ミスジョル アバブチャ 全年齢齢


  幸いの贈り物


 何をするにも金、金、金。それがギャングの理でグイード・ミスタはそこに何ら疑問も不満も抱いていない。
 逆に裏の社会に生きる人間ならば何故皆そうしないのかと、12月24日の夜は明日がクリスマスで家族と過ごす為に早々に引き上げるのは可笑しいのではないかとすら思う。
 賭場なり酒場なりが早くに店を閉めたりそもそも開けなかったりするのは可笑しくないだろうか。お陰で遅くに始めた今日の仕事は簡単に片付き早くに帰れるのでそこは有り難いが。
 しかも明日は仕事らしい仕事が、言うならば「する事が無い」ので休みになった。
 クリスマス様々だ。と言わないのは何の予定も無いので寝て終わりそうだから。それなら金になる任務の1つでも入ってほしい。
 数件のみかじめ料徴収を自身とレオーネ・アバッキオとジョルノ・ジョバァーナという――2人の――胃に穴の開きそうな組み合わせで終わらせて事務所調のアジトへ帰ってきた。口々に「ただいま」「戻りました」と中の人間に伝える。
「お帰り」
 顔を上げて応えたのはリーダーのブローノ・ブチャラティ。やや奥の自身の席に座る彼はすぐにデスクの上へ視線を戻す。
 紙とペンとで行う面倒臭いばかりの事務仕事は普段パンナコッタ・フーゴが片付けてくれるのだが、彼はナランチャ・ギルガと揃って数日間の休みを取っている。今日までの分と、明日出てこなくとも済むように明日の分とを片付けたいのだろう。
「ブチャラティ、何か食ったか?」
 自分達3人は任務の合間に早めの夕食を済ませてきた。
 クリスマス前夜なので閉店時間を早める飲食店でクリスマスメニューと称した七面鳥の丸焼きならぬ鶏肉のコンフィを。恋人関係に在るジョルノが嫌いな食べ物に挙げる物しか出していなかった。彼がクリスマス自体が嫌いだと言うまで秒読みではなかろうか。
「……いや、未だだ」
 漸く思い出したような返答。
 仕事を終えたら食べるつもりが中々終わらず今に至るのか。どこの店も早々に閉まるので食いっぱぐれかねない。
 未だ未だ時間を要すると認めて食べてしまえば良いのに。自分ならそうするし、自分ならそのまま帰る。
「何か買ってくるか?」
 全ての店が閉まってしまう前に。
「……ああ、頼む」
 返事が遅い。アバッキオとの会話よりも仕事を優先するとは。2人は恋仲だと踏んでいたが案外違うのだろうか。
「何が良い? と言っても持ち帰れる物で今日のこの時間に売っている物は限られている」
「明日はクリスマスだからな」再び顔を上げ「お前達は帰って良いぜ」
「じゃあお先に失礼するか」
「僕も良いですか?」
「勿論だ。アバッキオも買ってきたら帰って良い」
「いや……わかった。取り敢えず行ってくる」
「ああ」
 返事はとても短かった。
 ブチャラティの書き込もうとしたペンを持つ右手が止まり、どうしたものかと言う代わりに左手で頭を抱える。
 苦労してんな。
 他人事なのは他人事だから。自分が下手に手を出して余計な仕事を増やすより、出来る事・向いている事・したい事に専念する方が絶対に良い。
 そんな持論を抱えたミスタとジョルノは帰る為に、アバッキオはブチャラティの夕食になる物を買いにアジトを出た。
 階段を降りる中で珍しくジョルノが「アバッキオ」と声を掛ける。
「その指輪はどちらかが揃いで買ったんですか? それともどちらかが真似て後から買ったとか?」
「指輪? アバッキオ指輪なんてしてんのか?」
「左手の小指に」
 目を向けるとジョルノの言葉通りにアバッキオは左手の小指に1つ指輪をしていた。
 シルバーで余り細くないが凹凸の無いシンプルな指輪。1つだけ小さな石が嵌め込まれている。
「その紫の石はアメジスト? ブチャラティは青系の石でしたね。サファイアでしょうか」
「お前石詳しいな。って、ブチャラティも指輪していたのか?」
「左手小指にしていました。同じデザインの物のようだし、揃えたのかと思って」
 言われてみれば先程付けていたような。否、全く記憶に無い。ジョルノは随分とよく見ているものだ。
 聞こえてくるのは階段を降りる3人分の足音ばかりでアバッキオから返事は無い。
「同じ指輪って事はアバッキオ、明日のクリスマスに先駆けてペアリングをサプライズプレゼントしたって事かあ」
「違う」
 お熱い事だと茶化そうとすると黙り込んでいたアバッキオが否定してきた。
