フーナラ 全年齢


  Nastytaste Birthday


「ブチャラティと一緒に仕事、初めてだ!」
 元より大きな目をキラキラと音がしそうな程に輝かせて。もしもナランチャ・ギルガが子犬ならその尻尾ははち切れんばかりだろう。
 年上と知った時は驚いた。どう見ても下にしか、子供にしか見えない。容姿だけではなく言動の端々も。
 組織に入る際に身に付けたスタンド能力は凶悪だが、ギャング組織ではマウントを取る事の出来ない見た目。
 ヒーローと崇めるブローノ・ブチャラティに認められたい気持ちはとても強いのに、外仕事が回ってこない己は「役に立たない」と評価されていると感じているようだったので、今日はついてこいと言われただけでこの喜びようは理解出来る。
 ただ少し、面白くはない。
「もしも俺を名指しで呼び出す電話が有ったら明日の昼前に向かいのレストランに行くように言ってくれ。今日は何時に終わるかわからない」
「そんなに遅くまで掛かりそうなんですか?」
 なのに初仕事とも言えるナランチャを連れて行く気なのか?
 そういった意図をブチャラティはしっかりと捉えて「そうだ」とだけ答えた。
「フーゴ、お前の仕事は留守番だ。悪いが俺達が帰ってくるまではここに居てくれ」
 それは構わない。ここに泊まり込む事になっても問題は無い。帰る先は所詮組織名義の一人暮らしのアパートだ。
 気になるのはそんな遅い時間までナランチャを連れ回す事のみ。
 未成年だから。子供に見えるから。素早さは有るが体力や腕力は不安だから。知力なんて――これは言ってはならないから別として。
「ナランチャ」
「ん? 何?」
 浮かれた調子のままパンナコッタ・フーゴへ振り向く。
「……気を付けて。行ってらっしゃい」
「おうっ! 行ってくる!」
 歯が見える程の笑顔。この笑顔が眩しいナランチャと、この笑顔を引き出せるブチャラティが何時間も共に居る事が、フーゴにとっての『不安』の要素。
「ナランチャ、車を出しておいてもらえるか」
「わかった」
 装飾品を付けていない車のキーがブチャラティの手からナランチャの両手へ落とされた。
「出来るな?」
 運転免許証は持っていない。取得する必要は無い。車を買う必要だって。
「うん。先に行ってる」
 貸しビルの1室であるこの事務所――アジト――の扉を開けて元気良く飛び出していった。階段を踏み外したりしなければ良いが。
「フーゴ」やや声量を落とした声で「今日はナランチャの誕生日らしい」
「はい……え? 誕生日? 前に僕には獅子座だと言っていましたが」
 だとすれば7月の下旬から8月の中旬辺りに生まれている筈。夏の似合うナランチャだがそれを理由に生まれた日を偽るとは思えない。
「星座をよくわかっていないようだ。余り誕生日という物に執着が無いらしい。恐らく『今日』自分が誕生日であるという自覚も無い」
「今日が誕生日だ、と言い回りそうに見えますがね」
「誰にも祝われてこなかったんだろう」
 返す言葉が無いフーゴに、ブチャラティは穏やかな笑みを向ける。
「だからフーゴ、お前が祝ってくれ」
「はい」
「トルタを用意して」
「はい……え? トルタを、用意して?」
 トルタ――パイ生地の名だが所謂ホール状の『ケーキ』の総称――を買ってこい、なら未だ理解は出来る。何時に戻るかわからないが、ナランチャが喜びそうな物を見繕ってくれば良い。
 だが用意しろと言う事はよもや。
「材料は冷蔵庫に入っている。恐らく足りないという事は無い筈だ。この事務所のキッチンはそれ程狭くないからトルタを作る位は出来るだろう。オーブンレンジも有る。誕生日祝いのデカくて、ナランチャが「こんなの食った事が無い」と喜ぶような物を作るんだ」
 最近幾つか調理器具を揃えているようだったが、まさかこの為に――と尋ねるよりも先に「じゃあ行ってくる」とブチャラティも事務所の外へと行ってしまった。
 ナランチャとは違いきちんと扉を閉め、中にフーゴが居るのに鍵まで掛けて。
 材料と器具は有る。時間に至ってはたっぷりと有る。しかしフーゴは知識も経験も持ち合わせていない。
 誕生日用で見栄えするケーキを買う程の金も丁度無い。数日前から報酬の少ない仕事ばかり宛がわれている理由はこれなのではと疑う程に。
「どうする」
 誰も居ない空間でぽつりと呟く。
 どうもこうも無い。組織に忠誠を誓ったのだからリーダーの命令は絶対だし、今日誕生日の人間を祝う術も他に無い。
 幸いにもケーキなら食べた事は有る。逆に言えば食べた事しか無いのだが。
「味見しながら……何とかなるだろうか」
 気は重い。

