徐倫中心 全年齢


  食べられる葉っぱ


「なあ、『ラプンツェル』って知ってる?」
 自由時間に3人で図書館の椅子に座りいつものように過ごしていた中、突然エルメェスがそんな事を切り出した。
「ラプンツェル?」
 それって、お姫様の?
 徐倫が問う前に。
「何それ? 食べられる葉っぱ?」
「そう。食べられる葉っぱ」
「え、ちょっと待って、そうなの? お姫様の名前じゃあないの!?」
 ガタンと椅子から立ち上がる。
「まあお姫様の名前でもある。取り敢えず座りな」
「どういう事? 食べられる葉っぱのお姫様?」
 座り直した徐倫の隣で、脳内でサラダの国を展開しているらしいFFは首を傾げた。
 葉野菜が王国を築く筈が無い。しかしプランクトンが人間になる事が有るのだからもしかしたら。
「あの有名な映画のお姫様のラプンツェルは、葉っぱから名前を取って名付けられてるんだよ」
「へー顔が葉っぱっぽいとか?」
「どんな顔よ。その葉っぱの輸出が盛んな国とかじゃあないの? いやでも、それなら国の名前をラプンツェルにするか……ねえエルメェス、どういう事? 私なんだかんだであの映画、見てないのよ」
 どうにも機会に恵まれなかっただけで、他の映画は幾つも見ている。他の映画ならば原作となった童話の本を読んだ物も有る。
「映画の方は置いといて。元の童話は『昔々ある所に、貧しい夫婦がおりました』」
「昔の話なんだ?」
「童話で近未来は聞かないわね」
「どの位昔?」
「知らねーよ! あれだ、産業革命とか、その頃」
 適当過ぎると思ったが指摘しないでおいた。
「『妻は妊娠していましたが、全く物を食べません』ああ、この夫婦他に子供は居ないから」
「好き放題作って産んで育てられない位貧しい、ってわけじゃあないのね。その夫、何の仕事してるのかしら」
「働いてないんじゃあないのか? 妻が働いていたけど、妊娠したから一時的に休んで貧乏」
「産んだ後は育てなくちゃあならないから暫く復帰出来ないわよね。貯蓄もしないでいきなり出来たから産むって感じ?」
 想像で勝手に話しているなら続きは話さないぞ、というエルメェスの視線に気付いたので黙っておく。
「『どんどん痩せ細っていく妻は、ある日隣の家の庭を指差して「あのラプンツェルが食べたい」と言いました』
「お、ラプンツェルきたきた!」
 FFのテンションが上がる。黙っているが徐倫も内心「きた」と喜んだ。
「『所が隣の家に住んでいるのは意地悪な魔女』」
「マジか、魔女の家の隣に住むなんて勇気有るな」
「魔女も悪い奴ばかりじゃあないから最初は気にしなかったんじゃあない? 意地悪な魔女って知っても引っ越す金無いでしょ。意地悪って言っても隣の家だからって嫌がらせをしてきたりは無いんでしょ? それをやったら意地悪じゃあ済まないわ」
「まあ多分。騒音問題とかも特に無さそうだけど、取り敢えず親切な奴じゃあないって事だけ覚えときな。『夫はラプンツェルの葉を盗む事にしました』」
 下さいと頼んでも分けてもらえないと踏んで。成程、意地悪という設定はここで生きてくるようだ。
「『夫が盗んできたラプンツェルの葉を妻は早速食べました。するとみるみる内に元気になりました』」
「ラプンツェルすっげー!」
「魔女が庭で育ててるんだから滋養強壮バッチリってわけね」
「きっと魔法の素になるんだ!」
「『しかし妻はそれ以外の物をたべません。またすっかり痩せ細ってしまいました。夫がどんなに物を食べるように言っても、妻は「あのラプンツェルをもう1度食べたい」としか言いません』」
「もしかして、魔法じゃあなくて……」
「所謂ヤバい粉の……」
「『夫はもう1度盗みに入りました。しかし今度は魔女に見付かってしまいました』」
「ヘマしたわね」
「1回目の時バレバレな位大量に盗んでいったとか?」
 魔女が警戒して警備会社と契約する量の葉を盗む貧しい男。
「『怒り狂う魔女に夫は事情を説明しました。すると魔女は「そうかいそうかい、好きなだけ持っていくと良い」と言いました』」
「何だよ、その魔女……」
「滅茶苦茶良い奴じゃあないの……」
