アバブチャ ミスジョル 全年齢


  年上で独身で背が高くて筋肉質で髪の長い男


 今日の仕事を全て終えてアバッキオはチームがアジトにしているテナントビルに戻ってきた。
 これと言って報告を上げる必要も無いので直帰しようかと思ったが、良いかと尋ねる先はリーダーのブチャラティであり彼は今日は珍しく丸一日休み。休日まで仕事の事を考えるギャングにはさせたくないので、階段を上り一見企業の事務所のようなアジトのドアを開ける。
 同時にミスタが満面の笑みで出迎えてきた。
「おかーえ何だよアバッキオかよ」
 笑顔と言葉は途中で露骨に『つまらない』といったそれに変わりすぐに背を向ける。
「お疲れー」
 この扱いを受けたからには一体誰と勘違いしたのか聞くべきなのかもしれないが、生意気な新入りの名前を出されて余計に腹が立ちそうなので「ああ」とだけ返した。
 コーヒーの1杯でも飲んでから帰ろうと事務所奥の休憩スペースへ向かう。今日の任務は留守番のミスタも、ずっとそこで寛いでいたらしい椅子を引いて座る。
 ミスタの組んだ足の上に、ビルの裏に住み着いている猫がとんと乗った。
 屋内に入れるなと言いたかったが自分もブチャラティもこっそりと餌をやっている――互いに知っているのでこっそりでも何でもない――のでここでも黙っておく。
 どうやらコーヒーを飲みながら雑誌を読みつつ猫を撫でていたらしい。アバッキオの存在を忘れたかのようにその優雅な時間を再開した。
 気の利く年下の先輩ならば率先してコーヒーを出してくる事を思えばこっちこそ「何だミスタか」と言ってやりたかった。寧ろコーヒーを出してくれと言えばミスタでも嫌々ながらに出しはするだろう。しかし頭を撫でられ数秒でゴロゴロと鳴き出した猫から寝台を奪うわけにはいかない。
「それ飲んで報告上げたら帰んのか?」
 自らエスプレッソマシンを使う背に声が掛かった。
「そうだ」
 報告書に纏めるまでも無いので簡単なメモ1枚で済ませるつもりだ。
「明日休みだもんな。ジョルノも明日休み」
「そうか」
「ってわけで明日仕事代わってくれ」
「……何だって?」
 振り向いたがミスタはこちらを見ておらず、雑誌に視線を落としたまま猫を撫でている。
「俺の仕事とアバッキオの休み、交換しようぜ」
「しねぇよ」
「何で? ジョルノと用事有った?」
「有るわけねぇだろ」
「俺はジョルノと用事有る。だから休みたい」
「どんな用事だよ」
「フーゴと交代して帰ってくるジョルノをお持ち帰りするという偉大なる用事」
 一体どこが偉大なのか。しかも明日ではなく今日の話。コーヒーの入ったカップを手にアバッキオは誰がどこと決められていない椅子の1つに座った。
「事前に言っておけばブチャラティが休みを調整しただろう」
「そのブチャラティの好みのタイプ教えてやるからさぁ」
「誤魔化しても休みはやらねぇ。明日はきびきび働け」
「聞きたくねーの?」
 急にミスタが顔を上げた。正面から見据えていたのでばちりと目が合った。
「……聞いてやっても良い」
「聞いたら俺に休みやりたくなるぜ?」
「どうでも良いから話せ、早くしろ」
 逸る気持ちを知らない猫はミスタの膝の上でゴロゴロと喉を鳴らし続けている。

 燦々と日が降り注ぐ中のブチャラティにはギャングらしさが無く、立ち止まってまで近隣の住民と気軽に挨拶を交わしている。
 1歩分後ろを歩くミスタの柄の悪さに一瞬怯えた少女も、母親に背を軽く叩かれ挨拶してきた。
「あの、こんにちは」
「こんにちは」
 5〜6歳位の少女は丸い頬をかぁと赤く染める。
 以前ブチャラティに何かしら助けられ、それ以来慕情を抱いているといった所か。
「およめさん、いないんでしょう? およめさんにしたい人もいないの?」
