ジョルノ中心 全年齢 ミスジョル要素有り


  TuboHanno


「チャオ」右隣からした声に顔を向けると「ジョルノ・ジョバァーナです」
 1人の見知らぬ少年が名乗り握手を求めてきた。
 突然の出来事だがジョルノと名乗った少年の雰囲気の所為か真っ先に「座ったままで悪いな」と申し訳無く思った。自分も名乗りながら手を伸ばし握手する。
「えっと……」
 緊張に口籠る。その位にこの少年は『美少年』だった。
 ネアポリスのナイトバー特有の明るさに乏しい照明の下でも金の髪は輝いているし肌が白いのもわかる。
 何もよりじっとこちらを見詰める目が綺麗だ。長い睫毛に縁取られた瞳は大きく形良く、色素の薄さが人間離れすらしていた。
「隣に座っても?」
「勿論」
 言うや否や右の椅子を引き座る。
 ジョルノが「1人か」と訊かなかったのは左右どちらも空いているからだろう。鞄1つ置いていない。
 それにもしこの美少年が店に今来たばかりでなければ、自分が何人かの自称連れが居る女性に声を掛けた姿を見ていたかもしれない。
 ジョルノ程見た目が良ければ同じように相手にされないなんて事は先ず無いだろうが、それでももし自分と同じ状況に在ったら。1人で入ったは良いものの一晩過ごす相手が見付からないという状況だったら。そう思うと自分も「1人か」とは訊けなかった。
「この店にはよく来るんですか?」
「まあそれなり、かな」
「そうなんですか。僕は初めて来ました。モクテルを出すと聞いたので」
「アルコール、強くないのかい?」
「ええ。ナイトバーの雰囲気は好きなんですが、何分沢山飲めなくて。バーとしてはそういう客は困るでしょう? 客としても頼まないわけにはいかないし。だから度数の低いリキュールを置いていたり、アルコール未使用のモクテルを作ってくれる店を探していたんです」
「だったらここは――未だ何も頼んでいないのかい?」
 ラミネート加工されたメニュー一覧を見せる。モクテル一覧は右下だ。ジョルノはどれにしようか指で幾つかのメニューをとんとんと叩く。
「お勧めは有りますか?」
「うーん……俺は普通に酒飲むからなあ」
 綺麗だが幼さの残る顔立ちやアルコールに弱く「じゃあバージンファジーネーブルで」と甘さの有る物を選ぶ辺り、もしかすると未だ『子供』なのでは。
 1人だった時に話し相手になってもらったバーテンダーを呼び2人分の注文をする。バーテンダーは愛想良く笑いカクテル――とモクテル――を作り始めた。
 バーテンダーには女性と楽しく「朝まで」飲めたら良いと言う事を話していた。延長営業してくれという意味ではない。楽しく飲んで『お持ち帰り』が出来たら良いなと、そう思っているのでもし良ければ協力してもらえないかという意味だ。勿論協力と言ってもカクテルに睡眠薬を混ぜろといった事ではなく。
 そんな事を話した男が隣に男を座らせているのを見て、果たしてこのバーテンダーはどう思うだろう。
 どう思われたいだろう。ジョルノを持ち帰ろうとしていると思われたいのか否か。子供にも見える男が対象だと思われたくない筈なのに、これだけ綺麗な子と飲んでいるとなるとバーテンダーも羨ましく思ったりするのでは、なんて考えてしまう。
 バーテンダーはこちらにカクテルを置き、目配せという程ではないがジョルノの目をじっと見ながらモクテルを置く。
「有難う」
 ジョルノがにこりともせず礼を言うとバーテンダーも軽く目を伏せるだけで離れていった。
 2人の仲を邪魔するなという牽制だったら良いな、と思ってしまった自分に気付く。
「先程まで飲んでいた物と同じですか? 度数が高そうに見える」
「一口飲んでみるかい?」
 渡す際に手がほんの少し触れた。
 受け取ったジョルノはすぐに口を付ける。その唇から目が離せない。横顔をずっと見ていたいし、見ている事に気付かないでもらいたい。
 目を伏せると睫毛の長さが際立つ。何て綺麗な顔をしているのだろう。今日はこうして過ごす為に女性が1人も引っ掛からなかったのではと思えてくる。
 グラスから唇を離してこちらを見る。目が合うとバーテンダーには見せなかった笑みを浮かべた。
「有難う」
 作り物のように綺麗な顔が微笑むとまるで人形だ。呆然としてしまったのを見越してかジョルノはグラスを手渡さずカウンターテーブルへ置く。
「貴方の事を訊いても良いですか? 例えば、仕事は何をしているのかとか。会社勤めですか?」
「まあ一応」
「それは凄い」
「別に凄くなんかない、誰でもやっている事だ」
 もし会社を、こういったナイトバーのような店でも良い、何か経営でもしていれば学生に見えるジョルノに『凄い』と言われてそうだろうと誇れるのだが。
「僕の周りに会社勤めの人間は居ませんから」
「君は……いや、君のお父さんはどんな仕事を?」
