ジョルナラ要素有り 全年齢


  スクールカースト大戦争!


「42?」
 ナランチャ・ギルガの問いに返事は無い。
「……なあってば、アバッキオ!」
 呼ばれて肘を付き窓の外をぼんやりと眺めていたレオーネ・アバッキオがこちらに顔を向ける。
「42で合ってる?」
 そこまで言って漸く視線がナランチャの手元の学習帳へと向かった。
 ギャングのアジトで開くのには些か違和感の有る、本屋で市販されている小学生用の簡易問題集。
 パンナコッタ・フーゴが買ってきてくれた。彼も共に電話番――すぐに動く仕事の無い時間の総称――をする際にはこれを使って勉強する。
 フーゴは今、リーダーのブローノ・ブチャラティと任務に当たっている。彼の留守の間に進めておいて驚かせようと、それだけ勉強が出来るようになったと自慢してやろうと取り掛かっていた。
 後ろに付属されている解答一覧を見て自分で答え合わせをしたいが、以降の問題の解答も目に入ってしまう。そうして覚えて答えた所で勉強にならない。身に付かない。それでは駄目なのだ。
 だからアバッキオに教師役を頼み採点してもらっていたのだが。
「……合ってる」
 言ってすぐまた何が有るわけでもない窓の方を見る。
「へーすっげーじゃん、やるなー」
 よく本人もアバッキオも笑わないなと感心する程にグイード・ミスタは棒読みで言った。
 フーゴがいつも勉強を見てくれるのも、アバッキオが頼み込めば辛うじて相手をしてくれるのも、それから今日は『休み』なのでここには来ないジョルノ・ジョバァーナが解説を付けてくれるのも、3人共学校の重要さを知っているから。
 一方でミスタは学校に思い入れが無い。良い思い出も有るかもしれないが、学業に対して一切の必要性を感じていないようだ。
 成績も良くなかったのだろう、教えてほしいと言っても知らぬ存ぜぬ良くて「俺にもわかんねーわ」であしらわれる。
「……ブチャラティが良い……」
 彼もまた自分と同じように学校にろくに通っていない。しかし、だからこそ、学校に通う為に最低限の勉強が出来るようになりたいと言うと彼なりに真剣になってくれた。
「何がだよ」
 ブチャラティの名を耳敏く聞き付けたアバッキオが睨み付けてくる。
「別に何でもねーよ」
 突っ伏すようにノートに頬を預けた。
 もうやる気も何も無い。このまま書いたばかりの数字が頬に転写されても知った事か。
 でも、学校行きたい。
 より正しく表現するならば学生になりたい。きちんと経験しておきたい。未だ誰にも「今更」とは言われていない。それ所か今ここに居ないフーゴとブチャラティ、恐らくジョルノは応援してくれている。
 アバッキオとミスタだって協力こそ余りしてくれないが、否定はしない。お前には無理だと言わないし無意味な事は止めろとも言わない。
 だから頑張ろう。
 でも今日はもうここまで。
 電話番を2人に任せて勉強の息抜きを称しジェラートでも買いに行くのはどうだろうか。
――ピピピピピ
 頬にノートのページが張り付いてしまったナランチャの携帯電話が単調な着信音を鳴らした。
「ん? ジョルノからだ」
「何の用だって?」
「未だ出てない」ミスタを睨んでから受話ボタンを押し「ジョルノ? どうかした?」
[ナランチャ、今大丈夫ですか?]
「へーき。何もやる事無くて困ってた位」
[なら良かった。今から僕の学校に来て下さい]
「りょーかーい……って、え? 何で? 今何つった?」
 眉間に皺を作り問い質すナランチャを、通話内容の聞こえていない2人が怪訝そうに見てくる。
[僕の通う学校に来てもらいたいのですが。今アジトに居ますよね? 今から出れば丁度授業が終わる頃に着くと思うんです]
 皆で学校まで迎えに行ったり付属の寮まで送ったりしたので場所は知っている。迎えに来ていてほしい、という事だろうか。
「……オレ1人で?」
[フーゴも居るなら一緒に来てくれて構いません。でも確かこの時間、廃棄物の取引でしたっけ? 仕事が入っていましたよね]
「うん、フーゴは居ない。ミスタなら居るよ。あとアバッキオ」
 3人揃ってアジトを出るわけにはいかないが、もし迎え以外の用件が有るのならばナランチャ1人よりどちらかも一緒に来てもらう方が良いだろう。
[その2人か……ナランチャ1人で来てもらえますか? アバッキオは来たくないでしょうし]
「確かに。ミスタは?」
[ミスタに来られるのが1番マズいんです。来たがっても断って下さい]
 マズいって?
 聞きたかったが「お願いします」と電話を切られてしまった。
 電話の奥で誰かに授業がどうこう言われているように聞こえたので急いでいたのだろう。携帯電話をしまいナランチャは立ち上がる。
「ちょっとジョルノの学校行ってくる」
「迎えに来いって?」
「どうなんだろう?」
「俺も行くか」
「ミスタは来るなってさ」
 立ち上がろうとしたミスタがムッと膨れっ面をした。
「オレが言ってるんじゃあねーぞ。ジョルノがミスタに来られたくないって言ったんだ」
「何でだよ」
「知らねーよ。でもミスタに来てほしかったらミスタの携帯に掛けるだろ?」
 それもそうか、と椅子に座り直す。
 不仲のアバッキオは兎も角、ミスタとの仲は良いし彼の方が学校を覗いてやろうと二つ返事で駆け付けそうだ。しかし彼に連絡をしなかったのは本当に「ミスタに来られるのが1番マズい」からだろう。
「勉強は?」
 アバッキオがつまらなさそうに尋ねた。
「んー……帰ってきたらやる」
「わかった」
 口元に笑みを浮かべる。あれだけ面倒臭そうにしていたのに、それでもナランチャが勉強するという事実を好ましく思ってくれている。
 アバッキオには真似出来ない満面の笑みで行ってきますとアジトを出た。

 アジトから離れていないのも有りジョルノが籍を置く学校には迷う事無く辿り着けた。授業が終わったのかちらほらとだが下校する学生達が見える。
 良いな。
 いつか自分もそんな風に、面倒な授業から解放されたと言いながら学校を背にしたい。
 帰る生徒ばかりの中で学外の人間が校門を潜るのは、と躊躇いに足を止める前に誰かと話しているらしく背を向けているジョルノを見付けた。
「ジョルノーっ!」
 小走りに近付き大声で呼び掛けると、人体の黄金比のような体格に長い金の髪をしたジョルノが振り向く。
 あ、れ……?
