DIOとプッチ 全年齢 ディオジョナ要素有り


  Now If Past


 久しく本を捲る音しか無かった部屋に呻きに近い声が小さく響く。
 ソファーに座るDIOが本からベッドへ視線を移すと、プッチが額を押さえながらゆっくりと起き上がった。
「すまない、今何時だろうか」
 寝起き特有の嗄れ声。
「未だ君が起きるには早過ぎる時間だ」
 だから寝直せば良い。
「私が起きる時間は君の寝る時間だろう、DIO。話す時間が無くなってしまう」
「昼間に私が起きていれば良いだけの話だ。私も日光アレルギーを発症するまでは朝起きて夜寝ていた」
 そう、あの石仮面を被り吸血鬼となるまでは。
 昨日の事なように思い出せる日々。7年間偽りの友情を築き続けたあの時代。
 肥溜めのような生家を出て、貴族の家に暮らし学問で優秀な成績を修めラグビーに励んでいた頃。
 今とは違うし、もう戻れない。太陽の下を歩けないから。そして彼が居ないから――
「アレルギーは時に大人になってから発症する。未だ謎の多い『病』なだけに辛いだろう」
 やがてアレルギーも解明される、日の下に暴かれる時が来るかもしれない。だが今は遺伝なのか突然変異なのか、大量摂取なのか不慣れだからなのか、アレルギーはわからない事だらけだ。
 しかしDIOが生まれ育った頃には、未だ人間だった時分には『アレルギー』という概念が無かった。謎の体調不良、果ては不可解な死。
 海の底で眠っている間に便利な概念が生まれていて助かった。実際に陽光をアレルゲンとする人間は居る。
「私も食べ物にアレルギーは有るが簡単に除けられる。しかし人間をはじめ生き物は全て太陽を避けられない」
「ああ……」
 避けられない筈の太陽を忌避するのは人間ではない証。生き物ではない、生きる屍である何よりの証。
「……食べ物でも小麦粉や卵、牛乳等では避けるのが難しい。それに度合いも一口で重篤に陥る場合も有る。君はそれ程じゃあないんだったな」
「私のアレルギーは軽度だ。君の太陽のアレルギーよりも」
 灰になる、死に直結しているのだから相当重度だ。
 DIOはプッチに再び横になっても構わないのだと伝えるべく、足をソファーの肘置きに上げる形に座り直し寛いで見せた。
「ここ最近はアレルギーに限らず私の話をしてばかりだ。今日は君の話を聞きたい。君が再び眠りに就くまで」
「私の話をするのは構わないが、もう眠らないさ」
 プッチもまたこのまま話そうと言いたいらしく、ベッドから足を下ろして座り直す。
 睡眠が不足していると注意力が散漫になる。つまりは会話が成立しにくくなる。互いに支離滅裂を嫌い、相手もそうだと知っていた。
 それでも会話を続けようと言うのだから充分に睡眠が取れたのだろう。無理に寝かせても誰も得をしない。DIOは読みかけていた本を置いた。
「しかし困ったな、私は聞いて楽しい話を特に持っていない」
 プッチは声音通りの苦笑を浮かべる。
「自分の事を話したくないなら、他人の事を話してくれても良い。神父というのは告解場で他人の罪の告白を聞く物だろう? 奇妙で数奇な運命の相談をされたりはしないのか?」
「されないとは言わないが……」
「話せないか」
 匿名で神父様に懺悔してきた事を笑い話に出来るような不真面目な人間ではない事も知っている。だからこそ自分の求める親友だと思っていた。
「……余り詳しくは話せないし、それこそ君が聞いて面白いと思う話も恐らく無い。映画や小説のようなドラマティックな体験をしている人間はとても少ないのだから」
 嗚呼そうだろう、プッチの接してきた人間の中でDIOこそが誰よりも劇的な体験を重ねてきている。
 尤も、DIOは既に『人間』を辞めてはいるが。
「神の赦しを得たくて悔いを話す者だって本当は少ない。私が最後に話した女性も「自分は反省しているし言う程悪くない」と主張したいだけだった」
「じゃあその女性の事を聞かせてくれないか? 君は一体どんな告解を聞かされたのか。反省しているという事は済んだ事であり、本人曰くそんなに悪い事でもないのだろう?」
 もしこの場にその女性が居たらどう言うだろう。その通りだから話して良いというだろうか。それともあれは嘘だったと新たに懺悔する内容を増やすだろうか。プッチは顎に手をやり考え込んだ。
 話して良いのか、話すとしたらどこまで本当の事を話し、どれだけのフェイクを混ぜるか。話せないなら会話が終わってしまう。
 折角2人で語らえる場なのに。