「まあ待て、この魔女は意地悪なんだって。『そして魔女は言いました。「その代わり、生まれてきた子供は私が貰うよ」』な、意地悪だろ?」
 エルメェスが悪い奴ではなくて意地悪なと表現したのも頷ける。
 母子の事を想う夫の行動は誉められた物ではない。それを一旦持ち上げて、しかしその子を取り上げようとは。
「『夫は承諾し、ラプンツェルの葉を沢山貰いました。よく食べて妻は元気な女の子を産みました。女の子は魔女に取り上げられ、ラプンツェルと名付けられました』」
「お、徐倫が言っていたお姫様の方のラプンツェルも出てきた」
「そうね……何か可哀想ね。その夫、妻が元気ならまた子供を作れば良いなんて考えてないと良いけど」
「どうなんだろうな」エルメェスも閑話休題に混ざり「産まれてきた子供を貰ったら魔女としてはもう庭の葉っぱをやる必要が無いよな」
「でしょうね」
「ただ妻は子供を産んだら妊娠前みたいに何でも食べるように戻るとは限らない」
「あ……」
 胎児が欲していた、ラプンツェル以外を受け付けなくしていただけなら、妻は再びラプンツェルの葉以外を食べて元気に生きていくだろう。
 しかしそうでないのなら。子供を宿した段階で体質が変わっていたとしたら。
「まあこの夫婦の話はここまでだ。こっから先はラプンツェル本人の話。『ラプンツェルは生まれてから1度も髪を切った事が有りません。齢15を迎え美しく成長したラプンツェルを、魔女は高い高い塔の上に閉じ込めました。その塔に梯子は無く、ラプンツェルが長く編んだ髪を下ろすしか登り下りする方法は有りません』」
「髪の毛って事は、ラプンツェル本人は降りられないな……でもどうやって閉じ込めたんだろ?」
「そう言えばそうね。塔の上のラプンツェルの髪の毛が無ければ上り下りが出来ない、って事は最初はどうしたんだって話だわ」
 これにはエルメェスも足を組み変えて考え込んだ。
「……魔女だから、魔法で何とかしたんじゃあないか?」
「ああそっか、15歳まで育てたのは魔女か」
「最早育ての母親よね」
「お母さんに言われたから魔法で塔の上まで大人しく上がったんだろうな、ラプンツェル」
「2人共いいか、塔に上ったからな。『塔の上に閉じ込められたラプンツェルは歌を歌って過ごしていました。食事は魔女が運んできます。「ラプンツェル、ラプンツェルや、お前の髪を垂らしておくれ」』おっと、トイレはどうしたって聞くなよ」
「魔法かな」
「そうね」
 魔法のトイレが設置されている塔の上。案外ラプンツェルも快適に過ごしていたかもしれない。
「『そうした日々の中、ある城の王子が塔の前を通り過ぎました。綺麗な歌声が塔の上から聞こえてきます。隠れて様子を伺っていると、魔女がいつものように髪を垂らさせ塔の上へ登って行きました。』」
「急に王子様が出てきた……夫婦と魔女が住んでる所って城下町だったのか」
「そうなんじゃあない? 童話っていつでもすぐに王子様が出てくるわよね」
「『魔女が去った後、王子様も同じように言ってみました。「ラプンツェル、お前の髪を垂らしておくれ」』」
「15年伸ばした髪が必要だから凄い高い塔思い浮かべていたけど、もしかして声が届く位でそんなに高くない?」
「そもそも15年切らなくても、そんなに伸びないと思うわよ」
「個人差有るんだってな」
「平均すると1ヶ月で1cm伸びるって言うけど、手入れしても限界が有るし。枝毛になったらそこから先伸びないのよね」
「じゃあ1度も切らないより」
「そう、ちゃんと切った方が伸びるものよ」
「『呼び掛けに応えてラプンツェルは髪を下ろしました』」2人の話は無視する事にしたらしく「『王子様はその髪を登り塔の上のラプンツェルと出会いました。ラプンツェルは魔女以外の人間と会うのは初めてだったのでとても驚きましたが、2人はすぐに愛し合うようになりました』」
「はっや!」
「展開早ッ!」
 図書館で大きな声を出すのは宜しくない。が、ここは国立図書館ではなく刑務所の中の1室。本当に本を読みたい真面目な模範囚は奥の方で静かに本を読む。出入り口に近い3人の周りには大声での会話を咎める者は居ない。