 ケーキは簡単に言ってしまえばクリームとフルーツを食べられる器に入れた物。最初に作るべきは器と呼ぶべき生地の部分。
 材料は恐らく小麦粉。バターと卵を混ぜて『生地』になるように泡立て器で混ぜる。
 土台自体には3つの素材は持たない甘味が有った。
「……砂糖、で良いのか?」
 塩と間違えないように――今日誕生日の人間が過去に間違って以来――黒砂糖を置いているのでそれを入れてみると途端に見た目が酷くなる。
 しかし過去食べてきたケーキの生地はこんな色をしていた気もする。焼いたからだと踏んでいたが、最初からこういった色だったのかもしれない。
 そう信じてひたすらに掻き混ぜる。カチャカチャという音が苛々してくるし、早々に腕も疲れてきた。
 テレビショッピング等でやっているミキサー、自動の泡立て器が必要なのではないか。色々と調理器具を揃えてあるとはいえ流石にハンドミキサーは無い。
 混ぜ終わればすぐに焼くのではなく確か冷蔵庫に寝かせるという工程が有る筈だ。何の意味が有るのかはわからないが。
「冷蔵庫に、本当に果物が沢山入っていたな……」
 ナランチャは果物を好んで食べているようだし、プレゼントだと言ってそのまま渡した方が喜ばれそうな気がする。

 取り敢えず生地のようになったので冷蔵庫に入れて、次は器の中身のクリームを作る番だ。
 器が多少可笑しくても中に入っている物が美味しければ良いだろう。言うならばこのカスタードクリームこそが主役。
 牛乳と卵を混ぜて、小麦粉に甘味の為に砂糖を。同じように泡立て器で混ぜていると流石に右腕が痺れてきた。
 ましてやカスタードクリームなのにだまになっている。
「混ぜ方の問題か分量の問題か、入れる物自体が……そもそも先刻と同じ物を入れていないか?」
 だが最後に食べたケーキの味はこれらの物で出来ている筈だ。そうであってもらいたい。1人きりなので当然誰も答えない。
 思い返すと最後に食べたケーキの『形』はケーキ型に入れて作られていた。そんな物有る筈が無いし、念の為あちこち――一人暮らし用のサイズしか無い食器棚の中までも――調べてみたが無かった。
「生地を焼かなくちゃあならない筈だが……仕方無い、耐熱皿に入れよう」
 幸いにも食器棚にはかなり大きな皿が入っていた。丸くてガラス製らしく透明で、ここにケーキが入っているとなれば見た目は実に良いだろう。
 問題が有るとすればこれが耐熱か否かがわからない事だ。焼けて溶けてしまわないように祈りながら、冷蔵庫から取り出した生地を伸ばしてその皿に塗り付ける。
「何だか知っているトルタ作りと違う気がする。何と言うか……贈る相手のように大雑把な気が……はぁ……」
 独り言も溜め息に変わって消えた。