 チームに加入し様々な出来事を共に乗り越えたのですっかり見慣れた顔は相変わらずの美形。だがそれが自分を見付け微笑んだというのに、どうにも近寄り難く思えた。
 周りに女学生が4人も群がっているからだろうか。
 普段は男所帯――チームは勿論、組織全体で見ても――に居るから雰囲気が違っているのだろうか。まして取り囲む女学生達が皆ジョルノより背が低く、髪色は暗いし顔立ちも正直劣る。
「来てくれて有難う、ナランチャ」
 にこりと微笑む。彼らしくない。そして女学生達からきゃあともギャアとも付かない悲鳴が上がった。
「どう、致しまして……」
 気後れした返事をすると、ジョルノはナランチャの肩に手を置き顔を近付けてくる。
「え、あ、ジョルノ?」
 そのまま唇が耳元へ寄せられた。
「恋人のフリをして下さい」
「……は?」
 他者に聞かれないよう甘く囁かれた内容にナランチャは眉を寄せ聞き返す。
 顔が離れ、改めてにこと笑顔を向けられた。
「ねぇジョルノ」
「その人誰?」
「違う学校の人よね」
「どんな関係?」
 如何にも年頃の女子達といった様子で囃し立ててくる。
「僕の恋人」
 そんな中ジョルノがしれと大嘘を吐いた。
「えーッ!?」
「他校に居たの!?」
「まして女の子みたいな……」
「でも可愛いし納得!」
「家の近い幼馴染みとか?」
「私応援するーっ!」
 4人の女学生は一層騒ぎ始める。
 こうして煩い女学生達を追い払う為に呼んだのだろうか。
「じゃあ僕は彼に部活動を見せるから。僕達の分は席が有る筈なので」
 だからお前達は来るな。その意味を込めて「チャオ」と手を上げ校舎の方へ歩き出した。
「あぁあえっと、そういう事みたいだから!」
 数歩走りジョルノを追い掛ける。
 隣に並んでからは普通に歩く。女学生達から離れたからか、ジョルノの今にも溜め息を吐きそうな顔はいつも通りの彼に見えた。
「……なあ、ジョルノ」
 こちらを向く。
「すみません、ナランチャ」申し訳無いと眉を下げ「少しの間付き合って下さい」
「それは良いけど」
「交際してくれという意味じゃあありません。少しの間、恋人のフリをしてくれれば良い」
「あ、そういう意味でオレも良いけどって……なあ、何か有ったのか? それより良いのか? 男が恋人で。恋人居ますってしたいんなら、その辺の女に頼んだ方が良かったんじゃあねーか?」
 ギャングなので所謂夜の仕事に就いている女の知り合いはそれなりに居る。自分もジョルノも――今は仕事中のフーゴも――そういった女達には何故か気に入られているので頼めば喜んで恋人のフリ位するだろう。
 しかし彼女達では学校の敷地内に入る事は出来ない。
「年離れてるとマズいにしても、男同士よりマシだろ?」
「ゲイって事にしているので女には頼めません」
「ふーん……別に駄目じゃあないけど、ジョルノって男の方が好きだったんだ?」
 同じ男ではあるが勿体無いと思ってしまった。
「別にそういうわけじゃあありません。まあどっちでも構わないというのが本音ですが。年齢や性別で好き嫌いを分けるなんて無駄な事はしたくない」
「そういうもんかな」
 どこへ向かっているのか校舎へは入らずその横を通る。
「……僕は男でも女でも、年等も関係無く好きになった人が好きです」
 急にわかりやすくなった。
「男の方が僕をジョックにしたい厄介な女子達よりもずっと好感が持てる」
 初めて聞く単語の所為でまたわからなくなった。しかしジョルノは短い溜め息を交えてそのまま話を続ける。
「ジョックと交際してクィーンになりたいだけなら、ジョック候補の運動部の男子を当たれば良い。部活動に所属していない僕を担ぎ上げる手間を省くべきだ」
 一体ジョックだのクィーンだのと何の話をしているのやら。後者は女王という意味を持つ単語に聞こえるが果たして。
 それよりも1つ気付いた。
「ジョルノって運動部入ってねーの?」
「入っていません」
「じゃあ文化部に入ってんのか? 部活動見せる為に外歩いてるのに。演劇部だっけ、外で大声出すの」
 目を丸くしが首を傾げたジョルノだが、すぐに気付いてその首を横に振る。
「僕が部活動をしている所を見てほしいのではなく、僕と一緒にラグビー部の部内練習試合を見てもらいたいんです」
「何だ、そういう事か」
「それに休日も放課後も、偶に平日もサボってギャングをやっている身じゃあ部活動なんて続かない」
「言う通りだ……って言うか、何でラグビー?」
 足取りは校舎の裏のグラウンドの、特に体格の良い生徒達が球技をしている方へ向かっていた。
「ラグビー、好きなんですよ」
「意外」
「そうですか? まあ自分じゃあ出来ないので見る専門ですが」
 ナランチャの言えた事ではないがジョルノの細身寄りの体躯ではガタイの良さを必要とするラグビーは無理が有る。
 だからこそ見るのが好きなのかもしれない。
「バスケットならするのも好きですが、部活動の部内練習試合に混ぜてもらってから先刻のように僕をジョックにしようとする女子が多くて。それ以来ゲイを自称しています」
 また例の知らない単語が挟まれた。
「なあ……ジョックって、何?」
「この学校はジョックもクィーンも1人ずつじゃあありません。僕はどちらでも――ナランチャ、君は学校に通っていた時、スクールカーストのどこに属していましたか? もしかして君の学校にはスクールカーストは無かった?」
「スクール、カースト?」
 直訳すると学校の階級。名前だけは聞いた事が有るが、意味合いはよくわからない。
 単に成績の上位・下位を指しているわけではなさそうだし、特進クラスや支援クラスといった違いでもなさそうだ。
「大まかに言うと学生の中で偉い人・偉い人の取り巻き・偉い人になりたい人・普通の人・偉い人に嫌われる人・蔑まれる人、それらのどれにも属さない人に分かれるんです。ジョックは偉い男、クィーンは偉い女」
「へえー……ジョルノは偉い男になりたくなくて、だけど先刻の女子みたいな奴らに偉い男にされそう、って事?」
「そんな所です。その偉い『男』の呼び方がジョック。因みに先刻の女子達はワナビーと呼ばれる偉い人になりたい女。これから見るラグビー部員達は偉い人の候補の集まりです。実際に偉い男になればジョック、なれなければプリーザーと呼ばれる偉い男の子分」
 部活動か偉い人かを見学に来ている女子達の塊が見えてきた。彼女達が向いている方では確かにラグビーをしている。
「偉い人になりたい人より、偉い人の取り巻きの方が偉いんだ?」
「なりたい人は、言い換えれば未だなれていない人。一方取り巻きはいつでもなれるけれどもならないだけという態度を取れる。因みにプリーザーは『下さい・しなさいと言う人』が語源です」
 何やら難しい仕組みだが少しずつわかってきた、気がする。これも学習の内の1つかもしれない。
