EoH設定 承花 露康 全年齢


  フラウニングトーーク


「花京院」
 時代も国も違う仲間が大勢集まる亀の中、空条承太郎は特別に親しい花京院典明の姿を見付けたので声を掛けた。
 返事は無い。椅子に腰掛け寛ぐ彼の耳に届かなかったのだろうか。向かい合って座る相手と話をしてはいないのに。
 カフェを思わせる小さな白い丸テーブルを挟んで岸辺露伴が座っている。
 露伴も花京院と同じく背は低くないが細身で余り戦闘に向いているようには見えない。
 読書でもしている方が似合うし、実際テーブルの上の何かを読み耽っているようだった。
 花京院がこちらに気付かないのも一緒になって読んでいるからだろうか。一体何を読んでいるのか。
 視線を落とすと承太郎の目にも露伴の読んでいる物が見えた。それは、花京院の腕。
「やあ、来たのか」
 花京院の声がしてその顔がこちらを向いた。にこと目を細められる。
 普段ならこちらも笑みを返すが露伴が居るとなると躊躇う。とはいえ露伴は未だ承太郎が来た事に気付いていないようだ。
 露伴のスタンド能力は他人を本にする。承太郎のスタンドと違い物理的な攻撃力は無いが、本にされた人間は行動を制限されるし隠したい事も簡単に読まれてしまう。
 更に恐ろしい事に『書き込む』事も出来る。書き込まれている事は全て真実、つまり意志に反して必ず「そうさせる」能力。否、意志ですらも操られてしまう。
 祖父のジョセフ・ジョースターのスタンドといい、殴る力が弱いスタンド程恐ろしい使い方が出来るようだ。
 ジョセフの念写能力は写す媒体が無ければならないが、露伴の場合は確か彼の描く漫画と相性が良い必要が有った筈だ。同じ日本人で年も3つかそこらしか違わないので承太郎も本にされかねない。そして花京院も――というか、今まさに本にされ読まれていた。
「今その相手が……」声に出し読み上げてから露伴が顔を上げ「承太郎さん」
 露伴は年上だが未来の人間、承太郎が露伴よりも年上になってから会うのでさん付けしたり丁寧な言葉を使ってくる。
「テメー、花京院を本にしていたのか」
 いつも通りの声にほんの僅かだが怒りを込めた、つもりだった。
「ああ、実に面白くてね! 僕はつい最近スタンドに目覚めた。だが生まれながらのスタンド使いの人生というのは何て面白いんだ! 上手く使いこなしているし、だがそれ故に苦悩もする。名前の通り自分の側に立つもう1人の自分。1つの視点でありながら2人分の物語を読んでいるようだ!」
 些細な変化には気付かない。もしくは気にしない。
「花京院……本にされるだけなら何とも無いのか?」
「ああ、心配は要らないよ。痛くも痒くもない。破って持ち出されなければ害は無いみたいだ。あと、変な事を書き込まれなければね」
 右手をひらひらと振る辺り、本にされた左腕が読み終わるまで動かせない程度なのだろう。
「そういえば前は顔を本にしていなかったか?」
「決めた箇所を本に出来る」露伴は花京院の腕に再び目を向けて「僕のスタンドも成長している」
 話しながらも目線は文字を追っている。
「顔を本にすれば身動きが取れなくなるし書き込みもしやすい。相手も何を書かれたかわからない。だから敵を本にする時は顔を。だが「読ませてもらう」なら本人も見える所を開いた方が良い。右利きなら左腕がベストだ」
 頼み込んで本にしているのかやや謙遜した様子。花京院も自ら左腕を差し出しているようだ。
 しかし読まれても良い内容のみを本にする、といった使い方も出来るのだろうか。露伴には「それより先は読むな」と言うだけで素直に応じる印象は無いのだが。
「おっと、トイレに行きたいのか。気付かずすまない、行ってきて構わないよ」
 露伴の隣にスタンドの姿――少年漫画のヒーローような姿――が現れ、手を花京院の左腕に翳しすと本の形に開かれていた腕がもとに戻る。捲り上げていた袖を直して花京院は立ち上がった。
「じゃあちょっと」
 露伴に背を向ける。
 その間際に承太郎にだけ見えるように片目を瞑ってきた。
 承太郎も口の端を上げる。ほんの一瞬、甘いひと時。
 花京院が立ち去り、彼に話し掛けたかっただけの承太郎としてはこの場に用は無いのだが。
「承太郎さん、座ったらどうだ?」
 露伴が自身の向かいの、花京院の座っていた椅子を指す。
 肘をつき顎を置いた退屈そうな様子。承太郎も本にして読んでやろうという魂胆か。
「そうだな」
 本にされる前にスタンドを叩き込めば良い。自分のスタンドはそれが出来る。椅子を引いて腰を下ろした。
「承太郎さんは今17歳、だったかな」
