DIOプッチ 全年齢


  力不足であり役不足でもある


 彼はとても頭が良かった。覚えるという意味でも、思い付くという意味でも。
 頭の良い人間と話をするのは面白い。エンリコ・プッチはDIOと会話する機会を人生においてとても重要な時間だと認識していた。
 ただDIOは言うならば世間知らずな面が有った。日光アレルギーなので学校に通えなかったのかもしれない。
 あれだけ逞しい肉体をしているのに――外に出なくても体力を付ける方法は幾らでも有るし、夜になってから外に出ても良い。
「夜か」
 満天の星空の下を目的地へ向かいただ走るタクシーの中で1人呟く。
 話をしたいとの連絡を受けてすぐに飛行機の手配をした。自分の家――と呼ぶより屋敷、寧ろ館と呼ぶ方が合う――に泊まってくれと言われたので宿は甘える事にした。
 飛行機で仮眠を取っておいて良かった。彼の時間とも言える夜を眠たくないと言っては嘘になるが、慣れない土地のタクシーで眠るのは少々危険だ。
 目的地に着くまでそこで待ち受けているDIOの事を考えて過ごそうと思い付いた。そうすれば眠る間も無く時も経過するだろう。
 それだけ彼は魅力的だ。先ず第一に容姿が良い。人間はそれだけで魅力的になれる。
 DIOのカリスマ的とすら言える圧倒的な美貌の前には誰もが平伏しかねない。足元に傅かせ(かしずかせ)なくとも、交渉の第一段階となる印象は先ず悪くならない。
 金の髪や白い肌はプッチが持ち合わせていないので単純に焦がれているだけかもしれない。人間が皆自身と正反対の存在を好くのは遺伝子の問題だ。
 そして大抵の人間は自らの容姿に絶対の自信は無い。どんな美男も美女も、もう少しここが良ければと願う。つまり大抵の人間は絶対的に美しいDIOと自分を違うと思い惹かれるのだ。
 タクシーはやや強引に広場を抜けてひた走る。時間の所為なのか外に歩く人の姿が見えなくなってきた。
 目が見えない人間はDIOの美を知る事が出来ない。しかし彼ら彼女らはDIOの声をよりよく聞く事が出来る。
 深み有る声で訛りの無い発音。世間を知らない嫌いは有るが、代わりにスタンドをはじめとする知る人の少ない知識が有った。
 話をするだけで他者を満たせるのは人の上に立つのに向いている。
 だがDIOは、何故かプッチの『上』に立とうとしない。
 館には貴族に支える執事や従者のような使用人が居るのに、彼らの上には立つのに、何故私の上には立とうとしないのか――
「こちらであっていますか?」
 不意に運転手から掛けられた声にプッチは窓の外を眺めていた顔をそちらへ向けた。
「すまない、今何と?」
「仰った住所はここになりますが、あっていますか?」
 タクシーは幾つか並ぶ建物の合間に停まっている。
 どうやらDIOから空港に停まるタクシーに乗りその運転手に告げるよう言われた住所は彼の館とは少し違うらしい。
「ここで構わない、有難う」
 DIOは極力他者に自宅住所を知られたくないのだろう。そんな自宅に招かれる事を誇らしく思いながらプッチは運賃を払い下車した。
 何度か訪問した事は有るしここから近い事もわかるが、果たしてどう進めば良いのだろう。見覚えのある道だが似たような建物が並んでいてわかりにくい。
 タクシーが走り去ると辺りは静寂に包まれた。ゆっくりと顔を上げると沢山の星の瞬きが見える。
 天国から神が我々を見守る瞳の光。
「エンリコ・プッチ」
 名を呼ぶ声に合わせて湿度の低さがよくわかる空っ風がびゅうと吹いた。
 声のした風上を向くと、そこには見守る神を思わせる姿。
「DIO」
 均整の取れた肉体に巻き付ける形の服は暑さ対策なのか真っ白い。
 日の出ていない時間には不要なのでは。つまり日光アレルギーで日中は外に出ないDIOには不要なのでは。しかし白い布でしかない筈なのによく似合っている。
「迎えに来てくれたのか」
「ああ」
 カツと靴を鳴らして歩み寄る。DIOからは何とも言えない甘い香りがした。
「助かった。君の屋敷の場所を忘れたわけじゃあないんだが、ここから辿り着ける自信が無かったんだ」
「嫌がらせをされたと思ったかい?」
 こんな所で降ろされるなんて、等と思うわけがない。もし思っていたとしても吹き飛ぶ。
「裏道を通るが歩いてすぐだ」
 背を向け来た道をDIOは戻った。
 そうか、ここから来たのか。
 彼なら何も無い所からいきなり姿を現しても可笑しくない。その位なら出来そうだ。是非出来てほしい。
 金の髪に白の服だというのに夜の闇と同化してしまいそうだ。プッチは歩幅を大きく追い掛け歩く。