「プリーザーはジョックやクィーンの代弁者としての振る舞いが出来る。そして今から会う女子達は僕を偉い『女』のクィーンにし、クィーンの取り巻きという高いカーストを確立しようとしている」
「ジョルノはなりたくねーのに……ってクィーン? ジョックじゃあなくて?」
「そうです。先程の女子達とこれから会う女子達は派閥が違う、と言えます。これから会うのはワナビーではなくサイドキックス。2人1組で行動する相手、親友のような存在が居るからカーストはとても高い。クィーンの後ろに偶数で居ます」
「いやそこじゃなくて。クィーンは偉い『女』だって、ジョルノ先刻言ったよな?」
「それぞれのカーストには条件が有ります。彼ら彼女らが言うには僕は性別『以外』のクィーンの条件を満たしている」
 性別を無視出来る程の難解な条件なのだろうか。聞いてみたいし、未だ知らないカーストの名前も知りたい。しかしその前に。
「ジョルノだわ!」
「こっちよ!」
 サイドキックスと呼ばれるらしい女子達が大はしゃぎでこちらに声を掛けてきた。
 ジョルノにはジョックになってもらいたい人よりクィーンになってもらいたい人の方が多いらしい。これで全員ではないようだが、グラウンドの端に何故か置かれたベンチの周りには6人の――本当に偶数で、しかも3組に分かれて立っている――女学生が集っている。
 校門前に居た女学生達と比べるとそうでもないが、来る途中に擦れ違った女学生達――つい目が向いてしまった――と比べると皆垢抜けている分化粧が濃い。
「学外の友達?」
「化粧もしてないのに、可愛い顔の男ね」
「ジョルノと違って背が低いわ」
「煩ーなッ!」
 確かに比べればジョルノの方が幾分背が高いかもしれないがそもそも比べる必要は無い。
 女とはいえお前達の方が背が低いだろうと言わない事を誉めろと、女学生本人達ではなくジョルノをギロリと睨んだ。
「……僕の恋人を怒らせないでほしい」
「恋人ォッ!?」
「嘘、冗談でしょうっ!」
「冗談じゃあない」
 嘘ではあるが。
「じゃあキャプテンとは付き合わないの?」
「キャプテン?」
 ナランチャの繰り返しに取り巻きAとB――髪型も化粧も同じで服も似ている為見分けが付かない――がこちらに身を乗り出してくる。
「ラグビー部のキャプテンよ! 背が高くてとっても格好良くて、目なんて青いんだから」
「部での成績はそうでもないけど頭は良いし家柄も良いし、まさにジョックになる為に生まれてきたような人!」
「はあ……」
 そのキャプテンとやらを誉め称えているというより、ナランチャに「だからお前はすっこんでな!」と言いたいのがわかる声音にげんなりとした。
「確かに彼は背が高く肩幅も広い男らしい男だけど、僕はナランチャのような人がタイプなんです」
 ジョルノに腰を掴まれぐいと体を寄せられる。
 決して体格が良いわけではないジョルノだが目の前の女学生達に言わせればナランチャよりも背が高い。
 回された手が大きいとか温かいとか、特別そういった事は無い。しかし甘さと爽やかさの共存するような良い香りがして心臓が高鳴った。
「……じゃあ、3人で付き合えば?」
「学校に居る時はキャプテンと付き合って、外に出た時だけそのナランチャさん? とデートするとか」
「キャプテン滅茶苦茶ジョルノの事好きだし、ちょっとの浮気位気にしないわよ」
「わかる! キャプテンってジョルノの事大好きよね」
「愛されてるって感じ!」
 抱き合ってると言わんばかりの距離感を見せ付けても尚女学生達は自らの望む『憧れのカップル』を拒ませない。
 今は恋人のフリだが、これがもし本当の恋人ならばどれだけ不快だろう。
 キャプテンだかなんだか知らねーけど、オレの方がジョルノの事好きなのに! って、思うかも……?
 フリをしているだけなのに、女学生達の心無い言葉に傷付かぬようにと頭を撫でられてしまっては調子に乗らざるを得ない。
 不快ではなく愉快だ。目の前で着飾った女達が何を言おうと、彼女達が夢中になっているジョルノは自分に夢中になっている。
 違う違う、別に本当の恋人じゃあねーんだってば!
「ナランチャ、そこのベンチへ。ジョックやその候補がどのような男達か話します」
 指したのは女学生達が囲んでいた、学校の敷地内でよく見掛ける2〜3人が並んで腰を掛けられそうな木製のベンチ。
 グラウンドの片隅に有るのは体育の授業を見学する生徒の為の物だろうか。それともこうして屋外で行われる部活動を見に来る者の為に用意しているのか。
 後者だとしたらベンチは今喜んでいるだろう。本人はなりたくない様子だが、ジョックにもクィーンにもなれる、なってほしいと皆に思われている階級最上位のジョルノが恋人と共に利用するのだから。
 女学生達もまた自分達が先に来ていたと主張する事無くジョルノへ席を明け渡す。一層確保しておいたとでも言い出しそうだった。
 座り心地は至って普通のベンチに並び座る。恋人のフリをしているのだから、とわざと腕が触れ合うように寄り添ってみる。
 落ち着かない。
「試合、終わっちゃいましたね」
「ほんとだ」
 2つのチームに分かれたラグビー部員達は皆頭を下げていた。
「ラグビーの精神は『ノーサイド』と言って試合終了後は敵味方の区別が無くなるのが特徴です。僕はそういう所も含めてラグビーが好きだ」
 ギャングをしながら意外に平和主義者なのか、と思ったが。
「試合の前も後も、一緒にビールを飲んで盛り上がる親しい仲に見せ掛けて、試合中は紛れも無く敵だ。力付くで勝利を手にする球技……実に良いと思いませんか」
 和気あいあいと話すラグビー部員達を眺めるジョルノの横顔は若干狂気めいて見えた。
「怖っ」
「何か?」
「ううん、何でも」
 やはりギャングだ。今時の学校は裏の顔を持つ人間が『人気者』になるのか。
「どれがジョックでどれがワナビーなのかなって。ん? 違うな、何だっけ?」
「プリーザーですね。ワナビーは自分が上位になりたい(wanna be)という言葉から来ているので既に上位に居る彼らに言ってはならない」
 ジョルノの後ろに控えている取り巻き達の視線が気になったが至って気にしていないようだった。彼女達はワナビーでもプリーザーでもなくサイドキックス、下の地位の人間の事等目に入らないのだろう。
「簡単な見分け方が有りますよ」遠くに見える部員達を指差し「3人以上の奇数のグループの中央がジョック及びジョック候補、その周りがプリーザー。1人か偶数で居るのは普通の人です」
「ふーん」
 むさ苦しい男を見ても楽しくない。
 それよりも更に奥で練習しているチアガール達に目が向いてしまう。
 恐らくだがチアリーディング部。20人近い女子達がタンクトップとプリーツミニスカートにハイソックスというテレビのスポーツ中継でしか見ない格好をしてダンスの練習をしている。
 チアリーダーのリーダー――言い難い――は恐らく中心に居る人物だろう。金髪をツインテールにしており、その髪がダンスに合わせて軽やかに跳ねている。かなり目を引くし、本人もそれを理解していそうだ。
