ミスジョル 全年齢


  Multiple Birthday


 午前11時、4人が出払いナランチャ・ギルガと留守番を任されて2人きり。
 仕事が無い事も事務所を守るという立派な仕事だと言いくるめられた。
 開かずの間に近い書庫室――皆は使っているようだが、チームの一員となってからそれなりに月日は経っているのに未だ入った事が無い――の整理でもしてみようか。しかし1人では無理だろうしキッチン近くのテーブルに頬を付けてだらけているナランチャは誘えない。
「……なぁジョルノ」
 むくりと顔を上げて、真向かいに座るジョルノ・ジョバァーナの方をじっと見る。
「何ですか?」
「誕生日プレゼント決めた?」
 唐突過ぎるがここに所属してから実際に体験するようになった「誕生日には贈り物をして相手が生まれた事を祝う習慣」の話らしい。
「オレさぁ、トルタあげようと思うんだけど」
 パイ生地を意味する言葉だが、つまりはタルトケーキの総称。
「どこで買うか悩んでいるんですか?」
 まさかナランチャ自身が作りはしまい。
 一人暮らしで料理が得意だとしても、製菓となれば話は違う。世の中作ってくれる心が嬉しいという精神論は有るし頷けるが、そもそもナランチャが料理上手だという話を聞いた事は無い。失礼な話正反対にしか思えない。
「いや、店も種類も決めてる。予約しといた」
「偉いですね」
「すっげー立派だからぜってー喜ばれるぜ! でもさ」一瞬見せた自信は顔から剥がれ「持ってくる間に転んだらどうしようって」
「ああ、それは心配だ」
「でも誕生日って言ったらやっぱりデッカいトルタだよな! オレここで初めて誕生日にトルタ貰った時感動したもん」
 思い出してか喜ばれるのを想像してか、しょげていた筈の顔にはもう満面の笑みが戻ってきた。
 きっと贈られる方もこんな風に笑顔を見せてくれるだろう。
 持ち運びに失敗して多少形が崩れようとも。彼ならきっとそれに対して指を差して別の意味でも笑いそうだ。
 だから問題が有るとすれば1つ。
「じゃあ僕がトルタをあげるわけにはいかないか……」
「もしかしてジョルノもトルタ予約しちまってた?」
 首を左右に振った。店も種類も考えてもいない。
「ただ漠然と、誕生日にはトルタを食べるみたいだからそれで良いかな、と思っていました」
「勿体無くね?」
「え? 勿体無い?」
「好きな奴の誕生日って、そいつに似合う物あげられるチャンスじゃん」
「別に僕はミスタの事がそんな、特別に好きとかじゃあ……」
「え!? 嫌いだったのか!?」
「嫌いじゃあありません」
「じゃあ好きなんじゃん」
 両極端な、と言い掛けたが。
 ナランチャの言う『好き』とはジョルノがグイード・ミスタに向けるそれとは違う、例えば今話し合う2人の間柄の好きなのではないか、と思い当たる。
 だとしたらとんだ墓穴を掘った。
 別にもうすぐ19歳を迎えるミスタとの関係を絶対に隠したいわけでもないが、自分が誰かを殊更好きだなんて余り知られたくない。こんな気持ちを抱えていると知って良いのは交際相手のミスタだけで良い。彼には伝わっていてほしい。
「誕生日プレゼントってどんな物を贈るのかよくわからなくて」
 ジョルノはとどのつまりの本音を漏らした。親からは祝われた事が無い。自身の誕生を呪うつもりは無いが、多少親しくなった程度の相手に言うのは極力避けてきた。となると誰も話してこないのでこちらから贈る事も無かった。
「うーん……オレもあんまわかんねーんだよなあ……」
 ナランチャもナランチャで父との相性は悪く母は既に亡くしている。先に言っていたようにここで誕生日を祝う事を漸く学んだらしい。
「フーゴに聞いたら? フーゴ、頭良いし」
 こういう場合には知識量は関係が無さそうだが。
 自分の事のように得意気にフーゴの賢さを話す様子を目の前に「そうですね」としか返せない。

 午後1時30分、特に問題が発生していないかどうかの『確認』の為にジョルノはブローノ・ブチャラティとパンナコッタ・フーゴの3人で商店街を歩いていた。
 決して監査と称したみかじめ料の徴収ではない。それならば上品そうな容姿の年少2人組ではなくレオーネ・アバッキオのような体格の良い男に向いている。