「そうだ」
「17の頃からもうそんなに背が高かったのか。高校生の仗助や億泰も上背の有るタイプだが、承太郎さんはとびきりデカいな。一体何を食ったらそんなにデカくなれるんだろう」
「本にして読ませろと?」
「察しが良い。だが断ってくれても良い。無理や勝手で本にしちゃあいけないと康一君に言われているからね」
「康一……ああ、あの」
 広瀬康一は露伴達と同じ少し未来の、承太郎と同じ高校生の少年。
「康一君は僕の漫画ととても相性が良い。最初はそんな康一君のように相性の良い人間が僕の漫画を読んで初めて本に出来た。だが今は違う。僕のイラストを見るだけで本に出来るようになった。漫画じゃあなくイラスト、これはとても大きな違いだ。日本語が読めなくても、外国人でも子供でも、というか動物でも本に出来る。相性も割と無視出来るようになったな。それから康一君のお陰でイラストはイラストでも残像で良い事もわかった。その場で描ければ紙もインクも要らない。それに――」
「もういい」
 自分のスタンド能力をベラベラと喋るのは自分が不利になるだけだというのに。
「そうだな、僕のスタンドの話ばかりじゃあつまらないよな。承太郎さんのスタンドは今まさに成長中か。僕の知る、大体10年後には完成しきっているよ。成熟とも言える。より高みを目指すのも良いが過ぎたるは猶及ばざるが如し、出来る事が減ってしまう場合も有る」
 単に喋るのが好きなタイプなのだろうか。
 寡黙には見えないが不要な人付き合いを避けそうな、人見知りではなく漫画という作品ですべてを語りそうなイメージだったのだが。
「康一君のスタンドはそれこそ形態が変わる毎に出来る事が変わった。最初はタマゴ同然で何も出来なかった。孵化して出てきたAct1は音を聞かせる能力を持っていた。ジュウジュウと貼り付ければそこから焼ける音が聞こえるといった能力だ。僕と会った時にはAct2に『進化』していた。音が実際の効果を持ち、貼り付けた所がジュウジュウと焼けてしまうんだ。使い方によっちゃあどれだけ恐ろしい事になるか……だが康一君はそういった事には使わない。彼の人柄がよく表れていると思わないか? 正当に進化し、人の利になるよう使う。僕はそういう人物を主人公に漫画を描きたいね」
 自分のスタンドの次は他人の、味方のスタンドの話。身に付けたばかりだから誰かに話したくて仕方が無いのか。
 誰にも何も言わずに漫画にした方が良い。その方がスタンドを知らない読者からリアリティの有るフィクションとして高い評価を得られる。
「それから更に後、更なるピンチに見舞われた時にはAct3へと成長した」
「3?」
「そう、今度は大幅な進化――いや、変化かもしれない。姿もがらっと変わったよ。二足歩行の人間に近い姿になったんだ。体格という意味では僕のスタンドとちょっぴり似ている」
 スタンド同士の体格が似ているなら自分と花京院こそ、と思った。
 それに魂のヴィジョンなので人体に入れる程小さくも出来る。だから大きさが近い事より能力同士の相性の良さを重視すべきだろう。
 例えば近接戦を得意とするスタンドと組むなら長距離から援護射撃が出来るような。本にしたり音を出したりする者を組み合わせるより、ハイエロファントグリーンのトラップに掛かった敵をスタープラチナで殴る方が絶対に効率が良い。承太郎は表に出さずに自分達の相性の良さを噛み締める。
 嗚呼――露伴はスタンドの話をしたいのではなく、康一の話をしたいのか。
 承太郎が花京院の事をつい考えるように。
「……出来なくなる話じゃあなかったのか?」
 無感情な声音で、からかってやるつもりで皮肉を言ってみた。
「そうだった、エコーズのAct3は重力を何倍にも増やせる能力だ」
「重力?」
 音とはまた随分と違う。
「対象を重たくして動きを止める、かなり凶悪な能力だ。一方で射程距離はかなり縮んだ。近くの重さを自由に出来るようになった代わりに、遠くまで音を届けられなくなった。康一君の場合は切り替えられるから問題は無いけれど。出来る事が増えるのは良い。しかし出来る事が変わるのは、必ずしも良いとは言えない」
 それを言いたかったのか。承太郎が促さなければこの短い教訓までの間にどれだけ康一の事を聞かれただろう。
「あと『完成した』という慢心も良くないな」
「それには同意だ」
 頂点に立った途端に何も見なくなるのは最も悪い事。上に見る物が無いのなら下を見なくてはならない。
 否、頂点であろうと上は見える。どこに立っていても、上に向かう為にも上に居続ける為にも、上も下も右も左も見る必要が有った。
