フーナラ ミスジョル 全年齢


  相合葉っぱ傘


「ジョルノ、後はやりますよ」
 そう言って手を出しただけで、余りにも意外だったのかジョルノは目を丸くした。
「残り少ないみたいだし、それにジョルノは明日も学校でしょう?」
「……いや、ここは僕が終わらせて、フーゴの仕事を手伝うのが筋だと思います。僕は貴方の後輩です。年も下だし」
 初めてブチャラティチームに『真面目』な仲間が加わったな、と思った。アバッキオは明日の為に頼むと帰るだろうし、ミスタなら理由を言う前に帰る。
 彼らもナランチャも事務仕事を好まない。幸いにも今日は皆外に出る仕事が有るので、不幸にもフーゴがやや溜まっているそれを片付ける事になっていた。
 未だ学校に籍を置いているジョルノが授業を終えた後に来て手伝ってくれていた。本来は新入りの自分こそやるべきだとの言葉が嬉しい。
「雨、降りそうですね」
 ジョルノが窓の外を見て呟いた。アジトはテナントビルの2階。景色が良いとは言わないが空模様はよく見える。
「2人、大丈夫でしょうか」
 アバッキオとブチャラティは車で出ているが、ミスタとナランチャはそれぞれ別の所へ徒歩――ケーブルカー――で向かっている。このまま雨が降れば濡れてしまうだろう。
「ナランチャはそろそろ帰ってくる時間ですがミスタはもう少し掛かるだろうから、予報通りなら雨に当たるかもしれません。ジョルノ、傘は持っていますか?」
「もうそんな時間か……」
 問い掛けに答えず考え込み、何を思い付いたかこちらを向いた。
「すみませんが残りの仕事、お願いします」
 急な心変わりに疑問符を浮かべているフーゴのデスクに書類が置かれる。
「それじゃあ僕は、雨に当たる前に――」
 ドアの向こうからドタドタドタと階段を駆け上がる音が聞こえてジョルノが言葉を途切れさせた。
「雨降ってきたー!」
 勢い良く開かれたドアから勢い良くナランチャが入ってくる。
 言葉と勢いの割りには濡れていない。
 フーゴはちらと窓を見た。水滴が微かに付いている。ナランチャに視線を戻す。彼は自分が濡れるかどうかではなく、降る前に帰れるかどうかだけを気にしていたようだ。
「フーゴ、ジョルノ、ただいま! ジョルノも今来たとこ?」
「お帰りなさい。僕は帰ろうと思った所です。間に合わなかった」
「間に合う……ああ、雨降ってきちまったからな。傘無ぇの?」
「君こそ傘は持っていないようですが」
「家出る時晴れてたから持ってこなかった」
 ナランチャは折り畳み傘を持ち歩くタイプではない。
「だから濡れて帰るしかねーんだけど、これが濡れなかったから良いか」
 言いながらリーダーのデスクの上にそれなりに厚みの有る封筒を1つ置いた。
「そんな酷い雨にはなんねーだろ」
「雨足はどんどん強くなりますよ」
「えっ!? マジかよフーゴ」
「天気予報では珍しい大雨になると言っていましたよ。この雲なら当たるでしょうね」
「知らなかったぜ……」
 外に出る任務が当たっている人間が天気予報を見ないでどうする。
 話している間にも雨は少しずつ強くなっているらしく『雨音』が聞こえてきた。
「傘、貸しましょうか?」
「フーゴ持ってきてんの?」
 強い雨という予報を見た場合なら折り畳み傘を持つようにしている。
 尤も余り雨の多い地域ではないし、小雨程度だからと使わない事の方が多い。
 だが今日の予報では帰宅時間――予想。誰もトラブルを持ち帰らなかった場合――に土砂降りとの事なので鞄の底に入れてきた。
「あーでもオレが借りちまったらフーゴが帰る時困るじゃん」
「それは……」
 何と続けて良いのかわからず口ごもる。
 一緒に帰れるなら2人1つの傘を使って、相合傘で帰れるのに……
 しかしナランチャを仕事が終わるまで待たせる事になる。それはさせられない。
 相合傘をしてみたいから待っていてくれ、なんて事を言うわけにはいかない。
「代わりましょうか」
 ジョルノが居るから一層言えない、と思った所でそのジョルノの声がした。
「仕事、僕が代わります。フーゴはナランチャを傘に入れて送って下さい」
「そんな事はさせられない!」
 手元に有る書類は今まさにジョルノが帰る為に置いた物だ。
「ジョルノは傘持ってんのか? 持ってないならジョルノが雨の中帰る事になるぜ。それとも泊まってく?」
 休憩室のソファで仮眠を取る者は多い。
「いえ、明日は任務が無いから学校に行こうと思うので」
 ジョルノに傘を貸して自分とナランチャが泊まる事を提案――は、流石に出来ない。ナランチャを待たせるだけでなく家に帰らせないなんて。
