ジャイジョニ 全年齢


  馬を指してトナカイと成す


「サンタの服が赤い理由、知ってるか?」
 唐突なジャイロの言葉にジョニィは彼が馬を走らせている右を向いた。
「……知らないな」
 考えた事も無かった。サンタクロースの服の色の趣味に興味は無い。
「俺も知らねーんだがちょっと考えてみた事が有る」
 走らせるというより歩かせるといった速度で足を動かす馬の上にしてこの季節には珍しい暖かな陽光の下。ジャイロはぴんと人差し指を立ててこちらに向けた。何の意味を持つジェスチャーなのかわからない。
「先ずサンタのソリを引くトナカイはメスだ」
「そうなんだ?」
「冬に角が生えているのはメスらしいからな」
 それも知らなかった。話を促すべく――下らない話は進めないと終わらない――ジョニィはふんふんと頷く。
「聞いた話だが夏に角が有るのがオス、冬に角が有るのはメス」
「オカマのトナカイはどの季節に角生やす?」
「そうだなあ……オスとバレないように夏に角を落とす」
「でも冬に角が生えてこない」
「オナベのトナカイから抜け落ちた角を買い取る」
「夏にはオカマのトナカイが角を売るわけか。成る程ね」
 昨日の豪雨で他の参加者は皆遅れを取っている。そんな中走り抜いて距離を稼いだ2頭に負担が掛からぬよう速度を余り出していない。
 ぽかぽかとした陽気が心地良く、トナカイのジェンダー問題にも花が咲いた。
「所でサンタのソリを引くメスのトナカイだが、コイツがまた厄介でやりたがらないんだ」
「へー」
「年に1度とはいえ一晩中空を駆け回る。それもサンタみたいな爺とプレゼントがぎっしり詰まった袋を乗せたソリを引き摺るんだぜ? どのトナカイだってやりたくはない」
「給料悪いの?」
「1日働いただけで1年暮らせる程はくれないだろうし、あくまで副業だろうな。ああサンタの方は専業だ。日頃から子供達が良い子か悪い子か確認しなくちゃあならないし、欲しがる物のリサーチも有る」
「だからサンタは自分の方がトナカイより偉いと思っているのか。そりゃあトナカイもそんな所で働こうとは思わないね」
 そもそもトナカイの給料を支払うのもサンタクロースかもしれない。
 となるとサンタクロースの給料はどこから出るのだろう。組合、あるいは協会制で子を持つ親が支払い義務を負っているのか。
「サンタはトナカイを働かせる為に実力行使に出る」
「取っ組み合い?」
「勘が良いな。抵抗するトナカイの角が刺さって出血したのを隠す為の赤い服だ」
「成る程ね」
 本日2度目の納得の言葉を吐いた。舗装された道ではないので馬上は揺れが心地良くて欠伸(あくび)が出る。
「メスだけじゃあない、オスだって自分の恋人や妻を一晩連れていかれるんだ」
「2頭がかりで抵抗してくるのか」
「トナカイは怖いぜ」
「でもサンタも年に1度の大仕事だから張り切ってるし、案外返り血なんじゃあないか?」
「サンタも怖いなァー」
「毎年サンタがプレゼント配ってるって事は、居なくならないって事は結構儲かってるのかもしれないな」
「サンタやる?」
「出来ない」何せこの足だから、とは言わずに「ジャイロは? スカウトかオファーか知らないけど、来たら引き受ける? 自分から応募する?」
「ヴァルキリーに角付けて良いなら『有り』だな」
 愛馬を少々――文字通り――馬面のトナカイに見立ててソリを引かせるつもりか。
「血生臭いやり取りが無いならわざわざ赤い服を着なくても良くなるけど、ジャイロ、何色の服着る?」
「この格好で良いんじゃあないか?」
「ジャイロがサンタだってバレちゃうんじゃあない?」
 但しこのやり取りを聞いている者は居ない。
 人っ子一人を通り越して虫の1匹も飛んでいない。唯一会話を聞いている2人を乗せた2頭はどう思っているのだろう。
「じゃあお前だったらどんな格好でサンタ業する?」
「そうだなあ……」
 虫は飛んでいないが昨日の雨っぷりを考えると花粉は飛散しているかもしれない。
 否、この時期は花粉も飛ばないか。町と町とを結ぶ獣道しか無い荒れ地にそっと生える木々達は葉を全て落としていた。
「……煙突通ると服って汚れる?」
「煙突の中を通るって事は暖炉に出るって事で服が煤(すす)だらけになるって事だ。白い服を着ていたら真っ黒に、かと言って黒い服を着ていたら真っ白になっちまう」
「綺麗に掃除したばかり、なんて事は無いだろうね。真冬の夜中なんて寝るまで暖炉に火をくべてる家ばっかりだし」
「そうか、だから遅くまで起きているような悪い子供の家にはサンタが来ないのか」
 煙の出ている煙突に飛び込む程サンタクロースも無謀ではない。
 木陰を通る際にびゅうと一際強い風が吹き、体感は暖かさよりも寒さの方が強くなった。早く日の当たる所へ行きたい。サンタクロースも早く屋内に入りたいのにどの煙突からももうもうと煙が出ていたら堪ったものではなさそうだ。
 火を消したばかりの暖炉に降り立って靴の裏を焦がすサンタクロースも居るのだろうか。
「よし、俺は真ん中を取ってねずみ色にするぜ」
「ねずみ色か、いいね」
 ダサいなと思ったが言わないでおく。
「どこから回るか考えて実際にあちこち回る、それも一晩中となれば疲れてヒゲが一気に伸びそうだ」
「ジャイロ、ヒゲ生えるのか?」
「生えないのか?」
 イエスもノーも答えないでいると馬達のざくざくとした蹄の音しか聞こえない。
 レース参加者の誰も抜かさないし抜かせない。通りすがる赤の他人も居ない。よもやここはコース外なのか。
「一気に老けて白髪も生えちまいそうだぜ」
「白髪ねえ……総白髪なら良いかもしれない」似合うような、やはり似合わないような。抜け落ちるよりはマシかと首を捻り「伸びたヒゲにも白髪が混じるんじゃあない?」
「それなら一層ヒゲも総白髪で。真っ白なら伸ばしに伸ばす」
「白髪と白ヒゲでねずみ色の服か」
 夜中に地味な爺がソリに乗り大空を駆け巡る。絵にならないだけでなく、配達地域の重なるサンタクロースが気付かずにぶつかってきそうだ。
「服装派手にしておくか。真っ赤に」
「ついでにヴァルキリーも角だけじゃあなく電飾か何か付けておけば? 服と同じ真っ赤なやつ」
「慣れないソリを引くのに邪魔にならないように鼻に付けるのは『有り』だな」
 こうしてもしもジャイロがサンタクロース業を請け負ったら、の図が完成した。
 赤い服と白いヒゲと赤鼻のトナカイと。これでは世間一般のサンタクロースと何ら変わりない。


2018,12,25


クリスマスジャイジョニ書いたらお礼するって利鳴ちゃん言ってたので話聞いてない話を書いてみた。
利鳴ちゃんが教えてくれた「冬に角の有るトナカイはメス」の話もさせてみた。
イギリスとイタリアの2人だからクリスマスプレゼントはツリーの下かもしれない。
<雪架>

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