 見慣れたとまでは言わないが何度か訪れた事の有る屋敷は、それでも周りにある建物と似かよっていて1人で来た場合は迷っていたかもしれない。
 先を歩くDIOが扉に手を掛ける直前、その扉が内側から開いた。
 開けたのは1人の老婆。背が縮み腰も曲がっている白髪の老婆はぎょろりと大きな目を心配そうにDIOに向けている。
「エンヤ婆、私達は寝室に行く。荷物は無いから下がって良い――いや、ワインを1つ用意してくれないか」
 嗄れた声で「畏まりました」と――回りきらない舌で――言った老婆は頭を下げ館の奥へと小走りに立ち去った。
 肌の色も褪せて見える年寄りだが足取りにふらつきは無い。意外に若いのかもしれないし、逆に300年以上を生き抜いてきた魔女なのかもしれない。
 見送った後、何も言わず1歩踏み出したDIOについて歩く。
 階段も上った。最も奥深くに有る部屋こそが館の主の部屋だと改めて思った。
 部屋の戸を開け中に招かれるまま足を踏み入れる。キングサイズベッドがメインのDIOの部屋は物が少なく整頓されている。清掃もよく行き届いて見えるが、どうにも不思議な匂いがする。
 薄暗い部屋特有のすえた匂いともまた違う、何とも表現のし難い複数の、鉄や花を混ぜたような匂い。
「プッチ、どうした」
「いや……DIO、君は食事もこの部屋でするのかい? それとも下にあった食堂で?」
 主人1人では逆に浮いてしまいそうな程に随分と広い食堂が有った。
「食事の内容にもよる」
 どんな、と尋ねる前に今し方閉めたばかりの扉が開く。
「お待たせ致しました」
 先程の老婆が自身の背より高い木製のワゴンにワインボトル1つ、ワイングラス2つを乗せて入ってきた。
 しかしあの階段をどう上ったのだろう。この背丈ではワゴンの所為で前すらろくに見えまい。それともまさかワインセラーはこの階に有るのだろうか。
「下がって良い」
 はい、と返事をし――発音としては「はひ」に近かったが――老婆はワゴンを置いて部屋の外へ出る。
「年代物でも何でもないがダービー弟が――この家の執事が見繕った物なので味は決して悪くない」
 みしと音を立て引き抜いたコルク栓を放り投げ、DIOは2つのグラスにワインを注いだ。
 やや暗い中で見るので赤いワインも黒に近い。闇夜を溶かしたような、闇そのもののような液体がグラスを満たす。
「血のような色、とでも思っているのか?」
「……ああ」
「神の血と肉としてワインとパンを食すのだから丁度良い」
 DIOはボトルを置き片方のグラスを手にした。
 プッチももう片方のグラスを取る。
 乾杯、と声には出さずグラスを掲げ合う。DIOは目を伏せ香りを楽しんだ後にワインに口を付けた。
 ワインが嫌いなわけではないし、当然毒物が入っているとは思っていない。だが自分でも言葉に出来ない妙な躊躇いが有る。
 私は彼と『同じ物を飲む』のを躊躇っているのか?
 親しい友人と同じ物を口にする、同じ行動を取るのに躊躇いや疑問を持つ必要等1つも無い。しかしグラスに付けた唇はワインを舐めようとしない。
「長旅で疲れているのに椅子の無い部屋ですまない」
 謝罪の言葉にプッチは顔を上げた。DIOは中身を少し減らしたグラスを置いていた。
 上着を羽織るように巻き付けていた白い布をぐるりとほどいて脱ぎ捨てた――文字通りその場に落とした――DIOは、優雅な足取りで部屋のメインたるベッドへ乗り上げる。
 両足も上げて座った。堂々と足を開いているが下の白い布はきちんとスラックスの形をしているので局部が見えたりはしない。代わりに足首は見える。首と名前の付いた箇所なのに、立派な体格通りに細過ぎはしない。
「座らないのか?」
 飛行機でもタクシーでも座っていたからと断るわけにはいかない。実際に疲れてはいるし、彼の気遣いを無駄にしたくない。
 プッチがベッドに乗り上げると何かに気付いたDIOが軋む音に合わせて「ああ」と漏らした。