 焼き上がるまでの間に果物の用意をしなくては。外に目を向けるとやや日が傾き始めた証に、空の色に朱が混ざっている。
 早過ぎるが念の為、包丁を使うので電気を付けた。
 イチゴ、オレンジ、バナナ、キウイフルーツ、チェリー、ブルーベリー。レモンも有ったがこれは入れない方が良いだろう。
「全部で幾らしたんだろうか」
 果物なので新鮮さが命。どれも昨日かもしくは今朝買ってきたばかりの瑞々しさが有る。
 それだけブチャラティはナランチャの事を考えている。憧れられるのも至極当然だ。
 ブチャラティ自身が作れば良いのにと思ったが、ナランチャとしては誕生日に一緒に行動出来る方が嬉しいだろう。出掛けあんなに喜んでいた。
「羨ましいな」
 1人きりだから好き放題独り言が漏れる。
「でもわかる気もする。ブチャラティは確かに格好良い」
 ナランチャを拾いあげたのと同様に、フーゴもまたブチャラティに拾われていた。
 どうしようもない自分が、どうしようもなくなった時の事。今ここにフーゴが健やかに居るのは、誰が何と言おうとブチャラティのお陰。
 ギャングになって良かったと言えば世間に嘲笑われそうだが、それでもなって良かったとしみじみ思う。
「仕事が菓子作りなんて、それこそ笑われそうだ」
 苦笑を剥がし、刃物を使うので集中する。表情も真剣になった。
 イチゴはヘタを取って――小さいから面倒臭い――半分に。
 オレンジは皮を更に洗って輪切りに。 キウイフルーツは半分に切り、皮から繰り抜いてから輪切りに。
 バナナは皮を剥き輪切りに――するつもりだったが太くなったので更に小さく切っておく。
 チェリーはヘタを引き抜くだけで良いだろうし、ブルーベリーも切る必要は無い。
 この想いもきっと伝える必要なんてどこにも無い。
「……何をやっているんだろうな、僕は」
 今頃ブチャラティと何を話しているのだろう。或いは真面目に仕事をしているかもしれない。ブチャラティとナランチャで2人きりになっていたりするのだろうか。
 誕生日なら休ませてやればと思いはしたが、きっと好きな人と2人で居られる仕事の方が嬉しいだろう。自分だってそうだ。
 2人にしてやるなんて何て優しい奴なんだ自分は。
 自分の発案でもないケーキ作りが、不得手を通り越して初めてする事なのに何だか楽しくなってきた。自棄になってそう思って口元にも笑みを乗せていた。
 否、きっと違う。
「好きなんだ」
 ケーキ作りが楽しくなる位に、生まれを祝えるだけでも嬉しい程に、彼の事が。

