ミスジョル 全年齢


  コイント


「コイントスをしませんか?」
 今まで真剣に事務仕事をしてい――る、フリをしてい――たジョルノの突然の言葉に、デスクに向かい雑誌を読んで時間を潰していたミスタは目を丸くしてこちらを見る。
 俺? と声には出さないが、事務所には今2人きりだというのにミスタは自分の顔を指差した。
「賭けるのはキスです」
「コイントスで……キス、ねえ」
 驚き顔がニヤリと笑う顔に変わる。
 別に交際はしていない。キスをした事だってない。だが単に『仲間』といった言葉だけでは表せない程度に深い仲。
 思い返せば挨拶にハグをした事すら無いが、それだけ「暫く会っていなかった」が無い証。
 気紛れにキスの1つをしてみればきっと2人の関係に正しい名前が付くだろう。断られたならそれまでだし、ミスタなら断るまい。
「良いぜー、キスを賭けたコイントス、やろうぜ」
 ほら。
 自分が彼を想うように、彼も自分を想っている。そんな気がしていた。半ば確信も有った。
「じゃあ投げます」
「いや待て」
 コインを取り出すより先に手の平を向けられ制止される。
 バレたか?
「お前のコインをお前が投げたら絶対お前が勝つだろ」
「そうとは限りません」
「限るんだよ、お前は器用な奴だからな」
「イカサマを疑っているんですか?」
「上手い事出来るようになったから言い出したんだろ? 俺のコインを使うか、俺が投げるかどっちかだ」
 どうやら気付いていないようだ。
 胸を撫で下ろしつつそれを見せずにジョルノはコインをしまい直し、どうぞと手の平を上に差し出した。
「貴方のコインで貴方が投げて下さい」
「良いのか?」
「ええ。さあ早く」
 どれだけ早くキスがしたいんだとからかう事無くコインを取り出したミスタだが中々放り投げない。
「そのキスは唇にすんのか?」
 細工の無いであろうコインをじっと眺めるばかり。
 唇へするキスは恋人同士のそれで、自分達がするべきではない。等と言うのではと不安になる。
「まあお前が勝ったら俺が唇にキスで良いか」
「良いなら投げて下さい」
「俺が勝ったらお前が股間にキスだな」
「……は?」
「お前もその年なんだから意味はわかるよな?」
 コインではなくこちらを見て。その目は「勿論知っている」と返ってくると確信していた。
「出来ない?」
「別に……出来ない、という事は有りません」
 した事が無いだけなのに出来ないとは言いたくない。それに関係が進めばいずれそういった事をするようにもなる。
「お? その反応、イカサマ無しの予定だったのか? ああアレか、どっちが勝ってもキスに変わりは無いってやつか。俺の賞品を勝手に決めるなよ。それにどこにキスさせようと、キスには違い無いぜ」
 確かにその通りだ。反論の余地が無い。
 だが『仕掛け』には未だ気付いていないようだ。ならばこのまま取り乱さずに主導権を握り続けるのみ。
「じゃあ貴方が勝ったら僕が股間にキスで良いです。僕が勝ったら唇にキスして下さい、全裸で」
「全裸ァ? 何だよジョルノ、俺の裸が見たいのか?」
 服の裾を捲りニヤ付いてきた。
「床に素足で立つのは良くないですね。靴と靴下は履いたままにしましょう」
「何だそりゃあ! ダッセェ! 笑い者にする気か! 誰かに見られたらどうすんだよ!」
「僕が貴方の局部に顔を埋めて(うずめて)いる所を誰かに見られるのだって困ります。しっかり施錠しておきましょう。裸で唇にキスしたくないなら、裸で足の甲でも構いません。床に這いつくばって下さい」
「おい!」
 デスクを叩き立ち上がる。
「コイントスに勝てば良いだけでしょう? まして貴方のコインを貴方が投げるんだ。さあ早く細工でも何でもして投げて下さい」
 勝負を付ける前に誰かが来たらキスはおろかコイントスで勝つ事も出来ない。
「俺が勝っても脱げよ。全裸な。俺が勝った時は靴下もパンツも脱げ」
「パンツも?」
「そうだよパンツもだ。風邪を引くから嫌ですーとは言わせねえからな。それでこっちにケツ向けて、開いて穴までしっかり見せろ」
「穴……何ですかミスタ、僕の尻が見たいんですか?」
「そりゃあお前の事だからケツの穴までお綺麗なんだろうなって興味は有る」
 見たいのか。
 裸だろうと何だろうと今より――あるいは今とは違ったベクトルで――親しくなれば見せ合う事になる。今見せようが見るのが後からになろうが問題は無い。
 だから負けてしまおうか。靴下1枚で土下座をさせられる姿は寧ろ見たくない。嗚呼そうだ、ただキスがしたかっただけなのに。
 素直にキスがしたいと言えれば良いのに。
「……いや、やっぱり負けたくない」
「何? 脱がされてキスしたい?」
「勝った方が相手の服を剥ぎ取りキスをさせる、良いですね。それにしましょう。じゃあ早くそのコインを投げて下さい」
「急かすな急かすな。っつーか何でお前そんなに自信満々なんだよ? 俺は色々とツイてるし、何なら手先も器用だぜ。少しは疑えっての」
 言いながら手にしていたコインを指で弾くように高く放り上げた。
 天井にぶつかるのではないかと思う程高く上がったコインは表裏がわからない程早くくるくると回りながら落下する。
 ミスタは左の手の甲へ落ちてこようとしていたコインを右手でそこへ叩き付けた。
 落としたりはしない。しっかりと軌道が見えていたようだ。動体視力が良いのだろう。もしかすると落ちてゆくコインの表裏もミスタにはしっかりと見えていたかもしれない。
「さあ脱ぐのはどっちかなあ、お前勝負パンツ履いてきてる?」
 だが気付いていないので勝つのはこちらだ。
「早く手を退けて見せて下さい。貴方は運が良いのだから」
「そんなにセクシーなもんを履いてきたのか!?」
 目を輝かせる前に早く結果を見せてほしい。
 表裏どちらに賭けるか話す前に。
 裏が出れば裏が、表が出れば表が出たので僕の勝ちですね、と言えば良いだけだという事に気付いてしまう前に。
 こんな単純で1度掛かればもう2度と騙されず自分が使う側になる策を使ってきた相手がジョルノだというのもミスタの幸運の1つ。
 ジョルノと共に居れば益々運気が上がるといった旨を言っていたがその通りだ。
 そして運だけではどうにもならない事はいつも側に居る自分が頭を使い助けてやるのだ。


2021,03,21


中々小説を書き上げられない時期が私にも有りました。
この小噺は反動のように短編とはいえ思い付いてから48時間位で書き終わりました。
早…私気持ち悪っ…
それだけ書きたかったのです。書けて良かったです。
あと自分で読みたかったのでこれが本当の自給自足です。
<雪架>

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