 その左右が対照的で面白い。栗色の髪をしたかなり小柄なチアガールと、アフロヘアに目を奪われる黒人チアガール。
 スカートの下は見せる為の物を履いているのだろうか。そうだとしたら残念だし、そもそもこれだけ距離が有ると見えない。
「チアリーディングを見る方が好きでしたか?」
「えっ」
 隣のジョルノが珍しく申し訳無さそうに眉を下げていた。
「ううん、そんな事ねーから! ラグビーはほら、終わっちまっただろ?」
「良かった、僕よりチアリーダーが好きだ、と言われなくて」
「それは無いって。だってオレ達……恋人だろ?」
 目を丸くされた。恥ずかしくてこちらは顔が赤くなる。
 その様子が可笑しいのか、それとも恋人のフリを積極的にされて何か思う物が有るのか、ジョルノは澄んだ色の目を細めた。
 やっぱ美形ってやつだよなあ……
 本当に恋人だったら気後れするかもしれない。
「純粋にチアリーディングをしたい、見たい人達には残念な事に、あの部はワナビーの集まりです」
「そうなんだ?」
「クィーンの条件を満たしやすい――」
「ジョルノ」
 話を遮ったのはいつの間にやら目の前に立っているラグビー部員の男。
 未だ学生だというのに180cm近く有りそうな筋骨隆々の肉体にラグビー部のユニフォームがとても似合っている。
 アイスブルーの瞳が印象的な、ファッション雑誌の表紙を飾りそうな程の美青年。眉や睫毛が濃く、短い髪の色と同じく真っ黒い。似ているとまでは言わないが、顔立ちの系統としてはミスタと同じ所に属しているように思えた。
「見に来てくれたんだな」
「誰がキャプテンを務めていてもラグビーは好きですから」
 ジョルノの冷たい言葉にラグビー部員は寂しそうな表情を浮かべる。
 目の前の男が先程話に出たキャプテンのようだ。
 見た所嫌う要素の無い――寧ろ顔を含めて雰囲気は大半の初対面の人間に好印象を与える――男にそんな冷たい言い方をしないでやれと忠告したいが、優しく接すれば後ろに控える女学生達に交際している事にされかねない。
 もしかしたらジョルノも友達止まりなら良いと思っているかもしれない。否、キャプテンの方だって女学生達に噂されるがままになっているだけでジョルノと友達になりたいだけかもしれない。
 もしそうならば引き裂かれる2人だ。自分が架け橋になってやりたい、とナランチャは座ったままキャプテンの顔をじっと見上げた。
「……彼は?」
 睨まれたと思ったのかキャプテンはたじろいだ様子でジョルノに尋ねる。
「僕の恋人です」
「彼が? その、君の恋人?」
「そうですよ、可愛らしいでしょう」
 片腕でぐっと引き寄せられる。このまま抱き締められてしまいそうで気恥ずかしかった。
「確かに可愛らしいね……その……2人で少し、話せないかな? 彼氏さんを置いて」
「彼氏という表現を訂正してもらえませんか? 彼が『男役』なわけじゃあない」
 自称ゲイだが恋人には女役を求める。だから男役をしたがる男は恋愛対象外。ジョルノはそうアピールしたいようだ。
 成る程、ナランチャ・ギルガを指名した理由が――悔しいが――わかった。役目を果たすべく取り敢えずジョルノの膝に手を乗せてみる。
 アバッキオは来る筈が無いから置いておくとして。ミスタを呼ぶわけにはいかない。彼ならば調子良く恋人役を演じきるだろうが、キャプテンと似た雰囲気の有る男が好みなのかと思われてしまう。
 実際の所どうなのだろう。性別問わず好きになった相手が好きだと言うが、それでも好みのタイプ位有る筈だ。ジョルノは本当に自分のようなタイプを好んだりするのだろうか。
 オレみたいなタイプって?
 キャプテンと正反対だからと呼ばれただけに過ぎないのに何を考えているのやら。ナランチャはジョルノの膝に添える手に力を込めた。
「この通り僕の恋人は僕と離れたくないようです。ここで話せないと言うのなら移動はします。但し、僕は恋人を置いてはいかない」
「じゃあ3人で話そう」ナランチャの顔を見て「それなら良いだろう?」
「……良いぜ」
 ジョルノに確認を取らずに答えた。ジョルノは恋人の希望を優先する、自分こそがその恋人だと胸を張って。
「フェンスの方で話しましょうか」
「いや、更衣室にしよう」
「更衣室?」
 ナランチャが尋ねると一旦はジョルノだけを熱く見ていた顔がこちらを向く。
「学外の子なんだね。うちのグラウンドには運動部用に複数の更衣室が有るんだ」
「ちっちゃい建物が並んでるやつ?」
 入り口のドアが1つで窓も無いそれらならばここに来るまでに見た。
「ラグビー部員が着替えに使っているのでは?」
「皆チアリーディング部がもうすぐ練習を終えるのを知っているから空いているよ。それに俺が君を連れて入ったとなれば誰も邪魔をしない」
 爽やかさの有る男らしい見た目だが、意外にもキャプテンとしての権限を振りかざしたりもするようだ。
 それを良しとしない者は残念ながらここには――ナランチャとジョルノ自身しか――居ない。後ろのサイドキックス達に至っては早くしろとすら思っているだろう。
 体格差からしてキャプテンが不埒な事を考え実行に移そうとすれば、それをジョルノがかわす術は恐らく無い。ナランチャは自分が年下の後輩の、そして恋人のジョルノを守らねばならないと思った。本当の恋人ではないにしろ。

 更衣室は予想通り臭かった。但し、予想とは違う種類の匂いだった。運動部員が練習後に訪れる場――しかも窓が無い――だからもっと汗臭いと踏んでいたが、どちらかというと多様な香水を混ぜたような匂いがする。
 そして思ったよりも整頓されている。壁一面に沿って置かれている個人のロッカーの中まではどうかわからないが、安っぽい机と椅子と背凭れの無いベンチ2つの上には何も置かれていない。
 床に無造作に道具が置かれていたりもせず、どれもこれもきちんと収納されていた。
「ほら、誰も居ないだろう?」
 言ってキャプテンは机に向かう椅子を引いてこちらを向き座る。
 それを見たジョルノに促されてナランチャは彼と2人で背の低いベンチに座った。
「本題を聞く前に、彼にこの学校におけるジョックとクィーンの条件を話しても構いませんか」
「いいよ。他の学校とは少し違うのかもしれないし」
 そもそも学校に通っていないのだがそこを指摘していては始まらない。
「先ず一定以上の容姿が要求されます。顔立ちは人それぞれ好みが有りますが、体型に関しては『チビ』『デブ』が除外される。そういったタイプは運動部で活躍しにくく淘汰されがちだ。結果運動部のトップたる主将がジョックに、他の運動部員はプリーザーになる」
「ラグビー部以外の主将もジョックなのか?」
「そうだよ。例えば隣の更衣室はサッカー部の物だけど、あそこも主将がジョックでそれ以外はプリーザーだ」
 割って入ったキャプテンは左側を見た。壁――に付けて設置されたロッカー――の向こう側にサッカー部の更衣室が有るのだろう。