「2人で買いに行って2人で金を出した。指輪のサプライズなんて絶対にしねぇよ」
 妙に苛立った口調――彼なりの照れだと知っている――のアバッキオは早足で2人を追い抜き勢い良く外へ続くドアを開ける。
「サプライズが嫌いなんですか?」
「好きでも嫌いでもねーよ。だが指輪のサプライズはするもんじゃあない。覚えておけよ、ミスタも」
 まさか1度失敗したのだろうか。
「じゃあな」
 細かく聞いてからかってやろうと思ったが、それを見抜いたか否かアバッキオは足早に商店の建ち並ぶ方向へと立ち去ってしまった。
 2人で立ち止まりその背中を見送る。
 ミスタはジョルノに合わせて足を止めた。ジョルノは一体何故立ち止まったのか。もしやこの後どこへ行こうか考えているのか。
 ジョルノが『住んで』いるのは在学している中学校の学生寮。アパートを借りるつもりは無いらしく――希望すればブチャラティから名義を借りて安価で住めるのだが――実家とは疎遠。明日のクリスマスをどう過ごすか。
 恋人である自分の部屋で過ごすに決まっている、今日違う任務が割り当たっても泊まりに来るのかもしれない。是非ともそうしてもらいたい。遅くなったが今から誘おうと口を開いた。
「今日は――」
「何故サプライズが駄目なんでしょう」
 声が重なってしまった。不思議そうにしているジョルノに先に話させてみる。
「失敗でもしたんでしょうか。既に持っている物を送ってしまったとか。それとも嫌な物を渡された過去でもあるんでしょうか」
「どうだろうな。まあサプライズ自体するのもされるのも好きじゃねーって奴も居ると思うぜ」
「ミスタも嫌いなんですか? サプライズ」
「んー……何とも言えねーな」
 するのは面倒臭いが相手が望むならしてやりたい。
 されても望んでいた事なら嬉しいが、そうでないなら先に話してくれと思ってしまう。
「お前は?」
「されたいです」
 意外にも即答。
「するのも悪くないですね。でも僕はミスタの欲しい物、だが未だ持っていない物、それでいて僕に用意出来る物を知らない。何か思い付いたらサプライズプレゼントをしてみます」
「有難う?」
「疑問系?」
「今これと言って欲しいもんとか無いから……いやそれより、お前サプライズされんの好きなのか? 知らなかったぜ、早く言えよ」
「早く言ったらしてくれるんですか?」
「そりゃあもう。明日のクリスマスにプレゼントしてやるのに」
「どうしてクリスマスにプレゼントなんですか?」
 晴れているし風も殆ど無いが、この時間の屋外はやはり寒い。
「……って、どうしてって? クリスマスにプレゼントする事の何が悪いんだよ、子供の頃貰っただろ。さてはお前、俺が用意してない事に不服だな? はいはいすみません、なんも用意してませーんサプライズは有りませーん。この満天の星空がプレゼントって事で、明後日以降何か買ってやるから一緒に出掛けようぜ」
 この言い方では明日は別々に過ごすとでも言っているようだったか。
 明日はどこの店も営業していないからこそ、部屋から1歩も出ない勢いで一緒にのんびり過ごそうと提案したかった筈なのに。
「クリスマスのプレゼントって贈る側が決まっているんですか? 僕も何も用意していません。そもそも僕は貴方に渡すんですか? それとも違う人に?」
 ジョルノは腕を組み首を傾げた。
 何とも絵になる考え事の姿勢だが、これはよもや本当にクリスマスとプレゼントの因果関係を知らないのでは。
 否、因果関係ともなると自分もわからない。何故キリストの誕生日を祝い親が子に、恋人同士で、時には友人間で贈り物をするのか。
「お前クリスマスって何の日か知ってる?」
「12月25日の、イエス・キリストの誕生日」
 そこは知っているのか。
「サンタ・クロースの誕生日だと思ったりはしてねーのか」
「その勘違いの話、最近見たテレビアニメでやっていました」
「じゃあサンタの服が赤いのは何でか知ってるか?」
「派手好き?」
「理由は俺も知らない」
 物凄く冷めた目を向けられたので咳払いを1つした。
「クリスマスの朝、起きてリビング行ったら木の下にプレゼントが置いてあるだろ?」
「ミスタの実家はリビングに木を植えているんですか?」
「おいどんな勘違いだ、クリスマスツリーの話だろ。まあ卓上サイズを飾って終わりの家も有るか」
「クリスマスツリー……」首を反対に傾げ直すも「12月になると母が玄関の、シューズボックスの上に置いていたかもしれない」
