フーナラ 全年齢 ミスジョル・アバブチャ・ギアメロ要素有


  幽明境を異にした名は呼べず


 陽射しが強く眩しく、今日も暑い。そろそろ毎日の暑さから解放されても良い頃の筈なのに、と思いながらフーゴはゆっくりと歩いていた。
 喉も渇いたし見えるレストランに入ってしまおう。思えばその為――涼む為か食事の為か――にここまで来たのかもしれない。
 見慣れた道のような、初めて訪れた道のような。デジャヴなのか久し振りで忘れてしまったのかもよくわからない。どこにでもあるような繁華街。車は何台も通り過ぎるし、人々は皆信号待ちをしている。
 ここにしようと思った、あるいはここに決めていたレストランはカフェテラス席も有る。1つの席は大きなパラソルの下で男2人が向かい合って座っていた。
 その2人がタイミングを合わせたようにこちらを見る。
「アンタ達は……」
 手前で振り向いたのは短く癖の強い髪をした眼鏡の男。
 奥で顔を上げたのは長い髪で片目を隠した肌の露出の高い男。
 ……誰だっただろう。
 見た事や聞いた事が有るだけでこの2人に会うのは初めての気がしてきた。
「やあ、初めましてだね」
「初めまして、ですか」
「そうだよ。お噂は予々(かねがね)」
 一体どんな噂だろう。長髪の男のねとりとしても聞こえる喋り方は寒気を感じる。
「テメーだって俺らの事知ってんだろ?」
「多分……」
 曖昧な返事をしてしまった。素直にわからないと言えば自己紹介位してもらえたかもしれないのに。
 ただ彼らの事は全く知らないわけではない。同じ組織で違うチームの人間。
「俺らもそうだ、一応知っている。一応だがな、一応。なあメローネ」
「ギアッチョの言うように『一応』はね。調べようと思えば幾らでも調べられるし」
 一応知っていて調べる事が出来て。そこから少しだが思い出せた。そして推測出来た。
 奥の長髪の男はジョルノに●され、手前の眼鏡の男はジョルノとミスタの2人に●されている。
 だからそうだ、ここは○後の世界だ。
「僕は……○んだのか?」
「さあ?」
「知らねーよ」
 眼鏡の男は吐き捨てるように言って――特別怒っているわけではなく、日頃からこういった話し方のようだ――前を向きケーキスタンドの1番下のサンドウィッチをむんずと掴み取る。
 どうやら男2人でケーキスタンドを頼んだらしい。1番下の皿にはサンドウィッチ、真ん中の皿にはスコーンが2つとクロテッドクリームと果肉入りのジャム、1番上の皿にはティラミスケーキが2つ。
 一体どちらの趣味だろう。妙にしなを作って座っている長髪の男の趣味と見せて、眼鏡の男こそ甘い物を好んでいるかもしれない。
「食べたい?」
 長髪の男がふふと笑いながら尋ねてきた。
「あ、いや……」
「食うか?」
「そんなに物欲しそうな顔をしていただろうか」
 振り向き直した眼鏡の男が頷く。
 何とも恥ずかしくてフーゴは「結構だ」と首を横に振った。
「そうだよな。ここで食って腹いっぱいにしちまったら、中で食えねーもんな」
「中で君のお仲間達が待っているからね」
「仲間?」
 それは、もしかして。
「待ってるっつってもこんなに早く来るとは思ってねーだろーし、相当驚くんじゃあねーか」
 眼鏡の男が手にしたサンドウィッチにかじり付いた。レタスがシャクシャクという小気味良い音を立てる。
「こっちはチーム全員あっと言う間に揃ったのにね」
「腹立つ話だぜ」
「先に来ていたソルベもジェラートも流石に驚いていた」
「リーダーのリゾットもあっと言う間に来ちまったし。あとはあれ、あのゲイ臭い奴らは親衛隊だよな?」
「幹部なのか何なのかわからない少年も居るし、君のチーム以外全員集合状態だよ」
 長髪の男はフォークを伸ばして1番上のティラミスを一口サイズに切り口に運んだ。
