ブチャラティ中心 全年齢


  サタニストvsエクソシスト


「生まれ付きじゃあなくて弓と矢に刺されてもないスタンド使いィー?」
 頻繁に利用する飲食店にナランチャの大きな声が響く。
「静かに」隣のフーゴが声を潜めて注意をして「遺伝じゃあなく、しかし突然発現するなんて事は無いと思いますが」
「発現するまでに間が開くタイプって事でもなくか?」
 反対隣のアバッキオの問いに、話題提起をした新入りのミスタは「そうじゃあない」と答えて続けた。
「例えば誰かをスタンド使いにする能力の有るスタンドとか」
「スタンドマスターがコロコロ変わるスタンドとか?」
「Aが持つスタンドをBに移すスタンド、なんてのも有るかもしれねーぜ」
「逆にスタンドを使えなくするスタンドも居るかもな」
「自分のを含めスタンドを見えなくするスタンド!」
「スタンドが見えるだけのスタンド!」
 盛り上がるミスタとナランチャ。年が同じだからか気が合うようで、年は同じだがまるで兄弟のように見える。
「だから煩いですよ、2人共。でもまあ、数え切れないだけのスタンドが存在するようだし、そういったスタンドが在っても可笑しくは無い」
「そもそも俺達は生まれながらのスタンド使いにすら会った事無いぜ。ブチャラティ、アンタはどうだ?」
 取り止めのない会話に巻き込まれたブチャラティは1人別のテーブルで待ち合わせている相手が来ないか窓の外を眺めていた。
「……生まれながらのスタンドは遺伝、という事になるんだろうか」
 口にした疑問に部下4人は黙り込む。
「生まれ付きスタンドが使える奴を一応1人知っている。いや、知っていたと言った方が良いか、もう死んじまったからな。ポルポと仲の悪い幹部にスタンドを見せて気に入られて組織(うち)に入った男が居た」
「へー、どんなスタンドだったんだ?」
 ミスタの言葉に首を左右に振る。言葉を交わした事が数度有るだけなので知らない。自分の直属の上司であるポルポも聞かされていないかっただろう。
「遺伝じゃあなかったら、親には見えない物が自分にだけ見えている事になりますね」
 まして兄弟にも見えなかったら。そんなスタンド使いの子供を親は不気味だと思うかもしれない。
「すっげー良いスタンドを使える子供が欲しくて、スタンド使いと結婚したのに遺伝しなかった! なんて事も有ったりすんのかな」
「スタンド使い同士の間の子供だったら、父親のスタンドと母親のスタンドのどっちを受け継ぐのかって話にもなるな」アバッキオは飲み終えたカップを指でつつき「まさか両方使えるって事は無いだろうし」
「2種類以上のスタンドを使える奴って居ないんだよな?」
「一応」
 尋ねてきたミスタのスタンドは6体で個別に意思を持っている。が、見た目も能力も同じなので「1つ」とカウントして良いだろう。
 そうこう話している内に待ち合わせている相手、ブチャラティに相談が有るから話せる場を設けてくれないかと言ってきた女性が入ってきた。
「ああブチャラティ、待たせてしまってゴメンなさいね」
「いいえ、どうぞ座って下さい。何か飲み物でも?」
「そうねぇ、炭酸水を頂こうかしら」
 外が暑かったからと笑う婦人は60手前位の年頃でややふくよか。どこにでも居そうな極々普通の、ギャングとの関わりは有っても息子が悪い仲間とつるんでいるとかそういった事位だろう。
「それで『俺』に相談と言うのは?」
 運ばれてきた炭酸水のコップを置いた所で尋ねる。
「……娘の事、なんだけどね」
「娘?」
「一人娘が居るのよ。あんまり器量は良くないんだけど性格の良い子でね。そのうちの娘が……最近、ちょっと……苦しんでるの」
 チンピラ風情に貢ぎ込んでいるから別れさせろ、といった話ならば解決は容易だ。
 しかし気まずそうな顔をして「お願い」と言った母の口からは想像に絶する言葉が出てきた。
「エクソシストになってほしいのよ」
「……は? エクソシスト?」
「お願いよブチャラティ」
 それこそ神に祈るように手を合わせて頼まれる。
「なあ、エクソシストって、あのエクソシストかな? 映画とかの」
「本来は厳かに誓言する者という意味ですが、映画の悪霊祓いが有名ですね」
 すぐ近くの、しかし一応違うテーブルに向かう4人もひそひそと話した。
「そもそもこの現代イタリアにエクソシストって居んのかよ」
「居るぜー、カトリックにはな」
「マジかよ」
「ミスタ、詳しいのか?」
「いや全然。そこそこ偉い奴がちゃんとした服着て、飯抜いて祈るって事しか知らねー」
「充分詳しい方ですよ」
 全くだ。ブチャラティはその4つの条件――4つだけなのか、他にも有るのか、勘違いも混ざっているのか――を知らなかった。
 ミスタの言う通りなら「そこそこ偉い奴」ではないブチャラティはエクソシストになる事が出来ない。
「ちょっと前から幻覚が見えたり幻聴が聞こえたりしてたみたいなんだけど、最近だと魘され(うなされ)たりもして困ってるのよ」
「魘される……悪夢に?」
「ううん、起きてる時に。どうやら息が出来なくなっちゃうみたいなの」
 怪我でなくても病や疲労でそういった症状が出る事も有るだろう。となれば医者の出番だし、何より。
「何故本物のエクソシストに頼まないんですか?」
 ミスタの話からするとカトリックの教会に頼めばエクソシストを派遣してくれるだろう。もしプロテスタントなり正教会なりの信者であったとしても、全く違う種類の神を崇める宗教に属していたとしても、他の人々が救われない「というわけではない」と宣言している以上話を聞き――素人に出来る程度の物であろうと――助言位はしてくれる筈だ。
「それがねぇ、うちは代々サタニストなのよ」
「……は?」
「サタニスト」
 悪魔崇拝の信徒の意。
 こんな平凡を絵に描いて額縁に入れて玄関に飾っているような中年女性が。
「えっと……代々、ですか」
「いつからかは分からないけど、私が子供の頃には祖父母に連れられて集会に出たものよ。夫と出会ったのもそこ」
 娘も2世を通り越して最低でも4世なので非信者に寛大な教会であっても近寄れないのか。
「悪魔を崇めているのに、その悪魔に憑りつかれるなんて可笑しな話じゃあないですか? 悪魔じゃあなく病気か何か、訪ねるべきは神父ではなく医師の方かと」
「いやねえ、サタニズムって響きで誤解される事が多いけど、別に悪魔のように悪さをしよう! って事じゃあないのよ。単に世間一般で言われている『神様』を信じないってだけ。私達は仮にサタンって名前の神様が居たとしても信仰しないのよ」
「そうなのか」
「少し意外ですね」
「オレも知らなかった」