 何故そこに。
「まあいい。で、アペンドカレンダー捲りながらパンドーロを食う」
「何ですか? それ」
「クリスマスまでカウントダウンするカレンダーと粉砂糖掛かった卵色のパン」
「面白い習慣が有るんですね」
「……言っとくが俺ん家(ち)だけじゃあねーぞ」
「何割位の家庭でやるものなんですか?」
「100%やるっつの。いや…お前ん家はやってないなら99%。あと宗教違うと多分やらねーな」
「ああそうだ、母はクリスマスにプレゼントを貰っていた。相手にもあげていたかもしれない」
 夫婦間の愛情が深く子供中心なだけの家庭ではない、とポジティブに捉える事は出来る。
 出来るがしたくない。ならばベビーシッターに菓子か何かを渡すよう手配の1つでもしておいてこそ親だ。
 そもそもジョルノは母親という単語を出したが相手に父親という単語は使っていない。良くて認めていない再婚相手、悪ければ不倫相手。どちらでもない『未婚の母の交際相手』の可能性も有る。いずれにしろ捻くれてギャング稼業を始めるのに充分な理由だ。
「よし、お前にクリスマス祝いでサプライズのプレゼントをやろう」
「宣言してはサプライズにならないのでは。それに先程何も用意していないと言っていた」
 ぐうの音も出ない。ミスタはジョルノを真似るように腕組みした。
「そこはまあ今から用意する」
「何を?」
「サプライズだから言えねーな」
 組んだ腕を解き、人差し指を立てて自分の唇に当てる。
 それを見てジョルノは目を若干細めた。
 自分はこの愛しい恋人の初めてのサンタクロースになるのだ。
「というわけで俺の家で待っていてくれ」
「わかりました」
「泊まっていけって意味だからな」
「わかりました」
「本当か?」
「やっぱり帰ります」
 帰さない寝かさないと騒いでいる間にもクリスマスは近付いている。

 ミスタは両手をポケットに入れてやや姿勢悪く商店街とされる辺りをふらついてみたが、どこも見事に閉店していた。
 確かに夕食の時間帯、クリスマスの前夜でなくとも閉店が近付きそろそろ客も入らなくなる頃合いではある。
 それこそ菓子屋や花屋なんかは値を下げて売り切ろうとしている時間でもあるのだが、今日に限りそんな事をしている店は一切無い。そもそも誰も歩いていない。
 どいつもこいつもクリスマスに浮かれやがって。
 そう吐き捨ててやりたいが自分もまたクリスマスのプレゼントを探しにここへ来たのだった。
 菓子や花ではサプライズにはならないから閉まっていて良かったと思おう。それに贈る先は自分でどんな花でも生み出す能力を持っている。
 自分もそういったスタンド能力に目覚めていればサプライズプレゼントに使うのだが、生憎ながら銃撃をサポートするという何とも血腥い(ちなまぐさい)能力しか持ち合わせていない。
 この暗殺向きな能力でどうプレゼントをすれば良いのだろう。
「……盗むか」
 もしくは奪うか。
 泥棒か強盗で入手した物を贈ってはならないという決まりは無い。喜ばれないだろうが知った事か。こちとらギャングだし驚かす事は出来るだろう。
 ギャングが盗むか脅し取る物と言えば現金。でなければ宝飾品。
 ジョルノはアバッキオやブチャラティが指輪をしている事を見付け、施されている石にまで言及していた。
 自身が身に付けている所を見た事は無いが、そう気にするという事は。これだ。指輪を贈るしかない。
 宝飾品を盗むのは高額で換金しやすいからだし、少し前にアバッキオから指輪だけはサプライズプレゼントにするなと言われた気がするが、それらは置いておく。
 おあつらえ向きに宝飾品店の看板が見えた。
 『ジュエリーショップ』の後ろに名字の店名。有名ブランドではなく個人経営のようなので、もしかするとギャング組織と太い繋がりの有る宝石商が付いているかもしれない。
 開いていれば普通に買ったかもしれないのに閉めているから悪いのだ。適当な言い訳を頭に浮かべながらミスタはそのドアを開ける。
「お?」
 開いた。いらっしゃいませの声が聞こえないのが不思議な位に自然に。
 鍵を掛けないとは無用心な。お陰で泥棒が入っている。
「な、何だ貴様はッ!?」
 ミスタ自身の事ではなく泥棒の先客が居たという意味で。
「仲間じゃあ……ないのか……?」
 後からしたか細い声はこの店の人間だろう。となれば泥棒ではなく強盗だ。
 一体どうなってんだ?
