ミスジョル 全年齢


  マルティーニ・アスティ・スプマンテ


「オメーさ、年幾つだっけ? 15?」
「そうです」
「なのに未だそれ使うのかよ」
 ミスタがそれと呼びフォークで指したのはジョルノのスプーン。
 確かに細長い麺状のパスタを食べる際にスプーンを使うのは子供のする事。15歳ともなればそろそろ卒業しても良い頃だ。
 ましてジョルノが食べているのはここよりも北の地域で人気の高い生パスタ、フェットチーネのボロネーゼソース。滑りにくいので少量なら巻くのは容易だ。
 一方でミスタが食べているのはネアポリスを筆頭に南部で人気の高い、細さが特徴のスパゲッティーニ。オイルソースのアンチョビ入りペペロンチーノである意味正反対の物。
 人間誰しも違う味の物を食べてみたくなる。
「一口くれ」
 欲望をそのまま言った。
「どうぞ」
 フォークとスプーンとを乗せたまま皿をミスタの方へ押す。
 ボロネーゼの特に挽き肉の固まった辺りにフォークを突き刺してくるくると回して巻き付ける。ジョルノの目にはそれがとても器用に見えた。
「ん、美味い」
 かなり大量に巻き付けたそれを宣言通り一口で食べきる。
「お前もこっち食ってみるか?」
「じゃあ一口」
「但し、スプーンは使うな」
「え……」
「トマトソースじゃあねーから多少跳ねても大丈夫だって」
 そうは言われても。ジョルノは今まで淡々と話し食べていた顔を曇らせた。
「ほら、美味いぜ」
 嗚呼確かに美味そうだとも。スパゲティメニューの1番上に記載する位この店は売りにしている。
 ずいと皿を押してきた。
「……頂きます」
 スプーンは持たずフォークだけを伸ばし、麺を絡めて皿の端で2回転半させる。
 ミスタが取った分と比べると随分と遠慮がちなスパゲッティーニはジョルノの口に入る前にフォークから半分近くが皿の中へだが落ちてしまった。
 手を止める。何とも気まずい空気が流れる。
 ジョルノは深呼吸をして意を決した。
 もう1度フォークを回した。今度は巻き付けるのではなく絡めて掬う形で。長く垂れたままのスパゲッティーニの方へ身を乗り出して顔を近付け、あんぐりと開けた口に含む。
 そしてそのまま、器用に音を立てず啜った。
 スパゲッティーニの端までしっかりと啜り終えてもごもごと咀嚼し飲み込む。
「これも美味いですね」
「今どうやった?」
「え?」
「だからお前今、どうやって食ったんだって聞いてんだよ」
「どうって……スプーンは使ってませんが」
「そんなもんは見りゃあわかる!」
「大声を出さないで下さい」
 立ち上がり掛けたミスタだが、ジョルノが至って冷静なままなので1度口を噤んだ。
「……フォークで取った後、どうやって口の中に入れたんだ?」
「可笑しな質問ですね。啜っただけです。確かにスパゲッティを食べる上で余り行儀は良くないですが」
「啜った? スパゲッティを?」
「スプーンを使うのが駄目なら……そうか、この国では『啜る』という食べ方は一般的じゃあない」
 ジョルノはフォークを置き、人差し指と中指だけを伸ばした手を横に向け上下させる。
「僕の生まれた国では幼児期以外は箸という物を使って物を食べます」
「知ってる」
 テレビで偶に見る。ドラマや映画だったり、海外グルメの番組だったり。
「蕎麦やうどん、そうめんと言ったスパゲッティのように細長い物を食べる時、2本の箸で挟んで、息を吸うように啜って食べるんです」
 ミスタは益々疑問符を浮かべた。
「ちょっとやってみる」
「どうぞ」
 いつも通りにスパゲッティーニをフォークに巻き付け、これでは良くないと気付いて逆回転させて少し落とし、先程のジョルノのように「上手く巻けていない」状態にする。
 ジョルノが固唾を飲んで――もしくは呆れを隠していつもの真顔で――見守る中、少量のスパゲッティーニが口に含まれた。
 果たして啜るとは。美味しいと言っていたのにミスタは眉を寄せる。
――ズル
「出来た!」
「口に物が入っている時は喋らない」
 誉められるどころか叱られてミスタはムッと唇を尖らせた。