「継父とは離れて暮らしているので。学生寮に入っているんです」
 やはり学生だった。
 学生に酒を飲ませてしまった――奢ってやろうと注文したモクテルにアルコールは入っていないが、一口やった方は思い切りリキュールが使われている。
「……じゃあ近しい大人は教師だけ?」
 何故かそれには答えない。
 微かな笑みはどこへやったのか無表情に自分のグラスに口を付ける。桃と蜜柑の甘過ぎる物を飲みながら一体何を考えているのだろう。
 見詰めれば見詰める程に喉が渇くので、アルコールと分かっていながら一気に、ゴクゴクと喉を鳴らしてカクテルを飲んだ。
「今晩、この後は何か、用事が有るんですか?」
 静かな声にほぼ空になったグラスを置いて横目に見る。ジョルノはグラスを手にしたままこちらを見ていた。
 訊きたい事は「どれだけの時間この店に居られるか」なのか、それとも。
「誰かの待つ家に帰るとか、誰かと過ごすとか」
「そういう予定は無いな」
「僕も誰かに誘われるまでは有りません」
 それはつまり、自分が誘うと言えば付いてくる?
 肩に手を置いてみる。振り払われない。
 しかし顔を近付けると飲みかけのグラスを口元へ運びやんわりと拒まれる。
 キスをさせてくれないのは何故だ。駆け引きなのか、実は娼婦なので先に金を見せろとでも言うのか。
「会社勤め、なんですよね?」
 グラスで隠してはいるが付けてはいない口からの問い掛け。
「先刻言った通り、一応そうだけど」
「良いんですか? ここで、僕と『そんな』事をして」
「それは……」
「2人きりになれる所の方が良いんじゃあないですか?」
「……君の言う通りだ」
 大勢の客で賑わうナイトバーでキスをしている男女など何人も居る。だがそれは『男女』だ。自分のように1人で来た男が、幾ら綺麗な顔をしているとはいえ男の子にキスをする事は先ず無い。
 まして学生の、本来酒を飲む事の許されない年頃の少年。幾ら本人がアルコールは飲んでいないと言い張った所で世間の目はそうは見ない。
 ジョルノはそれをわかっている。自分を犯罪者にしないようにと考える事が出来る。そして、誰からも見えないように太股に乗せた、内腿に滑らせた手は拒まなかった。
「もしジョルノ、君が良ければなんだが……その、2人きりになれる所へ行かないか?」
「飲み終えてからで良ければ」
 返事は早かった。端正過ぎる顔にお綺麗過ぎる笑みを浮かべて。
「嗚呼そうだ、ここの料金を支払ってもらえますか?」
「もとよりそのつもりだよ」
「有難う」
 漸くグラスを置いて顔を近付けてくる。
 しかし唇でどこかに触れてくれるのではなく、頬を頬に当てただけだった。
 手早く会計を済ませて外に出る。
 何故か3人分の料金を請求されたがジョルノの手前何も言わず支払った。
 もしかしたらバーテンダーが何か細工をして2人を引き合わせてくれたのかもしれない、と自分に言い訳をして。それに払えない額ではない。寧ろ余裕が有る。この後2人でホテルに1泊する分も有る。ルームサービスでシャンパンだって頼める。
 店の外の空気が冷たく感じた。舞い上がり主に頬が火照っている所為だろう。
 手を繋ごうと伸ばした。が、指先が触れただけでジョルノはすぐに手を自身の胸の辺りへ引っ込めた。
「あ……」
 思わず顔を見る。真顔でこちらを見ている。
「手を繋ぎたかったんですか?」
「そう、だけど……嫌だった、かな?」
「僕は肩を抱かれる方が良い」
 遠回しなより密着したいという願いを聞き入れないわけが無い。
 抱き寄せるように右手を肩に掛けた。
 女とは違うが男とも言い切れない、高いが骨の形のわかりそうな薄い肩。見た目に反して未だ体温が高めなのか温もりを感じる。
 この体に汗をかくのだろうか。嗚呼、気持ちが逸って仕方が無い。駆け出したい衝動を抑え、ジョルノに押される形で道を――ホテルの並ぶ方へ――曲がった。
 その先で。
「なっ……」
 男が1人、なんと拳銃をこちらに向けている。
 急いで逃げなくては!
 1人で走った方が早いがジョルノは置いてはいけない、嫌がられるかもしれないが、肩は後で抱き寄せると言って手を引いて走ろう。
「逃げたら撃つ」
 男が言った。
 逃げるな、ではなかった。という事は撃つ気はほぼ無い。有ったとしても1発しか弾が入っていない等の理由で『撃ってみせる』気は無い。
 ならばここでジョルノを逃がして彼からの株を上げるか? しかし落ち合える『2人の場所』が自分達には未だ無い。
「ジョルノ、下がって」
 取り敢えず庇うように前に立つ。
 不安がって服を掴む位してくれても良いのだが何もしてこない。控えめなのか度胸が座っているのか、逃げ出さないのは撃たれる心配が有るからにしても、何もしない。
「彼の目的は金です」
 後ろからジョルノが囁いた。
