ミスジョル フーナラ アバブチャ 全年齢


  NotSleepOver


 ピンポン、とチャイムの音が夜空の下に響いた。草木も眠る丑三つ時には未だ早いが辺りに音は無い。
 やや間を置いて――こんな時間の来客を訝しく思うのは当たり前だ、寝ている所を起こしたのかもしれない――インターホンを通してブローノ・ブチャラティの「はい」という声がした。
「俺だよ、俺」
[ミスタ? 今開ける]
 カメラ付きのインターホンなら開けずとも誰かも用件もわかるのに。
 そう思うグイード・ミスタの自宅には応答すら出来ないただ音を鳴らすだけのインターホンしか付いていないし、アポの無い訪問は全て無視している。
「こんな時間にどうした?」
 ガチャ、とドアを開けたブチャラティの顔の前に、ミスタは手土産のボトルを突き付けた。
「飲み明かそうぜ!」
「モエ・エ・シャンドンのブリュット(白)か……何か祝い事でも有ったのか?」
「別にそういうわけじゃあねーんだけど、まあ飲もうぜ」
 それなりのに奮発して買ってきたシャンパンに深い意味は無い。
 強いて言うなら「これだけの品を出せば断られまい」と踏んだのは有る。
「入れ」
 体を横に避け促された。
 遠慮無く足を踏み入れる。ブチャラティの部屋に入るのは初めてではないが久し振りで、彼の家特有の『匂い』が心地好い範囲で感じられる。
 部屋自体は掃除された後らしく清潔だが、ダイニングテーブルには2つグラスが置かれていた。
「あれ、もしかしてアバッキオ来てた?」
「いいや、アバッキオは来ていない」そのグラスをキッチンシンクへ運びながら「何故、アバッキオの名が?」
「お前ら『恋人同士』だろ」
 綺麗に切り揃えられた髪が特徴的な背はどんな反応を見せるかと思いきや。
「そうだが今日は来ていない」
 何ともあっさりとした返答をぶつけられる。
 これがレオーネ・アバッキオ本人ならばもう少し面白い反応が見られるだろうに。後はパンナコッタ・フーゴ辺りなら更にからかい甲斐が有るだろう。
「つまみの類いは無いからな」
 言ってブチャラティは下げた物と似たようなシャンパングラスを2つ、ソファに向かうローテーブルへ並べる。
 先程は食事、今からは飲みというわけか。
 顎で促されたのでソファに腰掛ける。2人用とはいえここに男同士が並んで座るのは、と思っているとブチャラティはダイニングチェアーを1つ――2つを向かい合わせておいてあるのは恋人がいつ来ても良いように、なのだろうか――ローテーブルの向かいに置きそこに座った。
 高さの問題で見下されている感が有るがよく考えれば、考えなくてもブチャラティは年上の上司なので何ら可笑しい事は無い。
「開けるぜ」
 ミスタの「おう」の返事と共にブチャラティがコルクのワイヤーを外す。
 冷蔵で陳列されていた物を買ったがここまで袋にすら入れず持ち歩いたので温くなっているだろう。
 開けると同時に泡が噴き出てしまうのでは――と心配しているのはミスタだけらしく、ブチャラティは右手でボトルをゆっくりと回してガスを抜いてから開栓した。
 座ったままのブチャラティの手によって、シャンパングラスへ透明に泡立つ液体が2度に分けて注がれる。
 決して美味そうな匂いがするというわけではない。思えば特別シャンパンが好きなわけでもない。
「先ずは乾杯」
 ボトルを置いたブチャラティが何にとは言わずに座ったまま、屈まんばかりに背を丸めてグラスを手に取った。
「はい乾杯」
 持ち込んだ張本人のミスタもグラスを取り、本来の作法ではないと知りながらグラスへぶつける。
 カランと涼しげな音がした。もう少し強くぶつけていたら割れたかもしれない程薄い、それだけ高価なシャンパングラスに口を付けた。
 まあこんなもんか。
