ミスジョル R15 GL要素有り


  I'mDancingOnYourHand


 グイード・ミスタは自分の口から「ぐう」という寝息のようないびきのような音が出たのを聞いた。
 あー俺寝ちまったのかァ。まあいいか。この感触は事務所――アジト――のボスの私室のソファだしな。
 ギャング組織が顔を利かせている飲み屋は大抵日が暮れてから営業を始める。問題が起こり呼び出されると必然的に夜中、良くて深夜悪くて明け方になる。
 従業員が喧嘩を売られたのなら出入り禁止にすれば良いし、客同士が殴り合いをおっ始めたのならつまみ出して放っておけば良い。しかし客を出入り禁止のリストに入れるにも物理的に店の外へ出すにも『力』の有る人間が必要だ。地位であったり、腕力であったり。
 副官とも幹部とも右腕とも親衛隊とも精鋭暗殺部隊とも言える位置に居るミスタは地位の意味では適任を通り越して役不足な程。この待遇に見合う働きをしてやろうとは思っている。しかし午前2時を過ぎてから電話で起こされて、一応の解決に至る頃には太陽が昇っていた。
 まして今日は学生であるボスに代わって私室で待機という名の各リストの確認作業が有った。居眠りの出来る環境だが、紙切れに目を通すという面倒なだけの作業を学校から直接ここへ来るボスのジョルノ・ジョバァーナに残しておくのは申し訳無い。
 のらりくらりと生きてきたのに、ここに来てまるで真面目な勤め人になったかのようだが。
 彼はギャング・スターだが未だ一介の学生。漸く16歳を迎えた子供に過ぎない。年上の下っ端に2つしか違わないと言われた事も有るし、2年前の自分を思い出せば既に1人で『生活』していた気もするが――
「ミスタ、起きて下さい」
「……あ?」
 膝を揺さぶられて目を開けると、そこには屈んでこちらを見上げているジョルノの姿。
「僕じゃあ立ち会えない案件なんですが」
 寝起きにも関わらず本題をぶつけてきた。ミスタはわざとらしく目を擦りながら差し出された書類を受け取る。
 観光パンフレットに組織下に置かれているホテルの賭場の情報をどの程度載せるか、という内容。トップであるジョルノが決定権を握っているが、年齢制限が設けられているカジノである以上その場に足を入れる事が出来ない。
 ギャングなのだから今更年齢を気にする必要等全く無いのだが、ジョルノは年齢通りに幼く見える。賭場に居れば誰の目にも「例の」若きギャング・スターだとわかってしまう。
 ジョルノがボスとなってからの今までの期間で敵対組織の全てが潰える事は当然無いし、ギャングと宗教はいつ何時派生と称して新たな叛逆分子が誕生するかわからない。
「お前はどうしたいんだ?」
「場内を撮られたくありません。文字だけ、もしくはホテルの遠景の写真を使うのなら掲載してもらいたいと思っています。余り大々的じゃあなくて良い」
「わかった」
 どのように掲載するかの連絡は別の交渉ごとに長けた人間に任せるとして、その後の立会いには去年成人した自分が行くと告げてミスタは書類を返した。
「腹が空きましたね」
 唐突な発言の気がしたが、壁に掛けられた時計を見れば夕食時をやや過ぎている。
「……あれ、お前今から帰って間に合うか? 寮の門限」
「真っ直ぐ帰れば何とか」
「いい加減学校の寮なんて出りゃあ良いのに」
「住む所が無くなります」
 書類を手に立ち上がったジョルノを見上げ。
「うちで押さえてる不動産に掛け合えば、お前の年でも部屋位借りられるだろう。何だったら年いった奴の名義を借りれば良い。誰だって喜んで貸してくれるぜ」
「別にこの年だとアパートの契約が出来ないから寮から出られない、というわけじゃあない。寮での生活は意外と快適ですよ。それに寮を出て独り暮らしとなると、親に連絡が行ってしまう」
 放任主義と言えば聞こえは良いが、どちらかと言うと育児放棄の傾向の有る実母や過去には虐待紛いの事をしてきた養父とは極力距離を置いておきたいのだろう。
 ずばりと縁を切る事は出来ない。しかしジョルノの両親は彼がこの辺り一帯のギャング組織のボスである事を知らない。可笑しな親子関係だな、とミスタは思った。
