。そして2人揃って濃過ぎる化粧を施した顔で、その目に精気が無い。
 遠目だからそう見えるだけかもしれない。じろじろ見ているのも気まずく思い、ジョルノは視線を外し右を向く。
「っ!?」
 1人と目が合った。
「ジョルノ?」
 息を飲んだ様子にミスタがどうしたのかと訊いてくる。
「いや……知人が居ました。多分こっちに来る。話を合わせて下さい。ナランチャも」
 ナランチャが「え?」と言うのと同時に。
「ジョルノ!」
 今日学校で最後に聞いた声が名前を呼んだ。
 駆け寄ってきたのはこのクラブの事を合い言葉まできっちり教えてくれた男子生徒。
「早速来たのか!」
「ええ、2人の都合が丁度良かったので。君は別のクラブに行く予定が有るだろうからと誘わなかったけれど、ここに来るなら電話をしてみれば良かったな」
「話したらやっぱりここに来たくなってさ。まあここ女の子のナンパには向いてないけどね」
 確かに客層の女性の比率は少ない。
 少ない? 女性の同伴が必須のこのクラブで?
 男子禁制でカップルでしか入れないというわけではないし、女性1人に対し男性の数が制限されているわけでもない。だがグループに1人以上女性が居る筈なのに、女性同士でも女性1人でも入れるのに、見渡すと男性の方が多い。
 2人以上の男を連れてくる女が多いというだけの事だが、そもそも何故男性だけでの入店が認められないのか。女性の比率を高めたいのなら女性の料金を安くすれば良いし、男性の比率を下げたいのならポールダンサーを置かずバーテンダーが男である事を売りにすれば良い。
 思えばクラブだがDJを置いていない。ブースも無い。一応クラブ音楽と呼ばれる系統の曲を流してはいる。
「……ああ、その口振りだと新しい彼女は出来ていないようだ。女性同伴じゃあなくても入る方法を見付けた?」
「2人にお願いしたというか、お願いされたんだ」
 男子生徒の後ろに2人。恐らく10代であろう年上の男女。
「友達?」
 男の方が男子生徒に他人行儀に声を掛けた。
「丁度今日このクラブの事を話したんだ」
「大学生には見えないけど」
「えっと、彼は飛び級して入ったから」
 どうやら入れてくれた2人には大学生と偽っているらしい。
「『先輩』は勉強だけが取り柄だった僕に遊び方を教えてくれたんです」
「美少年なのに頭も良いのね!」
 弾みきった声は連れの女性。
「っていうか本当に綺麗な顔してるわね、髪も綺麗な金髪。脱色してるの?」
「いいえ」
「帽子の彼も超格好良い」
「そりゃあどうも」
「どっちが貴女の彼氏?」
「え? あ……え?」
 話を振られたナランチャが顔に大量の疑問符を浮かべる。
 彼氏ではない、何故なら自分は女ではないからだ、と言いかねないナランチャをミスタが小突くが、余計に動揺を誘ったのかナランチャは口を半端に開けたまま何度も瞬きをした。
「あらやだ、どっちもだった? それ気まずくない?」
「ワンナイトで集まったんじゃあないのか?」
 名も知らぬ男女が好き勝手盛り上がり始める。
「ジョルノはゲイでさ、男2人で付き合ってるんだよ」
「……そうです」
 不服だがそういう設定をでっち上げたのは自分だ。
「だから君はジョルノの彼氏の妹さん、なんだよな?」
 どんどん流れる話に付いていけないナランチャは取り敢えずブンブンと頭を縦に振った。
「そうなのか、余り似てない兄妹だな。でも君、とってもチャーミングだよ」
「良かったですね」
 気持ち悪いと言い返すより先に合いの手を入れる。
「妹って事はそっちは3P目的じゃあなさそうだな」
「さんンッ!?」
 漸くナランチャの声が出た。悲鳴染みていたが。
「ゲイの子真ん中に挟んで兄妹が、かもしれないわよ」
「真ん中って――」