 アルコールの香りだけが鼻を抜けたのでフルーティを謳い文句にするのは間違いではないかと一瞬思った。しかし味は辛口とされているがきちんと果実味を感じさせる。程好い炭酸とまろやかな後味が相俟って喉を鳴らすように飲める。
 ミスタは中程まで減らしたグラスを置いてソファの中央に座り直した。
 もし隣に座るのならと左端に寄っていた。それだけではなく、右の肘掛けにタオルケットのような物が畳まれ置かれている。
 それもあってアバッキオが来ていたのではと、泊まりに来ているのではないかと尋ねたのだが。そもそも恋人が来たのなら何もベッドを明け渡してソファで寝る必要は無い。恋人同士ならば同じベッドで寄り添い合って眠れば良い。眠る前なり起きてからなり恋人らしい事をすれば良い。
 交際をしているのならば。
「悪い夢でも見たか?」
 ブチャラティの声に顔を上げる。
「は? 何だ、突然」
 目を合わせるのにやや上を向かなくてはならないのはやはり少し癪な気がした。
「悪夢に魘されて1人で居られないから来たのか、と聞いたんだ」
「わざわざシャンパンを寝酒に持ってきたのかって? ンなわけねーだろ」
 だろうな、と返してブチャラティは再びグラスに口を付けた。傾けてはいるが余り多く飲んでいない。
「先日フーゴが悪い夢を見たと言って、この位の時間に来た」
「それマジかよ」
「前々から悪い夢を見ると話していた。その日は遂に目を閉じる事すら恐ろしい、と」
 ギャングが不釣り合いな程に生真面目そうなフーゴも人の子と言うわけか。
 寧ろ彼は未だ人の『子』だ。確か年齢は16で、数ヶ月前に新入りが入るまでは最年少だった。不意に目覚めて人肌恋しくなっても可笑しくない。
「いやでも……ナランチャの所に行くんじゃあないのか?」
 それこそフーゴはナランチャ・ギルガと深い仲に有る。
「見るのはナランチャに関する悪い夢だそうだ」
「へぇ……」
「違う道を選ぶ夢。それが例えなのか物理的にT字路を逆に進むのかは聞いていないが、違え(たがえ)たまま歩いていくと、その先でナランチャが死んでしまうらしい」
 それはまた何とも物騒だ。
「知らない場所で知らない内に死に別れる、という悪夢を繰り返し見てきたそうだ。その日は殊更鮮明で、夢ではなく実際に死んだと聞かされた場面を思い出しているのかと勘違いする程だったとか」
 ただでさえチームメイトと別の選択肢に進むというだけでも気まずい夢なのに、そこに恋仲の相手が死ぬという展開まで含んでいればかなり滅入るだろう。
「夢と現実の混同、それに同じ道を歩けば防げると限らない。だが側に居たい、と言っていた。側に居れば良いと俺は思う。未来を変えられず目の前で失う事になっても、そもそもその道の先が地獄であったとしても、歩き出す自分に責任が有るとわかっているのならそれで良い」
 相談する相手選びは間違えていないな、と思いながらミスタは最初の1杯を飲み干した。
 空になったグラスにはすぐにブチャラティの手によってシャンパンが注がれる。
「ナランチャも似たような悪い夢を見たと言っていた」
「何だ何だ、悪い夢が流行ってんのか?」
「2人を組ませ過ぎているのかもしれないな」
 そう言いつつも今後も組ませる気だろう。あの2人はまとめておいた方が――何かと都合が――良い。
「何でもナランチャの見る悪夢は自分が志半ばで死んでしまう夢だそうだ。アバッキオが何者かに殺されたからその敵(かたき)を討つ途中に、という夢だと聞かされた時には笑いそうになった」
 確かに可笑しな夢だ。体力差からしてアバッキオがナランチャの敵討ちに出向く方が未だリアリティが有る。もしも聞かされたのがミスタ自身ならばその場で笑い飛ばしていたかもしれない。
「まあもしかしたら、そんな日が訪れるかもしれない。生きていれば何が起こるかわからない」
「特にこの世界は、って?」