 ケーキスタンドは原則下の皿の物から食べるが、アフタヌーンティーとは時間を楽しむ為のなのでその限りではない。甘い物が食べたい気分ならば先に上のケーキから食べても良い。ましてティラミスならば甘さよりもほろ苦さが強い
 こんな風にじっと見てしまうから食べたいのかと訊かれたのか。
「オメーのチームは●しても○にそうにねー奴が居るから揃わねーんだろうな」
「ミスタとジョルノの事か」
 皮肉を受けてフーゴはくすと笑った。眼鏡の男が言う事は事実だ。ミスタは腹を撃たれ頭を撃たれ全身を蜂の巣にされても生き延びた。
 ジョルノが傷を無理矢理に防げるからだろう。自身も味方も無茶をして、させて、そうして今の地位を築いている。
 巨大なギャング組織の頂点。初めは自分がその組織の末端ではあるが先輩だった。
 後輩と、更には年下の後輩が今や裏の社会を牛耳っている。
「オメーもまあ当分来ねーだろって思っていたんだが」
「だからちょっぴり驚いたよ」
「そうか……そう、思われていたものなのか」
 生への執着心は余り無い方だった筈だが。
 一時期は有った。彼を拾い上げ、しかし彼と道を違えるまでの短い時間は、彼とどこまでも生きてやるつもりだった。
 違う道を歩むようになりその意識が薄れ、再び合流した際に彼とはもう2度と会えないと知り消え失せた。その後のフーゴの人生を人は惰性と呼ぶだろう。
「……彼はここに居るのか」
「居るぜ」
「ここはそういう所だからね」
 店内で仲間が待っている。
「それじゃあ僕は」
「また話そうぜ」
「時間はたっぷり有るからね」
 そうだ、これから悠久の時を『ここ』で過ごす事になるのだから。
 フーゴは2人に軽く会釈をして店の中へ入った。

 街並みと同じく店内も初めて来たようにも、見覚えが有るようにも、もう何度も皆と来たようにも思える。
 個室に分かれてこそいないがテーブル間はかなり広く空けられているし、わざと見通しを悪くするように柱も有った。
 それなりに賑わっている店内のほぼ中央のテーブルに彼らが居た。フーゴに気付いた『彼』が真っ先に席を立つ。
「来たッ!」
 背が低く童顔な彼らしい声変わりを知らない声。
「……久し振り、かな」
 その言葉には小柄な少年のみならず、年上の後輩の長身の男も、そして全幅の信頼を置いたかつてのリーダーも笑みを見せた。
 6人用と思われる長方形のテーブルに2人は奥の方で向かい合って座ったまま。そして小柄な少年が迎えに来たと歩み寄る。
「ほら、こっちこっち! 早く座ろうぜ!」
 腕を組むように掴まれ引っ張られた。
「ちょっと、待って下さい」
 そんなに急かされては足が縺れてしまう。引かれた後には押され、長身の男の隣に座らされる。
「ケーキ1つ! あとカプチーノ!」
 小柄な少年は従業員に大声で注文をした。
 テーブルの上には食事を終えたらしく使用済みの皿が数枚有るので、小柄な少年はフーゴの為にと注文したのだろう。食べられない物は無いが何のケーキが出てくるのか気になる。
 小柄な少年はリーダーの隣に、フーゴと向かい合う形に座る。両肘を置き組んだ指の上に顎を乗せた。
「久し振りっちゃあ久し振りだけど、来るの随分早かったよなあ」
「そうですか?」
 会いたかった、嬉しいといった言葉を期待していただけに拍子抜けだ。
 自分は会いたくて、こんなにも喜んでいるというのに。
「アイツらが遅いだけじゃあねーのか?」
「確かに」
 長身の男の軽口にリーダーが同意した。酷い話だがフーゴもそう思っている。
 ミスタとジョルノには当分会えないかもしれない。○と隣合わせのギャング社会だというのに相当な長生きをしてくれるだろう。町内の長寿記録と言わず、ギネス記録にでも挑戦してもらいたい。
