ミスジョル 全年齢


  手と手、目と目


「ジョルノ、もう行けるか――」
 ドアを開けボスの執務室に入ってきたミスタの言葉は疑問系になる前に途切れた。
「おはようございます」
 夕食時を前にした時間帯の挨拶ではないがジョルノは今日初めてミスタと顔を合わせたので。
 しかし入り口前で立ち止まったミスタから挨拶は返ってこない。
「ミスタ? どうかしましたか?」
 本当はよくわかっている理由を敢えて尋ねる。
「……驚いた」
「何に?」
 わかっている。よくわかっている。だがその口から言わせたい。
「髪、染めたのか。いや切ったのか」
 その両方か、と動揺しきった様子で瞬きを繰り返しながら言った。
 椅子に座っているのはいつも通り金の髪を結んだ姿だと思い込んでいたのだろう。
 それがまさか真っ黒で癖の無い襟足だけをやや伸ばした短髪になっていたものだから、落ち着きを取り戻すべく深呼吸してみても可笑しくはない。
「この国の男に生まれたなら、髪型を変えた相手は取り敢えず誉めるのものだと思っていましたが」
「誉めるも何も、急に変え過ぎだろ。毎日のように一緒に居る俺だからこうして話してるが、そうじゃあない奴なら不法侵入者が居るって騒ぎ立ててるぜ」
「僕はそんなに変わりましたか?」わざとらしくすっとぼけて見せ「貴方と会う少し前までこの色でした」
「そうなのか?」
 じっと見詰めたまま歩み寄ってくる。
 これから共に夕食がてらみかじめ料の徴収に数軒回る予定なのだからミスタが室内に来る必要は無いのに。
 ジョルノは座ったまま「何か?」とミスタの顔を見返した。
 真っ黒な瞳に黒髪にした自分が映っている。
 色素の薄いこちらの目には中々誉め言葉を出さない部下の顔が映って見えるのだろう。
「……オリエンタルな容姿の方が好きなようなので僕も黒くしてみました」
「何だって?」
「昨日貴方をブランドショップのストリートで見ました」
 ミスタは昨日――前日夜通しで任務に就いていたので――休みを取っていた。今日と同じように夜間に営業するタイプの店を回る任務をこなした後だ。ここ最近はすっかりギャングらしく昼夜を逆転させている。
 何か有ればいつでも電話をしてこいと言ってくれた。
 ジョルノはミスタに少々特殊な感情を、簡単に言えば極端な好意を持っている。
 ミスタの方はどう思っているかよくわからない。ただ昨日は何も無かったので電話が出来なかった。
 声が聞きたいを理由に電話をし合う仲になれたら。そんな夢想を抱きながらの事務仕事の合間の息抜きに外に出て歩いた。1人で、ブランドショップの建ち並ぶ一角に有るアイスクリームショップまで。
 そこで見掛けた。絶対に見間違わない、高級店街にはそぐわないいつも通りの服やら帽子やらのミスタが。
「艶やかな黒髪のエキゾチックな女性と歩いている所を」
 ジョルノよりも小柄なので歩幅が狭く、歩くのも遅そうだった。なのにミスタは置いていく事無くエスコートするように寄り添い歩いていた。ジョルノに見られているとも知らずに。
 さぁ何と返すだろう。あれは遠い親戚なんだとか、ギャング稼業の関係者だとかの言葉が続きますようにと目を見詰め続ける。
「ああ、『ジュンコ』か」
 名前しか言わないので会話が止まる。
 恋人だとは言っていないのでセーフだと思いたい。思いたいからどういう関係なのかと訊けない。
「……変わった名前ですね」
 なんて感想しか出てこない。
「レディースブランドのような名前だ。コシノジュンコ、という日本人のデザイナーが居た気がする」
「そう、日本人」
「日本人と知り合えるなんてミスタは顔が広い。僕のボスの座も危ういです」
 どうやって知り合ったとか今の関係はどうなんだとか聞きたい事が有り過ぎて、どうでもよい事ばかり喋ってしまう。
「日本と言えば前にも話しましたが僕も小さい頃は日本に住んでいました」
「その頃はその位真っ黒い髪をしてたのか?」
 こちらが質問を受けてどうする。ジョルノは短く「はい」とだけ答えた。
「日本って小さい島国だからお前の住んでた所と近いかと思ったんだが、冬には凄い雪が積もるって話だからジュンコの住んでる所は日本の端で全然違いそうだった」
「僕が居た所も冬には雪が降った……かな、10年以上前の事だから覚えていませんが」
「あれ? 意外と近い所だった?」
「今度地名を聞いてみて下さい」
 近かろうと嬉しい事等1つも無いが。
「細かく聞いてみたいがもう会わねーからなあ」
「喧嘩でもしたんですか?」
「いやナンパした」
「ナンパ……?」
 恋人の居る身で他の女性に声を掛けたのだとしたら喧嘩を通り越し破局しそうなものだが。
 もしそうならその場面まで見たかった。黒く切り揃えた髪の女性に妬くのはジョルノの人生において無駄でしかない。
「日本人っぽいなと思って声掛けた。同い年位に見えたけど27で驚いたぜ、日本人って本当に若く見えるよなあ。それに噂通りガードが堅い。まあ『夜』まで遊ぶつもりは無かったけど。言い訳じゃあねーぞ」
 その一言の所為で完全に言い訳にしか聞こえないが笑いは堪える。
「結婚もしてるしな。旦那が仕事でジュンコを置いて2日も早く帰る事になったから、自分は1人で買い物三昧するってさ。あの辺りの店はぼったくりはしねーがイタリア語が覚束無い外人女1人は心配だから付き合ってみた。飛行機乗る前の電話で旦那に親切なネアポリスの人に会ったのよーとか話してるんだろうな。せめてとても格好良かったわー位言ってくれりゃあ良いんだが」
