アバブチャ 全年齢


  表、裏、横の顔


 太陽は沈み始めて空を赤く染めている。夜が近付き涼しい風を上半身に受けるのは気持ちが良い。
「アバッキオ、危ないぞ」
「このスピードなら問題無い。どうせ160kmも出ないし、それにこの車は俺には小さい」
 確かに、と口元に笑みを乗せるブローノ・ブチャラティの横顔が好きだった。
 助手席でレオーネ・アバッキオのような大男が箱乗りしている――全開にした窓枠に座って上半身を外へ出している――のに呑気に笑っているなんて。
「前の車を相当気に入っていたんだな」
「ナランチャの奴、派手に爆破させやがって」
「あれは誰がどうやって壊したのかすぐにわかって面白かったな」
 車をガタガタと揺らし舗装されていない道路を走りながら、物騒な事を思い出話のように語れる神経はどうかしている。
 ギャングチームのリーダーに在りながら穏やかとも和やかとも言える雰囲気。
 だが彼には『裏』が有る。否、そちらが『表』なのか。
 どちらでも良いしどちらも欲しい。美味しく頂いてしまいたいのに、既に肉も骨も心までも頂かれている気分だった。
 後部座席に何も乗せていないが重たくスピードが出きらない車は目的地へ近付き減速を始める。
 道無き道の果ては木々――それも枯れ木――に囲まれた小汚い湖の前。停車してからアバッキオは1度助手席に座り直してドアを開け下りた。
 ブチャラティより先にトランクを開ける。
「車酔いはしてねぇか?」中に押し込められていた男に向かって「ゲロは吐いちゃあいないようだな」
 吐きたくても吐けない。口はブチャラティのスタンドのジッパーで閉じられている。
 その代わりに両腕と両脚はジッパーで切り離されている。トランクの中で暴れられては煩い。
 排泄器官も外しておいてもらえば良かった。この微かな異臭は恐らく漏らしている。アバッキオは盛大に舌打ちした。
「悪いがそっちに『出して』くれるか?」
 運転席から降りてきたブチャラティが濁りきっている湖を指す。
「わかった」
 その為に同行を頼まれたのはわかっている。自信が有るとまでは言わないが、腕力は決して弱くない。頭部の付いた胴体をトランクから引っ張り出して湖に向かって、但し落ちないように放り投げた。
 繋げ直す予定は無いが腕2本と脚2本も顔の近くへと投げて出す。
 右腕を意図せず踏み付けて、ブチャラティはしゃがみ込み男の顔に顔を近付けた。
「どこで手に入れた?」
 珍しく本当に聞くつもりが有るらしくジッパーが解除される。
「お前が使っていた拳銃、どこで手に入れた?」
 浅い呼吸をひたすらに繰り返す顔へ問い掛ける。どうせ答えないだろうと踏んだがアバッキオも一応ブチャラティの隣にしゃがみ込んだ。
「聞こえないのか? お前が子供を射撃の的にしていた時に使っていた、あの拳銃の事だ」
 罪無き無垢な子供達に怪我をさせていた事が許せないのだろう。確かに居並ぶ何人もの子供達が銃創を負っている様を見た時は胸糞が悪かったし、大した目的が有ったわけではないと知った時は同じ目に遭わせるだけでは足りないと思った。今だって体を分裂させたままここに放置するだけでは不充分だと思っている。
 ブチャラティがアバッキオの目の前に手を、手の平を上に差し出す。
 何も言わずにポケットからマッチ箱を1つ取り出しその手の平に乗せた。
「お前みたいな人間が手順を踏んで購入出来る筈が無いからな。俺はお前に売り付けた奴もお前と同じ目に遭わせなくちゃあならない。もし俺の所属する組織の端くれが売ったんだとしたら少し心苦しいな」
 しゅ、と言う短い音でマッチは点火した。小さな炎を男の目に近付ける。
「個人か? グループか? 名前を覚えていない、なんて嘘を聞くつもりは無いぜ」
 男は目を見開いていたが角膜を覆う涙が蒸発する前に、今思い出したと言わんばかりに目蓋を強く閉じた。
 マッチの火は長くはない睫毛へと燃え移った。大きく燃え上がりはしないが細い煙と共に焦げ臭さが漂い始める。
 睫毛を、目蓋を、中の角膜を焼かれて、男は漸く人名らしき単語を叫んだ。異国の人名なのか不思議な発音で、少なくとも自分達の所属するギャング組織の人員ではなさそうだ。
 唇の端1つ動かさずにマッチを湖へ捨てるブローノ・ブチャラティの横顔が好きだった。
「……山火事になるぜ」
「それは大変だ」
 よいしょ、とわざとらしく緩慢な動きでブチャラティは立ち上がる。
「かなり暗くなったな」未だ火の回っていない喉の辺りを踏み「腹も減ってきた」
「何か食いに行くか。帰りはもっとスピードを出してくれ」
「もう箱乗りはするなよ」
 真一文字だった口は自分と相対した時にはよく見せる笑みを浮かべる。どこまでも共に笑い合って生きていけたら、と思ってしまう。こんな状況下で。
 ブチャラティは踏み付けていた足でどんどんと顔を燃やしてゆく体を蹴ったが動かない。
 貸してみろと言うより先にアバッキオはその体を右足の内側で力いっぱい蹴飛ばした。
 人間の体は弾まないので四肢を欠いた胴体はごろりごろりと転がり藻を溶かしたような湖に落ちた。火の消える音がしたので山火事の心配は無くなっただろう。
「手足はどうする?」
「湖に――いや、ここに置いておこう。動物の餌になる」
 この辺りに住む動物が食うと思っているのか?
 尋ねる前にブチャラティはジッパーが付いたままの腕と脚を見向きも踏みすらもせずに車へと戻る。
 アバッキオも助手席へ乗り込み、今度は窓を開けずに大人しくシートベルトも締めてみた。
「付いて来てくれて助かった。俺1人じゃああいつを地獄へ堕とせなかった」
「どう致しまして。だが放っておいても奴は地獄行きだ」
「俺達もな」
 道連れにしてすまないという意味なのだろう。言いながらキーを捻り止まっていたエンジンを掛ける。
 すぐ横の顔がブチャラティである限り、地獄だろうと煉獄だろうとアバッキオにとっては天国でしかない。


2017,11,25


ドライブ曲から連想される素敵なお話2つを読んで、こうりゃもう1個欲しいな!と書かせてもらいました。
未だ恋人未満だよ〜とか、攻めちゃんの視点は男性Voだよ〜とか、小さな企画みたいに話し合うのは楽しかったです。
しかしモチーフにした曲のHEAVEN'S DRIVEっぽさが無くなってしまった…
<雪架>

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