「寮は1人部屋ですが、誰かと一緒に暮らすのも悪くありません」
 じゃあ一緒に暮らしてみるか。
 等と気軽に誘えたら、人生は更に面白可笑しく楽になる。
「っつーか真っ直ぐ帰るのか?」
「パンフレットに関する連絡は明日します。向こうは一般企業だ、こんな時間まで働いちゃあいない」
 ひらひらと書類を振った後にデスクの上に置く。更にその上にやたらと高級感の有る貰い物の文鎮を乗せた。
「そうじゃあなくて飯だよ、飯。食ってから帰んねーのか?」
「食うなり買うなりしていたら恐らく間に合わない」
「でも腹減ってんだろう? 何か食いに行って、そのまま俺の部屋泊まっていけよ。あのデカいピッツァ出す店でマリナーラ食おうぜ」
「良いんですか?」
「あの店のピッツァは1人じゃあ食いきれねーからな」
 確認したのは夕食ではなく宿泊の方だろう。こちらから誘ったのだから悪い筈が無い。
 ジョルノに従えば先ず間違いが無いし、側に居るだけで良い事も起こる。
 だからもっとずっと近くに居たいし居てほしい。
「有難う、ミスタ」
 少し目を細めるだけの、初対面ならば笑ったと気付かない微笑は、いつ見ても綺麗だった。

 体格差と言う程ではないが服はワンサイズ程違うのでミスタは寝間着を貸す度に内心楽しんでいる。
 袖は自然と手の甲を隠すし、裾も1つ折り曲げなくては引き摺る。上までボタンを留めても首回りは大きく空いてしまうのが、風呂上がりで髪を下ろしたジョルノを華奢にすら見せた。
 ピアスを開けて首とも肩とも背とも呼べる場所に星の形をしたタトゥーまで入れて、それなのに隣――ソファの上――で無防備に大きな欠伸をする様子は背伸びした子供を地で行っている。
「そろそろ寝るか?」
 向かいのテレビも深夜番組と呼べる種類の物を放送し始めた。
「そうですね……ミスタは?」
「これ飲んで便所行ってから寝る」
 遊びで買った大きな丸い氷が作れると話題の製氷器は思いの外性能が良く、ついグラスに入れて上からなみなみとブランデーを注ぎまくってしまった。未だ半分も飲んでいない。
「眠たくないんですか? ああ、結構長い事昼寝していましたね。昼とは呼べない時間まで」
「あれは睡眠時間削って働いたから仕方無い」
「僕だって朝早くから起きています。それに貴方と違って昼寝の1つもしていない」
 だから眠たいのであって、夜には眠たくなる子供ではないのだ。そう意地張る様子がそんな時代をとうに過ぎたミスタからすると一層子供っぽい。
「ほら、もう寝ろ」
「ベッドを借りても?」
「勿論」
「貴方はどこに寝るんですか?」
 いつもの通りに『ここ』でと座っているソファを指す。
「今日は僕がここで寝ますよ」
「ベッドで飲めと」
「……美味いんですか? 僕が風呂を上がった辺りからずっと飲んでいるみたいですが」
 風呂上がりに――わざわざ氷を作ってまで――飲む習慣は無いが、その風呂に今度はジョルノが入ると思うと居ても立ってもいられず強めの酒に頼る事にした。
 ジョルノが見た注ぐ姿は実の所2回目。それを知らないのだから酔いが回るのが随分早いと思われていそうだ。
「飲んでみるか?」
 グラスの上部を指先で持って渡す。
 両手で受け取ったジョルノは恐る恐るといった様子で口を付けた。
 この関係に終止符を打ちたいなら炭酸で割り飲みやすくしてから大量に与えて酔い潰した所を美味しく頂けば良い。だがそんな未来の無い選択肢に進むつもりは無い。
「うッ……」
「どうした!?」
「凄い味だ……辛いのに苦い……いや、やっぱり辛い……度数も相当強いというか……」
 顔を顰めながら一口分も量の減っていないグラスを返してくる。
「オメーには未だ早かったな」
 ミスタはにやにやと笑いながら戻ってきたグラスに口を付け喉を鳴らして飲み込んだ。
 このペースで飲んではすぐに酔いが回りきってしまう、と思うとほぼ同時にジョルノが立ち上がる。
「それじゃあベッド、借りますね」
「お休み」
「お休みなさい、また明日」
