ミスジョル 全年齢


  私の名前で君を呼ぶ


 ミスタが足を運ぶバーとは違いもう少し高級な、酒を楽しめる大人の社交場といった雰囲気の店で麻薬の売買が行われていると聞いた時には不自然に思った。大はしゃぎする若者に紛れた方が『元』は気付かれにくい。
 だが金が無い若者に麻薬という高価な物は売れない。金が有り背伸びしたがる若者や、もう卒業した筈の刺激を求める大人を相手にした方が高値で売れる。
 単身乗り込み納得し、一応暴力に頼らず解決した。丸くかどうかは微妙な所だが収まった。
 ついでに店自体の無許可及び脱税の話が流れ、違法な事はお断りの客達――大半――が帰っていった。薄暗い店内の床を目に痛い色の照明がくるくると動き照らしている。
 残った数人の客と気まずそうにしているマスターと楽しく飲める気はしないが、この流れで代金は請求してこないだろう。そう踏んでビールを1杯注文した。
 グラスに口を付けた瞬間。
「ん?」
 入り口から制服に身を包んだ警察官が数人入ってくる。
 縁起の悪い事に4人だ。しかも全員がこちらに向かってきた。
 ミスタが腰掛けるバーカウンターの奥に居るマスターに用が有るのだろうと思いたかったのだが、何故かマスターの方を見ているのは1人しか居ない。他の3人は客を、しかも内1人はミスタと目を合わせている。
「君」
 やや背の低い警察官がミスタの顔をじっと見たまま声を掛けた。
「麻薬の売買に関わっていないだろうな?」
 げ、誰か通報しやがったな!?
 顔に出してしまった。気付いて警察官は表情を険しくする。
「違っ、俺は何もやってねぇって!」
 寧ろ収めてやった側だ。これから先この店では取引も使用も行えない。但し隣の店は知った事ではない。
「持ち物の確認をさせてもらおうか」
「はあ!?」
「簡単なボディチェックだけだよ、やましい事は無いんだろう?」
 ただの客に何で! っつーか俺未だ飲んでないから客にもなれてねぇッ!
「麻薬なんて持ってねぇって!」
 しかし拳銃は持っている。予備の銃弾も。
 麻薬ならば小麦粉ですと言い張って時間を稼げるが拳銃となるとそうもいかない。今日は未だ1発も撃っていないのに違法に携帯しているからと刑務所送りにされてしまう。
 ……撃ち殺すか?
 それは1番の悪手だろう。目の前の警察官を殺せば口封じに残りの3人も殺す必要が出てくる。ミスタは必死に一仕事終えて疲れた頭を回転させた。
 この際麻薬・拳銃の所持より軽い罪で留置所に行き、身元引受人にジョルノ辺りをご指名して帰らせてもらおう。
 何故ジョルノの名前が浮かんだのだろう。いつも共に、1番近くに居るからだろうか。
「麻薬だと知らないで買ってしまった、なんて言い訳をするつもりじゃあないだろうね?」
「えっと……俺実は15で」
「15?」
「年が」
 厳しい嘘を吐いてみる。
「一応酒が駄目な年なのに、お巡りさんに見付かっちまったなあって。えー俺逮捕されちまうのかなあー」
「この店にはよく飲みに来るのか?」
「初めて、マジで初めて」
 事実も混ぜてみる。
「酒飲みに来るのが初めてなんだよ。だから万が一ガッコーのセンセーとかが来ないようにちょっと離れた店に飛び込んでみたのに、いやあツイてねぇなあー! 麻薬がどうとか話しながら出てく奴が居たから疑うべきだったぜ」
 余りベラベラと喋ると嘘だと見抜かれるかもしれない、と気付いてそれ以上喋るのは止めた。
 3歳もサバを読むのは無理の有る容姿に警察官はジト目を向けてくる。
「まあ本当に初犯なら学校にも言わないでおくけどね」
「ありがとーございまーす」
「親御さんに確認はするけどね」
「え、あ、親? 親はちょっと、不味いんじゃあないか?」
「君は親御さんに怒られたくないかもしれんが、迎えに来てもらわなくちゃあならないからね」
「あの俺アレなんだよ、ネアポリスの出身じゃあない。寮に入ってて親はうんと田舎。こっちで保護者やってくれてる奴が居るから身元引受人はそっち呼んでくれ」
「ふぅん。君、IDも学生証も持ってないよね。名前は?」
 背が低いので見上げてくる警察官にミスタは無駄に胸を張った。
「俺の名前はジョルノ・ジョバァーナだ。略してジョジョ、なんてな」