「すみません、彼女は僕よりも年下なので余り過激な発言は控えてもらえませんか」
「コイツ『今』の母親の連れ子なんだよ。だから似てねーんだ。それでも家族だしそういう目で見てない」
「おや、そうなのか」
「悪かったわ、ゴメンなさいね」
 ミスタは再び「どうも」と気の無い返事をした。
 暫くは情報過多っぷりに混乱しているナランチャから誰が年下だと怒鳴られる事は無いだろう。
「だが1つ言わせてくれ、もし君達カップルがマンネリ防止に所謂助っ人を必要とした時、妹さんがどんなに魅力的になっていたり大人になっていても駄目だ」
「妹さんだけじゃあないわ」男子生徒を指し「大学のお友達も駄目よ」
「こういう事に友達を混ぜちゃあ駄目なんだ。3人目は知らない奴じゃあないと」
「全く知らないが怖くても、せめて顔と名前が一致しない位じゃあないとね」
 男子生徒がクラブに入る方法を模索していた所へ、夜の営みに巻き込まれてくれる3人目を探すカップルが現れたという事か。
「俺は一途なんで人を介すつもりは無いんだ」見た目としては2人側のミスタだが話を止め「だがマンネリは有る。2人だけで楽しめるちょっぴり新しい物を探している。ここでなら手に入りそうだから金も持ってきた」
 見事に本来の目的の方へと向けてくれた。
「3Pでも4Pでもないなら私達何も出来ないわよ」
「俺達も誰からかは知らないし」
 聞き流す所だった。男の方の言葉。彼は「誰からか」は知らないが恐らく「別の事」を知ってている。
「時間制だから金は――」
「君」ジョルノは話し途中の男子生徒の肩を掴み「悪いけれどドリンクの貰い方を彼女にレクチャーしてきてくれないか?」
「え?」
 男子生徒と『彼女』と呼ばれたナランチャの声が重なる。
「彼女は未だ大学生じゃあないんだ、君と違って。だからカクテルの頼み方もわからない。大学生じゃあないからね」
「わ、わかったよ、俺に任せてくれ」
「妹を男と2人にさせるのは心配だからオネーサンも一緒に行ってもらえねーかなあ」
「私? 構わないわよ」
 ミスタが送ったわざとらしい熱視線を受けて女性が男子生徒とナランチャとに「行きましょ」と奥のカウンターを指した。
 年齢を話されたくない男子生徒とよくわかっていないナランチャを連れてそちらへ向かう。
 足に負担の掛かりそうな細いヒールのコツコツという音が離れクラブミュージックに飲まれきってから。
「貴方と彼女は交際しているんですか?」
「ああ、親も公認だ。だから彼女抜きじゃあ君達のマンネリ打破には協力出来ないよ。同性愛に偏見は無いけど俺自身は違うしね」
「でも男が多い3Pは出来るんだな」
「偏見は無いから多少の事は出来るさ。彼女も俺が男とキスしているのを見るのが好きみたいだし。勿論俺は女の子が2人の方が好きだけどね」
「だよな、俺も。っても俺3P自体ヤッた事……あーいやえっとあれだな、それでも男を引き入れる辺り、あれだ」
「恋人思いですね」
「それそれ」
 ナランチャよりは何とかなっているがミスタも気を抜くと危ない。
「前回とその前とは女の子を誘っているんだ。だから今回とその次は男じゃあないとね」
「交互にしてんのか」
「彼女、女の子の体を触るのも結構好きだし。ああ大丈夫、君の妹さんには何もしないよ」
「そいつは助かるぜ。アイツは未だガキだからな。色々経験させてやりたくて連れてきたが刺激的過ぎんのは未だ早い」
 うんうんと頷くミスタの努力は認める。
 ここから更に上手く繋げてくれれば尚良いのだが。
「でも俺達はもう子供じゃあない。ちょっとした『刺激』について、誰から買えるのか以外で良いから知っている事を教えてもらいたい」
 完璧な流れだ。折角クラブに居る事だし後で1杯奢ろう。
「参ったなあ……買い方とか効果とか相場とか全然知らないんだ。俺は使わないし」
