ミスジョル 全年齢 他部要素有り


  N・Yの不老不死


 多くのバーやクラブの立ち並ぶ界隈から離れると、天下のニューヨークも夜は静かな物だ。
「音楽広場からヒスパニア地区に来たような感じがしますね」
「お前上手い事言うな」
 ミスタは元からジョルノの事を「結構賢い奴」と思っていた。今の例えもウィットに富んでいて面白い。
 地元ネタという所も良い。だが。
「ジョルノ、今ホテルに帰れば良かったって思ってるな?」
「いいえ」
 良かった。
「大きく移動しなければ良かった、とは思っています」
 良くなかった。
 巨大なギャング組織のボスと幹部である2人は比較的大きな案件を終わらせた流れで「ちょっと気晴らしにでも」と半日以上掛けてネアポリスから遠路遥々ニューヨークまで『遊び』に来ていた。
 ホテルで一休みして観光して、日が落ちたのでバーに入って軽く飲んで、飲み直すか面白い店を探すかと言いながら歩いていると、どうにも人気(ひとけ)も明かりも車通りも何も無い所へ入り込んでしまった。道路は太いがどの建物にも面している側に入り口が無い。
 幸いにも行き止まりは見えないので歩いていればどこかしらに出るだろうと歩みは止めていないが、先程まで楽しんでいた界隈に出られる気がしない。一方でホテルとは反対方向に歩いてきた気はする。
「あの辺似たような店はいっぱい有ったからな。でもどうせなら、ちょっと違った店が良くねーか? こう、ニューヨークっぽい感じの」
「ミスタにとってニューヨークはどんな街なんですか?」
「……コーラ?」
 コーラとワインでも買ってホテルで飲み直せば良かったと言われる前に。
「お前は? ジョルノ・ジョバァーナにとって、ニューヨークはどんな街なんだ?」
「余り思い付く物は無いですね」
「なのにニューヨークに来たのか」
「だからです。名前位しか知らない街に行ってみよう、と思いました」
「それでわざわざニューヨーク? もっと近い所にも行った事無い街沢山有るだろ」
 ドイツとかフランスとかギリシャとか。
「イギリスやエジプトは色々調べましたので」
「何でその2つなんだよ。もっとほら、トルコとか飯美味いって言うだろ」
 ジョルノは人差し指を顎に当てた。
「……イギリスは、行ってみたいから?」
 トルコ料理の事を考えていたわけではなく、その前の「何でその2つなんだ」の答えを探していたらしい。
 考え込まないと出てこない、そして疑問形なのはイギリスの方は特に理由無く調べていたようだ。
「エジプトの方は?」
「父が死んだ地なので」
「あ、悪ぃ、親父さんが死んだ場所の話なんてしたくねーよな」
「気にしないで下さい。実父には会った事も有りませんし」
 複雑な家庭の話を聞き出そうとしているみたいで益々気まずい。
「あーでもほら、イギリスは飯が不味いって話だから、それならニューヨークに来て良かったよな」
「紅茶と、あとモーニングは美味いそうです」
「お! じゃあ良いホテルに泊まれば朝食だけは――」
 前を向いていたジョルノが急に立ち止まった。目も丸くしている。
「ジョルノ?」
 足を止め呼び掛けてミスタも前を見た。
 人が居る。
 街灯が疎らな所為でその姿ははっきりと見えないが、自分と同じか少し背の高い男が1人こちらを向いて立っていた。
 この時間にこんな場所に居るのだから路上強盗かと思ったが、そのシルエットは随分と髪が長くて襤褸(ぼろ)を纏っている。
「つまり」
「浮浪者、でしょうか」
「言っちまうー?」
 向こうには聞こえないように互いに小声で。
 ニューヨークにはシェルターと呼ばれるホームレスが一時的に寝泊まり出来る施設が複数有る。かといって路上生活者が居ないわけではない。
 さて物乞いの類ならばどうしよう。1発ヘッドショットを喰らわせて、というのは流石に――ジョルノに――怒られるから自粛して。無視して通り過ぎるか、気付かなかったフリ或いは気付いたからこそといった素振りで踵を返すか、それとも金に余裕は有るのだからコイン1枚投げて拾わせるか。
「『彼』は未だそこに突っ立っているだけで何も言っていません」
「そうだな」
「僕達は『彼』に何の用事も有りません。行きましょう」
 先に立ち止まったジョルノだが無表情で再び歩き出した。
 万が一浮浪者を装った路上強盗だったら困るので、ミスタもすぐに隣に並んだ。決して駆け足ではないが男は立ち止まっているのでどんどん近付く事になる。