「……顔は見ないし名前も聞かないから話せない。ただ内容から察するにその女性は20代半ば、声からすると30歳になっているかもしれない」
「声は変えようが無いな」
「暗に自分には魅力が有ると言いたがっていた。彼女の場合、年を重ねた女性が身に付けるそれではなく、生まれ持ったと誇る若さに頼った物のようだったが」
 自身の組んだ指先を見ていたプッチが目を閉じる。
 思い返しているというより言葉を選んでいるように見えた。
「彼女は先ず自分は既婚者だと言った。夫が居ると」
 婚姻関係は続いている。しかしどれだけ前からかはわからない。神父の側からの質問は出来ない。
「子供は居ない。欲しがっているようでもなかった。余り『母親』に向いているタイプではないのだろう。子供を愛さない母親よりも子供の居ない夫婦の方がずっと良い」
「夫以外の男と不貞を働き懺悔に来たか」
「君は鋭いな」
 くつくつと笑い合った。
 妻にしたい魅力の有る女性は母親に向いているとは限らないし、他の男に取られたくないからこそ妻にする。
「近くに越してきた独身の男性がとても魅力的にして積極的で、すぐに仲良くなったそうだ。そして男の方から強引にキスをしてきた」
「強引に?」
 本人がそう言うのだから、そういう事にしなければならない。聞かされた神父の中ではそういう事になるものだ。
「ではその女は『何』を罪だと告白してきたのだ?」
 遊びなのに唇を許してしまった尻の軽さか、自分もまた夫よりも夢中になり駆け落ちを計画している事か。
「彼女は何を問題にすれば自分の罪がより軽くなるのかを問いたかったようだ。夫以外の男に心を向ける方が悪いのか、心無きままに体を開く方が悪いのか。もしも前者ならば無理矢理にされたと言うし、後者なら想いは通じていたと言う。しかし告解は裁判じゃあない」
 告解は罪の重さを計る物ではなく、神父は良し悪しを決める者ではない。
 まるで自身の罪を認めていないかのような言葉達にプッチも頭を抱えたかったのだろう。そしてその女に限らずそういった告解ばかりなのだろう。
「DIO、君はどう思う?」
 夫であればせめてそちらに愛は無かったと言ってもらいたいだろうし、独身の男の方であれば本当に恋に落ちたのだと言ってもらいたい。
 だがそうではない第三者からすると、果たしてどちらが「未だマシ」なのか「より悪い」のか。
 正直な所どうでも良い。第三者なのだから関係が無いし現状にも行く末にも興味が湧かない。
「君こそどう思う?」
 プッチの事を聞くべく始めた会話なのだから、どちらも悪いでも美女なら構わないでも何でも良いので『プッチの意見』を聞きたかった。
「私は……そうだな、結婚という制度を考えると、愛は無く遊びだった方が未だ良い。決して良くはないが、唇を重ねた程度では肉体関係を結んだとは言わないだろう」
「ではもし一晩寝床を共にしていたとしたら?」
「愛が有ったと、その独身男の虜になったと言う方が未だ良く思えるな。そのまま駆け落ちでも何でもすれば良い。人の妻に手を出すような男だから丁度良いだろう」
「確かに……ああ、そうか」
 これが現代的な考え方なのか。
 DIOはソファーから立ち上がりプッチの座るベッドへと向かう。
 ぐるりと回ってプッチの背の側から座り、そのまま枕側に足を伸ばす形で寝そべった。
「私の出身はイギリスの片田舎で時代錯誤な考え方に囚われていた」
 田舎どころか大英帝国と呼ばれていた国だが、あれから100年の時が過ぎているので恐らく全てが違っている。
 人も街並みも空気感も。もしかしたら貧富の差が少なくなり、スラムも無くなっているかもしれない。
「女が妄り(みだり)に男に唇を奪われるのは売女の証。互いの下半身には一切触れていなかろうと肉体関係に有ると見なされる」
 だから『あれ』は、あの小娘にとっての重大な罪だった。
「私が未だ15にも満たない頃は特に、話したように古臭い考えを住民全員がしていた。だから少し名の知れた家の社交界にも上がっていない娘が男とキスをした時は大騒ぎになった」
 ペンドルトン家の令嬢で名はエリナ。
「社交界? 君の育った村は国王から土地を賜った名家が有るのか?」
「……まあそんな所だ。小さな村の領主の娘だと思ってくれれば良い」
 エリナはそのうんと分家に当たっただろうか。確か医者の娘だった筈だし、ただの成金だったかもしれない。
 思い出せないと言うよりジョースター家の地位が高過ぎて、どの家も『下』だったのでよくわからない。