 顎を掻く男の言葉は少なくともクラブで麻薬の動きが有る事を知っている証。
「どれも知らねーって事は使ってる所を見たってわけじゃあないのか」
「俺が見るのはトイレで使って出てくる所だけだからその通りだよ」
「トイレで?」
「何度か見たよ、トイレからラリッて出てきてそのまま帰る男を。多分全員ここで買って我慢出来なくてトイレで使っているんだと思う。買える噂は皆知ってる位に広まっているけど使ってる奴は居ない。ここで使わない事が買える条件なんじゃあないかな。俺は興味が無いからよくわからないけどさ」
 しつこく自分は使わないと言ってくる。どれだけ言えばしつこいと思われるのかがよくわかる。自分達がしつこいと思われないように、これ以上情報を抜くわけにはいかない。
「トイレね。ああそうだ、飲む前に行っておくか」
「そうですね。じゃあ僕達は」
「わかった、俺はドリンクを貰いに行くよ」
「妹は見てくれの通り酒に弱いから注意してくれると助かる。また後でな」
 上手い流れなのでその「後で」には別料金だろうとシャンパンの1つでも入れてやろう。

 トイレのすぐ隣には関係者以外立ち入り禁止のスタッフルームが有る。その手前で曲がり男子トイレへミスタとジョルノは入った。
 男子トイレだが手洗い場が2つと個室が3つの作り。クラブの規模通りの広さでフロアよりも明るく、落書き等のされていない小綺麗なトイレだった。清掃も行き届いている。
 奥の個室が閉まっているのみで他に人は居ない。
「恐らく1人」
 小声で言ったジョルノにミスタは「どうだか」と口の端を上げた。
「実は掃除道具が入ってて0人、誰かを連れ込んでて2人かもしれないぜ」
 軽口が小声の辺り前者の可能性は無いと見ているのだろう。
 後者の可能性は――物音がしないので低いが――有る。
「ここで買える麻薬ってどんな形なんだろうな」
「形ですか?」
「錠剤か粉末か、葉っぱなのか」
 飲むのか吸うのか。
 前者ならば飲み物を持ち込む必要が有る。本来であればトイレでは「なんかいやだ」と感じる方法だ。その理性を吹き飛ばす程の効果が有るのだろう。もしくはその背徳感にも飲まれているか。
 もし後者ならば火が必要になる。だがライターならば飲み物を持ち込むよりも容易だ。
「取り敢えず個室に居る人間を出しましょう。ジャンキーなら色々聞き出さなくちゃあならない」
「ただ用を足しているだけでもそこに長居されちゃあ困るよな」
 自分達が『そこ』で麻薬を使うべく入ってくる者を待ち伏せるのだから。
 今まさに麻薬を噛み締めているのなら、ただ待つだけでは出てこない。他者が用を足し立ち去った後でゆっくりとトイレからも店からも出る。誘き出すには。
「大丈夫ですか? 結構飲んでいるみたいでしたが」
 ジョルノはわざと、個室の中にも聞こえるように大きめの声で言いながらその個室の前の洗面台に腰を掛けた。
「ちゃんと勃つんでしょうね?」
 個室に向かって言った後にミスタへと顔を向ける。
「……ああ、結構飲んじまったな」
 突然の言動に面喰らっていたがすぐに理解し、ミスタも個室に届く声量で言いながらこちらへ来た。
「貴方がブッ飛べる位元気になる物でも有れば良いんですが」
 もしも高揚感を高めるタイプの麻薬ならば出所を教えに出てくる。
「おいおい、俺がいつフニャらせたって言うんだ。まさか俺に飲ませて逃げようってんじゃあないよな? お前がもっと酔って動けなかったら、あんな事やこんな事をしちまう位に元気だぜ」
 ここまで言えばダウナー系の麻薬だったとしても売れると見込んで出てくる筈だ。
――ガチャ
 出てきた。
 20代かと思ったが10代の学生風情が背伸びしているようにも、30代だが貫禄が無いだけにも見える。
「何だ男か」
