徐倫中心 全年齢 混部要素有


  ジョジョの静かな冒険 エピグラフ


「ちょうちょ」
 向かい合って座る、5つ下にしては更に幼く思える子供に指されて空条徐倫は改めて自分の左腕を見下ろした。
 剣に貫かれたような独特な図がとても気に入っている、漸く色が定着した蝶のタトゥー。
「良いでしょう?」
 得意気に胸を張って。美しさを保つには定期的にタトゥースタジオに通わなくてはならない面倒臭さを超える程誇りに思っている。
「ジョリーンお姉ちゃん、ちょうちょ好きなの?」
「好きよ。今してる指輪も蝶ね」
 2人の間のテーブルに左手を甲を上にして乗せる。中指に1つ、蝶の形をしたシルバーの指輪は徐倫が自身で買った。石は施されていないが決して安物ではない。
 徐倫の指輪をじっと見ながら静・ジョースターはココアのカップを取り飲んだ。
 母と2人でニューヨークまで来た徐倫は父方の大叔母と2人で午後のティータイムを過ごしている。
 どこの街角にでもあるようなベーカリーカフェのテラス席。パラソルの下のテーブルに置かれているのは徐倫のチョコチップマフィンとコーヒー、静のアイシングたっぷりのシナモンロールとココア。
 静の父――但し養父、詳しくは知らないが彼女には親が居ないらしい――である曽祖父と母は今頃込み入った話をしているだろう。
「右手に付けたかったんだけど、サイズが左手の中指にジャストなのよ」
 曽祖父と母がしているのは恐らくこういった世間話ではない。
 父は嫌いだが父方の祖父母や曽祖父・曾祖母には何の罪も無い。彼らは皆良い人だ。
 曽祖父は認知症を疑うような言動をする事も有るが基本的に頭の回転がすこぶる早い。確か今年で90歳になるというのに未だ190cm近い身長を誇っている。
 同じく曾祖母も元気だ。曾祖母と――既に良い年の――祖母は非常によく似ている。明るく屈託が無く、陽溜まりを通り越して太陽のような朗らかな女性。しかし夫や子・孫の、男の言う事を信じて従う事の出来る月のような存在。
 強いて言うなら祖父は父と似ている印象が有る。昔は父共々「大好き」だった。父を嫌う今、若干の苦手意識は持ってしまった。
「静は蝶って好き?」
「ちょうちょ、ちょうちょ、なのはにとまれ」
 突如メロディーを付けて喋り出した。否、歌い出した。聞き覚えの有るような無いような不思議な歌。
「『日本』のお歌なんだって。お姉ちゃんに教えてもらったの」
 静はアメリカ――に帰化した――人の両親にアメリカで育てられたが日本人。
 籍の上では彼女の姉に当たるのは徐倫から見ると祖母。空条ホリィはハイスクールに上がった自分を未だに幼児のように扱ってくる。
 つまりホリィも両親はアメリカ人で、アメリカで生まれ育った。だが日本人男性に嫁いだからか日本の文化が好きで好きで堪らないらしい。50以上年の離れた妹と会う度に日本の歌を教えていても可笑しくないを通り越して微笑ましい。
「しずかね、日本もアメリカも好き」
「それは良い事ね」
 アメリカに住むアメリカの事しか知らない日本人となれば偏見の目が有るかもしれないと思ったがそうでもないようだ。人種のサラダボウルと呼ばれる時代が終わったのか、はたまた静個人が幼いながらも出来た人間だからか。
 否、もう言う程幼くはない。幾つになっても子供扱いをしてしまうのは祖母だけではなく自分もだ。
「ジョリーンお姉ちゃんはお星さま好き?」
「星ぃ? そうねぇ、別に好きでも嫌いでもないわ」
 何だって星に拘るのかと徐倫は片方の眉のみ下げた。
「お星さまが有るのに、ジョリーンお姉ちゃんは好きじゃあないの?」
 ココアを置いて今度は徐倫の首の辺りを指す。
「ああ……」
 首筋に、背とも呼べる程後ろに有る鏡を使わないと自分では見えない痣は星のような形をしていた。
「これは自分の意思で入れた物じゃあないわよ」
「でもみんなに有るわ」
「皆?」
「パパにも、お姉ちゃんにも。ジョリーンお姉ちゃんのパパにも有るんでしょう?」
「……有るみたいね」
 それを知って以来この星の痣は少し嫌っている。
 前から見れば見えない。しかし暑い季節に後ろから見るとかなり目立つ。もっと小洒落た髪の編み方等をしたいのだが、と思う辺りコンプレックスになりつつあった。
「それからね、お兄ちゃんにも有るんだって」
「お兄ちゃん? 誰よそれ」
「しずかのお兄ちゃん。日本に住んでるの」
 遠い昔に父から聞いた気がする。曽祖父が60を過ぎてから日本の女に産ませた男児。
 年齢は確か徐倫よりも10程上。となると静よりも15は上になる。
「みんなに有るのに、しずかには無いの」
「皆って、私のママにもアンタのママにも無いわよ」
「そうだけど羨ましい。しずかも欲しい」
「こんなの有ったって何の……そうだわ、描いてあげる」
「え?」
「私の腕の蝶みたいに、アンタの首にも星を描いてあげるわ。ちょっと首出して」
 2度瞬きした静は言われた通りに服の首周りを開けた。
 椅子から降りて静の背後に回った徐倫は化粧ポーチから黒のリキッドアイライナーを取り出す。
「あら? 静、最近この辺りぶつけたりした?」
 アイライナーではなく指で首筋にとんと触れた。