 数滴の酒では酔わなかったらしくきちんとした足取りでベッドルーム――寝室というより仕切りと扉の奥のベッドの有る箇所、といった所だが――へ消えて行った。
 芳し過ぎる髪の香りだけを残して。
 短いのでミスタ自身は決して使う事の無い、しかし何度もジョルノを泊めるからにはと買っておいたコンディショナーを使ったのだろう。
 テーブルの上には今しがた置いたブランデー入りのグラス。両手で包み持たれた所為で氷が溶けたのかからんと音を立てて回る。
 そのグラスにジョルノが口を付けていた。
 指を伸ばしてその箇所に触れる。何の変哲も無いグラスの感触。ここに唇を付けて中身を飲めば――と考えた後にミスタは両手で頭を抱えて下を向く。
「15〜6の、思春期真っ盛りのガキか俺はッ!」
 もうベッドに入ったであろう実際に思春期の只中に居る子供に聞こえないように声は潜めつつ。
 グラスを乱暴に掴み未だ誰の唇も触れていない箇所を選んで口を付けて流し込むように一気に半分程飲んだ。

 ミスタは空になったグラスを流しに置き、トイレで用を足し、いざ寝ようとベッドの前まで来て、布団を捲る前に気付いた。
「おっと」
 先客が居た。もとい、ジョルノが寝ている。
 泊めてベッドを貸したのだから至極当然。数十分前のやり取りを何故すっかりと忘れていたのか。
 飲み過ぎたか?
 頭痛は無いし千鳥足でもない。ただ息は少々アルコール臭いかもしれない。
 ジョルノはこちらに背を向けて、壁側を向いて眠っている。規則正しい呼吸と関係が有るのか否か布団が二の腕の辺りまで落ちていた。
 布団を掛け直す等まるで兄にでもなったような可笑しな気分だし、これではどちらかと言えば母だ。
 油断してると喰っちまうぞ!
 絶対にそうする事は無いので声にはせずに。安心しきって熟睡している所を起こしたくもない。
 癖の有る豊かな金髪、付けたままの意外に安っぽいピアス、不思議な色と形のタトゥー。布団で隠しておいて良かった。ずっと見ていたらきっと開いた首回りに手を入れている。
 踵を返して寝る為に寝室を出るという矛盾を行うミスタの足に、ばんと何かがぶつかった。
「いけね」
 蹴飛ばしたのは――置き場に困り床にそのまま置いたらしい――ジョルノの通学鞄だ。拍子にマグネット式の蓋が外れて中身の幾つかが飛び出す。
 屈んで教科書やノートを拾い上げれる中に、随分と小さい手帳のような物も有った。
 電気を消した薄暗い中でも目は慣れていたが色は黒か紺辺りとしかわからない。開くとそれは、ような物ではなく生徒手帳だった。誰が守るのかわからない校則なんかが小さな文字で書かれている。
 顔写真付きの学生証が挟まっている筈だから見てやろうとぱらぱらとページを捲ると1枚の紙切れが落ちた。
「今日は厄日かよ」
 これを拾い上げたら次は何が落ちるのだろうか。結局拾った白いであろう紙切れを引っくり返す。
 写真?
 それもジョルノ本人ではなく、恐らく家族や友人でもない『男』の。
 半裸の男を斜め後ろから写した物。横顔は鼻梁が通っており、鋭く冷たげな瞳も甘い声を吐きそうな唇もひたすらに端整。髪も肌も色素が薄そうだ。
 甲状腺の手術でもしたのか首にぐるりと一周痛々しい傷痕が見える。しかしそれ以上に目に飛び込むのはその下。ジョルノのそれとよく似た星の形をした痣らしき物が有った。
 縫合跡の下だから痣のように見えるだけでジョルノのようにタトゥーなのだろうか。
 初めて見る顔だがこれだけの美形なら俳優か何かか。憧れの役者の写真を持ち歩くが滅多に開かない生徒手帳にお守りのように入れている、という事が有っても可笑しくないだろう。些か少女趣味過ぎる気はするが。
 しかし見たら忘れられないであろう見た事の無い美形。歌手ならば見目だけで売れるに違い無い。芸能関係ではなく個人的な知り合いだとしたら――ジョルノは知人男性に極端な憧れを抱き同じ位置に墨を入れたという、ミスタにとってはとてつもなく嬉しくない可能性が浮上する。
 写真の右上にはアルファベットが並んでいた。
 DIO BRANDO
 名前?