 ぼそと呟いた声をはじめ、挙動の全てがしっかりとしているので麻薬を使用してはいなさそうだ。
 これなら待っているだけで出てきたな。
 トイレから出てきた男が溜め息を吐くようにジョルノも溜め息を吐きたくて仕方無かった。
「ハスキーボイスの女かと思ったのに」
「それはお前の勘違いだから謝罪はしねーぞ。だがそういうわけで暫くこのトイレは使えなくなる。出し忘れが無かったら出て行ってくれ」
「娼婦と宜しくヤッてろよ」
 吐き捨てるように言った男の肩をミスタはがしりと掴む。
 男は足を止めて振り返る。面倒臭そうにしていたが、ミスタの顔を見るなり体を強張らせた。
「今、何て言った」
 余り聞かないミスタの低過ぎる声。ジョルノの位置からは見えないが鬼の形相でも浮かべているのだろうか。
「何だよ、離せよ」
「訂正するんだったら離してやる。俺の聞き間違いでもな。だからもう1度聞くが、テメーはジョルノの事を何て言った」
 冗談が一切含まれていないらしく語尾が上がらない。
「別にカマ野郎とも腐れビッチとも言ってねーだろ……痛いから、離せって」
 利き手ではない左手で掴んでいるのにそんなに痛いのか。
 否、利き手を使わないのは本気ではないから、ではなさそうだ。利き手でいつでも愛用している拳銃を握れるように。そのまま頭部を撃ち抜けるように。今のミスタは射殺の伴う任務でしか見せない程の本気だ。
「……娼婦と楽しんでくれって言ったんだよ。金髪で美形で、アンタも金持ってそうな事言ってたし。全部聞こえてた」
 ちゃんと聞こえていたなら何よりだが。
「テメーッ! 覚悟は出来てるんだろうなッ!?」
「ミスタ、構わなくていい」
 振り上げようとした右手首を優しく掴み制止する。
「良いのか!? コイツはお前を金で体売る奴だと思ったんだぜ!?」
「だからって殴る必要は無い。違うと言えば良いだけだ」
 確かに不愉快だがこれ以上会話する事も、もう2度と会う事も無い。互いに記憶に留める事が無い存在だ。
「そうだな、違う。断じて違う。いいかテメーよく聞け。コイツは娼婦じゃあない、俺の恋人だ」
 男の肩からミスタの手が離れた。
 そしてその手がジョルノの体をぐいと引き寄せる。
 ミスタの空けておいた右手に顎を掴まれる。軽く上を向かされ、ミスタが目を閉じたので一瞬だけだが見詰め合った。
 唇が重なる。
 キスだけは止めてと言う娼婦は映画の見過ぎではと思うが、これで体を売る尻の軽い人間に見られないのなら、そう見られずそういった扱いを受けずに済みミスタも不快な思いをしなくなるのなら。
 そんな事を考えている間に舌が入ってきた。
 器用に唇で唇を抉じ開けられ、そこへ入り込んできた舌が水音を立てながら縦横無尽に動き回る。
 唇を吸われて体がぞくぞくする。ふらついて目を閉じ、ミスタの体にしがみ付いた。
 熱い抱擁をしながら激しい接吻をしている恋人同士。
 演じているだけなのに、寧ろ自分はどう思われようと構わないのに付き合ってやっているだけなのに、絡んでくる舌に答えていては他ならぬ『自分』が勘違いしてしまう。
 このまま欲を、体を、心を、他人に見られているのに捧げてしまいたい――と思った所で唇が離れた。
「と言うわけだ」
 何故か胸を張って言うミスタにも言われた男にも顔を見られたくない。ジョルノはミスタの肩に額を当てて顔を隠す。
 口の周りが唾液でベタベタになってしまった。どうしてくれるんだ。拭いたいが傷付かれそうで出来ない。傷付けたくない。
「別にもう疑ってねーよ、その……悪かった。すまない。俺が悪かった」
 これで捨て台詞を吐く悪い癖が治れば幸いだ。だからもうミスタを意識しなくても良い。わかっている。しかし未だ顔を上げられない。
 ジョルノの気持ちを知ってか知らずかミスタの手が離れなくても良いよと背中へ回ってきた。