 すぐに呼び出せるようにジョルノの携帯電話の番号は『G』だけで登録していた。なのでもし警察官に手渡す事になっても誤魔化せる。
 実際は警察官の目の前で自分の携帯電話で掛ける事になったので細工の必要は無かった。
 留置所の応接室のようにしっかりとした部屋で椅子に腰掛ける警察官を前に立ったままジョルノへ発信する。
[はい、どうしました? 任務終了の報告ですか?]
「よお『ミスタ』」
[は?]
 警察官達にはミスタの声しか聞こえていない。聞かれても良い言葉だけで如何に説明するか。中々に難易度は高いがジョルノは賢いので何とかなるだろう。多分。
[何を言っているんですか?]
「俺だよ俺、15歳学生の『ジョルノ』だぜ」
[……貴方がジョルノ? そして僕が]
「グイード・ミスタ、だろ?」
[そうですね……ジョルノ、今誰かと一緒で、この電話は聞かれていますか?]
「目の前に警官が居て緊張してるんだ。取り敢えず急いでいるから手短に話すぜ。いやあ15歳なのに店で酒を飲もうとしたから捕まっちまった。それ以外に悪い事はなぁんにもしてないから身元引受人が来てくれるだけで出られる。迎えに来てくれ」
[成る程、任務先に警察官が来たので僕のフリをして未成年飲酒の要注意だけで済ませようとしたけれど留置所まで連行された、と]
「お前天才か?」
[僕が行って18歳に見えて貴方を連れ帰れるんでしょうか。まあ貴方が15歳を自称して通ったんだから何とかなるか。場所は? 今すぐ行きます]
「恩に切る」
[高い貸しを作れて僕も嬉しいです]
「怖ッ……まあいい、頼むぜ」
 留置所名と簡単な住所を――目の前の警察官から聞いて――伝えて電話を切った。
 ジョルノが機転を利かせてくれたお陰で警察官は騙されたまま。
 通話を終えた電話を没収された。電話番号を覚えていれば留置所の電話を使い電話代の節約になったのだが。財布は先に渡してある。
 他には何も持っていませんといった顔をしてブーツの中に拳銃を隠し持ったまま檻の中へと通された。