「ううん」
 記憶に無いだけで引っ掻いたか何かしたのではないか。そう思わせる小さな痣のような物が有る。
 見ようによっては星の形にみえなくもない小さな小さな痣は丁度良い目印になる。徐倫はその痣を中心に星を描いてみた。
 化粧品は使いやすさ重視で買う方だが、今使っている物は漆黒と呼びたくなる位に発色も良い。中は敢えて塗り潰さなかった。多少歪かもしれないが、中央に小さな痣を抱えているので二重の星に見える。
「出来上がり」
「しずかにお星さま描いてくれたの?」
「そうよ。鏡1つじゃあちょっと見えないわね……帰ってママに合わせ鏡で見せてもらいなさい」
「うん!」
 真後ろに居るので表情は見えない。しかしその声からすこぶる上機嫌なのがわかった。
「こんどね、お兄ちゃんに会いに行くの」
「お兄ちゃんって日本の?」
「そう! ジョリーンお姉ちゃんはお兄ちゃんに会った事有る?」
「無いけど……」
 一体どんな顔や髪をした男なのだろう。全くと言って良い程情報が無いので街中で擦れ違っても気付かなさそうだ。
「お兄ちゃんはね、お兄ちゃん以外なら痛いの何でも治せるんだって」
「痛いのを治す? 医者でもやってるの?」
「ううん。しずかの何でも消せるのとおんなじなんだって」
 何でも消せるとは。首をかしげながら徐倫は再び席に座る。
「お姉ちゃんはそういうの無いんだって。ジョリーンお姉ちゃんは有る? 痛いの治せたり、何でも消せたり出来る?」
「出来ないわよ、そんな事」
「じゃあパパみたいな感じ?」
 何の事か見当が付かないので適当に「そうねぇ」と間延びした相槌を打っておいた。
「ねえ静、何でも消せるって、タトゥーとかも消せるの? この蝶を消したり出来る?」
 折角綺麗に色を入れ終えたばかりなので消すつもりは当然無いが。
「しずかが出来るのは見えなくするだけだから腕ごと消えちゃう。それにずーっとじゃあないの」
「ずっとじゃあなく見えなく……あ、じゃあ自分を消して、店に並ぶ欲しい物を消して、帰ってきてから両方出して欲しかった物をゲット! なんて事は出来る?」
「それなら出来るよ! でも、それは悪い事だからしちゃあだめ」
 純粋で生真面目な子供っぷりに溜め息が漏れた。本当に何でも見えなくする能力を持っているとしたら、折角の超能力を使わずに腐らせてどうする。
「ジョリーンお姉ちゃん、ちょうちょ消したいの?」
「まさか!」
「じゃあお星さまは?」
「星の方は、そうねえ……」
 消えてしまえと思った事が無いとは言わない。父と同じ物がこの体に有るなんて。
 しかし得をした事は無くとも不便した事も無い。遠目に見れば小洒落ている気もする。それに何より。
「今は静とお揃いだから消したくないわね」
 言ってコーヒーを啜ると目の前の静がにこりと笑った。
「お兄ちゃんもそう思ってくれるかなあ」
「どうかしらね。ああでもそれ、ただのアイライナーだからシャワー浴びたら一発で落ちるわよ」
 今すぐ日本に飛ぶわけでもなければ兄に見せる事は出来ない。
「日本にはパパやママと行くの? 行った先にヘナタトゥーを入れられる店が無いか調べてもらったら?」
 首筋なんて皮膚の薄い箇所にタトゥーを入れるのは厄介だが、ヘナタトゥー位であれば安価だし飽きる前に落ちる。
 静はふるふると首を左右に振った。
「1人で行くの」
「1人ぃッ!?」
 こんな小さい子供に何て無茶をさせるつもりだ。
 徐倫が思うよりも幼くはない。とはいえ流石に言葉もろくに通じないであろう国外に、会った事が無いらしい兄に会いに行かせるとは。
「パパは一緒に行けないの。『じじょう』が有るんだって。ママはこの年で飛行機に乗るのは不安って言ってた」
 同年代である曽祖父も飛行機に不安を持って可笑しくない筈だが、それ以上の事情が有るらしい。
「しずかにもお星さまが有れば1人で大丈夫って思うの。でも消えちゃうんだね」
 目に見える落ち込み方はしていないが、それでも声音にさびしさが混ざっている。
「……よし、そこのアクセサリーショップで星のトップが付いたネックレスを買ってあげるわ!」
「え?」
「短めにして首の後ろ……に丁度は来ないかもしれないけど、でも皆とお揃いよ」
 それなら安心でしょう、の言葉に。
「やったぁ!」
 子供らしい無邪気な笑顔で喜ぶ。ココアのカップを置いていれば両手を上げて喜びを表していそうだ。
「食べ終わったら行きましょ」
「うん! あのね、しずかね、お星さまが赤いやつが良い」
「赤い石のネックレスね、了解。売っていると良いわね」
 太陽の光を集めたような綺麗な星型の石のネックレスは静によく映えるだろう。


2019,01,10


6部読む前に利鳴ちゃんが「読み終わったら承太郎の娘が静に星のアクセあげる話書いて」と言っていたんですが、未読の身としてはまぁ「承太郎娘居るのか…」となりましたね。
って事で書いてみた、静がジョースター入りする話(違)
此の後壮大な冒険が待ち受けているかもしれないし、そうでもないかもしれない。何せ静かな冒険ですから。
<雪架>

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