「それじゃあ俺達はこれから――」
――バタン
「帽子と金髪の2人組は居るかッ!?」
 トイレと廊下とを結ぶドアが乱暴に開けられた。入るなり大声を上げた見知らぬ男が「居たッ!」とミスタとジョルノを指差す。
「おい、コイツらと関わんのは止めとけ」
「なあアンタ達、オレンジ色のスカートの女の子の連れだろ!?」
 すっかりしょぼくれた男の制止も聞かずに切羽詰まった様子でこちらに詰め寄ってきた。
「ナランチャの事ですね」
「だな。アイツ何やらかしたんだろうな」
「聞くのが恐ろしい。で、どうかしましたか?」
「いいから早く来てくれ! あの子がバーテンをブン殴って喧嘩になってんだッ!」

 男子トイレから2人連れ立ってフロア中央へ走り出る。
 曲がりバーカウンターへ。客は増えていたがモーセの如く皆道を開けたので辿り着くのに時間が掛かったりはしなかった。
「ナランチャ!」
 ミスタが大声で叫び呼ぶ。
 その前から硬直状態にあったナランチャと、彼と睨み合っていたやや年嵩の女が揃ってこちらを向いた。
「ミスタ……」
「お前何やって――いや言い直す。お前何て事しやがったんだ!」
「女は殴ってない!」
 しかし男は殴った。対峙していた2人の後ろのバーカウンターではバーテンダーの1人が突っ伏しているし、その後ろの綺麗に並べられていた筈のワインやリキュールのボトル達は幾つか床に落ち割れている。
「コイツもあのバーテンダーの事庇って変な事言ったんだ! しかも叩かれた! けど……女だから殴ってない……」
 ナランチャの威勢が萎んでゆく。叩かれたのは左の頬だろう。微かに赤くなっていた。
 彼の目の前に立つ女が平手打ちを喰らわせた。理由はバーテンダーを庇ってとの事。ナランチャが先にバーテンダーを殴ったのは事実でそれが事の始まり。
「ナランチャ」
 ジョルノは女装中である事を忘れても尚可憐な少女に見える彼へ歩み寄る。
「何故喧嘩をしたんですか。こちらの女性ではなく、バーテンダーと」
「……オレがバーテンダーを殴ったから。あと、一緒になって言ってた奴も」
「一緒に?」
 ナランチャはこくりと頷き顔を上げて見回した。
「あれ? 居ない……」
 逃げてしまったのだろうか。そうだと良いな、という希望的観測。
「お前はそのどっちかの恋人さん?」
 ミスタがナランチャの頬に平手を打ったらしい女性に尋ねる。
「付き合ってはいないわ。彼は確かに素敵な人だけど、バーテンダーが客に優しいのは当たり前だもの……だけどその子、初めて来たっていうのに殴り掛かって彼は倒れるしお酒は駄目になるしで、見てよこの有り様! アンタ連れなら責任取りなさいよ!」
 男相手でも喰って掛かれるタイプらしい。
 ミスタは手を上げてこないと思い込んでいるようだが世の中そんな紳士ばかりではない。それとも中肉中背に見えるがミックスファイトの選手だったりするのだろうか。
「ナランチャ、何故殴ったんですか? 彼女とバーテンダーの取り合いになり喧嘩をしたかったわけじゃあない筈だ」
 女だと思い込まれ口説かれ生理的に受け付けなかったから、等と言われるのだろうと思った。
「バーテンの野郎がブチャラティの事を悪く言った」
「ブチャラティの?」
「アイツの所為で商売上がったりだって、ネアポリスを牛耳ってると勘違いして付け上がってるって……ブチャラティが居るから、ギャングやってない奴がちっちぇー抗争とかに巻き込まれたりしなくなったのは本当なのに……なのに邪魔臭いとか出て行けば良いとか2人掛かりで言われたら、腹立つ」
 ナランチャは履き慣れないスカートの裾を両手でぎゅっと握る。
「だからって君が喧嘩をするとブチャラティは……いや、バーテンダーは仕事にならないと、ブチャラティが居ない方が売上が有るといった旨の事を言っていたんですね?」