「でゅー……でぃ、お?」
「ミスタ?」
 読み上げを遮るタイミングの声に慌てて振り向く。
 ジョルノは布団を掴んで上半身を起こしているが眠たげな目は殆ど開いていない。
「どうしたんですか?」
「悪い、ぶつかって鞄の中身出しちまった」
 慌てて写真やら生徒手帳やら残りのノートやらを鞄に詰め込む。鞄の中で写真が折れ曲がっているかもしれない。
「寝るんですか?」
 そうだと答える前にジョルノは隣へどうぞと言わんばかりに壁側に寄った。
 油断しきった髪と寝間着の乱れ方をしたその姿の隣に寝ろと?
「……いや足りねーから、ちょっと飲んでくる」
「今から? 僕も行きます」
 寝起きらしく若干低い声で言ってベッドから足を下ろす。
 電気を付けていない暗い中でも、借り物の寝間着の裾を折り曲げて露出させた足首に目が向いた。
「明日寝坊して学校遅れるぜ」
 ただでさえ学校に隣接している学生寮ではなく、近くも何ともないこのアパートから登校するのだから。
「遅刻しても構いません。別に1日位休んだって」
「子供は寝る時間だ」
「僕はもう子供じゃあない」
「いいやお前は未だガキだよ」
 好きな男の写真を持ち歩き、真似てタトゥーも入れてしまうような。
 嫉妬かよ。
 それ以外の何でもないと自覚の有るミスタは、そんな己に深い溜め息を吐く。
「俺はこれからお前が門前払いされるような店に飲みに行くんだ」
 立ち上がり中身がぐちゃぐちゃになっているであろう鞄を端に寄せ、そのまま部屋を出た。
 何も言い返してこないジョルノを残して。

 18歳未満の立ち入れないナイトバーは平日の深夜だというのにそれなりの賑わいを見せていた。
 ビルのワンフロアを占める広さの店だが、テーブル席は両端の2つきり。妙に長いカウンターに向かうように、出入口に背を向ける形でショーを行うステージの有る可笑しな作り。
 構造も客層もギャングの息が掛かっているのがよくわかる。
 ステージには1人の女性従業員が立っている。女性らしい体付きに下着とそれが透ける白いオーバーサイズのブラウスのみの姿。
 東洋を連想させる赤い縄を、器用に自分の体へ巻き結び目を作ってゆく。縄の始まりは天井の取って付けられたような『梁』に縛られていた。
 バーレスクダンスよりもストリップすらをも上回る性的で過激で芸術的なショー。
 氷を入れて薄まるのが嫌でストレートで注文したブランデーを舐めながら、ブラウス姿の女が自分を縛る縄を強く掴む様を見ていた。縄で複雑な形に縛られた腰を軸にして体操選手のようにくるりと半回転。女性は1本の縄で天地を逆さに宙に浮く。
 結び目がほどけないよう技術が要るし、筋肉も使うから確かに芸術的なのだろう。しかしミスタを始めとした男性――しか居ない――客はただ透けたブラウスから溢れ(こぼれ)落ちそうな程に大きい胸しか見ていない。
 並の顔に極上の体という組み合わせは手が届きそうという意味で芸術的だ。
 黒く長いウェーブヘアと、白いブラウスに負けない白い肌。しかし胸や尻と同じようにむっちりと丸い顔、反して妙に細く垂れ下がった目。ブラウスが捲れて白い下着が露になっているのに、もしくはいるからこそ得意気な表情をしていた。
 逆さ吊りの向こう側からもう1人女性が現れる。
 肩まで伸ばした金の髪を巻いた美女。こちらは美女と形容したくなる程に目鼻立ちがしっかり整っていた。
 黒く光るエナメル調のショートコルセットと、同じくエナメルの男性器を模した物が前に付けられた特殊なTバックショーツ、それから黒革のサイハイブーツ。ポルノビデオの女王様にしか見えないその女性はトップレスで惜しみ無く乳房を晒している。
 ただ残念な事に小さい。
 いやまぁ別に良いんデスケドネ。
 手に収まるサイズと考えれば、これはこれで有りだ。
 細身でブロンドで意外に強気な言動を取る美人というだけで、胸が有ろうが無かろうが――嗚呼一体誰を連想しているのやら。
 美形女王様は同じ赤い縄を手にしてこちらに背を向けた。
「げっ」
 その背に思わず声が漏れる程豪快に『お洒落』の域を超えたタトゥーが施されている。