 眉間に皺を寄せつつ、営業時間外でブラインドも下ろされているのにしっかり照明の付けられている店内を見渡した。
 1階が店舗で2階より上が家屋の宝飾品販売店。取り分け高価な物を並べている奥のショーケースは開かれ、武装した男2人によって中の物を奪われている。
 厳密には2人組の内の麻袋を持った方の1人によって。もう1人は拳銃をこちらに向け構えていた。
 男が1人、入り口近く――今ミスタに最も近い位置――の壁に背を付け、その銃で撃たれたらしい左腕を押さえて蹲っている。
 服に血が滲んではいるが大した怪我ではなさそうだ。撃たれたばかりに見えるが外を歩いている際に銃声は聞こえなかった。
 となると向けられているのは12発カートリッジを装填し目測9mm口径の銃身に消音器を取り付けたサイレンサー・ピストル。それでいて腕を掠めるだけとは使い方がわかっていない。
 それでも場に来た全員を動けなくする効果は充分に有った。撃たれた男の妻であろう彼と同年代の女性が奥の階段の手前で、この夫婦の子供であろう姉弟を強盗達から隠している。
 14〜5歳の髪の長い姉と、彼女にしがみつく10歳位の弟。中々の美人姉弟だ。
 家族4人でクリスマス前夜の豪華な夕食を楽しんでいたのだろう。父母はワインを飲みながら、姉弟は明日朝起きたら何が置かれているかを話しながら。その為には早めに寝なくては。子供達が寝静まったら夫婦でクリスマスを迎える。まるで見本のような幸福な一家。
「やっぱりクリスマスと言えば、こうだよなあ」
 突然のミスタの一人言に拳銃を構えた男が奇声を発して目に見えてわかる程取り乱した。
「いや違う違う、強盗働くのはクリスマスがお勧めって話じゃあないぜ。お前らもこういう日位家族と、嫌なら仲間内でデッカいチキンをグリルして食っとけよ」
 恋人とクリスマスを迎えては、という提案をしないでやる自分は何と気の利く男だろう。これは我が家で帰宅を待ち侘びている恋人も惚れ直してくれるに違い無い。
「ふざけるなあッ!!」
 強盗犯の構えている銃口が火を吹く。
 人より動体視力は良いと思っているが流石に発砲された弾丸は見えない。それでも撃ち殺されて死ぬわけが無いという驕りのような確信は有る。有ると言うより今この瞬間生まれたと言う方が正しい。確信誕生の瞬間に体を捻って銃弾をかわした。
 銃弾は入り口のすぐ横の壁にめり込んだ。やはりサイレンサーを付けているのか鼓膜は大して痛くならなかった。推定2発目の発砲に4人家族と宝飾品に手を掛けていた強盗仲間は体を強張らせている。
「それどっから手に入れた?」
 顎で硝煙を漂わせている拳銃を指し尋ねた。
「どうにも裏で入ってきたもんじゃあなさそうだし、そこいらのお巡りからパクって銃弾だけ買い付けてるとかそんなとこだろ。お巡りの撃ち方知ってるか?」
 背を丸めてブーツに隠している愛用のリボルバーを取り出す。
 場に居る6人が一斉に息を飲む中でミスタは肩幅程に足を開いて少し膝を落とし、腕を伸ばして引き金に指を掛けた右手に左手を添えた。
「お巡りは基本威嚇射撃しかしねーけど。『待て! 撃つぞッ!』ってな」
 迫真の演技を見せ付けた後に1つの銃声。
 数秒前に自動拳銃を発砲した男の体がずるりと崩れ落ちる。
「……は?」
 強盗犯の片割れの麻袋に宝飾品を詰め込む手が止まった。
 何故相棒が胸から血を流しながら床に倒れているのか理解出来ないようだ。拳銃を構えた男が目の前に居て、近隣の店や家にも聞こえそうな銃声が響いたのに。
「拾わねーの?」
 逆にミスタには強盗犯の行動が、行動しない事が理解出来ない。自分ならば銃を持つ仲間が近くで撃たれ倒れたならば、先ずはその銃を拾い自分の物とする。
 外しているが人やら壁やらを撃てる本物の拳銃だ。使い慣れていなくてもトリガーを引けば何らかのアクションは起きる。そして何より。