「同性と枕を共にしてはいけないんだったな」
 言って位置を変えた。プッチが伸ばした足の方へ頭を置き仰向けに寝そべる。
 過去に殊更信仰心が有るわけではないという事を言っていた。同時に信仰心を大事にするプッチ自身を信用しているとも。
「有難う」
 素直に感謝の言葉が口を衝いて出る。
 気遣いが嬉しいし信用されているのも嬉しい。向けられた足すら美しく見える。
「足の動きが少し悪い」
 背丈の通りかなり大きな足に見とれていたのに気付かれたか。
「見てわかるように手術をした。かなり昔の話だが」
 つ、とDIOの指先が自身の首を指した。
 痛々しい傷痕――位置としては首周り、甲状腺の手術だろうか――は確かに目立った。顔立ちや体付き、髪や肌が美しいから余計に際立つ。
 もしもDIOの醜い箇所を1つ挙げろと言われればその傷痕を言うだろう。完全な美と思わせる彼の唯一の欠点。しかし玉に傷というより玉に華麗な模様。欠いた事実も美しい。
「麻痺が有るわけではないが未だ本調子とは言えない。特に左足は右足と比べると血の巡りが悪い。ようは体温が低い。嫌でなければ触ってみてくれないか」
 言われてプッチは左足へ両手を伸ばした。
 人の足等持った事が無いのでわからなかったが、血と肉と骨でずしりとしている。それでいて確かに人肌にしてはひんやりともしている。
 日光アレルギーといい大手術といい美人薄命とはこの事かと思う程辛い人生だったのだろう。足の指の曲がり等比べようがない――否、治っている今そう思うだけで当時は辛かった。
 その苦しみを取り除いてくれた彼に報いたい。自分の最も悩める部分を解消してくれた、運命を良い方へと変えてくれたDIOはまさに神も同然。
 両手に乗せる足へ、その甲へ口付けたくなった。それが隷属の誓いを立てるという意味を持つとどこかで聞いた気がする。
「プッチ」
 名を呼ばれプッチは慌ててDIOの足をベッドシーツへ乗せた。
「私にとって君は友人だ」
「ああ。私にとっても君は大切な友人であり、友である事を誇りに思っている」
「私には信頼のおける友が必要だ。それは君の事だ。君を友人以下と見る事は無い」
「……有難う」
 それはつまり、友人以上に見る事もまた無いという意味を持つ。
 良い友でいてくれという、恋愛を意識する異性ならば牽制とも取れる言葉を前に、プッチはじっとDIOの顔を見るしか出来ない。
 見詰め返す顔が不意に、穏やかににこりと笑った。
「友情のキスはどこにするものだと思う?」
 DIOは上半身を起こし、髪を掻き上げて左耳を晒す。
 耳には特徴的なホクロが3つ。そして青白いからこその色気を感じる頬。
 友情の証を見せるべくそこへ顔を近付けると、甘く人を惑わす香りが強くなった。
 部屋に満ちる様々な匂い達を飛び越えて、最も心惹かれるのは部屋の主の体臭。
 愛する者に信じて頼りにされるとは何と幸福な事だろう。頬に唇を押し当てながらここが自分にとっての天国ではないかと思ったし、DIOを愛しているのかとも思った。頬は温かく柔らかい。
 神に向ける敬愛とよく似た感情を向けている。
「プッチ」
 すぐ近くで低い声がした。鼓膜を震わせる音に心が奮えた。
 唇を、顔を離して正面に向き合う。
「今から君に、私の思う天国の話をしよう」


2018,07,20


利鳴ちゃんがね、先に6部書いた方が本命カプ書いてもらえる事にしようって言ってたの!
だから書いたの!まさかのDIO×プッチをな!!
いやでも6部で2番目に好きなのはDIO×プッチです。そも1番好きなキャラは回想のDIO様で、2番目に好きなキャラはプッチ神父です。
1番好きなカプ?エルメェス×徐倫だよ。
<雪架>

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