 アバッキオとミスタはそれこそみかじめ料の徴収へ向かい、ナランチャは引き続き留守番を託されていた。
 香り良い花や色鮮やかな果物に、この時期でも充分に暖かいと言える午後の日差しが降り注いでいる。
 葉物野菜に特化した店でブチャラティが店主に何か無いかと話を聞いている隙に、ジョルノは何の気無しを装って尋ねてみる事にした。
「フーゴはミスタの誕生日に何か贈り物をする予定は有りますか?」
「今年貰いましたからね、きちんと返しますよ」
 そして年を明けてすぐの誕生日にまたフーゴも貰うのだろうか。
「まぁあれは貰った内に入らないというか……要らない物を押し付けられただけというか……」
 盛大な溜め息を吐く程迷惑な物を寄越されたらしい。
「フーゴもミスタには要らないであろう物を贈るつもりだったり?」
「まさか、僕はちゃんと本人が望む物を用意します」
 出来た人間だ。
「因みに何か訊いても?」
「画集です」
「……画集……」
 思わず復唱する程ミスタが望むとは思えない単語に、ジョルノは眉間に皺を寄せる。
「部屋に絵を掛けたいと言っていたんですよ」
 ミスタの部屋は壁に限り少々殺風景で、絵画が本気か否かはわからないが、何か飾るべきだろうかとジョルノにも言ってきた事が有った。
「でも絵画と額縁だと値が張るし好みも部屋との相性もわからない。だからページを開いて飾れる大きめの画集に、棚か何かに立て置けるように土台もセットで」
 見飽きてもページを捲る度に新鮮な『絵』を飾る事出来るという発想からの贈り物。
「その位考えないと駄目か……」
 1人の事を延々考えるのは、その相手が好きなら好きな分だけ苦にはならない。しかし思い付くとも限らない。
「誕生日に限らずプレゼントなんて気持ちが大事だから、深く考え過ぎずにトルタでも用意すれば良いんじゃあないですか? 有名店で買うなり、ジョルノ自身が作るなり」
「僕が作るのはちょっと」
「ミスタ、喜ぶと思いますけどね。甘い物はよく食べているし、ましてやジョルノが作ったとなれば。そういう『お約束』が好きな所有るでしょう?」
「でも腹を壊されても困る」
 インスタントコーヒーを淹れるのとケーキ作りではわけが全く違う。
 調理自体ろくに出来ないのに製菓は以ての外。下手をすれば一応一人暮らしをしているナランチャよりも酷い物を作りかねない。
 そして何よりトルタはそのナランチャが相当立派な物を用意していると先程聞いた。
「……やっぱり何か、本人が欲しがっている物の方が良いな」
「その気持ちが1番喜ばれる」
 目を細めるフーゴは些細な事で発狂寸前に怒り出す性格だとは微塵も思わせない気品さすら有る。
 ミスタは正反対の笑い方をする。誕生日を祝ってその笑顔を見たいのだがどうしたら。彼の生まれてきてくれた、何よりも神に感謝する日。
「ブチャラティに訊いてみたらどうですか?」
 丁度店の奥から話を済ませたらしく戻ってきたブチャラティの姿が見えた。
「ブチャラティはリーダーだし皆をよく見ている。ミスタが皆に向かっては口に出さないが欲している物を知っているかもしれない」

 午後3時、ジェラテリアのテラス席で。
 坂道が多いので様々な店舗の確認という足を使う仕事はなかなかに辛く汗ばんですらきた。それを見抜いたのか自分も疲れたのか、ブチャラティからの提案で一息吐く事になった。
 ジョルノも名前を知っている程度には有名なジェラート専門店。更に喉が渇きそうだが3人共ジェラートとドリンクのセットを注文した。まとめて支払ったブチャラティは自分の提案だからと請求してこない。
 素直に礼を言って食べている中で、やや離れたテラス席に1人で座る女性の姿が目に入る。
 顔は美人だが年齢不詳で、それよりも黒く長い豊かな髪が特徴的。
 待ち合わせではなさそうなのでこちらも1人ならば声を掛けていたかもしれない、と思っては溜め息を吐いた。
 もしもミスタの好みのタイプが、あんな黒髪だとしたら。昔みたいに真っ黒に戻ってくれる事を祈るか、黒く染めてみるか。
 否、綺麗な髪だと誉めてくれた事が有る。髪の色等関係無いと、一層ブロンドが好きだと言わせる位に惚れさせれば良い。
 どうやって?