「お巡りの撃ち方の次はよォ、二挺拳銃の撃ち方を紹介してやりてーんだが」遺体となったそれに歩み寄り「俺左手だと狙いが定まらねーっつーか、まあ外しちまうんだよ」
 のんびりした動作で落ちている拳銃を左手で拾い上げた。
 持ち主を失った拳銃はこうして別の人間に、敵対している者に奪われてしまわないように自分の手元に引き寄せるべきだ。
 強盗犯2人は目のすぐ下から先をバンダナか何かで顔を覆っている。目出し帽ではないので目だけではなく眉もよく見えた。
「あんまり男前って方じゃあねーな」
 失礼過ぎる言葉を吐いたが強盗犯からの返事は無い。
「二挺拳銃は出来ねーが効率良い自殺の仕方なら教えてやれるぜ」
 ミスタは左手にしている拳銃をブーツに突っ込んでみた。普段左足には何も入れないので違和感が酷い。それから右手の拳銃の銃口を自身のこめかみに当てる。
「映画とかってこうやって自殺するだろ? でも実際は口に咥えた方が確実だぜ。これだけだと反動で外しやすいからな」
 ゆっくりと降り下ろす動きで拳銃を強盗犯の喉仏に押し当てた。
「オメーは相棒を殺されても平気みたいだが、生憎俺は相棒をしゃぶられるとかお断りなんで」
 強盗犯が最後に聞く言葉は殺人犯の矜持。
 零距離射撃を受けた喉は破裂するように風穴を開け、そこから大量に血液が噴き出す。
「きたねーっ」
 真正面から浴びてしまった。
 身長差で顔には掛からなかったものの服も腹も血塗れだ。これではどちらが撃たれたかわからない。血の付着量だけなら最初に撃たれたこの店の主人であろう男よりも重傷だ。
「って、大丈夫か? 災難だったなあ、クリスマス前夜に強盗に入られるとか」
 だがその強盗はもう居ない。安心してくれ、とより凶悪な殺人犯が言って納得するだろうか。少なくとも姉弟2人にはトラウマに近い嫌な記憶を植え付けてしまった事になる。
「……この辺りで今営業してる同業者とか知らねーか?」
 じっと見つめ返してくる父親に尋ねてみた。
「同業者、ですか……?」
「別にここの代わりに盗みに行くとかじゃあねーぞ。指輪買いてーんだよ、指輪。今すぐに。でもお宅も店閉めてたし、他にもやってなさそうだしで参ってんだぜこっちは」
 盛大に溜め息を吐きながら相棒の方の拳銃も――右の――ブーツにしまう。2発しか撃っていないので補充の必要は無いだろう。否、残り4発か。これは何か悪い事が起きる前に早急に装填し直しておく必要が有る。
「あの……買うんですか?」
 か細いながらも尋ねる声は母親の物。未だ子供達を背に隠しつつミスタの顔をじっと見ていた。
「盗むのじゃあなくて、お金を払って買うんですか?」
「そのつもりだぜ。金なら有る」
 強盗犯2人の財布の中に。
 幾ら有るかはわからないが、指輪の1つを買う金位入っている筈だ。強盗するからと無一文で来る事は無い、と思いたい。
「どのような物をお探しですか? 素材や石はお決まりですか?」
「いや全然。俺指輪とか詳しくねーからなあ」ただ1つ決まっているのは「薬指に填まるサイズの指輪が欲しい」
 五指をピンと伸ばした左手の甲を見せる。
 婚約指輪も結婚指輪も嵌めるのは左手の薬指。理由はよくわからないが――心臓に近いからだと聞いた気がする――そこが恋人間にとっては重要な意味を持つ事位は流石に知っていた。
「最上級のダイヤモンドを施した物も有りますし、シンプルにシルバーの石の無い物や、金属アレルギーの方でも身に付けられるステンレスの物もございますよ」
「指輪って言ってもピンキリなんだな。なあ、青でも紫でもない石が嵌まってるやつも有るか?」
 アバッキオやブチャラティと揃いになっていまうのは出来れば避けたい。
「赤ならルビーやガーネット、緑ならエメラルド等がございます。パールならデザインも豊富ですが、女性向けになりますね」
 似合わなくても取り敢えず売り付ける、という事をしない良心的な店のようだ。
「って、俺に売るのか」