 興味も無かった。誰の親がどれだけ偉くてもどうでも良かった。自分の親になった男がどれだけ金持ちで、どうすればその富や名誉をそっくりそのまま自分の物に出来るかという事が重要だ。
 ジョナサンも乗っ取りたい親の息子という邪魔な存在でしかなかった、筈なのに。
「現代ですら通り魔に強姦された側の女が悪いとする層が居るように、あの頃は――昔のあの地域はその娘が悪いとした。いや、その娘が自身を1番悪いと思い込んだ。男とキスをした自分が悪いのだと家に籠る(こもる)ようにもなった。友人の言葉ですぐにまた外へ出るようになったが、それでも最も親しい友人とは疎遠になった」
 最も親しい友人と、恋人と呼ぶのが正しかったであろう仲のジョナサンと、思惑通りの『破局』した。あの頃のジョナサンの態度を思い出せば今でも口の端が上がる。
 特に放課後のジョナサンは見物だった。自宅ではどんな態度を取ろうと、学校で同性の友人に明るく振る舞おうと、本来ならば彼女と会っていた時刻になれば気落ちするものだ。
「もしやDIO、その最も親しい友人というのは、君自身の事か?」
 まさか。
 エリナを辱しめたのがこのディオ・ブランドーだというのに。
「いや……そうだな、確かにそう言える」
 この肉体は元はジョナサンの物。恋人とも呼べる想い人を犯され痛めた胸は『ここ』だ。DIOは右手で自身の胃の辺りをそっと押さえた。
 言葉を濁した事をプッチは「DIOにとって忘れてしまいたい過去」とでも捉えたらしく、酷く不安そうな表情を浮かべる。
「君の親しかったお嬢さんの事を思えばその気は無いのにしてしまった、所謂『魔が刺した』方が良いかもしれないな」
 慰めになる言葉を掛けてくる。しかし同情のフリをした憐れみではない。だから心地良い。7年もの仮初めの友情とは全く違う感情を向け合いたいのは彼のこの性質が理由だ。
 プッチに向けている感情とジョナサンに向けていた感情とは全く性質が違う。前者を仮初めにしたら後者になるわけではない。嗚呼そうか、あれは『友情』ではなかった。
 DIOを夫の立場で例えようとしてくれたが、思えば越してきた若い独身の間男こそがディオ・ブランドー。ジョナサンとエリナという夫婦に割り入り掻き乱した。友情ではなく不貞だったのだ。
 となると。
「その女は媒介でしかなかった、なんて事は無いのか?」
「媒介? DIO、それはどういう事かな」
 初めて聞く外国語のように繰り返して尋ねる。
「越してきた男が告解に来た女とキスをしたのは、本当はその女の夫とキスをしたかったから」
 間接的な口付け。抱きたい男に抱かれる女を抱く遠回りな性行為。
 否、そうではなく。夫に自分の妻が寝取られたと嘆かせたかったとか、そういった事を話すつもりだったのに。嗚呼何て事だ、盛大に言葉を間違えてしまった。
 しかし取り乱して否定すれば何か思う所が有るのかという話になりかねない。それを誤解だと言えば更に別の誤解が生まれかねない。
「ああ、もしそうならば彼女は究極の被害者になるな」
 唇を奪った男が夫をも奪おうとしている。
「今日君の所へ告解に来た女は愛する夫を守る為に盾になった。涙ながらに唇を洗えば聖女とも呼ばれそうじゃあないか」
 既に穢れた身でそうはなれないのに。泥水で流そうとしたエリナを侮辱するつもりで言ってみた。
「近所に越してきた男は女を襲う同性愛者、罰されるのは彼ばかりという事にもなる」
 プッチは納得したようだ。DIOもまた自分の発言が面白いと思えた。天井からの照明を浴びるように腕を広げてにこりと目を細める。
 生まれ育った時代と比べればそこまで酷くないが、同性愛は現代でも歓迎はされない。
 同性婚を認める国もあれば罪として禁止している宗教もある。禁じた所で人の趣味嗜好は変わらないが、認めてしまうと不都合の有る人間が高い役職に就いているのだろう。
 DIOとしては興味が無かった。処女の血が美味いのは寓話の中だけで、焼き上げた牛肉の性別がどちらであろうと誰も気にしない。だからきっと、ジョナサンの性別が女であっても向ける感情は変わらなかった――
「やはり君の発想は素晴らしい。しかし告解ではなく密告であれば教会は苦労をする」
「密告?」
「彼女は男に犯された。まあキスをされただけだが。そしてその男は妻帯者を狙う同性愛者。教会としては罰しなくてはならない。尤も女性1人の話だけで実際に動き出したりはしないが」