「……う」
 フーゴが目を開けると外はもう真っ暗で、掛け時計に目を向ければもう夕食時を迎えていた。
 全ての行程を終えた――完成したとは言い難い――ケーキを冷蔵庫に入れ、妙に疲れたのでコーヒーでも沸かして飲もうと椅子に座った所まではしっかりと覚えている。
「寝てしまったか」
 ケーキ作りとはこんなにも疲れるのか。パティシエを目指す人々の気が知れない。
 いや、遣り甲斐が有るのか?
――カチャカチャ
 出入口から解錠する音。2人が丁度帰ってきた。
 駆け寄り鍵を開けようと思ったが既に開いていたので、フーゴはドアだけでもと開けた。
「お帰りなさい」
「ただいま。何事も無かったか?」
「フーゴ、ただいま! 見てくれ!」
 ブチャラティに返事をするより先に、ずいと目の前を塞がれる。
 近過ぎて見えないので1歩後ろに下がると、ナランチャが差し出していたのは小さな箱に入った小さな花だった。
「ブチャラティが誕生日にって買ってくれたんだ! ブリザードフラワーっていう、枯れない花なんだって」
「プリザーブドフラワー。枯れはしないが2年弱で色褪せはする。生花の加工品だからな」
 随分と小洒落た贈り物だ。
「あのさフーゴ、オレ今日誕生日だった」
「そうみたいですね」
「フーゴの誕生日にはオレがブリザードフラワー買うからな!」
 話が繋がっていない。
 ブチャラティは横をすり抜けるように奥へ、キッチンの方へ向かって行く。
「フーゴ」
「はい」
 手招かれたので小走りにフーゴもそちらへ。
 調理後の匂いは有るかもしれないが、シンクの中に至るまで一応片付けはしてある。呼び声にも咎める空気は無さそうだったが。
「出来ているみたいだな」
「一応」
「お前から渡してやれ」
「……はい」
 冷蔵庫を開けると同時にブチャラティが「ナランチャ」と呼んだ。
 貰い物の箱に入った花を事務仕事が出来る――が、やや散らかっている――机の上に1度置いて、ナランチャが駆け寄ってくる。
「フーゴからも誕生日プレゼントが有るそうだ」
「えっ!? 本当ッ!?」
「ブチャラティが今日君の誕生日だと、だから……用意するようにと……」
「言い訳は後にしろ」
 早く喜ばせてやれと急かされているようで気恥ずかしい。それにこの出来映えでは幻滅されるのではないか。
 不安を抱えたままだが、フーゴは冷蔵庫から『それ』を取り出した。
 型代わりの皿から外したら割れてしまいそうで、結局皿ごと渡す事にしたそれは――
「『誕生日ケーキ』だッ!」
 ナランチャは仕込まれていたのかと思う程見事にわかりやすく目を輝かせる。
「それ、フーゴが作ったのか!?」
「まあ一応……」
「すっげー! トルタも作れるんだ!」
「いや……初めて作ったし、その……材料はブチャラティが揃えてくれていたから。それに作るように言ったのだってブチャラティだ」
 だから礼を言うならブチャラティに。
 そう言うつもりで彼の目を見ると。
「帰ってくるまでにきちんと作り上げておいてくれた。フーゴに礼を言わなくちゃあな」
「うんっ! フーゴ、有難う」
 生地の上にさらっとだけカスタードを塗りオレンジを敷き詰めて。
 その上にカスタードクリーム、その上にバナナとキウイとチェリー、その上にまたカスタードクリーム。
 切る前から見えているのは上に飾られたイチゴとブルーベリーだけなので、一見するとベリータルトのようだった。
 素人の手作りなので生地はガタついているしクリームも綺麗とは言い難い。代わりにフルーツの切り方には生真面目さが滲み出ている。
 出来上がった菓子には作った者の人間性が表れるのかもしれない。
「誕生日ケーキ、初めてだ。ちっちゃい頃は貰ったかもしんねーけど、でも……デカくて美味そうで、フーゴが作ってくれて、オレ……オレ、ここに来られて良かった。あと今日が誕生日で良かった」
「そこまで喜んでもらえるなんて……その、味の保証は無いけれど」
「オレ、世界で1番フーゴが好きだ」
「え」
「有難う! なあ、早く食べよう、皆で!」
 食べられない器である皿を掴まれて奪い取られる。
 キッチン近くのダイニングにするにはやや手狭なテーブルにそれをどんと置いた。
 何と言えば良いのかわからず助けを求めてブチャラティを見たが、彼はフーゴの視線に気付いているのか否か食器棚から皿を取り出している。
 嗚呼どうしよう、一口食べてその不味さに『世界で1番』から転落するより先に、飲んで流し込めるようにコーヒーの準備をしようか。


2018,05,20


わーいナランチャお誕生日おめでとー!
お菓子作りをなさる方はお気付きかもしれませんが、分量(と焼き時間)を全く書いていません。タイトル通りの大失敗です。
フーゴは勿論ブチャラティもケーキなんぞ作った事無いから逆に何とかなるだろうと考えていたんでしょうね。なんねぇよ。
<雪架>

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