 そんな可愛らしい子供がいきなりとんでもない爆弾を放り投げてきた。
 面を喰らったブチャラティだが、見上げてくる少女――幼女と呼べる程幼い――に微笑みかけ、視線を合わせるべくその場にしゃがむ。
「誰かのお嫁さんになるには大人になってからだ」
 イエスともノ―とも答えないのは如何(いかが)な物かと思ったが、幼い女児が「うん」と元気に頷いたので丁度良いのかもしれない。
「大人に……」
 まさか食い付いてきた母親の顔を見てブチャラティは立ち上がった。
「勿論既に誰かの妻となっていれば話は別だ。過去に何が有っても構わないが、今現在も伴侶が居る場合はどんな傾国の美女であっても迎えられない」
 母親は目を逸らす。娘以上に想いを馳せていたのかもしれない。
 好き放題しているようにしか見えないギャングにもある程度の決まりは存在する。例えば『仲間の妻に手を出してはならない』といった物が。情熱の国と謳われるイタリアにあっても掟は掟。目の前の母娘の夫及び父親が組織に名を連ねているかどうかはわからないが、それでも可能性が有る限り対象の外だ。

 飲み屋のみかじめ料の徴収は働く者が店に入り、尚且つ営業が始まる前が望ましい。背後にギャングが付いている事を嫌う客は世の中に大勢居る。
 その日最初に行った相当に若い――自分と10も変わらない――女主人が1人で切り盛りしている店もまた裏等有りませんよと言った顔で営業している。開店前で着替えている最中だというのにブチャラティとミスタを通してくれた。
 未だ照明の薄暗い店内で椅子に腰掛けて女主人が奥から金を持ってくるのを待っていると、トントントンと3回リズムよくドアが叩かれた。
 鍵の掛かっていなかったらしいドアから1人の女性が入ってくる。
 見覚えが有る。それもテレビ画面の中で。かなり背の高いこの女は雑誌の中でこそよく見掛けるモデルだったかもしれない。
「あらブチャラティ、久し振りね」
「そうだな、暫く振りだ」
 顔見知りらしいが紹介はしてくれそうにない。もしかしたら名前を覚えられているブチャラティの側は彼女の名前を思い出せないでいるのかもしれない。
「ちょっと、開店前は止めてって言ったのに」
 女主人が体のラインがわかる程にフィットした、スパンコールを過剰に施した着心地の悪そうなワンピースドレス姿で出てきた。
 2人の間には友人同士らしい軽やかな空気が流れている。
 見られても構わないらしく女主人はモデルの目の前にも関わらずブチャラティへ封筒を手渡した。
 他の店よりも徴収する額が低く、ミスタの目にもわかる程度に封筒の膨らみは薄い。女が切り盛りしている店だから甘くしているのかと聞いてみたい。
「お前達が並ぶと身長差が凄いな」
 椅子から立ってブチャラティが別れの挨拶代わりに言う。
 女主人は顔や体付きこそ大人の女らしいが背だけはかなり低い。ハイヒールで底を上げてはいるが、それでもナランチャ辺りよりも低いだろう。
 一方でモデルをしているだけあって友人価格で飲みに来た客であろう女は「女性にしては」といった形容も要らない位に背が高い。自分達と同じ位は有る。フラットシューズを履いているのに。
「ブチャラティ、小柄な女は嫌い?」
 女主人がしなを作って尋ねた。
「そんな事は無いが、俺は背の高い方が好きだな」
「残念、フラれちゃったわ。お兄さんは?」
「あー……」もうちょっと位は有る方が。とはいえ顔立ちも胸の大きさも申し分無いし、と悩み「俺は自分より低けりゃあOKなタイプだったり」
「じゃあ私はギリギリアウト?」
 まさかこんな流れで両手に花の大チャンスが訪れようとは。
「俺がもっとデカくなるから問題無い。なぁブチャラティ」
「ああ、背は申し分無い。だがもう少し肉付きが有っても良いと思うぜ」
 コイツ空気読めないタイプ?