「ジョックが居ない運動部、うちには無いんじゃあないかな。いやテニス部は未だジョック候補だったか、ラグビー部(うち)と同じで」
「文科系の部の主将は?」
「先ず『主将』と呼びません」ジョルノが首を左右に振り「文科部の人間はカーストの下層です。部長であっても偉い人に嫌われる人、蔑まれる人ばかりです」
 好きなのが運動ではなく芸術なだけで蔑まれるのは可笑しくないだろうか。
 しかしスポーツに不利な背が低い人間も、体を動かさないから太っている人間も、文科系の部活動ならば活躍の機会が有る。
 偉い人、と言うよりそれになれない人、プリーザーやワナビーがそれを妬み嫌ったり蔑んだりするのだろうか。
「次にクィーンの条件ですが、どこから話しましょうか」
「ジョックの恋人」
「そうですね、そこから話しましょう」キャプテンに相槌を打ち「例外は有りますが基本的にはジョックの恋人がクィーンです」
 素敵な彼氏と女王の座を同時に手に出来る。それに憧れてカースト上位の女学生達は皆ワナビーと化す。
「恋人ですがジョックの好みは基本考慮されません。クィーンはクィーンの条件が有る。それを満たしていない女子を好きになった所で結ばれる事は無い。子分でしかないプリーザーに想い人を取られるジョック、なんて事も有ります」
 恋愛も自由に出来ないとは。カーストと呼ばれるのはこれが理由か。
「背が高く社交的で貧しくない金髪の美人。これがクィーンの条件です」
 言い切ったジョルノをキャプテンがじっと見ている。恋心を抱く熱い視線に思えた。
「誰が決めたのかわからないが『女』という項目を設定し忘れている。基本的に女性であるとはいえ、この所為で僕が当て嵌まってしまった」
「……本当だ」
 この年の男子の平均身長には満たないだろうがナランチャよりもジョルノの方が背が高い。女学生に囲まれれば尚更だ。
 ジョルノは社交的という表現は違う気もするが人見知りをするタイプではないし人前で話す事も苦としていない。
 寮が有るからこの学校に入ったと聞いたので貧しくもないだろう。ギャング活動で稼いだ小金を自由に使う姿は親から仕送りを多く貰っている、裕福な家庭だと思われているわけか。
 金髪の美人は言わずがもな。金髪の美女、という条件であれば外れたのに。年齢的に美女・美少女という表現を避けたのか。
 キャプテンの熱視線を気にも留めずナランチャの方だけを向く顔は美女でも美少女でもないが、若さ故の中性的な雰囲気も有り紛れもない『美人』ではある。
「フーゴも髪色がかなり明るいのでクィーンに該当しそうだと思いませんか?」
「うーん……確かにそうだけど、でも何かクィーンって感じはしないかも」
 ジョルノより背が高く絶縁しているとはいえ家柄も良い。しかし先程ジョルノの後ろに控えていたサイドキックスを従える所が想像付かない。
「直感が冴えていますね。彼は頭が良い。だからクィーンにはなりません」
「そういうもんなのか?」
「頭の悪い人間こそ下層ですが、極端に成績の良い者もまた『ガリ勉』として、運動部の活動で勉学が疎かになりがちな上位者に嫌われる。尤もフーゴの場合、顔は良いし上手く立ち回れるだろうし、キレれば力で打ち負かす事が出来てしまうから嫌がらせの標的(ターゲット)にはならないと思います」
 フーゴの見た目に反した憤怒時の腕力が有れば、スタンドを出すまでもなく力自慢の運動部員達を捩じ伏せられそうだ。
「ああすみません、貴方の知らない話をしてしまった。1つ上に明るい髪色をした、とても頭の良い共通の友人が居るんです」
「そうなのか。そうやって気を使ってくれるジョルノの友人なら、さぞ格好良いんだろうな」
 ミスタではなくフーゴならば共に来ても良いと言った理由はこれか。キャプテンと正反対とも言える友人と親しい所を見せれば――
 効果が有るかどうかわからない。3人で居る時に2人にしかわからない話をした事に腹を立てず、それを謝罪した事に心をときめかせまた熱い視線を向けていた。
「キャプテンさあ、そんなにジョルノの事が好きなのか?」
 間延びした問いに2人はすぐに返事をしなかった。
「……ああ、好きだよ。大好きなんだ。君の恋人なのに俺はジョルノの事が好きだ」
 男前で優しそうなラガーマンがここまで言うのだから。
「ジョルノはキャプテンの事嫌いなわけじゃあねーよな?」
「嫌いではありません。嫌う理由も無い」
「じゃあ付き合えば?」
 空気が変わった。キャプテンの方は期待に目を輝かせている。
「男同士が駄目ってわけじゃあねーんだろ? オレと付き合う位なんだから」
 実際は付き合っていないが。しかし今日性別で恋愛対象から外さないと聞いたばかりだ。
「クィーンにはなりたくないんだっけ? クィーンやらずに恋人だけやるとか出来ねーの? ちょっと付き合ってみて、それでやっぱ駄目ってなったら別れれば良いじゃん。何かこのキャプテン、ジョルノに滅茶苦茶優しくしてくれそうだぜ」
 サイドキックスの女子達と同じ考えに至ったとなると余り愉快ではないが、こうして話してみてキャプテンが悪い男には思えない。
 冷静だが案外強気を極めているジョルノと様々な意味で付き合っていけるのでは。
「それともジョルノ、好きな奴とか居た?」
 もしそうだとしたら今の提案は撤回するのだが。
「僕は君と付き合っているんですが……」
「あ、そうか」
 まさか自分を本当に交際したい程に好いているとは思えないとはいえ妙に気恥しかった。このやり取りにキャプテンが広い肩を動かし笑った。
「なあジョルノ、俺は君とその子が学校の外で付き合ってても良いんだ。学校の中だけは俺の恋人になってくれないか? その子は学校の中だけでならジョルノが俺と付き合っても良いと言ってくれそうだ。何なら俺が2人と付き合う、でも良いし」
「僕は良くありません」
「誠実なんだな。顔だけじゃなく心まで綺麗だ」
「そういうわけじゃあない」
 ジョルノは顔を斜め下へと背ける。
「僕は、我が儘なんです……本当に付き合うなら、ちゃんと好きになってほしい」
「顔だけじゃあなくって事?」
「外見から始まる恋愛を否定するつもりは有りません。性格も性質も生い立ちも最初は見えない。僕だって見た目を誉められて悪い気はしない。ただ……」
 滅多に見せないから不釣り合いに思うような、憂いを帯びた顔。俯きがちになれば睫毛が色素の薄い瞳に影を作り加護欲を掻き立てられた。
「キャプテンは僕が好きなんじゃあない……クィーンが好きなだけで」
「違う! 俺が、俺が好きなのは……」その場に立ち上がり「俺は顔が抜群に良い綺麗系の美人が好きなんだ!」
 やっぱり顔じゃあねーか。
 体格の良さからくる迫力にツッコミそびれてしまいナランチャはただキャプテンを見上げる。
「……背が高く金髪の美人、確かに俺はクィーンらしいクィーンが好みのタイプなんだ。だから、ジョルノこそ俺の理想の具現化した『女神』だ」