 隣のテーブルでアバッキオ、フーゴ、ナランチャがひそひそと話している。
 ミスタは腕を組みうんうんと頷いているので知っていたのかもしれない。そのミスタの柄の悪さこそ、この中年女性よりも余程サタニスト『っぽい』と思われそうだが。
「勿論有神論的なサタニズムも有って、そういう人達は悪の力で世界征服してやろうとか言ってたりもするけど、私達の宗派はそういうのじゃないの。ちょっとマイナーな物や考えって意味でサタンって言葉を使ってるだけなのよ」
 適切な言葉が無いので天使とは逆の意味を持つ言葉である悪魔を用いているだけ、という主張らしい。
「人類は平等じゃあない、だから努力して地位や名誉を掴もう。弱者を使役して適切な報酬を渡そう。そういった考えを大事にしているだけなのよ。勿論人の物を盗んじゃ駄目よ。まして借りるのだって絶対に相手の了承を得てから。かと言って無理に『Si(はい)』と言わせるのだって駄目。それから3人で居る時に2人しか分からない話もしちゃあ駄目」
 信仰心が深過ぎるだけの人間より余程他者への気遣いが出来ているような。
「でもそこいらの教会に行ったってサタニストだって知られたらエクソシストを派遣してくれないでしょう? それこそ貴方みたいに「悪魔信仰しているから悪魔に憑かれるんだ」って言われちゃうわ。別に神の名の元に傲慢な態度を取る人達を頼りたくないとかじゃあないの。傲慢である事は私達には見合った働きをしている人なら誉められるべきって考えだしね」
 頬に手を当てて溜息を吐く。この年代の女性が如何にもしそうな仕草だった。
「貴方はギャングで悪い事もするみたいだけど、でもブチャラティ、特に貴方はそれだけじゃあない」
 正義の名の元に悪事を働く不届き者が蔓延るこの時代に、悪人の看板を背負い人々を助ける。
「買い被り過ぎです。俺は一介のギャング、チームは持っているが幹部ですらない。だからエクソシストの真似事だってきっと出来ない。ただ……様子を見てみる位なら」
 もし娘の虚言であればギャングが顔を出した時点で辞めるだろう。
「本当!? 有難う、見てもらえるだけでも違うかもしれないわ! いつ来てもらえるかしら? 早い方が良いけど、娘にはいつでも仕事を休ませるから、貴方の都合に合わせるわ!」
「最短ならこれからでも構いません」
「まあ! じゃあ早速――」
「ただ、貴方のご自宅で会うのなら、条件が有る」
「条件……?」
「俺の他にもう1人、いや2人同行させる。俺の部下を含めて3人でお邪魔する、という事です。ご自宅じゃあないのなら俺1人でも構いません。但し店は俺が指定させてもらいます」
 万が一敵対組織が適当にアルバイトと称して雇った女に母親役をやらせて呼び出しているのだとしたら。そんな罠だった場合の対処法だ。
「2人でも3人でも良いわ、嗚呼助かる! ちょっとお父さんに連絡させて頂戴ね」
 携帯電話を取り出して早速通話し始めた。
「良いのかよ、ブチャラティ」ナランチャがこちらのテーブルまで身を乗り出して「普通のオバさんと見せ掛けてヤベー奴だったりするんじゃあないのか?」
「もしそうだと困るな。ナランチャ、ついて来てくれるか?」
「勿論良いぜ」
「フーゴも頼む。それとミスタ」声を大きくはせず顔を向け「念の為18時からの『見回り』を代わってやってくれ」
「分かりました」
「了解」
 アバッキオはこの後に彼でなくては出来ない種類の『見回り』が有る。もしもそれに来させない為に相手側が練ったややこしい作戦だったら――全てを疑わなくてはならないのだから、ギャングの世界は気が休まらない。

 ブチャラティとフーゴ、ナランチャの3人は極一般的な住宅街に連れられてきた。
 ここですと案内されたのは辺りと比べて大きくも小さくもない、極めて『普通』の2階建ての家屋。
 築40年以上だろうがもっと古い家も有るし――勿論新築を思わせる建物も有る――古い物を大切にするのは良い事だ。
「ただいまぁー」
「お帰りー」
 遠くからの娘と思しき女性の声に、母親である彼女はやや安心した様子を見せる。
「お客さんを連れてきたのー部屋に入っても良いー?」
 少し間が有ったが。
「……うん、良いよー」
「じゃあ上がりましょう」
 入ってすぐ見える階段を上がる。
 2階には部屋が2つと物置部屋が1つ。近い方の部屋のドアをノックして「はーい」の声を聞いてから開ける。
 明るい日差しが入り異臭等の一切無い如何にも『昼間』を思わせる、しかし散らかってはいないがいやに物の多い部屋。1人掛けのソファーに部屋の主であろう1人の女性。
「え、男の人が、3人も?」
 驚きに目を見張るのは異性に慣れていないからだろう。もしかしたら自室に男が入るのは初めてかもしれない。連れてきたのが線の細いフーゴと見た目に幼いナランチャで良かった。
 30代であろう娘の母親に似た作りの悪い顔立ちと父親に似ているのかでっぷりと太った不健康そうな体は余りにも人好きのしない見た目だ。
「何だか今日は調子が良さそうね」
「うん、今の所全然」
「悪魔祓いって、悪魔が出てきてない時には出来ないのかしらねぇ」
 出てきた所で自分達が祓えるとは限らないが。
「ムラが有るんだな、悪魔とやらは」
「信じて来てくれたんだね、私が悪魔に取り憑かれてるって」
 見えないし聞こえないのに、それでも。
 嬉しそうにしながら自分の首に手を伸ばし、手入れをしていない指の先で掻く。
「俺達は専門家じゃあない。だから貴方を見ても苦しめているのが悪魔なのか違うのかも分からない。悪魔が見えるかどうかすら分かりません。ただ、何か違う、例えば特定の病気だったりするかは分かるかもしれない」
 身内では気付けない事でも他人の目では案外、という可能性に賭けたい。
「しかしブチャラティ、その為にはやはり『悪霊憑き』の状態でないと分かりませんね」
「そうだな……常時なっているわけじゃあないなら逆に、何時頃が多いとかは? そもそも毎日は起きない?」
「殆ど毎日だけど決まった時間じゃあなくて……日に何度も有るけど間隔もまちまち。苦しい時間も一瞬で終わる位短い時のが多いんだよね」
「長い時は?」
「んー、長くても10分も続かない。けど、その位息をするだけで痛い、ちゃんと息の出来ない時間が続いて……幻覚や幻聴とはちょっと違うかもだけど、目の前に黒い模様がぶわーって出てきてよく見えなくなったり、その模様が鳴き声を上げてそれ以外が、話し声とか音楽とかちゃんと聞こえなくなる。耳鳴りとは違うんだよね、もっと言葉みたいな感じでもう本当嫌。だけどそういうのより苦しい方が大きいから、どんな模様とかそれが何を言っているのかとかは分かんない。それと――」