「だがお前がこんなに早く来るとはやはり思っていなかった」
 リーダーの声には残念そうな色が含まれて聞こえた。
 彼は子供に甘い。フーゴは自身をもう子供と思っていないが――未成年ではあるが『子供』ではない――彼と出会った2年程前は確かに子供だった。生き様も考え方も出来る事も未だ子供でしかなかった時分を知られている。
「もう充分ですから」
「本当に?」
 間髪入れない小柄な少年の問い掛け。
「『未練』とか無いの?」
「……有りません」
 やり残した事等何1つ無い。
 見たい映画も聞きたい新譜も探せば出てくるかもしれない。だがそれより、つまらない映画や聞き飽きた楽曲を彼と共に見聞きしたかった。
「ナランチャ、そう言うお前は有るのかよ」
「有るぜー、そりゃあもう沢山!」
「例えば?」
「んー……アバッキオは何か無ぇの?」
「無いわけじゃあ……無くなったな。お前もブチャラティもすぐに来やがったし」
 名を呼ばれたリーダーは「そうか」とだけ相槌を打つ。
「そういう意味じゃあ未練たっぷりだったぜ。もっと何か出来たんじゃあないのかってな。何も出来ずただ流されるだけの俺に、出来る事とすべき事と自らしたいと思える事をくれた奴が、こんな早くにこっちに来ちまった」
 リーダーの事を指しているとすぐにわかった。長身の男にとってリーダーはどこまでもついていける存在だ。それは小柄な少年にも言えた。
「幸せ者は俺だけか」
 そのリーダーが首を傾げた。整えられた少し長い髪の毛先が揺れる。
「お待たせしました、本日のケーキのティラミスとカプチーノです」
 気配無く訪れたウェイトレスがフーゴの前に手際良くケーキとコーヒーを並べ置く。空いたトレイに食べ終えた食器を乗せすぐに立ち去った。
 何と美味しそうなティラミスだろう。こんなに食欲をそそるティラミスは生まれて初めて見る。
 真っ白にとろけるマスカルポーネとその上に掛かったココアパウダーの色の対比は美しいとすら思えた。
 細身の銀のフォークを手に、しかしフーゴは手を止めた。
 これを食べたら、きっと。
 誰に言われたわけでもないが確信していた。食べ掛けの物を供えないように、○者は○者の食べ物しか食べられない。
 テラス席の2人は食べるかと訊いたが無理強いはしてこなかった。押し――と癖――の強そうな2人だが、一口だけでもと言わなかったのは気遣いからだろう。
 ○にたくないのか? 僕は未練が有るのか?
「食わねーの?」
 小柄な少年が尋ねてきた。らしくなく不安そうな表情を浮かべている。
「食いますよ」
「……そっか」
「何ですか、欲しいならそう言って――」
「未練が有るんだ」
 続けてらしくない低めの真剣な声音。
「オレには有る、未練ってやつ」
「止めろナランチャ」
 長身の男の制止を聞かずに小柄な少年は「絶対に続ける」と首を横に振った。
「生きててほしいんだ」
「……僕に?」
 乱した髪で頷く。
「オレの分までとか、そういう事は言わない。ただ元気に、美味いもん食って、あと映画見たりCD買って聞いたり、なんかどっか行ったりしてほしいんだ。***に幸せになってほしいんだ!」
 もう名前を呼ぶ事も出来ない関係なのに、それでも。
「だから未だ戻れるなら戻ってほしい……」
「折角会えたのに……なんて」
 自分の幸せはある日ひょんな出会い方をした、同じような底辺に堕ちていたこの小柄な少年と共に生きる事。
 それはもう叶わない。ここでこうして話をしているのだから認めなくては。嗚呼、この目で亡骸を見ていないから、誰かが嘘だと言ってくれると、小柄な少年本人がどこからか顔を出して冗談だったと言ってくれればと願っていたのか。
「悪い夢を見ているみたいだ」
 醒める事の無い悪夢の中を彷徨い続けているかのような。