「男ですが」
「不細工な女よりも美人な男の方が何百倍も良い! 鏡見てみろッ!!」
 それは本人に言う事なのか。
「まして今はゲイはターゲットにならないだろう? ジョルノも男と付き合っているんだし」
「そうだった」
「ナランチャ、忘れないで下さい」
「悪い悪い」
 だって本当は付き合ってねーし! と言いたいが飲み込んだ。
「2人に別れてくれなんて言わない。もしも嫌なら、その、色々と我慢する。出来る範囲だけで良いから付き合ってもらいたいんだ」
「チアリーディング部のワナビーと付き合いたくないだけの貴方の言葉には心を動かされません」
 顔を上げてキャプテンを見据えるジョルノは、ナランチャのよく知る冷静で丁寧な口調だが負けん気の強さを隠さない彼そのもの。
 キャプテンは怖じ気付いたように1歩後ろへと下がり椅子にふくらはぎを軽くぶつける。
「僕は別の誰かを避ける為、なんて理由を持つ相手とは交際出来ません」
「ジョルノを好きなのは本当だ」
「他に該当者が居ないからでしょう? ジョックとなったのに女の1人も居ないなんて有り得ない。しかし貴方はジョックの座から下ろされたくない」
「……そうだ。長身金髪美人と付き合う為に毎日カラーコンタクトを入れてまでラグビー部のキャプテンになった。そこにジョルノが、理想そのものが現れて、付き合いたいと思うのは自然じゃあないか。俺はジョルノを誰よりも大事にする」
 熱烈な愛の告白を聞きながらナランチャはキャプテンの目を改めてじっと見詰めた。
 ジョルノばかりを映す瞳のその色はカラーコンタクト。髪が真っ黒く、人より濃い眉や睫毛も綺麗に黒いので違和感が有った。顔立ちが良いのでミステリアスだな、位に流していたがカラーコンタクトなら納得だ。
 髪や瞳、あと肌も『色が薄い』というのは美の基準らしい。
 しかしそうして瞳の色を変えるだけでラグビー部のキャプテンになれるものなのだろうか。ラグビー部としての成績は余り良くないように言われていたし、部内で取り分け見た目が良いからジョックになり、ジョックだからキャプテン就任という流れかもしれない。
「そうして僕を盾にして――」
――ガチャ
 更衣室のドアが開いた。鍵を掛けていなかったので外側から簡単に開けられた。電灯とは違う日光が射し込む。

 ドアを開けた女学生は2人の女学生を従えている。見た目が三者三様過ぎて笑いそうになった。
 3人共チアリーディング部のユニフォームを着ている。しかし更衣室を間違ったわけではなく出ていく気配は無い。中央の女学生に至っては仁王立ちまでしている。
 先刻ナランチャが遠目にだが見入ってしまった女学生達だ。中央は高身長で金髪ツインテール、向かって左側に小柄、右側には黒人。
「……こんな顔してたんだ……」
 聞かれてはならない事なのでナランチャは精一杯声を潜めて呟いた。
 小柄なチアガールは体型とは不釣り合いに大人びた顔立ちをしており、黒人は祖国でもこのイタリアでも美女と呼んで差し支えない整った顔立ちをしている。
 一方でリーダー格のツインテールは兎に角不細工だった。
「ジョルノ・ジョバァーナ」
 不細工が名を呼ぶ。声まで不細工だと言うつもりは無いが、如何にも機嫌の悪そうな言い方と睨み付けるような表情をしている。
「男のくせにクィーンになるべくまたキャプテンに言い寄っているのね」
 これが『妬んでる』ってやつか。
 同じ金髪で手足も長いが不細工の顔では学校の人気者たるクィーンには到底なれまい。男ながらにクィーンに担ぎ上げられそうな美貌を嫉妬して苛立つ女の精神を学んでしまった。
 顔面偏差値のみ不足しているクィーン候補vs顔の良さだけで女王に君臨しかねない男。これは昨日惰性で見てみたテレビドラマより余程盛り上がりそうだ。
 自分ならば後者に賭けるな、と思っている事を見抜かれたのが不細工がナランチャの方を向く。
「アンタ、何者?」
「……ナランチャ・ギルガです」
 恐らく年下、もしかしても同じ17歳程度の女学生の迫力に負けて丁寧に名乗ってしまった。
「見た事無い顔だけど転校生? アンタもクィーンになりたくて言い寄ってるとか? そんな事しても無駄よ、チビも黒髪もクィーンにはなれないわ」
 後ろに居る背の低いチアガールと黒人故に黒いアフロに近い髪をしたチアガールの事を忘れているのだろうか。
 未だ一言も発していないのに違う部――それもラグビーという屈強な男しか居ない部――の更衣室にまでついて来てくれるのだから友達だろうに。
 ジョルノはクィーンなんぞに興味は無いといった様子だが、なりたくないのと絶対になれないのとは違う。まして後ろの女学生2人はなりたくないとは限らない。あからさまになりたがっている不細工程ではないにしろ、クィーンへの憧れが有るかもしれない。なのにその言い方。
「彼は僕の恋人なのでクィーンになる事は有りません」
 隣に座るジョルノに肩を抱き寄せられる。
「そして僕もまたキャプテンと交際するつもりはありません」
「しなくて良いんだよ。でもジョックを舐め腐る態度は頂けないね」
 冷たく言ったのは黒人のチアガール。低めの声は高い背と掘りの深い顔立ちによく似合っていた。
「キャプテンと親しくして交際に発展してしまってクィーンになりでもしたら、典型的ワナビーやその使い走りをしている女達にどんな嫌がらせをされるかわかったもんじゃあない」
 肌で感じられる程に場の空気が悪化した。何だこの息苦しさは。
「勝てない相手に喧嘩を売る愚かさや他者に聞かれたくないからと場を変えたのにそれを聞き出し押し掛ける図々しさ、他人を不快にさせるだけの性格の悪さを兼ね備えたクィーンは至上初だろうから僕も見てみたい。だがジョックからの寵愛は先ず受けられない。つまりは絶対クィーンになれない。僕としては良い気味ですが、貴方としては残念でしたね」
 負けず嫌いを拗らせて火に油を注ぐのは止めてほしい。
 わなわなと怒りに震えている――人間言い返せないと物理的に震える事も今学んだ――不細工は確かに顔の作りが悪い。
 だがスタイルは悪くないのだから余所の部の更衣室に乗り込んでまで文句を言う性格を直せば彼氏位作れるだろう。
 ジョックは無理でもプリーザー等の上位の男と恋仲になり、ワナビー呼ばわりされずにサイドキックスにならなれるかもしれない。
 が、ジョックは無理だ。少なくとも今リアルに頭を抱えてしまっているキャプテンは絶対に無理だ。彼は顔が綺麗な美人が良いと断言までしている。
 それなら右の黒人の方が未だ希望が有る。背が高く、それも手足が長いタイプ。
 深く黒い色をした瞳は目蓋が二重を通り越して三重に見える程大きく、鼻筋も非常に通っている。ぽてりと厚い唇は色っぽいのに顎より突き出していないので横顔も美しそうだ。
「何?」
「あ、わ、悪い」
「差別の目には慣れているから構わないわ。ただ何か言いたい事が別に有るなら聞くよ」
「美人だなあって思って」