 営業時間外に訪れた宝飾品に全く興味の無さそうな若い男に。しかも数分前に目の前で2人程殺している。
 その殺された、知らぬ男2人組に根刮ぎ(ねこそぎ)奪い取られる位ならば、1人に指輪1つ売る方が良いというのはわかる。だが幾ら自身は撃たれておらず怪我1つ無いとはいえ妻の方は随分と商魂逞しい。
 女の方が冷静・切り替えが早い部分が有るのだろうか。姉弟も年の違いが有るが姉の方がしっかりと弟を支えて気丈そうに見えた。
「その死体2つをうちの組織で何とかするから、金額とかちょっとサービスしてくれたり?」
「……勉強させて頂きます」
 組織傘下の人間にはクリスマス前夜に呼び出すなと文句を言われそうだが、それを差し引いても良い店を引き当てたようだ。

 指輪を選んだり死体を運ばせたりしている内にすっかり遅くなってしまった。ジョルノは痺れを切らしていないだろうか。泊まるのだからと早々にシャワーを浴び終えていれば良いのだが。ついでに待ちくたびれてベッドに上がっていれば最良なのだが。
 ミスタの妄想は自宅たるアパートの前の変化っぷりに全て吹き飛んだ。見た事の無い大きな樹木が入り口を塞ぐように生えていた。
 否、樹自体はテレビや雑誌の中では見た事が有る。寧ろこの時期はコマーシャルでよく見掛ける。
 この時期ならばクリスマスツリーと呼ばれるモミの木。オーナメント等の飾り付けはされていないが、頂点が細く下に広がる『いかにも』なシルエット。
 近隣どころかこの街のどこにも生えていない樹木。その下に、ジョルノはスタンド能力で生み出したらしい植物の蔦を椅子にし座っていた。
 って事はこのデカい木もジョルノが作ったのか。
「お帰りなさい」
 蔦に腰掛け呑気に読書していた顔が上がる。
「ただいま。で、お前は何をやってんだ?」
「本を読みながら帰りを待っていました」
 降りて蔦の上に本を置いた。
「何で外で。寒かっただろ」
「かなり冷えますね。貴方の部屋から上着を借りてくれば良かった」
 ロマンティックに上着を掛けてくれと言いたいのかもしれないが、生憎ながらミスタも上着は羽織っていない。
 それどころか。
「服に随分と血を付けてミスタこそどうしたんですか。怪我は無いようなので返り血?」
「サンタの服は赤って相場が決まってるから赤くしてきたぜ」
「それ酸化しきって真っ黒ですが」
 可愛くないなコイツ。
「サンタさんプレゼントは? とか言わねーのかよ」
「プレゼントは木の下に有るんでしょう?」
 この木の下に置いてお前は着替えてこいとでも言いたいのかと思った。しかしそうではないらしく、ジョルノは両手をミスタの目の前にずいと出す。
「僕から貴方へ、クリスマスプレゼントです」
 両手の中に生み出したのは、見事な薔薇の花束。
「……プレゼント?」
 鸚鵡返しに尋ねながらも受け取ってみた。
 紙もビニールも無いので棘がチクチクと当たって痛いが、薔薇らしく実に良い香りがする。
「クリスマスプレゼントに向いている花が何かわからなかったので、取り敢えず赤い花で真っ先に思い付いた薔薇にしてみました」
 寒さによって綺麗に色付いたように見える薔薇。作り物かと思う程色鮮やかだが手の平にはしっかりと生命が感じられた。
「何で赤?」
「サンタ・クロースの服が赤いので」
 偶々2人共理由を知らないだけでクリスマスのテーマカラーは赤だと思い込んでしまったようだ。
「木の下にプレゼントを用意しておく。僕もちゃんとクリスマスが出来ました」
 満足げに目を伏せる。
 色素の薄い瞳が色素の薄い睫毛で隠された。
 手の中の薔薇よりも綺麗に咲いている彼にキスの1つでもしてしまいたい。
「……モミの木を宿り木に変えたり出来ねーか?」
「出来ますが」ジョルノはあっさり目を開け「クリスマスツリーと言えばモミの木じゃあないんですか?」
「お前宿り木の下の話も知らねーのか。まあいいか。取り敢えず手を出せ」