 悪魔と薔薇の花と天使の羽という接点が有るようで、大きさや配置を考えると繋がりが無く見える組み合わせを、豪華フルカラーで背中に描いている。これは完全に堅気の人間ではない。
 この店の従業員という時点で昼に生きてはいないのだが。ギャング組織の統治下に有るからこそ、本来は何時だろうと猥褻罪にあたる乳首の露出を許されていた。
 手にした縄を逆さ吊りの女性に巻き付ける。両腕を後ろに回して手首を固定し、二重にした縄を開かせた股間に通した後に尻の形に合わせる。
 食い込んで下着を湿らせているのがわかった。
 あんな事をされては自分だったら、『自身』だったら逆に縮こまってしまうのに女性の肉体は不思議だ。これが女体の神秘か、と思いながらそろそろ温くなってきたブランデーを飲んだ。
 真正面とはいえカウンター席に座っているのに下着の透け具合いで陰部の形すら見える。
 縄は豊満な胸だけは避けて女性の柔らかそうな体をぎちぎちと締め上げてゆく。いつの間にかすっかり苦しそうに顔を歪めていた。
 縛り終えて刺青女王様はボーイに指示し、運ばせた麻縄か何かで編まれた九条鞭――先が幾重にも分かれている、見た目と音だけが派手で殺傷力の無い物――を手に取る。
 大きく振りかぶり背に1撃。バシン、という激しい打音。続いて叩かれた女性の叫び声。ショーは見せる緊縛から聞かせるウィッピングへと変わった。
 打ち手はゆっくりと鞭を振り回し背中を何度か掠めさせる。ぴしゃりぴしゃりという控えめな音を繰り返した後に、再び激しく振り下ろして痛々しい悲鳴を上げさせる。
 緩急の付いた鞭の使い方により上がる絶叫は芸術性が高いのかもしれないが、どうにも拷問の最中を連想させる。ミスタにとってはとても性的には思えないが。
 こりゃあ子供には見せられないな。
 吊り下げるなんて危険な真似は責任が取れないし、打ち所が悪かったらと思うと望まれても手は上げられない。ましてや責める側になりたいと言われたらどうすれば。
 見せたが最後、目覚められては困ってしまう。何でもするし何にでもなれるが、それは当然可能な範囲が決まっているし弁えてもいた。
 と、物理的に距離を置いて大量の酒を投じているのに未だ1人の事を考えている。
「ミスタ様、引き続きお飲みになりますか?」
 カウンター内のバーテンダーから心配そうな声が掛かった。
 殆ど残っていないグラスを煽ってから返すと既にブランデーの注がれている新たなグラスを置かれた。今日は監査でも何でもないのに随分と気を使われている。
 幹部の人間だからというより見るからに泥酔者なので暴れられないようにと見張っているようだ。
 カウンターの中に有るモニターにもショーは映し出されている。近過ぎるので見る為に顔を上げた。
 画素数の低い画面に映る女性は逆さ吊りから宙に座った姿勢に変わっている。
 打ち手が持つのも黒い1本鞭に変わっており、胸元を目掛けて振り下ろされた。
 ブラウスのボタンが弾け飛び乳房が露になる。ボタンを狙い打ったのなら見事な腕前だし、胸の大きさもやはり見事だ。他の客達同様に「おお」と声を上げたが。
「……あの薔薇……」
 直接見る為にミスタは再びカウンターに背を向けた。肌蹴たブラウスから覗く、谷間を飾る控えめな薔薇のタトゥー。ファッションの範疇のそれは、責めている女性の背に有った物とデザインが全く同じ。
 そこにも鞭が入る。服の上からよりもずっと強い音が響き、柔らかく揺れた胸には真っ赤な痕が出来ている。
 わざとらしく甘い声を上げる余裕が無いのか苦しげな呻きが痛々しい。しかしそれを誉めるように金髪の女性は首筋に顔を埋めた後にべろりと舐めた。
 信頼やら愛情やらが無ければ、こんな危険であり小難しく面倒なショーは出来ない。特殊な関係に有る同性と揃いの墨。
「ふざけんなよ」
 こちとら自制に自制を重ねて歯を食い縛って幼い誘惑に耐えてきたというのに、知らぬ所で既に唾が付いているなんて笑えない。
 写真だけですら慄くレベルの美丈夫に敵うわけがない。いつも隣に居るつもりだったが、肌身離さず側にと思っている相手は別だったとは笑いたくても全く笑えない。
「ミスタ様」
「あ?」
 バーテンダーは「来いとは言わないが」と前置いてから。
「ボスに宜しくお伝え下さい」
 今その話をしてくれるな!