 確かにモデルの女性――ぼんやりだが名前を思い出せそうな気がする。出身がネアポリスだから1度覚えようとした気もする――はまさにモデルといったスラリとした体型。均整が取れているので胸元を寂しいと言うつもりは無いが、どうやらブチャラティには「もっと食べないと」と思わせるばかりらしい。
 一応は『仕事中』の身なので自分も1杯飲んで行くとは言えずに凹凸コンビに手を振り別れを告げる。
 前を歩くブチャラティは果たして女性に対して壁が有るのか、それとも空気を気にせずに我を通すのか。

 特定の時間になると女達が立ち並ぶ通りが幾つか有る。企業の店舗に属さず違法に自らの肉体を売る街娼と、自分達ギャングとの繋がりは客を斡旋する事に有る。女を殴らなさそうな男を引っ張る事に。
 彼女達と客との間に問題が起きた場合、金を積まれれば解決に向かうが、そうでなければギャングは動かない。金が全ての世界であり、街娼は決してギャング達の商品ではない。
 だが街娼達がより良く働けるように暗躍する者が居ないわけではない。合法店舗の黒服のような『女』が何人か居る。娼婦を引退したか、あるいは就けなかったか。
 裏の世界の裏方になる位だから見目の問題が有るのだろうとミスタは思っていたが、ブチャラティと暗い夜道で様々な確認を話しているその女は決して悪くなかった。
 そこいらの男も顔負けの背と肩幅といった体格の良さやブチャラティよりも余程短いベリーショートは大衆の男ウケはしなさそうだが、凛々しくもしっかりと化粧を施した顔は充分に色気が有る。
「わかった、俺のチームから2人回そう」
「助かります。出来ればあの、少し若く見える子を」
「若い方が良いのか?」
「牽制したい、とは違います」
「それもそうだな」
 ジョルノとフーゴを出す、と話すブチャラティに実年齢ではなく容姿で若い順にしてはと提案しても良いのか否か考えながら、しかし黙ったままやり取りを眺めていた。
「有難うございます……」
「どうした?」
「……いつも有難うございます、ブチャラティ。とても、感謝しているし嬉しく思います。その、勘違いをしそうな程に」
「勘違い?」
 真面目な顔付きのまま首をやや傾げる。
 もしやわかっていないのでは、と思ったが。ブチャラティは1度頷く。特徴的な髪の毛先がさらと揺れた。
「勘違いだと思っているのか」
「はい……」
「その通りだ。アンタの勘違いに過ぎない。男を見る目を養った方が良い」
 意外に辛辣な言葉が続いた。彼らしいような、らしくないような。好意を抱かれているとわかっていたのか。それもそうだろう。数度会っただけのミスタも彼女がブチャラティへ慕情を向けていると気付いている。
「背も高いし胸が有るわけでもないし、女らしくないから当然ですね」
 そう言った声や顔はしっかりと女らしい。
「まぁ確かに、俺は髪が長い方が好きだしな」
「そうなんですか?」
「相当長くても良い。肩と言わず胸より、いや腰近くまであっても良い」
 ロングヘアの維持は手間が掛かる。それが出来る女を指すのか、単に見た目だけの話をしているのか。
「腰まで伸ばすとなったらどの位掛かるのかな……」
「結構掛かると思うぜ。無理はしない方が良い」
 今から多少伸ばした所で勘違いは現実にならないのだろう。
「取り敢えず本人にも話を聞いてくる。今日も出ているんだろう?」
「出ると言っていました。未だ来ていないみたいですが」
「相当な鬼出勤だな。本人が楽しくやっているなら良いが」
 娼婦が娼婦業を楽しんでいる、なんて事が有るのだろうか。金が欲しい以外の理由で堕ちる職ではないとミスタは――本人達の前では絶対に言わないが――思っていた。
 業務中、所謂『接客中』は悦ぶフリをしてこそだが。
 嗚呼きっと、目の前の髪型や体躯がマニッシュな女性用心棒はその演技が出来なかったのだろう。それも客に商売の外の感情を抱いた事を隠せなくなった、とかではないだろうか。
