フーナラ 全年齢


  lo so


 みかじめ料回収の仕事の前にやや早い夕食。早く食べて早くから回れば早くに終わるだろうという算段。
 2人でスパゲティを食べながら、ナランチャは目の前のミスタをじっと見ていた。
 ブチャラティはしていないと言っていた。アバッキオもそう言っていたし実際にしていないのを見た。ミスタはどうなのだろう。
「何だよ」
「えっ?」
「先刻からずーっと人の顔見てるよな? 何か付いてるか?」
 ナランチャは慌てて首を左右に振る。
 大盛りのペペロンチーノを食べるミスタの唇は油で汚れているが、それ以外は特に顔に何かが付いていたりはしない。
「足りない?」
 フォークでこちらのボンゴレロッソを指してきた。
「別に欲しくて見てたわけじゃあねーし」
「ならどうした?」
「どうもしない……その、ミスタの耳を見てたいなあって」
「耳ぃ?」
 初めて会った時から今に至るまでミスタは常に耳の隠れる帽子を被っている。
「見る?」
「え、見せてくれんの?」
「おう」
 左手で帽子を捲る。これと言って特徴の無い、至って普通の耳が見えた。
「右も見るか?」
 その為にはフォークを置いてもらわなければならないので「ううん」と遠慮しておく。
 当然耳が尖っていたなんて事の無いミスタはまた食べ始めた。
 ミスタもしていなかった。左耳にしていないのなら右耳にもしていないだろう。
「お前誰の耳でも見て回ってんのか?」
「そういうんじゃあねーよ」
 話しながらも食べるのを止めないミスタ程の食欲は無いがナランチャもまたフォークを動かす。
 どうにも食が進まない。食べるという事にも集中力は必要なのかと初めて思った。
「何で俺の耳がそんなに見たかったんだ?」
「んー……」もうスパゲティが巻き付いているフォークを更に回しながら「……ピアスしてないかなあって」
「ピアス?」
 フォークを咥えたまま数度瞬き。続いてもう1度「ピアス?」と言って片眉を下げる。
 ミスタなら変に気付いたりしねーよな。
 そう思って正直に言ってみたのだが。可笑しな詮索はされたくない。ミスタならばからかってくるに違い無い。
「何だナランチャ、お前ピアス開けてーのか? 生憎俺は開けてねーし開ける気無ぇし、ピアススタジオも知らねーぜ」
 まぁ普通はそう考えるだろう。そこから余計な事を、例えば身近な開けている者に聞けば良いとか、それは誰だとかを考えさせなければ良い。
「開けたいんじゃあなくてあげたいんだ」
「ん? ああ、女へのプレゼントか」
 よし、勘違いしてくれたッ!
 ナランチャは心の中だけで拳を握り締める。実際に拳を握っては「違うのか」と色々と聞かれかねない。ナランチャは黙っておく事が出来るタイプではない。但し黙っていられないという自覚は有る。
「ミスタに相談しちまおうかなあ、どんなのをあげたら良いかって。ミスタはほら、女が喜ぶピアスの種類とか渡し方とか知ってそうだし!」
 『おべっか』を使い調子に乗せて話を違う方へ持っていこう。実際に相談に乗ってもらえたら、良い答えを貰えたら儲け物だ。
 しかしミスタはわざとらしい言動に不信感を抱いたのか先程と反対の眉を下げた。
「……オレあんまりそういうのわかんねーからさ。絶対ミスタの方が詳しいって。なあ頼むよ、教えてほしいんだ」
 下手に出てみる。
「喜ぶピアスなんて人それぞれだろ。知らねー奴は喜ばせられねーっつーの」
 ミスタも知ってる奴なんだけど。
「まあ渡し方なら色々有るよな。どういう状況で渡すか、ってやつだ」
 幸いにも話は「誰に渡すのか」ではなく「何故渡すのか」という方向に進んだ。
「クリスマスでもバレンタインでもないこの時期、恋人に貴金属を送るのは謝罪したい事が有るから」フォークをこちら、今度はナランチャの顔に向け「あってるか?」
「えっと……別に、謝りたいとかじゃあないんだけど……」
「あ、誕生日か?」
「違う」
「付き合う前に貴金属は重たい男になるから止めとけ」
「っていうかもう贈った事有るし」
「でもヤレなかったからもう一押し? 同じ結果になるんじゃあねーか? そもそも高いもんやってもヤレねーなら脈無しっつーか性欲の波が合ってねぇっつーか大丈夫かその女? 貢がされて終わりとか無いだろうな?」
「そういうんでもないって」
 やはりある程度情報を出さなければならないのか。知られないように、疑われないように、だが悪い誤解をされないように。そういった細かい事を考えるのはすこぶる苦手だ。
「あげたし気に入ってくれたんだけど、だから失くさないようにって余り付けない。大事な日には付けるからとか言ってたけどさ、そう言っても多分付けないよな。だからいつも付けられるやつもあげたい」