「ミスタっ!?」
 組織の事務所の部屋の中、ソファにぐたりと横たわるミスタの姿を見てジョルノは大声を上げた。
 ばたんと音を立てて扉を閉めたジョルノは慌てて駆け寄り体を揺すってくる。
「……止め、ろ」
「どうしたんですか!?」
「その、大声……止めてくれェ……」
 ドアの閉める音が未だに頭にガンガンと響いているのだから。
「……二日酔いですか」
「そう」
 痛みが悪化するので頷くという頭を動かす行為は出来ない。
「一体昨日、というか今朝は何時に帰ってきたんですか? 家主の居ない部屋から登校する事になるなんて思わなかった。こんな時間まで残る酒の飲み方なんて逆に感心する」
 今は何時か尋ねようと思ったが、ジョルノがここに来たという事は『放課後』に属する時間なので聞かないでおいた。
「お前こういうのは治せねーのかよ……」
「だから僕のスタンドは治す能力じゃあないと何度言ったらわかるんですか。新しく肝臓作って移植する位しか……やってみますか?」
「出来んのか?」
「肝臓取り出す事になりますが」
「何でそんな意地悪言うんだよォー……お前ほんっと冷たい奴だな! おい……デカい声出すな……」
 自業自得、と一言残して気配が離れる。
 ようやっと顔を上げるとジョルノは昨日書類を置いたままにしたデスクに向かう椅子に座っていた。
「……連絡すんのか? 昨日の」
「連絡するように指示を出すだけです。静かにしていて下さい」
 邪魔者扱いされている。と見せ掛けて大人しく寝ていろと言われている。
 呆れられている事に違いは無いが。
「オメーさぁ……本当に寮に住んでんのか?」
「何ですか?」
 ジョルノは1度上げた受話器を戻した。
「寮に帰るって言って男の部屋に泊まっていたりするんじゃあないのか、って話だよ」
「確かに昨日は貴方の部屋に泊まりましたが」
「俺じゃあなくて! うお……頭痛ぇ……俺じゃあなくて、もっと……揃いのタトゥー入れるような仲の奴とか」
「言っている事がよくわかりません。タトゥーを入れたいんですか? 余りお勧めはしたくないんですが」
「やっぱり痛いのか?」
「知りませんよ。ただ貴方の肌に模様が入っているなんて気に入らない、というだけです」
「それだよ!」再び激しい頭痛に見舞われて額を押さえ「俺も気に入らねーんだよ。星でも何でも」
 折角日焼けやくすみや穢れを知らない綺麗な肌をしているのに。
「星って……もしかして僕の首の痣の話をしているんですか?」
 ジョルノは右手を伸ばして左肩の『星』の有る辺りを服の上から押さえる。
「痣?」
「便宜上痣と呼んでいます。誰だったかな……昔誰かに指摘されて母に聞いたら生まれた時から有る痣だと言われました。少なくともタトゥーじゃあありません」
「痣が偶然同じ所に出来るなんて事有るのか?」
「同じ所とは?」
「写真の男も同じ所に同じ星が有るじゃあねーか。あっちがタトゥーなのか?」
 まさかジョルノの痣を真似て男の方が墨を入れているのだとしたら。
 そうなるといよいよ相思相愛だ。ジョルノが勝手に憧れている説が消えてしまう。
「ミスタ、僕の『手帳の写真』を見たんですね」
「あ……悪い……」
「鞄の底に出ていた理由がわかりました。人の手帳を勝手に見るなんて趣味悪いですよ。父の写真はあれ1枚しか無いので折れたら困るんですけど」
「悪かったって……父? あの写真、お前の父親なのか?」
「そうです」
 だからといって同じような形の痣が同じような箇所へ、まるで遺伝するように出来る物なのだろうか。