「……ナランチャ、僕の傘で一緒に帰りましょう」
 言いたかった言葉がジョルノの声で聞こえる。
「何だよジョルノ、傘持ってきてたのか」
「大きな傘なので2人で入れます」
「助かるぜ! ジョルノも帰るとこだったんだよな? じゃあする事残ってねーよな。フーゴ、お先に!」
「はい……」
 気の無い返事に気付かないのかナランチャは今入ってきたばかりのドアを抜けた。
「お先に失礼します」余り見せない、どこか勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべ「窓から見送って下さい」
 何故そんな事をさせたがるのかを聞けないままジョルノもまたアジトを出る。
 フーゴは手元の書類を見た。元は自分がやる予定だった物。ジョルノが手伝うと言ったので1度は任せたが戻ってきた。
 誰も居ないので溜め息を吐いた。幾つか確認して書き込んでからもう1度溜め息を吐く。
 決して誰が悪いわけでもない、強いて言うなら自分の運が悪いだけの事。
 見送れと言われたが、もしやジョルノはナランチャと相合傘をしている所を見せ付けたいのか。だとしたら悪いのはジョルノの性格だ。
 否、この想いを知らないかもしれない。というか知られるような振る舞いをしたつもりは無い。
 本心から見送りが欲しくて言ったのだろうと解釈し、フーゴは立ち上がりビル出口の有る方角の窓へ向かった。やはり2階なので見晴らしは良くない。まして窓は雨に濡れて外が見辛い。
 しかし視界に面白い物が入った。
 大きな緑の葉っぱ。
 ふきの葉か蓮の葉か何かはわからないが、小柄だったり細身だったりすれば2人は入れそうな葉が道路をのんびりと動いている。
 その葉がぐいと持ち上がった。まるで絵本に描かれる小人がその下に居るように。
「居た」
 声が出た。
 葉の下にはナランチャが居て、茎の部分を持ってその葉を傘にしていた。こちらを向いて持ち上げたので顔もよく見える。
 つまりあれがジョルノの『傘』か?
 彼のスタンドは植物を生み出す事が出来る。大きくて2人入れる葉を1枚出すのは造作も無いのだろう。
 葉とナランチャとで隠れているが、ナランチャより前――フーゴから見て遠く――に足が見えなくもない。
 ナランチャが葉っぱの傘を持っていない方の手を大きく振った。
 可愛らしくて微笑ましい。フーゴも手を振り返す。
 ジョルノはこれを見せたかったのか?
 相合傘ではなく、大きな葉を傘にした妖精のようなナランチャの姿を。
 となると1度はやると言った仕事をこちらに寄越して帰ろうとしたのも、ナランチャが帰ってくるより先にアジトを出ようと、2人きりにしてくれようと企んだのか。
 葉に水が溜まり過ぎて片手で支えきれなくなったナランチャが振っていた手で慌てて葉を掴み直した。
 両手で持って手を振れないのでピョンと跳び跳ねる。
 そんな事をしては一緒に入っているナランチャだけでなく一緒に入っているジョルノも濡れてしまう。
 だがジョルノは止めないし、ナランチャもはしゃいだ笑顔のまま。
 真面目にして気も利く後輩と、彼と相合傘をしていても尚こちらを気にする2人が歩き出すまで手を振り続けた。

 突然の雨に降られてミスタはすこぶる機嫌が悪かった。
 と言っても先方から「これから強い雨が降る予報だから是非使ってくれ」と手渡された傘はさしている。
 傘をさすのは好きではない。片手は塞がるし、これだけ大きな傘でも足元は濡れる。もう少し弱い雨なら傘を断り濡れて帰る位だ。
 比較的湿度の低い地域がこうも雨を降らせると非日常に取り込まれたようで落ち着かない。
 風は強くないので小脇に抱える封筒が濡れる心配は無い。が、抱えている小脇の方が、肘の辺りが濡れてきた。
 良い事無いなと思いながら顔を上げる。
 雨など足元にも及ばない非日常が目に飛び込んできた。
 大きな葉っぱが歩いている。
 人間2人が入れる葉が風に飛ばされているのではなく、太い茎の部分を持った人間がこちらへ向かって歩いている。それも葉の下に居るのはよく見知った顔の2人。
「ジョルノ、ナランチャ」
 その2人の名を呼ぶ。大きな葉が動いて、傘にしている2人がミスタを見た。
「よお、ミスタ!」
「傘、持って行ってたんですね」
「いやこれは貰い物。お前達のそれは……傘、だよな……」
 我ながら可笑しな質問をしてしまった。どうみても葉を傘にしている。