「……上手ですね。初めてしたのにきちんと啜れた」
「だろォー?」
「『口』が器用なようで何よりです」
 皮肉を潜ませてジョルノは食事を再開した。スプーンの上にフェットチーネを巻き置く。
「そうやって食うのと啜って食うの、どっちが美味い?」
「どっちも変わりません。というか自分も両方の方法で食ってみたんだからわかるんじゃあないんですか」
「啜るのに真剣で味よくわからなくなる」
「そうですか」
「だからそうやってスプーン使って食う方が美味いんなら、もう止めるつもりは無ぇんだけど」
「だけど?」
「お前スプーンに乗せる時不味そうな顔するじゃん」
「そうですか?」
 きょとんと顔を上げた。
 この通り豊かとは言わないが無表情ではないし、何より無感情ではない。先程言ったように味もわかる。
「同じスプーン使う時でもアイス食う時は、あとフォークだってケーキ食う時はそんな顔しねーのに。スプーンの上でフォーク使うの、本当は嫌なんじゃあねーの?」
「そう……ですね、そうかもしれない」
 1度丸くした目を伏せた。
「零すのが嫌なんです。怖いと言っても良い」
「恐怖症?」
「そんなに深いものじゃあありません。昔、それこそ生まれた国に居た幼い頃、箸が上手く使えないからスプーンやフォークで食べていました。零すと後で怒られる」
 テーブルが汚れていると帰ってきた母に怒られる。布巾が汚れていたりティッシュペーパーを大量に使うと後から気付いた母に怒られる。
 与えやすいという理由で出されたうどんを子供が零さず綺麗に食べる事がどんなに難しいか。未だ1人で物を食べられる年齢ではなかったのに。
「あとこうして誰かと一緒に食べるようになったのも最近と言えば最近なので。人の目を気にして食べる、というのをしてこなかった。食べている時の表情を意識した事が無い」
「お前難しい事考えてんな」
 零してしまったら残念に思ったり謝ったりして片付ければ良い。たったそれだけの単純な事。こんなに簡単な事はジョルノならば容易く出来るとミスタには確信が有った。
 それに「不味い」は人に見せる為に顔に出す物ではない。だが逆に。
「美味いもん食ったら美味いなあって笑っておいた方が良いぜ」
「笑うんですか?」
「にこーって」
「はあ……」
「それが作った奴への感謝になるってもんだ」
 作ったのはミスタではなくこのレストランの従業員だが。
「俺は美味いもん食いながら笑う顔が見たい」
「……まあミスタも啜れるようになったし」
「そうそう、その意気その意気」
 真正面から適当な言い草を受けながら、ジョルノは一息吐いて――スプーンを使わずに――フォークにフェットチーネをくるくると巻く。
 口に運ぶと巻き付けきれずに垂れたボロネーゼソースが唇の下に付着した。
 それを茶化す事無く。
「美味いか?」
 答えやすいように問い掛ける。
「はい」
 ニコリと笑う。無邪気過ぎて今までの様子からはとても想像の付かない、フォークを持ち口元を汚したままなので殊更幼い笑顔。それを受けてミスタも微笑んだ。
 10代と思しき男子2人――片方に至ってはどう見ても未成年――が、友人同士で気軽に夕食を取り入るには不釣り合いなホテルの最上階のレストランでそんな微笑ましいやり取りをしている。
 友人同士ではなく恋人同士なのかもしれない。まぁどちらでも構わない。自分は自分の業務を果たすだけだ。
 しかしあの雰囲気の中、注文を受けたスパークリングワインはいつ出せば良いのだろう。
 度数は高くないがアルコール。それも甘口の炭酸なので飲みやすい。
 どちらがどんな意図を持って頼んだにせよ、ウェイトレスの自分は早くこれを出さなくてはならないのだが――


2019,10,27


本命カプの短編を書きたいと思って出来上がったのが何故か飯テロ話。
食べるのは好きですが作るのは嫌いなので調理場面を書く事は少ないです。
あと私もスパゲティにスプーン使う派です。食べるの下手か。
<雪架>

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