「仲良くなったんじゃあなくて愛し合ったって、それが一目惚れってやつなのか?」
「王子とラプンツェルって相当な美男美女なのね」
「そういう事。『王子は毎日ラプンツェルの元へ通うようになり、やがてラプンツェルは王子の子供を身籠りました』」
「はっや!」
「展開早ッ!」
「流石に私もそう思う。まあでも、どの位の期間王子が通ってたかは本には書いてなかったから」
「3年通い続けたとか?」
 FFによるラプンツェル18歳説は置いておくとして。
「すぐにって言ってたけど、出会って愛し合うようになったのも実際はそこそこの期間を経て、なのかしら」
 塔の中で誰とも会わないラプンツェルは王子を楽しませる会話の種等持ち合わせていない筈だ。が、魔女が持ち込んだ教科書で真面目に勉強をし、趣味は塔の中での筋トレだったので中身も外見も魅力的に育っていたのかもしれない。
 王子はそこに惹かれ、ラプンツェルは外の世界を知る――そして国王の息子という富と名誉を持つ――王子に惹かれ、肉体的に愛し合うようになる。
「『ある日ラプンツェルが登ってきた魔女に言いました。「おばあさんは登るのが遅いのね」』」
「あ、魔女ってやっぱりお婆さんっぽい見た目してるのね」
「お養母さんとか呼ばないんだ」
「きっと「お前は隣の家の子供だけど葉っぱの代わりに売られてきたんだ」とか言ってたのよ。意地悪い魔女だし」
「成程なァー」
「続ける。『「私も最近お腹が苦しくて、きっとお婆さんみたいにゆっくりしか登れないわ」ラプンツェルは妊娠の意味をよく分かっていません。しかし魔女は気付きました。「お前、勝手に男と関係を持ったね? 許さないよ、出てお行き!」怒った魔女に髪を切られ、塔を下ろされ森の中に捨てられてしまいました』」
「そっか、切った髪を塔の上にくっ付ければラプンツェル自身が居なくても梯子になるのか」
 納得する所が可笑しい。
 だが確かにその方法でラプンツェルはいつでも塔を出る事が出来た。
「『何も知らない王子様はいつものように塔の下で呼び掛けました。「ラプンツェル、お前の髪を垂らしておくれ」下ろされた髪を使って登ると、塔の上には魔女が居ました。「お前がラプンツェルを誑かし(そそのかした)たんだね、許さないよ!」魔女は王子様を塔の上から突き落としてしまいました』」
「うわー。って事は、やっぱり結構高い塔だ」
「ラプンツェルは落とされなかったわよね。隣の家に住む他人の子供だけど、15年育てれば愛着湧いてたのかしら」
 魔女にとってラプンツェルは大事に育てた葉と交換で来た子供。
 森の中を彷徨い反省したらまた迎え入れてくれたのかもしれない。お腹に宿った子供も孫のように可愛がったかもしれない。
 隣家の人間に意地悪と認識される程に意地が悪い魔女ならばそれは無いだろうか。
「『突き落とされた王子様は命は助かりましたが目が潰れて見えなくなってしまいました』一国の王子が後天性の盲目って結構ヤバいけどツッコミ入れるのは未だ早いからな。『光を失った王子様は森の中を彷徨い続け、やがて遠くに覚えの有る美しい歌声を聞きました』」
 人間の視覚情報は7割と言われている。それが全て失われた今――光を失った、という事は全盲だろう――残り3割の感覚が鋭敏になる。
 目が見えていたらどこから聞こえているか分からない、下手をすれば聞き取れていない歌声の方へ歩み進んだ王子は。
「『森の奥には泉が在り、そこでラプンツェルが生まれた子供に子守唄を歌っていました』」
「目が見えないのに泉って分かるんだ?」
「FF、そこはラプンツェルが居た事に驚きなさいよ」
「でも泉って音がしない水溜まりだろ? 川とか滝とかじゃあないんだから、音がしない筈だ」
「それもそうね。水溜まりの大きな物が泉……あ、待って、違う、それは湖だわ。泉の定義って、確か地下から湧いて出来るって所に有ったわ」
「じゃあ湧き出る音が聞こえたんだろ。王子だし」
 エルメェスにとって王子とは。
 単純に聴力を3倍にした所で水の湧き出る音は聞こえないだろう。相当な大きさの泉ならば別として。