「分かりました、参考になります」
 止めなくてはどこまでも喋り続けそうだ。
「今日は休みだけど仕事にも支障が出て困ってるんだよね」
「因みに、仕事は?」
「工場。電車関係の。掃除の為の道具とか修理部品とかも扱ってて、繁忙期とか閑散期とかは特に無い。職人技とか必要無いけど、サボってたら仕事終わらなくて――」
「そうですか」
 接客の無い仕事を地道にしているのだろう。
――ブゥン
 不意の重たい風の音にブチャラティが横を見ると。
「ナランチャ?」
 スタンドを出している。
「変なのが見えるって、スタンドかもしれねーよな」
「……成程、その可能性は有る」
 勘が鋭いタイプでありながら取り敢えず撃ってみようと言い出さなくて良かった。
「スタンド、というのが娘に取り憑いているんですか?」
 母親には見えていない。
「そっちの子って霊感有るの?」
 どうやら娘にも見えていないようだ。
 無差別或いはスタンド使いでない事を承知での攻撃か、巻き込まれただけなのか。
 それともスタンドは全く関係無いのか。
「う、ぐ……」
 呻き声。
 ポリポリと首を掻いていた指が震え、その先の首に模様が浮かび上がってきた。
 不規則で丸みを帯び渦を描くような模様はどんどん濃くなり首を締め付けているようだ。
「スタンド使い同士は惹かれ合う、という事か」
 ブチャラティもスタンドを出す。
 スタンドで首に、その模様にそっと触れてみた。しかし何も起こらない。指先に何かを感じる事も無い。ただ肌に触れただけと何も変わらない。
 手を離すと逆に模様が追い掛けるように実体化した。
――ハヤク、ハヤク
 口も無いのに言葉を発している。
 娘の目の前に広がるスタンドらしき影。しかし煙のような、気体と呼ぶのが1番近いような実態の無さ。故にスタンドでも『掴む』事が出来ない。
「あ……黒いのの他、に……人みたいのも、居る……奥に、飛行機? 何、あれ……」
 呻きながら2人のスタンドを指差す。見えている、否、見えるようになった。
 スタンド攻撃を受けているのか、その意図は無くただ発現しているだけなのかは分からないが。
「ブチャラティ! フーゴ! どうする!?」
「落ち着いて下さいナランチャ、彼女の身体的安全が第一です」娘へ近付き「横になって下さい、ベッドの上へ」
 娘はフラフラとベッドへ移る。
 本当は抱き上げて寝かせてやりたいがフーゴは勿論ブチャラティでも持ち上げられそうにない。雑音が聞こえるようになるらしいが、フーゴの言葉が聞き取れていて良かった。
「横向きに、比較的左の方が模様が多く表れているようなので、左を下にして下さい」
 母親の手を借りて横たわる。
 フーゴが「失礼」と娘自身の左腕を枕にさせ、また右膝を左膝に重ねるように指示して娘はそれに従った。苦しそうだが全く息が出来ないという事は無さそうだ。
 娘の顔の前を中心に漂っていた影のようなスタンドは、何を思ったか急にしゅるしゅると首へ戻って行った。
「……あ、楽になったかも。全部消えたし、何も聞こえなくなった」
 首にぐるりととぐろを巻きただの模様となり、数秒掛けてゆっくりとだがその模様すら消える。
「これが悪霊か」
 ブチャラティはしかめっ面を見せて腕を組んだ。
 どうやらスタンドのようだから神父に頼んだ所でどうしようもないだろう。
 しかし掴んで引き離す事すら出来ないので、スタンド使いが3人も居る今この場でも文字通り手の施しようが無い。
――ドンドンドン
 ドアを力強く叩く音に全員で振り向く。
「おい、大丈夫か!?」
 若々しくはない男の焦った声。
「入って良いよー」
 先程までが嘘のように苦しさを一切感じさせない――しかしベッドに横になったままの――娘の返事を受けて外からドアが開けられた。
 入ってきたのは父親と思しき中年の男。特徴としては非常に太っている。
 背が人並――ブチャラティより低い――なので威圧感は無く、ただただ「だらしない」と思わせるまでの太り方。
「何だ、何とも無さそうじゃあないか」安堵に肩を下げ「エクソシストを頼んだギャングが3人家に来るっていうからいよいよ大変になったのかと思ったよ」
「嫌ねぇ、偶々私達が揃って休みだから頼みに行って、早速来てくれるって言うからお願いしたのよ」
「お母さん、私には電話もくれないのにお父さんには先に連絡してたの?」
「だってお母さんと同じ位にすっごく心配してるんだもの」
「でも私にも言ってよー、もっと早く分かってたら部屋だってちょっとは片付けられたのに」
「未だ片付いてる方なんじゃあないのか?」
 まるでホームドラマのように親子3人笑い合った。
 娘は30代半ば位――もう少し上のような、垢抜けなさは未だそんなに年でもなさそうな――で未だに嫁に行かないのかと言われる年と職業だが、それでも3人は理想的な家族の光景を見せている。
 幼い頃に両親が離別し、ついていくと選んだ父親とは早々に死別してしまったブチャラティには羨ましく、眩しくすら見えた。
「何とかしてやりてーけど、どうすりゃあ良いんだ。オレ分かんねーよ」
 攻撃力の非常に高いスタンドを使うナランチャだが、レーダーを見ながら爆撃を行うのみなのでこういう場合には何も出来ない。
 隣で唇を噛むフーゴのスタンドもまた、人型で手は有るが物を掴むにはとても危険で出来る事が無い。
「……このスタンドを使っている奴を探し出して、無理にでも止めさせるしか方法は無いな」
「そうしようぜ、ブチャラティ!」
「ですが、手掛かりが有りません」
 スタンドマスターから離れて使役出来る遠隔操作系あるいは自立型のスタンドは精密性を犠牲にすればかなりの広範囲に作用する。
 不定期に表れて不明確な言葉――「早く」「速く」と聞こえた気はする――を発し形も曖昧と言えば曖昧。これならばネアポリス市外に居ても可能かもしれない。
「一応聞かせて下さい。心当たりは?」
「無い」
 それもそうだろう。
「では、いつから? 最初はどこでなりましたか? 覚えている範囲で構いません」
「いつからだろう……場所も毎回違うからなあ。うってなったり何か見えたり聞こえたりするようになったのは多分3ヶ月位前からかな? ここまで息が出来なくなる程苦しいのは先々週から。病院行ってみたけど、あ、呼吸器内科ね。でも何とも無いって。その時は苦しくならなかったし。丁度その日は1日中何とも無かったなあ。でも次の日やっぱりなって、夜なんて特に酷くて――」
「分かりました」
 やはり話が長い。溜息を吐きたくなる程。
「3ヶ月前と、症状の強くなってきた半月前とを中心に調べましょう」
「そうだ、写真撮ろうぜ! インスタントカメラ、有るだろ?」