 そうだと頷く様子を見ながらミスタはグラスに口を付けた。
「……ジョルノは?」
 この短時間・少量で酔いが回ったのか、言うまいとしていた筈の名前が漏れる。
「ジョルノ?」
 数度瞬きするブチャラティの視線から逃れるようにシャンパンを煽った。
 一気に空にしたグラスにまたシャンパンが注がれる。
「アイツもお前に変な夢を見たって相談してきたりすんのかなって。別に言いたくなけりゃあ言わなくても良いんだけどよ」
 予防線を張ってまで聞く事ではないのにと思いながらもブチャラティの発言を待ち侘びた。
 ジョルノ・ジョバァーナは果たして悪い夢を見るのか。その事を自分ではなくブチャラティに相談するのか。
「見たいテレビ番組とやらは終わったのか?」
「え……あ、ああ、あれは終わった終わった」
 そんなもん無ぇけど。
 聞かれていたのか、と視線を彷徨わせてシャンパンを飲む。事務所代わりのアジトで話していたのだから聞かれているのは至極当然だ。
 皆が今日の仕事を終えて帰ろうとした時に、ジョルノに泊まりに行っても良いかと言われた。理由は明日は学校が休みだから――否、学生寮の門限が迫っているからだったかもしれない。
 何を考えているのか、何も考えていないのか、しっかり企んでいるのか、ジョルノはこちらの――既に邪(よこしま)に傾きかけている――心情をからかうようによく泊まりに来る。
 2人で居られるのは良い事だからと受け入れてきたが、2人きりで居るのはそろそろ宜しくなくなってきたので「あー今日は1人で見たいテレビが有るからまた今度な」と軽く断ってみた。
 粘られたり悲しまれればすぐに折れてやろうと思っていたが、わかりましたとだけ返されたので逆にこちらが返答に窮した。会話はそこで終わりそれぞれ帰路へ。
 そのやり取りの場にブチャラティは居たし、何ならアバッキオも居た。アバッキオはジョルと相性が良くなくこの会話を聞いていても覚えてはいないだろう。
「ジョルノが夢の話をした事、だったな。1回有る。それを理由に泊まりに来た事は無い」
「そうか……」シャンパンを飲みつつ言葉を探し「……どんな夢だ?」
 結局色々聞き出そうとしている。
「それこそ色んな奴らと別離していく夢らしいが、所詮夢だから気にしていないそうだ」
「アイツやっぱタフだな」
「無惨な死に方をする奴も居て目覚めは悪いが、だからと言って夢という別世界の出来事を気にする必要は無い……と言っていたんだが、結局気にしてしまう部分も有ると言ってきた」
 見た目は逞しいとは言えないのに中身は図太いまでに強気、かと思えば。
 二面性が有るから惹かれるのだと自身に言い訳をして言葉が続くのを待った。手持ち無沙汰でグラスに2割程残っているのに注いでくれと差し出した。
「ミスタ、お前はジョルノの夢の中で」ボトルを傾けながら、堪えきれずくすと笑い「相当タフらしい」
「俺がタフ?」
「アバッキオが死に、ナランチャが死に、俺も死ぬ。だがお前だけは死なない」
 一体どういう状況の夢を見ているのか覗いてみたいものだ。
 誰よりも生き残ってもらいたいと思っているから、等といった『夢』を見るのは置いておいて。
「フーゴ居なくね?」
「そう言えばそうだな」
 聞きそびれたのかもしれないし、夢なのだからそういう設定だったのかもしれない。
「夢の中ではお前が最後まで生き残るからこそ、お前から離れるのは不安だと言っていた」
「タフにも生き残ったのに?」
「3人が死んだ後に『ミスタに4番目に死なれたくない』と」
 縁起でもない数字にぞくと鳥肌が立った。不気味さとシャンパンとをまとめて飲み込む。
「夢の中の俺達の死因はわかっているからそれを阻止すれば良い。だがミスタ、お前だけはわからない」
「いや、俺は死なねーんだろ?」