「手?」
「左手を、こう」
 ミスタは薔薇を小脇に抱えて自身の左手を、甲を上に指を伸ばして差し出す。
 頭に疑問符を浮かべながらも真似てみたジョルノの手を取り、ミスタは右のポケットから指輪を1つ取り出した。
 凹凸の無いシンプルなシルバーリングは箱や袋に入れず剥き出し。中央に星型の透明な石が嵌め込まれている。
「それは……?」
「サプライズプレゼント」
 星型に削った石を付けたのではなく、リングに埋め込まれている石がそう見えるように星型の穴を開けた、故にシルエットは何も無い円なのに触れるとそこだけ石とわかる特殊なデザイン。
 職人の腕はもとよりリング内に埋める、見えない部分も含めた石の大きさが必要なのでそこそこ値が張ってしまう。
 だから一見ダイヤモンドのような石はキュービックジルコニア。サファイアやアメジストを見抜くジョルノには安い石だと気付かれてしまうだろうか。
「……驚きました」
 口の端を上げて寒さではない理由で頬を赤くした。
 どうやらサプライズの部分に関しては大成功のようだ。
 ガッツポーズを決めるのはこの指輪を嵌めてから。ミスタは親指と人差し指で摘まんだそれをジョルノの『左手の薬指』に通す。
 筈だったのだが。
「あれェー?」
 予想外の状況にわざとらしく間の抜けた声を上げてみた。
「驚く事ですか? その指輪を出した時点で、というより僕の手を取った時点で気付いている筈だ」
 サイズが合わない事に。
 指輪が大き過ぎて関節にも触れない。ぶかぶかという表現がしっくり来る。
「まあ確かに親指の方が合いそうだなとは思った。お前指細いな」
 俺の薬指はジョルノの親指か。
 とは言わないが。自分の指で測ってどうすると言われてしまう。買う際には何も考えていなかった。
「その大きさの指輪を薬指に嵌めるのか、と驚きました」
 どうやらこっちのサプライズはお気に召してもらえなかったようだ。
 薬指から外し、合うかどうかわからないが親指に填めてみる。
「おお、ピッタリ」
 若干の余裕は有るが関節で止まるので先ず抜けない。
 親指用に買ったと言い張る事に決めてミスタはジョルノの顔を見た。
「有難うございます」
 目が合い照れの浮かぶ顔で礼を言われた。嗚呼、モミの木の下にプレゼントが有った。今まで貰ってきたクリスマスプレゼントの中で最も心弾む。
「左手の親指は夢が叶う、だったかな」
「何の話だ?」
「指輪をする指によって意味合いが異なるんです」
 例えば左手の薬指なら恋愛的な意味を持つ等。
「夢を叶える努力をする、だったかもしれない」
「ならお前にはピッタリじゃあねーか」
 このサイズを選んだ自分は誉められるべきだとミスタは胸を張った。結構な量の返り血が一層目立った。
 そして小脇に抱えたままの花の存在を思い出す。
「俺の方こそ有難うな、この薔薇」
 綺麗で良い香りで暫く経てば捨てても良い。花を飾る趣味は無いが贈り物には最適だと貰う側になって改めてわかった。
「これでクリスマスにする事は全部出来ましたか?」
 赤い服のサンタ・クロースからのプレゼント、モミの木の下に有るプレゼント、それからジョルノは不服だろうが夕食のチキン。
「クリスマスケーキ食ってねーな」
「大変だ、買ってこないと」
 細い見た目に反して――小綺麗な見た目には則って――甘党のジョルノが食い付く。
「もうどこの店もやってねーよ。帰り道の従業員すら居なかったぜ」
「だが明日はクリスマスで菓子屋は恐らく全部休み。どうしたものか……そうだ、明日は早起きして2人で作りましょう」
「一緒に作るのは良いが材料無いぜ。あと何で早起き?」
 どちらかというと寝不足でクリスマスを迎えたい。
「麦から小麦粉はそう簡単には作れないだろうし、牛から取ったミルクをクリームにするのもきっと手間が掛かる」
 コイツ……原料の前段階を作ろうとしている……?