「スタンドは消えてしまいましたよ」
「でも本人の顔とか撮っといたら、犯人とか頼んだ奴とか何かその辺に見せられるだろ?」
「それもそうですね」フーゴはカメラを取り出し「撮っても良いですか? 勿論悪用はしません。ああ、ご両親も一応」
 フーゴとナランチャの2人で着々と進め始めた。
 2人はブチャラティと違い親からの愛情に乏しかった。故にブチャラティよりも『幸せな家族』を護りたいのだろう。
 娘、父、母の写真を撮った。インスタントカメラなのですぐに出てくる。
「3人並んで」
 カメラを借りたブチャラティに言われるがまま並んだ家族の3ショットも撮る。この1枚は家族に渡した。
 翌朝全員アジトに揃った際に今後の方針を話した。
 とはいえアバッキオとミスタに写真を見せ、半月前と3ヶ月前にこの近隣で可笑しな事は起きていないか調べようと言うざっくりとしたものだったが。
 部下4人は何をどう調べろと、と困っていたし、指示を出したブチャラティ自身も同じように困っている。
 ミスタは撮ってきた写真をまじまじと見ていたが「3ヶ月前なんて覚えちゃあいねーよなあ」と頭を掻いた。
 解決策の無いままそれぞれの今日の任務――アバッキオはオフ――に就く。
 エクソシストを頼まれる程街の人間に頼りにされているブチャラティに課せられた今日の仕事は、小さな別勢力の牽制だった。

 『仕事』が終わり帰路についたブチャラティの携帯電話にミスタから着信が有った。
[今から飲めねー? 会わせたい奴が居る]
 軽いのか深刻なのかいまいち分からない誘いに応じて指定された店へ行く。
 その店は1階にバーカウンターが在り、地下1階がDJフロアになっているクラブで、ドリンクを買い下へ降りるとすぐにミスタが見付かった。相変わらず派手な服装なのもあるが、そろそろ来ると踏んでか階段近くに居たので探す手間が省けた。
「よお、突然悪いな。でも偶には良いだろ? 仲間同士でただ楽しく酒飲むのも」
「そうだな」
 余りそういう経験は無い。かと言って恋人と2人で静かに飲む事が多いわけでもない。
 1人で飲むなら食事に合わせて、誰かと飲むならそれは取引の場で交渉の潤滑油に。
 ブチャラティにとって酒とはそういう物だった。偶にはきちんと楽しんでやらなくては酒に失礼かもしれない。
「で、会わせたい奴なんだが」
 ミスタの隣には1人の若い男が居た。20代半ば程で中肉中背より少しふくよか寄りの健康そうな男が「どうも」と挨拶してくる。
「コイツがブチャラティ、ようは俺の上司」
「随分若いな」
「18。あ、19になったんだっけ?」
「俺の5個以上は下ってわけか……やっぱりその位からやるもんなんだな、ギャングって」
「組織(うち)に入りたくて俺と引き合わせたのか?」
 眉を寄せて尋ねた。
 ギャングは何歳からでもなれるし、25歳からでも決して遅くない。
 ただブチャラティとしては極力ギャングを増やしたくない。
 昇格に当たっての敵だとか、実際に敵組織に回る可能性だとかではなく、真っ当な道を歩めるならその方が良いから。
 それは自分達には出来ない事だ。
「いやいやそういうわけじゃあねーよ。コイツの顔、見覚えねーかなって」
「見覚え……?」
 腕を組み男の顔をじっと見る。
 完全に初対面の筈だが、言われてみれば見覚えが有る気がしてきた。
 どこかで、比較的つい最近、似た人物と会ったような。
「……あ」
 悪魔に取り憑かれているらしい娘に似ている。否、その父親にこそ似ている。
「な? あのおっさんに似てるよな」
「そうだな」
 ミスタが3人の写真を、特に父親の顔をまじまじと見ていたのはその為か。
「でも誤魔化すんだよなァー。家族の事、教えろよ」
 ミスタが肘で小突くと。
「だから俺には身重の妻が居るんだってば」
「結婚していたのか。子供はいつ生まれるんだ?」
「6ヶ月目だから未だ先。って言ってると、あっという間なんだろうな」
「就職して結婚して足洗ってすぐ子供が出来るとか、お前本当幸せもんだよ」
「足を洗う?」
「まあ昔はちょっと悪さしてたんだよ。ミスタとはその頃からの付き合い」
「でも今やすっかりホテルマンなんだぜ。奥さんに遠慮して可愛い女の子が居る店にも行かないし。つまんねえなァー! ま、そこが良い所なんだけどな」
 5つ以上年上の相手に馴れ馴れしいこの態度こそがミスタの魅力だろう。
「……会ったんだな、親父に」
 楽しい雰囲気を一変させるように盛大な溜息を吐いた。
「俺はあの家を出た。もう関りが無い。これから先関わる事も無い。俺が何かやらかしたら、妻や生まれてくる子供のやらかした事だって、俺が責任を取る。だから向こうに何か言ったりしないでくれ。俺も向こうの責任は一切取らないからな」
 バーで酒を飲んでいるとは思えない程冷たい物言い。
 言わないので『正式』には縁を切ってはいなさそうだが、父母と姉の方もこの弟に全く触れなかった――母親に至っては「一人娘」とも言っていた――辺り「遅めの反抗期で家出をしてみた」ではなさそうだ。
「君の両親と姉に、姉の『病』に関する相談を受けた。ただそれだけだ」
「病……輸血とかそういうのって、匿名で出来るのか?」
「優しいんだな」
 にこりと笑うと「別に」と照れられる。
「ミスタが俺を呼んだのは似てるから会わせたいとかそういった事だ。輸血や移植が必要で君を探していたとかじゃあない。あの病気モドキと関係が……いや、待て」
 もしかして。ブチャラティは顔を険しくし、傍らにスタンドを出した。
「見えるか?」
 突如スタンドが発現しそれに苦しめられるようになったのは、実の弟がスタンドに目覚めたからかもしれない。
「見える」
「何ッ!?」
「人みたいな形をしている」
「え、お前、スタンド使いだったのか?」
「ミスタにも見えるのか? 俺は最近こういうのが見えるようになった。あと、出てくるっつーか」
 顎を挙げて自身の首を指す。
「今は出てきてないか。他の奴には見えない模様みたいのが浮かんで、そのままうねうねーって出てくる事が有る。暫くしたら首に戻って見えなくなるけど」
 嗚呼間違い無い、スタンド使いだ。
「弓と矢に触れた――射られた、と言うべきか。そういう事が有ってから、か?」
 本人が望んでなったわけではないのなら恐らく。しかし『最近』という曖昧な表現をする辺り、狙われて射られたわけではなさそうだ。
「弓と、矢? 射られた?」
「心当たりも無いみたいだな」
 そして毒にも薬にもなっていない、本当にただ発現しただけのスタンド。