 近くなると色々と見えてくる。例えば身に纏っている物は服というより布と呼びたくなるような襤褸だが背筋はしゃんとしているし手足も程良い筋肉が付いていて健康的だ。一方で肌は真っ白く不健康そのもの。但し垢が溜まっては見えない。
 真っ黒い髪も伸びているのではなく綺麗に伸ばした物だと分かる。その位ツヤが有り真っ直ぐでさらさらとしている。女性のそれなら触れてみたい程だが、顔からして完全に男だ。
 とはいえその顔も一言で表すなら『綺麗』に尽きる。目鼻立ちが整っているのは勿論、浮浪者特有の汚れが一切無い。怖い程に無い。肌の白さの所為も有り、人間よりも人形に近いなと思った。
「若いな」
 男が喋った。目がこちらを捉えているので自分達に言っている。
 綺麗だがどこか粘り気の有る声を唇の端を上げて発した時に見えた歯並びは犬歯が鋭い以外は整っているので薬物乱用者ではない。20代に見えるので自分達の方が若いのは事実だから言っている事も一応可笑しくはない。
「丁度良い」
 次に発した言葉に不穏な物を感じてジョルノがギリと睨み付けた。
 すると、男が手を伸ばしジョルノの二の腕を掴む。
「な――」
「ディオ・ブランドーか?」
 ジョルノが放せと言うより先に男が尋ねてきた。
 探している人物に似ていたから立ち止まって見ていて、確信を得る為に腕を掴んでまで尋ねた変わり者という事か。
「おいおい、違うぜェー」
 気軽な調子で言ったミスタだが、またしても男に違和感を抱く。
 男は驚いている。自分の目を疑っている。若い、丁度良いと言った言葉を発した時はその名前の人物だと思っていなかった、よく見るとその人物だった、という時の顔だ。
「……いや、マジで違うぜ。人違い。だから放せよ、俺達もう行くし」
 腕を掴んで無理矢理放させるのは危険に思える。男に掴まれているジョルノは痛がりこそしないが、自分で腕を振り払おうとしない。それだけ強く掴まれているのだろう。
 寧ろジョルノも驚いた顔をしていた。
 もしやそんな偽名を使ってインターネットに自分の写真を載せているとか、と無理の有る考えをしている間に。
「僕は、ディオ・ブランドーではありません」
 冷静さを取り戻したジョルノが言った。断言を受けて男は手を放す。
「そう……だな……ああ、そうだ。君は違う……」
 放した手をだらんと下げて気の抜けた様子を見せた。
「……君は『彼』と違って温かいし『彼』よりも若い」
 温かい?
「『彼』の息子? 否、この年である筈が無い……孫? 否々、玄孫か?」
 ジョルノを曽祖父と呼ばれる世代と比べて「若い」で済ませるのは言葉が可笑しい。
 その何とかという相手の15歳頃を知っていて見間違えたのだとしても可笑しい。お前は一体何歳なんだという話になってくる。
 身形(みなり)通りの薬物中毒者だとしたら辻褄が合う。ニューヨークにも薬物は蔓延っているのだろう。
 この国には一部の州で大麻を合法化する動きが有るらしいが、それも何年も先の話だ。今は未だただの犯罪者。からの浮浪者。旅先で関わるには不釣り合い。
 しかしジョルノはじっと男の顔を見ていた。
「僕は……ディオ・ブランドーの遠い親戚です」
 そうなのか?
 一瞬見間違える程に似ているけれど『遠い』親戚、というのもまぁ無くはないだろう。
 しかし父親は会った事も無いと今先刻聞いた所だし、母親は日本人でジョルノ自身も出身地自体は日本だと話していたが――一体どんな親戚なのか。
「似ていると話にだけ聞いてます。だからどんな人なのか知りたい。貴方の知っている事を教えてもらえませんか」
 夜の異国の路地裏でそんな話を繰り広げては、傍から見ればこちらも薬物中毒者に思われるだろう。
 辞めておけと言いたいのだが、どうにもミスタが言える空気ではない。あのジョルノが身を乗り出す勢いで聞きたがっている。
「知っている事、か……ディオ・ブランドーは、冷酷な男だ」
「冷酷?」
「自分以外の生き物を殺さなくては己が生きていけない」
「それは冷酷じゃあなく自然の摂理だと思いますが」
 ジョルノの言う通り、人間は肉を食べる。ベジタリアンだって卵を食べるし、ヴィーガンだって草を食べる。人間以外の動物は皆そうだ。
「君はそれが、殺す対象が人間であっても同じ事が言えるのか? そして『彼』はそこに何の情も抱かない。だから『彼』は冷酷な人間なのだ」
「……成程、それは冷酷ですね。人間が人間を殺す事は有り得る。人を殺す事を生業(なりわい)としている人間も居るし、100人殺せば英雄なんて言葉も有る。ですが快楽殺人者の思考は冷酷だという事に変わりは無い」
 ジョルノが有難うございましたと締め括る前に。