 他者を好いた事が無かったから好かれようと努力した事も、好かれたいと考えた事すらも無かった。
「……駄目だ……」
「ジョルノ?」
「え? あ、すみません」
 声に出していた。心配そうにブチャラティが顔を覗き込んでくる。
「悩みが有るなら話してみろ」
「そんな、悩みなんて」
 悩む程の事でもない。考えが堂々巡りに入っていただけで、元は「誕生日プレゼントに何をあげよう!」といった、言うならば女児の譫言(うわごと)だ。
「食べている最中ですが」フーゴがすっと席を立ち「ちょっと」
「ああ」
 ブチャラティの短い返事を受けたフーゴはジェラテリアの店内へ向かう。
 店の中へ入る直前にトイレだろうかと思っていたジョルノの方をちらと見た。
 わざわざ作ってくれたらしいこの機会に乗らなくては。
「……あの、ブチャラティ」
「何だ」
「悩みとは違うんですが」
「話すと良い」
 これではフーゴに関する相談のように思われそうだが。
「誕生日プレゼントを何にしようか考えているんです、ミスタの」
「もうすぐだからな」
 話が早い。こちらは話を続ける勇気が今一つ足りないというのに。ジョルノは今にも火照りそうな己を冷ます為にジェラートを口へと運ぶ。
 濃厚過ぎるミルクの味わいが美味しくて言葉を繋げる勇気が少しだが湧いてきた。
「何を贈れば喜ばれるのかわからない」
「相手が欲しがっている物が1番良いと思うが」
 だからそれは何かと尋ねたいのだが。
「……わからないのか? ミスタが欲しがっている物が」
 部屋を飾りたいとか誕生日なのだからケーキをとか、似合いそうな服飾品はどうだろう。一層愛と平和が欲しいのか。
「俺はお前達をよく組ませているつもりだったが。比較的日の浅い者同士……あとスタンドの相性も良い。今なら俺よりはジョルノ、お前の方がミスタに近いと思う」
「自分に訊くな、という事ですか」
「お前にわからない事はきっと俺にもわからない。ミスタが俺に言ってきたのは昼寝付きの仕事を回してくれ、位だ」
「昼寝をプレゼントは難しいですね」快眠枕でも用意しようか。スプーンを再度ジェラートに差し「被らないように、という意味で。ブチャラティは何か用意をしていますか?」
「未だ渡して居ないが土地を用意してある」
「土地ですか……土地? 土地って?」
「土地だ」
「土地?」
「ああ、そういう意味じゃあない。土地の利権書だ」
 やはり土地ではないか。
「随分と、その……高価な誕生日プレゼントですね?」
「他の連中にやった物よりは若干高くついたな」
 もし今フーゴが戻ってきたら、土地とは何の事だ、と会話が振り出しに戻りそうだ。
「クリスマスプレゼントもまとめて、という事にした。クリスマスにミスタの分だけツリーの下に無いとなると流石に悲しむかもしれないな。でも家を1つ建てるには充分な面積のつもりだ。郊外だから暫くすれば隣地も空くと思う。更に広くしたければその時に自分で買ってもらう」
 想像以上の規模の話をされている気がしてならない。もしやリーダーはギャング稼業の報酬の中抜きでもしているのだろうか。
 それとも単に物欲が無く金を余らせているのか。
「もし俺達のチームが、この組織自体が壊滅なり何なりをした時に、あいつは放っておくと根無し草になりかねない。定住を嫌うというよりそんな考えを持っていないだろう」
 もうすぐ19になる程度の男がそこまで考えている方が可笑しいのでは、と指摘したかったが。
「……ミスタの事、よく見てよく考えているんですね」