 指示に従いミスタが大人しく入った大きな居房――部屋の中にわざわざ鉄格子が設けられている――の中に先客は2人。どちらも10代後半の茶髪の男で、何も無い空間なので床に座り込んでいる。
 1人は短いながらも癖毛、もう1人は綺麗に撫で付けていた。
 果たして2人は一体どんな『迎えが来たらすぐに出られる程度の罪』を犯したのだろう。小一時間も共に過ごすわけではない筈だがミスタは「よう」と声を掛けてみる。
「アンタ、どこかで会った事有るか? 名前は? 何をやったんだ?」
 癖毛の方が爽やかな声音で、しかし挨拶の返事も無しに尋ねてきた。
 未成年飲酒で収容されたと話さない方が良いだろう。未成年だと言えば嘗め腐られ、未成年を偽っていると言えば看守を呼ばれる。
「俺は……ジョルノ・ジョバァーナ。酒の席でちょっとやらかしちまって」
 名前は嘘だがここに放り込まれた理由は一応嘘ではない。
 しかしジョルノの名を騙るのはどうにも気恥ずかしい。ミスタは帽子の角度を直してみた。
「酒の席か。俺達と同じだな」
 もう片方はナルシストを思わせる、芝居掛かった口調をしている。
「俺達? お前らは2人で何かやってここに入れられた?」
「コイツがいつものように要らねぇ事を言って言い争いになって、俺が相手を殴って喧嘩になった」
 癖毛の方が床を指でとんとんと叩き座るよう合図してきた。
「お前ら友達なのか」
「そんなんじゃあない。クラスが同じだけだ」
「コイツみたいにすぐ余計な事言う奴と友達なんて無理な話だぜ」
「俺も暴力に走る男が友達というのはゴメンだ」
 如何にも若者らしい仲のようで微笑ましい。ミスタも床に片膝を立てて座り目線を合わせる。
「ジョルノ、だったな。お前もすぐに出られるのか?」
 値踏みするような問い方は癖なのだろう。
「迎えが来たらすぐな。そっちも?」
「コイツは金持ちだから親がたんまり金を積んで出してくれるんだよ」
 それで妙に自信過剰な雰囲気を醸し出しているのか。
「……なのにバーかクラブか何かで友達が殴っちまう程の言い争い? 金持ちってのは余裕が有るもんだと思ってたぜ。いや金持ちだからこそ拘りが有る?」
「そんな所だ。で、お前は酒の席で何をした?」
「あー俺は言い争いの内容の方が気になるなあ、だって友達が殴るんだぜ? お宅が喧嘩っ早いだけ?」
「それも有るけどコイツがゲイで」
「えっ!?」
「安心しろ、お前に興味は無い。タイプじゃあない、迫られても断る、お前は無理だ」
 何もそこまで言わなくても。
「この喧嘩っ早いクラスメイトもそういう対象じゃあない。第一俺はゲイじゃあない。ただ顔の良さが第一なだけだ。お前ら男はブスでも女を好むが、俺はブスに手を出す位なら綺麗な男と夜を過ごす」
 といった事を飲み屋で綺麗ではない男に言って口論となり、爽やか癖毛青年が物理的な意味で手を出して止める事になったのか。
「ジョルノ、お前も見た目は悪くない。俺の好みじゃあないだけで」
「どうも」
「それにどこかで見た事有るよな?」その爽やか好青年が首を傾げ「どこだったかなあ? その真っ黒な目、見た気がするんだけどなあ」
「俺は全然記憶に無いぜ」
「ジョルノって名前なんだから生粋のイタリア人だろ? 学校もネアポリスか?」
「あー……何て言ったら良いかなあ。学校はずっとネアポリスだろうけど、確か母親が日本人だから生まれたのは日本だって言っていたんだが」
 それで『ジョルノ』と名乗っているが本来は違う日本人名だと聞いた。
「ジョルノ、他人事のように話すんだな」
「もしかして養子か?」
「それで酒浸りに? 迎えに来るのは誰だ?」
「お前の今の親が来るのか? それとも――」
 どんどん大事(おおごと)になってきて口が挟めず参っていると檻の外の、廊下に繋がるドアが開く。
 警察官に『案内』されて1人の少年が入ってきた。
「『ジョルノ』、迎えに来ました」
 ジョルノ本人だ。居房にそこそこ馴染んでいるミスタを見て呆れたように肩を落とす。
「悪いな」
 警察官が鍵を開けたのでミスタは立ち上がった。
 それにしても鉄製の檻は物々しい。酒場で小さな喧嘩をしただけでここに押し込むのはやり過ぎではないか。まして自分は15歳なのに酒を飲んだ、というだけの理由でここに居る。
「彼が、ジョルノの保護者? 随分若いな。どういう関係か聞いて大丈夫?」
「聞かないでくれると助かる」
 癖毛の青年と呑気に話す様子を見て安心したのか警察官はジョルノに何か――すぐ帰れ、といった類の言葉――を話し部屋から出ていった。
 一応部屋の中・檻の外に監視カメラは有るみたいだが、刑務所でも拘置所でもなく留置所だが、それでもこんなに適当で良いのだろうか。
「言えない関係か」
 金持ち息子が立ち上がり、ミスタの前に割って入る。
「面白いな」
 ニヤついた顔で顎を持ち上げられてもジョルノは表情を変えなかった。
「華やかな金髪だし、実に綺麗な目の色だ。お前の顔はいつまでも見ていられる」
 ジョルノの視線がちらとミスタの方を向く。
 何とかして下さい。
 無理。
 目でやり取りをした後にジョルノは若干の苛立ちを含んだ声で先のミスタのように「どうも」と返した。
 美人が好きだからお前は違うと断言されるのは不愉快だったが、気に入られる顔をしていてもそれはそれで厄介な事になるようだ。
「俺もすぐにここを出る。ジョルノの出所祝いに1杯奢ろう。名前は?」
「ジョルノ・ジョバァーナです」
「そうじゃあない、お前の名前だ」
「ああ……『グイード・ミスタ』です」
 物凄い違和感が有った。ジョルノが自分の名前を名乗っている。
 だが悪い気はしない。
 ぐっと距離が近付いた気がする。ファスートネームまで同じなのは流石に可笑しいが、ファミリーネームが同じなのはギャングらしくファミリーになったから、と考えれば納得も出来そうだ。
「え、グイード・ミスタ? お前が、あの?」
「知り合いか?」
 友人の問いに癖毛の青年そうではないと首を横に振った。
「ギャングを3人か4人撃ち殺して逮捕された奴の名前だよ、新聞にも載ったらしい。俺が前に捕まった時、入れ替わりで出て行ったから顔を見た事が有るんだ」
 こんな奴居たか?
 ミスタはそう話す男の顔をまじまじと眺めたが記憶に無い。
 顔を見た事が有る、という事は話をしたわけでもないしこちらの認識外の邂逅か。
「そんな派手な金髪じゃあなかった筈だぜ。帽子を被っていたんだったかな。それに何より、目が真っ黒で何人も殺しましたーって感じだった。ジョルノみたいな……」
 ミスタの顔を見て言葉を途切れさせる。
「……お前、ジョルノだよな? お前が――」
「さァー『ミスタ』帰るぞー迎えに来てくれた礼にデカいアイス買ってやるからなー」
 遮ってジョルノの肩に腕を掛け、半ば引っ張る形で居房から出た。
 廊下で中々戻らないから不安になったかただの散歩かわからないが警察官と擦れ違ったのでジョルノの肩に乗せた方ではない手をヒラヒラと振って進む。
「いやー参ったぜ、俺って結構有名人なんだな。あいつらが他人の空似と同姓同名だと思ってる事を祈る」
「寧ろ警察官に貴方の顔や名前を覚えていなくて良かった位だ」
「確かに」
 総合すれば運が良い、という事にしておこう。