 バーテンダーが、クラブの従業員が何故ブチャラティを『邪魔』に思うのか。
 例えばブチャラティがこのクラブの尻を持つ、つまりはみかじめ料を徴収に来たり暴れる客を仕込んで追い払って謝礼を払えと迫ったりしていれば邪魔にも思うだろう。しかしブチャラティはクラブの存在自体知らなかった。
 同じバーテンダーでも近隣のクラブを経営しているわけでもないのに。あのブチャラティが邪魔をする『仕事』といえば。
「悔しいだろ、ブチャラティが悪く言われたんだぜ。大切なんだ、貶されたくないんだ!」
 思考を遮るナランチャの声。
「そうですね。ああ……そうだ、君の言う通りだ」
 切実そうな声で気付けた。好きなら守る為に戦うのは至極当然。
「君の全てが正しいとは言えない。殴るのもキスをするのもやり過ぎだ。だけど気持ちはわかる。愛する物を愛する意思は――」
「キス?」
「何でもありません。君が自制しきれた女性との話はミスタと一緒に付けて下さい。バーテンダーの方は僕が」
「うん。えっと、ありがと」
 どこまで聞いていたのかミスタが続きを受けるべくナランチャの隣に並び立つ。
 ミスタに任せてバーカウンターへ向かう。バーテンダーはカウンターの奥で椅子に腰掛け、カウンターに体を乗せていた。
 殴られた箇所に氷の入った袋を当てている。
「貴方のその腫れの元凶の連れです、すみません」
 バーテンダーのすぐ前の椅子が空いていたのでそこへ座り、氷袋を取り上げて本人の代わりに冷やしてやった。
「ああそうかい……君は初めましてだな。うちは飲み放題だが生憎今作れるカクテルはちょっぴり偏っていてね」
「そのようですね、弁償します。すぐに手配させます、伝(つて)の有る酒屋に連絡して。ああ、酒類販売許可証は店内に置いてますか? あの店は行動が早い分、確認が厳しいんです」
「奥のスタッフルームに営業許可証と並べて飾っている。マネージャーの本名が書いてあるから、スタッフにしか見えない所に」
「マネージャー? 店長じゃあなく? 雇われマスターがどうとかの話になってしまいそうなので営業権の話は止めましょう。僕は余りそういった話に興味が有りません」
「助かるよ。余り殴られ慣れていないから、いつものように話せなくてね。折角こんな美人が来てくれたのに」
「僕は男です」
「彼女の事は好きだけど男も好きになる。あと俺の彼女も女を好きになる」
 3Pを楽しむのが流行っているとでも続くのだろうか。
「おっと君はそっちの趣味は無いか」バーテンダーは氷袋を取り返し「参ったな、話題選びも上手くいかない」
「大体合っています、僕は今日彼氏と来ていますから。彼氏の妹の拳がそれだけの力を持っているとは知らなかった」
「君の彼氏はプロボクサー? それとも似ていない兄妹?」
 バーテンダーをしているだけあって話は途切れさせない。これならきっと流れで聞き出せる。
「貴方は折角のデートに恋人の妹がついてきた事は有りますか? 普通は無い。今までは無かった。僕達のマンネリ気味な関係を彼は打破しようと考えてくれているのかな」
 カウンターの上で腕を組み、ジョルノは溜め息を吐いた。
「楽しく飲んで楽しく2人で寝られると思ったのに。僕は目新しい刺激を持っていないけれど」
 アッパー系の薬でも有れば良いのに。
「ここ暫くそういった関係を持てていない。今晩ベッドから抜け出される前に寝込みを襲おうにも、僕より体格が良いから抵抗されたらおしまいだ」
 ダウナー系の薬でも有れば良いのに。
「……君の彼氏の妹さん、ブチャラティの話をしたら殴り掛かってきたんだけど、仲が良いのかい? もしやブチャラティのギャングチームに所属していたりする?」
 釣れたか?