「良い夢じゃあないのか?」
 柔らかな声で尋ねてきたのはリーダーだった。
 指を組んだ手をテーブルに置いた余り見慣れない姿勢。だが彼らしい真摯な目でこちらを見ている。
「悪い夢ならば早く醒めてくれと思うだろう。だが良い夢ならば。それを夢とわかっていても醒めないでほしいと思うんじゃあないだろうか」
「……アンタはこれを夢だと思うのか?」
「どうだろうな」
 言って目を伏せる。表情を、考えている事を隠すように。
 それが何故かフーゴには「任せておけ」とでも言わんばかりの力強いものに見えた。
 嗚呼、彼が居るから『こっち』は大丈夫だ。
 問題は『あっち』だ。
 ミスタとジョルノが信用ならないわけではない。信頼しているし、信頼されている。
 それに応えなければならない。応え続けて、彼らに信頼され続ける男にならなければならない。
 でないと束の間の夢での邂逅で、あるいは先の未来における本当の再会で、誰よりも愛しく思った小柄な少年に合わせる顔が無くなってしまう。
「この醒めないでほしい夢から醒めたら、胸を張って『生きて』いこうと思います」
 リーダーも長身の男も「そうか」「好きにしろ」といった言葉をくれた。そして小柄な少年もまた、フーゴの好きな満面の笑みを見せてくれた。

「おい」
 店を出てすぐに声が掛かった。
 テラス席でケーキスタンドデートをしている2人がこちらを見ている。
 先程とは逆に手前に長髪の男が居て、奥の眼鏡の男の声に合わせて振り返っていた。
「オメーもう『帰る』のかよ」
「……はい」
 この口振り、眼鏡の男はフーゴが未だこの世界の住人にならないと気付いていたようだ。
「食べ終わっちゃったから、君はあっちで食べてね」
 振り向きくすくす笑う長髪の男も同様に。
 もしかして僕はとてつもなく未練がましい顔をしているのか?
 眉を寄せて、しかし1度瞬きをして、フーゴはらしくない自覚が有りながらも笑顔を見せる。
「誰かに伝言が有れば引き受けますよ」
 ノブレスオブリージュを気取るつもりは無いが生き残れた者としてすべき事、より正確に言えば出来るからしたい事だ。
「伝言ねぇ……」
「特にはねーな」
 ケーキスタンドの3枚の皿の上を綺麗に食べきって2人は満足したかのような言い方。
「まあ気を付けて戻れや」
 これが眼鏡の男の唯一の生者への伝言のようだ。
「話は今度来た時にじっくりしよう。君の事色々と聞きたいからね。沢山思い出話を作っておいで」
 顔を半分隠し、異様な服装をしている長髪の男も同じくフーゴにしか伝える言葉は無いらしい。
 それじゃあと別れを告げてフーゴは来た道を戻る為に歩き出した。
 見覚えが有るような、寧ろよく見知っていて何度も歩いたような気がしていたが、やはりこの辺りを訪れたのは初めてだ。知らない道から知っている道へ向かっているのがわかる。
 彼の居ない世界で生きていくのは恐らく味気無く色も無く、比喩でも何でもなく夜の世界は暗く冷たく寂しい。そこへこの2本の足で向かっていた。
 それが彼の最期の願いなら。
 叶えてやらなくては男が廃る。惚れた相手が生きろと言うのだから泥水を啜ってでも生きてやる。

 激痛で目が覚めた。余りの痛みに「痛い」と言葉にする事すらままならなかった。
 特に痛むのは両方の二の腕で、自分を抱き締めるように怪我の箇所を手で掴む。
 切断されてしまったかのような痛みなのに手の平に怪我の感触は無い。と言うより腕はしっかり繋がっている。代わりに背に当たる感触からパンナコッタ・フーゴは自分が仰向けに寝ているとわかった。
 きつく瞑っていた目を開けると遠く離れた高い位置に天井が見える。
 音は無いが機械に囲まれている。どうやら工場のような所に居るらしい。床に付けた後頭部も微かに痛い。