 その傘は葉か、と聞くべきだったか。それでは見ての通り葉だと言われるだけだから、何故葉を傘にしているのかと聞けば良いのか。
「ジョルノがスタンドで出してくれたんだぜ」
 植物を生み出せるスタンド能力は便利だな、で纏めてしまいたい。
 あくまで植物や小動物等の生命であって架空の物を生み出すわけではない。となるとこの大きな葉は現存する植物。
 初めて見る綺麗過ぎない緑色は土から顔を出すふきにも水に浮かぶ蓮にも見える、どこかに生えていそうな色合いだ。
「デカいからちっと重たいけど、でもこの雨の中じゃあ傘ささないわけにいかねーからな」
 それでもジョルノに持たせず自分で持っているのはナランチャにとってジョルノが『年下の後輩』だからだろう。
 まるで弟のように可愛がっている。
 しかしクールで実年齢より大人びているジョルノを相手に、年齢の割りには小柄で無邪気でようは子供っぽいナランチャがその態度は逆に兄の前で見栄を張りたがる弟か何かのようで、見ている側としては面白かった。
 ミスタから見れば年下の先輩と年下の後輩というより子供2人。大きな葉を傘にしている様子は地方に暮らす学生か何かのようだ。
 いやジョルノは未だ学生か。
 ナランチャも年齢と容姿は完全に学生だが、ジョルノは実際に学校に籍を置いたままの学生。不良学生位の頻度で授業を受けに行くし――確か今日もこれといった任務が無いので学校に行っている筈だ――学生寮で生活している。
「……それで学生寮まで帰るのか?」
 学生達に両手叩いて大笑いされるのではないか。
「先にナランチャをアパートまで送って帰っても壊れません、この植物はかなりの強度が有ります」
 そういった意味での質問ではないのだが。
「オレが送るぜ、アパート行ってからジョルノの学校って遠回りっていうか途中から反対方向みたいなもんだし。ジョルノから離れてもこの傘壊れねーよな?」
「壊れませんがそれこそ遠回りです」
 どっちも自分こそ兄貴分として相手を家まで送り届ける気らしい。
 この3人の中で自分が1番兄貴分で送り狼――2人は狼にはならないが――に向いているのではとミスタは思い、
「ジョルノ、送ってくぜ」
 それを短く纏めて言っていた。
「葉っぱっつーか傘はナランチャにあげちまっても良いんだろ? ナランチャはその葉っぱっつーか傘でフーゴと相合傘して帰れよ」
「相合傘?」
 2人揃ってきょとんと目を丸くする。
 もしや2人には相合傘という概念が無いのでは。と一瞬思ったが、ナランチャは気付いたかすぐに納得のいった様子で頷いた。
「そうだよな、これだけ大きい傘ならフーゴが一緒でも濡れねーもんな」
「仕事もそろそろ終わる頃ですね」
「って事はナランチャは今からアジトに戻るわけだ。ついでにこれ持って行ってくれ」
 小脇に抱えていた封筒を濡れないように葉の傘の下へ差し出す。
「フーゴに渡すのか?」
「いやブチャラティの机の上にでも置いといてくれ」
 仕事を終えて優雅に車でアジトへ戻ったリーダーが必要としている書類。
「了解」
 受け取ったナランチャは濡れる可能性を下げるべく胸の前に持った。
 これでアジトまで戻らず直帰出来る。
 普段ならこれだけ早い時間であれば飲みにでも繰り出すのだが、この悪天候っぷりでは大人しく帰る他無い。
 飲み屋の中には雨天割引をしている店も有る。客が減る事を見越しているし、それを目当てにする普段は来ない客と鉢合わせて面白かったりもするが、これ程降られては帰り道を考えて楽しめそうにない。
「じゃあまたな!」
 ジョルノがミスタの傘に入ると同時にナランチャは大きな葉の傘を振り回すように持ち直して方向転換、来た道をやや小走りで戻った。
 地面に溜まった雨水が跳ねて靴を汚すのも気にしていない。フーゴと相合傘で帰れるのが楽しみなのかもしれない。
「まあフーゴなら傘持ってきてそうだけどな」
「ナランチャに貸すかと言っていましたね」
「やっぱり」隣のジョルノに目を向け「って、何やってんだお前」
 同じ傘の下ではなく、葉で出来た――新たに作った――傘の下に居る。
「何とは?」
「いや、それ……お前幾つも葉っぱの傘作れるのか? そりゃあ作れるよな、もっと沢山の葉っぱ出したり出来るんだし」
 出来ますよと、何を疑問に思ったのかとジョルノは小首を傾げた。
「……葉っぱの傘を2つ作れるんだよな?」
「はい、2つ以上作れます」
「何で1つしか作らなかったんだ?」
 2つ作ってそれぞれで使わなかったのは、ナランチャと相合傘をしたかったのか。
 別に相合傘をしたがっても、実際にしてきても、何も悪い事は無い。随分と親しいのだなと小さく妬くだけだ。