「えっ……?」
 驚きに目を丸くし、瞬きをしてから頬を赤くする様子は可愛い。
「オレイタリアから出た事無いから見慣れてないっつーか、でも珍しいんじゃあなくて本当に綺麗な顔してるなあって思って、だからつい見ちまったんだ。差別とかじゃあないけど嫌な思いをさせたなら悪い。でもジョルノと同い年? 年上? 背が高いのも有るけどさ、雰囲気が大人っぽくて色っぽくて美人だなぁーって」
 1歩前に居る不細工と比べて、という意味ではなく。
 突然のナランチャの誉め殺しにオロオロする黒人チアガールを見て小柄なチアガールはくすくすと笑った。
 嘲笑しているのではなく初対面のナランチャが的確に親友の容姿を誉めている事、そんな真正面からの直球を受けて戸惑っている親友自身を微笑ましく思っているのだろう。そんな小柄な彼女もまた愛嬌が有って可愛らしい。
 ワナビーだかクイーンだかターゲットだか知らないが、自分と違う立場の人間をわざわざ貶めたりしなければ皆可愛い所の有る女学生達なのだ。
「確かに美人ですね。チアリーディング部を辞めて演劇部でエトワール(主演女優)になりクレオパトラの役をする方が似合いそうだ。ああナランチャ、僕は君の方が好きですよ。何せ交際していますから」
 取って付けたような言葉だが、何だかんだでこのラグビー部の更衣室という広くはない空間でも1番美人に該当する人間に言われると悪い気はしない。
「ただ、ナランチャが居なければ――」
「ちょっと、ジョルノ・ジョバァーナまで何を言うのよ」
「キャプテン」ジョルノは再びキャプテンの方を向き「ラグビー部に、彼女のような女性がタイプの人は多いんじゃあないですか?」
「ええと……どうだろう? 俺なんかは好きだけど……いや、その」
 君の方が、と言葉が続かない。
 黒人故に金髪という部分はクリアしていないが、女である事を加味するとジョルノと同じ位に『好みのタイプ』だったりするのではなかろうか。
「では彼女の親友のような、小柄ながらもグラマラスな雰囲気の女性がタイプという方は居ますか? この部に、というより貴方と特に親しい友人に居たりするんじゃあありませんか?」
「鋭いな……居るよ、その子の事が好きな奴。俺がクィーンを連れ歩くようになったら自分にもチアリーディング部の彼女が居ても可笑しくなくなるのに、ってよく嫌味を言われている」
 苦笑を浮かべるキャプテンは人気の有る俳優のように眩しい。
「よく俺の事を見てくれているんだな、流石ジョルノだ」
 だから交際を、と言われる前に。
「彼女達が魅力的なだけです」
 その彼女達に含まれていなさそうな不細工チアガールは不機嫌を顔に貼り付けて、しかしキャプテン――の友達――の事を自分は知らないのは事実だと黙り込んでいる。
 顔の良し悪しが全てではないが、ジョルノや初対面の自分に対する態度から「ざまあみろ」と思ってしまった。
 好きな男が自分ではなく自分の友達――と言うより取り巻き――を好いている。よく考えれば悲しい話だ。とは言えキャプテンがジョルノの事を「クィーンの条件を満たしている」から好きなように、脱色した髪をツインテールに結ぶ彼女もまたキャプテンをジョックだから、更には「交際すればクィーンになれる」から好きなだけのようなので同情しなくても良いだろう。
 どいつもこいつも自分勝手だが、恋愛なんてのはきっとそんな物だ。ジョルノがナランチャを選んだのもキャプテンと正反対の容姿を持つ男、が理由だ。切っ掛けよりもその先が、交際をしてからが重要なのだ。
 ……いやオレ本当はジョルノと付き合ってねーけど。
 横目に見ると相変わらずの綺麗な金髪。染めたり抜いたりせずにこれは目を引く。
 フーゴも髪の色は明るいが、ジョルノと比べると肌の色の違いの所為か髪の印象もかなり変わって見える。フーゴは決して日焼けしている方ではない。しかしジョルノ程白くもない。至って健康らしいがジョルノは健康的な肌には見えない。
 肌の色は化粧なり何なりで良くすれば良い。髪の色だってそうだ。ナランチャは過去にとてつもなく嫌な思い出が有るので染める事はもう2度と無いが――
「髪を染めたりしないんですか?」
 ジョルノが考えを見抜いたように尋ねた。
「私?」
 尋ねられた黒人チアガールが驚く。
「かなり明るい色でも似合いそうだ。ナランチャもそう思いませんか? フーゴのような色にまで抜いても彼女の美貌には映えそうだと」キャプテンの方を向き「先程話した男友達は中々に見事なプラチナブロンドの持ち主なんです。想像してみてもらえませんか? 彼女がブロンドに染め上げて貴方の隣を歩く所を」
 言われてキャプテンの目は黒肌が美しい女学生へ向く。ジョルノに向ける時のように熱い。
 そんな目で見詰められれば当然黒人チアガールの方も意識をする。躊躇うように一瞬下を向けたがすぐに意を決して視線を絡め合った。
 不細工チアガールよりもジョルノよりも背の高い黒人チアガールだが、キャプテンは更に長身なのでモデルを起用したブランド物のファッション雑貨の撮影現場にでも来てしまったかのようだ。
「……ねえキャプテン、私の事が気になるって人、紹介してもらえたりする?」
 空気を壊さずに2人の子供のようなサイズの女学生が尋ねる。
「勿論だよ、アイツを喜ばせてやれるな。でも……良いのかい?」
「サイドキックスが親友を放って彼氏を作るな、って? 全くその通りだわ。ちょっとキャプテン、何とかして」
 背は低いが子供臭さは無い。顔立ちからからかうような声音まで大人の女そのものだ。
 キャプテンにとってこの小柄な女学生は恋愛の対象ではないだろう。中々に魅力的だが先程彼から聞いた好みの対象から大きく外れているのだから。
 そんな彼女と正反対の親友――恋人を持つ時は同時という決まりも有るようなので親友よりも複雑な関係か――は、つまりキャプテンの好みに該当するのでは。
「ああそうだな、何とか……しようかな」
 その言葉は黒人チアガールに向いていた。
「私……デカいけど女だし、そういう事は男から、とか思うタイプだから。あとこの髪型も気に入ってるし」アフロ調になるまでパーマネントを掛けたふわふわの髪を自身で触れ「まあ別に、色を変えるのは良いけど」
 彼女の親友と、そして彼女の恋人となるであろう男が顔を綻ばせる。
 隣の普段あれだけクールを気取ったように表情を変えないようにジョルノも、幼い子供にハッピーエンドの童話を読み聞かせた後かと思う位に穏やかな顔をしていた。
「キャプテン、そろそろ部員がここに着替えに来るんじゃあありませんか?」
「いや……ああ、ジョルノの言う通りそろそろ来るかもしれない。だけど」黒肌の女学生を見詰め「話したい事が有るんだ。一緒に外に出てもらえないか?」
「……良いよ」
 もしかすると開校以来初めてかもしれない黒人の次期クィーンが頷き、2人が連れ立って小さな部室を後にする。
 その途中キャプテンが振り向いた。