 そういった関係にはならないと、なる事は絶対に無いと言ったブチャラティに向ける目に、未だ恋の色が残っている。

「それなら私なんて好みのタイプじゃあないのかしら?」
 街娼は皆それとわかる服装をしている。ブチャラティに問題客――毎回薬物を使用しないか、と言ってくる男が居るらしい――の事を話し終え、世間話を始めた女は顔と服のギャップで売春婦の役を与えられた女優のようだった。
 背が高く豊満で化粧の濃い20代の若い娼婦。良い大学を出たのに体を売るのは学より芸に自信が有るから。彼女の歴史が1本の映画のようだ。色素は薄いが癖の少ない髪が自慢なのだろう、かなり長く伸ばしている。
 彼女の言う通りブチャラティの『好みのタイプ』なのだろうか。
 過去を気にしないと言ったのが事実であれば、売女等さくりと止めて一途で貞淑な女となりそうな彼女こそが。
「どうだろうな」
 自分を前にしては女を口説けないのかもしれないのでミスタは極力気配を消すつもりで何も言わずにいたが、それでもブチャラティはイエスとは言わない。
「いつもそれね。貴方、もしかして――」
「俺は男が好きなんだ」
「やっぱりそういう事なのね。私顔は広い方だけど、貴方の好みに完全に合致する人って見た事無いわよ」
「紹介してくれなくて良いさ」
「もう居るからって?」
 笑い合う2人に対し、ミスタは黙ったまま。正確にはぐっと唇を噛み締めて余計な言葉を吐かないように努めていた。
 他愛無い冗談だという事はわかっている。
 同性しか対象でなくとも偏見は無いし、素振りに出さないだけで既に恋人――性別が何でも――が居たとしても水臭いと思うだけだ。
 ただミスタは気付いていた。

「これって誰かさん全部当て嵌まるんじゃあねーか?」
 密やかに思っていた事をミスタに言われてしまった。アバッキオはコーヒーを飲むのに忙しいフリをしてカップで口元を隠す。
 じぃっとこちらを見ていたミスタが「なーんてな」と言って再び雑誌に目を向けた。
「……性格に付いては何も言ってなかったのか」
 また顔を上げるかと思ったが、ミスタは「ああ」と猫を撫でたまま。
「性格はすぐに変えたフリ出来るから好みは言わねーんだって」
 確かに変えた『フリ』であれば見た目を変えるよりも早く出来る。
 自分にだって出来る。優しい人が好きならば優しくするし、明るい人が好きなら明るく振る舞えば良い。一時的にも出来ないのなら相手に好かれる資格は無い。
 言い換えれば上手い断り文句なのかもしれない。貴方の為に変わって見せると言われた所でお断りなのかもしれない。追い掛けられるよりも好きな相手を追い掛けたい性質なのか。
「俺の好みは先ず美人だな」
「お前の好みは聞いてねぇ」
「ブチャラティの好みは聞くのに?」
 煩ぇ奴だな。
 と言うわけにもいかず。
「美人ってどんな美人だよ」
「金髪美人とか。肌が白くて色気が有る感じの、足も長くて気が強そうな美人」
 アバッキオが適当に相槌を打つより先に、喉を鳴らし終えた猫が長めに鳴いた。
「ん? ああ、お前は美人だよなあ、滅茶苦茶美人」
 顎の下を中指の腹で擽るように小刻みに撫でる。
「お前の好みは?」にゃあ、と返答を受け「そうかそうか、やっぱり巨乳が良いか」
 絶対に言っていない。そもそもその猫はオスなのかメスなのか。
「男は大鑑巨砲主義って最初に言った奴は天才だよな。まさしくその通り! って言いたい所だが、俺気付いたんだよ。デカさよりも誰に付いているかが重要だって事に」
 一体猫に何の話をしているのだ。
「感度がどうこうは揉む側の問題だろ? 実力が足りないのを相手の所為にしちゃあ良くないぜ。あとおっぱいも肉だから揉めば揉む程柔らかくなるらしい。ほーらお前も揉んでやろう」わきわきと猫の背中を揉みながら「ん? ホクロの有るおっぱいはエロい? 自分にしか見せないってのは良いよな。でもあーいうの、本人は結構コンプレックスにしていたりするから気を付けろ」