 実際に告解でそんな話をされては女が嘘を吐いていると思って終わりだ。
 だからあの時、エリナはどうしようも無かった。寧ろジョナサンから離れたのは最善の選択と言える。そうする事でディオとも距離が置ける。
 彼女は聡明だ。彼女がジョナサンと結ばれ授かった彼の子はさぞ聡明だろう。自分もこの――彼の――肉体で子を作らねば。使役する為に、天国へ辿り着く為に、あくどいまでに賢い女との子供を。既にジョースターの血が受け継がれるという最悪が現実になっているのだから。
 ジョナサンが女であればエリナとの間に子孫は作れなかった。誰かとの子をジョナサンが産むより先に殺すだけで良かった。
 寧ろ女であればジョースター家の地位や名誉を、貴族の爵位を継げないのだから殺す必要すら無かった。嫁にと称して家から追い出すだけで済む。
 いずれそうなるのなら嫌がらせのような真似はしなかっただろう。ピアノと刺繍だけさせておけば良い。
 DIOは目を閉じ自らの肉体を意識した。
 首より下はジョナサンの物。唯一にして最大の尊敬を向ける相手だからこそ、DIOは自分の『スペアのボディ』に彼を選んだ。他の誰であっても力不足。ジョナサンのこの肉体が無ければ、ジョナサンが女に生まれて全く違う人間であれば、あの状況下でDIOは首だけで生きる道を選んだかもしれない。
「……全ては『もしも』の話だ。過ぎ去った事を「ああだったら」「こうだったら」と話すのは時間を潰す娯楽に過ぎない。だが享楽とは決して悪い事ではない。人生に彩りを持たせてくれる。楽しいと思わせてくれる」
「君の言う通りだ、DIO。彼女がどう思っていたとしても既に聞いた話が変わるわけじゃあない。だからこそ、もしもの話はとても面白い」
「眠気を振り切り起きていて良かったと思えるか?」
「もう眠たくはないよ」
 音の無い部屋では2人のくすくすという静かな笑い声もよく聞こえる。
 全て告解の女の事だと思ってくれたようだ。良かった。誤解されたくない。何が誤解なのか、自分がどう思っているのかよくわからない。
 青春と呼ばれる不安定な成長時期に常に隣に居た所為だ。あの頃は未だただの人間だった。
 肉体を奪ったのだから有り得ないが『もしも』今、大人の年齢と立場と100年の時を経た今この年でジョナサンと兄弟になるのなら、一体どんな感情を向けて、どんな感情を向けられているだろう。
 否、それよりも。
「もし君があの頃の私の友人だったら、例えばそれなりに裕福な家の出のクラスメイトなんかだったりしたら、一体どうなっていただろう」
 愛憎抱く相手と親友を演じ続ける傍らで、こうして安寧を感じられる時間が有れば。
「DIOのクラスメイトか、面白いが想像も付かない」
 確かに全く想像が付かない。同じ教室に居ても友人関係を築けないかもしれない。ジョナサンとも親しくしていないから奪い取ろうと思う事も無く、動く背景としか見えなかったかもしれない。
 そうして7年近い月日が流れ、ジョースター卿がいよいよとなってきた頃に初めて話をし、聖職者気取りは気に入らないと義父に飲ませる薬の実験にでも使っていたかもしれない。
 だがもし早い段階から話をして、互いに匿ったり指を治したりもしないが何故か友情が芽生えて、風が吹いたら桶屋が儲かるようにジョナサンを始末せず3人で過ごすような事が有ったとしたら。
 プッチはジョナサンを気に入るだろう。そもそもジョナサンは出会ったばかりの頃こそからかわれる対象だったが、数年もしないで人から嫌われないタイプの人間になった。誰からも愛されるとは言わないが、誰も彼もが憎むような事は無い。ジョナサンを誰よりも嫌っているのはこのディオだ。
 そしてジョナサンもまたプッチを気に入るのではないか。
 DIOはプッチを友人に選んだのは自分の身も心も彼を気に入ったから、ディオだけでなくジョナサンの肉体も好いているからだと思っている。
 首から下を乗っ取ってやったのに、好き嫌いを左右されるのは癪だ。ジョナサンの事を、彼と向け合った愛憎を考えさせられる。いつまでも共に在り続けているのだ。


2020,09,30


タイトルは誤字に非ず。
この2人はカップリングじゃないのよ。恋愛感情以上の、友情とか信頼とか崇拝とか、何かそんな感じの。
となると6部で1番BLしてるのはエルメェス×徐倫か…
<雪架>

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