 そんな未来まで見据えられるからこそ、自分達の上に立ち引っ張り上げてくれている。それを信頼してどこまでも付いていける。
 溶けてきたジェラートの縁をくるりとスプーンですくい口に運んだ。
 美味しいから笑顔になる。こういった一時の喜びではなく、未来永劫に続けられる喜びを贈る事が出来たら。
 そう簡単には思い付かず頭痛がした。アイスクリーム頭痛という事にしておく。
「当然だが家までは用意出来ない。住み心地の関係で」
「金額の問題ではないと」
 どうだろうな、と真顔で答える――というより誤魔化す――ブチャラティは共に頼んだコーヒーに口を付けた。
「家が未だという事は」
「僕には家をプレゼントなんて真似出来ません」
「居候を狙うならどんな造りが良いか言っておけ、と言うつもりだったんだが」
 真顔が笑顔寄りに、ほんの少しだけ崩れた。それは決してからかいの笑みではなく。
「そうだ、被らないようにというならアバッキオに訊いた方が良いんじゃあないか? この前そこそこ大きな箱を渡しているのを見た」
「箱、ですか?」
「何かを貸し借りする、というにはやや大きかった」この位の、と小さな段ボールを持つような仕草を見せ「あれは早めの誕生日プレゼントかもしれない」
 一体何を贈ったのかは気になるし、今まさに2人で行動しているのだからミスタがどんな物を欲しているか聞いているかもしれない。
 だがアバッキオには毛嫌いされているようなので教えてくれないかもしれない。

 午後4時半、3人が事務所に戻ると留守番の1人と徴収から戻った2人が各々昼寝をしていた。
 ドアを開け放したまま休憩室扱いされている部屋のソファに寝そべっているミスタは兎も角、キッチンに程近いテーブルに対角線上に向かい合って突っ伏しているアバッキオとナランチャの様子は毒物事件に巻き込まれた親子を連想させる。
「お前達!」
 ブチャラティの声に2人はがばと勢い良く顔を上げた。
「お……お帰りブチャラティ。フーゴもジョルノも。皆お茶でも飲む?」
「頼む。フーゴ、手伝ってやってくれ」
「はい」
 ナランチャ1人には任せられない。
「お帰り。金は金庫に入れておいたぜ。関する表にまとめるのは未だだ。俺1人じゃあどうにもならない」
 ナランチャとミスタでは戦力にならない。
「一息吐いたら皆で取り掛かるか。前回の分は……そうだな、書庫室にでも」
「わかった」
 立ち上がり事務仕事の出来るデスクへと向かう。
 ばさばさと書類を散らかすように探し当て、それを持って休憩室の隣の窓が無い為に書庫室とした、紙を中心とした物置部屋へ。
 アバッキオの大きな後ろ姿にジョルノはついて行き、今まで入った事の無かったそこへ遂に足を踏み入れた。
――パタン
 ドアを閉めるとアバッキオが振り向く。
「何付いてきてんだよ」
「ちょっと話が」
「俺はお前に話なんて無ぇ」
「僕が有るんです。質問が有るんです。貴方のプライベートに関する事のように思うかもしれませんが、そういった意図は有りません」
 顔をみしりと音がしそうな程に顰められた。どうやらこの言い方は余計にアバッキオに不満を持たせたらしい。
 事務所内の意外に清潔な雰囲気と異なり、閉め切られたこの部屋は埃っぽいし僅かながらカビ臭さも有った。
「ミスタに何をあげたんですか?」
「は?」
「箱を渡したみたいですが、あれは誕生日プレゼント? 中身は?」
「彼女面か? 気持ち悪い奴だなテメーは。第一何故俺に訊く? ミスタ本人に訊けば良いだろう」