「君も来てくれないか? 友達を紹介するのに早くて悪い事は無い。良い奴だから本当に悪い話じゃあないと思う」
「勿論良いわよ」
 小さな体を翻してジョックとクィーンと出てゆく。
 サイドキックスは2人1組と聞いている。片割れだけがクィーンに昇格するのは恐らく前代未聞だろう。彼女はどうなるのだろうか。新たに相棒を見付けて元相棒を信奉するのか、かなり上位らしい今の地位から降りなくてはならないのか。
 それともクィーンの友達というカーストも有るのだろうか。取り巻きではなく友達。嫌な目に遭わない為に付き従うのではなく、喜びを共有する関係。学生達の頂点に立つのならそんな仲の相手が居ても良い筈だ。否、居た方が良い。
「ナランチャ」呼ばれてジョルノの方を向くと「来てくれて有難うございます」
「おう!」
 自分達は傍から見れば友達とは少し違うかもしれない。だが、大事で大切で大好きな仲間。

「ちょっと!」
 えらく不機嫌な声。
 恋人(クィーン)にしてもらうべく媚を売る相手の、ジョック候補のキャプテン以外の誰にどう思われても良いのだろう。
 まあキャプテンの前でも怒った顔とか声とかしてたけどな。
「何ですか?」
 ジョルノはナランチャ同様全く臆した様子無く返事をした。
「どういう事よ!?」
「何がですか?」
「だから、どういう事かって聞いてんのよ! ジョルノ・ジョバァーナ!」
「僕に何を訊きたいんですか? 別に1から10まで全部説明しても構いませんけど」
 どうせラグビー部員は、主将とチアリーダーのビッグカップルの誕生を祝うのに夢中で当分更衣室には来ないのだから。
「キャプテンは晴れて恋人を作ったので誰もが認めるジョックとなり、その恋人である貴方の友人をやってくれていたチアリーダーは新たなクィーンとなった。あともう1人貴方の友人をやってくれていたチアリーダーもラグビー部員のプリーザーと交際を始める。副将やエースであれば彼もジョック、彼女もクィーンになるでしょうね。そして僕に突っ掛かる必要の無くなった貴方はワナビーのまま」
 ジョルノはつまらなさげに、後ろにみつあみにした髪の毛先を揉むように触る。
「クィーンになる手近な方法は他にも有りますよ。例えばバスケットボール部辺りに入って良い成績を残してジョックの地位を確立した僕と交際をする。まあこれは僕にやる気が無いから厳しいと言えば厳しい。部活動をしたくないし、トップスコアを出せるまで励むつもりも無いし、そもそもジョックになりたくない」
 右足を上に組み、短く溜め息を吐くも視線は落とさず、逆にギロリと音がしそうな程1人残されたチアリーダーを睨み上げて。
「第一僕はアンタが嫌いだから絶対に交際なんてしない」
「な、何よ、私だってクィーンになろうとするオカマとは付き合わないわよ! 仲良くなんてしてやりたくないわ!」
「そうですか。僕とは仲良くしたくない、と」
 ジョルノは見据えたまま優雅に左足を上に組み直した。
「仲良くしてくれとは言いませんが今までのように突っ掛かってくるのは止めてもらいたいですね。取り巻き2人が居なくなり、2人の分もと言い張って迷惑行為を働くとなれば、僕はラグビー部のキャプテンのように僕に好意的に接してきてくれるテニス部の主将と懇意にしようと思います」
「ジョルノ、テニス部にも友達居るんだ?」
「ここのキャプテン程ジョックらしいジョックではありませんけどね。少し背が低いんです。多分彼女の好みじゃあない」ちらと不細工チアガールを見た後、ナランチャに笑みに近い目を向け「彼が応えてくれたとして、君との交際は解消しません」
 だが今より仲良くしようと持ち掛けて受け入れられれば、テニス部の主将とも交際を始める。
 恋人の居る主将はジョックとなり、その恋人のジョルノはクィーンとなる。性別を凌駕出来る程のクィーンならば嫌いなチアリーディング部の女学生1人を『いじめ』の標的たるターゲットというカースト下層に貶める位容易い。
 さぁどうする。それでも気に入らないジョルノに盾突くのか――
「ふざけるんじゃあないわよ! 一体どういう事よ!」
 耳障りな大声で怒鳴り付けた後、チアリーダーは足音煩くラグビー部の部室から出て行った。
 初めて訪れた壁に沿ってロッカーが敷き詰められた部室にジョルノと2人きり。不細工チアガールが乱暴にドアを閉めた所為で完全に密室。
 どういう事か聞いていかないのかと言いながらジョルノは組んでいた足を下ろして伸ばす。
「……が、学生って、大変だな!」
 緊張を隠すように朗らかに言った。
「勉強だけでも難しいのに、人間関係? こういう難しいのもいっぱい有るのかあ。オレちゃんと学校通えるかな? 入るって所からも大変そうだけどさ」
「大丈夫ですよ、君なら」
「だと良いんだけど。でもオレ多分、ジョックにもクィーンにもなれないし、まあなりたくないけど。あと何だっけ、男の……ワナビーじゃあなくて……」
「プリーザー」
「それそれ、そういうのにも多分ならないと思うし、えっと……ターゲット? 嫌だな」
 嫌がらせを受けたらブチギレて退学になりそうな問題を起こしかねない。
「2人1組の後ろに居るやつはサイドキックスだっけ? フーゴにも一緒に学校に通ってもらえばオレでもそれになれるかな」
「サイドキックスは原則女子なので難しいかもしれません」
 フーゴも一緒に学校に、という部分は指摘してこない。
「あと君は、というより僕達のようなギャングは『バッドボーイ』に分類されます」
 また新しいカーストだ。直訳するとBAD BOY、悪い男というからには。
「それって『いじめ』られるやつ?」
「違います」首を横に振り「階級の外です」
 差別する事もされる事も無い、学業――ならぬ悪行――に専念出来るカーストも有るようだ。外という表現が正しいのならカーストとすら呼ばないか。
「だから僕も本当はこういった面倒事に巻き込まれる謂れは無い筈なのだけど」
 やれやれといった様子で立ち上がるジョルノを、出口に向かうその後ろ姿を見てナランチャも立ち上がりながら思った。
 黒く染めれば解決したんじゃあねーの?
 短めの黒い髪でも似合いそうだが、それはナランチャにとっての金髪と同じ事だとは未だ聞かされていない。


2020,03,03


そろそろ学パロに手を出す頃合か…となるとやっぱり学園の女王様はブロンドのジョルノだな!各種運動部の部長を袖にして下位カースト付き合ってる王道展開だよな!!
勿論プロット組み立てた時点でこれは学パロではないと気付いてました。
あとこれアメリカのスクールカーストであって、イタリアのカーストって上位と下位(と真ん中だか圏外だか)しか無いという話を聞いた気が…
…金髪イケメン貴族でラガーマンとかディオは絶対ジョックだっただろうなぁ!
<雪架>

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