 疑いの眼差しを真正面から受けてもジョルノは臆する事無くこちらを見上げたまま。
 イエス以外は言わせない、と今にも命令を下しそうな唇に目が向いた。
「じゃあこのモミの木を宿り木に変えてくれたら協力してやる」
「また宿り木ですか。一口に宿り木と言っても色々有りますが。それよりカカオの木にしませんか?」
「チョコレートケーキを作ろうと企むな!」
 この調子なら卵もニワトリから作ると言い出しかねない。卵なら確か冷蔵庫に入っている。
 否、卵ならば『生命』として考えられるから直接生み出せるかもしれない。
 否々、生命として生み出されたならば恐らく有精卵。数時間前にニワトリは食べたが、生まれてくる前のヒヨコを食べると考えると気が進まない。
「これで良いですか?」
「あ?」見上げて「ああ、多分良い」
 モミの木が大きさの近い別の樹木に変えられていた。
 これが宿り木かどうかはわからない。いつまでもアパートに入れないような邪魔臭い大きなこの木が何の木かわからないし、そもそも宿り木が何を宿らせているかも知らない。
 だがジョルノが生み出した、作り替えたのだからこれは宿り木だろう。という事にしておく。
「それでミスタは宿り木に何の用が有るんですか?」
「今日宿り木の下に居る奴はキスを拒めないんだぜ」
「クリスマスの風習?」
「そうだ。聖なる日に宿り木の下でキスをした女は幸福が約束される。逆にクリスマスに宿り木の下でキスを拒めば向こう1年幸せが寄ってこないとか言われている。つまり、わかるな?」
「僕は男だしクリスマスは明日ですが」
「細かい事は気にするな。それともアレか? 日付変わるまでここに居るか? いい加減寒いだろ」
「やはり上に何か羽織りたいですね。貴方の場合はその服の汚れを隠す為にも」
「今日がクリスマス前夜で誰も歩いていなくて助かった」
「物騒なサンタ・クロースだ。早い所キスをして部屋に入らないと」
 アパートに入るにはこの中々に巨大な樹木を消さなくては。何しろこちらからアパートの壁がイマイチ見えない程の大きさだ。
 つまりアパートの方からも見えない。宿り木が有る限り外に出られないので誰にも邪魔されない。
 どうしてもキスをしたくなければ早々にこの木を消してしまえば良いのに、ジョルノがそうしないという事は。
 ミスタはジョルノの肩に手を置いた。逃げられも拒まれもしない。
「緊張してきた」
「サンタ・クロースに意気地をお願いしておきましょうか」
「持ち合わせてる」
 本当か? という顔をされた気がした。
 幸せなクリスマスを願った後は幸せな年明けを願うのが街中に溢れる音楽の定番。クリスマス前夜だけではなく今年も終わりが近付いている。
 今年最後の口付けがこれかと呆れられないように、と意識するとどうしても体が強張った。
 最後にしなければ良いだけじゃあねーか。
 どうしても最後になってしまったら、新年最初の口付けをとびきりの物にしてやれば良い。
 既に十二分に素敵なクリスマス。互いの体が冷えきっているので雪の降るホワイトクリスマスにはならなくても充分だ。


2019,12,24


2019年は本命カプのミスジョルを15本書こう! という事で記念すべき15作目。
折角のクリスマス話なのでクリスマスっぽいネタ全部入れときました。皆様良いお年を!
<雪架>

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