「あの、俺は無いんだけど、その……妻に、そういう事が有った、かもしれなくて。帰ってきて「矢に刺されたみたいだ」ってわけの分かんねー事言って、そのすぐ後に高熱を出したんだ。風邪じゃあないようだが腹の子供に影響有ったら嫌だからって薬も拒むし。何日か続いたけど熱が下がったら元通りっていうか、後遺症とかは無くて本人も子供も勿論俺も何とも無いしもう過ぎた事だけど、弓と矢に射られたって聞いて思い出した。首から出るようになったの、見えるようになったのってその頃からだしな」
「……首が絞まるような苦しさは?」
「全然。見えるってだけ」
「薬は子供が心配って事は、刺されたかもしれねーってのは半年位前か?」
「違うぜミスタ、半年前じゃあ妊娠してるの知らなかった。あれは3ヶ月位前だ。子供が出来たって分かったばかりで余計に心配だったんだろうな」
 まさかの3ヶ月前。姉とは違いスタンド攻撃を受けているというよりスタンド能力に目覚めただけのようだが、それでも共通点が多過ぎる。
 妻がスタンド使いになり、夫であるこの男を介してその姉に影響を与えている、という考えが浮かぶが可能だろうか。何より何故そんな事を。
「半月前から何か変わった事は無いか?」
 更なる共通点が出てくるだろうか。
「半月前? この見えるやつに関係する事で、だよな? うーん……最近音がしなくなったけど、それが半月前からかどうか……」
「音? もしかして「ハヤク」と言った言葉が聞こえていたのか?」
「声かあ……いや息っぽくはあったけど、声じゃあないな。少なくとも言葉じゃあない」首をゆっくり左右に振って「ちょっと前までは今のやつが見えると、それこそ呼吸でもしてるのかって感じの音が聞こえてたんだよ。でも最近はそれが無い。段々しなくなって、今じゃあ音なんて1つも立てずに出てくる」
 音を立てていた頃は姉にそれ程影響は無かったが、能力が姉の方に移動し弟は音では分からない程にしか感じ取れなくなった。
 辻褄は合う、かもしれない。
「あ」弟は携帯電話を取り出し「ちょっと電話出てくる」
「おう」
 階段を上り外へ向かう後ろ姿を眺めながら。
「ミスタ、どう思う?」
「俺、スタンド使いになったばっかなんだけど」
「だからだ」
 余計な知識の無い、スタンド使いというより彼の友人としての意見を。
「……実家の事話さなかったのはヤベー宗教やってるからって言われたら納得」
 サタニズムという言葉からは想像できない穏やかで和気あいあいとした家族だったが、直接会っていないミスタとしては友人が隠したがる事に思えるようだ。
 これがもしフーゴとナランチャに弟の写真を見せたら、1人雰囲気が違い家を捨てた者の所為で姉がスタンドに苦しめられているなんてと憤ったかもしれない。
「ナランチャの奴は元になったスタンド使いをブッ飛ばすなんて言ってたが、アイツを殴らせるなんて事はさせねーぞ。アイツがあのデブの姉をスタンド使いにしたわけでも、スタンドを憑りつかせたわけでもないんだし」
「ああ。お前が良い友人付き合いをしているみたいで良かったよ」
 その言葉にミスタは胸を張る。
「矢で射た奴をブッ飛ばすってんなら協力するぜ。まあ探すのは難しそうだけどな」
「それに……弓と矢を用いた者を、例え殺したとしても解決しないんじゃあないだろうか」
「ん? あ、そうか」
 後天的なスタンド使いがその弓と矢を用いた人間の死によってスタンド能力が失われるなんて聞いた事が無い。
 使用者の死によってスタンドは消えるが、永続的な『能力』であれば途切れない。
 姉に直接スタンドが憑りついているのなら解決するが、能力の方を植え付けただけだとすれば別だ。まして介している可能性の有る弟を排除したとしても何も変わらないだろう。
「しっかし面倒だよなァ、実家出て結婚までしてんのに、行かず後家の姉の尻拭いなんてよ」
 ミスタから、アバッキオからも家族の話は聞かない。問題が無いからだろう。不仲ではなく依存的でもない。ギャングになったから巻き込みたくなくて連絡を取っていないなんて事も考えられる。便りが無いのは元気な証拠といった所か。
 それでいて友人との時間をしっかり楽しむミスタにサタニスト家族の事を話してもピンと来ないだろう。
 逆にフーゴとナランチャに弟の事を話したら。
 フーゴは学生時代には――大学に飛び級で入った為に――友人が居なかったそうだし、ナランチャはつるんでいた友人の裏切りで酷い目に遭っている。
 弟と友人ではなく、家族に極端な思い入れも無いはずのアバッキオに意見を聞いてみよう。1人では考えが纏まらない。初めて訪れた賑やかな場で酒を飲んだからかもしれない。
「悪いな、抜けちまって」
 弟が酒のグラスを3つ持って戻ってきた。
 詫びの1杯を貰い、更に酔いが回りそうだ。

 翌朝、正しくは昼近く、『仕事』の電話を終えてからアバッキオに電話をしてみた。
[どうした?]
 突然の電話に焦る様子の無い、いつも通りの低い声にこちらが安堵する。
「いや……頼み事が有るとかじゃあない。ちょっとした世間話と言うか、お前の意見はどうなのか聞いてみたい事が有って」
 午後からの案件まで時間が有るとの事なので話してみた。
 家族が一切話に出さなかったが弟が居る事、その弟がスタンド使いになったと同時期に姉の所にもスタンドが現れるようになった事、そして不思議な事に弓と矢で射られた――らしい――のは弟ではなく彼の妻である事。
[妻が、か……]
「家族や近しい親戚がスタンド使いになったのを受けて、生まれつきでも弓と矢に刺されたわけでもないのにスタンドが身に付くという話は聞くが、妻となると同居こそしているが血の繋がりは無い。スタンド使いと寝食を共にしているだけで自分もスタンド使いになる、なんて話は流石に聞いた事が無い」
 聞かないだけで存在しているのかもしれないが、そうなると世の中もっとスタンド使いだらけだろう。
 ギャング組織に入り周りの殆どがスタンド使いという状況だが、昼間外に出ればそれが異常な事だとすぐに分かる。
[妻じゃあなくて娘なら、子供がスタンド使いになったからで考えられるかもしれないのにな。いや、親からの遺伝は有っても子供や子孫から上の世代に移るって事は無いか]
「それは……そうだ、それかもしれない」
 遺伝は親の持っている遺伝子情報を精子及び卵子の段階で受け継ぎ「生まれ持って」母体から出産される事であり、親が後天的に得た物を子供も得るのは『遺伝』ではない。
 だが家族がスタンド使いになった為に、というケースが存在するのは、遺伝子に組み込まれていなくても血の繋がりで作用する物が有るかもしれない。
[でも子供じゃあなくて妻なんだろ? それも何十年と連れ添ったわけでもない]
「だが妊娠していた」
[え?]