 本当に何を話しているんだという呆れは拭えないが、少しばかりなら参考になりそうな内容なので聞き耳を立てておいた。
「胸元開いてる(あいてる)服とか着てる場合は見て良い、って事にしてる。女の方は見せたいのはお前じゃないとか平気で言ってくるけどな。見えてるもんを見る位良いじゃあねーか。服掴んで開いて(ひらいて)見るわけじゃあねーんだから」
 そのルールでいくとブチャラティのような服装ならば見放題になる。
 つい目が向いてしまう事が無いとは言えない。性的な意味は含んでいないのだから咎められない、と思いたい。一応ジロジロ見るなと言われた事は無い。
「タトゥーの入ってる胸? そうだなあ、ありゃあ自分の意思で彫るもんだから見ても許されるだろうし「似合っているよ」って口説き始めても大丈夫だろ」
 罰で入れた等でなければアクセサリーとカウントして良いという解釈か。
「でも胸にタトゥーは結構な勇者だよな。骨から遠い方が痛くないって言うけど施術中はずっと胸丸出しなわけだろ?」
 ここにこう描いて、と指でなぞられたりしたのかもしれない。
「1色だしライン状ならちっとはメンテ楽なのかもしれねーけど。でも仰向けで胸開いて、彫師はそれを真上から見下ろすわけだろ? 痛みに顔を歪めるのを見下ろしているわけだろ?」
「……何でこっちを見た」
 しかもニヤけた顔をして。
「べっつにー」
 ニヤニヤ笑いを止めないミスタの膝から猫がひょいと飛び降りた。
 そのままとことこと入り口へと歩いてゆく。
 ドアの前で立ち止まって足を揃え座る。そのドアが開き、ジョルノが姿を見せた。
「ただいま」
 休憩スペースに居る自分達ではなく猫に。
「また中に入っていたんですか?」
 屈んで頭を撫で、猫がゴロゴロと喉を鳴らしてから抱き上げる。
「おかーえりーッ!」
 立ち上がったジョルノにミスタが突撃を掛けた。大急ぎで猫は腕から飛び降りて抜け出て、直後にがばと抱き着かれて今度はジョルノがミスタの腕の中に居た。
「猫……」
「おかえり!」
「はい、ただいま」
 自分に挨拶を貰えて満足したのかミスタは離れる。それから2人同時に猫を挟むべく屈む。
「お疲れ。どうだった?」
「どうも何も本当に尾行だけですから」
「ナランチャに任せて帰ってくりゃあ良かったのに」
「寧ろナランチャに言ってやって下さい。僕はこうしてフーゴと交代して帰ってきましたが、ナランチャはこの後も引き続き尾行です。留守番中何か有りましたか?」
「なーんもねー」
 呑気に話し合いながら2人共猫に指を嗅がせたり尾の付け根をとんとんと叩いたりと遊んでいた。
「だからもうお前連れて帰っちまおうかなって」
「予定の時間まで一緒に留守番しよう、じゃあないんですか?」
「アバッキオが残ってくれる」
 誰がいつ残ってやるなんて言った。
 視線に気付いたのかジョルノが顔を上げてこちらを見た。残りませんの意思表示に両手で×印を作ろうかと思ったが馬鹿馬鹿しいので止めておく。
「僕も一緒に留守番します」
 再び猫の方を見る。手の甲を出すとすぐに猫に頬擦りされる。随分と懐かれているようだった。
「じゃあ帰ったらアイスを出してやろう! 500mlカップのチョコレートのやつ、映画見ながら一緒に食おうぜ」
「帰ってから一緒に映画、という事は泊まっていって良いんですか?」
「お前休みだろ。明日携帯電話買いに行くのも付き合ってくれ」
「水没させた携帯、修理じゃあ直らなかったんですね」
「中身全部駄目になってるから総取替えだしデータの復旧も難しいって言われたから買い換える」
「賢明な判断だ」
「1番良いのをくれって言ってみるわ」
「でも明日ミスタは任務が入っていますよね? ブチャラティと」
「アバッキオが代わってくれる」
 いよいよだから誰がと言い掛けて止めた。
 ジョルノは今ブチャラティの名前を出した気がする。
「アバッキオ、そうなんですか?」
「……ああ」
「明日のミスタの任務を代わりに受けるんですか?」