 真後ろを見るには別の目が必要なので花京院のように背中を預け合える存在は欠かせない。
「花京院も」露伴は背凭れに深く預け足を組み直し「成長したな」
 本にされてもいないのにこちらの心を読んだように花京院の名を出す。
「……読んだんだったな、花京院を」
「ああ」
 否定されなくて良かった。モーション無しに、承太郎に気付かれず本にする程の成長は流石に未だらしい。
「背が伸びたと思ったらスタンドも大きくなった気がする、を繰り返して本人もスタンドもあれだけデカくなったらしい」
「テメーからすれば花京院も大きい方か」
「高校生にしてはね。承太郎さんから見れば小さい方かい? 成長の余地が有りそうに見えているのかい?」
 花京院の背が伸びそうだと話したいのではなく。
「康一は成長しそうか」
「ああ、未だ成長していると僕は思う。康一君ならAct4なんて新しい形態にも辿り着くかもしれない。彼の成長の為なら僕は協力を惜しまないよ。康一君も沢山僕に協力してくれるからね。尤も、本にして破ったり彼に不利益な事を書き込んだりはもうしないさ」
「嫌われない為に?」
 承太郎からの問いか「嫌われたくない」といった言葉か、あるいはその両方に驚き露伴は目を丸くした。
「そう……かもしれない、な……」
 らしくなく言葉を探った。が、すぐにいつもの調子を、調子に乗ったような表情を見せる。
「まあ僕が康一君から嫌われるなんて事は有り得ないけどね。強いて言うなら今より好かれる為に、いやお互いに快適に過ごせるようにといった所かな」
「それはご苦労な事だ」
 勿論露伴ではなく康一が。
 言ってテーブルに手を付き承太郎は立ち上がる。用事が有ったわけではないし、話は充分した。面白い話が聞けた。
 スタンドの成長の話。そして露伴が康一に向けるただただ純粋な好意。
「最近の物じゃあなくて構わない」
 露伴が手の平を見せ呼び止めてくる。
「幼少期の素敵な思い出を読ませてもらえないか? すぐに読み終わる。承太郎さんが望むなら逆に生まれてすぐの、物心が付く前を一緒に読むのも良い。自分の事だが僕のスタンドが無ければ読めない事だぜ」
「俺は小さい頃からのスタンド使いじゃあない」
「それはそれで興味がある。弓と矢に頼らず、しかし生まれながらとも言い切れないケースはきっと稀だ」
「俺の祖父もそうだからジジイに聞け。テメーの時代のジジイよりちっとは若いから面白可笑しく話す筈だ」
 多少盛るかもしれないが露伴なら本にして真実を暴けば良い。
「花京院に書かれていた承太郎さんの事を話す、と言ったら?」
「……何だって?」
「言葉の通りさ。僕はつい先程読んだ花京院の内容を承太郎さんに伝える。承太郎さんが読ませてくれるのは伝えた分だけで良い」
「読んだ内容をベラベラと他人に話す奴に、本にされて読まれるわけにはいかねえ」
「確かにそうだ。僕だって話したくはないさ、承太郎さんに関する記述以外は。それにもし話すなと言われていたら話さない。だが花京院はそうは言っていなかった。承太郎さんに口止めされたら内容を誰かに話す事は無い。僕は嘘を吐かないし約束も破らない」
 きっとそうだろう。利にならない事はしなさそうだ。
 花京院に書かれていた事は真実しか言わず、承太郎に書かれている事は誰にも、花京院にだって言わない。
「何なら花京院に読み直したいと言ってまた本にして、何か書いたって良い。承太郎さんの望む事の1つや2つ位は」
 書かれていた事が気に入らなければ上書きすらしてしまえるのが岸辺露伴の恐ろしい能力。考え方によっては康一のスタンドよりも余程凶悪だ。
「承太郎さん、どうだい? 花京院という本の承太郎さんという項目、読んでみたいだろう?」
「ああ」魅力的な提案「だが断る」
 自分に自信が無ければその手を取っていたかもしれないが、生憎ながら自分達の関係性は盤石だ。
 答えを予想していたのか露伴は余り驚かなかった。
「駄目か駄目か、そうかァー。やれやれだ。じゃあまたの機会に」
 ひらひらと手を振られる。もとい、追い払われる。やれやれと言いたいのはこちらだ。


2021,01,31


部をあみだくじで決めると3部を引く確率がとても高い雪架です。
腐ってない人に何部が好きか訊かれたら3部と答えるからでしょうか。
あと4部の露康を引いたので動かないのように丸くなって「いない」露伴先生の描写を楽しくしました。
<雪架>

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