「スタンド使いになった時に、妻が矢で刺された時に、腹に子供が居たんだ」
 母体を射られて胎児がスタンド使いとなった。それがまだ見ぬ父親にも発現し、さらには話を聞かされる事も無いであろう伯母にまで発現した。
 弟は兎も角姉とスタンドの相性が悪く、彼女を苦しめている。しかし2人の両親、スタンドに目覚めた赤子の祖父母には発現せずスタンドが見えもしない。
「一応繋がったな……有難う、アバッキオ」
[礼を言われる事は何もしてないぜ。解決もしてねーし]
「解決は確かにしていないな」
 電話越しに溜息を聞かせてしまった。
 何せ本当に家族であると確定すらしていない。弟と父親は顔が似てるし、弟は姉が居る事も認めている。しかし姉と両親の方は――
 そして実際に家族であったとして、姉がスタンドに苦しめられている現状は変わらない。それは家族でなかったとしてもだ。
「会わせてみたら何か……いや、お節介ってやつだな、これじゃあ」
[気に病み過ぎだ]
 お前らしいが、と優しい声で付け足されて肩の荷が少し降りたように感じた。
「そうかもしれない。俺は兄弟も子供も居ないが、親は大事だし友達だって大事だ。そしてお前達『仲間』も」
[俺は仲間の、お前のお節介を手伝うぜ、ブチャラティ]
「有難う。じゃあ……何も無くとも会わせてみよう」
 世の中に有る沢山の大切な物たちの中で順位を付けるなら、ブチャラティにとって最上位は間違い無くこの仲間達だ。
 組織でのし上がりたい野心は有る。その為に巨漢の幹部に取り入ったりもしている。
 だが今は部下となった仲間達を護る事が最優先だ。仲間が不安に思う自分の気掛かりを解消するのも重要な事だ。

 工場勤務の姉とホテルマンの弟を互いの了承無く会わせるなら、後者の勤め先で部屋を予約するのが最適だ。
 いつものレストランで今日の任務を漸く終えたブチャラティと早めに終えてフリーになっていたアバッキオは2人で夕食をとりながら同じ見解に至った。
「どこのホテルか知ってるんだよな?」
「本人の居ない所でミスタから聞いた」
 ホテル名を言うとアバッキオはやや驚いた。かなり有名なホテルなのでブチャラティも同じ反応をしたし、ミスタが本人から聞かされた時もきっと同じ反応をしていただろう。
「……わりと実家から近いな?」
「ああ。だがあの家庭では先ず利用しないだろう」
 自分達が泊まる事は勿論、遠方の知人が来た時にも使わない筈だ。
「本人の家からは結構離れているが、仕事の日は泊まり込みだから問題無いと話していたそうだ」
 連勤と連休が交互に有る働き方らしい。となると通勤時さえ気を付ければうんと遠方のホテルで働く以上に会う確率は低くなる。
「ビジネスホテルじゃあないから俺1人で泊まるのもな……」
 しかし姉を誘い宿泊するのもまた気まずい。未婚の娘が男と泊まり掛けとなると理由を伏せている以上両親も反対するだろうし、ブチャラティとしてはあの容姿のコールガールを呼んだとは絶対に思われたくない。
「……アバッキオ、一緒に来てもらえるか?」
「ああ」
 男2人が彼女を呼ぶなら――ホテル代はかなり掛かるだろうが――そういった誤解はされなさそうだ。
「だがどうやって予約するんだ? あんな立派なホテル、俺だって利用した事無いぜ」
「そうだな……取り敢えず電話してみるか」
 遠方からの観光客でも装って直接尋ねてみるのが1番だろう。
 レストランを出てすぐの所で携帯電話を取り出し掛けた。
[お待たせしました]
 呼び出し音数回ですぐに出た。全く待っていないので受話の教育もしっかりされているのだろう。
「部屋の予約をしたい。ああ、泊まらない人間をフロントロビーに呼んでも良いだろうか?」
[勿論構いません。お泊まりにならない方もご自由にいらして下さい]
「……それは、誰も部屋に泊まらなくても、か?」
[はい、当ホテルはご宿泊やデイリーユースをなさらないお客様もロビーラウンジ、レストラン、最上階バー、スパ施設をご利用頂けます]
 宿泊客には限定メニューや割引等が有る、という説明を受ける。
「それなら取り敢えずロビーのラウンジだけ利用させてもらいたい。今は部屋の予約は辞めておく」
[かしこまりました。お席のご予約はされますか?]
「ああ……いや、時間を決めていないので止めておこう。空いているテーブルに通してもらえれば良い」
 改まった接客を受けるのは忍びない。どんなに良い店でも、そのまま部屋を取る事は決して無いのだから。

 姉の休みの日、ブチャラティは自分で行こうと思っていた簡易な仕事をミスタに頼み、その際弟が休みではない事を確認し、アバッキオと2人で弟の勤務するホテルへと向かった。
 道中聞いておいたサタニスト家族の家に電話を掛けて。
「先日お邪魔したブチャラティです」
「ブチャラティさん!」
 両親の仕事は分からなかったが丁度姉が出た。
「あれから調子はどうですか」返事を待たずに「もし外に出られるようなら、これからお茶でもしませんか。ホテルのラウンジで寛ぎながら近況を話せば気分が晴れて体調も良くなるかもしれませんよ」
 自分よりも上品そうなフーゴや年若いナランチャに誘わせた方が効果的だったかもしれない。しかしお喋り好きであろう彼女なら、ギャングと言えどブチャラティのこういった誘いにも。
「はい、有難う! 是非! 丁度今日は休みで予定も無くて、今家で――」
「では、ラウンジで直接待ち合わせましょう。折角だから良いハウスワインを扱っている所で」
「あー私ワインは余り飲まなくて。家で夕食の時しか。違う飲み物も有るなら良いけど」
「では焼き菓子の美味い所にしましょうか」
 ホテル名を告げると「有名だ」「行った事は無い」と喜びの声が返ってくる。
 約束を取り付け電話を切った所でアバッキオが眉を寄せながら。
「焼き菓子、美味いのか?」
「さあ? ラグジュアリーホテルのラウンジなんだから、その位出すんじゃあないのか?」
 当然ワインが美味いかどうかも知らない。
 洒落たホテルのラウンジにアバッキオと2人で入り、従業員に友人が来たら通して欲しいと伝えて席についた。
 ドリンクを2杯頼んだ。メニュー表の記載は結構な額だが、この内装・従業員――チップは不要と座席にも貼られている――の質の良さを考えれば妥当に思える。
 広々として天井も高いラウンジにはビジネス関係と思しき身なりの整い過ぎた客が数組居る。そこをぬって従業員に連れられ姉がやってきた。
「わ、あぁあ、初めまして、えっと……」
 あのすぐに長々と喋りたがる姉が口籠る。