「悪いか?」
「いいえ、お疲れ様です」
 自分は休むけど、と言わんばかりで腹が立った。
 ジョルノの態度ではなく――ここに不快になっていては小さい人間でしかない――結局ミスタの言う通り、ブチャラティの好みのタイプを聞いてそのまま休みを渡している事に。
 予定が有り取った休みではないが「次の休みに見に行こう」と思っていた映画がまた遠退いた。そろそろ上映が終了するのではなかろうか。
「所でミスタ、任務中に話したのですが、貴方は好みのタイプから告白されたらどうしますか?」
「お前も好みのタイプの話?」
「僕も?」
「いやこっちの話。好みの奴に告白されたら、そりゃあ嬉しいだろ」
「そういった感情面ではなく、どうするかという行動面を聞きたい」
「行動面? 恋人になるし恋人同士でする事全部する」
 いかにもミスタらしい返答が聞こえてくる。
「それ以外に何か有るか?」
「ナランチャも同じような答えでした」
「お前は?」
「僕は今好きな人が告白してきたという意味なら恋人になるし、その人ではないなら多少好みであっても気持ちを受け取るだけにします」
「好みの奴なら唾付けとけ……いや俺もそうだな、うん。何せ一途だからなあ俺は」
 その男は大鑑巨砲主義だぞと吹き込んでやろうか。
「フーゴは自分の好みのタイプがわからないと言っていました」
「いかにも童貞の使いそうな言い訳だな。そこは美味しく頂いとけっつの。ああいや、俺はそういう事はしないぞ」
「じゃあもし僕がミスタを好きだと言ったらどうします?」
「そりゃあ勿論美味しく頂く。今晩早速――」
「テメーらさっさと帰りやがれッ!」
――ドン
 テーブルを強く叩くとソーサーが跳ねてカチャリと音がした。
「俺留守番任務真っ最中」
「僕も留守番に付き合う事にしたので」
 楽しい出来事と勘違いしたのか猫までもが短くみゃあと鳴く。
「留守番は俺が代わる」
 途端に「やりぃ」とミスタは喜び勇んで立ち上がり、そのまま帰り支度を始めた。
 恐ろしいまでにミスタの思惑通りに事が運んでいる気がする。
「アバッキオはどうしますか? 好みのタイプの人に告白されたら」
「俺か?」
「明日ブチャラティにも聞いてみて下さい」
 最初から返答を待つ気は無かったらしいジョルノも立ち上がり、支度を済ませたミスタと共に「それじゃあ」「後は宜しく」と出て行った。
 子猫の愛らしい鳴き声を受けた後にドアは閉まる。途端にしんと静まり返る。
 猫は思い出したようにこちらへ歩いてきた。
 しかしアバッキオの膝に乗るのではなくミスタが座っていた椅子に飛び乗った。そのまま香箱座り――前足を体の下にする、安心しきっている座り方――をする。
「……お前は好みのタイプに告白されたらどうする?」
 誰の気配も無い事を確信してから猫に問い掛けてみた。
「ブチャラティはどうするんだろうな」
 果たしてミスタの言った事は全てが真実なのだろうか。そしてブチャラティがミスタに聞かせた事もまた嘘が1つも混じっていないのか。
 自分に撫でられこそするが未だ自らは擦り寄って来ない猫にわかる筈も無く。
「直接訊いてみるか」
 好みのタイプは何なのか。聞いた通りの人間がタイプなら、全て当てはまる人間に告白されたらどうするのか。
 返答次第ではミスタには知られに知られているこの感情をもう少し隠さなければならないが、そんなマイナス思考はこの留守番を終える前に掻き消しておこう。


2019,09,27


出先でタトゥーのくだり書いてる時久々にt.a.t.uさんの曲流れてきてふいた。
アニメではあれ完全に刺青ですよね。下着(ディアボロみたいな)だと思ってる方には残念なお知らせ?
私は服の裏地だと思ってました。よく考えると可笑しいんだけど、何故か裏地が見えてるんだと思い込んでました。
<雪架>

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