「ブチャラティが貴方に訊けと」
 その名前を出したからなのか「おや」と言わんばかりにアバッキオは表情を和らげ瞬きをする。
「誕生日プレゼントに誰かと同じ物を渡したくはないと相談したら、アバッキオに訊いておいた方が良いと」
「そういう事か。中身は靴だ。あいつが好きそうだから誕生日にやる事にした」
「靴、ですか」
「店で見て良いと思ったんだが、俺よりもミスタの方が似合いそうだった。サイズも俺には2(1cm)足りなかったし、確かミスタは2違いだった筈だからな」
「良いですね」
 サイズと好みが合致すれば贈り物には最適だ。
 既にアバッキオが贈っているので今年は候補から外すとして。それに靴は服以上に正しいサイズがわからなくてはならないし、好みだって的確に当てられる気がしない。
 似合いそうな物を贈れば確かに喜んでもらえるだろう。自分ならばきっと嬉しい。しかし「何でも似合う」という贔屓目が有るし、そんな目を持っている事ばかりは誰にも――本人にだって――知られたくない。
「お前もしかして自分が1番高い物をやって気に入られようとか思っているのか?」
「一応学生なので土地より値が張る物は無理です」
「土地?」
「こっちの話です。高い物でも何でも、僕が気に入られるより本人が気に入る物を贈りたいというか……何が良いやら……」
「そんなに悩むなら本人に訊け。サプライズなんて喜ばれる確固たる自信が無いなら滑って終わる。お前のようなクソ生意気なだけのガキには未だ早いんだよ」
 驚かせるつもりは頭から無いが、驚きが有れば通常よりも喜びが倍増するのでは、という考えは確かに有った。
 悔しいが――否、悔しくも何とも無い。アバッキオの言う通りただ自分は喜ばせたいと言うしか出来ない未熟者だ。
「有難うございます、アバッキオ」
「礼を言われるような事は言ってねーぞ」
「じゃあミスタに似合いそうな靴をあげてくれて有難うございます」
「益々彼女面じゃあねーか」
 もしもアバッキオの事が嫌いだったら「似合わなければ捨てておきます」位言うのだが。
 今は揉めている場合ではない。
「無理難題が飛んでこないか不安だが、覚悟を決めるしかない」

 午後6時、事務所を中心とすると正反対の方向に住んでいるフーゴと「また明日」と別れた所で、ジョルノは遂にミスタと2人きりとなる。
 アバッキオとブチャラティはもう一仕事、ナランチャを運転手に出掛けていった。
 どの位時間が掛かるかわからないから明日の集合は遅くて良い、とブチャラティは言っていた。学校の授業を全て受けてから来るのは流石に遅過ぎるだろうか、と考えながら季節柄日の落ちた道を歩く。
 誕生日には何が欲しいか。今訊いてしまえば良いのだが。
 別にミスタが今日出先で有った事をべらべらと喋り続けているから切り出せないわけではない。
「昼寝が出来る仕事で良かったじゃあないですか」
 なんて皮肉めいた事を言いたいわけではないのに。
「眠たいのか?」
「そんなわけないでしょう。今何時だと思っているんですか。僕はそんなに子供じゃあない」
「はいはい、そーですか」
 返事の後に黙り込まれて初めて己の言い方に棘が有ったと反省した。
 機嫌を損ねたりはしていないし、寧ろ並んで歩ける時間を、下らない話を聞かされる平穏を楽しんでいる位なのだが。
 だが確かに話の中で欲しがっている物を察する事の出来ない自分の無能さには苛々している。
「……ミスタ、欲しい物は有りますか?」