 ジョルノが停めたタクシーに乗り込む。
「車で来なかったのか」
「貴方の名前を名乗っているのに免許証を持ち歩いて、誰かに見られたらどうするんですか」
「それもそうだな。あれ、お前免許持ってたっけ?」
「いいえ」
 無免許で留置所に行って代わりに収監されては本末転倒だ。取り敢えず運転手が乗客の話に興味が無いようにと祈っておいた。
「単なる偽名ではなく知人の、それも仲間の名前を名乗るのは初めてです。まして本人の前で……何だか気恥ずかしい感じがしました」
 本人の前でなくてもむず痒くなった。よく知る誰かを名乗り、その名前で呼ばれるのは不慣れも有るが兎に角落ち着かない。
「最初に貴方が、僕以外の人間が僕を騙った時には面白くありませんでした。ミスタだから許しますが、他の人には絶対にされたくない」
「もうしねー。だからお前も捕まった時に俺の名前は使うなよ」
 前科の有る成人となれば刑期が延びるばかり。
 そうだ、同じギャングであっても自分達は罪の重さが違う。今までしてきた事も、これから先同じ事をしても違う。
「グイード・ミスタ、か……貴方のファーストネームを呼ぶのも初めてだ」
「そういやそうだな」
 気分が悪くなかったのはこれか。名前を使われた事ではなく、ジョルノにファーストネームを呼ばれる事か。
「俺もジョバァーナっつーファミリーネーム呼ぶのは初めてだった。あ、そうだお前、名前何て言うんだ?」
「ジョルノ・ジョバァーナですが」
 思い切り眉間に皺を作られた。
「知ってる知ってる。そうじゃあなくって、本当の名前」
「ああ、外国人名なので大抵の登録は今の名前でしています。この名前、気に入っているんです」
 本当の名前を気に入らない、呼ばれたくないのならもう話題にする事は無いだろう。だが今、唯一の機会である今だけは教えてもらいたい。
 名前なんて誰かを呼びやすくするだけの記号、固執する必要なんて無いのに何故か気になる。
「汐華初流乃」
「……ん?」
「生まれた国に母が出した出生届にはそう書かれています」
「ジョバァーナ、ア、ル……?」
「発音しにくい名前なんです」
 確かに否定出来ない。発音も出来ない。
「名前なんて呼びやすくするだけの記号、『本当の名前』に固執していません」
「まあお前はそうだろうよ」
 俺もそうだ。
「いや、気に入っていて呼ばれ慣れている名前で呼ばれる方に固執しているのかもしれない。貴方に『ジョルノ』という名前を呼ばれるのは悪く有りません」
「そうか……ああそうだ、俺しっかり任務は終えておいたんだぜ、ジョルノ」
「お疲れ様です」
 この遅い時間でも営業していれば店長の名前の付いた店で生産者の名前の付いたワインを開けて祝おうか。


2021,05,03


余りリアルに描写すると捕まった過去でも有るのかと思われそう…無いです。イタリアは勿論日本でも無いです。
というかこれはイタリアじゃないな。アメリカ+イギリス÷2だな。
<雪架>

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