「そう、そして美しかった」立ち去る隙を奪い、どこか恍惚とした様子で「老いる事の無い、永遠の美しさ……『彼』は人間ではない。否、この世の生き物ではないのだ」
 幾ら美形を褒め称える為とはいえ、他人の親戚に対してその表現は良いのか。自分ならそろそろ腹を立てる頃だと思いながらミスタはジョルノの顔を覗き見たが、ジョルノは呆れた様子こそ浮かべているものの怒ってはいない。
「私は憧れた。滅ぼすべき悪だと知っていたのに、そうして『私達』に滅ぼされた事も忘れていないのに、『彼』の美しさを思い出しそれが手に入るかもしれないとなった時、鏡の中の老いに老いた自分を思い出して……手を伸ばしてしまった。手に入れてしまった。そして私は若く美しく冷酷な人ならざる者となった」
 麻薬中毒者の妄言が加速してきた。
「おい、もう充分聞いたよな? 行こうぜ」
「そうですね」
 詳しく聞きたい気持ちは未だ残っているようだが、男が正気に戻らなければ無理な事だとも分かっているジョルノは「どうも」とだけ言って歩き出す。
 男が腕を掴んできた。
 ジョルノのそれではなく、ミスタの方を。
「な、何だよ、俺は話聞くつもり無ぇからな」
「僕ももうこれ以上は結構です。ここから先はディオ・ブランドーではなく貴方の話になりそうですし」
 肩を動かすが振り払えない。見兼ねたようにジョルノが男の腕を掴み引いたが、それでも全く動かない。
「離してもらえませんか」
「日に焼かれ灰となり川を流れ、私は死んだ。しかし、私はこうして存在している。生きているとは言えない。娘として育てた者が墓を建て弔ってくれたのも知っている。私は死んだまま存在し続けているのだ。もしかしたら『彼』もそうかもしれない。『彼』も私も自分の為に人を殺し血を奪い続ける。特に若く健康な――」
――バシン
 男の手が離れた。男の腕全体に巻き付いた植物の蔦が、男の背後の壁にその腕を張り付けて固定している。
 ジョルノが傍ら(かたわら)に自身のスタンドを出している。スタンドの持つ生物を生み出す能力の応用で、建物の隅に雑草を生やして伸ばしたのだろう。
 この『イカれた浮浪者』はスタンド使いではなさそうだ。ジョルノのスタンドではなく腕の自由を奪う植物の方ばかりを見ている。力を入れてみても腕は動かない。それ所か壁にめりこみかねない程に植物の力が強まった。
「お前が冷酷だろうと何だろうと、お前じゃあなくディオ・ブランドー本人だったとしても、僕の仲間を殺す事は許さない」
 それ所が自分が殺すと言い出しそうな気迫。
 おーおー、かっこいーい。
 この剣呑な雰囲気がもう少し和らげばそんな言葉が出て来るのに。
「微かに太陽の力を感じる……私がかつて身に付けた、鍛え上げた能力を思い出す」
 相変わらずの戯言だが、言葉の終わりに蔦が枯れ腐りはらと地面へ落ちたのでミスタもジョルノも身構える。
 スタンドを掻き消す能力か!?
 持ち歩いている拳銃に手を伸ばそうとしたが、ジョルノが「待って下さい」と早口に言って止めてきた。
「人間だけじゃあなく生き物を、植物も含んだ全てを殺す性質か」
 ジョルノのスタンドとはすこぶる相性が悪い。
 ならばここはやはり自分が。スタンドの見えないスタンド使いなのかスタンドとは別の能力なのか分からないが、どちらであろうとスタンド能力で強化出来る実物の弾丸ならば何にでも対応出来る。
「老いる事が無い、か」ジョルノは警戒したまま、しかし男に向かって「それは成長しないという事になるんじゃあないのか?」
「成長、しない?」
「確かに一定以上の年になれば髪は白くなるか抜けるし、皮膚にはシミも皺も出来るし、筋力も代謝も衰え背だって縮む。何より脳が萎縮して新たに覚えられなくなるばかりか、どんどんと忘れていってしまう。人は皆それを「醜い」と形容するだろう」
「ああそうだ、その通りだ。君の言う通り、老いは醜い。そして老化と成長は違う」
「その2つは違う。だが老化を否定するのは、そこに至るまでにしてきた成長をも否定する事だと僕は思う。老化に抗い体力や見た目等に気を遣うのはある意味成長の一種だとも思うが」
 受け入れて何もせずに老いなければ駄目だとは言わない。
 しかし人を殺し続けてまで老化しない肉体となる事を、ジョルノは成長の否定と捉えているようだ。
 生まれてたった18年のミスタは未だ考えた事も無かったが、そう言われると「それもそうだ」という気になってきた。
「成長しない人間は死んでいるのも同じ……ああ、アンタは死んでいるんだったな」