 ただ写真の男とジョルノとが父子というのは納得がいく。瓜二つとは言わないが言われてみれば確かに似てはいる。同じ系統に属する顔だ。
 万人が美形と称する系統に。
「念の為聞きますが」
 ジョルノはデスクの影になる位置へ置いておいた通学鞄から生徒手帳――昼間に見ると学生服と同じ色だった――を取り出し、開いて挟め直したらしい写真を手にした。
「ミスタ、『財布の写真』は見ていませんよね?」
「見ていない。財布は落とさなかったから触ってもいない。お前財布にも写真入れてんのか」
「最近別の人の写真を入れています。いつでも見られるように」
 見ようと思ってわざわざ開く手帳には父の写真を。
 意識しなくても日に1度位は開く必要の有る財布には父よりも想う相手の写真を。
「うちの組織を、というか僕や貴方といった上層を嗅ぎ回っていた奴を締め上げた事は覚えていますか?」
「何とかっていう弁護士の?」
「そいつが盗撮していた写真、処分する中から1枚拝借したんです。昔から『くすねる』のは得意なので」
「手癖が悪いな」
 二日酔い特有の胃のむかつきは未だ残っているが、ミスタは口に笑みを浮かべる。ジョルノも目を細めた。
「僕が父なら臆する事無く持ち歩きたいから写真を撮らせてくれ、と言えるんですが。きっと父なら断られない。失恋なんて経験した事も無さそうだ」
 合わせていた視線を外し、ジョルノは手元の写真をまじまじと眺める。
「全く羨ましい。相手にされていないのに未だ(いまだ)夢見る僕を見たら嘲笑うに違い無い」
「おいおい、お前を袖にする奴なんてこの世のどこに居るんだよ。老若男女関係無く、お前の方から押したら誰だってすぐに堕ちる」
 言ってからミスタは自分の口を手で塞いだ。
 助言してどうする!
 財布に写真まで入れて想っている相手と交際を始められては堪ったものではない。
 折角手帳の写真は誤解だったというのに。何も食べていなのにこの手の中に吐き散らかしたくなる。
「もっとわかりやすいモーションを掛ければ望みは有る、と解釈させてもらいますよ」
 大きく――そしてわざとらしい――溜め息を吐いて写真をしまい、大きく色素の薄い瞳じっとこちらを見詰めてきた。
「困った、寮の門限に間に合わない。ミスタ、今日も泊めてもらえませんか?」
「ああそれは構わないぜ……って、未だそんな時間じゃあなくねーか」
「今日は門限が早いんです」
 一体どんな学校だ。
 財布に入っているらしい写真に自分が写っていたら良い、等と一瞬は思った。しかし今、それはそれで困る。
 散々な体調で今日を迎えたのだから酒はもう――暫く、数日の間は――飲まないと神に誓った矢先に、気合いを入れたジョルノが積極的に迫ってきたとしたら。
 ジョルノは受話器を取り電話を掛け始めた。繋がった先に管理下にあるホテル名を出す。地下の賭場の件だ。
 自分が大人でいられるのか、それともジョルノを大人にしてしまうのか。どちらに賭けてもミスタの『負け』だ。


2018,01,27


好きなバンドが冬眠中(後に活動停止)に緊縛や調教といったSMショーを見に行く機会がちらほら。
SMは極めれば極める程エロスから掛け離れる大人の趣味だなぁと思います。ストリップも然り。
あと女王様もM嬢もバーテンさんも、昼の生活と分離しきってるお客さん以外は皆墨入れてんのな。
良い子は真似しちゃいけません。特に自縛。
<雪架>

【戻】


inserted by FC2 system