 異様なまでに派手な服装の若い男はやはり撃ってこない。ジョルノの言う通り目的が有り、その為に拳銃で脅している。
「……わかった」柄の帽子を被った男に向けて大声で「現金を、有り金全部ここに置く。それで良いだろう?」
「財布丸ごと寄越せ」
「何だって?」
「だから金だけなんてケチ臭い事言わず、財布で寄越せ。どうせ持ち合わせが少ないとか言って、ほんのちょっぴりしか置かねーんだろ?」
 やけにフランクな口調。だが言う通りだった。これしか無いんだと言い宿代を財布に残して現金を取り出そうと考えていた。
「僕が財布を持って向こうへ行きます」
「何だって?」
 今度はジョルノに同じ言葉を言っていた。後ろを向くと彼の顔によく合う真顔。
「他に金目の物は無いようなので財布さえ手に出来れば逃げられます」
「でもそれじゃあジョルノが――」
「会社の人に同性、それも子供と歩いていたと知られるよりマシだと思います」
 拳銃所持の不審者が自分の勤め先を割り出すかもしれないと? 有り得ない、とは言い切れない。お世辞にも賢そうには見えないが、そういうチンピラに限って勘が冴えていたりする。
「さあ、早く。『彼』の気が変わらない内に」
「わかった」
 もう待てないと発砲されるのが1番困る。ジョルノが差し出した手の平に財布を乗せた。
 財布を手にしたジョルノは悠然と男の方へ歩いて行く。
 まるで見詰め合うように一言二言交わした後にこちらを向いた。
「逃げないんですか?」
「え」
「撃つぞコラ」
「いやでも、逃げたら撃つって」
「早く逃げねーと撃つぞ。これで良いか? 後から言った方が正しいんだよ、こういうのは」
 男の様子が、正しくは男とジョルノの様子が腑に落ちない。警戒して2人を見据えたまま1歩後ろに下がる。
「お前がホモ野郎だって会社にバラすっつってんだよ、さっさと行け!」
「でも――」
「会社に身分証だけは送ります」
「おう、そうする。マジでそろそろ撃つぞ、脇腹狙って!」
 拳銃を微かに右に倒した。本当に狙いを定めて脇腹――何故。致命傷にはならないように、なのか――へ発砲しかねない。
 ジョルノにろくな別れも告げられず再会の約束なんて一切出来ないまま背を向けて走り出す。こういう場合どこへ逃げるのが適切なのだろう。尾行されてはいないだろうが自宅にすぐ駆け込むのは良くない気がした。
 電話の出来る所で警察に通報する、にしても何と言えば。男に拳銃を向けられたというだけでは恐らくそこで話が終わる。
 この時間の繁華街は賑わっており万が一追い掛けられていたとしても発砲出来ないだろうと駆け足から小走り、早歩きに変え、そこから数歩ふらふらと歩いてジャズライブをしているらしいバーの外壁に寄り掛かるべく立ち止まる。
 息を整える。あの2人から逃げ切れた。あの2人? これではまるでジョルノも加害者側ではないか。彼は言うならば人質なのに。
 そうだ、助けに行かなくては。やはり警察に連絡か。
 急がなければあの男に何をされるかわからない。あれだけ綺麗なジョルノの事だ、怯えた表情を見せては若い男を自分のように昂らせてしまうだろう。軽く話している様子を一瞬だけ見たが、所謂『お似合い』だった。
 並んだ様子が余りにも自然で、だからあの2人なんて表現が頭に浮かんだのだ。ジョルノはナイトバーで年上の男と一晩過ごそうとする程に素行が悪い。拳銃はいささかやり過ぎにしても、毎晩悪さをしていそうな男と共に居ても違和感が無いのは頷ける。
 もしかしたら知り合いかもしれない。最近金が無いと話していたのを聞いて、だからすぐにあの男は金目当てに脅してきたと言ったのかもしれない──否、そんな事は無い。快楽殺人犯でもない限り、初対面の相手に凶器を向けるのは金目当てだ。
 だからきっと、あの2人がグルなんて事は、いやそんなまさか。
 もしも計画的な犯行だとしたら。2人で作戦を練り、誘惑する役と脅す役に分かれ、前者が手持ちの金がそこそこ有りそうな独りの男に声を掛け、後者の待つ所へ誘導する。嗚呼、なんとしっくりくるのだろう。
 だがそれならもう少し良い思いをした後で脅し役が「よくも手を出したな」と出てきても良いのでは。
 せめて美味しい目を見た後にしてくれても。典型的な美人局による恐喝の被害者はそう思いながらその場にしゃがみ込み頭を抱えた。


2021,09,11


10個下の子が美人局(つつもたせ)を知らなかったので5個下の子と一緒に説明しました。
此の話でいうジョルノが美人局です。皆さん引っ掛からないように気を付けましょう。
タイトルはイタリア語で筒と持つ。果たしてイタリアでも美人局が横行しているのか否か。
<雪架>

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