 ジョルノは相手に気付かれないよう小さく息を吸う吐く。
「ブチャラティ? ああ、あのギャングの。そう言えば彼女がタチの悪い男に絡まれていた時にブチャラティって人に助けられたと言っていたな。その話以外では名前を聞かないから、あの年頃の女の子ならよく有る年上のワイルドな男に夢を見ているってやつなんでしょう」
「そういう事か……」
 見るからに安堵した様子のバーテンダーは氷袋をカウンターに置き、口の端をにやりと上げた。
「マンネリを感じる位長く付き合っているなんて凄いね。マンネリを錠剤にして飲み込めば上手くいくかもしれない」
「錠剤?」
「水が無くても飲める、水には溶けて飲ませやすい、そんなマンネリが有るんだ。マンネリ打破の錠剤。飲めば世界が輝いて見える、見えなかった輝きまで見えるようになる」
 サイケ寄りのドラッグか。
「……それは今すぐ買う事が出来る?」
「在庫は余り置かない事にしてるんだ。警察が来た時に困るからね。でも」ジョルノの組んでいる肘に指先で触れ「君に売る分なら今日は未だ有るよ」
 その手を叩き落としたくて仕方無いのでゲイのフリをするのは向いていない。先程とは違い意図していない溜め息が漏れた。
「警察と言えば――」
 ジョルノの言葉を遮るように店内がガヤガヤと騒ぎ始める。
「ほら、こうして警察が来る事が有る」
 バーテンダーの言葉を受けて振り向くと入り口から5〜6人の警察官が入ってきた所だった。
「頻繁にじゃあないけど、可笑しな噂が流れちまってるんだろうな」
 しかしその噂は、ドラッグの売買が行われているのは事実。
「まあ今日は喧嘩を見て誰かが呼んだんだろうけど」
 小柄な女――に扮したナランチャ――が暴れているのを見て誰かが通報したようだ。
 すぐに収束したのに一体誰が。ナランチャを叩いた女の連れか、ナランチャに殴られたもう1人の男か。
 警察官の1人がナランチャに声を掛けている。
「彼らの目の前で買う事は出来ないし、ちょっと行ってきます」
 喧嘩の発端ではないと言い張った所で、彼の見た目では15前後の子供の飲酒で捕まりかねない。
「警察が帰って一段落付いたら彼氏と一緒に1杯飲みなよ。肌身離さず持ってる分を『売ってあげる』から」
 立ち上がったジョルノにバーテンダーはウィンクをして見せた。
 在庫は余り――あの口振りなら全く――無いのならディーラーが居ますと告げ口をして逮捕させる1番手っ取り早い方法は取れない。
 取り敢えず警察に拘束だけはさせておくか。
 自分達以外にスタンド使いが居ないようにと祈りジョルノはゴールドエクスペリエンスの姿を出す。『目標』が射程距離内に入るよう意識しながら、ミスタからの言い訳を聞いている警察官へと近寄る。
「すみません、犯罪に巻き込まれている事に気付いて助けを求める側は逮捕されませんよね?」
 唐突なジョルノの割り込みに警察官は勿論、内容の所為でミスタもナランチャも眉を寄せてこちらを見た。

 極端に大きな建物・広い敷地ではないので、クラブの前の通りにパトカーが4台も停まると圧巻というか狭苦しい。
 店内から出され帰る手立てを待つ客達がパトカーの後ろまでは何とか来られたタクシーに次々と乗り去ってゆく。
 早い段階から外に出ていたのに3人はそれを見送るのみ。ミスタもナランチャもそろそろ帰ろうと言うが、未だ『来ない』のでもう少し待ってくれとジョルノは返していた。