 アバッキオの容姿は初対面であれば威圧感を覚えても仕方無い。まして彼女はギャングとは縁の無い妙齢の女性。
「……悪霊に憑りつかれて悩んでいるそうですね」
 低いが優しい声。
「あ、はい」
「どうぞ座って下さい。どんな状態なのか、俺にも直接聞かせて頂きたい」
 見てくれ自体は悪くないアバッキオはかつて市民の為の仕事に就いていた事も有る。元来自分の事を話すのが大好きらしい姉はすぐに椅子に座り自分の首元を指しながら語り出した。
 ブチャラティはアバッキオの目配せを受けて立ち上がり、近くの女性従業員へ声を掛ける。
「このホテルで働いている友人を呼んでもらえるだろうか」驚く従業員に笑顔を取り繕い「俺の名はミスタ。親戚がネアポリスに来たから泊めるのに友人の所が良いなと思って初めて来たんだ。で、折角だから挨拶位していきたい」
 友人の名を出し親戚はそこにと2人の方を指すと、軽い挨拶だけだろうと踏んでくれたのか「呼んで参ります、お待ち下さい」とにこやかに去って行った。
 もし友人という事にした弟の手が今は空いていなければ、それこそ焼き菓子なり何なりを注文して待っていれば良い。
 そう思っていたが、弟はすぐに1人で来た。ミスタと名乗ったのにと驚き顔を見せ、しかしすぐに接客よりも素に近そうな笑みを浮かべる。
「やあブチャラティ、ミスタは? ん、ブチャラティはミスタの親戚にあたるのか?」
「いや、ミスタの名前を借りた。俺の名前じゃあ覚えていないかもしれないと思って」
 顔を見てすぐに名前が出てくる位にしっかり覚えていてくれたとは。
「それで、『親戚』に会わせたくてな。仕事中だし、そんなに時間は取らせない」
 分かったとそのままついて来るホテルの制服をきっちりと着こなした弟と、アバッキオに延々としゃべっていた姉との邂逅。
「え? 嘘……」
「姉貴……」
「……大きくなった、ね」
 しどろもどろといった様子は余り姉弟の再会には見えない。まして2人は見た目が似ていない。
「5年、いや10年振り、位? 未だそんなになってないか」
「そっちは変わんないな」
 若いままという意味ではなく、昔から醜くふくよかで自分の事を話してばかりのサタニスト。だから縁を切って家を出た。
 その家に残った姉と両親が探し出して連れ戻そうとしなかった、連絡を取れるようにすらしなかったのは。
「ネアポリスに居ると思わなかった。もっと遠い、少なくともアンタが家(うち)の出身だって知ってる人の居ない所に行ってると、お父さんもお母さんも思ってた」
「そうだよ、そのつもりだった。住んでる所に知ってる奴は居ない。でもここにも別に居ない。一緒に働く人間の、離れて暮らしてる実家の家族が何が好きで何が嫌いかなんて事までは調べない」
 弟は1度大きく溜息を吐いて隣に立つブチャラティを見た。
「確かに親戚だな、俺の。で? 病気にはちっとも見えねーけど?」
「君が3ヶ月位前から見えるようになったやつが彼女にも見えるようになった。ただ彼女とは相性が悪く出現すると苦しめられる。頻度がまちまちで今は調子が良いんだろう」
「姉貴にも?」
「両方を見たブチャラティと話を聞いた俺は同じ物だと思っている」長い足を組み変えながら姉の方を見て「本当に相性の問題であっちは何とも無い。悪霊じゃあなくて背後霊って感じだな」
 さしずめ自分達には有益な守護霊か。
 霊呼ばわりした為か、姉弟の首に同じ模様がじんわりと浮かび上がる。
「お」
 ただ感覚が有るだけの弟は指先で首に触れた。
 一方姉は。
「う、ぐ……うぅっ……」
 絞められる苦しみに両手で引き剥がそうともがく。
「おいブチャラティ、どうする!?」
 こんなハイソなホテルのラウンジで、フーゴがしたような楽な姿勢を取らせる事は難しい。かといって医務室に運んで大事にはしたくない。ブチャラティ以上に姉自身がそう考えるだろう。
「アンタにも、出てくるんだね……なのに、平気なんだ、ね……」
 恨みがましい目を向けた気がしたのでブチャラティは急いで「君の弟が何かしたわけじゃない」と言った。
 ただ単に苦しかったのか姉は肩で大きく息をしながら頷く。
「恐らく彼の妻の腹の子が原因、いや理由だ。悪気は一切無い」
「子供が、原因?」
 姉以上に驚いて瞬きを繰り返す弟に、アバッキオと2人でした憶測を話した。単なる個性であって、決して障害を持って生まれてきたり等しない筈だと。
 ただ話を聞くだけの弟に対して、姉がよろけながらも立ち上がる。
「子供……アンタ、子供、居るの?」
「居るっていうかまっだ生まれてないけど」
「結婚してんの? 赤ちゃん出来たから、結婚したの? いつ?」
「出来たからじゃあない、結構前からしてる。役所の後に友達とパーティーしただけで、式とかやってない。やる気も無い」
 家族や親戚を、サタニストの家の出だと知られる要因を呼びたくないから。
 良いリストランテ――例えばこのホテルに入っているような――で喜びを分かち合っただけなのは金が無いからではない証拠に、左手の薬指には高価そうな指輪が嵌められていた。
「俺もアイツも、俺達の出会いや子供が出来た事を神に感謝してる」
 神の存在を否定する家族からの祝福は要らない。
 遠回しにそんな冷たい言葉を吐かれた姉は、ぐるぐると渦を巻く影を、気体のようなそれを首だけではなく両手に巻き付けるように帯びさせていた。
「赤ちゃん、生まれるんだ」
 声も表情も、心底うれしそうに。
「アンタが居なくなって、最後にアンタの事話したのはもう何年も前で、その時「3人家族になっちゃったね」って話したんだ。でもさ、アンタもこれから3人家族になるんだね。いやもうなってるような物だね。甥っ子か姪っ子か分からないけど、会えないのは寂しいし私は絶対に『伯母さん』になれないって話なんだけど、でも子供が生まれるのは素晴らしい事だよ。子供は人類の宝だよ」
 お喋り好きの姉の目一杯の祝福の言葉に、彼女を苦しめるスタンドが泡となり天井へ、上へと向かい消えてゆく。
 弟はそれを目で追っていた。
 彼の首に浮かぶ模様は消える気配が無い。だが少し形を変えたようだ。
「伝えてほしかったのか?」
 ブチャラティの問いに答える者は居ない。
 だが、もしかしたら。
 スタンド使いの胎児は縁は切ったが血は繋がっている者に『早く』自分の存在を伝えてほしかったのかもしれない。
 喜ばれるから。祝われるから。
「はぁー……何か楽になった」
 姉は椅子にどすんと座り伸びまでして見せる。