「死なないままかもしれないが、その後に死ぬかもしれない。死因がわかっていれば阻止出来る、つまり安心出来る。防げないような理由であっても覚悟は出来る。未来がわかり覚悟が出来ていればどれだけ幸福な事か――と言っていたが、未来は自らの手で掴み取り変えてゆく物だから関係無いとも言っていた。やはりジョルノはタフだな」
 にこと笑いグラスに口を付け、3分の1程まで減らした。
 ブチャラティはボトルを持ちその先をミスタのグラスへ向ける。
 半分程まで注がせた後に、ミスタは少し無理にボトルを奪い取った。
「お前は? 何か悪い夢とか見ねーの?」
「俺か?」
 未だ残っている所へ継ぎ足すからか単純に不馴れだからかブチャラティのグラスの中は妙に泡立つ。
「自分が死ぬ夢を見た事なら有るが、まあその位だな」
「ふーん。まあ俺もあんまり夢とか見ない方だけど」
 狙い通りにボトルは空になった。
 もう1度乾杯とグラスを軽くぶつける。
「あ、前日に寝かせた奴の夢を見る事なら有る。悪い夢じゃあなくて、匂いが残ってるっつーか」
「何人泊めているんだ?」
「指折って数えられる範囲」
 その内の1人が誰かは、断ったのは今日位のもので日頃よく泊めている人物が誰かは知られているのだが。
「ブチャラティこそ何人泊めてんだよ。フーゴもナランチャもほいほい泊めて、今頃アバッキオ泣いてんじゃあねーの?」
「それは困った。ミスタには帰ってもらうしかないな」
「すいませんでした」
 詫び代わりにぐいと一気に飲み干す。シャンパンはブチャラティのグラスに残るのみとなった。
 ミスタは酒が無くても腹を割って話せるが、果たしてブチャラティはどうだろうか。何が何でも聞き出そうというつもりは無いが、ブチャラティ自身の話は余り聞けていない。
「ロゼも飲めるか?」
「ん? ロゼワイン置いてんのか?」
「置いているというより開いている」
「何日前から?」
「数時間前に開けたばかりだ」
「ちょーだい」
 わかった、と言って立ち上がる。
 やはりアバッキオが、そうでなくても知人が来ていたのだろうか。
 アバッキオは勿論、フーゴでもナランチャでも、何よりジョルノなら、早くに来て鉢合わせなくて良かったとしみじみ思った。
 弱音を吐く姿等見せたくない。言い換えればブチャラティにだけは弱音を、心の弱い部分を見せられる。
 って俺、弱音を吐きに来たのか?
 そもそも今日は何故ここに来たのだろうと改めて考えた。話をしに来た。何の? 自分の事を話したいのか、ブチャラティの事を聞きたいのか。
 嗚呼もしくは、彼の事を聞いてもらいたいのかもしれない。
「待たせた」
 言って戻ってきたブチャラティの手には。
「おい、シャンパンかよ」
 早く飲みきりたいようだからスパークリングワインだろうと踏んではいたが。
「モエ・エ・シャンドンのロゼ。同じ会社だから混ぜても何とかなるだろう」
 先程空にしたばかりのグラスにそのまま注いできた。
 ラベルの色――と書いてある文面――が少し違うだけのボトルから流れてきた液体は、先程とは違いピンクに薄く色付いている。
 金額的にはミスタが買ってきたブリュットよりも1.5倍近くは高い。誰が持ち込んだのかを聞いてみたいが聞いてはならない気がした。
 開けたばかりとまではいかないが半分近く残っているらしい。並々と注いでからブチャラティはボトルを離す。
 グラスを唇に乗せるとどこか甘さを含んだ爽やかな香りがした。
「……度数高いな」
 これしきで酔い潰れたりはしないが、果実のような甘さと爽やかさを持ち合わせているのに下手をすると先程以上のアルコールが感じられる。
「ロゼの方が高いだろうな。だからこんなに残して飲むのを止めた。味も炭酸も飲みやすいんだが」
 椅子に座ったブチャラティは苦い顔をしたまま度数を確かめようとラベルを見た。