 意外に上手く説明出来たのではないか。ミスタも納得したらしく頷いている。
「もしミスタがしてたら『普段付けるピアス』ってどういうのかわかるなって思ったんだけど」
 生憎ながら付けていなかった。
「普通は隠れる所に付けないからな。隠れるんだったら適当なもん付けるんじゃあねーか? 左右で違ったり。いやお前の彼女は両耳開けてんのか?」
 完全に彼女だって勘違いしてるッ!
「っつーかお前彼女居んのか! その年で!」
「年って、俺17」
「そうだっけ? 15位じゃあなかったか?」
「誰と勘違いしてんだよ」
「15はフーゴか」
 ドキリ。
 上手くかわしてきた筈の人名が出て心臓が飛び跳ねた。
「未だ時間有るし食後のケーキも注文するか。小さいやつなら食えるだろ」しかし返事が無いので「ナランチャ? 聞いてんのか?」
「……ん、ああ、聞いてる。ミスタ未だ食えんのかよって思っただけ」
 こちらは胸がいっぱいで残り4分の1程のスパゲティにも苦労しているというのに。
 ミスタの細い体のどこにあれだけの量が入っていくのやら。背は有るし適度に鍛えてはいるのかシルエット以上にがしりともしているし、案外正しい量なのかもしれない。
 食べた物はどこへという疑問はナランチャ自身が何度も受けてきた物だし、想い人のフーゴにも言える事だ。彼の場合そんなに量は食べないが。寧ろ質を重視している気がする。
 ピアスを贈りたい相手はフーゴ。既に好みであろう苺のピアスを贈ったのも、大切だからと保管してしまったのも、では普段身に付けられる物をと考えているのも。
 しかしながら周りにピアスをしているのがフーゴしか居ない。
 今はチームメイト以外とは特別深い交流が無い。チームメイトは皆ピアスをしていなかったし、1番新入りのミスタもしていなかった。
「もう17? 誕生日来て17になったのか?」
 ナランチャがぼんやりしている間にウェイトレスを呼び追加注文をしたミスタが未だ年の話をしてくる。
「そうだけど」
「あー良かった、同い年かと思って焦ったぜ。俺は誕生日来たら18」
「は? じゃあミスタって今は17歳なのか? 同い年!? 年上じゃあなかったのか!?」
「俺12月生まれだから。だからお前より年上だぜ」
「なんだ、そっか」
 少し違う気もするが考え過ぎて頭痛が起こる前に納得する事にした。
 身長が15cm程違うのに同い年なんて有り得ない。やはりミスタは年上、12月で1つ上になるのだ。そう思っておきたい。1年経てば自分もミスタ位には背が伸びているかもしれないと思っておきたい。
「で、お前は自分がやったピアスを普段から付けてもらいたいわけだ」
「うん。大事にしまっとく位に気に入ってもらえたのは嬉しいから、違うのをあげたい」
「失くさないように、って事は普段付けていたら失くしちまうかもしれない。お前それでも良いのか? 彼女に何で失くしちまうんだって詰め寄ったりしないな?」
「しねーよ、そんな事」
 もし紛失されたとしても自分の物をどこかに落としてしまったフーゴが辛いだろうと同情するだけだ。
 そもそもフーゴならばそう簡単に失くさないのでは。
「お前と彼女は映画の趣味合うのか?」
「映画?」
 今度はナランチャが片眉を下げる。
 フーゴはどんな映画を好んでいるだろう。自分と同じ物を好むだろうか。第一に自分はどんな映画が好きなのだろう。
「んー……」
「まあいい、取り敢えず微妙な時間の映画のチケットを用意しろ」
「微妙な時間って?」
「見終わったら飯の時間をちょっと過ぎる位のやつだ」
 確かに微妙な時間だ。
「で、待ち合わせを映画よりも30分位早くする。落ち合ったら「未だ入れないからちょっぴり見て回るか」ってピアスの売ってる店に行け」
「30分でピアス買って映画館に戻んのか? 何か忙しない(せわしない)って感じだな」
「それが良いんだよ」
 わかってないなぁお子様は、と顎を上げたミスタにお待たせしましたと声が掛かり追加注文のケーキが置かれた。
 小さめのホールケーキを6等分にしたような大きさの、苺とクリームのショートケーキ。
 胸はいっぱいだし腹も満たされてきたが、目の前で食べ始められると美味しそうに思えてしまう。
「お前は彼女と適当な安いアクセサリーショップに入る。間違ってもジュエリーブランドを取り扱ってるような店には行くなよ? で、ピアスが並んでる所で「これかこれ似合いそうだなあ、どっちか買ってやるよ」と言え」
「どっちかって、その2つはオレが選ぶの?」
「そうだ。適当で良いぜ、色違いでも」デザートフォークでケーキを1口大に切り「安い順番でも3つからでも何でも。だけど4つから選ばせるのは縁起が悪いから駄目だ」
 4つの候補が駄目なのはミスタだけなのでは。