「良かったですね」ブチャラティは傍らに自身のスタンドを出し「幻覚が見えたりは?」
「今は無い。先刻まで黒い影みたいのに襲われてたのに。あ、弟にも有るように見えて、でも今は無いみたい。あー良かった、早めに治まって。これでもうずっと出てこないならねぇー」
「そうですね、本当に」
 本当に、これで終わったのかもしれない。
「……お父さんやお母さんには言わない方が良いよね? アンタの事、っていうか赤ちゃんの事」
「当たり前だ。3人家族なんだろ? これからもずっと3人家族で居てくれ」
 アバッキオが開き掛けた口を閉じて強く噤んだ。
 「両親も心配しているんじゃあないのか」といった事を言いたかったのだろう。ブチャラティだって言ってしまいたい。だがそれは弟には関係の無い事。それに両親も姉も『3人家族になった』日から心配していない、してはいけない筈だ。
 ブチャラティは1つ咳払いをして姉弟の注意を引く。
「じゃあ、こうしよう。俺が悪霊払いをすると言って君をネアポリスの郊外まで連れ出した。道中弟と身重の女性が寄り添い歩いているのを見た、と話すんだ。見掛けただけで話等はしていない。ただ幸せそうだったのを見たと。ネアポリスに来たのか出て行く所なのかも分からないと」
「それなら……それ位なら、話しても良いよね?」
「……ああ」
 新たな命を待ち侘びる幸福な家族を見掛けたという世間話位なら。
「じゃあ俺仕事中だから」
 会いたくなかった人物に引き合わされた苛立ちを隠せているのは制服を着ているから。弟は返事を待たずに背を向け、途中男性従業員に挨拶をしつつラウンジを出て行った。
「何か信じられない。もう会う事無いと思ってたし。でも未だ家に居た頃の方が長いんだよね。思い出の中からすっかり抜け落ちてる位なのに。それにきっと、今度こそもう会わないんだろうな。もし会ったとしても、今約束したみたいに見掛けただけとか、そんな感じなんだろうな。寂しくはないんだけどね、今までずっとそうだったんだから。でも元気そうで良かったとは思っちゃう。また会いたいとかじゃあないんだけど、会えて良かったなあって思っちゃうんだ」
 人間は自分の気持ちにまでは嘘を吐けない。
「苦しくなった時にはどうしようかと思ったけど、寧ろ苦しくなくなったから良かったっていうか。うん、苦しいのが無くなってる。もう本当に全然苦しくない。いつまたなるんだろうって不安すら無い感じ」
 存在を認知された胎児がスタンドの範囲を狭めた、なんて都合の良い話だったりするのだろうか。
「エクソシズムは成功か」アバッキオは立ち上がり「行こうぜ、ブチャラティ」
「……ああ、そうだな」
 座ったままの姉の方を向く。
「俺達は仕事が有るので。でも貴方は折角治ったのだからタルトでも召し上がっていって下さい。払っておきます。それと、弟さんと関わりが『無かった』ように、俺達も関りを断ちましょう。貴方やご家族のような日の当たる世界に生きる人々は、ギャングと接点なんて無い方が良い。勿論また悪魔に憑りつかれたなら相談してくれるのは構いません。今回解決出来たらしいのは偶然ですがね」
 姉に負けじと口を挟ませず話しきって、アバッキオとブチャラティの2人はテーブルから離れた。
 先程弟と挨拶を交わしていた男性従業員に、重い目蓋で瞬きするばかりの姉を指し「彼女にこれで1番良いケーキを」と金を渡した。
 残りは禁じられているかもしれないチップとして受け取れば良い。

 そのままラウンジを、ホテルを出た。今日はまた一段と良い天気で陽射しが目に痛い。
 悪魔崇拝者と呼ばれている人々であっても、この眩しい光の中に生きている。
 互いにどこへ行くとも言っていないのに迷い無く歩き続ける自分達の方がギャングである分日陰者だ。
「マジで似てない姉弟だったな」
 アバッキオが感心したように言った。そうだなと返す。
 親子が似ていないのは同じ遺伝子が半分だからだと納得するが、両親が同じなのに見ただけで血の繋がりが分からない程似ていないのは不思議だ。
 片方が父親似でもう片方が母親似なら有り得る事だが。
 あの姉弟の場合、片方が両親の見た目の悪い所、もう片方が両親の見た目のマシな所を受け継いだ、となるのだろうか。
 そう思ってしまう位に姉の容姿は酷かった。見た目で判断してはならないが、性格を知れる程の付き合いは持っていない。
 ただ、そんな見た目でありながら、よく喋った。人の話を聞かずに自分の話したい事ばかり、と相手に不快感を抱かれるかもしれない位に。だが見た目を罵られて育った人間はそもそも人と話をするのを避ける傾向を持ちやすい。それが全く無いのは開き直ったのではなく、愛されて育ったのだろう。
「家族、か」
 愛すべき物。それを呪縛のように捉えている家族も居るだろう。だがやはり、憧れを抱いてしまう。
 恐らく生涯自分は持つ事が無い物だから。
「ちょっぴり見てみたかったな、あの2人の親。本物を」
「そうか」
 アバッキオが見たらどう思っただろう。フーゴとナランチャのように憧憬に近い感情を抱いたりするだろうか。
「あの弟、ミスタのダチなんだよな? だったらミスタは見るかな、あいつの子供の顔。あと奥さん」
「家に行く程の関係じゃあなさそうだったが……でもあれだな、写真を見せられる事なら有りそうだ」
 子煩悩な父親になりそうだ。何せ生まれる前から神に感謝している。本人の生まれた家に反してとても信心深い。
「その時の為に俺達5人の写真も撮っておこうぜ」
「5人の? その時の?」
「俺のスタンドがシャッターを押せば5人皆で写っている写真が撮れる」
「それはそうだろうが、何の時の為だ?」
「ミスタが、いやミスタだけじゃあなく、俺達の誰かが家族自慢をされた時の為だ。俺達も家族自慢をし返そうぜ」
 意図が分からず背の高いアバッキオの顔を横目に見上げた。
「俺達ギャングは仲間を『ファミリー』って呼ぶだろう?」
 嗚呼そうだ、自分達は血の繋がりでも神の祝福でもない物で固く結ばれたファミリーだ。


2023,09,24


今年の我が子空ちゃんの誕生日ことサイト開設記念日に家族を題材にしたこの話を上げようと思っていたけれどまぁ間に合いませんでした。
私個人としては生みの親より育ての親だろなので血筋がどうこうの話は書きたい程好きってわけじゃないんですが、でもブチャラティチームというギャングファミリーには仲良くやってもらいたいですし。
<雪架>

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