「これは本当に高いな……1本開けるとなるとアバッキオでも潰れそうだ」
 アバッキオは――仲間内では特に――酒が強い方だが、それでもつらい程の度数をしているのだろうか。それとも恋人の前では飲み過ぎるのか。調子に乗った所為で眠りこけるアバッキオを介抱していたら面白い。
 そんな弱さを見せられる特別な相手。アバッキオは恐らくだがミスタが自身に思う以上に格好を付けたがる性質を持っている。
「アバッキオから悪い夢を見たとかは聞かないのか?」
「そうだな……1人で何かをしている最中に死ぬ夢を見た、という話はした」
「まぁた死ぬ夢かよ」
 悪魔に追い掛けられるとか大量の****と閉じ込められるとかの夢は、寝汗はかけども相談は必要としないからか。
「死にはしたが俺の役に立てたから良い、と言っていた」
「惚気?」
「それが本心でも全く嬉しくないな。何かを成し遂げたとしても、アバッキオに死なれては台無しだ」
 生きていてほしい。出来れば側に居てほしい。焦がれた相手に誰もが想う事。
 ブチャラティはシャンパン――未だブリュットの方だが――を微量飲み、腰を屈めてグラスをローテーブルへ置いた。
「俺の為になら死ねると言われても何も嬉しくない。俺の為に這い蹲り(はいつくばり)泥水を啜ってでも生きる、と言われた方がずっと嬉しい。俺は共に生きようと手を差し伸べて引き摺り上げたい」
「やっぱり惚気じゃあねーか」
 聞けば聞く程自分もそう思われたくて仕方無い。
 愛する人間には隣で笑っていてもらいたいし、同じような気持ちを抱いていてもらいたい――夢で生き残ったからこそ不安だと言い出す辺り、既に想われていると調子に乗りそうだ。薄ピンクの液体をぐいと煽る。
 炭酸が強く飲み干せなかったが、ブチャラティは気にせずに5分の1程残るそこへシャンパンを注いできた。
「アバッキオだけじゃあない。お前にも、誰にも死なれたくはない」
 零れないように少量ずつ。グラスの中で小気味良い泡立つ音が響く。
「惚気じゃあありませんアピール?」
 溢れる前にボトルの口を上げる。ミスタはすぐにグラスを引き寄せ中身を飲んだ。
「お前は殺しても死にそうにないが」
「夢の中でも死なねーみたいだからな」
 まるでボトルに直接口を付けて飲んでいるかのような気分だ。
 このまま酔っ払いのフリをして更にこの話を続けようか。この友情とは違う好意を向ける、ジョルノの話を。
 向けているだけではない。多少は向けられてもいる。と、思っている。
 お前から見てどう思う? ジョルノに上手い事言っておいてくれ。
 そんな話をしに来たのかもしれない。だとしたら未だに本題入れていない。ミスタは美味いシャンパンを不味そうな顔で飲んだ。
 一体自分はどうしたいのだろう。特別な関係になりたい。未だ早いと咎められるならもう少し位待てる。だがその間に誰かに取られるのだけは勘弁願いたい。
 新たに注がれたシャンパンを更に飲みながら1番恐ろしいのは『勘違い』だと思った。好かれているというのが勘違いだったら。それよりもいざ結ばれんとした際にジョルノに「僕の勘違いでした」と言われたら。
 真に話したかったのは恐らくこれだ。弱音というより弱点、まさに自身の弱い箇所。
「ブチャラティは話しやすいっつーか……変な所まで晒しやすいのかもしれねーな」
 アルコール臭い息と共に本音を吐いた。チームの、組織の人間だけではなく、近隣の住人ですらも皆ブチャラティに信頼を寄せている。
「それは誉めているのか?」
「勿論」
「誉めても何も出ないぜ。シャンパンもな」
 言ってグラスの上でわざとボトルを真っ逆さまにした。言葉通りもう何も、雫の1滴すらも出てこなかった。
「残念、打ち止めかァ」
「そういう事だ。これ以上飲んでも明日に残るだろうしな」
 体格が近く飲める量も近いと踏んだブチャラティから見れば今のミスタは確実に飲み過ぎだ。