 これで話は終わりとジョルノは――スタンドは出したまま――男に背を向け再び歩き出す。
 男は何もしてこない。じっとジョルノの後頭部辺りを眺めるばかり。
 自分の方にも何もしてきそうにないのでミスタはジョルノの後を追い掛ける事にした。
「そうだ、私は死んでいる……」
 男の呟きが聞こえる。
「美しく戻れた、その姿のまま……美しいまま死に続けている……」
 耳に残る声を聞かぬフリで2人はどこに繋がっているのか分からないが大きな道へ出た。
 道を1本変えると営業中の店こそ無いが、周囲を明るく照らしてくれる街灯が一気に増える。
 暫し無言で歩いた後、遠くに車の音が聞こえてからジョルノが歩みを止めず口を開いた。
「ニューヨークにも可笑しな人間が居るんですね」
 そうだな、と答える。あの男は果たして人間だったのかという疑問は置いておく。
「年を取らないって言ってもなァ、お前位の年なら未だ、もっと大人になりたいって思ってる頃だろ?」
 自分も数年前そうだった。今ももし年を取らなくなると言われたら、もう少し『大人』になってからで良いと返したい。
「はい。僕はもっと背を伸ばしますので」
 ジョルノはこの国の15歳男子にしては充分背が高い方だが、隣に並ぶのがミスタだとどうにも小柄に見られる。
「お前母親が日本人だろ? 日本人って背が低いイメージだけど。そこで打ち止めじゃあないと良いな」
「父の背は高いそうなのできっと伸びます。……僕のその父親の名前はディオ・ブランドーです」
「ふーん」どこの国の響きだろうと考え始めて「って、その名前、先刻の変な奴と話していた……?」
「そうです」
 遠い親戚ではなくまさかの父親。
「だからどんな人物なのか知りたかった。少しだけど話を聞く事が出来て……良かったです」
 やや躊躇いを含んだ言い方だったが。
「あの男が父と出会ったのが何年前かは分かりませんが、他人の、それも同性から見ても『美しい』と思われていた事を知れて良かったです。どんな声とか食べ物の好き嫌いは何かとか、そういう事も知れたらもっと良かったんですが」
 何の利も無くただ不審者に絡まれただけで終わらずに良かったと思おう、と自分に言い聞かせているようだった。
「年を取りたくない、が理解出来ないわけじゃあないんです。僕だって、ミスタだってきっと年を取れば、体が言う事を聞かなくなってきたり、その言う事自体が何か分からなくなってきたら、若いまま時間が止まってほしいって思うでしょうから」
「時間が止まれば良いのに、か……」
「平和な日常が永遠に続けば良いのに、といった事は、ミスタは余り思いませんか?」
「無いとは言わねーけど」
 平凡平坦が続けばとは思わない。だが幸せだと思った時――美味い物を飲み食いしたり、魅力的な女性と肌を重ねたり、或いは親しい仲間とこうして旅先を満喫している時等――にこれが少しでも長く続いてほしいと思う事は有る。
 それは言い換えれば「時間が止まれば良いのに」と願っているような物か。
「未来が有るから、もしくは過去が有ったから、だから『今』で止まれば良いのにと思う事は誰にでも有るだろうし、何も可笑しくない。ただ実際に時間を停止させられたら。止まった時の中をたった1人で生きるのは、とても孤独だ」
 あの可笑しな男は確かに孤独そのものだった。
 誰にも相手をされずああなったのか、そもそもああだから誰にも相手をされないのかは分からない。
 ただ「死に続けている」と呟いていた。その通りだと思った。生きていないイコール死んでいるとは言えないが、それでも死んだ状態が続いている。
「お前の親父さん、死んでて良かったよな。いや、この言い方だとちょっと変だな」
「言いたい事は伝わります」
 そう言ってジョルノは微かに目を細めた。
「借金も残していないし」
「お前そういう事言うー?」
 この通りの行き着く先にはどんな店が有るのだろう。この道を進んだ先にはどんな苦難が待ち受けているのだろう。2人は立ち止まらずに進み続ける。


2023,02,11


ASBRに1部ストレイツォと2部ストレイツォが実装されて、後者が対ジョルノ時に「ディオ・ブランドーなのか?」って台詞になる、という夢を見ました。夢かよ。
なので小噺にしてみた。
連れてくのは生まれながらのスタンド使いじゃなきゃ誰でも良いのにミスタにしたのはミスジョル腐だからです。あと血の気多そうだし?
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system