「……来た」
 顔の高さに手を上げ人差し指を立てる。
 ヒラヒラと真っ黒い蝶がその指に止まった。
「何だそれ」
 指を伸ばしたミスタだが毒蛾かもしれないと思ったのか触れはしない。
「クロアゲハ。この町には、というよりこの国には生息しない蝶です。日光を受け飛ぶ姿は綺麗ですよ、大きいし」
 夜中の暗闇には紛れてしまうので美しさはわからない。
 だがそれが理由でこの蝶にした。見えにくければ捕まえられたり叩き落とされたりしない。もっと小さい虫にしても良かったが、それでは更に時間が掛かる。
「車に蝶は乗せられないから紙に戻しましょう」
 その言葉を受けてジョルノによく懐いているクロアゲハは羽を畳んだ蝶の姿から厚みの有る長方形の紙に変わった。
「……何だそれ?」
 ミスタがもう1度同じ事を尋ねる。
「酒類販売許可証とクラブの営業許可証。調理関係の許可は取れなかったみたいです。だからDJブースの無いクラブという滅茶苦茶な形で営業していたようだ」
 ナイトバーに出来なくても良い。そもそも接客をする必要が無い。密やかに麻薬を売り捌ける場であれば良い。
「警察が大捜索おっ始めたのはそれを探して、ってわけか」
 悪い奴めとミスタはニヤと笑う。
「どういう事だ?」
 ナランチャが瞬きを繰り返す。あれだけの騒ぎで化粧が崩れ気味だからか一層幼く見える。この愛らしさはきっと女の敵だ。
「ジョルノが無許可で営業してるかもって警察にチクってたろ? まさかこれだけデカいクラブだからそんな事は無いけど、まあ警察は店長に出せって言う。で、許可証はこうしてちょうちょになってるから出せない」
「探す為に一旦客を出しただけ。ですが、許可証は出てこないのだから事実上の営業停止なんです」
 納得出来たらしくナランチャは「すげー!」と目を輝かせた。
「って事はドラッグの売買は有ったってわけか」
「ナランチャが殴ったバーテンダーがディーラーでした。1人で捌いているのか他のバーテンダーもそうなのかわからない。だから取り敢えず、クラブの営業を止めたかった」
 役所に紛失申請をして再発行されるまでの間にディーラーがどこから買い付けているのかだけでも調べたい。
 出来れば取引の全てを潰したい。どうか医療機関とは繋がっていませんように。治療の為の麻薬まで消えては困る。
「何が最善なんだろう。次は何をすれば良いんだ」
「へえ、ジョルノでも悩む事あるんだな」
 能天気そうな物言いをするナランチャも。
「頭の良い子が全部考えてくれりゃあ俺達は動くだけで済むな」
 わかった風を装っている――あるいは本当に全てお見通しだったりするかもしれない――ミスタも。
「沢山動いてもらう事になるかもしれません」
 愛するものの為に、その愛と矜持を穢されないように戦わなくてはならないと教えてくれた。
 この街を、なんて大それた事は未だ言えない。けれどあの弱きを助け強きを挫くギャングスターのように。
「学校でもクラブでも何でも、僕は挑み戦い続ける」


2020,11,30


最初はジョルナラのつもりで考えていましたが、どうしてもナランチャがブチャラティを想って暴れる流れが変えられずミスジョルになりました(?)
<雪架>

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