「泊まっていくんだろう?」
「確認だけど、本当に良いのか?」
「そこまで飲ませてこの時間にさあ帰れと言える奴が居たら尊敬するぜ。ただ俺のベッドは狭いからな」
 立ち上がりブチャラティは空になったミスタのグラスと己のグラス――中身が残っているように見えるが――を手にキッチンへ向かう。
 テーブルに残された2本のボトル。ラベルの色が違うだけのそれらが仲良く並んでいた。
 ロゼの方はラベルも薔薇のようなピンク色で、その色が似合う『彼』を思い出す。
 男というよりは未だ少年で、今頃は学生寮の自室ですやすやと寝ているであろう彼を。
 あの時断らなければミスタのベッドで寝ていたかもしれない。断らず招き入れ、一人暮らしの男の部屋に入るとはこういう事だと学ばせていれば、ベッドで2人で寝ていたかもしれない。
「そりゃあ無ぇか」
「何がだ?」
 戻ったブチャラティが不思議そうに見下ろしてきた。
「独り言だよ独り言、何せ俺は酔っ払いだからな」
「自覚有る辺りは安心だ」
 追い払うようにひらと手を振られたので立ち上がる。
 ブチャラティはソファの右の肘掛けに畳まれ置かれていたタオルケットらしき物を手に取り開いた。
「電気は消してくれ」言ってソファに寝そべり「おやすみ」
 タオルケットを顎まで掛け目を閉じた。綺麗な寝顔だな、と思わせる程完全に睡眠モードに入っている。
 来客が有ったようだし疲れていたのかもしれない。そこに――明らかに微量だが――酒も入り眠たかったのだろう。
「おやすみ」
 返事を期待せず小さく呟き、壁のスイッチを押して電気を消した。
 個人の部屋なので当然非常灯は無い。真っ暗い闇の中、壁伝いに寝室へと向かう。
 寝室に家主の目を盗むように入るのは少し気まずい。ベッドに入る前に物を蹴飛ばしたりしないように電気を付けた。
 ドアを閉めなかったのでリビングに光が漏れてしまった。申し訳無いと振り返ったが、辛うじての電光が当たるブチャラティの顔は完全に寝顔で反応が一切無い。
 良かった、と前を向き直してミスタは息を飲む。
「っ……いや、どう見ても」
 起こさないように声を飲み込むべく手で自らの口を塞いだ。
 ジョルノじゃあねーかッ!?
 素早く2度瞬きしたが目が映す物は変わらない。
 シングルベッドの中央で布団を肩まで掛けて横向きに眠る、目を閉じているからか普段よりも幼く見える寝顔は完全にジョルノ・ジョバァーナ。
 泊まって良いかと尋ねてきたのは本当に理由が有って自宅――学生寮――に帰れないからだったのか。ブチャラティならば見兼ねて自分の家に泊まれば良いと言いそうだ。
 そうだとしたら何て事だ。完全に恥ずかしい勘違いをしていた事になる。
 もしくは平然として見えたジョルノも内心では断られたと傷付いて、共に過ごしたかったのにと寂しがってブチャラティに声を掛けて相談がてら酒を飲み、酔い潰れてベッドに寝かされて――否、こういった自信過剰は更に恥ずかしい空回りオチになりかねない。
 ロゼのシャンパンを手土産に選ぶとは大人顔負けでありながら、半分も飲まずに潰れて寝たのだから未だ子供でしかないようで。
 リビングに戻りソファを占拠する家主を起こすわけにもいかない。果たして今晩どこで眠れば良いのだろうか。


2018,06,30


利鳴ちゃんと誰が誰を家に泊めそうか、みたいな話で盛り上がりました。表にしてもらいました。
ブチャラティは色んな人を家に泊めてくれそうですよね。トリッシュには家あげる話までしてたし。
所でこれ書いてる最中に右手薬指という微妙な位置を割れたシャンパングラスで負傷しました。誰の呪いですか。
<雪架>

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