「欲しい物? 何だよ、唐突に」
 1日中考えていたのはジョルノだけなので、ミスタには唐突に聞こえるかもしれない。
「僕は貴方の誕生日に何を用意すれば良いのかわからない」
 言ってしまった。隣を歩きながら、何を贈れば良いのか思い付けない自分を露呈してしまった。
 折角愛しい人がこの世に生を受けた日なのに。歩みこそ止めないがジョルノは肩を落とす。
「サプライズプレゼントとかは別に要らねーけど、お前は俺が欲しいのが何かわかってくれてねーのか」
「すみません」
「訊かなくてもわかりそうなもんなんだけどなァ、隠してねーし」
「皆に訊きましたが余計にわからなくなりましたよ」
 これが欲しい、というのは意外にも無かった。有ったら良いな、貰えたら嬉しいな、と思っていそうな話は聞いてきたが、ミスタが喉から手が出る程に欲している物の事は誰1人として話していない。
「皆って本当に皆か?」
「ナランチャにも訊きましたよ、これ以上たらい回しにしないで下さい」
 身長の違いで上目に顔を見ると「たらい回し?」と訊きたそうに眉を寄せていた。
 その下にある目がじっとこちらを見詰めている。歩幅の違いを補うように1人きりの時よりも遅いであろう速度で歩きながら。前を見ないで危なっかしい。当然それは自分にも言える。
 人通りも車通りも無いので深夜かと思う程に静かだった。2人きりで手を取り合って世界の果てを目指しているような錯覚が有った。
 ぴた、とミスタの足が止まる。ぎゅ、と手を掴まれる。錯覚ではなく本当に握られる。
 何が起きたのかよくわからないまま同じように足を止めたジョルノの前へ、ミスタの体が割り入ってきた。
「プレゼント、お前が欲しい」
 握ってくる手により力が込められ、反対の手が肩を掴み、妙に低く落とした声を吐いた口が近付き。
 ちゅ、と一瞬唇に重なる。
「……って何をするんですかっ! こんな道路の、誰に見られるかもわからない路上でッ!」
「おーおー、真っ赤になっちまって、可愛い」
「可愛くなんかないッ!」
 こうして大声を出す方が他人の目に付く、例えば窓から声のする外を見る可能性なんかが増す事はわかっている。ジョルノは大袈裟に手を振り解き、両手で自分の顔を隠した。
 嗚呼恥ずかしい、何て恥ずかしい奴だ。
 欲しいと言われてキスをされてこんなに舞い上がるだなんて!
「俺はこういう可愛い子が誕生日に欲しかったんで用意しておいてもらえませんかね」
 頭を鷲掴みにされた。と思うや否や、額に唇が触れる。
「……そんなもんで良いですか? 誕生日のプレゼント」
「『そんなもん』じゃあねーよ。俺が常に欲しいと思っている、世界で1番欲しいと思っているもんなんだから」
「じゃああげますよ」
 幸いにも他の誰とも被っていない。そして他の誰にも用意する事が出来ない。
「あげます、全部。惜しみ無く差し出せる。いや……もう既に貴方の物だ」
 顔を覆う手をミスタの肩へと伸ばし、ほんの少し背伸びをしてこちらからの口付けという、本来屋外でなら絶対に付属しないオプション付きで。


2017,12,03


わーいミスタお誕生日おめでとー!
しかしこれ誕生日の12月3日当日に上げてもらいましたが、数日前の話なんですよね。
ジョルノさんはじゃあ当日用意するんでってこのまま帰っちゃいそう。お持ち帰りされてやれよ。
<雪架>

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