 やれやれと肩を落とす様子にジョルノは堪えた笑いとは違う種類の笑みが浮かびそうになるのを自覚した。
「ああいった店に入るには随分とフランクな格好だと思いましたが、そういう事でしたか」
「そう。で、お前はどういう事で髪を切ったって? 俺が日本人と話してるから黒くしたんだっけ?」
「まあそんな所です」
「俺の事が好きだから」
「貴方が黒髪を好きだから」
 ふんと鼻を鳴らす。
「俺いつからブルネットが好きになったんだ? ジュンコに声掛けたのは日本人だと思ったからだぜ」
「黒髪じゃあなくて日本人が好き?」
「そもそも、好きだからじゃあなくて日本の事を聞きたかったからって話だぜ。お前の生まれた国、俺行った事も無いし少しは知りたいってもんだ」
「僕の事が好きだから」
「まあそんな所」
「ミスタ、僕の事が好きなんですか?」
 言葉の綾だと言われるかと思ったが「おう」と肯定された。駆け引きでは負けないぞと意気込む相手にはストレートボールが有効だと投げられて初めて思い知った。
「……好きな相手が髪型を変えたのに気の利いた言葉は無いんですか?」
「お前俺が髪型変えても何も言った事無いだろ」
「帽子を外して見せてくれなくちゃあわかりません。それより、髪型変えたんですか? いつ?」
「変えてない」
 何だか振り回されている気がする。
 まして今好きな相手の髪型が変わったらという話をしていた。結局好きだと言ってしまっているような。
「そうだなあ、お前顔が良いから黒い髪も短いサラサラした髪も似合うと言えば似合う」
 ストレートからカーブまで幅広く投げられるタイプらしい。
「余り似合うと思っていないみたいですね」
 機嫌を損ねたくないから話題に出さないといった空気で充分不機嫌になった。
「若返って見える、けどお前子供扱いするなって言わない?」
「言います」
「日本人が若くっつーか幼く見えるの、髪が黒いからなのかもしれないな。っていうかお前、髪は真っ黒くしたのに眉は金のままなんだな? ブルネットが髪だけ脱色するのは見るが、根っからのブロンドが髪だけ黒くするとそうなるのか。面白いけど違和感凄いな。ただ見慣れないだけじゃあなく、正直昨日までの方が似合ってた」
 漸く聞けた世辞ではなく本音の「似合う」の言葉。
「切りたくて切った、染めたくて染めた髪について他人がどうこう言う事じゃあないが、俺の好みは長く伸ばしたキラッキラの金髪」
「なら良かった」
 ジョルノは自分の頭頂部をむんずと掴み、そのまま黒短髪のウィッグを外す。
「……え?」
 サラサラの人工毛ウィッグの下に現れたネットで押さえ付けられた「昨日まで」の金髪の登場にミスタは目を丸くした。
「眉を染めなくて」
 ネットも取り外してウィッグで蒸れていた髪の毛を片手でわしゃわしゃとほぐす。
 もし合わせて眉を黒くしていたら、ブルネットが脱色したような違和感の有る見た目になっていた。
「え、何、お前、その髪……あれ?」
「この長さでもネットに入れればちゃんとウィッグが被れるんです」
 そういう話ではない、という目で見られる。
 自分を映す黒い目を見返す。日本人が好きなら瞳の色もこの位のカラーコンタクトを用意しようと思っていたがその必要は無さそうだ。
 ありのままを愛してくれなんて事は言わない。相手の好みになろうと励む気持ちも好意の証の1つ。ただ今まで共に過ごした時間、ずっとミスタの好みであった事は嬉しい。
 髪ゴムを取り出し手早くみつあみにして結んだ所へ。
「似合ってる」
「何がですか?」
「その髪、お前に1番似合ってる。いや、その髪型が1番似合うのはお前だぜ」
 嗚呼、気分は最高だ。
「じゃあ行くか」
 ご満悦のまま取り掛かれば仕事も上手くいくだろう。背を向けたミスタを追い掛けるようにジョルノは立ち上がった。
 相変わらず歩幅が広く先に進んでしまうミスタがドアを出る前に振り向く。
「はい」
「はい?」
 聞き返しながらジョルノは差し出された左手を見た。
 何故忘れていたのだろう。歩く早さが違っても置いて行かれない、とてつもなく簡単な方法。手と手を繋ぐ事。
 ミスタの左手の平にジョルノは右手を重ね置く。
「あのウィッグどうすんだ?」
「燃えるゴミに出します」
「もう被んねーの?」
 廊下へ出て外へ出て、折角だから指も絡めてみて歩きながら。
「似合わないみたいなので」
「誰も似合わないなんて言ってねーだろ。可愛かった、その髪型の次に似合う。中学生しか入れない所行く時用に残しておこうぜ」
「どこですかそれ」
 無表情のまま呆れた口調で返す自分の手を引いてくれる。内心はとても嬉しい。デスクに置いてきたウィッグは捨てられないし、この髪型も変えられない。
 日が暮れ始めているのに屋外は温かい。手と手の触れ合う箇所に至っては熱い位だ。やはりこれが恋なのだろう。


2020,11,10


Kalafinaさんの楽曲を聞きながら書こうぜ企画的なアレです。
見た目ネタだから漫画で描くべきなのかもしれないけれど、モノローグだらけの漫画になりそうだしこれで良かった、筈。
長く多い髪でもウィッグは被れるけど、帽子が入らない程度に頭デカい人になります。
<雪架>

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