 手を放して見てみる。乾いた血が付着しているが今現在二の腕から出血している物が付いたのではなさそうだ。深い切り傷のような痛みが有るが、指先まできちんと動かせた。
「フーゴ」
 聞き慣れた声に名を呼ばれて体を起こす。
 若干ふらつきは感じるが床に座り込む事は出来た。
 声の主のジョルノ・ジョバァーナがすぐ近くで膝を付いてこちらを見ている。
「……手当てを、有難うございます」
 意識を失っていた間に刺されたか切り付けられた二の腕をスタンドで治してくれたのだろう。
「どう致しまして。呂律もよく回っているみたいで良かった」
「呂律?」
「両腕を切り落とされてバランスを崩して倒れた際に後頭部を打ってそのまま気絶したと聞いていたので。脳震盪(のうしんとう)の症状は僕のスタンドではどうしようもない」
「そうだったのか……」
 微妙に記憶が曖昧なのは後頭部を打ったからか。
 全く思い出せないわけではない。『対処』する必要の有る組織の反乱異分子を、グイード・ミスタと共に精肉加工場に追い詰めた、という所までは今思い出せた。
 ボスのジョルノが頑なに暗殺チームを再編成しない為に、暗殺――正しくは殺人の必要性が高い――任務は直近の自分達に回ってくる。
 ミスタはフーゴが戦線離脱したので1人で目標(ターゲット)を追い掛けているのだろう。
 走りながら器用にジョルノへ電話で連絡をしたのか、彼らはそういった意志疎通の能力が備わっている関係なのか。
「ジョルノ」
「はい」
「……夢を、見ました。今……ナランチャの」
 そんな相手がフーゴにも居た。
「夢の中でナランチャと2人きりになったという惚気ですか?」
 未だ立ち上がるな、と手の平を見せて制止したジョルノの口元が微かな笑みを作る。
「そういうわけじゃあ……アバッキオとブチャラティも居ました。あと、僕は初めて会う男達も」
 死んだ彼らの名前を口にしてもジョルノは笑みを消さない。
 所詮は夢だと嘲るのではなく。
「彼らと何か話してきたんですか?」
「……どうだろう。忘れてしまいました。夢だから覚えていない」
 そうですか、と目を伏せた。
 彼らの名前を久し振りに聞いて、久し振りに思い出しているのかもしれない。
 ジョルノが彼らと過ごした時間はとても短く、フーゴが彼らと過ごした時間と比べれば100分の1やそこらにしかならない。それでも懐かしく思ったり、また会いたいと思ったりするだけの『魅力』を持っていた。今もフーゴの胸の内で彼らは輝いている。
「終わったぜ」
 ジョルノと共に不意の声がした方を向くと、声の主が放り投げた大きく丸い物が飛んできた。
 ごろりと転がってきたそれは人間の頭部。自分達よりは上だが未だ若く、派手な色の短い髪をした男は絶命時のまま目を見開いている。
 数発の銃弾で無理矢理胴体から切り離してきたらしく首の断面がえげつない。
「任務完了ってな」
「お疲れ様です」
 しれっと言ってのけるミスタに、ジョルノはしゃがんだまま平然と返した。
「今日の任務は捕らえて追放、反省の余地が無ければ殺害だったと思うんですが」
「俺はオメーの腕をちょん切っちまうような野郎は生かしておけねーんだよ!」
 怒鳴られてはまるでこちらが悪いみたいだ。
 否、自分――達――は悪者だ。盗んだし奪ったし殺してきた。ギャングを名乗って日の当たらない道を歩んでいる。
 死後の世界が有るとしたら地獄に堕ちるだろう。しかし覗き見してきた地獄は随分と居心地が良さそうだった。
 彼が居て仲間達も居て親しくなれたかもしれない人々が居るからか。
「持ってきたのは頭だけですか?」
「服剥いだけどこれと言って何も出てこなかったからな」
 ならば尚更殺す必要が無かったのでは、と思ったが黙っておく。