 だがナランチャとはするのに自分とはしないとなると面白くない。ミスタの機嫌は葉の傘を使う2人と会う直前の最低値まで下がる。
「何故ってそりゃあ、あの位大きな葉っぱの傘の方が可愛いからです」
 傘が、ではなく。ナランチャが傘を持つ様子が。
「可愛い方が見送るフーゴも嬉しいでしょうし。貴方のお陰でもう1度、迎えに来る姿を見られる。ミスタは優しい」
「別にそういうんじゃあねーよ」そんな意図が有るのは知らなかったし「俺はアジトまで戻るのが面倒臭かっただけだ」
「でしょうね」
 ミスタのアパートにはもう少し手前――ジョルノから見て進んだ先――で曲がる。ナランチャに任せた資料が明日でも良いなら曲がって帰っていた。
「優しいのはその事じゃあありません。傘のさし方の話です」
「傘の、さし方?」
 手にしたままの貰い物の傘を見上げる。
 何の変哲も無い傘。唯一可笑しな点を挙げるとすれば、入れた筈のジョルノがこの下に居ない事位だ。
「僕の方に向けてくれていた」
 2人で入るには不充分な大きさの傘。濡れないようにジョルノの方に向けるのは至極当然。
 それだけ彼の事を大切に想っているから。
「こちらに傘を傾ければ腕と言わず肩の辺りまで濡れてしまうのに。そもそも傘をさしていても足元なんかは必ず濡れてしまう。畑やカエルには恵みの雨かもしれないけれど、僕には余り嬉しいものじゃあない」
「でも雨が降らなくちゃあ相合傘は出来ないぜ」
 日傘で相合傘は聞いた事が無い。
「そんなに良い物なんですか? 相合傘」
 腕も肩も足もより濡れるので確かにデメリットは大きい。
「ジョルノはどうせ隣を歩くなら湿度は低い方が良いって?」
「違うんですか?」
「カラッと晴れた中じゃあくっ付いてもらえねーだろ」
 ジョルノが手を伸ばしミスタの持っている傘の柄に触れる。スタンド能力でミスタの貰い物の傘を葉の傘に変えた。
 元の傘よりは大きいが、先程ジョルノがナランチャと相合傘をしていた物よりはやや小さい。
「これだけ大きければ濡れません」
 ミスタの心配をして、というだけではないらしくジョルノは体を寄せてくる。
 これだよ、これ!
 農家でも爬虫類でもない自分が雨に期待する事はこうして身を寄せ合う相合傘。
 大きな葉っぱの傘を若い男が2人で持ち歩いている異様な光景が何だ。そもそも持っているのはミスタ1人。ジョルノを中に入れてやっている形。
「別にミスタが大きな葉っぱを持っても『可愛い』感じがしないと思っているわけじゃあありません」
 俺とくっ付きたいからだろ? 等と言っては折角消した1人用の傘を再び出して離れていきかねないので。
「葉っぱで可愛いよりも傘を持っててくれて格好良いの方が俺には合うからな」
「そうですね」
 ジョルノは否定せずに笑った。
 但し目を閉じて鼻で。大きな葉の下に居るのに何とも可愛くない。
 互いに傘から出ないように歩幅と歩調を合わせて、ミスタにとっては元来た道へ歩き始める。
「それにしても体が冷えてきました」
 雨の所為でこの時期らしくなく肌寒い。
「どこかで雨宿りに一杯コーヒーでも飲んで行くか」
「雨が上がる予定の明日の朝まで営業しているカフェが有るなら雨宿りになりますね」
 これから強くなるばかりの雨を前に『雨宿り』は使えないようだ。
「朝と言わず昼過ぎまで寝てても良い所1つ有るな」
「良いですね。明日は任務が特に無く休みも同然なんです」
「学校は?」
「雨だから休みです」
 随分と都合の良い学校だ。そもそも朝には晴れる予報らしいがそれは無かった事にしたのか。
「それなら丁度もて余してる甘口のスパークリングワインの有る所行くか。食べる物も何かしら有るし」
「シャワーを浴びられて服も借りられて」
「眠たくなったら寝られるベッドも有る」
「片付いていますか?」
「……そこはノーコメント」
 自分としては散らかっていないが、物をあちこちに置きたがらないジョルノには整頓されて見えないかもしれない。
 ドアの前で数分待たせて片付けるとしよう。突発的とはいえ自宅に招くのだからきちんと持て成すつもりだ。


2020,06,05


相合傘したら楽しかったから推しカプ達にもしてもらいたくなった。
互いにかなり濡れたので推しカプ達もズブ濡れになったかもしれない。
あと花粉が飛散しないという意味では恵みの雨です。
<雪架>

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