「30分も無いから急いで選ぶし、2つや3つからなら決めやすいし、お前がやった物になるし、でも選んだのは彼女自身だから絶対に失くせないって程でもねーし、それで失くしちまったら選ばなかった方を買ってやれば良い」
「おお、凄ぇ……」
 フォークを持っていなければ拍手をしていた。待ち合わせ時刻が見事に幾つもの意味を持っている。
「ピアス買った後は急いで映画館行って映画見て、終わったら時間が時間だからで一緒に飯食いながら先刻のピアスしてみろって言えば、普段使いのピアスになると俺は思うぜ」
「うん、オレも思う! あ、でも……それって男にも有効?」
 ミスタは恋人の女性を想定して話しているが例えば男性だったり、ようはフーゴであっても使える作戦になるのだろうか。
「男でも喜ぶ奴は喜ぶんじゃあねーの? 俺は嬉しくねーけど」
「え、嬉しくない?」
「穴無いからピアス付けねーし」
「そっか。オレもピアスだと嬉しくないかも」
「俺はそもそもアクセサリーって付けねぇんだよ、邪魔臭くて。指には絶対付けたくねぇし、手首は片手で付けんの大変そうだし、首だって見えねーから付けんの大変だろ?」
 そう考える人間も居るだろう。女よりも男に多そうだ。シンプルイズベストという言葉が有りそれをファッションに向ける人間も居る。シンプルという言葉はミスタには当てはまらなそうだが。
 だがフーゴは普段からアクセサリーを、ピアスをしているから喜んでくれる、と思いたい。実際喜んでくれた。
「フーゴに聞いてみれば?」
「直接?」
「電話や手紙で聞く内容じゃあないからな」
 ん? 今一瞬、話が噛み合わなかった?
「……あ、そっか」
 フーゴって言ってないんだった!
 折角誤魔化せていたのに、ここで「本人に嬉しいか、ピアスを普段使いにしてくれるか聞くべきか」等と言っては台無しだ。
「フーゴは確かピアスしていた筈だぜ」
「うんうん、そうだな! してたな! 今思い出した!」
 ミスタが何故か溜め息を吐く。
 急に呆れでもしたような態度を見せ、しかし何も言わずにケーキを口に運んでいた。
「その……有難うな、色々教えてくれて」
「どう致しまして」
「今度映画館の近くに良いピアス売ってる店無いか探してみるよ。あんまり良いやつじゃあない方が良いんだっけ」
「じゃあ食い終わったら映画館周りちょっぴり見てみるか」
「いいのか?」
 一応この食事は『仕事前』なのだが。
「別にちょっと位良いだろ、遅くなったって」
 これから向かう先はみかじめ料の徴収、つまりは難癖を付けられてギャングに金を取られるのだから、店側は来ないでくれと祈っているに違い無い。そして何時に行おうと予定している店を全て回れれば自分達ギャング側は任務完了だ。
 ただ自分は帰宅時間がどれだけ遅くなっても構わないが、夕食をこの店に決めた際にミスタが「先食ってぱっと済ませてとっとと帰ろうぜ」と言っていたので、彼は遅くなっても良いものなのか気になる。
「良い感じの店が有って、良い感じのピアスが有ったら、これとこれから選ばせろってアドバイスもしてやれるな。それにナランチャがどうしてもアイツにこれを付けさせたい! って思うのが有れば買っちまっても良いし」
 自分の物だと主張する為に贈るつもりは無いが、これが似合いそうだと思う物に出会う可能性は有る。最近は服や靴でもフーゴに似合いそうだな、好きそうだなと思って見る事が増えた。
 良い物を分かち合いたいと思う。支え合いたいとか笑い合いたいとか、一緒に居たいとか。そして喜ばせたい。それらの感情を全て纏めて小さく形にした物が普段使いのピアス。
 その事にも気付かせてくれて、
「ミスタ、ほんっとーに有難うな」
 ふざけ合うのが常で、こと恋愛なんかはからかわれそうだから相談するのが躊躇われるような相手なのに、しっかりと頼りになる。
 後輩なのに先輩のような。年上だからか。
 つまりは『兄』みたいなものなのだろうか――
 見に行ってみて良い店が有って、フーゴに選んでもらうのに丁度良いピアスも有って、後日ミスタに立ててもらった作戦通りにピアスをプレゼントして、フーゴが付けたピアスをミスタが見たら。
 気付かれてしまうだろうか。その前に洗いざらい話しておいた方が良いのだろうか。隠し通すべきか否か。自分にそんな事が出来るのか。
 考えるのは苦手なのに、考える事は未だ未だ沢山有るようだ。


2020,07,26


2人が並ぶと半グレの兄ちゃんと、兄が大好きだから格好だけワルぶってみた弟感有るなぁと。
しっかし半年位同い年の期間が有るとか信じられない。
<雪架>

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