「ああでも、これは貰ってきたぜ」
 後ろポケットから何かを取り出し、放り投げて寄越す。床に付いていたジョルノの手元に財布が落ちた。
「カードとかは無いからパァーっと遊べる金じゃあないが、明日は3人で美味いもん食いに行ける位は入ってる」
「3人って、僕もですか?」
「フーゴが行かなくてどうするんですか」
 そう言ってもらえるのは有難いのだが。
 早速ジョルノが財布の中身を確認し始める。身分証が有ればこれからカードを偽造し明日は食事に限らず豪遊出来るが、どうやら見当たらないようだ。
「何食いに行く?」
「この場所を割り出したフーゴに決めてもらいましょう」
「何で僕が……じゃあコース料理にしましょう。2人の食べたい物も出てくるような店に」
「良いですね」
 財布を閉じて何故か手渡してくる。
「ちゃんとデザートまで出てくるような店で頼むぜ。ここは王道に苺のショートケーキでな」
「僕は前に食べたチョコレートソースの掛かったチーズケーキが良いです」
「最近カフェで食ったやつ? じゃあ――」
「それは今度2人でその店に行って下さい」
 フーゴはミスタの台詞を遮った。
 決して仲睦まじい姿を見せ付けられたくないとか、この財布の中身を使うならカフェではなくコース料理を出す店が良いとか、否定の意味ではなく。
「僕はティラミスを出す店が、最後にティラミスの出るコースメニューが良い」
「ティラミス?」
 2人が声を揃えて尋ねてくる。
 細身のギャングという見た目に反して甘党の2人には苦過ぎるだろうか。
「僕は構いませんが」
「美味い店でも知ってんのか?」
 唇を噛み戸惑う。コースにティラミスを含めている店を、そもそも美味しいティラミスを出す店を知らない。
 出されれば食べるが注文してまでTiramisu(私を天上へ引き上げて)を食べようと思った事が無かった。
「明日までに探しておきます」
 食べなくてはきっと気が収まらないし、もたもたしていたら忘れてしまう。夢の中の出来事は現実とは違い、良い物も悪い物も記憶に留まっていてはくれない。
 嗚呼ほら、何故ティラミスなのか、もう思い出せない。
 夢の中でナランチャが食べていたのか、食べるように勧められたのか、他の人が食べていたのか、気紛れで自分が注文したのか。
 過去の思い出以上の速さで夢幻の出来事は次第次第に忘れてゆく。
 忘れない為には自分が常に『し続ける』しか無い。
「ジョルノ」
 そろそろ帰るかと切り出され立ち上がったジョルノを呼び止めた。
 はい、と振り向く。真っ直ぐに立ったジョルノと未だ床に尻を付けたままの自分との対比が可笑しい。
 フーゴも立ち上がり、そしてジョルノのすぐ側に膝をつき直す。
「手を」
 ジョルノは疑問符を浮かべていたが、手の平を上に差し出すとすぐに理解し手の甲を上にして乗せてきた。
 出身はイタリアではないと聞いた。白く肌目細かく、とても「手を汚して」は見えない。
 そこへ静かに唇を落とす。
 これが生涯伴侶にする事は無いだろうフーゴに出来る唯一の誓いの口付け。
 ボスへ、それから今は亡き想い人へ改めて誓った。
 これからも悪事の限りを尽くす。彼らの待つ地獄へ堕ちる為に。彼らの分まで悪人(ギャング)の人生を謳歌してやるのだ。


2019,11,30


アニメ及びアニメグッズの暗チ優遇っぷり凄ぇな!?
書いてる真っ最中に利鳴ちゃんとデートし「ティラミスブームが来てる」と言われ間違ってメールで送ってしまったかと思った。
更に「暗チのTシャツ着てる人見た」も言われ、やはり間違ってメールで送ってしまっていた…?

<雪架>

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