 ラプンツェルが「泉の前で貴方との子供に子守唄を聞かせてました」と説明した、という考えに辿り着くのを待たずにエルメェスは続きを話した。
「『再会を喜んだラプンツェルの涙が王子様の目に落ちると、王子様はたちまち光を取り戻しました』」
「え……ラプンツェルの涙って、何?」FFは1度自分の開いた手の平を見てから顔を上げ「スタンド能力?」
「ち、違う、でしょ、多分」
 徐倫も動揺しているので断言出来ない。
 塔から突き落とされて目を怪我して森の中を――という事は、木の枝がザクリと刺さったとか、そういった形での失明だろう。
 それを涙という液体で治すとは。まして涙は人間の体液の中で最も1度に出せる量が少ない。
 大量に浴びたのではない。恐らくポタ、ポタといった程度だろう。それでも失った光を取り戻せる。
「……ラプンツェルって、塔に閉じ込められる前は魔女と一緒に暮らしてたのよね?」
「ラプンツェルも魔女みたいに魔法が使えるのか!」
「きっとそうよ!」
 エルメェスは「どうだろう」と言って足だけではなく腕も組んだ。
「ラプンツェルって、ラプンツェルの葉っぱをいっぱい食った女が産んだ子供、だろ?」
「魔女が育ててたラプンツェルの葉っぱに……?」
「そっちの可能性も大いに有るわね……全然物を食べてなかったのが急に元気になった位だし」
「まあそんなこんなで『王子様はラプンツェルと子供を連れてお城に帰りました。2人は結婚して末永く幸せに暮らしました。めでたしめでたし』っていうのがラプンツェルの話なわけだ」
「……お姫様じゃあない」
 ぼそりとFFが呟く。
「お姫様って王様の娘の事だろ? ラプンツェル、お姫様じゃあないよ」
「そう言えば……いやでも最後に王子様と結婚して、王子の妻になったって事は国王の義理の娘になったって事だから、お姫様で良いんじゃあないのか?」
「待ってエルメェス、王子の妻って妃(きさき)よ。姫とは呼ばないわ」
「お姫様じゃあなくてお妃様か……本当だ、ラプンツェル、お姫様じゃあない」
「ラプンツェルが産んだ子供が女の子だったらその子がお姫様?」
「多分」
 王子が国を継げば。
 そうでなければ王族の娘でしかない。ラプンツェルもまた良くて王妃であってこの時点では王族の妻でしかない。
 姫とは王あるいは女王の娘。隣家の魔女の庭から盗みを働くようなひもじい夫婦の間に生まれたラプンツェルが姫になる事は無い。
「で、私はこれを『魔女が泥棒被害に遭う話』だと思ってる」
「はァ!? ……あ、でも、そうよね。割とそうだわ」
 隣の家の男に大切に――かどうかは分からないが――育てたラプンツェルの葉を盗まれた。この時子供を寄越すならと条件付けて葉を更にくれてやったのがそもそもの間違いだったのだ。
 そうして手に入れて15年間育てた娘もまた盗まれてしまった。一国の王子とはいえ一言の挨拶も無しに盗られていったのだ。寧ろ王子という身分だからこそ、返せと言って返してもらえるわけが無い。
 この王子がラプンツェルと正式に交際したいと魔女に申し出ていれば、果てに結婚して魔女も王族の仲間入りをしたかもしれない。
 せめて塔から突き落とすのではなく、ラプンツェルが産んだ子を渡して2度と会うなと誓わせておけば、また別の人間がラプンツェルを見初めたかもしれないのに。
「童話って教訓めいた話多いわよね」
「シンデレラとかもな」
「何それ、靴のサイズの話?」
 盛り上がる3人の話を小耳に挟んだ者は皆、罪を犯した囚人が「泥棒を許してはならない」といった教訓の話をするのはどうかと思っていた。


2023,06,24


私も某社のラプンツェルの映画は見た事有りませんが、童話の方は読んでいます。
なのでこの話をどうやってキラキラお姫様物にするんだ?と思っています。
人魚姫も映画の方知りません。きっとどうにかしてハッピーエンドにするのでしょう、きっと。
女の子はお姫様に憧れるものよみたいな話を書きたいと思っていた筈なのに可笑しいな(棒読み)
<雪架>

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